ウンとかスンとか mamatamの日記

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2024.05.22
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テーマ: 一人旅日記(213)
カテゴリ: お出かけ
歳には勝てないですね。2週間休みなしはやはり堪えたようで、今日は身体に力が入らず、最低限の仕事を片付けて早退。早めに家に帰ってきて1-2時間ゴロゴロしていたら少し元気が出たので、書きかけていた旅レポを仕上げてアップします。

大洲に到着したところからですね。
でも、この街に来るべき時は本当は今ではありません。それは、秋から冬にかけて。 晴れた日の朝、上流の大洲盆地で生まれた冷気が霧を伴って一気に流れ出す珍しい現象「肱川あらし」を見ることができる(もちろん運がよければ、ですが)、それが10月から3月なのだそうです。
川霧が町をのみ込み、うねりながら海へと扇状に広がる肱川あらしの様子は、幻想的で息をのむ美しさ。
なあんて、講釈師よろしく見てきたような嘘をついてみました。もちろんこの季節に見られるはずはなく、わたしの妄想です。はあ、見たかった!
ということでまずは大洲城。

とても有名だけれど、実際に見ると端正な姿ながら小さな可愛いお城です。ではなぜ有名か、それをじっくりガイドしていただきました。
ここは1994年(平成6年)から10年かけて復元された木造のお城で、四層の天守閣の高さ19.1mは木造のお城としては日本一だそうです。本来ならその規模の木造建築は建築基準法で認められないのですが、建築時の棟梁(江戸時代の人!)が命懸けで自宅の屋根裏に隠していた城の精密な模型や三方向からきっちり撮影された明治時代の白黒写真などの素晴らしい資料が存在し、築城当時の姿を構造まで正確に再現可能という文化的価値が認められて、例外的に建築が許可されたそうです。
というのも、昔は築城後は模型はおろか図面を残すことも、内部について記録に残すどころか人に話すことさえ堅く禁じられており、秘密保持のため建設に携わった人たちが殺されることも珍しくなかったので、こうした資料が一切ないことの方が普通だったそうなのです。
ですので、今後も、この大きさの城郭が完全な木造で再建される可能性は非常に低いということでした。

こちらがその資料。左が明治時代に撮影された写真3枚のうちの1枚、右は発見された建築当時の模型です。
復元に使用された木材は全て国産で、全ての木材の産地と提供者の名がパネルに明示されています。

小さなお城とはいえ、立派な木組の内部です。
再建には、総工費約13億円が見込まれたのだけれど、そのうち5億円が大洲市民の寄付で賄われたんですって。すごい!


当時の市の広報紙。右側の中段を拡大すると見える振り込み依頼書、この用紙が各家庭に配布されたとガイドの方が言っていました。寄付すると市民は市民税の控除が受けられ、記念品ももらえたそうです。
高額の寄付者は名前と金額を刻んだ額が掲げられていて、さらに驚いたことには、


この名札に名前を入れてあげますよと別口で寄付を募ったところ、もちろんお人形の数が限られているので、名札の数も限られており、先着順の受け付けだったそうですが、秒で、はないにせよ、とにかくあっという間に定員になったとこれもガイドの方のお話でした。
天守閣から出ると、正面に大洲市のシンボル冨士山(とみすやま)が見えました。まさに富士山のような綺麗な形をしているでしょ?でも、ごく低いお山なので、富士山を名乗るのは烏滸がましいと、富の上の点を取ったワかんむりにして、冨士山と書くことにしたそうですよ。
お城に巡らされた石垣がとてもいい味出していましたので、思わずパチリ。
大洲観光はまだまだこれから山場を迎えるのですが、わたしはここらで一休みさせていただきますね。
続きはまた明日。






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最終更新日  2024.05.22 19:50:05
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