さろん-みやび2 脳性まひのまーちゃんとママの笑顔介護日記

さろん-みやび2 脳性まひのまーちゃんとママの笑顔介護日記

2006.10.27
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結婚して29年間があっという間に過ぎた感じ致します。この29年の間にそれまでの私の生活や環境のすべてがらりと変わってしまったのですから激動としか思えませんよ。結婚もとよりまーちゃんが障害を持って生まれてきた事、4年後に産んだ娘の死(妊娠七ヶ月の早産だった)、たった一ヶ月で誰にもだかれる事無く保育器の中で苦しんで死んで行きました。出産した時に彼女の声を聞いたのは私一人だけですから、とても苦しみました。又、私に自体に熱があったり、体調が悪くて気分が落ち込んでいる時などは、彼女の声が聞こえる事があるのです。今、生きていれば24歳位ですからどんなに素敵な女性になっているかと思うとたまらなく切なくなります。これも母心でしょうか?でも最近は聞こえる事が極端に少なくなって来ています。私の病気が「少しは良くなっている」と思う事にしています。その後は子供が欲しくて何度も挑戦しましたが妊娠はするもののすぐに流産してしまい最後にはドクターストップと言われあきらめました。その内に同居していた両親、伯母、まーちゃんなどの20年に渡る多重介護が始り、平成3年に伯母が平成10年に母、11年に父が逝きました。その多重介護の間にも私やまーちゃんが入院した事もあったりでパパには大変なご苦労を掛けました。介護の事で一時はいくらは話し合ってもお互いの意見があわずにパパが怒った回数も何百回か分かりません。そのたびに被害を受けるのもパパの機嫌を直すのもまーちゃんでした。今も同じだと思いますが介護にはどうしてもお金がかかります、まして10何年前の多重介護ではごく普通の考えでは出来ない事が多いし、3人の介護しているのに母の施設のケースワーカーとかまーちゃんの学校の方たちがすぐいろいろな回答を求めてくる。仕事に行っているパパには「相談できない」(思い余って仕事場に電話をして切られた事が有ります!)、困ったママは今までとまったく考えを帰る事にして「だれにも相談しないで自己判断する事」と言う事に決めたのです、そう言う事はすべてパパには事後報告する事にしたのです。薬の管理が出来ない事が心配なお祖母ちゃんには看護士さんをつけて管理してもらい、ヘルパーさんには身の回りのお世話をして頂いき、パパにばかりお風呂に入れていて貰っていたまーちゃんにはヘルパーさん、看護士さんに入れて頂く様にして、学校へのお迎えもお祖父ちゃんと私からヘルパーさんに代わってして頂いていました。その事についてはパパは長い間「納得いかない、お金が出る」と相当不安を漏らしていましたがママはまったく無視する事で乗り切りました。その結果が今、まーちゃんが「楽しくお風呂に入れている」事なのです。その様な時期を過ごしていましたからかなり今でもパパとママの温度差は大きいのです。今、言える事はパパもすべて背負って働きながらまーちゃんの事や家で起こる事に巻き込まれ居たのですから大変だったと思います。今は沢山、感謝していますよ。これからはお互い体に気をつけてまーちゃんと共に楽しく歩いていきたいと思います。






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最終更新日  2006.10.27 22:41:20 コメント(4) | コメントを書く


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