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このところ、すごく疲れるというか、なかなか疲れが取れない気がします。急に涼しくなったせいかなあって思うのですが、皆さんはそんなことありませんか?そんな中、昨日は、健康診断に行ってきました。一昨年、昨年と同じ健診専門のクリニックで受けていて、大体1時間ちょっとで終わると思って行ったのですが、今年はその倍、ちょうど2時間かかりました。検査の項目はいつもと同じだし、丁寧にしてもらったという訳ではありません。混んでいたせいかしら?そういえば、今年は待合室にいる人の数がいつもより多かったかも。11時の予約で、終わったのが1時。Yuukoさんとランチをして、お茶を飲んで帰ってきたらもう3時半でした。働いたわけでもないのに、やはりなんだかすごく疲れてしまって、夕飯の支度の時間まで、ごろごろしてしまいました。久し振りにお肉を焼いたり、ピーマンにひき肉を詰めて焼いたりしている間に、これまた久しぶりに登場のタジン鍋でジャガイモを蒸し焼きにし、夏野菜のスープとサラダを作って、ご飯も炊いて、とこれだけやったらまたまた疲れてしまって、後片付けもそこそこに寝てしまいました。おかげで今日は元気元気。排水管の清掃があるというので、6時に起きて、溜まった洗濯を片付け、お風呂、トイレ、洗濯機の排水口周りを、お掃除してもらえるように片付け、昨日そのまま寝てしまった台所は、特に念入りにお掃除。業者の方が来てくれたのは11時少し前。10分ほどで片付いたので珍しくお昼前に買い物。簡単にお昼を済ませて、ただいまホッと一息です。久し振りにいっぱい働いたような、なんとなく充実感一杯の日曜日の昼下がりです。実は今日はこの後月例のお墓参りと会食です。しか野さんは空いてるかな?
2014.08.31
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ドイツ珍道中シリーズは前回で終了のつもりでしたが、naominさんのお嬢さんたちが短期留学した時のことをコメントでいただき、もう少しドイツのことをご紹介したくなりました。その前に、シュトゥットガルトのホテルのことですが、本当は、シュトゥットガルト郊外のWaiblingen(ヴァイプリンゲン)にある、Hotel Koch(ホテル コッホ)というホテルです。まあ、ビジネス以外、こんな町に泊まりにいかれる方もないでしょうが、昨日までのコメントで、ホテルの対応について、批判的な方は一人もいらっしゃらなかったので、実名披露しました。家族経営と聞いていたので小ぢんまりした、ペンションに近いものを想像していましたが、エレベーターもあり、立派なもの。お部屋も広いし、ドイツらしく大変清潔で、宿泊料に含まれている朝食も、たっぷりで大変おいしかったです。そのホテルにチェックインする時、オーナーの姪御さんだというお嬢さんに、ツインの部屋はあなたと息子さんで使うのですか?と確認され、どうして?と軽く疑問に感じながら、ハイと答えると、彼女は、なんだか怪訝そうな表情でキーをくれました。な気分で部屋に入り、アッと思いました。親子3人で2部屋とったら、この国の常識では、夫婦が同室、子どもは別のもう一部屋なのかもしれないと気づいたのです。あのお嬢さんには、わたしたち夫婦、わたしたち親子は、どれくらいおかしく思えたのか、とても興味を覚えましたが、まさか尋ねるわけにもいかず、今でも、ドイツと日本の違いに関わる小さな疑問として、胸に残っています。シュトゥットガルト到着の翌日は、その日も仕事の夫に代わって、以前日本でお会いしたことのある(息子とは赤ちゃんの時以来でした)本社の技術者の方がお休みを取り、ご夫婦でわたしたちを案内してくれました。行ったのは、農業国ドイツの伝統的な暮らしや農業を見たり学んだりできる、農業公園のようなテーマパークでした。建物や農機具、手作業や家での暮らし方を見、いかにも手作りのチーズやソーセージ、農家風のお料理、ケーキなどを楽しみましたが、ちょうどヨーロッパで口蹄疫が猛威を振るっていた頃で、ご自慢の動物たちは全部隔離されて、鶏以外は見ることができず、その代わりに、その同僚さんから口蹄疫の講義をたっぷり聞かされて、閉口しました。その彼は、顔はひげだらけで、体格は熊みたい、しかもむちゃくちゃ生真面目で、見た目は本当に怖いけど、慣れると優しくて憎めない人でした。先に書いたnaominさんのお嬢さんたちは、1カ月の滞在の間、あちこちでドイツ人の親切を受けたそうです。コメ返にも書きましたが、ドイツ人って、見かけがごつい上に愛想がないので、一見冷たそうだし、欧米の、特に戦争映画に登場するドイツ人のイメージから、あまりいい印象がなかったりしますが、実は冗談好きで、偉大なる田舎モノって感じの、おせっかいで世話焼きな一面もある国民です。街角で地図を見ながら立ち止まっていたりすれば、何分もしないうちに、どこに行きたいのかと声をかけてくれる人が必ず現れます。そういえば、息子も、駅のホームの端っこで、トランクの上に腰を下ろしていたら、綺麗なふたり連れのお姉さんに声を掛けられたそうです。たぶんドイツ語で。息子が、片言英語プラス身振り手振りでドイツ語がわからないと伝えたら、にこっと笑って去って行ったそうですが、その話をする息子はとても残念そうでした。何か話してみたかったのでしょうね。でも、そのお嬢さんたちは、きっと、暗くなった駅で大きな荷物に座る小さな(ドイツ人にとっては)男の子を見て、心配して声をかけてくれたのでしょう。旅をしていると、また違う、ドイツ人の素顔を見ることもあります。これは、もっと若い頃のわたしの経験ですが、ハノーバーで、観光に疲れてベンチに座っていたら、おじいさんが隣に腰かけて、「どこから来たの?ベトナム?え?日本人?ドイツは初めて?」とか言いながら、周りのアパートメントやビルを指さして、「北ドイツは、寒いから、昔のビルは窓が小さいんだ。でも、この辺は空襲で壊された建物が多くて、戦後建て直したり修理した建物は窓を大きく作ってるんだ。窓の大きさを見ると、いつごろの建物かわかるんだよ。窓の小さいものは古いんだ。」とか、いろいろ説明してくれました。これで終わるとよかったのですが、「わたしのアパートを見に来ないかい?お茶をご馳走するよ。」ですって。え?それはいくらなんでもヤバイでしょ。「ありがとうございます。でも、やめておきます。わたしはストリートガールじゃありませんし。」と丁重に辞退しました。実はドイツの男の人は、アジア人の女性が大好きだそうです。わたしもアジア人だし、「鬼も18、番茶も出花」とは言えないまでも、まだ二十代、おじいさんには十分可愛く見えたのでしょうね。また、別の町では、ドイツ名物の石畳の道を、コロ付トランクを引きずって歩いていたら、杖を突いたおばあさんが、道の向かい側からしゃべりながらすごい勢いで車道を渡ってきて、何だか話しかけてきたことがありました。面喰って、てっきりうるさいじゃないのとでも言われるのかと恐れながら、でもよく聞いてみたら、「あなたのそのトランクすごくいいわねどこで買ったのTKYってなんなの(空港名TOKYOの略のTKYが印刷された、飛行機の預け荷物の札がまだ下がっていたのです)」と息つく間もない喋りっぷり。息が詰まっちゃわないかと心配になるほどでした。今でこそちょっと笑えますが、その時は、その勢いに恐れをなして、「あの~、東京で買いました。普通のトランクですから、きっとこちらでも買えますよ。」と答え、ではさようならと逃げ出しました。あれから、ドイツ社会もいろいろ変わったようですが、ドイツ人はどうでしょう?見に行きたいなあと、これを書いているうちにすごく思いました。この次は、また、若い頃のように、気楽に一人旅がいいかな?
2014.08.29
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すみません、フランクフルトは帰りに出発した空港の名前で、列車で到着した町はシュトゥットガルトでした。そんなこんなで、町の名前を間違えていたわけですが、気を取り直して、書き続けさせていただきますね。わたしの持っていたHotel Hoppeの電話番号のメモを見て、これはシュトゥットガルトじゃないぞと言ったお巡りさん。他の警官もそのメモを覗きこんで、あ、そうだなとか言っています。ちょっと待って、それどういう事?皆さんは、もう多分ご推察と思いますが、どうやら市外局番がシュトゥットガルトと違っていたようです。でも、それを聞いたわたしは、「え?でも、夫はシュトゥットガルトに来るようにと言ったわよ。」とか、きっとそんな不満そうな表情をしたのでしょう、「イヤイヤ、そうじゃなくて、この番号はシュトゥットガルト市内じゃないということです。」と、彼が改めて説明してくれました。その説明がわたしの脳みその中に行きわたるのに要した時間はどれくらいだったでしょうか。とにかく、暫く呆然としたと思いますが、それが落ち着いたとたん、わたしの脳裏に浮かんだのは、W。。。という地名でした。それは夫が出張している本社工場の所在地です。Hotel Hoppeも多分そこにあるということを、わたしもなんとなく知っていました。そしてわたしは、例えば、わたしたちの住むN町が東京の中のひとつの地名であるように、そのW。。。もシュトゥットガルトの一部であると思い込んでいたのです。そういう町は、確かにシュトゥットガルト郊外にあると、お巡りさんたちは言いました。本社の名前を言うと、あ~~、じゃ、間違いないねというのです。その会社がその町にあるというのは、この辺りでは誰でもが知っている常識みたいでした。ここDB(ドイツ国鉄)のシュトゥットガルト中央駅から、S(エス)バーン(公営の郊外電車)に乗って行くんだとのこと。まず地上階に行って、こういう表示に沿ってああ行って、こう行って、エレベーターで地下○階まで降りて、W。。。までの切符を買って、って親切丁寧にガイドまでしてくれました。でも、もう外は真っ暗、お昼から何も食べていないので、多分息子の空腹も限界だと思いました。それで、そこはタクシーで行ける所か聞いてみると、かなりお金はかかるけど、行けることは行けるとの返事。どれくらい?と聞いたら、日本円にして1万円ちょっとと言ったと思います。もう背に腹は代えられない、タクシーで行こうと決められたくらいの金額だったので、それならタクシーに乗りますというと、タクシー乗り場の場所を教えてくれて、W。。。のHotel Hoppeとメモを書いてくれて、大体○○マルクくらいで行くはずだから、運転手に先におおよその運賃を尋ねて、それから乗りなさいとアドバイスしてくれました。何度も何度もお礼を言って、地上階に戻り、息子と荷物を回収して、教えてもらったタクシー乗り場に向かいました。その途中でSバーンの駅への降り口も見つけましたが、やはり、ここからどれくらいかかるのかわからない電車に乗る元気は出ませんでした。タクシーを見つけ、ドライバーにメモを見せて、「W。。。の駅のすぐ近くにあるこのホテルまで行ってもらえますか?お巡りさんが○○マルクぐらいと教えてくれたんだけど、いくらぐらいかかるかわかります?」と聞いたら、「そのホテルのことは知らないけど、近くで聞けば分かるよ。料金も大体それ位だよ。」というので、タクシーに乗り込みました。車酔いするので、いつもならタクシーには乗りたがらない息子も、疲れと空腹には勝てなかったようで、観念して乗ってきました。もう真っ暗な道をどれくらい走ったでしょうか、多分30分くらいかなあ。ふたりして疲れ切ってボ~~っと座っていると、「この辺だと思うよ。」というドライバーの声で、ハッと気が付き、キョロキョロしていると、「あそこじゃないか?」と、指差す先にHotel Hoppeの看板。ホントに駅のすぐ近くで、わかりやすい場所だったので、かなりあっさりホテルに到着したのでした。夫は部屋にいました。シュトゥットガルトからの次の電車がくるまでの時間、部屋で待機していたようです。呆れたように、何してたんだという夫に、W。。。がシュトゥットガルトで別の電車に乗り換えて来なくちゃいけない場所だなんて教えてくれなかったから、シュトゥットガルト中央駅で待ってたのというと、夫は更にあきれたように、知らなかったのかですって。なんでしょうか、このあっけないような会話。そりゃ知らないに決まってます。教えてもらってないんだし。東京の路線図ならともかく、シュトゥットガルトの電車の路線図なんか頭に入っている訳ないじゃないですかねえ。せめて、ホテルに電話した時誰か出てくれたら、ここの住所がもっと早くわかったのですよねえ。でも、誰も出なかった訳は、程なくわかりましたよ。このホテルは家族経営で、もともとギリギリの人数で運営しているのですが、ここのレストランは、宿泊客だけでなく、近隣の人たちにも人気で、お客の混み始める夕方以降は、手の空いているスタッフは全員レストランにかかりっきりになるので、電話が鳴っても気が付かないことがしょっちゅうなのだそうです。夫もホテルも、全く人騒がせです。でも、まあ、ようやく夫に会えて、夫はわたしと息子のためにツインの部屋を予約してくれていたので、ホテルにチェックインでき、野宿は免れることができました。とはいえ、わたしたち二人のあのシュトゥットガルト中央駅での緊迫して不安だった経過を、このあっけらかんとした結末と並べると、なんだか割り切れない思いでいっぱいになるmamatamなのでした。
2014.08.27
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ごめんなさい、昨日までのブログ、わたし、町の名前を間違えていました。フランクフルトではなくて、シュットゥットガルトでした。昨日まで書いた分の地名は先程全部訂正しました。いい加減な記憶で書いてしまって、スミマセン。あとは、結末まで、シュトゥットガルトに訂正して書き続けますので、よろしくお願いします。明日には、結末編、アップ出来ると思います。もう少し待ってくださいね。
2014.08.27
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思い出してみると、結構いろんな小事件に遭遇しながらも、わたし達親子ふたりは、無事シュトゥットガルト中央駅に到着しました。出発前の打ち合わせでは、ここに夫が迎えに来てくれているはずでした。ドイツの、というか、ヨーロッパの鉄道駅には、改札口がないので、夫にどこで待てばいいのかと聞くと、着いたらそこで待っていればいいと言っていました。シュトゥットガルトと言えば中部ドイツ屈指の大都市、その中央駅で待ち合わせるのに、そんな簡単でいいのかと思いましたが、夫は大丈夫の一言、あとは問答無用の体勢です。というわけで、到着すると、先ず夫の姿を探しましたが、案の定?見当たりません。仕方なくホームの端に移動して待ちます。私たちの到着時間は、昼間ホテルに電話して伝言を頼みましたけれど、もしかしたら仕事の都合とかで、まだホテルに戻れていないのかもと、もう一度電話することにしました。もちろん12年前の話、海外でも使える携帯なんてものはありませんでしたから、荷物から目と手を離さないように息子に言って、わたしは、公衆電話を探しにいきました。かなり長時間のコールのあとようやく電話に出たホテルのスタッフが、「Mr.mamatam夫なら、あなた達を迎えに駅にいきましたよ。」と言うので、それなら来るまで待つしかないと、動かずホームで待つことにしました。でも、待てど暮らせど夫は来ません。暗くなってくるし、お腹は空くし、ホテルの場所を聞いて、ふたりで行っちゃおうということになり、今度は住所を聞くために、またホテルに電話しました。ところが今度は何度コールしても誰も出ません。ずいぶん鳴らしていたけれどダメで、諦めて息子のところに戻りましたが、やはり夫は現れていませんでした。次にわたしが思い付いたのは、ツーリストインフォメーションのオフィスを探して、ホテルの住所を教えてもらうこと。ユニフォームを着た駅員さんに尋ねると、簡単に教えてくれたオフィスの場所は、首をめぐらせれば見えそうに近くて、でも、行ってみるともう電気も消え、ドアも閉まっていました。がっかりして息子のところに戻り、再度悩んで思い付いたのは、ドイツテレコムの番号案内に問い合わせてホテルの住所を教えてもらうことでした。今考えても超人的なバカヂカラを発揮して番号案内の電話番号をゲットし、電話をかけ、Hotel Hoppeというそのホテルの名前と電話番号を告げ、そこに行きたいので、住所を教えてほしいと頼みました。それに対するドイツテレコムのお答えは、極めてシンプル。お教えできません、でした。わたしのドイツ語がもう少し巧みであったならもしかして。。。と悔やまれましたが、どうにもなりません。この時間になると、夫とこの場所で出会える可能性は限りなく低いと思えてきました。でも、ツーリストインフォメーションも閉まってしまった今、息子を野宿させないためには、夫の泊まっているそのHotel Hoppeを見つけるしかありません。今や必死のわたしの頭に、その次に閃いたのは「警察」という言葉。中央駅なら、きっと警察官詰め所があるはず。そこのお巡りさんに頼んでドイツテレコムにホテルの住所を尋ねてもらおうと思ったのです。またもやユニフォームの駅員さんを探して、「駅の中の警察」の場所を教えてもらいました。またまた息子と荷物を残して、今度は地下へ。教えてもらったとおり、地下に警察の表示を見つけ、ノックして重い扉を押し開けると、その瞬間に、中にいた10人余りのでっかいお巡りさんたちの透き通るようなブルーの目が、一斉にわたしに向けられました。全員が190cmはあろうかと思われる巨漢です。「Guten Abent」と口をついて出そうになったドイツ語の挨拶を一瞬の計算で押し戻して、ドイツ語よりもっとたどたどしい英語で、夫と待ち合わせをしているが、場所を勘違いしたらしく会えないこと、直接ホテルにいこうと思ってホテルに電話しているが何度コールしても出ないこと、2度通話をしているので電話番号は間違っていないし、ホテルが存在することも間違いないので、電話番号案内で番号から逆引きして住所を教えてもらおうと思ったけれど、教えることはできないと言われたことを話し、この電話番号から住所を調べられませんか?とお願いしました。どうして英語だったのかっていうと、ドイツ語をしゃべるアジア人なんて極めて珍しいでしょうから、ここでドイツ語を使うと、出かせぎのヒトと思われて、適当に扱われちゃうかもしれないと思ったことが一つ。それより、まだ、おのぼりさんのアジア人の観光客のオバサンと思われた方が扱いはましだろうと思ったわけです。そして、もう一つは、昔の上司が良く言っていたんですよ。上司の持論「相手の母国語で対話すると、一方的に言いまくられて、交渉どころか理解もできずに終わってしまいかねない。だからドイツ人とは、仕事のことは英語で話す」というのですけど、それがもう一つの理由でした。最初、カウンターについていたお巡りさんに話すと、彼が、後ろにいたもう一人のお巡りさんに相談というか、確認し、自分たちでもドイツテレコムから住所の情報をとることはできないと英語で説明してくれました。じゃあ、Hotel Hoppeという名前のホテルなのですが、この近くにあると思うので、ご存じないですかと尋ねたりしていると、きっと暇な晩だったのでしょう、そのうちにわたしたちの周りに4-5人のお巡りさんが集まってきて、あーでもないこーでもないと、(もちろんドイツ語で)話し合い始めました。もう一回電話をかけてみたらどうなんだ?と誰かが言い、わたしは「2回かけたんですけど」と言って、番号のメモを渡しました。その人がダイヤルしてみてくれて、「やっぱり出ない」と受話器を置き、もう一度メモを見て、これはシュトゥットガルトの番号じゃないと言いました。ハッと気が付くとそれはドイツ語。わたし、ドイツ語で話し合う彼らの会話に口を出したので、うっかりドイツ語をしゃべってしまっていたのでした。でも、ちょっと待って。シュトゥットガルトの番号じゃないって、それどういう事?またまた長くなってきました。先はまだ長いので、もう一回書かせてもらうことにして、今日はいったん終わりにさせていただきます。引っ張ってごめんなさい。飽きないで、付いてきてくださいね。お願いします。では、また明日。おやすみなさい。
2014.08.26
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今日も昔のお話。羽澤ガーデンのことを書いているうち脈絡もなく思い出した話です。といっても、今日のお話は息子が中学を卒業する春休みですから、昔むかしではなく、ほぼ一昔前のことです。ちょうどその時期に夫が、確か機械の検収に関わる業務(だったと思います)で、ドイツの本社への出張が決まっていたこともあって、わたしも息子と二人で、一週間ほどのドイツ旅行をすることにしたのです。夫とは、仕事が休める週末だけ一緒に動く約束で、あとは二人で行動する予定です。それならドイツでなくてもよかったでしょうに、なぜにドイツか?最大の理由は言葉でした。 夫と落ち合う約束があるため、ツアーはダメ。個人旅行だと何かトラブルがあってもふたりでがんばらないとなりません。わたしは、学生時代ドイツ語専修で、卒業後の10年ほどの会社勤めでも英語よりはドイツ語の近くで働いていたので、退職後、もう10年以上も外国語とはほとんど縁のない暮らしをしたのに、それでも、何かあった時にドイツならなんとかできるような気がしたのです。夫にそう言うと、取り越し苦労だと鼻で笑われました。でも、内心不安の状態で息子と二人だけで外国を歩くのはなんとなくいやでした。予約した飛行機がブリュッセル到着の便だったので最初の一泊だけベルギーに泊まり、そこから真っ直ぐドイツに入り、もう一泊してシュトゥットガルトに向かうことにしました。シュトゥットガルトでは、夫が自分たちの泊まっているホテルに部屋をとっておいてくれることになっていました。12年以上も前のことで詳しいルートは覚えていませんが、ブリュッセルからあまり寄り道もせずにフランクフルトに行ってしまいました。今から思えば、ドイツに特に興味があるわけでもなく、歴史も文化もろくに知らない息子を連れて行くのなら、もっと派手なというか、初心者向けのコースにすればよかったのに、有名な観光地といえばハイデルベルクだけの地味なコースで、彼にとってもわたしにとってもなんとなく物足りない旅行でした。それでも、ブリュッセルでは、名物のワッフルの、美味しさよりも巨大さに目を見張ったり、ランチに入ったレストランで一つだけ自分の知っているメニューを見つけスパゲッティ・カルボナーラを注文した息子の前に、一抱えもあるようなお皿に数cmも盛り込まれたパスタが登場してさすがの食べ盛りももてあましたり、あちこちのソーセージ屋台でご当地ソーセージを楽しんだりしました。とある小さな町では、お城を見に行くとガイドツアーがあったのですが、それはドイツ語だけで、聞いたことをわたしが息子にかいつまんで説明していると、その内、区切り区切りでわたしの説明をガイドさんが待ってくれるようになり、息子がへえ~~とか、ホントかよッ?とかいうと、日本語なんかわかるはずのないガイドさんも同行のツアー客もニコニコと頷いてくれたり、ハイデルベルク城の森ではリス君と目が合い、しばしのアイコンタクトを楽しんだり、わたしが夫のホテルに電話するのに公衆電話を使い、そこにお財布を置き忘れて、半分あきらめながらも駅の事務室に飛んで行ったらちゃんと届いていて、感激していると、駅員さんにウインクしながら「お母さん、ここはドイツだよ!でも、しっかりしないと。」とたしなめられたり、シュットゥットガルトの街の大きな公園で、お巡りさんがわたしたちの目の前でいきなりアラブ人の3人連れの青年に職務質問を始めるのを目撃したり、どこかの駅前で、アルコール中毒らしい物乞いの手がのびて来そうになり息子が動けなくなってしまったり…忘れたと思っていましたが、ひとつ思い出すと次々にわいてくるものですね。そういえば、どこかの町で、小さな広場で開かれていた骨董市?フリーマーケット?を骨董のことなど何もわからない二人がぶらぶら冷かしていたら、後ろからタッタカタッタカと軽い足音が聞こえ、振り返ったら、ものすごくスマートなわんこがものすごく機嫌よさそうに走っていました。その狭い蚤の市の通路を走り抜けて、出口のあたりまで行くとくるっと振り向いてお座りし、ベロンと長い舌を出して、はぁはぁ嬉しそうにこちらを見つめています。そこで飼い主さんを待つのが習慣なのでしょう。で、驚いたのがそのわんこの毛皮。色は、全体にスモークのかかった茶色なのですが、模様っていうのかしら、パッチワークみたいになっていたのです。息子と二人、あっけにとられて見つめてしまいました。今でもあの毛皮、どうなっていたのか、見当がつきません。また、ドイツにはトルコ料理の屋台とチャイニーズレストランが多くて、でも、ある日町の小さな中華屋さんに入って、その中華料理に度肝を抜かれました。甘い、しょっぱい、辛い、酸っぱいの中華料理の基本は確かにそうなのですが、その組み合わせというか味付けがことごとく予想を裏切るのです。材料も、わたしたちが思っているのとちょっと違うみたいだったし、結局半分も食べられませんでした。そんな小さな出来事を重ねながら、とりあえずは事無くシュトゥットガルトにたどり着き、やれやれと思っていた時、事件は起きました。そして、その事件には、わたしの心配を鼻で笑った夫が大きくかかわっていました。まだまだ長くなりそうなので、この続きはまた明日にしますね。では、また明日!
2014.08.26
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むかし昔(えっ?何年前かはっきりしてですって??え~~っと、指折り数えて、あら、指が足りないわ!!ざっと35年ほど前でしょうか)、とにかくわたしがまだ20代のころ、その頃勤めていた会社の人に何度か(多分2回位だと思いますが)連れて行ってもらった羽澤ガーデンのビアガーデン。最近、ふとそれを思い出し、また行きたいと思って検索してみたら、なんと、2005年に閉店していました。もう10年近くも前です。その頃、息子は高校生、夫は現役のサラリーマン。わたしは専業主婦で、子どもは手が離れて昼間はテニス三昧でしたが、若い頃は1年に200日以上出張していた夫も、さすがに社内での勤務がメインになり、毎晩家に帰ってくるようになっていて、暗くなってから家の外に出る回数は1年に両手の指では足りないものの両足の指まで使えば十分、おつりがくる程度でした。日常の行動範囲はせいぜい半径3Km、都内といえども広尾のお店の閉店の情報など、目にも耳にも留まらなかったようで、全然知りませんでした。素晴らしく豪華で広い日本庭園で、足下には蚊取り線香、テーブルにビール。周りは外人がいっぱい。わたしがそんなお店に行けたのも、その頃わたしは外資系の会社の経理課に勤めていて、本社から、わたしが担当していた事業部の事業部長だかの偉い人が来日し、その方の歓迎会におまけで呼ばれたからでした。もう一回は何だったか忘れましたが、それも似たような外人エライサンがらみのおこぼれだったと思います。お呼ばれでしたので、飲食代がどれくらいだったのかも知らないのですが、もし、営業を続けていたとしたら、今ならビアガーデンでもお会計はお一人様5000円札1枚では済まないだろうと思います。若くてもの知らずだったわたしは、ただ「すごい!」と思うばかりで、お料理やビールの味も、その豪華な庭園も、建物や調度のこともほとんど何も覚えていないのです。羽澤ガーデン自体の超高級そうな、更には、来ているお客さんたちのいかにも上流そうな雰囲気にも気後れしたか、同席していた偉い人たちにビビりまくっていたか、おそらくそんなところだったのでしょうが、今思えば本当にもったいないことをしました。今のわたしなら、きっと支払うお金以上に、色んなことを味わい楽しんだでしょう。だから、きっとお高いだろうと思いつつもう一度行ってみたいと思ったのです。なくなってしまったなんて、本当に残念です。若い頃に戻りたいとは全く思わないmamatamですが、あの頃を、今のわたしで再訪したいと思うことは、この羽澤ガーデンに限らず、しょっちゅうあります。今のわたしならわかるだろうにとか、今のわたしなら楽しめるだろうに。。。って、これって、歳と共に傲慢になってる証でしょうか?
2014.08.25
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夫の入院騒ぎは、3度目の手術でようやく打ち止めとなり、3回の手術に関するものは落ち着きを取り戻してきています。ところが、数年前からその兆候のあったアレルギー性らしい湿疹がこのところひどくなり、そのために通院が続いています。何年も前から症状はあって、アレルギーが疑われながら、原因の特定ができないでいたのですが、3回目の手術の後、症状がひどくなったので、度重なる手術が引き金になって悪化したのかも知れないと思っています。何年も通った病院は、見かけは立派な総合病院で、地域の中核病院です。でも、効果がないのになかなか薬を変えようともせず、原因物質についても、パッチテストは費用が高いせいもあったのか、夫が自己申告した数種類以外、調べてみましょうという提案もありませんでした。それでも我慢できる範囲の症状だったため我慢して通い続けていた夫も夫なのですけど、ここにきて、さすがにあまりの酷さに近所の個人病院に相談に行き、もしかしたら金属アレルギーではということで、その方面の研究ではそこが一番進んでいるという大学病院を紹介され、行ってみることにしたのです。初めは歯科を受診したのですが、同じ大学病院の皮膚科を紹介され、診察を受けると、ビンゴ、ざっくり金属アレルギーらしいというところまでは確認できました。お薬も、本当に様子を見て、聞かないと思えばすぐに別の物に変えてくださって、おかげで少しずつ体に合うものへと絞られてきました。実際には行ったり来たりで、症状が少し治まったところを見計らい、原因究明のため、パッチテストをしたのですが、一度にたくさんのアレルゲンテストをし過ぎてしまったらしく、相乗効果(悪い意味で!?)でとんでもなく激しく反応がでて、収まりかけていた湿疹がまた身体中に広がってしまい、お薬も効かなくなって、お薬探しもまた初めからやり直しでした。原因物質も、大きく金属アレルギーだということははっきりしたものの、絞り切れてなく、反応の出た物質についてだけ、もう一度テストしたいと言われているそうです。それは、涼しくなるまで待って欲しいと、さすがの夫も待ったをかけているそうですけど。とはいえ、テストも全く無駄だったわけではないらしく、診断の結果病名は「おそらく『異汗性湿疹』」だとわかりました。病名はわかっても、Wikiを読んでくださった方はお分かりでしょうが、治療法も特効薬もないというもの。対症療法さえ決め手といえるものがありません。しかも夫の湿疹は、以前は掌だけだったのが、今は全身に広がってしまっています。前の総合病院で出されたお薬が全然効かなかったのは、夫が、ステロイドに激しく反応する体質だったからなようです。前の担当医は、そんなこともお構いなしだったわけです。最近、ようやく良さそうなお薬に巡り合えたようで、少しずつですが、確実に楽になってきています。でも、今までも、効いた!と思っているうちに激烈な副反応が出て元の木阿弥ということが何度もありましたし、今回のお薬もごく少量のステロイドが含まれているそうなので、100%安心はできません。以前に治療した歯の詰め物が原因になっている可能性が強いとのことで、湿疹の症状が落ち着いたら、また大学病院の歯科の方に戻してもらって、詰め物やかぶせたものを全部取り換えることになるようです。セラミックに全部替えるとのことですが、それって健康保険が利かない材料ですよね。医療保険ももちろん請求できないでしょうし、1本いくらかかるのか、全部でいくらかかるのか、恐ろしくて考えたくありません。それにしても、以前の見かけばかり立派な総合病院では、どうしてこれらのことを全然究明出来ないまま、あんなに長くひっぱったのか、不審でなりません。これが、あの時点でわかっていれば、かかるお金については同じだったでしょうけど、歯の手当てが今回の手術の前に済んでいたでしょうから、手術で免疫力が弱ったからといって、こんなに辛い思いをしないで済んだかも知れないのです。家族も、つまりわたしのことですけど、手術後身体の動きが十分でない本人に代わって朝晩薬を塗り、夜中には体をかきむしる気配に起こされ、この暑い夏、汗がこもらないように、下着からシャツ、ズボンまで全部木綿と麻に買い替え、などなど、本当に大変でした。地域の総合病院より、尊大なんじゃないかと思った(それ、丸っきりの先入観、色眼鏡だったと今ではとわかりました)国立大学病院の医師の方がきめ細かい配慮をしてくださり、指示も患者に親切なので、夫は今すごく信頼し安心して通院しているようです。わたしも、今は、様子を見ようと言われたと言って夫が病院から帰ってきても、イライラせずに落ち着いて様子を見ていることが出来ます。改めて病院選び、医師選びは大切だと、痛感しています。
2014.08.24
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最近、わたし、シャンプー後にリンスもコンディショナーも使いません。これもブロ友キララさんの受け売りなんですけど。使うのは、自家製のヘアケアリキッド。ティートゥリーオイルとラベンダー、ローズマリーなどのアロマオイル、グリセリンをアルコールで溶かし、そこにホホバオイルとアルガンオイルとアルコールの混合液を混ぜて精製水で薄めたものに、アロエベラエキス、シルクエキス、ゆずセラミド、桜皮エキスを加え、さらに羊毛ケラチンも入れたたものです。シャンプー後のまだ濡れた髪にスプレーして、マッサージします。テニスのレッスンが終わった後、仕事場に戻るのでスクールでシャワーするにも、石けん一個しか持っていかずに、髪もそれで洗ってしまいます。半端なくキシキシになりますが、このリキッドを使うと、あら不思議?、きしみはすっかり消えてしまいます。顔以外全身にスプレイします。1本で済んで便利です。今日は、メキシコ料理のランチの約束があったので、その時にちょびっとプレゼントしようと、昨日作ったスプレイ2本です。朝やシャンプーしなかったときには、ホホバオイルとアルガンオイルをいれない、さっぱりリキッドを使います。見かけは、あまり変わり映えがしません。実物は、オイルが少ない分もう少し透明度が高いです。オイルが少ないのであまりべたつきませんし、少し入っているティートゥリーオイルのおかげで髪が汗臭くならないし、アップスタイルのまとまりが良くなります。mamatamの手作り化粧品、地味に続いているのですよ。
2014.08.23
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お盆休みが明けて、あ~あ、今日からまた仕事だわと目覚めた朝、いつもより蝉の音量が小さいような気がしました。それから3-4日、早朝、蝉の声で目が覚めるということがありませんでした。仕事場からの帰途も、ちょっとやり残した仕事を片付けているともう暗くなっていて、日が短くなってる!と驚きましたが、暗くなっての帰り道では、お休み前までは頭の上からシャーシャージャージャーと覆いかぶさるように聞こえていたセミの鳴き声は聞こえず、代わりに秋の虫の声が何種類も聞こえていました。こんなに暑いのに、虫の世界では夏は終わったのかと思っていましたら、昨日あたりからセミがナニクソと巻き返してきました。でも、やはり真夏とは違います。朝も弱気な鳴き声ですし、7時か7時半、完全に日が落ちて暗くなると、セミは鳴りを潜め、コオロギやらカネタタキ、スズムシなどがとって代わります。こうして、ひそかに季節は移り変わって行くのですね。あ、タイトルのちょっと良いニュースは、このことではありません。少し前に、Yuukoさんが、働く時間を減らしたいと申し出て来られ、それに背中を押されて、なかなか踏み切れないでいた新しいパートさんの募集を、いよいよする決心をしたことは日記に書きましたよね。とはいえ、アクションと言えば、手書きのポスターを貼っただけの消極っぷりでしたから、反応すらない日が続いていました。それが、この度ようやく、決まりました。新しいパートさん、決定です。(はい、これが「ちょっと良いニュース」です。)今度は日本人です。30代の女性で、フルタイムで働けるとのことです(これもなかなか良いニュースでした)。Yuukoさんは、お孫さんの保育園の入園手続きなどでお休みが増えそうな1月までに、できるだけ仕事を覚えてもらいたいと言っていたので、フルタイムで働けるというのをことのほか喜んでいます。1日も早く来てほしいそうです。働きはじめをいつにするかは、明日にでも電話してお話しようと思います。たぶん来週前半には来ていただくようになると思います。作業服やら上履きやら、文房具やら、いろいろ用意しないといけないものもあるのに、休み明けの(というか、そんなの関係なくいつでもなのですけど)バタバタした中で、わたしたちの準備も体制も整ったとは言い難いのですが、夫社長ともYuukoさんとも話して、そんなこと言っていられないので、いつもの通り泥縄で始めようという事になりました。わたしたちは、前の外人パートさんが、試用期間が終わって段々と変貌し始めるまで、その本性に気づけなかったくらい人を見る目がないので、不安はいっぱいですけど、とにかく始めない事には結果も出ないので、運を信じて(って、それでいいの?mamatam社??)、始めてみようと思います。どうか、いい人でありますように。
2014.08.22
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昨日は水曜日でしたので、お盆休み明け2週ぶりのテニスに行きました。昨日も無駄に良いお天気、こんな空でした。でも、昨日は風がやや強くて、先々週のムシムシ陽気に比べれば「まだましなテニス日和」でした。テニスが終わって仕事場に戻る道すがら、前から気になっていたバラを写しました。緑色なんですが、わかりますか?実は、前からこちらとは別のお宅に咲く緑色のバラがあって、それは毎年目にしていました。そちらのバラは、緑色で咲いて、少しずつピンクがかかってきて、最後は全体がピンク色になります。桜の「御衣黄」のバラバージョンって感じですね。こちらは?と思っていましたら、目立たないところに別の鉢があって、こんな風に咲いていました。お花の色変わりの見本みたいですけど、ちょっと疑問も残ります。真ん中にあるお花は写真ではわかりづらいですが、縁にピンクの斑が入り始めていました。でも、もう枯れかけているように見えます。一方、濃いのと薄いのとピンクの2輪はとっても綺麗に瑞々しくさいていて、それにちょっと姿も違う気がするし、真ん中の緑が、こういう風に変わるとはちょっと思いにくいです。別の株のような気もします。これからしばらく、通勤途中なので余裕があったらですが、緑のバラの変化に気を付けて観察してみます。
2014.08.21
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トラフグの皮の細切りが安くなっていたのでもみじおろしと酢醤油で戴くつもりで買ってきたのですけど、こんなものを作ってみました。煮凝り(ニコゴリ)です。またもや牛乳パックの流し型が登場。煮魚でも、そのまま冷蔵庫に入れておくと、煮汁がゼリーのようになったりしますよね。それ位なので、作るのはいたって簡単。ただ、煮立てて、適当に味をつけて型に流し、冷めたら冷蔵庫で冷やすだけ。だけど、このニコゴリは、今みたいに室温が高いと、冷蔵庫から出して数分で融けて、ただの冷たいスープになっちゃいます。亡父は、ふぐに限らず、ニコゴリが大好物でしたので、母は、よく魚屋さんで出来合いのニコゴリを買ってきました。魚屋さんから買ってくるニコゴリは、ぷるるんぷるるんぽよよんと震えるくらい弾力があって、噛み応えもあって、舌に載せると融けるけど、室温に置いても融けませんでした。あれって何が入っていたのかなあ?寒天ともちょっと違ってた。ゼラチンかしら?などなど考えながら、急いで切って食卓に出し、融けるから早く食べてと、夫を急かすmamatamなのでした。急かされた夫はと~~っても迷惑そうな顔して食べていました。好物だから迷惑顔くらいで済んだけど。。。
2014.08.19
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この間水ようかんを作った時に半分残していたあんこを使って、もう一度水ようかん作りに挑戦してみました。歯ごたえがきっぱりしすぎて味気なくて、もっとトロ~リ感のある水ようかんが食べたかったと愚痴ったら、issei666さんが教えてくださった「かき混ぜながら冷ます」と「葛を混ぜる」の二つの技を投入した新機軸です。片栗粉じゃダメかな?と思ったけれど、最初から勝手にアレンジしてはいけないと思い直し、スーパーに出向いてくず粉を購入。前回は、かんてんパパ一袋に水600cc、粒あん400gでしたが、今回はそれに、くず粉10gと砂糖40g、水100gが加わりました。水に粉末寒天を溶かしてゆっくり混ぜながら加熱、吹きこぼれない程度の火加減で1-2分沸騰させ、そこに粒あんを加え、だまにならようによく混ぜました。くず粉は小さな塊になっているので、溶かした後つぶつぶが残ってはせっかくの水ようかんが台無しだと思い、砂糖と混ぜてからすりこ木でよくすりつぶしました。潰したくず粉+砂糖をお鍋に移して水を加え、弱火で乳白色になるまで混ぜながら加熱、いい加減にとろみがついたところで寒天+あんこ混合体と混ぜるのですけど、ハタと迷ったのが、どちらの鍋にどちらを入れるかでした。どっちでもいいのかもしれないし、正しい順序があるのかもしれないのですが、この辺り、mamatamの理屈っぽさ炸裂って感じです。今回は迷った挙句、濃度の高いものに薄いのを入れた方が良いかな?と思い、「の」の字が書けるくらいの濃さになった葛の中にあんこを少しずつ加えて混ぜて行きました。グダグダ書いていますが、くず粉をつぶすのに手間取ったくらいで、あっという間にここまで来ましたよ。で、今回は、お馴染み牛乳パックで水ようかん流し型を作ってみました。材料の量から考えて、1Lパック一本で足りないかもと思ったのに、流し込んでみたら、一日置いて、こちらが固まった姿。わざわざ両方アップする必要もなかったですね。お味は。。。確かにトロ~~リ感はしっかりついていました。でも、わたしちょっと煮詰め過ぎちゃったみたい。あんこ感が妙に濃厚なのよね。次回、もしまた挑戦するようなら、寒天を溶かすお水の量をもう少し(100ccくらい?)増やして、あと、加熱時間を短くするために、あんこを溶かすとき、煮立ってきたら火から鍋を外し、よく溶けたらもう一度火にかけたらいいかと思っています。あと、くず粉にお砂糖40gはチト多すぎでした。それから、やっぱり片栗粉じゃダメなのかなあと諦めきれないmamatamです。だって、くず粉潰すのすごく大変なんですもの。
2014.08.18
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久し振りに長いお休み、お家のこともろくにせずに、思い切りダラダラ過ごした数日間でした。その記念に、ブログのお着替えをしてみました。振り返ってみると、この日記のテーマとして登場するものは、通勤の行き帰りに出会ったものが、一等多いようなのです。イラストは、そんな日記の雰囲気が出ているように感じたので選びました。新しいタイトル「ウンとかスンとか」は、無口な人を表現するのに『ウンでもなければスンでもない』っていうでしょ?あれをもじりました。無口とは対極の、大したことじゃなくても、何かしら言いたくなっちゃうmamatamを表したつもりですが、通じるでしょうか??これからしばらくは、このタイトル、このデザインで行きます。というか、少なくともまた暇が出来るまでは変えられません。あとでシマッタ!と思わないといいのですが。皆さんも、見慣れないとヘンな感じかも知れませんが、どうぞよろしくお願いします。暑がり屋さんには、変身途中で見つかってしまい、もうコメントいただいちゃいました。電柱の陰でワイシャツ脱いでるところを見つかったマヌケなスーパーマンの気分です。
2014.08.17
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さっきまで、お隣のお嬢ちゃん(多分!?)のすごい泣き声が聞こえてたんですよ。泣き声というより、泣き喚く声。息子が寝具一式洗濯に出して昨夜出かけてしまったので、「今日でお休み終わりなのに!お天気具合もおかしいし、もう少し早く出してほしかったわ!!全く、気遣いがないんだから!!!」とかブツブツ言いながら山盛りのシーツだとか夏掛けだとかをお洗濯していたので、いつからそれが聞こえていたのかわかりません。1回目を干し終わって掃除機でもかけようかと思った時に気づいたのです。最初は、どこから聞こえて来てるのかわからなくて、でも、あまりに続くので玄関から外廊下に顔を出してみたら、なんと発生源はお隣でした。お隣のお嬢ちゃん、確か小学校3-4年生ぐらい。すごい美少女なんだけど、結構ガラッパチで、とっても明るくて元気な子です。わたしが昼間家にいないせいもあるでしょうが、今まで、彼女がそんな風に騒いでるの聞いたことがなかったので、どうしたもんかと家の中でウロウロしちゃいました。こんなご時世ですから、虐待?家庭内暴力??と疑うところですが、声の様子では、痛いとか、コワイとかじゃなくて、なんだかすごく怒っている感じ、癇癪を破裂させている風だったので、しばらく様子を見ていることに決めました。随分長いこと聞こえていたような気がしましたが、多分20分ぐらいだったでしょう。今はすっかり静かになりました。どうやら気が済んだのでしょう。ホッとしました。最近、虐待のニュースに触れることが良くありますよね。そんな時、近所の人はどうしていたんでしょう?なんていうコメントが必ず出ますが、対応ってやっぱり難しいですね。今回、わたしは癇癪泣きだと思いましたが、実際には、それが本当にそうなのかはわかりませんものね。ホント、どうするのが一番良いのかしら?って、今もまだ、ちょっと心の中にわだかまっています。
2014.08.17
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両親のお墓参りにいってきました。先月、父の法事で来ましたので、二ヶ月続けてのお参りです。滅多にないことなので、二人とも地下で驚いていることでしょう。真面目にくれば次回は秋のお彼岸のはずですけど。。。あんまり頻繁に来て、何かあったのかと、あちらの世界の両親の気を揉ませることになってもいけません。多分、年末か、もしかしたら年が明けてお正月か。。。きっとそれぐらいでちょうどいいのかも。なあんてね、そんな言い訳を用意しているmamatamでした。
2014.08.15
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食べ物ネタが続きます。本日の夕食から、写真を2枚。先ずは本日のメイン、色が良くないですが、筍ご飯です。何故この季節に?って思われるでしょうが、このタケノコは、ブロ友のレイちゃんの赤い靴さんが、お家の山で採れたのを水煮して、真空パックして送ってくださったものなのです。味も香りもしっかり残っていて、市販の水煮筍とは大違い。筍ご飯にしても、まさに旬の味です。もう一枚は、キュウリと豚肉の炒め物。じぇりねこさんのお化けキュウリレシピを見て、わたしもやってみたいと思っていたのですが、うちにはじぇりねこ家のように菜園がありませんから、持て余すほどのキュウリはなかなか手に入りません。でも、昨日、ちょっとスーパーに寄ったら、なんと1袋に11本も入って198円という、大特売のキュウリがあったのです。それで早速本日作ってみた次第。じぇりねこさんのレシピ通りには作れなくて、豚肉、キュウリ、ニンジン、筍の、塩麹炒めになりました。どうやらなかなかの味。キュウリは、結構よく火を通した方が美味しいのかもしれません。毎年、お盆の休業の週に、機械のオーバーホールを発注してくる、ありがたいんだか迷惑なんだかわからない客先から、170kmを運転して帰ってくる夫も、そろそろ顔を見せる時間だと思うので、帰ってきたら戴こうと思います。もちろん、ブロ友さんに感謝しつつ。レイさん、じぇりねこさん、戴きます。
2014.08.14
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今日は友人とランチの約束でした伯母の葬儀があるので取り止めにしようかと思いましたが、夜でもいいと言ってくれたので、出かける事になりました。延期にすると、今度いつ会えるかわからないから。。。と。近くに住んでいるのですけどね。行ったのは『石のだ』さんという、板前割烹。江戸川区本一色(ほんいっしき)というところにあります。わたしの弟の行きつけで、弟は開店以来かれこれ30年も通っているようです。味も値段もいう事なしのお店ですが、交通の便が悪く、我が家からはちょっと遠いので、わたしたちはたまに行く程度です。今回は、友人宅が徒歩範囲にあったので、ここに決めました。注文したのは、コスパ抜群の月替わりのコース。3800円(税別)です。お通しの後は、先ずお刺身。鮪とカンパチ、マコガレイです。新鮮!の一言。天麩羅。穴子丸ごと一本、それにししとうと茄子です。塩と天つゆが付いています。穴子の独特の香りとフワッとした身のほのかな甘さが良いです。自家製のアジの干物。小さいのだけど、すごく肉厚で、脂ののりが程よく、上品な塩加減です。付け合せのキャラブキも自家製です。続いてこちらも自家製の心太。すごいコシで、これトコロテン?と言ってしまいました。神津島産の「日本一の天草」をケチらずたっぷり使うのがコツなんだそうです。たれの酢の加減も最高です。マスターのサービスの一品。ヒスイみたいな濃い緑が美しいですね。この一か月程しか味わえない、愛知県産の若い銀杏、まだ木になっているのを採るのだそうです。ちょっとグリーンピースに似た味わいですが、もっとネットリした歯触りで、初めて戴きましたが、美味しかったです。そして、なんとこの季節にマツタケの土瓶蒸し。もちろん国産です。テーブルに乗った時から、もうマツタケの香り。ふたを開けると、松茸がこんなにたくさん。プリップリの松茸です。中には海老と鱧が入っていました。この季節ならではの取り合わせです。う~~ん、幸せ。まだありますよ。岩ガキです。今日のは、千葉県、匝瑳(そうさ)郡産だそうで、ちょっと細長いのが特徴なんですって。結構大きいです。甘くって、濃厚で、潮の香りがいっぱいです。この後、稲庭そうめんが出ましたが、写真を撮り忘れました。そしてデザートは、石のだ名物(って勝手にわたしが言ってるんですけど)青梅のまりも煮。青梅に針?で細かい穴をいっぱい開けて、とろ火でコトコト一昼夜、甘露煮にしたものです。砕いた氷の上に載っています。梅の味の染み出た美味しい汁がかかっているので、梅の実を戴いた後、氷も戴きます。これで3800円って、どう思います?わたしたちは、今日は、ビールとスダチサワーをそれぞれ一杯ずつ飲んで、一人5500円のお支払でした。総武線の新小岩駅から、歩くと15分から20分。バスだと5分ほど。場所はちょっと不便なのですけど、この月替わりコースを12か月分制覇したくなりません?
2014.08.13
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昨日作った水ようかんは、まあそれなりに美味しくて、家庭の手作りなら十分といえる味でしたけど、食べた時の感じがまさに寒天という感じにプリッとしているというか、歯切れがよすぎるのがちょっと不満でした。出来たら、もう少しぷるんとして、トロ~~っとした、プロが作ったみたいな水ようかんが食べたかったです。だけど、そんな「プロみたいな」モノ、技も知識もないわたしに作れるはずはありません。そんな愚痴を、昨日、時々登場してくださるissei666さんの、水ようかんとは何の関係もない記事に書き込んでしまいました。issei666さんは、和菓子屋さんの若旦那で、優秀な和菓子職人さんなのです。優しいisseiさんは、強引なmamatamのコメに呆れるどころか、なんと、コメ返で、こんなプロの技を教えてくださいました。餡の粒子が沈んで分離しないようにと混ぜながらある程度冷まして型に流したり、ぷるんとした食感にする為に水溶きした葛を加えたりもしますやっぱりプロはすごいです。プルンとしてるといいなあって思ってそこで終わってしまうのが素人、そうするためにはと考え、工夫するのがプロってわけです。第一、わたしみたいに、ハイ混ざりましたぁって言って、すぐに型に流したりしないのですね。混ぜながらある程度冷ます、この心遣い、繊細さ、尊敬に値します。mamatamには真似できそうにないので、プリッとして歯切れの良すぎる水ようかんもなかなかオツですよ、と、負け惜しみを書いておきます。でも、昨日、わたしも水ようかん作りますよっていうコメントを下さった方が何人かいらしたので、その方たちに、この技をお教えしたいと思いました。お役にたてるといいのですが。
2014.08.12
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台風の最中、母方のファミリーのゴッドマザーともいうべき存在だった義伯母が亡くなりました。92歳だったかしら?晩年は心臓を患って入院していましたが、天寿を全うしたと言ってよい年齢でしょうね。土曜日に別の叔母から電話があって、12日にお通夜、13日が告別式と、これちゃんとメモもして頭にもしっかり入っていたのに、なぜか、今日明日と思い込んでいたmamatam。本日お通夜に参列する気満々で、3時半の納棺に間に合うように、2時に早退させてもらって帰ってきました。支度をして、バス停に向かいながら、時間を確認しようとスマホのスイッチを入れた時、ふと頭を過った疑問、あれ?今日って何日だったっけ??そりゃ、11日でしょ、昨日は10日だったんだから。って、一体誰が誰に突っ込んでるんでしょうって話ですよねえ。あーあ、取り出したスマホで、仕事場に電話。「ごめん、葬儀は明日明後日でした。今日じゃありませんでした。」でも、もう3時過ぎですから、もうこのまま家にいることにして、バス停の道向かいのスーパーに寄り道。カレールーがほしかったのです。必要なものをゲットして、ついでに店内を巡回していると、粒あんsと練りあんが棚に並んでいるのが目につきました。そういえば、ブロ友のキララさんが、水ようかんは寒天とあんこで簡単に作れると先日書いていらしたっけ。という訳で、あんこも1袋購入。帰宅しました。いつになく早く家に戻り、きゃあ、明るいわ!とか、ひとりで意味不明の興奮。カレーを作り、ついでに、少し前に購入した(何のためだったか忘れましたが)かんてんパパを探し出し、水ようかんも作りました。あんこは、練り餡を買ってきたつもりだったのに、袋から取り出してみたらどういう訳か粒あんに変身していました。まあ、あんこには変わりないので、良しとして作りました。で、できあがったのがこれ。小豆のつぶが見えてますね。ていうか、中身と容器が、やっぱりミスマッチですね。使えそうな容器はココット容器しかなかったのです。まあ、見た目はナンでございますが、美味しいあんこだったようで、小豆の味と香りがほんのり残った、美味しい水ようかんになりました。それに、キララさんの言われた通りすごく簡単でした。最近滅多にしなくなったお菓子作り。勘違いのおかげで楽しみました。それも伯母のおかげなのかしら?あ、そうそう、そのすごく簡単だった作り方、書いておきますね。かんてんパパ1袋4gと水600ccを混ぜてお鍋に入れ、噴きこぼれないようにかき混ぜながら沸騰させます。沸騰したら、そこに400gのあんこを投入、再度沸騰させます。沸騰したら弱火にして、あんこが良く溶けるまでゆっくりかき混ぜながら約10分加熱。あとは好きな容器に移して冷まし、粗熱が取れたら冷蔵庫に。8個作れました。
2014.08.11
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わたしには、ブロ友さんのブログを転載してしまうという特技?趣味?悪い癖?があります。一昨日登場していただいたshin1tさんは、郷里の四国愛媛県で定年後山羊飼いさんをしていらっしゃる方ですが、この方の山羊さんが本当に可愛くて、特に子ヤギが生まれると毎日毎日ブログ更新が楽しみでたまらず、この楽しみをわたし自身のブロ友さんにも味わっていただきたくて毎日のように山羊さんブログを転載していました。おかげであるブロ友さんからは、「今日もメェメェ劇場ですか。mamatamさん、ネタ切れだすな。」と嫌味を書かれたものですが。実は今日も。。。えへへ、やっぱりネタ切れかなあ?先ずはじぇりねこさんのキュウリのレシピ。じぇりねこさんは、とっても多彩な才能の持ち主ですが、お料理部門?でブログランキングにも参加されているお料理上手のブロ友さんです。お菓子の腕なんか、多分プロ並みじゃない?って思っています。で、このじぇりねこさんの素敵なだんな様(ってお会いしたことはないけど)のご趣味が家庭菜園。この時期、トマトだキュウリだ茄子だ枝豆だと、どうやら毎日うれしい悲鳴の新鮮野菜攻勢にあっているご様子。そんなわけで、このところ目につくのが育ちすぎたキュウリのレシピ。題して「お化けキュウリのレシピ」シリーズ。例えば、こんなのや、こんなの。美味しそうなんですよ。我が家には菜園はないので、お化けキュウリはとれませんが、お野菜は毎週産地からお任せの物が届くように注文していて、ほぼ毎週普通のだけどキュウリが届きます。届いてすぐに戴くようにしているのですが、ついうっかりで一本だけ残してしまい、気付いた時には、足の速いキュウリはスが入ったり苦味が出たりして、ナイショですけど捨てることもありました。つい先日もその一本残りがあったので、レシピとは違いますが、焼うどんに入れてみたのです。作っているのを偶々見つけた息子が、「キュウリなんか入れるのやめろ!」と激しく反対したのを知らん顔して強行、テーブルに載せました。これが大好評。シャキシャキして、キュウリの青臭さもちょっとよみがえり、焼うどんの具にぴったりでした。息子も反対したことなど忘れたかのように、ウメェウメェと食べていました。ベーコンや豚肉と炒めたり、スープにしたりと、トライしてみたいレシピがいくつもあります。今度是非作ってみたいと思っています。そして、最近よく作るのが、なつかしいAnne66さんに教えて戴いたフレンチトースト。我が家の朝ごはんはもう何十年とパン食で、わたしはこのところ炭水化物をとらないようにしているので、主食は夫と息子だけしか食べませんが、ジャムを付けたトーストを何十年と食べていて飽きないらしい夫に対して、息子はどちらかというと調理パンや菓子パンを食べたがります。それで両者満足のメニューとしてこのところよく登場するのがフレンチトーストなのです。Anne66さんが教えてくださったのは、ホテルオークラのメニューで、前日から用意しなくてはならず、手間もかかるし、使う卵の量も一斤のパンに6個と半端じゃないのですが、とても美味しいのです。食パンだけでなく、フランスパンやバンズを使ったりして、月に何回か作ります。あ、懐かしい!って思ってらっしゃるブロ友さんもきっといらっしゃるでしょうね。ご存じなかった方も、卵料理がお嫌いでなければ、ちょっと贅沢ですけど、一度お試しください。お料理苦手な男性の方でも、大丈夫作れます。バニラエッセンスはなくてもOKですよ。召し上がった方からはきっと絶賛していただけるはずです。もう一つ、こちらは、食べ物のことじゃなく、生き方のお話です。最後についでのように書くのは失礼なくらいなのですけど、shougyokuさんは、優しくて懐の深い方なので、許してくださると思います。shougyokuさんは鈴木照玉さんと仰る霊能者で、楽天で「霊能師 天教 照玉のスピリチュアルな世界」というブログを書いていらっしゃいます。こういった世界は信じる方、信じない方、惹かれる方、嫌う方が大きく分かれるものです。わたしが今日ご紹介したかったのは、先日のブログに書かれていたこのくだりです。『人は生まれ変わる順番が来た時に、あの両親の元へ生まれ変わらせて下さいと、創造の神に願って、自らの人生の大枠も決めて生まれでて来たのです、これが宿命でその人の定めた人生です。其の定めの中で貴女を母親として選び産まれ出た貴女に取っての人生修行をさせてくれる生き菩薩様なのですよ!貴女も又、生まれ変わる時に息子さんと同じ様に、自分の人生を定めて来たのだから、息子さんを責めるのではなくて、自分に夢や喜びを与えて貰い、大切に育てる事が出来たのですから、親として選んでくれた子供さんに感謝、そして、自分を責める必要は何も無く、彼は彼の選んだ人生を精一杯生きて行く事が定めだから、その子が今の境遇に満足して幸せなら、何も言う事は無いのではないですか? 決して貴女が育て方が間違っていたなんて事は、絶対に有りませんから、安心して見守ってあげて下さい』40代の息子さんの生き方と行く末を心配して、自分が育て方を間違ったせいではないかと相談に来られた70代の女性へのアドバイスとのことでした。宿命というと、天の高い所から理不尽にも押し付けられて、抗えない、自分ではどうにもできない事って思って、ちょっとむかつくような気がしていましたが、同じ抗えないのでも、生まれた時に全部自分で決めてきたんだと考えたら、それじゃ仕方ないわねえって思えてしまいました。日々バトルを繰り返している息子のことも、こんな風に考えると、ちょっと違う相対し方があるのかなとも思えてきたりして、コメントにも書きましたが、お盆ですし、両親のお墓にお詣りしながらでもちょっと考えてみようかなあなんて思ったことでした。
2014.08.09
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shin1tさんへ昨日の日記にコメントをありがとうございました。本当にお久しぶりです。高知、徳島では、居座り台風の影響でびっくりするような雨が降っていると報じられていて、御地はいかがかと心配していました。ヤギさんたちはどうしていますか?雨が嫌いなのはフキさん?ベリーさん?どちらでしたっけ??マルちゃんももうベテランお母さんの仲間入りかしら?去年の子ヤギでは、スミレちゃんがshin1t舎に残っているのかしら?などと、時々思い出します。みんな元気にしていますか?今年も子ヤギは生まれましたか?たぬきさんの記事が出てからしばらくして、どこかのテレビ局の探偵ナイトスクープだか何だかいう番組の制作プロの方から、わたしのブログに載っているヤギさんのフレーメンの写真を使わせてほしいというメールが入ったことがありました。あれはわたしが撮ったのじゃないので、撮影者の方の許可をいただいてください。連絡取ってあげてもいいですよと返事したら、それっきりになっちゃいましたが。更新はされなくても、読んでいてくださるのだと、とてもうれしく、コメ返を書きましたが、普段ほとんど書かないので読んでいただけないかもと思ってコピーを、こちらにもアップしてしまいました。またぜひお立ち寄りください。
2014.08.07
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いま11時。暑いです。 これからテニスのレッスンに出かけます。 こんな空です。 スクールまで自転車で20分。 がんばって行きますよ。 ではでは、行って参ります。 到着。着替えたりしてたら遅くなってしまいました。 屋上なので、こんなコートです。 もうレッスンが始まります。 終わりました。 1時半。モスにいます。 お昼食べて仕事に戻ります。 赤ぃお花が眩しいです。
2014.08.06
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買い物をしながら帰ってきて、外廊下を歩いていたら、突然大きな音が響き、ん?と思ったら花火大会が始まったところでした。我が家から一番近い場所で行われる花火大会。荒川の、東京湾への書こうのすぐそばで行われます。実は我が区ではなく、お隣の区の大会です。そんなことを言っては失礼ですけど、墨田川とか東京湾はもとより、我が区の大会よりもっとずっとささやかで、可愛い花火大会です。ここは珍しく、曜日でなく、毎年同じ月日、つまり8月5日に開催します。でも、いつもその日を忘れて、ど~~んという音を聞いて、あ、そうだと思い出します。今年も、音を聞いて思い出し、急いで荷物を運びこみました。そして、ご飯を作りながら、何度か廊下に出て眺め、また台所に戻ってご飯を作ってを繰り返していました。今年は例年以上にカラフルで可愛く、まるで宝石箱をひっくり返したようなという感じの花火がたくさん見られました。え?写真?一応撮ったんですけどね、スマホで撮ろうとしたもので、シャッターが切れるのが遅くて、どれも真っ暗な空しか写っていませんでした。オソマツですねえ。今日告別式だった彼も、旅立っていく途中の空で、あの花火を眺めているのかななんて思いながら見た、今年の花火大会でした。
2014.08.05
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昨日書いた友のお通夜でした。あまり知らせなかったと言っていましたが、式場に行ってみたら、中学3年の同級生が7人、同じ年の山仲間が同じくらい来ていました。町内会やボーイスカウトなど、仕事以外のお付き合いの方がたくさんいらしたようで、中学校の同期会でも、卒業以来何十年もずっと感じをしてくれていたし、本当に面倒見の良い人だったのだと思いました。最後に、奥様にお願いして、お顔を見せていただき、お別れをしてきました。ビックリするほど安らかなお顔で、奥様が仰るには、体調が急変したという知らせで病院に駆けつけて2日で亡くなったそうですが、痛がりも苦しみもせず、最期は目も口も自然に閉じて、今のままの安らかな顔で逝かれたそうでした。ご家族の予想以上に会葬の方が多かったようで、帰ろうとしたら、香典返しが足りなくなり、取り寄せているのでもう少し待ってくださいと言われました。わたしたちがお見舞いに行ったときの様子そのまま、実に陽気な病人で、病院の人気者だったらしいです。本当にたくさんの人に愛された人でした。明日の葬儀は行かれず申し訳ないと思いましたが、奥様の強いご希望があり、時間のとれる友人たちが代表してお骨上げまで行ってくれるそうで、お願いしてきました。
2014.08.04
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昨夜、スマホがなって、表示を見ると小~中学校の同級生でした。この間、別の友人が入院しているという知らせをもらって一緒にお見舞いに行った人です。今度は何だろうと出てみたら、お見舞いに行ったその友人が亡くなったという知らせでした。電話口で「うそでしょ!」と叫んでしまいました。実は、お見舞いに行く前にもらった電話で、ちょっと危ないかもと言われてはいたのです。大分前から入院していたけど、ここにきて、本人が昔の友達に会いたいと言ってるからって。そんなこと聞いてしまうとすごく気は重かったけど、電話をくれた彼が車で迎えに行くよって言ってくれたので、もう一人地元で自営業をしている同級生と、三人で出かけて行きました。入院先は、地元に古くからある、以前はさほど評判がいいとは言えない病院でしたが、行ってみてビックリ。癌の専門病院のようになっているらしく、建物も増築され、それでも足りないのか、近くにビルがふたつも建っていました。入院していた彼もガンと聞いていました。こんな立派な病院だし、きっと大丈夫と思ったものの、病室は個室で、部屋につくまでになんだか面倒くさいことがたくさんあったので、緊張しながら部屋に入りました。「検査で菌が出たので院内感染予防のために今朝移動したんだ。3人は健康人だから同室しても問題ないって。」と聞いて、握りしめていた手の力が抜けました。記憶より少しやせて、ちょっと弱々しいかなとは思いましたが、まあ、病人なわけだし、もともと長身で痩せた人なので、病みやつれたという感じは受けせんでした。声にも力があって、威勢の良いべらんめえ口調で、いろいろ話してくれました。原発は直腸だったそうです。便通がおかしかったり、出血があったり、自転車に乗ると痛みがあったりと、あとで考えれば兆候はいろいろあったそうなのですが、やはり自営業だった彼は、仕事の忙しさもあり、受診を延ばし延ばしにしていたようです。健診もちゃんと受けていなかったのかもしれません。ようやく腸の検査をしてもらうことにして、軽い気持ちで来院したら、即入院翌日手術となったとのことで、本人はもちろんご家族もショックだったでしょう。その後、間に短期の退院を挟みながら、わたしたちがお見舞いに行ったときは最初の入院から1年くらいたつようでした。手術で原発はとったけれど転移が2カ所見つかっていて、でも、最初の手術の経過が良くないのか、転移癌の治療はまだ十分に出来ていないような話でした。だけど、本当に元気だったのです。手術の後遺症か、点滴している抗がん剤の副作用か、味覚が全くないのが残念でたまらないと言って、今は飲食禁止で、栄養は点滴で摂っているということなのに、前回の退院の時喜び勇んで食べに行ったのに美味しく食べられなかったラーメンを食べたい、すしを食べたいって。だから、早く転移癌の治療が軌道に乗ってほしいんだよなって。じゃあ、よくなったらクラス会をやろう、快気祝いクラス会のメインはおすしだねと約束しました。モッ○○の分は特別に特上にしてやるよって一緒に行った万年幹事長が胸をたたき、締めはラーメンにしようと盛り上がりました。おお、いいなって、ニコニコして、それぐらい元気だったのです。それから、まだ一か月ほどです。早生まれの彼は、わたしたちのクラスで一番若いのをヘンな自慢にしていたのに。。。4日の月曜日がお通夜だそうです。未だに信じられません。
2014.08.03
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今日は夫の誕生日なので、うなぎのテイクアウトの後他にもご馳走を買い込んで帰って、いさんで68回目のお誕生日おめでとうと言ったら、69歳だぞってあっさり言われちゃいました。そうですよね、今年は2014年。夫は1945年生まれです。引き算したら69ですよね。あらら、来年古希なんだわ。大変だ。って何が大変なのかわかりませんが。あ、言っときますけど、わたし、夫と同い年じゃありませんからね。そう言えばね、さっき、うなぎ屋さんにうな重受け取りに行ったら、お店はいっぱいで、あの~~って言ったらお店のおかみさんらしき人に横目で見られて、終わりです!って言われちゃいました。6時前ですよ。いや、あの、電話でお願いしていたmamatamなんですけどって言ったら、奥から旦那さんが、あ、お弁当ふたつねって言ってくれたのでホッとしましたけど。ちょっと待ちましたが、約束の時間には焼きあがりました。今日は特上がないそうで、上(一人前2700円)をお願いしていたんですけど、肉の厚みもなかなかだったし、周りはカリッとして、食べるとほろっとして、脂っこすぎず、なかなか美味しかったです。つゆが甘すぎないところも良かったです。また何かあったらお願いしようかな。
2014.08.02
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8月2日。今日は夫の68回目の誕生日。この前の土用の丑の日は、ついふざけ過ぎて、うな丼ならぬうどんを戴いたので、それはそれで美味しかったですけど、今日は、うなぎ大好きの夫のためにうなぎにしようかなあって思っています。実はね、もう入金したんですよ、保険。ビックリの早さでしょ?ダメ出しのあったのはまだですけど、OKだったのや、簡単な訂正で済んだ3件は昨日、一昨日で入金になっていました。怪我の通院だけ(生協の損害保険)、病気の手術と入院だけで通院はNG(生命保険)、ゴルフでの怪我だけ手術も入院も通院も(ゴルファー保険)などと、補償対象が様々なので、金額は10万円強から30万円弱まで様々。かかったお金には遠く及ばないので、これからかかる医療費を考えると浮かれていてはいけないのですけどねえ、まあ、ご本人が元気で生還してきたお祝いも兼ねた節目ですから、ちょっと浮かれてもいいかって思って。それに、今夜は息子が留守なんですよ。だからふたり分で済むのです。お仕事大好きな夫は今日も仕事場に出かけていますので、テイクアウトすることにして、家の近所では一番おいしいと評判のお店にテイクアウトの予約を入れました。あとで取りに行きます。
2014.08.02
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昨日の夕方の空。なんかのマークみたいですよね。宇宙人からの通信かしら?
2014.08.01
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