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まーちゃんが楽しく入ってるお風呂の頁を新しく作りましたので見て下さいね。こちらからどうぞもう少ししたら新しい写真も更新いたしますよ。待っていて下さいね。まーちゃんのお風呂上りの写真も付けておきますよ。
2006.10.30
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毎日、お風呂(お風呂の写真はこちらから)に入っているまーちゃんですよその時間が我が家にとっては大イベントなのです。まーちゃんはその時間が大好きなのですぅ!その時間にはヘルパーさんたちが肝心金目なのです、でも困った事にペァーで来るヘルパーさんが毎日違う事なのですよ。でも大丈夫なので~すまーちゃんはその日のヘルパーさんたちしだいで大度を毎日変化させていますから~!だから一日として同じ態度になるとは限らないのです。時には暴れたり(その事をヘルパーさんたちはまーちゃんが人魚になったと言っています)、騒いだり、笑っていたり、怒っていたり「まぁまぁよくもこんなに変化すのか」と思うほどなのです。毎日、私はまーちゃんの側に居ますからその日よってはまーちゃんの態度が大きく代わるのが良く分かるのです。時にはなれないヘルパーさんが居ればお手伝いに走る事もあるのですよ。今日は来ているヘルパーさんに「用事が有って」との事で前に来ていたヘルパーさんが遊びに来ましたし、月末ですから別の日に来ているヘルパーさんも書類を持って来てまーちゃんの周りにはおばさんばかり4人が集結していましたよ。本来のヘルパーさんたちもまーちゃんの相手しながら、お風呂に入れながらも話していてもまーちゃんは当たり前の顔でニコニコしていましたよ。初めにヘルパーさんを入れた時から「私の出来うる範囲で彼女らをバックアップして行こう」と思っていたのでこの状況はとても望ましい状況なのです。私の考えなのですが、企業にはいろいろなマニアルはあるだろうけど人間として余裕が「楽しく仕事した方が仕事もはかどる」と思うのです。
2006.10.29
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家に遊びに来た、岡山のかんなちゃんがテレビに出ましたぁ「娘」もはっきり物が言える子でとても嬉しいです。もっと沢山の障害を持った子供たちが普通の小学校に行かれると良いと思いました。なぜならば周りに居る子たちにとてもよい影響を生むかなのです。そうすれば子供たちのいじめも自殺も無くなると思います。大人が考えた事などを越える様な柔軟性の有る事が起こると思いますよ。
2006.10.28
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結婚して29年間があっという間に過ぎた感じ致します。この29年の間にそれまでの私の生活や環境のすべてがらりと変わってしまったのですから激動としか思えませんよ。結婚もとよりまーちゃんが障害を持って生まれてきた事、4年後に産んだ娘の死(妊娠七ヶ月の早産だった)、たった一ヶ月で誰にもだかれる事無く保育器の中で苦しんで死んで行きました。出産した時に彼女の声を聞いたのは私一人だけですから、とても苦しみました。又、私に自体に熱があったり、体調が悪くて気分が落ち込んでいる時などは、彼女の声が聞こえる事があるのです。今、生きていれば24歳位ですからどんなに素敵な女性になっているかと思うとたまらなく切なくなります。これも母心でしょうか?でも最近は聞こえる事が極端に少なくなって来ています。私の病気が「少しは良くなっている」と思う事にしています。その後は子供が欲しくて何度も挑戦しましたが妊娠はするもののすぐに流産してしまい最後にはドクターストップと言われあきらめました。その内に同居していた両親、伯母、まーちゃんなどの20年に渡る多重介護が始り、平成3年に伯母が平成10年に母、11年に父が逝きました。その多重介護の間にも私やまーちゃんが入院した事もあったりでパパには大変なご苦労を掛けました。介護の事で一時はいくらは話し合ってもお互いの意見があわずにパパが怒った回数も何百回か分かりません。そのたびに被害を受けるのもパパの機嫌を直すのもまーちゃんでした。今も同じだと思いますが介護にはどうしてもお金がかかります、まして10何年前の多重介護ではごく普通の考えでは出来ない事が多いし、3人の介護しているのに母の施設のケースワーカーとかまーちゃんの学校の方たちがすぐいろいろな回答を求めてくる。仕事に行っているパパには「相談できない」(思い余って仕事場に電話をして切られた事が有ります!)、困ったママは今までとまったく考えを帰る事にして「だれにも相談しないで自己判断する事」と言う事に決めたのです、そう言う事はすべてパパには事後報告する事にしたのです。薬の管理が出来ない事が心配なお祖母ちゃんには看護士さんをつけて管理してもらい、ヘルパーさんには身の回りのお世話をして頂いき、パパにばかりお風呂に入れていて貰っていたまーちゃんにはヘルパーさん、看護士さんに入れて頂く様にして、学校へのお迎えもお祖父ちゃんと私からヘルパーさんに代わってして頂いていました。その事についてはパパは長い間「納得いかない、お金が出る」と相当不安を漏らしていましたがママはまったく無視する事で乗り切りました。その結果が今、まーちゃんが「楽しくお風呂に入れている」事なのです。その様な時期を過ごしていましたからかなり今でもパパとママの温度差は大きいのです。今、言える事はパパもすべて背負って働きながらまーちゃんの事や家で起こる事に巻き込まれ居たのですから大変だったと思います。今は沢山、感謝していますよ。これからはお互い体に気をつけてまーちゃんと共に楽しく歩いていきたいと思います。
2006.10.27
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まーちゃんの大好きな物はテレビです。うちに居ると年がら年中見ていますよ特にすきなのはアンパンマンです。だって車椅子のカバーに書いたくらいですからね。ほら、写真にもアンパンマンが見えているでしょう。それほど好きなのですよ
2006.10.24
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先日、感じの悪い先生の事を書きましたが、今日はまーちゃんの主治医の先生の事を書きたいと思います。その先生、Aさんと言われます。聖マリアンナ病院(元かもしれません)の先生です。神奈川県でも脳性まひに関しては1~2の方です。最初の出会いはまーちゃんがまだ中学生(13歳位)の時です、前に見て頂いていた主治医先生に私は大変に不安を抱えていたのです。まーちゃんがんかんを起こしたのに連絡がつかなったのです。それに毎回、見て頂く時間がたったの1分だったし、私が何も聞いても「わからない」の一点張りでしたから困り果てた私は養護学校の養護教諭に相談しましたら「今度、修学旅行に付いて行って下さる先生が居るから紹介しますよ。」といって下さって「渡りに船とはこの事かな」とその時、思ったほどでした。会って見たらとても素朴な障害を持った子供たちの事しか考えていない様な素敵な方でした。先生が白衣を着て居られなかった事が私は今でも印象に残っています。(今でもそうして居られます)でも医学の他の話なると素朴な事が分からなくて、「え~」という感じにです。今回も「感じの悪い病院を辞めたい、他の病院へ紹介して下さい。」と言っても嫌な顔されず(ファクスと電話のやり取りでしたが)に聖マリアンナ病院に紹介状を書いて送って下さいました。(電話での話の中で気持ちのよい声で「知っている教授にお願いして置いたからね」の先生の一言が私の心に沁みて居ます)その紹介状に書いてあった住所の番地が一部違っていたのです、たまたま配達していた方が私の知り合いのでしたので迷わないで家にその封筒が着いたのです。でもこの先生ほど障害を持った方たちの事を考えている方は居ないと思います。私たちの親の話も良く聞いて下さいます、ご自分が分からない事ははっきりと「チョト分からないから分かる方に聞いて下さいね」と優しい声で言われます。まーちゃんが「ねぇ、ねぇ」と先生に声を掛けると必ず、まーちゃんの眼を見ながら話をして下さいます。彼女も先生とお付き合いして14年目になりますし、まーちゃんにとって先生は大切な方と同時に良き理解者なのです。ここまで支えて下さって感謝に絶えません。私たちにも沢山の定義を下さいますからこの先生とは一生付き合いと思っています。
2006.10.23
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初めて行った病院で新設でしたなのに(主治医の先生に紹介されて行きました)とても感じの悪い先生と出くわしましたよだってまーちゃんは知的障害で大の病院嫌い、騒ぐのは当たり前ですのに何度も看護士さんが見に来ましたよ窓口の方たちがしつけられていない感じがしましたよ。それにですよ、診察した先生はとても皮膚科では偉い先生なのでしょうが、「何で主治医がこの病院を紹介したのか」とかいろいろと感じの悪い事ばかり言うのです。出来ないのならはっきりと言えばいいのにね明らかに嫌がっていたし、他の病院へ行く様に仕向けていたと思えるほどでした。これ以上その先生にはかからないつもりです。
2006.10.18
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前々から会うのを楽しみにしていたかんなちゃんが来ましたよ岡山からママとおじいちゃんと来ましたよ他の用事で来たのにわざわざまーままの所によってくれましたよ。彼女は気管切開をしている子供で始めて小学校に入った子ですよ。ママが私の入っているサイト「介護と育児・・・・」の一員です、3月頃に前にも私の文章が載った「かいごの学校」に写真と文章が載っていたのす。まーままはまーちゃんの事も有り、子供の障害の事にはとても興味が有りますから本が手に入ってからすぐにママに連絡を取ったのです。最初はメールだけでしたが、それでは物足りなくなりどうとう長電話をする様になり、ママのしているデイのポスターまで手伝ってそのうちに血はつながっては居ないのですがママを「娘」と呼び、かんなちゃんを「孫」と呼ぶようになったのです。ちなみにママは私の事を「かあさん」と呼んでくれていますよ。とても嬉しい事です。週に1~2回、「娘」から電話やメールがありますよ。随分前からこの日が来るのを楽しみにしていまして、かんなちゃんにお弁当や帰りの電車の中で遊べる様なおもちゃをもだましたよ。なんで「孫」ってこんなに可愛いのかと思いましたよ。
2006.10.16
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まーちゃんの体調は生理が早く終わってしまったのとても機嫌が悪くて仕方ありません。一部、まーちゃんの思い込みも入っているから余計、こじれるママとまーちゃんなのです。それに、ママが側を通っただけで怒って大きな声を出すのですぅ。まぁ、早く言えば親子げんかかな!?(*^_^*)まーちゃんのはいろんな事を考えて居る証拠かも~!そう思う事にしている。ママです。パン好きの私が推薦する近くのパン屋さんにニューフエイス登場!提案者は私、まーままなのですよ。先々週の検査で中性脂肪の数値が上がっていたのです。パン好きなまーままは、なるべくカロリーの低い、ミネラルの有る自然な物を使ったパンをパン屋さんにお願いして作って頂きました。玄米パンとグラハムブレット(全粒粉で作ったパン)です。玄米パングラハムパンそれぞれ特徴があってとても美味しいです。玄米パンはお腹もちが良いし、グラハムパンは軽くてバター、ピーナックリーム等をつけて食べると美味しいからどちらも私は好きですよ
2006.10.15
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10月の支援費改正から1週間がたちましたがヘルパーさんもコーデネィターもまだまだ不慣れで何度もこれでよいのかと相談し、それとともに何度も使える時間を計算してみています。今、まーちゃんにこの時期になぜと思われる事が有るのです。前々から気にはしていたのですが胸の所に小さく脂肪の塊が出来て居たのです、8月初めから少しずつ大きくなってそれに今月初めからはエンジ色より黒目の色になって居るのです。10月2日がたまたま、まーちゃんの主治医の診察日でしたので見て頂いて大きい病院に紹介して頂く事が出来たのです。でもその大きい病院へ付いていってもらうヘルパーさんの時間が足りないのです。これには困っています。明後日にケアマネや直接に福祉事務所に電話するつもりです。果たしてその時間が貰えるのかはわかりませんが母親として頑張るしか無いと思っています。制度をいろいろ調べたのですが私たち親がしっかり発言した方が良いと思います。我が家などははっきりの言って支援費の最高額を払っていますからそれなりの事をして頂きたいです。
2006.10.08
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とにかく超が付くほど元気印のまーちゃんですがそうして居られるのも周りの皆さんの協力して下さるお陰なんです。はっきり言えばお嬢様育ちだし、わがままだしね。でも優しい所もあります。なにより良く笑ったり、変な事を言ったり、はしゃいだりして私たちの目を楽しませてくれます。生理前のお腹の痛みと大便がなかなかでないのは難点だけど、彼女の支えるのには笑いと笑顔、ほんの少しのいたずらが不可欠なのです。とにかく楽しい事が好きな彼女ですからその事をヘルパーさんたちと共用していく事が「私の仕事」と思っています。今も下の部屋でテレビを夢中になって見ている声が聞こえてきます。それにパパとは仲良しでどんなに怒られてめげないのです。パパが機嫌が悪くともお得意「パパの顔の嘗め回し」で直してしまいます。大変なテクニックだと思います。いつもこの笑顔にだまされているパパです。肩越しでもいい笑顔です。
2006.10.01
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