全19件 (19件中 1-19件目)
1
深夜に息苦しさで目覚めるモーラステープの副作用は明記されていたのでたぶんそれだろうと思う背骨に沿って3枚貼っていた全部はがすとこころなしか呼吸も改善したついでにたいしょうかんぽういちょうやくものむすっかり目覚めてしまった明日はやすみだし眠たくなるまで待とうソフトリサーチパーク診療所の柳院長は柔和でジョークもわかる人だドクターも当然いろいろな人がいる自分の体のことは自分が一番わかるはずだからあまりドクターに依存しないほうがよいネットを駆使して知識を持っていなければならない日進月歩の医学はすばらしくすすんでいる怠慢なドクターよりネットのほうが詳しい命預けるのは恋人だけでよいたとえば子供や大事な人が病気や怪我をしたときにどの病院にかかるかというのはとても大事な問題でこれは男性がもっとも勉強しておかねばならない事項だIQよりこうしたEQのほうが大事である護るとはそういうことをいう腕力ではないまた財力だけでもない危機回避能力、予防能力、トラブル対処能力だすこし肩がこってきたマッサージチェアに移ろう
2009.01.31
コメント(0)
みごとな去り方だなと感心した未来の暮らしを話す恋人ができたのだろうと思ったあまずっぱく悲しかったそれは去られたぼくの悲しさではなく彼女の悲しさだったすばらしい女性だった中南米から届いた便りにはキスマークがあってぼくはそっと唇を重ねるとほのかにゆうこの香りがした言葉の使い方がとても上手だったぼくの話を聴くこともとても上手だった体を重ねて一日中愛し合っていても情熱は冷めなかった「あぁ体中が燃えているみたいだわ」何ひとつ不愉快さを残さなかった知的で眩しく柔和な甘美さだけが残ったもしかしたらゆうことの時間は天使の羽音を聞いたひとときだったのかもしれない
2009.01.31
コメント(0)
内科ドクター「運動不足です、もっと体をいじめて下さい」虐めですか?ぼくはSではありません、もちろんMでも しいていえばLです。聞いていた看護師さんはゲラゲラ「シップを出しときます、Lサイズのを」ドクターもなかなかやるもんだヨガやランニングを集中して行った姿勢が悪いことは止めたそのせいか背骨のいたみがなくなったよかったこれをきに運動を継続していくそういえばランニングをしていたら風に春のにおいがした
2009.01.31
コメント(0)
腰痛のためかかりつけ内科に。気になった胆嚢ポリープ、すい臓など「きれいなもんですよ」姿勢や運動不足が原因といわれる。一日500歩以内だし、ここ数ヶ月運動はせず。姿勢は異常なほうだ。たぶんそのとおりだ。いろいろ思い当たる。「車も車庫暮らしではサビがくるようなもんですか?」「いいこといいますね、そのとおり、体は動かすために出来ています」「ちなみに前立腺がんにならないように使うとこは使わないといけませんよね、医学的に」「そうです」ぼくはやっぱりなあと安心する。適度というのはなかなかむつかしい。すぎたるはおよばざるがごとしおびにみじかしたすきにながし中庸そんなわけでまず街を2時間ほど歩くことにした。途中、声をかけてきた65くらいの男性が「気」で腰痛を治しますという。教室に案内されてあれやこれやと彼らの勧誘手法や概念を学ぶ。てかざしみたいに、何人かから体の回りをぐるぐる手かざしされる。笑ってはいけないだろうから神妙な顔をする。「どうですか?よくなりましたか?」「いえ、かわりません」還り際に、教室の前で掃除をしていたおばちゃんとエレベータに乗る。「気功は効くね?」「あまり効かないね」「あーた、気功の前にメタボ治さな」おー、街に名医がいた。
2009.01.29
コメント(0)
どうもあちこちで景気が悪い、不況だと騒がしい。なんのことはない今の状況はふつうの景気循環の一つの過程でしかない。山も有れば谷もあるのが資本主義経済である。あわてたりじたばたすることでもない。それは女子供にまかせとけばよい。それはみっともないというより知識がなさすぎる現象で、芸能情報に似たバラエティだ。たぶん普通の官僚や経済学者や、いや庶民でさえそんなのとっくに承知のはずで情報を泳がしているだけなのだろう。トヨタだって過去10年で20兆円くらい貯金していて、1500億の赤字くらいなんのことはない。家庭で2000万円の貯蓄があって15万円落としたようなもんだ。びくともしない。派遣切りとかハエのようにブンブンうるさいが、サラリーマンだって60歳までの仕事切りだ。いや仕事があって年収200万円でも充分生きていける。2年働いても200万円は貯蓄できる。給料を毎月もらえるだけでも感謝しなければならない。毎日働く場所に行けるだけでも、形だけの仲間であれいるだけでもすばらしい。派遣は未来がないというが、では正社員には未来があるのか?安定というがそもそも世の出来事や人生に安定はない。すべてに視点がゆがんでいる。人生も社会のあり方も浮沈を繰り返し、世に永遠はなく、形あるものは必ず壊れ、人は生きてやがて死ぬ。そのような原則の中であたふたせずにどっしり構えておけばよい。そもそも浮き足立った視点は、明治維新の西欧文明化と日本がアメリカの植民地になりさがたったことに起因する。アングロサクソン文化を着た日本人は、マイケルジャクソンが羽織袴を着てムーンウォークするように滑稽だ。しかしもし悲しいと思う人たちがいるとすれば、それは病弱な人や死に直面して絶望で苦しんでいる人、愛のない生活の中で孤独に打ちひしがれている人たちだ。
2009.01.29
コメント(0)
プールで2時間ほど泳ぐ。朝の寒さに比べて午後の陽射しは汗がにじむほどだ。夕方、フォーリーブスの青山さんが肝臓がんで死去というニュースでちょうどイザヤベンダサンの癌闘病本を読み終えたばかりだから、やれやれと思う。背骨が痛いのはやはり内臓がわるいのかと不安になり明日病院にでもと思う。泳いだせいか体は軽い。腰痛は女性の逢瀬の回数が少ないせいなのと関係があるのかとふと脳裏をよぎる。車も車庫ばかりでは調子も狂う。「あなたとは一線を越えたいのよ、今日はそんな気分なのよ」どうも最近は恋の向こうに結婚がみえかくれすると退散したくなる。腰痛は治るかもしれないが、こんどは頭痛を招くだけだ。陽気で情熱的で自律した爽やかな恋はないのだろうか。クリーニング店に行くとカウンターに小さい女の子がいてこちらを見ている。「2さい」そういって指を二本立てる。そう、店長さん?「ゆな」ゆなちゃんかあ。
2009.01.28
コメント(0)
癌闘病記、妻・長男の父介護の手記を読む。癌告知されて1年間の記録。感無量である。糞を手で出してあげるのも介護の基本である。しかし大事なのは介護の時期になって関わり合うのではなく、介護不要のときにしっかり関わっていたいものだ。親孝行したいときに親は無し。ぼくはこれから何人の大切な人の死に飲み込まれるのだろう。そしてぼくはぼく自身の死とどのように向かい合うのだろう。未来に待つものが希望ではなくて終着駅であるのはやはり人を惑わす。新井満さんの中学生後輩への死を考える授業を見る。生の向こうに死を思うか、死から生を思うか、その方向性で今日のあり方が大きく変わる。大切なものを絵に描かせてそれを燃やす。いつか訪れる大切なものとの別れ。こころの病患者がスケジュール手帳を見てまだこんなに生きなきゃいけないのかとつぶやいていたのをみて思わず笑った。想像力は現実の経験に及ばない。若さが無謀に思えるのは未来への想像力が薄いからだ。こころの成長が経験でしかなしえないことは神秘でもある。親の愛、恋人の愛、夫婦の愛、親子の愛、親族の愛、兄弟愛もし愛というゴールがそれぞれの愛の階段を登って行き着く頂上であるとするならばなんと障害が多い登山コースなのだろう。いやだからこそ頂上に上りきって下山し開放されたときに開放感に満たされるのだろう。死はその開放された状態なのかもしれない。
2009.01.27
コメント(0)
オリエント文明に詳しい皇族の三笠宮。人類の最初の文明といわれるシュメール文明。オバマ演説の3大宗教の起源でもある。伊勢神宮や3種の神器しいては皇室の由来とも言われる文明だがオリエント文化会長である三笠宮の真意はなんだろうかと思いを馳せる。俳優の石田純一さんは大変な読書家で蔵書は2000冊以上という。最近読んでいる本を10冊ほど紹介されていたがなんだか傾向がぼくととても似ていて驚いた。そして毎日の食事法や健康法、それに座右の銘的こころがけも似ていてまた苦笑いが出た。今日はとても寒い日だった。ハードボイルド的に言えばそうであるが、心象風景の影響も大いにあるに違いない。親切や情熱や豊かさは寒さを消す。
2009.01.26
コメント(0)

乱。秋月の乱、萩の乱、佐賀の乱、西南戦争は不正や不条理、西欧文化への武士の乱であった。226、515は貧困や社会不正義への乱であった。命を賭して護り実現するものがあった。学生時代に先輩が人生は死に場所を探す旅程だなと言った。当時は青臭いと思ったが、いやいまでも生きている言葉だと思いなおす。せっかく生を受けたのであれば命を燃焼して燃え尽きたい、見上げる冬空はそんなぼくの思いを凛とさせるように暖かかった。
2009.01.24
コメント(0)
自然というのは性格がすこし不都合な女性に似ている。空気や太陽や海の幸山の幸など命の維持を保障してくれるが、冬の寒さや暴風雨や大地震は命の放棄を招く。だからといって自然から逃避できない。だから魅力的な女性に接するように、自然に対しても接していく。なぜそんな二面性があるのかと問うても答えは返ってきやしない。そうであればそう受け入れるしかない。受け入れて活用していくしかない。世のものはそのように二面性を帯びている。たとえば病気や死や恐怖とか失望とか貧困とかいうもの反対に健康や生や安心や希望や富裕それらはふとしたときに湧き上がるように背後から襲ってくるあるいは体の奥から込上げてくる若さという無鉄砲さは込みあげる生命の息吹が担保となって感情を支配する経年は衰弱していく体の機能が弱気と不安を呼び込むトリガーとなる前者は発見と成長を産み後者は退歩を産む犬も歩かねば棒に当たらない機会は作るもの道は作るものそれにしても。体の状況に起因しないこころのあり方はないのだろうか。
2009.01.23
コメント(0)

オバマ大統領の演説内容はもしかしたらこれはぼくへのメッセージかと思うほどすっと入ってきた。同時にこんなに青臭くて文学的で儒教的な内容でいいのだろうかとも思う。腰がすっかり痛い、もっと使わないといけないのか。母は内臓かもしれないから気をつけないとと背中をさすってくれた。幸福の総和は同一である。今日より明日のほうが幸福に違いないと漠然と思っているとしたらそれは間違いだ。独身から結婚し子供を産み育てやがて子供も結婚し、そのころは両親の介護も始まり配偶者との不仲や死別そして自らの老化へと時は移っていく。それらは横軸であるが縦軸として今日という毎日がある。この縦軸を見た場合、日々の幸福の総和は同一である。たとえば40歳であればもう肉体的には点数をつければ20歳くらいと比べれば70点くらいに落ちていて、それでも経済的には20歳時と比べれば130点だ。比べる項目はたくさんあって、それらの総和は20歳のときでも40歳のときでも結局同じではないか。であるならば未来に希望を持つのではなく今日こそが希望をかみ締める日だ。明日は今日と同じような点数となり、昨日も今日と同じ点数であった。ただ違いが有るとするならば、総和が100点か300点か100000点かという個人差だろう。そして点数はそのひとの感受性が決めている。そして横軸の総和はもしかしたら人それぞれみな「0」かもしれない。
2009.01.21
コメント(0)
腰から背骨にかけて継続的な軽い鈍痛。姿勢が悪い、歩くことが少ないそのようなものか胆道がん、すい臓がん、そんなものかたぶん前者だろうと再びジョギングを始める急にあま酒を飲みたくなってしかしあますぎるから日本酒を合わせて買う冷でもカンでもどちらでも懐かしい味
2009.01.20
コメント(0)
経年は醜さが増す。いままでは体の身だしなみはフツーの対応で、意識してしたことはなかった。だからすこし気を使うことにした。ダイソーにいく。まず肌に潤いをと「男の美顔」乳液。髪に艶をと「男の美髪」。歯をより白くと「男の美歯」。携帯櫛。携帯爪切り。歯ブラシ10本。百貨店に寄ってビンタにすこし白髪があるので「ウエラ」。髪をカットするハサミなど一式。それらをこまめに実行していく。でもこんなことはみんなフツーのこととしてやっているのであって、あらためて気を使うという僕自身が怠慢だったのだろう。しかしそれよりできたら、胃や腸や心臓やそういう五臓六腑をシェイプアップしてあげたい。
2009.01.15
コメント(0)
気温0度、寒さを楽しむ みたい ねば心頭滅却すれば雪もまた熱し死んでしまえば寒さも感じないのだからせっかくの冬を楽しむ夏だからビールもうまいように寒いからここちよい温い湯寄り添う毛布の温もりすべてが逆境も悦境もう夏を想うまい愛する人たちともいつか訪れる別れであれば今の冬をこころから充分かみしめたい
2009.01.14
コメント(0)
正当な結果を出すために正当な経過と不当な経過の2通りがある。日馬富士が4連敗。琴欧州は4連勝。こころの有り様が結果を分けている。日馬富士は大関になっての心構えが生真面目すぎて連敗。琴欧州は気弱なこころに自信という栄養をもらって連勝。日馬富士は心構えの経過において大関なんてたいしたことはない、たかが相撲だと全てを小ばかにしてなめれば勝つ様になる。それは不当な経過だが、結果を出すにはそれしかない。妻のありがたさを確認するために浮気をするのに似ている。いい結果や自信を取り戻すにはそうした不当なことを取り込むのが手っ取り早い。しかしそれは応急的なものでじっくりと正当な経過で正当な結果をだすためには自分への過大評価、自己尊重、自他との融和感、無常観がこころのあり方として必要ではないか。「真の横綱は木鶏に似たり」という。対岸の火事ではない。
2009.01.14
コメント(0)
ふたりの女性を抱いている夢から覚めてカーテンをあけると眩しい光雪もさらさら舞っていて寒いらしいこういうときは必殺重ね着しかないなとジャンパーの下に3枚釜山に旅行に行った由美たちはオンドルで暖かいにちがいないテレビや新聞を眺めるとばい菌だらけでせっかく気分よくめざめたのにクールダウンしてしまう近くの山に登ることにした空気は澄んでいて切るように冷たいがこころは暖かくなる体が寒いので火をつけるには恋だ、脳をだましてやろうと思ったからそんな夢を見たのだろう寒いときは暖かいところに向うのではなくていっそう寒いほうに向うほうが今があたたかく感じれていいものだそれに甘いものを食べたらよい今はもうないけれどミスドのフレンチクルーラを朝の常食していたコロにあなたオージーみたいな食生活ねと笑われていたのを思い出す最近はロッテのガーナださて珈琲を水筒に入れて出発だ
2009.01.11
コメント(0)
「奇跡のりんご」を読む 木村秋則さん 有名らしい無農薬のリンゴ栽培に挫折し山で首吊り自殺をはかろうと、枝に投げた縄がそれて、その先に偶然、あざやかに繁る野生のりんごの木を発見する。無農薬で肥料もないのになぜ?おもわず根元の土を食べて味を確認し、じぶんがなぜこの山に来たかも忘れて下山する。リンゴの木だけではなくぼくたちも自然の循環の中で生きている。除草したりきれいにして「孤立」させることは実は生命力を奪っていることではないか。「孤独」は「孤毒」が適切な漢字だ。冬は寒い。暖房も実は生命力を奪っているのではないか文明も実は人間の免疫力や野生の生命力を奪っているのではないかだから病気になりやすい。体は筋トレやなんかで鍛えて、いじめてはじめて頑丈になるこころも耐えて鍛えられる「楽」に流れると悲劇の終点に着く散歩をしていて空気を吸っている自分に気がつくぼくの体が生きるために酸素を吸っているぼくは酸素を作れない自分の体なのに自分のことが自分で出来ないとはなんたることか。もしかしたらぼくは自然と同化した、いや自然の循環の一部、いや自然の人間種という化身ではないか?とすこしぞっとする。酸素さえ作れないのだから水も作れない、そもそも食料でさえ作れないであるならば自分が生きるためにできることは何があるのだろう?自殺しない、ということだけではないか。ぼくが生きているのはそういう意味では自力が数ーパーセントであとは他力だ。すこし愕然とする。木村さんのりんごはとてもおいしいらしい切っても酸化して腐らないらしい木村さんはいつもリンゴの木に語りかけるらしい今日は元気かい、病気にならないようにがんばれよリンゴの木も人間も同じ酸素を吸い、水で生きている結局のところ木に化身したか人間に化身したかの違いだけで、元素的にはたいした違いもないのだからリンゴの木は木村さんの話も理解しているにちがいない人間の言葉がリンゴの木は理解できないという証拠も根拠もないのだからそれにしてもこの本の冒頭にどこかの国の詩人の詩が記載されているなぜなのだろう?この本とどういう関係があるのだろう?「危険から護り給えと祈るのではなく、危険に対して勇敢に立ち向かえますように痛みが鎮まりますようにではなく、痛みに打ち克つこころを乞えますように人生という戦場で味方を探すのではなく、自分自身の力を見出せますように不安と恐れの中で救済を切望するのではなく、自由を勝ち取るために耐える心を願えますように成功の中にのみあなたの恵みを感じるような卑怯者ではなく、失意のときにこそ、あなたの御手に握られていることに気がつきますように」
2009.01.09
コメント(0)
がんと脳梗塞予防のレシピ本を買うさっそくスーパーで買出しをして、あれやこれやと仕込む継続して食しなければいけないので苦手なセロリとかははずすひととおり試して作るひさしぶりの赤ワインはおいしかった
2009.01.07
コメント(0)

海よりも山よりも夜空に一段と輝く金星の光ほどこころが動くものはない。再生しようとしたピラミッドの想念やハルマゲドン妄想で創られた古代の地下壕とかそのような神秘に駆られる情念はなんと人間的なものだろう。海からの贈り物である貝殻をたくさん拾ってくる。コロの写真の前に並べる。里の父の皺はよりいっそう増えたような気がして、それでもそのようにぼくの皺も増えていっていることだろう。
2009.01.04
コメント(0)
全19件 (19件中 1-19件目)
1