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昨日は宮城いや東北を拠点とする楽天と、ベガルタ仙台が揃ってホーム初戦に勝利したため、暗い気分の被災地では久々の嬉しいニュースでした。私もかなりテンションが高くなりました。絶対連休中に楽天の応援に行きたいと思います。昨日も少し紹介しましたが、嶋選手会長が試合後のセレモニーで語った全文を紹介します。本日は、このような状況の中、Kスタ宮城に足を運んで頂き、またテレビ、ラジオを通じてごらん頂き、誠にありがとうございます。地震が起こったとき、僕たちは兵庫県にいました。家族ともなかなか連絡が取れず、不安な気持ちを抱きながら全国各地を転戦していました。被害状況が明らかになっていくにつれて、僕たちもどんどん暗くなっていきました。その時のことを考えると、今日、ここKスタ宮城で試合を開催できたことが信じられません。震災後、選手みんなで「自分たちに何ができるか?」「自分たちは何をすべきか?」を議論し、考え、開幕5日前、初めて仙台に戻ってきました。「遅れて申し訳ない」という気持ちで避難所を訪問したところ、皆さんから「おかえりなさい」「私たちも負けないから頑張って」と声をかけて頂き、涙を流しました。その時、何のために僕たちは闘うのか、はっきりしました。それは、「誰かのために闘う人間は強い」ということです。東北の皆さん、絶対に乗り越えましょう。今、この時を。絶対に勝ち抜きましょう、この時を。この時を乗り越えた向こう側には、強くなった自分と明るい未来が待っているはずです。絶対に見せましょう、東北の底力を!本日はありがとうございました。この時、買い物で出かけていたため、ラジオで聴いていましたが、録画してあった映像を改めて見ると、思わず涙してしまいました。観客の皆さんも目頭をおさえながら共感の拍手をいつまでも送っていました。この感動を、私は一生忘れません。さて続きです。【3月29日(震災から18日後)】1日8時間の通勤を避けるため、会社に泊まる決断をしましたが、仙台市内は、まだまだ物資が流通しておらず、晩飯と晩酌セット?の確保に、かなり苦労しました。それでも、この筋肉痛の足を考えるとベストの選択かもしれません。会社の皆さんは、定時になると足早に帰り始めました。この頃は自粛というよりは、交通機関も少なく、大きな余震があると帰れないという意識もあって、早めに帰るという習慣が身についていました。会社で一人になって寂しくなりましたが、会議室にテレビもあるので、夕飯を食べながらくつろいでいました(とも父さん、だきさん、現実は厳しいです(笑))。すると、ちょっと大き目の余震があり、一瞬あの震災の時のことが頭を過ぎります。家での余震と、ビルの余震では、感覚がまったく違いますね(汗)。余震はすぐに治まり、落ち着いたものの、なんかモヤモヤ感が取れないため、気分転換に外に出ました。いつもより暗い町並みですが、それでも居酒屋は営業しているようです。というよりは、居酒屋しか開いていないです(笑)。そのため、仙台市内に滞在している人は、夕食がてら居酒屋を利用する人が多いようです。夕食は済んでいましたが、私も明かりに引き寄せられて軽く一杯・・・2杯・・・3杯・・・(笑)。余震のこともすっかり忘れ、良い感じになったので、会社に戻りバタンキュー!!気が付けば、朝になっていました(爆)。【みっちゃん震災録(宮城)その41につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月30日
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いや~楽天やりましたね。ホームKスタは超満員で1塁側もクリムゾンレッド一色でした。オリックスには申し訳ないですが、楽天のホーム初戦勝利を信じて集まって来たんだと思います。それに答えるかのように2回、中村、聖澤のタイムリーで3点を先制し、マー君は気迫あるピッチングで完投して、3対1で勝利しました。本当に嬉しい試合でしたね。試合後のセレモニーで嶋は、「自分たちに何ができるか、何をすべきか考え、東北の地へ戻れる日を待ち続けた。誰かのために戦う人間は強いと分かった。東北の皆さん、絶対に乗り越えましょう、この時を。絶対に勝ち抜きましょう、この時を。今この時を乗り越えた向こう側には、強くなった自分と明るい未来が待っているはず。絶対に見せましょう、東北の底力を」と地元ファンに熱いメッセージを送りました。私も聞いていて、涙しそうなぐらい感動しましたよ。私も本当は球場に行きたかったのですが、チケットは売り切れ、オークションではプレミアム価格?になっていて私のような貧乏人には手が出ませんでした(涙)。J1サッカーベガルタ仙台も、ホームユアスタは満員状態。ベガルタは、立ち上がりから積極的に攻め込み前半40分、梁の右クロスに太田が頭で合わせて先制し、後半は全員が体を張った守備で浦和の攻撃をしのぎ切り、1対0で勝利しました。大田は「仙台は負けてはいけないチーム。次も絶対に勝って、最後は首位にいられるように」と力強く語ってくれました。楽天、ベガルタのダブルホーム初戦勝利で地元ファンのみならず、被災者の方々も元気付けらたのではないでしょうか?本当に頑張ってくれました、ありがとう!!ドイツ気象台の明日30日の放射能拡散予報です。今日同様、明日も太平洋側に拡散してくれるので、気兼ねなくお出かけできそうですね。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月29日
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今日から大型連休の始まりですね。被災者のことを考えると、正直行楽気分にはなれませんが、子供たちも家に閉じ込めっぱなしなので、近場にでも出かけてみたいと思います。東北新幹線も震災から50日にして、やっと今日から新青森までの全線が復旧しました。早速、新幹線も帰省ラッシュになっているようですね。今年のGWは震災の影響もあり、東北以外でも観光地の宿泊予約が激減しているそうです。そのため値段を抑えた宿泊パックも出てきているようですね。私もちょっと探してみてリーズナブルなものがあれば、検討してみたいと思います。でも、昨日も18時過ぎに震度4の余震があり、電車が止まって帰れないのでは?と思いましたが、ダイヤは乱れていたものの、なんとか電車は動いていました。こんな状態で、電車を使っての旅行は正直厳しいかな~。今日は仙台市を本拠地とするプロ野球の楽天イーグルスとサッカーJ1のベガルタ仙台の今季ホーム初戦が開催されます。楽天はKスタでオリックスと、仙台はユアスタで浦和と対戦します。星野監督は「最低でも5点挙げて大勝したい」とかなり気合が入っているようです。先発のマー君も「何としても勝たなければいけない試合。一丸となって勝利をもぎ取りたい」と語っていました。いずれの試合も、入場券は既に完売しており、満員のファンに囲まれて選手たちも自然に気合が入るでしょうね。どちらも勝利を飾って、被災地に元気を与えて欲しいです。千葉県の八街市と市原市で採取した牧草から国が設定した基準を超える放射性物質が検出されたそうですね。この牧草を牛が食べれば、原乳や食肉から基準を超える放射性物質が検出される可能性もあります。このような放射能汚染による被害がさらに拡大しないか不安です。福島県郡山市では、放射線量が高かった小学校の校庭の表土の除去作業を実施し、放射線量が1/5にまで下がったそうです。子供たちのためを思い、実施した作業ですが、表土の処分先とした埋立処分場の周辺住民の不安の声を受け、表土搬出を取りやめました。そのため、除去した表土は、今も校庭の隅に山積みになっているそうです。こちらも難しい問題ですね・・・。原発問題が長引く中、原発作業員の求人がハローワークで紹介されているそうです。募集要項によれば、時給1万円となっており、仕事の中身は、「福島原子力発電所復興業務。原子力発電所の外周業務。防護服を着て、規定の時間内での作業となります。体力を使う作業となります」とのことです。勤務は交代制で、労働時間は8~17時の間の2時間。そのため、日当は2万円となります。雇用形態は試用期間3か月の正社員で、学歴、経験、資格は不問となっています。仮設住宅に住み込んでの仕事となりますが、住宅費や食費は会社が負担するそうです。防護服を着るということは、ある程度放射線を浴びる、危険をともなう作業が予想されます。それでも、27日の昼から求人を出し、すでに50~60件の応募があったそうです。募集要項では「被災地現場作業」10人、「現場作業・作業管理者」2人の募集となっています。3月末にも、愛知県の人材派遣業者が求人サイトを通じて、「短期でガッチリ稼げる仕事です。東北地方のかたのお手伝いをしに行こう!!」と、原発周辺の清掃作業員の募集をかけていました。こちらの募集も時給1万円で、作業は防護服を身に着けて1日3時間。年齢、経験などは不問、雇用期間は「3か月の予定」でした。こちらはすでに採用人数に達したため募集は締め切られています。時給1万円を高いと感じるか、安いと感じるかは個人の判断かと思いますが、命の重みからすると、私は安いと思います。作業が2時間と言っても、結局仮設住宅で待機という形で1日中会社に拘束されているようなものですし・・・。皆さんはどう感じるでしょうか?すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月29日
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昨日は楽天対西武の試合が雨天で中止になったため、幸か不幸か、星野監督の明言した貯金を持ってホームに帰れることになります。楽天のホームKスタの初戦チケットは完売状態のようですね。震災後にも関わらず、多くの方が来てくれるのはうれしい事です。先発は予定ではマー君ですから、なんとか勝ってほしいです。東日本大震災から今日で49日目に当たるため、被災した各地では四十九日の法要が営まれています。現在も行方不明のままですが、家族の希望で、遺体が確認されないまま供養された人もいるそうです。遺体が見つかる可能性は、どんどん下がっていいますが、家族としては遺体だけでも回収できればと思っているはずです。東京電力の女性社員が基準被曝量を超えたことにより、個人の被曝量の管理がずさんだったことが分かりました。福島第1原発事故の対策拠点で作業員が寝泊まりもしている「免震重要棟」という建物に滞在中に浴びた放射線量について、個人の線量を毎日は記録していなかったそうです。そんな管理しかしていないのに、厚生労働省は、通常時は年間50ミリシーベルトと定めている原発作業員の被ばく線量の上限を当面の間、撤廃する方針を固めました。5年間で100ミリシーベルトの基準は維持するそうですが、全国で7万人余りしかいない原発作業員ですから、作業員不足になるのを懸念してのことでしょう。今後の作業員の健康面が心配です。ノーベル賞も受賞した国際的な医師は、文部科学省が子供の1年間の許容被ばく線量の目安を「20ミリシーベルト」に設定したことに疑問を感じていると語りました。「子供の場合、がんになるリスクが成人よりも2倍から3倍高くなる」と指摘して、許容される被ばく線量の基準を引き下げるよう求めました。アメリカでは、原子力関連施設で働く人の1年間の許容量の平均的な上限が年間20ミリシーベルトとされています。基準値を上げて大丈夫という政府の対応に私も疑問を感じます。コロコロ数値が変わるのであれば、基準値と言わないでしょ、普通・・・。どこまで大丈夫なのか、さっぱり分かりません。ドイツ気象台の4月29日放射能拡散予報です。明日は、太平洋側に流れているので、日本本土は大丈夫そうですね。さて続きです。そろそろ震災録じゃなくなってきているような気はしますが(;^ω^)【3月29日(震災から18日後)】昨日のチャリでの筋肉痛?もしくはボランティアでの筋肉痛?で、夜中に足が何度もつりそうになりました。当然、朝もスタートダッシュできるわけもなく、マイペースでスタートです。それでも、それを想定して30分早く家を出ました。晴れている時は、マイペースで自転車を走させると気分が良いですね。昨日は気合を入れてこいでいたので、分かりませんでしたが、道端には草が茂ってきており、もう少しで春が来るんだなと実感できました。それでも寒いので、手袋をして自転車に乗っていますけどね。結局、昨日の帰りと同様で、駅まで2時間ぐらいかかりました。その後、いつものようにバス、地下鉄を乗り継ぎ、会社に到着です。今日は昨日より荷物が多いので疲れましたが、その荷物はお泊まりセットです(笑)。2日目にして、8時間の通勤より会社に泊まった方が良いと判断したへタレです(爆)。1泊2日にすれば、通勤時間は1日4時間で済みますからね。本当は、ホテルを考えたのですが、仙台市内は都市ガスが復旧していないので休業しているホテルが大半でした。開いていたとしても、お湯が出なかったり、震災がらみの作業をする方で埋まっているようでした。お風呂に入れないのは震災のお陰で慣れっこになっていますから、全然苦痛ではありません。そのため、社長にお願いして会社に泊まることにしました。同僚が会社に置いてある折りたたみの簡易ベットもあるので、意外と快適かもしれません。でも、夜になると、ただでさえ少ない開いているお店も閉まってしまうので、昼に食料を調達しに出かけました。コンビニが開いていたので入ると、ほぼ空の状態でしたが、ビールが売っていたのでとりあえずゲット(笑)。次に100円ショップに行きましたが、食料は皆無・・・。でも、おつまみになりそうな豆菓子が売っていたので買いました。次に薬局に行きましたが、薬以外はこちらも何も無い状態です。とりあえずお茶のペットボトルが売っていたので買いました。後は飲食店の前で、お弁当を売っていたので夕飯用に買いました。人並みはずいぶん多いですが、まだまだ普通に買い物ができるまでは時間がかかりそうです。食べ物屋さん以外の服屋さん、靴屋さんなどは在庫があるので、普通に開いていました。今の状態だと、仙台に寝泊りするのは大変そうですね。【みっちゃん震災録(宮城)その40につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月28日
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昨日の「朝ズバ!」で、司会のみのもんたさんが福島原発事故に関して2つの声を紹介していました。ひとつは原発の呼び名のことで、「福島の原発、と私、言いましたが、事務所の方にたくさん、いただきました。フクシマ、フクシマ、フクシマ、いいけれど、正確に東京電力原子力発電所をいれてほしい、なぜ、東京電力を省くんだ、といわれ、私もこういう仕事をしながら、複雑な気持ちになりました」とのことです。事故発生から1か月以上たち、私もそうですが、現在は「福島原発」と略して呼ぶのが一般的になりつつありますが、正式には「東京電力福島第1原子力発電所」です。確かに、この「東京電力」があるとないとでは印象が全然違いますからね。もしかしたら、福島原発の電力は東京はじめ首都圏に供給されているのに、まるで「福島県の、あるいは福島県のための原発」というような誤解を招いているかもしれません。関東の方でも、もしかしたらそれを知らない人がいるかもしれませんね。「フクシマ、フクシマ」と言われるたびに、なぜ福島が悪者扱いに?と思う福島県民もいらっしゃることでしょう。もうひとつは、みのもんたさんに被災者から電話を頂いた内容を紹介していました。「『朝ズバ!』では大変克明に現地の模様を報道してくれている。でもね、テレビには臭いが伝わりませんよね」と言われました。ああいう狭い避難所。換気もうまくいかない。夜は雨風を防ぐため窓を締める。朝、どういう臭いが漂っているか、と。なんとも言えませんでした」と語りました。だきさんも仰ってましたが、確かに暖かくなったらなったで寒い時とは違う問題が出てくると思います。確かに4月ぐらいから救援物資の希望品目に「消臭剤」が増えました。下着もまだまだ必要としているようです。以前に比べればずいぶん良くなりましたが、避難所の衛生面は、まだまだ改善の余地はあります。このまま梅雨の時期になれば、集団食中毒になる可能性も少なからずあるでしょう。被災者の皆さんを一刻も早く、避難所から仮設住宅や無料宿泊施設に移動できるよう政府にお願いしたいです。これから報道が徐々に少なくなり、皆さんの関心が無くなってきたとしても、被災者の生活は、まだまだ続くことをご認識願います。ドイツ気象台が発表している明日4月27日の放射能拡散情報です。東北沿岸部から北海道まで拡散するようですね。だんだん暖かくなってきているので、南風が運んできてくれるのね・・・。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月27日
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昨日は岩隈が頑張ってくれたお陰で楽天が勝ちました。9回以外は、本当に気持ちよく投げていましたね。奪三振13は自己最多記録タイだそうです。必死さが伝わる嶋、鉄平のヘッドスライディングによる連続内野安打もしびれました。これで、今日の試合で引き分けか勝利すれば、星野監督の明言したホームに貯金を持ち帰ることができます。今日の予告先発はラズナーですが、今回の西武とのカードは2連戦のため、次の登板予定だった青山も待機することになります。昨日は西武の涌井に打線も封じ込まれ気味だった楽天ですが、今日は帆足相手になんとか頑張って欲しい!!地震学者らが参加する地震予知連絡会の発表によりますと、3月11日の東日本大震災発生時に宮城県沖地震も起きていたそうです。宮城県沖地震は今後30年以内に99%の高い確率で発生すると想定されていましたので、ひとつ不安が減ったことになります。ただ、余震には引き続き警戒は必要としていますので、まだまだ安心はできませんね。ただし不安視ばかりして、自粛ばかりしていては何も変わりません。津波の被害が甚大だった石巻では、今年の川開き(花火大会)を開催すると発表しました。宮城の代表的な祭りである「仙台七夕まつり」も開催が正式に決まったようです。こんな時だからこそ、気分を盛り上げる意味も含めて、催し物を行うのは賛成です。文部科学省が、福島第一原発による「線量測定マップ」と「積算線量推定マップ」を公開しました。「線量測定マップ」は4月24日までに計測された実際の数値を可視化したものです。また「積算線量推定マップ」は事故発生から1年経過した時点での積算(合計)被曝量の推定値を地図上に可視化してあります。1年間の積算線量推定マップはすでにフランスやアメリカからも発表されていますので、対応が遅いような気はしますが、まあ、今の政府の対応ではこんなものでしょう。ドイツ気象台が公表した今日4月27日の放射能拡散予報です。今日は東北全域に拡散するようですから、あまり外に出ないようにした方が良さそうです。さて続きです。【3月28日(震災から17日後)】震災後、初めて会社に行きましたが、想像していたような悲惨な状況ではなく、何事も無かったようにキレイです。先週は社員が午前、午後に当番制で出勤してくれていたので、天井から落ちた粉などはキレイに掃除してくれたみたいです。それでも、この場所にいると震災時の記憶が蘇ります(;^ω^)。震災から17日目にして、同僚と久しぶりの再会をしたため、お互いの近況などを語り合い、この日は全く仕事になりませんでした(笑)。本人、ご家族の話が中心でしたが、特に震災で被害にあった話も出なかったため、一安心です。それでも、親族まで話が広がると、実家が浸水したとか、まだ実家がどうなっているのか確認できていないなど、少なからず被害が出ているようです。宮城県だけでも行方不明者を入れると1万人以上の方が犠牲になった大災害ですから、当然といえば当然ですね・・・。仙台市内は電気、水道が復旧するのは早かったものの、安全性を確認するのに時間を要している都市ガスは復旧していないところが多かったようです。そのため、いまだに体を洗うのに、お湯を沸かしているという話も聞きました。市内ではその影響もあってか、お店があまり開いておらず、開いているコンビニも時間を短縮して営業していました。自販機も売り切れになっているため、飲み物を買うのも大変な状況です。こちらに来れば、たばこなど、地元で買えないものが買えると思った私が馬鹿だったそうです・・・。でもお弁当と飲み物持参してきて良かった(汗)。バスの時間と帰りの通勤時間を考慮して、ちょっと早めに仕事を切り上げ、会社を後にしました。仙台市地下鉄の復旧は意外と早かったですが、途中から陸上に上がっているため、その辺りの高架橋は被害にあって、その区間は運休になっています。一応、その区間はバス代行を行っているようですが、バスを待つ人の列は数千人単位で2時間待ちは当り前の状態のようです。確かに5分間隔ぐらいで走っている地下鉄ですから、それぐらい需要はあるんでしょうね。地下鉄を降り、自転車の待つ駅までのバスも早い時間なのに結構人が並んでいました。これだと17時以降は結構厳しいかもしれません。なんとかバスに乗り込み、意外と早く駅に到着しました。さ~て、ここからが本番です。ママチャリに乗って走りましたが、どうも足が重い(笑)。スタートダッシュは無理そうなので、だらだらこいで帰りましたが、朝より時間がかかりました。きっと明日は筋肉痛で、もっと大変かもしれません。大丈夫か俺(爆)?【みっちゃん震災録(宮城)その39につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月27日
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昨日、1ヶ月半ぶりにやっと仙台まで新幹線が復旧しました。これで仙台-東京間が運転再開しましたので、かなり利便性が高まります・・・と思ったら、午後から停電になり、4時間ほど運転を見合わせたそうで、散々な初日でしたね。それでも今月中には、新青森までの東北新幹線全線が開通するそうですので、余震さんは大人しくしていて下さいね。先日、福島にある電波時計の送信所が運転を再開したことを紹介しましたが、昨日、落雷のため再び送信を停止したそうです。動かすには、送信所に入る必要があるそうですが、送信所は福島第1原発から約17キロの距離にあるため警戒区域に設定されています。そのため、復旧の見込みは立っていないそうです。やっぱり別な場所に移設しないと駄目ですかね・・・。また、1か月後までをめどに避難を求められている福島県飯舘村などの計画的避難区域で、住民が引っ越しの依頼を業者に断られるケースが相次いでいるそうです。引っ越し業者側は「社員の安全を考えると作業させられない」などとしており、6000人以上とされる計画的避難区域住民の移動に支障が出そうです。これも政府の曖昧な情報から来るものでしょうね。スタートダッシュの貯金が無くなった楽天ですが、川岸投手、井野捕手、草野、銀次両内野手の出場選手登録を抹消したそうです。ほとんどが試合で結果を残せなかった選手ですが、なかなか手厳しいですね。ただ、勝つためには、このようなメリハリも必要かと思います。 そんな中一人奮起しているのが、山崎。先日の試合でも祐ちゃん相手に頑張ってましたね。出塁した山崎が、盗塁?を試みアウト。本人的には「高須が空振りすることはまずないと判断して走ったんだけど…。サイン? おれに盗塁のサインが出るわけないじゃん」と自分自身の判断だったようです。23日の試合でも、2塁打を打ち、止まるのかな?と思ったら3塁を狙ってアウト。これには星野監督も「おれはてっきり二塁で止まるものと思って、代走を送ろうと腰を浮かしたところだったのに、三塁に走っとった。隣でヨシ(佐藤義則投手コーチ)も『(三塁へ)行くな、行くなっ』と叫んどったのに。武司のやつ、甲子園でセーフになったからといって、自分の足を過信しとる」と苦笑いだったそうです。今年43歳になる山崎が、星野監督の率先する「機動力」を自ら実践してくれるのは有りがたいことですが、あまり張り切りすぎて故障でもしないか心配です。ただでさえ今年も攻撃力が弱いと言われている楽天ですから、彼に戦線離脱されると厳しいです。もう少し若手が頑張ってくれれば良いのですが・・・。ドイツ気象台が公表した今日4月26日の放射能拡散予報です。東北沿岸から太平洋、北海道東部沿岸に広がっていますね。さて続きです。【3月27日(震災から16日後)】週末にボランティアもどきのお手伝いに行きましたが、相手が嬉しく思ってくれたので、こちらも手伝いに来て良かったと嬉しくなりました。これが本来の助け合いから来る気持ちなんですよね。もし、やってあげているという気持ちで行動していたら、手伝って良かったなんて思わなかったかもしれません。たったこれだけのことなのですが、差別、偏見する方には分からないんでしょうね。さて、今日はいよいよ月曜日、会社が本格的に始まる日です。まだJRが復旧していないため、代替手段で会社のある仙台を目指さなければなりません。最寄り駅から順に各駅の臨時バスの運行状況を確認すると、通勤に使えるぐらい本数があるのは、最寄り駅から3つ先の駅でした。距離にして、軽く15km以上・・・。そこまで車での移動も考えましたが、やはりガソリン不足の現状を考えると厳しい状況です。そのため、メタボリックアーマーのエネルギーを利用して自転車で行ってみることにしました。とは言っても、最近皆さんが乗っているようなロードタイプの自転車などあるはずもなくママチャリです。いろいろ調べると、自転車で1時間に15~20kmぐらいは進めるとのことでしたので、気楽に考えていましたが、現実はそんなに甘くありませんでした(笑)。おそらく私がそのペースを保てるのは30分ぐらいが限界で、しかも風や雨が降るとかなり速度に影響します。その日は特に雨風もありませんでしたが、1時間こいでも到着することはできませんでした。その割に体からは汗が出まくっています。まだまだ若いと思っていましたが、やはり運動不足のようですね。結局、最後はヨレヨレになりながらも1時間半ぐらいで、やっと駅に到着しました。駐輪場に自転車を止め、ちょっと休憩です(笑)。足がカクカクして、階段の上り下りが怖かったのは内緒です(笑)。クールダウンも終わり、臨時バスの出ているバス停に行ってみましたが、調べた通り、バスを待つ人が大勢いらっしゃいました。それでも朝は10分間隔ぐらいでバスが来るので、数本待って、なんとか乗ることができました。通常であれば30分もかからず地下鉄の駅まで行ってくれるのですが、ガソリンスタンドの行列が車線を1本ふさいでいるので、結構渋滞していました。そのため、到着するまで1時間ぐらいかかったでしょうか。これで家を出てすでに3時間が経過しています。そこから地下鉄に乗り換え、10分ほどで久しぶりとなる仙台の駅前に到着しました。ここに来るのは震災の時に歩いて移動した以来です。道路に落ちたがれきは撤去されていたものの、ビルの壁が壊れた部分はビニールシートやネットで覆われているだけで、手付かずの状態のようです。コンビニも開いておらず、自販機も品切れ状態・・・もしかしたら市内のほうが物資が不足しているのかもしれません。そして徒歩15分ぐらいで、やっと会社に到着しました。トータルで片道4時間近くかかったことになります。こんなのを朝晩繰り返して本当に体が持つのかしら?自分に自信が持てない(笑)。【みっちゃん震災録(宮城)その38につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月26日
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楽天ネタは・・・悲しくなるので、今日は止めようっと(涙)。佑ちゃん2勝おめでとうございます。山崎もあんなに頑張ってたし(盗塁は無茶だったかも(笑))、まともな先発がいれば、勝てた試合だったのになぁ~。星野監督が明言した貯金をホームに持って帰るには、西武との2連戦で、連勝しなければなりません。なんとか勝って欲しい・・・。ソフトバンクの孫社長が、太陽電池など環境エネルギーの普及を促進するため、「自然エネルギー財団」を設置すると発表しましたね。世界中の科学者ら約100人に参加を促し、政府への政策提言などを行う予定のようです。福島第1原発の事故を受け、自然エネルギーへの転換を主張し、「太陽電池の輸出国として世界最大のソーラーベルトを作ろう。もう一度日は昇る。希望あふれるビジョンを作ろう」と東日本大震災の被災地域を中心に「東日本ソーラーベルト」を作る構想などを提案したほか、普及促進策として自然エネルギーで発電された電力の全量買い取り制度の導入も求めました。孫社長のツイッターを見る限り、すでに財団へ協力する有能な科学者が参加を求めていたり、協力したいという声、いろいろな情報が集まってきているようです。確かに助成金が出ても、200万円ぐらいの投資が必要なソーラーパネルを1/10の20万円ぐらいで設置できるようになれば、設置する方が大勢いらっしゃると思います。「原発は危険だから廃止」と語るのは楽ですが、それに代わる代替案を考えない限り、今までの生活を維持することは難しいでしょう。我々も福島原発の事故を機に、今後のエネルギーに関して真剣に考える時期に来ているのかもしれませんね。また、孫社長がツイッターで一般の方から提案されると、「やりましょう」と即実行することは有名ですが、社員の方々は、それを実現するために大変な思いをしているそうです(笑)。でも、今の時期、迅速な対応を求められていることが多いので、机上の空論を長々としているより、まずはやってみる、駄目だったら改良して再度試みるという孫社長流のやり方が今は求められているのかもしれませんね。ある方が、全国のソフトバンクショップ、代理店にガイガーカウンターを設置して定点観測を実施し、公表してはどうかという提案がありましたが、孫社長は即「やりましょう」と返事しました。定点観測地として、福島の学校にもガイガーカウンターを設置してもらうよう働きかけてはどうかとの質問に対しても「やりましょう」との回答でした。確かに我々が今求めているのは、自分のいる場所でどれぐらい放射能汚染が進んでいるかです。それらの情報を集約して日本地図にまとめてくれれば、かなり有効な情報源になると思います。本来であれば、政府が実施すべきことのような気はしますが、孫社長が実現してくれるのであればお願いしたいところです。政府が即対応するわけはないですからね・・・。以前、震災録で、DC/ACインバーター(車のシガーケースからAC電源を生成して充電や家電を利用できる)を1台持っていれば便利という話をしましたが、今回はガソリン不足も重なったため、ソーラーシステムで携帯以外も充電できるものは無いかと探してみました。当然、ソーラーシステムでテレビなどを見るためには、それこそ屋根に置くような大きなソーラーシステムが必要です。それは無理だとしても、充電機能のあるポータブルテレビ、パソコン、携帯電話などに充電できれば、それだけでもかなり便利です。本当はコンセントが差し込めるものが良かったのですが、こちらを利用すれば、大抵のものは充電できそうな感じです。真面目な話、私は買おうと思っています。ただ、充電時間は結構かかりそうですね。【新発売記念!ポイント10倍♪送料無料!】大容量ソーラー充電器!ソーラーチャージャー12000mA...価格:10,980円(税込、送料込)すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月25日
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楽天が好調日本ハムの連勝を止めて、なんとか勝利しました。テレビで試合を観ていましたが、同点に追いつかれたあたりから、前日の嫌な試合を思い出します。8回に山崎が豪快な当たりを打ち、おやち”パワーで頑張って3塁まで走りましたが、アウト。次の高須がヒットを打ちましたが、岩村が三振の時に高須が2塁に盗塁してアウト・・・3アウトチェンジ。なんかもったいない攻撃ですね。これはもう見ていられないと、延長戦に備え、お風呂に逃げこみました(笑)。しかし、お風呂から出てくると、あれっ?試合が終わってる?どうしたのかなと思ったら、9回は美馬が抑え、ルイーズがサヨナラホームランを打っているではないですか・・・。お風呂我慢して見てれば良かった(T^T)。土壇場で、借金生活を踏み止まりました。今日は日本ハムの先発が祐ちゃんですから、仮楽天ホームの「ほっと神戸」球場が、アウェーのような状態にならないか心配です(笑)。前回の登板で6回0失点に抑えた楽天戸村には、もう一皮むけるよう頑張って欲しいなぁ~。昨日は一日中雨で、被災地で土砂災害などを心配していましたが、特に被害が出たとは聞いていません。ただ、先週末に咲いた桜は、雨の影響で結構花びらが落ちました。ちょっと葉桜っぽくなってきたので、今日花見をしないと今年は終わりかな・・・。今日は朝から晴れて暖かいので、絶好の花見日和です。被災地でも自粛せず、食べ物、飲み物が無いとしても、桜の下で語り合うだけで気分が楽になるかもしれませんね。最近、こちらで紹介するようになったドイツ気象台の放射能拡散予報ですが、今日は風向きで太平洋側に拡散しているので、東北でも花見が気兼ねなくできそうです(上:24日6時、中:24日18時、下:25日6時)。米エネルギー省国家核安全保障局(NNSA)では、福島第一原発電事故に関連する最新のスライドを公表しています。こちらを見ると、放射能レベルが徐々に下がってきているのが分かります。でも、日本で起こっている事故の情報を、なんで海外の情報に頼らなければならないんでしょうね・・・。さて、またまた悲しい問題が発生したそうです。同じ東電の原子力発電所を持つ新潟で、このようなことが発生するとは・・・。子供に正しい知識を与えてやらないと、今後も同じようなことが続くのでしょうね。(産経新聞記事より引用)東日本大震災で、福島県から新潟県長岡市に避難している小学6年の男子児童(11)が転入先の小学校で同級生に蹴られ、入院していることが23日、同市教育委員会への取材で分かった。 学校側はいじめがあったことを認め、保護者に謝罪した。 市教委によると、男子児童は父親の実家がある長岡市に避難し、今月7日の始業式から新しい学校に通学。19日午前の休み時間、同級生の女子児童に腹を蹴られた。20日に腹部打撲と診断され、様子を見るために入院しているという。 男子児童は15日にも「女子から悪口を言われている」と担任教諭に相談。学校側は21日、PTA総会で事実関係を説明し、同級生の児童からも話を聞いている。 市教委の山田修管理指導主事は「福島県への差別的な発言はなかった。つらい思いをさせて申し訳ない」と話している。 そもそも「福島への差別的な発言はなかった」と語っていますが、転向したての子供が入院するほどのイジメにあうのに何の理由があるのでしょうか?誰がどうみても放射能汚染からくる差別以外に無いでしょう。逆に、放射能汚染が関係していないのであれば、このような暴力が起こる事態、かなり深刻な問題です。記事とは別の情報ですと、翌日8日(金)ぐらいから「放射能がうつる」「出て行け」と休み時間のイジメが始まったそうです。翌週の11日(月)からはイジメが悪質化し、すでに暴力も始まっていたとか・・・。その際、児童の異変に気づいた保護者は、学校に問い合わせるも「環境が変わったからだろう」と一蹴されました。 記事にもあるように15日(金)に児童が、担任に「女子から悪口を言われている」と相談しましたが、担任は「皆と仲良く」と語るだけだったようです。その後、保護者が再度学校側へ連絡した事実が伝わり、イジメと暴力がさらに激化して、転入児童を取り囲み、女子児童が腹を何度も蹴る、クラスで「出て行け」の大合唱となったようです。この内容が事実かどうかは分かりませんが、最初の時点できちんと対応を行えば、これほどの事態にならなかったかと思います。どいつもこいつも、まずは自分の保身を考える輩が多くて困ります。保身は二の次にして対応しろよ・・・本当情けない・・・。 第二次世界大戦中、長崎、広島に原爆が投下された時も、避難してきた住民の方達は、かなりの差別を受けたそうです。その時から、かなり豊かになった日本ですが、人間の心は何も変わっていないようですね。ごく一部の人間だとは思いますが、その方々も人間の心を取り戻して欲しいものです。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月24日
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昨日は楽天が勝てると思った試合でしたが9回に新守護神スパイアーが打たれ、逆転負け・・・やっぱり8回からスパイアーを登板させたのが間違いだったかな。とは言っても、楽天の中継ぎ陣で今頼れる投手は皆無。星野監督も苦渋の決断だったんでしょう。しかし、マー君登板でも勝てずに、これで3連敗・・・貯金0の生活に戻ってしまいました。今日の先発、永井にこの嫌な流れを止めてほしいです。やっぱり、世の中そんなに甘くないよな~。あまりのショックで、早めにふて寝しましたが、午前1時過ぎの震度4の余震で目が覚めてしまい、そこから寝れなくなって結局寝不足です。2日連続で1時頃地震が起きているので、かなり調子が悪いです。今日は昼寝でもしようかな・・・。こちらがドイツ気象庁から出されている、本日の放射能拡散予想です。今日は東北一面どころか、ロシアまで拡散していますね。こちらは雨なので、なるべく出歩かないようにします。避難所を訪れ、「もう帰るんですか?」「無視するな」と罵声を浴びせられ、「ごめんなさい」と謝る光景も見られた菅首相ですが、昨日22日の記者会見で、「日本は、ある部分を除いては安心して、外国人も来ても大丈夫だ、いろんな物を食べても大丈夫だということを発信していただいていると思う。改めて感謝を申し上げたい」と語りました。外国に対して安全をアピールすることは良いことだと思いますが、発言にあった「ある部分」とは、どこを指すのでしょうかね。福島第一原発の20km圏内?30km圏内?避難指示の出ている市町村?政府が安全ではないと認識しているところはどこなのでしょうか。いつもこんな感じに曖昧な表現をするため、国民に情報が明確に伝わらず、それが風評被害や差別につながることを理解してほしいと思います。混乱、不安を与えるから事実は語らないという時期は、とうの昔に過ぎていますし、情報不足も不安材料になることを認識願います。さて、世論調査によると、東日本大震災の復旧・復興財源に充てるための増税や新税創設について、「賛成」16.4%と「どちらかといえば賛成」41.0%を合わせ57.4%が支持しました。国民の皆さんは、被災地支援のための税負担にある程度理解があるようです。しかし、菅内閣の支持率は、前月をやや上回るものの20.5%といまだ低い水準にあります。震災や福島第1原発事故の対応で菅首相が指導力を発揮しているかどうかについては、「発揮していない」34.1%と「あまり発揮していない」42.9%を合わせると77.0%に達しました。原発事故への東京電力の対応も「評価できない」「あまり評価できない」が73.2%を占めました。原発が「人災か天災か」を尋ねたところ、「人災」とした人は38.8%、「天災」は32.7%で意見が分かれましたが、対応の遅れて被害が増したと感じる方が多いようです。菅首相下ろしには、民主党内外でかなり活発的に動きがみられますが、次期首相の器を持つ方が誰かいるかと言われると、正直、私の中では与野党合わせてもいないと感じます。それでも、この戦後最大の危機的状況と言われている日本を、これから復興していかなければなりません。そのためには、やはり有能な指揮官が必要です・・・。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月23日
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昨日の楽天の試合もストレスがたまる試合でしたね。先発青山がソフトバンクの重量打線、特に内川には面白いように打たれました。これでは、現在非力の楽天打線では勝てるはずないですよね。これで楽天は首位から一気に3位タイまで順位を下げ、星野監督も「まぁ立て直すわ」とある意味、開き直った感じですが、鉄平や岩村、ルイーズの主力打線の復活が無ければ、勝つことは難しいでしょうね。マー君にはなんとか頑張ってほしい・・・。そういえば震災後から、電波時計の時刻が修正されなくなったのをご存知でしょうか?うちの置時計も、少し遅れ始めていました。よくよく調べると、電波時計の時刻を自動的に修正する電波を送っている施設は、福島第一原発から20km圏内の福島県内田村市にあり、全員が避難したため震災後停止していたそうです。しかし、昨日、特別の許可を得て一時的に職員らを派遣し電波の送信を再開させました。しかし職員が常駐しないため、送信所に落雷や停電が起これば電波送信が再び途絶える可能性があるようです。電波時計の電波送信所は、福島県と福岡・佐賀県境の2カ所にあり、福島県の送信所の停止で電波が入らなくなった東北・北海道では時刻を自動修正できず、関東地方は電波が入ったり入らなかったりする状態でした。今後の方針は決まっていませんが、別の場所に移設される可能性もあります。今回の震災は広い範囲で地震が起こったため「東日本大震災」という呼び方が、一般的になってきていますが、被災地では、ほとんどの人が津波で犠牲になったのに、名前に津波という言葉が入らなければ、これから生まれてくる世代にそれが伝わらないと懸念しているそうです。確かに今回の津波の原因は地震ですが、最大震度7を記録した宮城県北の町では、家屋の損壊はあったものの、死者・行方不明者0と、それほど被害は出ていません。今回の津波の影響で3万人近い死者・行方不明者が出たため、津波という言葉を教訓として残したいというのは理解できます。私も名称をどうするかは別にして、「○○の大津波」という名前は残した方が良いと思います。今回の津波は、被害があまりに甚大ですから・・・。さて続きです。【3月27日(震災から16日後)】昨日は、津波の影響を受けた家に片付けの手伝いに行きましたが、家が水に浸かるということは、どんなに大変なものが自分の目で見て感じました。うちの家も同じように床上浸水すれば、きっと住めなくなるんでしょうね・・・。昨日は水が無くて、泥を除去するのに苦労したので、今日はKトラックに農業用の200Lのタンクを積み、そのタンクに水を入れて、ホース、洗車ブラシなどを持って出発しました。まずは昨日、外に出した家具をタンクにホースを入れて水を出し、洗い流す作業をしました。200Lといえどもすぐに無くなってしまう量なので、水で濡らした状態にして洗車ブラシでこすって、最後に水ですすぎ洗いという感じで綺麗にしていきました。でも、家具の中まで泥が入り込んでいるので、水があっても結構大変な作業でした。中に入っている洋服などは、別の場所に置きましたが、おそらく洗っても着れるような状態ではないですね。畳は洗い流すというわけにもいかないので、床から剥がして外に出しました。しかし、その下にも泥が・・・いったいどれだけ泥があるんでしょうか・・・。きっと基礎部分にも、かなり泥が入り込んでいるのでしょう。その家の方は、お年寄りのため震災当日家にいたそうですが、沿岸部から逃げてくる車の多さに気付き、金目のものと位牌だけを持ってサンダル履きのまま車で逃げたそうです。今は、親戚の家の息子が履いていたかっこいいスニーカーを履いていました。震災時は、若い人たちは仕事をしている時間だったので、家にはお年寄だけの家が多かったようですね。そのため、仕事を切り上げ、家に家族を迎えに行った方が大勢犠牲になったと聞いています。自然災害とはいえ本当に悲しい出来事ですね・・・。1階部分にたまった泥を捨て、家具と同じように床を水で濡らしてブラシでこすり、ぞうきんで何度も拭いて、多少見れるような状態になりました。それでもお世辞にも住めるような状況ではないです。最後は外に出した家具で使えそうなものを元の位置に戻し作業終了です。ご自宅の方に何度も頭を下げられ、こちらが恐縮してしまいましたが、今もこのような状況のまま、家を放置されている方はたくさんいらっしゃいます。特に沿岸部の小さな集落では、お年寄りだけの家庭が多いと思いますので、自分の手だけでは到底片付けはできないでしょうね。そのような家庭に今は全国からボランティアの皆さんが駆けつけ、対応して下さっているそうです。ボランティアの皆様には、本当に感謝致します。さて、明日から私も会社です。チャリで頑張って通勤するぞ(T^T)【みっちゃん震災録(宮城)その37につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月22日
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被災地の人間がこのような仕打ちにあい、今後どうすれば良いのでしょうか?(読売新聞記事より引用)東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故で、福島県から県外へ避難してきた住民らが、心ない仕打ちを受けるケースが相次いでいる。 長期にわたる避難生活を強いられている被災者が「人への風評被害」にも苦しめられる事態に、識者は「科学的に全く根拠のない風評被害だ」と冷静な対応を求めている。 「福島県から来たことを隠しますか」。福島県南相馬市の男子児童は千葉県内の小学校への転入手続きで、教師からこう聞かれた。母親は意味がよく分からずに「隠さなくていい」と答えた。男児の席は教卓の前で左右は空席になっていた。 日本弁護士連合会によると、母親は弁護士に相談し、「原発事故による一時転入なので学校に改善を求めると子供が居づらくなる」と話したという。 南相馬市から群馬県へ避難した小学生の女子児童は、「福島県から来た」とクラスの子供から避けられたり、陰口を言われたりして不登校になった。 千葉県船橋市教委は、南相馬市から来た小学生の兄弟が嫌がらせを受けたとする連絡があり、「子供たちに避難者の気持ちを考えるよう指導するように」と小中学校に通知を出した。 福島県いわき市の運送会社は、「放射能の問題があるので、いわきナンバーで来ないでほしい」という取引先の依頼を断れず、東京都や埼玉県でトラックを借り、荷物を積み替えている。社長(61)は「取引先から『いわき』ナンバーで来るなと言われたら従わざるを得ない。何とも理不尽だ」とため息をつく。 福島県田村市に工場を持つ埼玉県の会社は、福島ナンバーの車に乗った社員が首都圏のガソリンスタンドなどで利用を拒否され、埼玉県内ナンバーを使うよう指示した。ちなみにこれが今日21日の放射能拡散予報です。風向きで拡散地域はころころ変わるので、そんなことを言ったら関東だって十分危険になってしまいます。そんなことを言う方々は、いやここは絶対安全だからとか言うんでしょうね・・・。こちらが明日22日の拡散予報です。拡散が予想される区域の方は、なるべく外を出歩かないようにしましょう。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月21日
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昨日は、楽天が久しぶりに悪い流れの試合をしてくれました。先発が崩れ、それに対し火に油を注ぐように中継ぎ陣が集中砲火を浴び、攻撃陣は沈黙、守備も凡ミスと良いところはほとんど無かったです。まあ、ソフトバンクが強いからしょうがないのかもしれませんが・・・。しかし、小山打たれ過ぎ!!抑えない○○は、ただの○○とか言われちゃいますよ(;^ω^)。中継ぎ陣がしっかり抑えてくれれば、4-3で負けたとしても次の試合につながったんですけどね。嫌な雰囲気を今日の試合に引きずらず、3カード勝ち越し目指して頑張りましょう!!昨日時点で、震災における行方不明者の把握ができていなかった仙台市が、行方不明者の数値を公表したため、全ての市町村の状況が確認できました。これで東日本大震災による死者は1万4000人を超え、1万4013人となりました。最も多いのは宮城県で8505人、次いで岩手県の4033人、福島県の1412人などとなります。行方不明者は、宮城県で7934人、岩手県で3822人、福島県で2044人など、計1万3804人となっています。死者と行方不明者の数は計2万7817人となり、震災の被害の大きさに目を覆いたくなります。 また、今現在も13万5906人の方が避難所での生活を続けているそうです。震災の被害だけでなく、今も原発問題で自宅に戻れない方、風評被害で仕事が成り立たない農家、漁業の皆さんは、本当に大変かと思います。さらに明日22日からは福島第一原発の20km圏内が原則立ち入り禁止になります。警戒区域の設定に合わせ、区域内の住民に一時的な帰宅を認めることも発表していますが、原発問題が長引いている状況で本当に自宅に戻る日が来るのでしょうか?そんな中、福島県の農家と全国の消費者がインターネットを通じ福島産の農産物を直接購入する動きが広がっているそうです。JA福島のネット販売は、米や野菜、農産物加工品など約20品目すべてが例年以上の注文を受け、中には品切れになった商品もあるそうです。このような支援消費は、被災地にとって本当にありがたいことです。風評被害で市場や仲卸業者から出荷を断られ、世間の冷たさを垣間見ましたが、風評被害に負けるなという心の温かい方々がいることに安心しました。激励するメールや手紙も多数寄せられているそうです。皆さんも被災地支援のために、応援よろしくお願いします。さて続きです。【3月26日(震災から15日後)】震災から3回目の週末が来ました。早いもので気が付けば、来週には4月になるんですね。電気の無い生活が長かったためか、すっかり曜日感覚が麻痺しています。電気が復旧しても、早寝早起きは変わらないので、このままの生活を続けたいと思います。今日は、知り合いから被災地の片付けを手伝わないかと言われたので、暇人の私もボランティア感覚で片付けに行きました。そのお宅は沿岸部近辺では無いですが、それでも1階部分は浸水したそうです。道路もずいぶん綺麗になり、がれきも少しずつ片付けられているため、パッと見、この辺りは津波の被害にあったようには見えませんが、やはり家の壁には、ここまで水が来たと分かる線が見えました。それでも、外観はしっかりしているので、中はそれほどでもないのかなと思ったら・・・・それほどでした・・・。家の中は泥と水で流された家具が重なっており、どこから手をつければ良いのか分からない状況でした。とりあえず、大き目の家具から外に出し、家に入り込んだゴミや泥をスコップを使って外に出しました。これだけの量の泥を運んでくる津波は、やはり人間には太刀打ちできないでしょうね。すっかり運動不足だった私は30分ぐらいで大汗をかきましたが、1~2時間やっても終わるものではありません。水があれば、外に出した家具も泥を落とせるのですが、こちらはまだ、水道が復旧していないため、それもできません。当然、電気も復旧していないそうです。ご自宅の方に、家を修復して住むんですか?と聞いてみましたが、海水をかぶった家は傷みが激しいらしく、修復する金額も結構行くようですので、悩んでらっしゃいました。窓ガラスも津波により割れているので、使えそうなものは全て持って、今は親戚の家に住んでいるそうです。この頃は、避難所生活をしている方の家に結構泥棒が入ったという話をよく聞きました。2階が無事な家が多い場所では、2階に使えそうなものを整理して置いていたら、それが全て盗まれたそうです。被災者に対し、泥棒行為をする輩の気持ちは私にはさっぱり分かりません。本当にひどい話です。夕方まで片付けを行いましたが、結局終わらず、暗くなってきたので明日また来ることにしました。家の方から、缶ジュースを手渡されましたが丁重にお断りし、家を後にしました。【みっちゃん震災録(宮城)その36につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月21日
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昨日は楽天の試合を見て、テンションが上がっていたためか、なかなか寝付けず、この時期に不謹慎?かと思いましたが、以前録画していたリメイク版の映画「日本沈没」を見ました。草なぎ君と柴咲コウさんが出てる方です。前作より人間ドラマ的な内容になっているため、前作を知っている方には不評なようでしたが、私は結構好きです。やはり窮地におちいった時こそ、人と人とのつながり、思いやり、助け合いが必要と、今回の震災で感じたことも影響しています。そのため、もしかしたらこの機会に見てみるのは良いことかもしれません。映画の内容は、今回の震災の原因であるプレートが跳ね返った事象とは逆で、日本が浮かぶプレートが、なんちゃら細菌によって活性化し、速度を上げてもぐりこむというものでした。つまり、日本もプレートに引きづられて1年以内に沈んでしまうという話です。その影響で、各断層では地震7の地震が頻繁に起き、活火山も噴火しました。原子力発電所の話はありませんでしたが、逃げ惑う人々、それに対処する自衛隊、柴咲コウさんが所属するオレンジのつなぎでお馴染みのハイパーレスキュー隊も救助を行っており、今回の震災の経験とかなりかぶりました。政府は海外に打診し、国民の受け入れ先を確保しようとしましたが、アメリカが、円・日本国債の投売を始めたり、世界各国があまりにも多く押し寄せていた日本人の受け入れに難色を示すなど全国民を避難させるのは難しい状況でした。風評被害や、原発から逃れてきた人が受け入れられない今の国内の状況と似ていますね。政府高官も「難民受入交渉」と称して我先に海外逃亡する輩や、日本の国宝を手土産に自分の立場を維持させようとする輩がいたりと、こちらも今の腐った日本政治に通じるものがありました。火山弾によって総理大臣が乗った飛行機が墜落し、早々に死亡。それに変わって国の陣頭指揮をとったのが、文部科学兼危機管理担当大臣役の大地真央さんでした。彼女は最後まで日本に留まり、全国民の受け入れ先を探したり、日本を救う手立てをあきらめず模索していました。今回も、このような方がいらっしゃれば状況も変わったかもしれませんね。ラストでは、日本を海中に引きずるプレートに、草なぎ君が「しんかい2000」を使ってN2爆薬を放り込み、その爆発によって日本全土が水没するのを防いだ形になります。それで草なぎ君は犠牲になってしまいました・・・。という感じの映画です。震災を経験する前と後では、かなり映画から受けるものが違っていました。当然のことながら、映画の方が被害は大きいですが、現実から受ける衝撃には勝りません。こんな状況で見たくないと思う方もいらっしゃるとは思いますが、興味のある方はご覧になってみて下さい。さて続きです。【3月25日(震災から14日後)】私の震災日記は、震災でライフラインが途絶えたぐらいなので、あまり深刻な状況が伝わってこないと思いますが、こちらのブログの方は、家が津波によって浸水し、家族が犠牲になった状況を書きつづっていらっしゃいます。もし、よろしければご覧下さい。昨日、震災後初めて知事がこちらに来たそうですが、それまでは報道でクローズアップされている市町村しか避難者名簿や被害状況が県庁に伝わっていなかったようです。確かに県庁のHPを見ても、震災後しばらくは、こちらの被害状況は何も書かれていなかったです。つまり、情報では陸の孤島になっていました。そのため、こちらの町の避難者名簿は、自分も被災者であるボランティアの方が自ら県庁に届けたそうです。今でも行方不明者を探す方が、ネットの掲示板などを利用して情報を呼びかけています。震災直後は、避難所の入り口に貼ってある避難者名簿を携帯電話で撮り、それを画像掲示板にアップして紹介するサイトがありました。しかし、あくまで画像のため、探している人は自分の目で画像に写る手書きの名前を確認するしかありません。そのため、全国の有志の方々が手分けして、数千、数万人にも及ぶ避難者の名前を画像から読み取り、分かる範囲でワープロ化して下さいました。そのお陰で、ある程度、ネットの検索機能が使えるようになったのです。それを見て、遠くからバックアップして下さっている方々がいると知り、目頭が熱くなったのを今でも覚えています。本当にたくさんのご支援ありがとうございました。ネットで必要な商品を買おうとしても被災地は配達区域外、宅急便も震災後は同じような状況でしたが、この頃になると配送センター止めなら対応してくれるところが出てきました。宅急便のHPには、配送センター止めと書いていましたが、こちらからかなり離れた佐川の配送センターでは、ちゃんと家まで届けに来て下さいました。ガソリン不足なので、かなり助かりました。こちらの町にあるクロネコヤマト配送センターの脇を通ると、かなりの量の荷物が置いてありました。きっと、ほとんどが個人から個人、町に宛てた救援物資かと思います。町では救援物資の受入準備が整っていないこともあり、最初はバタバタしていましたが、物資を送って下さるのは本当にありがたいことです。近くのスーパーでもやっと肉や魚などの生鮮品を見かけるようになりました。今日は震災後初めて納豆を食べましたよ。久々のためか、かなり美味しかったです。商品の流通は間違いなく動き出していますね。【みっちゃん震災録(宮城)その35につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月20日
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珍しく今日2回目の更新です。今日の帰りは大荒れの天候が変わらず、仙台市内でもみぞれっぽい雨が降っていました。そのため傘を差して足早に駅へ急ぎましたが、風が強いのもあり、着いた頃には頭が放射能たっぷりの雨でグチャグチャになってしまいました(T^T)。しかし、今日は楽天の3カード目となる現在1位の楽天と2位のソフトバンクの直接対決です。投手は楽天岩隈、ソフトバンク和田のエース対決、これは見ものですよ。序盤は予想通り投手戦となり、どちらも見ごたえのあるピッチングで打者を寄せ付けません。しかし、岩隈が4回に崩れたところを狙われて、1点先制されてしまいました。しかし、岩隈は5回以降立て直し、粘るバッターを内野ゴロ、三振で抑え、追加点を許しませんでした。変化球でかわしていましたが、本来のピッチングに戻るにはもう少しですかね・・・。その粘りのピッチングに答えるかのように、山崎がツーベースを放ち、和田の暴投にも助けられ、なんとか同点に追いつきました。和田はランナーを出しながらも、要所要所を抑えるピッチングだったので、この1点は大きかったと思います。そして9回まで岩隈が投げきり、同点で延長戦に突入しました。ソフトバンクは守護神馬原を投入しましたが、ファーストバッター嶋が粘ってフォアボールで出塁。中島が犠牲バントで1アウト2塁になりました。バッターは1番に戻り、困った時の松井稼です。その期待通りツーベースを打ち、逆転に成功しました。最後は楽天新守護神スパイアーで逃げ切り、3カード連続初戦勝利です。今日の試合は紙一重の試合だったので、今年も楽天のウィークポイントである中継ぎ陣が登場するような試合だったら危なかったかもしれません。むしおやち”さん、まずは1勝ありがとうございます(笑)。楽天の好成績は、本当に松井稼の打撃に助けられていますね。これで鉄平と岩村が復調すれば、鬼に金棒かと思います。岩村は期待外れという声も聞きますが、アメリカから日本に環境が変わり、さらに震災地のチームということで勝たなければという使命感も重なって、男気の強い岩村には、かなりのプレッシャーになっているかと思います。打てなかった時の岩村の顔は、悔しさで一杯の様子が伺えます。それだけに、同じ環境下の松井稼の活躍は、本当に凄いですね。打って、守って、走っての3拍子。チームを引っ張っていく立場だけに、これからも頑張ってほしいと思います。早々にケガで戦線離脱した楽天非マスコットキャラクターのカラスコ?のためにも、チーム一丸で優勝目指しましょう!!がんばろう東北!がんばろう楽天!すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月19日
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今日は朝から大荒れの天候で、こちらでは強風、雨、山沿いでは雪が降っているそうです。気温も10度まで行かないようですね。せっかく咲いた桜が雨と風で散ってしまわないか心配です。今の状況で、こちらでは心和ますものが少ないので、桜の花を見て、少しでも気分を紛らわしてほしいのですが・・・。茨城県のとある市で、福島原発の事故から避難してきた福島県の人たちに、放射能汚染の有無を確認する検査を受けた証明書の提示を求めていたそうです。このことを避難してきた住民が茨城県に訴えたことから問題が発覚しました。市側は「市民に無用な不安を与えない目的だった」としていますが、転入者からの抗議を受け、検査を求めないことにしました。以前、子供が差別するような発言をして問題になっている話を書きましたが、自治体がこのような対応を行うのでは、呆れてものも言えません。あんたら指導するほうの立場でしょうが・・・。もし、30km圏外に住んでいる住民が移転する場合、本当に放射能汚染の検査が必要なのであれば、今現在住んでいては危険ということですよね。政府が明確な回答を行っていないのも理由のひとつでしょうが、認識不足による差別的な態度は絶対にやめて下さい。お願いします。日曜日に放送されている「ザ! 鉄腕! DASH!!」の目玉コーナー「DASH村」ですが、福島第一原発から半径30キロ圏内に入っている福島県浪江町にあり、ネットでも大丈夫なのか?昭雄さんは?動物たちは?と心配する声が多く寄せられていました。先日の放送では、一瞬だけ元気に走る動物の姿を映しつつ「DASH村の動物たちは今日も元気です」というナレーションが流れました。震災後、村人や動物たちは群馬県などへ避難したそうで、今後は愛知県の扶桑町を拠点に新たなDASH村が始まりそうですね。あのDASH村は二度と見れないのかな・・・。政府は、無い袖は振れぬということで、復興財源確保のため、消費税を現在の5%から8%に税率を3年程度引き上げる検討に入ったそうです。状況が状況だけに、しょうがないことなのかもしれませんが、震災から復興しようとする方々の負担にならなければ良いなとは思います。家や車などの高額な買い物での3%増はかなり大きいですからね(;^ω^)。さて続きです。【3月24日(震災から13日後)】昨日は、震災直後とは思えぬ豪勢な料理で、チビッコの誕生日を祝うことができました。無理してでも強行して本当に良かったと思います。試験給水していた水も昨日から飲料水として使用して良いと通達が来ました。これでガスを利用しないオール電化の私の家は、13日目にしてライフラインが完全に復旧したことになります。しかし町全体を見た場合、被害の大きい沿岸部は、電気、水道とも、まだ復旧の目処が立っていないようです。お兄ちゃんの卒業式も遅ればせながら3月31日に行うことがやっと決まりました。先日受け取りに行ったスーツは、おやち”のボロボロスーツから見ると、当然立派に見えますから、卒業式をしてもらわないと着る機会が無くなるので困ります(笑)。一応、ネクタイの結び方をレクチャーし、スーツを試着させました。孫にも衣装?と思えるぐらい大人に見えましたよ(驚)。すでに160cmを超えているので、遠目から見ると大学生の入学式に出る人?という感じもしました(爆)。こうして少しずつですが、被災地でも時が流れ始めています。県内のJRは、いまだ全線復旧しておらず(とも父さん、3月24日時点ですよ(笑))、地元のバス会社が各駅から仙台近辺の地下鉄の駅まで臨時バスを出していますが、本数が少ないのと、最終時間がかなり早いので通勤には使えなそうです。とりあえず臨時バスが出ている一番近い駅に朝見に行ってみましたが、バス発車時刻の30分前にもかかわらず、物凄い列ができていました。結局、全員が乗れるはずもなく、家に引き返していく方もいらっしゃいました。別の駅を利用している人に話を聞きましたが状況は同じで、毎日1台ずつバスが増加され、今はひとつの時間帯にバス5台ぐらい並んでいるそうです。それでも乗れない方がいるみたいです。また、ガソリンスタンド渋滞も続いているので、バスでの移動は結構時間がかかるようでした。そうは言っても、来週から会社は通常勤務に戻ると言われていますので、私もなんとか足を確保しなければなりません。一番手っ取り早いのは車ですが、ガソリン不足の状況では、ちょっと気が引けます。原発問題もあるので、家族に逃げる手段を用意してあげなければならないというのもありますし・・・。中古の原付を買えば、最悪車からガソリンを抜いて使えば、しばらく持つかな?とも考えましたが、バイクには町が発行するナンバーが必要です。うちの町でも避難所で生活している方が5000人を超えている状況で、町がそんな対応してくれるはずがないですよね・・・。やっぱり震災の時同様、最後は自分の足か・・・。【みっちゃん震災録(宮城)その34につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月19日
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昨日、震災後初めて髪を切ってきました。久しぶりに短かくすると気持ち良いですね。切っている途中、小さい余震があり、頼むから中途半端な状態で逃げないでねとお店の人に冗談を言いました(笑)。すると、3月11日の震災時にもお客さんがいて、その方は途中のまま居なくなったそうです。結構お店の方は待っていたそうですが、その方は二度と現れなかったとか・・・結局どうしたんだろう・・・。東京電力から今後に対する工程表が提示されましたね。それによると今回の事態が収束(原子力が制御できる)するのに、早くても半年から9ヶ月かかるそうです。当然、アクシデントがあれば、それはどんどん遅れていくことでしょうから、自分の町を離れて避難している方々には長い道のりになりそうです。昨日、テレビの特番でチェリノブイリ原発事故のことを特集していましたが、ただの火災として消火活動にあたった30人の方は全て被曝で死亡し、3日間だけと言われて避難した近隣の住民は、二度とこの地に戻ることはなかったそうです。しかも残った家屋は汚染されているとして、全てが破壊され地中深くに埋められたそうです。事故から25年経った今でも、その区域は立ち入り禁止になっています。今回の原発事故も事態が収束したとしても、放射能との戦いは長く続くでしょう。現在、立ち入り禁止区域となっている場所に戻って、原発事故前の生活に戻れる日は来るのでしょうか・・・。先日、ガス供給が震災の影響によりストップした仙台市ガス局の復旧作業がほぼ完了したそうです。震災から1ヶ月以上経っての復旧は、あの状況を考えれば、かなり早かったと思います。そのガスの復旧を支えてくれたのが、全国から支援に駆け付けたガス事業者職員で結成した「復旧隊」だったそうです。この1カ月間で、全国51事業者の職員ら延べ約8万人が応援に入り、ガス供給再開に力を尽くしてくれたそうです。本当にありがとうございました。ガスの復旧は、安全を考え郊外から徐々に市街地に移動する形で進められたため、仙台市内の飲食店などでは今月に入ってもガスが通っていない状況でした。それでも営業再開したお店に聞くと、カセットコンロや炭などで煮炊きをしていたようで、この元気さには頭の下がる思いです。市街地のガスが復旧したことにより、ホテルの再開も期待しています。今までは営業していて宿泊できたとしても風呂に入れなかったりと、かなり厳しい状況でした。今月中に在来線が岩手の盛岡、新幹線も仙台まで復旧するそうなので、今まで通りの生活が戻りつつありますね。さて続きです。【3月23日(震災から12日後)】チビッコの誕生会ができないかと、食材探しにイオンまで来ました。大型複合ショッピングセンターで、1階の食料品店のみの営業でしたが、かなりの人でごった返していましたね。食料品コーナーに潜入すると、やはり空っぽの棚が目に付きますが、それでもかなりの食材が揃っていました。それを見ただけでも、かなりテンションが上がりましたよ(笑)。一番嬉しかったのが、食パンと牛乳です。売っていたという情報は聞くものの、午前中にすぐ売り切れるようで、実際に見たのは震災後初めてでした。食パンは1人1斤、牛乳は1人2本という制限はありましたが、宝物を見つけた感じでした。また、詳しくは知りませんがケーキの材料や、とんかつの肉やエビ、野菜なども調達できたようで、かなりの収穫でした。これでなんとか神さんがいつも腕をふるって作っている誕生会の食材も大丈夫そうです。勢い余って買い過ぎた感はありますが、買い物カゴ2個分の食材を調達し、お店を後にしました。帰り道で見るガソリンスタンドは、いまだに長蛇の列になり、そのお陰で渋滞していました。でも渋滞するぐらい車が走るようになったかと思うと、ちょっと嬉しくなりました。4月に落ち着いたら誕生会をしようねと言って納得していたチビッコですが、誕生会でケーキのろうそくを消す時は満面の笑みでしたね。やはり事情が分かっているので、子供なりに我慢していたんでしょう。やっぱり無理してでも誕生会をして良かったです。当然、おやち”は不要に備蓄してあるお酒を久しぶりに飲んで大満足でしたとさ(笑)。その後、前日に電気温水器に給水したお湯で久しぶりに自宅でお風呂に入り、至福の時を過ごしました。栄養失調気味だったおやち”の体重も、この日ばかりは2kgほど増えましたが・・・。【みっちゃん震災録(宮城)その33につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月18日
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週後半からの暖かさ(暑さ?)で、こちらでも桜が満開になりました。被災地の人間は正直3月から時が止まっている感じなので、桜が咲いているのがとても不思議に感じます。いつもと変わらぬ時の流れに、違和感なく過ごせるようになりたいです。昨日も楽天が勝ってくれましたね。昨年の開幕4連敗を考えると信じられない結果です。これで4勝1敗。まだ5試合ですが「がんばろう東北」のステッカーにあるように、選手達の気迫のあるプレーに感銘を受けます。このまま勝ち続けて、真のホームに戻ってきてほしいと思います。菅降ろしで民主党内でもゴタゴタしている状況ですが、子ども手当ては廃止を一転し、1万円に減額して継続を模索しているようです。しかし野党の反発は収まらないでしょうから、継続は難しいかなと思います。高速道路の「休日上限1千円」についても、復興財源確保のため、夏にも廃止される見通しのようです。今年のGWは、このような状況ですから自粛しようと思っていましたが、最後の遠出してみようかな? でも、そのためには財源が(笑)。さて続きです。【3月23日(震災から12日後)】今日で震災12日目です。昨日はチビッコの誕生日でしたが、食材が揃わない状況ですから誕生会を行いませんでした。いつものように料理を作って祝ってあげることができませんからね。まあ、こんな時だからしょうがない、落ち着いたらちゃんとやればいいさ・・・と自分に言い聞かせていましたが、やはり親として誕生会をしてあげられないのは辛いです。プレゼントは震災前に買っていたので、それは昨日渡しましたが、ツイッターを見るとイオンで普段と変わらないぐらい食材を置いているというのを聞きつけました。しかも入場制限が無いそうなので、駄目元で行ってみることにしました。そのイオンに行く理由はもうひとつあって、実は震災の翌週にお兄ちゃんの卒業式を予定していたので、その時にお兄ちゃんが着るスーツ(子供用が入らないので、大人用スーツ(笑))を震災前に買っていたんですよね。そのため、すそ上げをお願いしていましたが、卒業式が延期になり、このような状況も重なり取りに行けなかったんです。途中の道路は震災後に比べれば、かなり車の量が増えていました。イオンの駐車場でも結構車が止まっていましたので、ガソリンの供給がもう少しで落ち着くのかもしれませんね。でも、空いてる時の方が嬉しかった(笑)。大型複合ショッピングセンターのイオンですが、1階の食料品店のみの営業でした。2階のスーツ売り場には入れませんでしたが、お店の人に聞いたら持ってきてくれることになりました。ここもかなり地震の被害を受けたようで、全館開業するまでは、かなり時間がかかるのではということでした。スーツを待つ間、1階に作られた特設会場の衣類などを見ていましたが、あるものを発見しました。それは大量に積まれたホワイトデーの商品です。そういえば11日に震災があったので、何も無ければ週末にこれらが売れるはずだったんですよね・・・。普通であればホワイトデー後は安く売っているものですが、こんな状況だからか普通の値段で売っていました。それでも買っていく人が結構いました。日本人って本当律儀ですね。私は事前にお返しは買っていたので、震災後ながら普通に渡していました。結局、子供たちのおやつになってしまいましたけどね(笑)。その後、無事スーツを受け取り、いよいよ食料品コーナーに潜入?です。【みっちゃん震災録(宮城)その32につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月17日
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楽天がホームの甲子園?で勝利しました。まだ4試合ですが単独首位に躍り出ました。この躍進には実は意外なものが影響しているそうです。それは1月中旬にNHKが放送したスポーツ大陸「オリックス 大震災からの奇跡」を録画したDVDでした。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で本拠地の神戸が壊滅的被害を受けたオリックスが、「がんばろうKOBE」を合言葉に奮起しリーグ優勝に輝くまでを追ったドキュメンタリー番組です。楽天の選手たちは3月11日の東日本大震災発生後、野球をやっている場合なのか、被災者の方々のためにいったい何をしたらいいのかと、悩み落ち込んでいましたが、移動中のバスでこのDVDを流したところ、「よし、おれたちも」と奮起したそうです。昨日の対戦相手であるオリックスに勇気をもらっての勝利ですから、感慨深いものがありますね。昨日の日記は本音で書いたため、かなり厳しい内容になってしまいましたが、原発事故が長引けば、さらにいろいろな問題が発生してくると思います。日本人は、どうしてもこのような話題を見て見ぬ振りをしがちですので、あえてクローズアップさせてもらいました。本当の理由かどうかは定かではありませんが、福島県出身の女性が婚約者男性の母親から「放射能の影響で元気な子供が生まれなかったらどうするの?」と言われ、結婚が破談になったという話も聞きました。そんなことは本来あってはならないことですが、本当に好きだったら婚約者男性が擁護すると思いますので、今回の件は女性にとって、もしかしたら良いことだったかもしれません。でも、そんな理由で人の人生が変わるのは許せませんね。政府による避難所の実態調査によると、5.0%に当たる16カ所の避難所で震災発生から約1カ月間、全く入浴できていないことが分かったそうです。ただ、沿岸部の被害の大きい市町村では回答がないため、状況はもっと悪いだろうと語っています。食事については、温かい物を毎日食べられる所が約6割だったのに対し、おにぎりやパンなどはあるものの、温かい食事がまったく提供されない避難所もまだまだあるそうです。替えの下着についても、全くないか、あっても洗濯できていない所がかなりあるようです。いまだ電気、水道が復旧していない避難所もかなりあり、早急に自治体の対応が必要と感じています。テレビで紹介されている避難所は、取材の関係もあり、比較的交通の便が良いところが多いです。そのため物資もかなり供給されていると思います。ただ、取材に行けない避難所にこそ、一番困窮されている方たちが生活されているのです。すみません、結局昨日の続きみたいになっちゃいましたね{><}。さて続きです。【3月22日(震災から11日後)】震災後2度の給油が無事完了しましたが、ぼったくり価格でちょっとガッカリです。被災地に近いスタンドでしたが、海岸から数キロ離れているにも関わらず、道路の脇にはがれきの山がたくさんありました。この先には、皆さんがテレビで見ているような無残な光景が広がっているとは思いますが、被災者、被害者の方のことを考えると、さすがに行く気にはなりません・・・。震災直後は、湖のような状態だった水田も震災から10日以上経っているため、かなり水が引きました。それでも道路は泥が残っておりベチャベチャ、水田には海水、がれきが残っているため、かなり磯臭かったです。このような状態では今年、塩害の影響で稲作ができないでしょうね。仙台平野も壊滅的なダメージを受けたので、沿岸部の水田はどこも駄目でしょう。専業農家の方は、本当に大変だと思います。最近の農林水産省の発表ですと、宮城、福島では、各県に割り当てられている米の生産数量目標を断念したそうです。不足分は他県がまかなうそうですが、海水をかぶった水田は稲作を行えるまで数年を要すると言われていますので、来年も難しいかもしれませんね・・・。 私の町では、塩害区域以外も含め、ほぼ全域で今年は稲作を行わないと発表しました。排水施設が壊滅的なダメージを受けているため、塩害区域以外の稲作も自粛せざるを得ないそうです。また、排水が下流である被災地に流れ込むため、捜索活動、復旧作業に支障をきたす可能性があるのも理由のひとつです。こちらでは沿岸部に仙台イチゴとして出荷されるイチゴのハウスもたくさんありましたが、しばらくそれも食べれないんでしょうね。水道はいまだ試験給水中で飲料水として使用できませんが、体のかゆさ?に耐えられず、止めていた電気温水器の栓を開けてしまいました。強制給水はしなかったので、夜間電力を使いお湯が沸くため、明日の夜にはお風呂に入れます。【みっちゃん震災録(宮城)その31につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月16日
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原発問題が発生した直後から、福島の方の受入を拒否したホテルやレストランがあると聞き、胸が痛んでおりました。新型インフルエンザが発生した当初も、大阪でかなりの差別があったと聞いています。先日もこんなことがあったそうです。福島県から関東へ避難した小学生の兄弟が公園で遊んでいると、方言を耳にした地元の子供たちから「どこから来たの?」と聞かれました。兄弟が「福島から」と答えると、みな「放射線がうつる」「わー」と叫び、逃げていったそうです。兄弟は泣きながら親類宅に戻り、両親らは相談し「嫌がる子供を我慢させてまでここにいる必要はない」と考え、福島へ再び戻ったそうです。タクシーの乗車や病院での診察を拒否された人もいるようです。大人たちでもこうなのですから、子供たちの反応も分からなくはありません。ただ、当事者の子供たちのことを考えるといたたまれなくなります。福島原発問題が長期化するのは目に見えていますから、地元を離れ生活する方も大勢いらっしゃると思います。そのためには当然アパートなどの住居を確保し、子供達は転校という形で学校に行かせるようにしなければなりません。それなのにアパートの入居を拒否され、学校では要らぬいじめにあうのは絶対に避けるべきです。誰もが放射能を恐れているのは認識しています。ただ、知識の欠如によって被害者である彼らに差別のようなことは絶対にしないで下さい。同じ日本人として恥ずべき行為です。被曝を恐れ、大変な思いで避難してきた方々に優しく手を差し延べて下さるようお願い致します。世界から多くの支援を受けている日本も、輸出品に対しては多くの偏見を受けています。食品だけでなく電化製品、工業製品などもガイガーカウンターを使用してチェックしていると聞いています。例えそれが福島から遠く離れた場所の物でもです。外国から見れば、原発問題が発生しているのは福島ではなく日本なのです。そのような状況で、さらに国内で差別のような行為を行っていては、日本は二度と国際社会に復帰できなくなるでしょう。テレビのCMだけでなく、こんな時こと日本一丸となって、この困難を克服していきましょう。さて、だらだらと書いているみっちゃん震災録ですが、私は震災の被害をほとんど受けていない人間ですから、被害に遭われた方の生活とはかなり食い違っています。紙一重なところもありましたが、家は震災、津波の被害を受けず、家族も全員無事でした。しかも、いろいろな問題は抱えているものの、会社があり、仕事をすることができています。津波で被災した町に住みながら、この状態は本当に恵まれていると思います。そんな人間が震災録なんて日記を書いている事態間違っているかもしれません。それでも被災地では、今でも家を無くした多くの方が避難所に暮らしています。家の近くということで、避難所に行く機会も多いので、現状も知っているつもりです。そのような状況を少しでも皆さんにお伝えできればと日記を書いていますので、落ち着くまでもう少しお付き合い願います。現在、学校を使っている避難所に避難されている方は、学校を再開させるために教室から体育館や別の避難所などに移動し始めています。教室ではある程度人数が制限されるため、プライベートも多少保てたとは思いますが、体育館では、夜は寒いし、プライベートも無いに等しい状態だと思います。それでも避難されている方は、今まで教室を使わせて頂きありがとうございましたと先生方に深々と頭を下げたそうです。先生方も学校を始めるためとはいえ、かなり申し訳なく感じているようでした。うちの子供たちの学校もまだ始まっておらず、被災した地区の小学校の生徒も入り、2つの学校を共存させてスタートするようです。ただ、これも一時的な措置で、今後どうなるのか見当も付きません・・・。津波に飲まれた地区は、いまだに多くのがれきが存在し、学校を再建するにはかなりの時間を要すると思います。人が生活できる場所だからこそ、学校が必要となるわけです。被災地のがれきを全て撤去し、生活できる場所を確保するのはもっと先の話でしょう・・・。生活するのはスーパーなどの食料品を販売する店舗も必要です。今はそれもがれきと化しています。セブンイレブンでは、被災した店舗の駐車場で、移動販売車を利用した営業を行っているようです。私が小さい頃は近くにお店が無く、移動販売車が来ると母親と一緒に行って、お菓子を買ってもらった記憶があります。結局は昔の生活に戻ることによって、ある程度の生活はできてしまうんですよね。今の便利な社会は、冷静に考えると贅沢し過ぎなんですかね。また、被災地に近いラブホテルでは、避難所に避難している家族がお風呂に入るため、部屋を開放しているそうです。本来、ラブホテルは男女2人で入る場所であり、風営法上、未成年は入ることができません。しかし、ラブホテルは違反を承知で、被災者の家族に部屋を提供しています。休憩、宿泊とも正規料金のようですが、何人で利用しても追加料金はもらっていないそうです。また、宿泊は通常21時からのようですが、17時ころに来られて宿泊したいと希望された方には追加料金なしで対応しているそうです。最近は自衛隊が提供して頂いた仮設お風呂もかなり増えましたが、やはりプライベートが無い避難所に1ヶ月以上生活していると、家族水入らずでゆっくりしたくなりますよね。という感じで、被災地で避難所生活されている方は、まだまだ日常生活とはかけ離れた生活をされています。芸能人が炊き出しで来たりして報道されていますが、それはごく一部の避難所で、それ以外の避難所の皆さんは、いまだ1日2食の食事をされているところが多いです。国、県が管轄する義捐金の配分が遅れているため、現金を一切持ち合わせていない方も大勢いらっしゃいます。その方たちは避難所で支給されるものが生活の全てなのです。今は救援物資の整理が追いつかず、一時受入をストップしているところも多いですが、全国の皆様の支援を今も必要としている方がいることを忘れないで頂きたいと思います。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月15日
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昨日も楽天が勝利しましたね。山崎選手がダメ押しで前日の嶋選手に続いて3ラン。これで開幕2連勝、なんだか強いチームみたいだぞ(笑)。これには星野監督も「期待していない奴が打った」とご満悦の様子。今日も勝って3連勝と行きたいところです。日課の緊急地震速報がさきほど鳴りました・・・。緊急地震速報が鳴らなくても、頻繁に小さい余震は今も頻繁に来ていますね。そろそろナマズさんには、お引取り願いたいのですが・・・。こうした状況を受け、米地質調査所(USGS)の研究者の話として、日本の余震が終息するまでに10年かかる可能性があると報じています。地震によって断層の一部が沈み込むなどして、震源周辺の広い部分にひずみがたまっており、震源の北や南側で大きな余震が起きる可能性があるそうです。特に東京では長期間の監視が必要と警告していますので、注意が必要です。品不足が続いておりますが、防災グッズは準備しておきましょうね。今回、東京電力の電力ために作られた福島原発の影響で、大きな被害を受けている福島県ですが、非公式ながら落ち着くまで10年、20年かかると言われており、今後どうなるんだろうと予測もできない状態です。ビートたけしさんは皮肉もこめてでしょうが「福島原発の電力を首都圏が利用しているのに、原発のリスクを地方の県や人に押しつけるのはおかしい。東京湾に作って、東京の人がそれで生活したら、何も文句は出ないはず。都心は地盤が悪いとか言うけど、地震が来ればどこも同じだよ」と語っています。また、「1300万人もいる東京に原発を作るとなると、どんな地震が来ても、津波が来ても、完璧に絶対に大丈夫な原発を作るはずだもの。そうすっと、東京都は地方にカネをやんなくてもいいわけだし」と東京に原発を作るメリットも説明しています。今回の福島原発の事故で、今後どんなにお金を出しても新たに原発を誘致してくれる地方は皆無でしょう。しかし、化石燃料を使用している火力発電所やガス発電所は、化石燃料の枯渇が懸念されていますから、新たに増やすのも難しいかと思います。日本もそうですが、世界レベルで原子力に変わる新たなエネルギー源を見つけない限り、危険を伴う原子力に頼る図式は変わらないと思います。今回の事態は収束していませんが、早急にそのような対応をしない限り、弟2の福島原発が世界のどこかで発生する可能性はありますから・・・。さて続きです。【3月22日(震災から11日後)】震災直後から停電が長期間続いたため、早寝早起きの生活が身に付き、電気が復旧してもそれは変わりません。昔は深夜番組なんてものも無かったので、皆さん早めに寝ていたんでしょうね。だからこそ、私の親の世代は兄弟がたくさんいるんだと妙に納得してしまいました(;^ω^)。そのため今日も6時前には起き、朝ごはんを食べ準備万端で、昨日ツイッターで見たガソリンスタンドに行ってみることにしました。昨日のつぶやきでは、午後に行ったら1時間ほどで給油できたと聞いていたので、それほど並んでいないと思ったら・・・物凄い行列です:(;゙゚'ω゚'):。行列の最後を見つけようと懸命に走りますが、なかなか行列が終わりません。やっと見つけた時はスタンドから3~4kmぐらい走ったでしょうか。1台3000円までという制限はあるものの、ここに並んで本当に給油できるのかしら?と思いながらも、自宅待機の暇人ですから並ぶことにしました。今回も暇つぶしグッズは持ってきていたので特に並ぶのが苦ではありません。パソコンも持ってきたので、こちらに日記を書き込んだりもしてました(笑)。しかし、少しずつ進んではいるものの、なかなかスタンドは見えてきません。7時ぐらいから並び始めて、かれこれ4時間・・・。やっとスタンドが見えてきました。ここまで並んでごめんなさいと言わないでと祈りながら並んでいましたが、タンクローリーがスタンドに入っていくのが見えたため、ちょっと安心しました。それから1時間後、やっと私の順番が回ってきました。情報どおり、1人3000円までと言われ、20Lぐらい入るのかな?と思ったら17.5Lぐらいで給油がストップ。明細を見ると、なんとレギュラー1L169円:(;゙゚'ω゚'):。前回並んで入れたところは、税込みで1L150円でしたから、かなり高いですね。それでも、こんな時はしょうがないと自分に言い聞かせ帰りました。このスタンドは2度と来ることは無いでしょうけど・・・。震災後2度の給油で、やっと燃料計の針が3/4ぐらいまで上がりました。これぐらいだったら、もしもの時に少しは遠くに避難できそうです(;^ω^)。でも1L8kmも走らないボロ車ですから、あっという間に無くなってしまうんでしょうけど・・・。【みっちゃん震災録(宮城)その30につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月14日
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昨日、プロ野球が開幕しましたが、被災地東北の希望の星、楽天が勝利しました。いろいろチグハグな場面も見られましたが、勝ちは勝ちです。避難所でも多くの皆さんが久しぶりに大声で応援していたと聞いています。楽天には被災者に勇気と希望を与えるためにも、勝ち続けてほしいと思います。今日も朝からいろんなところで地震が起こっていますね。テレビやラジオ、携帯から流れる緊急地震速報は、もう聞きなれましたが、それでも音が鳴り響くと胃が痛くなります。ちなみに聞いたことが無い方のためにサンプル音が紹介されています。携帯電話の緊急地震速報音はこちらで、NHKはこちらで確認できます。当然のことながら、あまり気分の良い音ではないですよね。音を変えられる携帯もあるようですので、もう少し明るめの音をお願いします・・・って、それだと着信音と勘違いしちゃいますね(;^ω^)。でも、本当に毎日毎日聞かされて、そろそろ勘弁してという感じなので、オチャラケたくもなりますよ・・・。個人的にはユニコーンの「大迷惑」か石川秀美の「揺れて湘南」あたりが・・・すみません、こんな時に不謹慎でしたm(_ _)m復興への財源不足で、6ヶ月延長された子ども手当が、廃止になることがほぼ決まったようです。子ども手当が無くなると、自動的に所得制限のある児童手当が復活します。これでまたひとつ民主党の夢のマニフェストが消えてしまいますね。おそらく高速無料化も無くなることでしょう。さらに、福島原発事故で、国は最低でも1200億円を支払う必要がありますが、電力会社が今まで国に納めた補償料が、約150億円しかないそうです。そのため受け取った補償料では足りず、不足分は国民負担で賄う形になるそうです。原発の被害に合った住民、漁業、農業などへの賠償は、軽く見積もっただけでも10兆円を超えるそうです。事態が長期化するのは目に見えていますから、これからますます増えていくと思います。こちらは基本的に東京電力に支払う責任がありますが、当然のことながら保険を使っても1企業で支払える金額ではないため、最後には国が不足分を支払う形にならざるを得ないのです。そして、それは回りまわって電気料金の値上げや増税という形になり、国民に負担を強いられます。被災地は当然のことながら、日本全体が立ち直れなくならないためにも、一刻も早く電子力を制御できる形に復旧して欲しいものです。被災地で支援活動を行っているNPO法人「ピースウィンズ・ジャパン」は宮崎駿監督ひきいるスタジオジブリの協力を得て、被災地で「となりのトトロ」などジブリ作品を上映しています。上映は、4月7日から19日までの約2週間で、宮城県気仙沼市を中心に、南三陸市や岩手県陸前高田市、大船渡市を巡回する予定のようです。会場は、被災した人々の避難所となっている小中学校や公民館で、1日1、2回上映しています。このような催し物は嬉しいですね。我々大人も精神的には、かなり参っていますが、一番参っているのは子供達です。今回の震災を体験し、トラウマになっている子供達も多いことでしょう。大人も余裕は無いでしょうが、こんな時こそ親として子供達のケアをしてあげるべきかと思います。まあ、これは阪神大震災を経験しただきさんのアドバイスの受け売りなのですが、本当にそう思います。特にこれから落ち着き始めると、慌しさから解き放たれて、今後のことを考えると不安になる大人の方もたくさん出てくるかと思います。そのため自暴自棄になり、犯罪を犯したりして、以前より治安も悪化するかもしれません。すでにこちらでも他の地域から人が流れてきていることもあってか、近所の塀にスプレーで落書きされたり、盗難が増えたりと、震災前には考えれないほど治安が悪化しています。そんな時に子供を守ってやれるのは、私たちだけです。子供達のストレスを少しでも減らし、犯罪からの防衛をしっかり取ることが大切です。今回の震災で、自分中心で自分勝手に行動する方、助け合いの気持ちで行動する方と極端に分かれました。おそらく前者の方が犯罪を犯す危険性があると思いますので、注意して下さい。宮崎駿監督といえば、ある贈り物が被災地に届けられました。それは宮崎監督が社員に呼びかけて集めたタバコです。海の男たちも「今はタバコがなかなか手に入らないので、ありがたい」と大喜びだったそうです。私も大喜びでしたよ、かっぱさん(笑)。早く連絡頂戴ね。ヘビースモーカーとして有名な宮崎監督は「同じスモーカーとして、タバコがないのは辛いだろう」と、タバコ支援を発案。スタジオジブリの社員に呼びかけて、タバコの提供を募りました。タバコを受け取った漁協の職員は、贈り主が宮崎監督だと知って驚きながら、「タバコはなかなか買えないので、みんなイライラしています。貴重な贈り物でありがたいです。みんな喜ぶと思いますよ」と話していたそうです。関東もそうですが、福島のタバコフィルター工場が被災し生産を中止していたため、タバコの入手が難しくなってきています。こちらでは震災後、タバコはほとんど見かけなくなり、コンビニや売店、たばこの自販機には「タバコ売り切れ」「入荷未定」といった貼り紙が貼ってあります。外国産のたばこがたまに入荷しても、すぐに売り切れてしまいまうそうです。やはりタバコは嗜好品ということで、流通は後回しなんですよね。非喫煙者には嬉しいことかもしれませんが、喫煙者にとっては精神安定剤のようなものですから、この状態だからこそ吸いたくなるんですよね。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月13日
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昨日、東日本大震災発生から1カ月経った日に震度6の余震・・・。しかも昨日の夜に茨城県で震度5、今日は朝から長野県、千葉県で震度5と立て続けに大きめの余震が来ています。被災地の皆様、特に避難所に避難されている方々が心休まるよう、早く収束してほしいと思います。今日からプロ野球セ・パ両リーグが開幕しました。楽天の皆さんは、金曜日に仙台入りし、その日の夜にあの大余震を経験したので大変だったかと思います。その翌日には沿岸部の被災地を中心に慰問し、被災者を励ましてくれました。仙台入りもかなり強行スケジュールだったので、選手の疲労が気になりますが、被災地東北のチームとして頑張ってほしいと思います。サッカーベガルタ仙台の方は、得点力増強につながると思われていたFWのマルキーニョスが本人の大震災による精神的な打撃が大きいということで退団してしまいました。マルキーニョスが入って、多彩な攻撃が可能となっていただけに、残念です・・・。私は余震が続いていたのもありますが、JRが運転再開するのか気になって熟睡できませんでした。JRの運行状況を起きるたびに確認すると、午前4時ごろの発表では、本日運休との記載がありました。しかし、5時過ぎに確認すると、キタ――(゚∀゚)――!!該当区間の運行すると変わっていました。おそらくJR内でも、安全を重視して運休にした方が良いとする案と、学校なども始まってきているので、社会への影響を考えると運行した方が良いという案がぶつかり合っていたため、朝まで結論が出なかったんだと思います。ツイッターで朝早くの電車に乗った方がつぶやいているのを見て、本当に運行しているのを確認できました。そのため動かなかったら休もうと思っていたグータラおやち”は急いで出勤の準備です(笑)。最寄駅に自転車で来るのは1ヶ月ぶりです。なんか、またひとつ普通の生活に戻ったような気がして気分が良いですね。張り切って家を早く出すぎ、駅で時間を潰すのが大変でしたが(笑)。ホームに立つと、遠くに電車が見えました。この線路に電車が走る時がついに来たと思うと嬉しかったですね。あの死にそうになって通勤していた光景が走馬灯のようによみがえりました(爆)。電車щ(゚д゚щ)カモーンと思ったその瞬間、あの聞き慣れた緊急地震速報の音がホームのいたるところで鳴り始めました。まさか・・・と思い電車の来る方向を振り返ると、案の定、電車は駅まで来ずに遠くでで立ち往生(T^T)。おいおい、今日も結局電車に乗れずに終わってしまうのかと思いましたが、千葉県が震源だったため、こちらでは大きな揺れは感じず、5分ほどして電車はトロトロ動き始めました。そして再度地震で止まることは無く無事仙台まで着くことができました。やっぱり電車は便利だし楽だわ(;^ω^)。と、日記を書いている途中にも14時7分ごろ福島を震源とする震度6の余震?が発生しました。また、福島原発の近くが震源です。今日、原発事故のレベルをチェリノブイリと同等である最高レベルの7にまで上げた福島原発ですから心配です。でも、電源は確保できており、特に異常は見られなかったようですね。さて、今日中に無事帰れるか心配です・・・。さて続きです。【3月21日(震災から10日後)】スーパーにずいぶん食料が置かれるようになり、無事、食料を調達することができました。この頃は水道が試験給水中ということで、飲料水としては使用できないと言われていましたが、食器の洗い物や洗濯には利用していました。試験給水が10時から17時ぐらいまでなので、洗い物をするために、16時ぐらいには夕食を食べてましたかね。そのため22時過ぎぐらいになると、お腹がグーグー鳴ってました(笑)。そうそう、前日に精米を行いましたが、非常用の米として確保する場合は、無洗米がお勧めです。今まで普通に精米していましたが、無洗米にするよう精米したら、かなり水を節約できました。普通のお米をとぐのにも結構水が必要なので、災害時は重宝すると思います。スーパーなどで無洗米として売っているものもありますし、精米機で無洗米と指定できるところもありますので確認してみて下さい。玄米を多く削る分、量の目減りはしますが・・・。非常用に備蓄する米は水の消費を抑える無洗米にしよう!!夜くつろいでいると、突然固定電話が鳴りました。特に重要な電話ではありませんでしたが、かかってきて初めて電話が復旧していることに気が付きました。普段もあまり使わない固定電話ですから、いつ復旧したのか分からなかったです。電話回線とネット回線は、同じ口から入ってきていますが、別物と考えた方が良いです。うちはイーモバイルにしたのでプロバイダー契約を止めていました。そのため電話回線が復旧して電話が使えるようになりましたが、ネット回線を使用するIP電話や光電話は、まだつながらないようでした。電話回線が復旧してもネット回線が復旧しなければIP電話、光電話は使えない!!なぜか私のPHSもアンテナは立つようになりましたが、それでも使えない状態が続いています。もう、基本料金返して・・・。そうこうしているうちに、ツイッターでまたタンクローリーが来ているスタンドがあり、車がすでに並んでいるとの情報が入りました。でも、まだ給油の疲れが取れてないし、今日は家で寝ることにしました。明日、朝早く駄目元で並んでみるか・・・。【みっちゃん震災録(宮城)その29につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月12日
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また、福島を震源とする震度6の大きい余震?が来ました。今回は緊急地震速報が、揺れの30秒ぐらい前に来ていたので、結構意味がありました。でも、その後も頻繁に速報が来るので、もう許して・・・という感じです。今日の地震の時、ちょうどお客さんが来ていて、前回こちらに訪問した夜に大きな余震がありましたね・・・なんて笑いながら話をしていたら、一緒に地震を体感してしまいました(笑)。お客さんも地震慣れしているようで、「私が来たせいじゃないですからね」と笑いながら帰っていきました。地震にはかなり慣れましたが会社だと、ビルのため揺れが大きく感じるのと、東日本大震災の時を思い出すので、怖く感じるんですよね。福島原発で停電という話を聞いた時は、さらに怖くなりましたが、なんとか復旧したようです。震源地のすぐ近くですから、本当に良かったと思います。今日は通勤に車を使いましたが、帰りも渋滞で2時間近くかかりヘトヘトです。車の通勤は楽だと思いましたが甘かったですね。でも車だと好きな音楽を流したり、テレビを見て気分を紛らわすことができるので、渋滞はあまり苦になりませんでした。さて、気になるのはJRが明日動くかです。本来であれば明日12日にある程度の路線が運転再開する予定でした。しかし、今日の地震でどうなるか結論は出ていないようです。そのため仙台管轄の運転状況を紹介するHPが、地震後、調整中になってしまいました。これだけ大きい余震が続くと、いつまで経ってもJRは運転再開しそうにありません。でも、自宅待機ばかりしているとお給料に影響しそうなので、本当は普通に会社行きたいんですよね。明日はどうなるかな?というより今日は寝れるかしら・・・。今もお尻がムズムズしていると勘違いするぐらい、余震が続いています。もう地震はお腹一杯です。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月11日
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東日本大震災発生から今日で1カ月を迎えました。津波の被害を受けた福島第1原発は、いまだ危機的状況が続いています。また、死者・行方不明者は2万7493人で、行方不明者を把握できていない市町村がまだあるので、これからさらに増える見通しです。住むところを無くし、避難所に避難されている方は今も15万人近くいらっしゃいます。大震災の犠牲者の方々に追悼の意を表して、本日14時46分に黙祷して頂ければと思います。今日も県内のJRは、先日の大余震?の影響で全て運休です。でも、明日から一気に運転再開するところが多いみたいですね。なんと、うちの最寄り駅でも、それに合わせて再開することになりました。やっと普通の通勤生活に戻れそうです。そのため、今日だけなんとかしなければと思い、悩んだ挙句、結局車で会社に行くことにしました。しかし、当然のように車で会社に向かう方が多く、道路は朝から大渋滞・・・。あまりの渋滞に嫌気が差し、津波の防波堤代わりになった沿岸部を走る高速道路を使いました。この高速道路は、高架橋ではなく、高く土を盛ったところに道路を作っているので津波のダメージも少なかったようです。津波が起こった時は、津波を避けるために、この高速道路に逃げこんだ人が多かったようですね。ちょっと走ると、津波に飲まれた被災地が見えてきました。道路をはさんで沿岸部はテレビで見るようながれきの山がいまだそのままになっています。沿岸部から数キロあると思いますが、船が何隻も見えました。田んぼには、いまだにたくさんの車が転がっています。幹線道路のがれき除去は完了しているようですが、1ヶ月経っても、震災後と変わらぬこの状態ですから、がれきを除去するだけでも数ヶ月、下手したら1年以上かかるかもしれません。しかし、道路をはさんで内陸側を見ると、多少のがれきはあるものの、普段見慣れた景色が多かったです。やはり、この道路が堤防代わりになったのは本当みたいですね。この高速道路が無かったら、津波の被害はさらに大きかったと思うと恐ろしくなります。私が震災後に、自宅に帰るため、借りた自転車で走っていた国道は、この高速道路から近いところで1kmぐらいしか離れていません。そう考えると、もしかしたら本当に自転車ごと流されていたかもしれません。生きてて良かった・・・。そんな中、宮城県では震災復興基本方針を固め、基本理念を「壊滅的被害から復興モデルを構築する」と宣言しました。大津波でも被害に遭わないまちづくりを目指して、住宅や公共施設は高所への移転を誘導するそうです。復興は2020年度までのおおむね10年間で達成する予定です。13年度までの3年間は「復旧期」、17年度までの4年間は「再生期」、最後の3年間は「発展期」と位置付けました。再生期までに、震災前の姿に戻したい考えです。道路については、先ほど説明した高盛り土の高速道路が大津波を止めた効果を踏まえ、沿岸部の幹線道路のうち可能な区間について高盛り土構造の防災道路に転換できるかどうか検討するそうです。長い道のりになりそうですが、復興目指して頑張って行きましょう。さて続きです。【3月21日(震災から10日後)】一晩かけて、ガソリンの給油が完了しましたが、車で寝たためか体はいたるところが痛い状態です。そのため帰ってから仮眠を少し取りました。やっぱり布団で寝るのは気持ち良いですね。食料が不足してきたそうなので、午後から給油して余裕のできた(とは言っても目盛りは半分以下・・・)車で買出しに行きました。この状況ですから国道などの幹線道路でも、車はまばらです。とりあえず、いつも行きつけのスーパーに行ったら、震災後は店頭販売でしたが、普通にお店に入れるようになっていました。品薄の商品が多かったですが、それでもカートを押して買い物ができるのは嬉しいものです。肉は外国産の豚肉がブロックで1種類だけ売っていました。魚は近海で獲れたと思われるものが数種類、そのままの形で売っていました。しかし、どれも値段は若干高めです。それでも買っていく方が多かったです。干物など魚の加工品は結構置いてありました。実家が内陸部の田舎だったこともあり、これらの日持ちする加工品は小さいころによく食べた記憶があります。今は流通が3~40年前に戻った感じなんでしょうね。私も肉を見て「おっ」とは思いましたが、久しく食べていなかったからか、以前より興味が無くなっており買いませんでした。それより食べたいと思ったのが豆腐です。こちらは通常と同じ値段だったので迷わず買いました。種類は少ないですが、お惣菜やお弁当も売っていたのには驚きました。野菜は、こちらでは田舎ということもあり、かなり豊富にありますが、仙台市内の方では大根が1本800円、キャベツ1個600円など、ありえない価格で売っていたそうです。街中の方が人口が多い分、品薄になっているんですかね。ガソリンも1L200円で売っているところもあったとか・・・。こんな時に商売っ気出したら、普通に戻った時に見向きもされなくなると思わないのかしら?こんな時だからこそ、商売を度外視し、奉仕の気持ちで売ってくれたところに今後も行きたいと誰もが思いますよね。残念ながら、牛乳やパン、納豆などは入荷後、すぐに売り切れてしまったそうです。とは言っても震災後とは思えぬ品揃えで満足して帰ってきました。今日は久しぶりに、まともなご飯が食べれるぞ(笑)。【みっちゃん震災録(宮城)その28につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月11日
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東京都知事選で石原都知事が再選しましたね。震災であれだけの行動、発言を見せつけられては、どんな人が出ても現役に勝てる人はいなかったでしょう。東京でも地震の被害が出ていますし、原発問題、電力不足、70%以上の確率でやってくると言われている関東の直下型地震など、多くの問題を抱えています。こんな状況の時は、自分のビジョンを明確に持った石原都知事に託す方が多いんでしょうね。昨日は、震災からちょど1ヶ月です。町の広報でも言っていましたが、今回の震災の犠牲者のために14時46分に黙とうをするそうです。私もいろいろ感慨深いものがありますので、会社から黙とうしたいと思います。でも、果たして会社に行けるのかしら??救援物資を在宅者に配布しているので、どれぐらい救援物資があるのかと思い、保管している体育館の脇から見てみましたが、本当にびっくりするぐらい段ボール箱が積みあがっていました。これぐらい物資があれば、長期保存のきく食料品以外は不要のような感じがします。個人の受付をする自治体が少なくなりましたが、個人で救援物資を送る際は送付先の自治体に何が不足しているか確認してから送るようにして下さい。阪神大震災の時も、救援物資の保管場所に苦慮した話を聞いています。善意で送ってもらった食品を食べずに腐らせてしまうのは申し訳ないですからね・・・。今日は久しぶりに本屋に行ったら、週刊誌のバックナンバー(震災以降の雑誌)が入荷しているようでした。ジャンプやマガジンはネットで読んだので買う必要はありませんでしたが、まだ最新号との間に空きがあるので、そこの号が欲しいかな・・・。出版社に電話注文すると、バックナンバーは送料無料で届けてくれるみたいですが、そこまでして読みたいかと言われると微妙ですので、間は想像で埋めようかな(笑)。そうそう、自転車も買ってきましたよ。昨日、下見した時は5台ぐらいあったのが、午後に買いに行ったら1台しかありませんでした。焦って選ぶ暇も無く買いましたが、手続きしている間にも買いに来た人がいたので危なかったです。被災地近辺は、まだ自転車が移動手段として重宝されているようですね。でも、また数時間の自転車生活は嫌ですけど・・・。さて続きです。【3月20日(震災から9日後)】ツイッターで、明日近所のスタンドが開店するという情報を聞きつけ確認しにいくと、あらら、すでに物凄い行列です。焦って一度戻り、長居できるようにパソコンやテレビ、防寒具などを車に持ち込み、再出発です。行列の後ろに並びましたが、すぐに私の後ろにも続々と車が並び始めました。前日の夜で、すでに数キロの行列です。立ち話をしている人たちがいたので、いろいろ話を聞いていると、どうやら1人2000円分しか入れられないようです。こんなに並んでも、1L150円だとして13~4Lしか入れられないのですね・・・。隣町などからも来ていたようですが、ガソリンをかけて来て、これぐらいの給油量であれば、正直並ばない方が良いのではと思いました。ほとんどの方が車を停めると帰っていきました。私の並んでいるところは農道で家も無いため別に帰っても良いかと思いましたが、行列の放置自動車が結構問題になっていたので、今回は車で寝ることにしました。毛布を持ってきてましたが、エンジンをかけない車の中は外かと思うぐらい寒いです。寒さ対策で持ってきたお酒を飲んで早々に寝ました。エンジンもかけていないし、運転もしていないので、違法ではないですよね(汗)。【3月21日(震災から10日後)】朝方のあまりの寒さで、5時ぐらいには起きてしまいました。結局、行列が動き始めたのは7時過ぎでしたね。結構前の方かと思いましたが、それでも給油するのに1時間以上かかりました。前日から並んでいるのを考えると12時間以上です。それで13Lしか給油できないのは厳しすぎますよね(笑)。自分の分の給油があっという間に終わり、目盛りは半分よりちょっと下まで上がりました。これでも心細い感じです。また、並ばないと駄目かしら・・・。【みっちゃん震災録(宮城)その27につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月10日
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先日の地震の影響で、県内のJRは復旧前の状態に戻り、ほとんどの路線が運休になってしまいました。せっかく、近くの駅まで電車が来るようになったのですが、これでは、また厳しい通勤生活に戻りそうです。とりあえず自転車買わなきゃ(^_^;)昨日から、やっとうちの方でも在宅被災者に救援物資を配るようになりました。よくテレビに出る沿岸部では、早くから在宅被災者にも目が回っていたいたのですが、こちらでは今まで放置状態でしたね。うちはあまり必要としていないのですが、近所に足の不自由なお年寄りが一人暮らしで住んでいるので、その方に渡そうともらいにいきました。救援物資を渡す方に、お年寄りの代わりにもらいにきた話をすると、うちの分まで頂いちゃいました。うちの分も含めて届けたら喜んでくれたので良かったです。昨日は、食パン1斤かハム1個とマスク1箱でした。今日はカイロ2袋、食パン1斤、真空パックのハンバーグかミートボールでした。食品は、どれも賞味期限が近いので、以前より少なくなった避難所の方達だけでは食べきれなくなったため、配っているのかと思います。こんな感じで、救援物資は徐々に余ってきているんでしょう。せっかく善意の気持ちで送って頂いた救援物資ですから、倉庫で腐らせるよりも、町民の皆さんに配布した方が良いとは思います。ただ、震災から1ヶ月経ってから在宅被災者に配布とは遅すぎませんか・・・。どこも被災者を多く抱え大変だったとは思いますが、あの石巻市でさえ早くから在宅者の管理を行い、救援物資を配布していたそうですから、自治体の対応の違いがかなりあるようです。まあ、私は避難所生活をされている被災者の方々から見れば、家に住んで十分すぎる生活をしていると思いますので、余っていたとしてもあまり救援物資をもらう気にはなれません。と言いながらも、個別で救援物資が届きましたよ。昨日、前置きも無く宅急便が届きました。何か注文した記憶も無いし、誰からだろうと思いましたが、箱がイルカの加湿器ということでピンときました(笑)。差出人を確認すると、やはり、しばかれ隊のとも父隊長からの救援物資でした(爆)。以前から私信でいろいろと心配して頂いており、それだけでも感謝していたのですが、救援物資まで送って下さり、本当に申し訳ありません。その救援物資がこちらです。以前、プレ企画で頂いた走り井餅のビック版、こちらでは見かけないカップヌードルごはん、西日本のおだしのどん兵衛が入っていましたよ。とも父さん、豪華な非常食、ありがとうございました。子供たちは、カップヌードルごはんに目が行き、すぐにでも食べたいようでしたが、非常食だから駄目と言ったらガッカリしていました(笑)。地震が落ち着いたら食べさせてあげようかな。カップヌードルごはんの代わりに、走り井餅を早々に食べてしまいました。このお餅は不思議と柔らかく美味しいんですよね。今回は2種類食べることができました。お茶を飲みながら食べたら美味しかったです。お返しは不要と書かれていましたが、プレ企画のお返しもしていない状態で、さらにもらうのは心苦しいです。ということで、地震の影響が落ち着くまでちょっと時間を頂きますが、強制的に反撃させて頂きますね(笑)。とも父さん、覚悟して下さい(爆)。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月10日
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昨日は、前日の巨大余震?で2時間ほどしか寝ていなかったので、爆睡してしまいました。震度3ぐらいの余震の余震はあったようですが、全く気が付きませんでした。今回の余震で、東日本大震災の影響で痛んでいた家屋、ブロック塀などが崩れたり、倒れたりしたところが多かったそうです。いまだ電気、水道が復旧していないところもあるようですが、私の住んでいるところでは、朝方に電気も復旧し、水道も止まらなかったので助かりました。慣れているとはいえ、あの生活は・・・。昨日は東北圏のほとんどのJR、新幹線が運休でした。今日もその状態が続いているそうです。そのため会社に行けない状態でしたが、重要な会議があったため、車で行くことにしました。毎月行っている会議ですが、先月は11日に東日本大震災により中止となったので、今回も中止というわけにはいかないんですよね。どうも、この会議は地震に呪われているようです(汗)。当然、公共の交通機関が使えないため、車で道路は大渋滞・・・。さらに、やっと行列が無くなったガソリンスタンドにも、前回の地震と同じになるのでは?と思う方々が給油に訪れているので、渋滞をさらに悪化させていました。それでも、地元民の知識で裏道を巡り、渋滞を避けて会社まで行くことができましたが、今度は駐車場がどこも満杯です。結局1時間ぐらい会社の周りをグルグルしていましたが見つからないので、はるか彼方の駐車場に止めました。しかも立体駐車場・・・。東日本大震災で、立体駐車場に止めた車が電気がストップして出すことができない、または機械が故障して動かないなんてことが結構あったので、本当は平地に停めたかったんですけどね・・・。でも、会議も無事終わり、車で無事帰る事ができました。帰るぐらいになると、慌てて給油する車もいなくなり、普通に給油することができました。前回のように状況にならなくて本当に良かったです。さて続きです。【3月20日(震災から9日後)】今日で震災から9日目です。直後のような大きな余震は少なくなり、夜もゆっくり眠れるようになりました。米と野菜を中心にした食生活が続いていたので、そろそろ米が底をついてきました。とは言っても精米していない玄米は買い置きがあるので、車で精米所に行きました。電気が復旧した直後は、精米所も結構並んでいましたが、それほど頻繁に行うものではないので、今は誰も並んでいません。そのため、すぐに精米することができました。精米が終わるのを待っていると、自転車のカゴに小分けした玄米を持ってきたり、一輪車で玄米を運んできたりする方が来ました。もしかして、車で精米に来るのは贅沢ですかね??それもそのはず、こちらでは震災から一週間経っても県内の一割ほどしかスタンドは営業していませんでした。しかもその大半は緊急車両用になっており、一般車が給油できるような状態ではなかったのです。ガソリンの流通も止まっているので、開店したとしても一斉に車が集まり、すぐに在庫が尽きて、また長期閉店という図式でした。私の車もすでに1メモリを切っています。なんとかしなければと思いつつも、遠出して探せないというもどかしさもありました。精米が終わり家に戻ると、防災無線で嬉しい連絡がありました。飲料水としてはまだ使用できないようですが、水道の給水試験をするとのことで、昼の間は水が出るそうです。蛇口をひねると水が出るのは嬉しいですね。これで、最初に行ったのが洗濯です。さすがに貴重な水を洗濯にまわす余裕は無かったので、震災後一度も行っていませんでした。そのため、なるべく数日同じものを着るようにしていましたが、それでも大量の洗濯物がありました。洗濯もできて、食器も洗えるし、あとは電気温水器に水を入れれば、夜も水が使えるし、お風呂にも入れます。ただ、飲料水として使用しないで下さいと言われているので、温水器にその水を入れるのは止めておきました。ここまで来ると、あと2~3日待つのは苦ではありませんから(笑)。夕方になって、ツイッターの情報で近所のスタンドにタンクローリーが来ており、明日開店するのでは?という情報を見つけました。そのため、ダッシュでスタンドに向かいました。【みっちゃん震災録(宮城)その26につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月09日
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先ほど、やっと電気が復旧しましたので、一応日記をアップしておきますね。前回の日記のレスにも書きましたが、特に被害も無く家族全員無事でした。ご心配頂いた皆さん、ありがとうございます。いや~昨日の地震は、本当、東日本大震災が再来したのかと思って驚きました。私はまだ起きていましたが、寝ていた人がびっくりして飛び起き、逃げようとして怪我をした方が多かったようです。焦って揺れているうちに外に移動しようとするよりも、出口を確保し、揺れが治まってから移動するようにしましょうね。東日本大震災に比べれば、揺れている時間は短かったですが、それでも3月11日のことを思い出させるには十分な揺れでした。被災地では誰もが、また来たかと思ったに違いありません。あれを思い出しては逃げたくなる気持ちも分からなくはないですが・・・。地震の直後は大丈夫だったのですが、数分後、停電になりました。そして防災無線のサイレンがけたたましく鳴り、津波警報が発令されたため沿岸部の方は高台に避難するよう放送していました。つば母さん、また夜空がかなり綺麗でしたよ(汗)。今回は大津波警報ではありませんでしたが、おそらく沿岸部の方は一斉に避難したと思います。あの津波の被害を目の当たりにした後ですから、津波と聞いて冷静でいられる人はいませんよね・・・。あの電気、水の無い生活がまた始まるのか?と思いつつも、結構冷静な自分がいて、大震災を経験して一回り大きくなったんだなと実感しました(最近、食生活が改善されて腹回りが(笑))。誰が言うわけでもなく、まずは明かりを確保してラジオを付け、私は風呂に水を貯め、神さんは空きペットボトルに水を確保していました。あまりにテキパキした行動に、思わず笑ってしまいました。やはり経験って大事ですね。次に何をすべきかが頭の中に勝手に出てきます。皮肉なことですが、これは本当に苦労したからこそできるのであって、訓練では、なかなか習得できないと思います。でも、電気が復旧したので、新たに買い揃えた防災グッズは使う必要が無いようです。それでも、今も停電している場所が結構あるようです。夜までに復旧してくれると良いのですが・・・。この地震で一番心配したのが、やはり福島原発です。とりあえず異常は見られなかったそうですが、そもそも異常な状態なのに、異常は見られなかったという言い方は無いだろと突っ込みたくなりましたが、かなり安心しました。他の原発も停電の影響はあるようですが、非常用電源などで対応できているようです。今日は、3月11日に地震の影響で中断した会議の続きをする予定でしたが、JRは朝から動いてくれるのかしら?と運行情報を見たら終日運休・・・。さすがに、これ以上延ばすのは厳しいので、車で会社に行こうっと。余震の余震?が続いておりますので、皆さん注意して下さいね。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月08日
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石原都知事が花見を自粛という話をしていましたが、それは行き過ぎではという声があがっています。こうした自粛ムードは行き過ぎかどうかというアンケートをしたところ、77.9%が「行き過ぎと思う」と答え、「そう思わない」は12.2%でした。確かに私自身も花見という意識は全く無かったですが、震災後も季節はいつも通りに移り変わっているんですね。あれだけの死者、行方不明者が出た震災後ですから、自粛という気持ちも理解できますが、日本に活力を与えるためにも私は自粛すべきではないと思います。こんな時だからこそ、各人が消費を行い経済を活性化させることが、復興の足がかりになると思っています。もし、被災地のことを考えて自粛しようと思っているのでしたら、東北地方のコメ、おいしい地酒、食材を購入し花見をして頂ければ、支援にもつながりますので、よろしくお願いします。そもそも自粛するしないは個人の自由で、強要されるものではありません。「被災地のことを考えればとても騒ぐ気にはなれない」と思って下さる方は、それはそれでありがたいですし、「消費は義援金と同様に価値ある行為」と思う方は、東北地方や風評被害にあっている食材を利用して花見を行って頂ければ助かります。この動画は「ハナサケ!ニッポン!」と題し、東日本大震災で甚大な被害を受けた東北地方の産品を買って・飲んで・食べることによって、日常生活の一部として長期的に被災地を支援して欲しいという被災地からのメッセージです。岩手だけでなく、東北にはたくさんの美味しい地酒があります。花見でそれを飲んで、東北の食材で作った料理を堪能して下されば、被災地として、これ以上嬉しいことはありません。こちらでは内定取消しや、工場が被害に合い存続できないなどの理由で、雇用問題が発生しています。国も雇用助成金などで支援を始めていますが、職安ではものすごい数の人が仕事を求めて押し寄せています。しかし雇用問題は被災地だけの話ではないようですね。被災地以外でも計画停電や節電を理由とした操業停止や物流の停滞による減産を理由に、一方的に無期限自宅待機や契約更新を拒否される事例が関東を中心に相次いでいるそうです。今回の東京電力の計画停電に関して、厚生労働省は「停電による休業について事業主は使用者に給料も手当ても払わなくてよい」とする見解を発表しています。しかし、労働問題は基本的に協議で処理すべき課題であり、震災をリストラの理由にすべきではないと思います。経営者側も、会社存続をかけたギリギリの判断で、雇用に手を付けざるを得ない状況に追い込まれているところもあるでしょうから、一概に否定はできませんが・・・。さて続きです。【3月19日(震災から8日後)】ベーコンと移動販売者のパンを求めて、自転車を走らせましたが、パンは一瞬で売り切れてしまっていました。ベーコンは値段が高めだったので、まだ残っていましたが、普段だったら絶対買わないと思います(T^T)。そのお店は生産者の野菜なども置いているので、野菜がかなり豊富でした。値段もかなり安かったです。これだったら昨日、無理して野菜買わなくても良かったかな(;^ω^)。残り少なかったですが、ブナシメジも置いてあったので買いました。キノコを売っているのは震災後初めて見たかな?そうそう言い忘れていましたが、災害の時は現金が重要です。電気が復旧していない状態や、今回のような場合はカード、電子マネーが使えません。今どき携帯電話の電子マネー機能を利用して、現金を持ち歩く人は少なくなったと聞きますが、やはり現金が一番重宝します。防災グッズの中に少なくてもお金は入れて置くようにしましょう。震災時は現金でしか物が買えないので注意!!私は現金を持ち歩かないというよりは、現金を持っていないのですが、たまたま震災時に会社のお金を数万円持っていたので、それでいろいろ買うことができました。当然、後で会社に返しましたけどね(笑)。知り合いの方が親戚の安否が確認できたとのことで、テレビによく出る宮城県北の沿岸部に食料などの物資を持っていったそうです。この時は、まだ高速道路が一般車両に開放されていなかったのと、主要道路も交通規制があり、行くまで結構大変だったようです。道路は波打っているところが多く、沿岸部近くになると道路の両脇に車が重なり、今でも浸水しているところもあり、かなり恐怖を覚えたみたいです。現地に着くと、やはりテレビで報道している通り、沿岸部の救援物資は不足している状態のようでした。そのためか治安も悪くなり、コンビニや食料品店、倉庫などは荒らされ、商品どころか現金まで根こそぎ持っていかれたところが多かったそうです。非常事態とはいえ、この行為はあまり受け入れられるものではありませんね。ただ、火事場泥棒する輩は別にして、生きるためにそれだけ追い詰められていた方がいたのも事実です。そう考えると私の住んでいる場所は沿岸部に近いとはいえ、ずいぶんと恵まれている方なのかもしれませんね。現在の被災地は、救援物資が行き届いているとはいえ、すでに需要が無くなった物資が大量に残っていたり、本当に必要な物資が無かったりという状態におちいっているそうです。また、壊滅的な被害を受けた沿岸部は、まだ電気が復旧していないところが多いそうです。当然、水道も同じような状況です。以前より、ボランティアを受け入れる用意ができた市町村が増え、ボランティアの方には自宅のドロ掃除やがれきの撤去作業などを行って頂いているようです。ただ、先ほど書いたように、沿岸部ではいまだライフラインが復旧していない地域が多いです。現在はボランティアの方はご自身で移動(ガソリン含む)、宿泊、食事ができる方のみ受け入れているそうですから、県や市町村に確認の上、被災地に向かうようお願いします。ボランティア活動の際は、かならず事前に県や市町村に確認すること!!【みっちゃん震災録(宮城)その25につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月07日
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昨日辺りから暖かいというか、日中は暑いぐらい?ですね。仙台では6月並の気温だとか言ってました。それに伴い花粉が舞いちり、鼻水、クシャミが止まりません(笑)。目先のことだけ考えると放射能より花粉の方が厳しいです。外ではマスクしてるんですけどね・・・。しかし暖かくなると、当然強い南風が吹きます。福島原発から北に位置する宮城では・・・と思いましたが、県内の放射線測定値を見ると、0.1~0.3μSv/hと、それほど影響は見られないようです。あの水素爆発してた頃の方が数値は高かったですかね。この画像は、ドイツ気象庁が公開している放射性物質の拡散予測図(日本時間7日午後9時時点)です。日本でも国際原子力機関(IAEA)からの要請を受け、気象庁が放射性物質の拡散予測を行っていましたが「仮定の数値のため、予測精度が低い」として昨日5日まで非公表でした。この問題を突っ込まれ、枝野幸男官房長官がこの予測を公表するよう気象庁に指示していましたが、公開されたのかしら??しかし予測図を見ると、やはり南風の影響で、こちらに高濃度の放射性物質が流れてきているようです。この予測図を信頼すると、多かれ少なかれ北海道以外は、なんらかの放射能物質が降り注いでいることになりますから、あまり外を出歩かないのが一番かもしれません。中国のメディアでは、放射能汚染の危機が、福島県や宮城県などの被災地をはじめ、首都圏を含む多くの人々の生命や健康を脅かしているにもかかわらず、日本では他府県や国外などへの大規模な「逃避現象」が起こっていない、などとして、「なぜそんなに冷静でいられるのか」などと驚きを示しているそうです。現在の対応について、「放射能汚染の恐ろしさを認識していない」、「政府が発するデータを誤読している」、「被災地の現状を理解できていない」などとして、「絶望の中に希望を見いだそうとする冷静な」日本人に、「矛盾した心理、変な粘り強さ」を感じると指摘しています。まあ、危険は誰もが感じていると思いますが、日本人の島国根性が海外に避難という行為に否定的なんでしょうね。それだけ日本を愛し、日本に住み続けたいと思う日本人の心は、大陸で隣国とつながっている国には理解できないでしょう。さて続きです。【3月19日(震災から8日後)】この震災日記は、よく細かく覚えているもんだなと思うかもしれませんが、実は震災にあった時から、この体験が少しでも役に立てればと、紙に手書きで何をしたか書いていたんですよね。そうでなければ、あの状態でしたから、混乱して何をしていたか覚えてないと思います。会社にまるまる1週間行っていないのと、テレビ番組が震災関係のものばかりなので、曜日感覚がすっかりマヒしています。今日は土曜日なんですね・・・。前日に温泉で1週間分の体の垢を落としたせいか、すっかり風邪が悪化しましたけど(笑)。震災時は自分を振り返る意味もこめて日記を書こう!!会社からメールがあり、まずは復興の意味もこめて来週から会社を再開しようという話になりました。ただ、状況的には落ち着いていませんので、午前と午後に分け、ローテーションで誰かが出るような形です。私も参加したかったのですが、会社へ行くにはかなりの距離がありますし、JRは復旧の兆し無し、ガソリンも底をついているので断念しました。社内のネット掲示板を使い、あそこで何が売っていたなどの情報や、不足しているものを書いて、それを見かけた方が買ってきてくれるなんてこともしていました。ある意味、コミュニティーツール的な使い方です。これにも本当は参加したかったんだけどなぁ~。震災になると、遠くに出歩かない分、テレビやラジオで入手できないローカルな生活情報が貴重なんですよね。例えば、あのお店が開いていたとか、何が売っていたとか、どれぐらい並んでいるとか、出歩かなければ分からない情報をタイムリーに入手することが大切です。私が情報源として一番活用していたのがツイッターです。今まで、そのような使い方をしたことがなかったのですが、地元の地名で検索をすると、いろいろな情報が入手できました。しかも、つぶやきなのでタイムリーなのが嬉しいですね。タイムリーさには欠けますが、地域向けの掲示板も頻繁に見ていました。ローカルな生活情報は、ツイッターや地域向けの掲示板を利用しよう!!ツイッターを確認すると、あるお店でベーコンが売っているとの情報を入手しました。また、そのお店の店頭に移動販売車が来ていてパンを売っているとのことでした。この頃は、肉、魚、パン、牛乳を震災後ほとんど口にしていなかったので、ベーコンでも食べたかったです。そのため、今は無き自転車(涙)を走らせ、そのお店に急ぎました。【みっちゃん震災録(宮城)その24につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月06日
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福島原発で問題視されていた2号機近辺の高濃度汚染水の流出がやっと止まったようですね。それでも1、3、4号機近辺の海水からも高濃度の放射能が検出されていますから、まだまだ流出を止める作業は続くと思われます。すでに魚への被害も出ており、今後の漁業への影響が懸念されます。茨城県では、風評被害もあると判断し、全面的に漁猟を一時取りやめると発表しました。津波の影響に負けず、これからという時に、農業、漁業、今後畜産業まで影響が予想される原発問題ですから、放射能汚染を最小限にとどめて欲しいものです。震災後から今も仙台駅近辺の線路には新幹線MAXが不気味に停まっています。しかし、今回の地震で走行していた27本の新幹線は、1本も脱線しなかったそうです。その理由は、地震の揺れをいち早く検知するシステムが作動し、事前に停止したそうですから驚きです。以下、引用です。JR東日本は、東北新幹線の沿線のほかに、太平洋沿岸にも岩手県の宮古や宮城県の牡鹿半島などに9つの地震計を設置し、揺れをいち早く検知して列車を減速させる「早期地震検知システム」を備えています。今回は、東北新幹線の線路からおよそ50キロ離れた牡鹿半島の地震計が、午後2時47分3秒に運転中止の基準となる「120ガル」という地震の加速度を捉えました。このため、システムが自動的に架線を停電させ、走行中の新幹線は一斉に非常ブレーキをかけて減速を始めました。このうち、線路沿いの地震計が最も大きな揺れを観測した仙台駅と、1つ北の古川駅の間には「はやて27号」と「やまびこ61号」が走っていましたが、JR東日本がデータを解析したところ、これらの列車が非常ブレーキをかけた9秒後から12秒後に最初の揺れが始まりました。そして1分10秒後に最も強い揺れが起きていました。このとき新幹線が何キロまで減速できていたかは分かっていませんが、JR東日本は強い揺れの前に減速を始めていたこともあって、新幹線が脱線を免れたとみて、さらに詳しくデータの解析を進めています。この手の装置は、安全性を考慮すると絶対必要ですね。特に2~300km/hの高速で走る新幹線ですから、今回の対策は二次災害を防止できて本当に良かったと思います。救援物資を持って慰問したアントニオ猪木さんの口癖?「元気があれば、なんでもできる」のように、日本も早く元気になってほしいものです。さて、いつもは「みっちゃん震災録」をお送りしていますが、ちょっと気になる記事を見つけましたので、私の気持ちをおりまぜながら紹介したいと思います。インフラ、鉄道の復旧、ガソリン供給や道路事情が改善し、津波の被害が大きかった沿岸部以外では、岩手、宮城、福島県でも震災を忘れてしまうほど普通の生活をされている方が多いと思います。それはそれで復興という意味合いでは良いことだと思いますが、被災地への交通アクセスが改善されたことによって、被災地への“見物人”、”野次馬”が増え始めているそうです。現在でも沿岸部の被災地では、行方不明者の捜索やがれき撤去、ご自宅の片付け作業などが継続して行われており、それらの方々が作業の妨げになっています。被害の状況を自分の目で確認したいという気持ちも分かりますが、安易に被災地に行くのは止めるようにしましょう。宮城県南の町では、被害が大きい地域に入る車両を規制するため、通行許可証を発行し、被災者以外は被災地に入れないようにしました。最近、被災地に県外ナンバーの車で来て、騒ぎながら写真を撮ったりする人が徐々に目立つようになったそうです。ツイッターなどで、被災地の画像を配信している人が確かに多いですね。がれきを撤去し、ようやく1車線分が確保された道路に、こうした車が数珠つなぎになる光景も見られたそうですから、さすがにこれはいかがなものかと思います。中には県外から駆け付けた被災者の親類なども交ざっている可能性がありますが、防犯ボランティアの方が身元や目的を尋ねると言葉を濁して立ち去る人が多いそうです。町の災害対策本部でも「捜索しようとしても、撤去したがれきを運ぶダンプカーが渋滞に巻き込まれてしまう。3分で行ける仮処分場まで30分かかることもある」と語っています。今でも多くの行方不明者がいらっしゃいます。もうすぐ震災から1ヶ月経ちますので、正直、生存は絶望的だと思いますが、一刻も早く一人でも多くのご遺体を見つけ、復興につなげるため協力して下さい。お願いします。すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月05日
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昨日、復旧したJRに乗り、途中駅まで帰ったらアクシデント・・・。なんと駐輪場に置いていた私の自転車が無い(T^T)。手元にはカギがあるのでロックしたはずだし、カギ壊されちゃったかな?駐輪場を管理している人に聞いてみると、「あ~最近多いね~」と驚く様子もなく、「2重ロックが基本ですから」とかるく指導されちゃいました・・・。まあ、駐輪場は何かあっても自己責任と言われているけど、「あんたらお金もらって商売しているんだから、見回りぐらいしろよな!」と捨てセリフを残して諦めました。しかし、ずいぶんと治安が悪くなりましたね・・・。普段はそんなに乗降客がそれほど多くない駅ですが、今はここが終点駅ですから多くの方が、この駅を利用しています。そのため、帰路を盗んだ自転車でなんて考える輩がいるんでしょう(><)。でも、よく考えたら自転車で40分のところを帰らなければならないんですね。徒歩で帰ったら間違いなく2時間コースです。途方に暮れて駅の周りを歩いていると、手書きのボードを持っている方がいました。文字を見ると、私の方の地名が書いてあるじゃないですか!!これはもしかしてと思い、私の近所に停まるか聞いたら答えはYES!!これはかなり助かりました。後から調べると、昨日から臨時バスが出ていたようで、本数の制限はありますが、この駅まで行き来できるようです。そのため今日は朝バスで駅まで来ました。昨日分かってたら、自転車で来なかったのにな。また、無駄な出費が・・・。昨日は東京電力が、放射能汚染水を海に流す話を聞いて驚きました。どうやら高濃度の汚染水の貯蔵場所を確保するため、苦渋の決断で低濃度の汚染水を海に流したそうです。言い分は分かりますが、汚染水は汚染水です。環境汚染を考えて、かなり物議をかもしだしていましたね。福島県漁連がかなり抗議しいていましたが、昨日の夜に海への排水は行われました。こんな状況で本当に漁業が復活できるのでしょうか?それとは別に今も高濃度の汚染水も垂れ流しで海に流れていますし・・・。今日は水ガラス?や海中に鉄板の囲いを設け、少しでも拡散するのを遅れさせようとしています。タンカーや浮島?に汚染水を格納しようという話も準備が遅れており、早くても今月半ばになるそうです。それでも新たな水を必要としない循環冷却機能を確立しない限りは、いずれそれも一杯になるでしょう。現場は本当に大変でしょうけど、恒久的な対策も視野に入れて検討して欲しいと思います。ただでさえ福島県は、野菜などが風評被害にあっており厳しい状況です。実際には福島県だけでなく、基準値以上の放射能汚染の野菜が見つかった茨城県などでも、風評被害は起きています。30km圏外の福島県浪江町でも屋内退避の基準値を超えたそうなので、ますます放射能汚染、風評被害は広まっていくと思います。海外でも安全と言われ続けた日本の食品を輸入禁止にするところも増えました。原発が存在している福島県では、30km圏外の温泉旅館やホテルなどにもキャンセルの連絡が後を絶たず、今後の経済活動にも影響が出そうです。国内どころか海外からの旅行客は一気に減り、都内のホテルなどでも休業するところが増えてきたそうですね。また、東京に本社を置く海外の企業などは、大阪など関西に本社を移す動きも見えているそうです。あれだけの原発事故を目の当たりにしても冷静さを保っているのは、我々日本人だけなのでしょうか・・・。さて続きです。【3月18日(震災から7日後)】温泉に入り、体も気分もすっきりしました。帰る途中、店頭に野菜や果物が並んでいるお店を見つけました。思わずUターンして寄ってみましたよ(笑)。パッケージや箱を見ると地元のものや、山形などの隣県のものですが、仕入れて営業しているようでした。お店の中は、半分ほどのスペースしか入れませんでしたが、それでも卵や小麦粉、乾麺など、震災後あまり見かけなくなったものが結構ありました。お店の人に聞いてみると、卵、野菜、果物以外は、やはり震災後入荷していないそうです。どこもそうですが、野菜は地元産のものが結構あるので流通は早かったです。その代わり、肉や魚は遅かったですかね。本来であれば、魚は流通が早いはずなのですが、漁港は津波で壊滅的な被害を受けましたから、市場も開くわけがありません。肉は畜産も多い場所なので流通しそうですが、肉を切ったり加工するためには水や電気が必要です。この時点では、仙台近辺以外、どこも水が復旧していなかったので加工して販売することができなかったんですよね。帰り際、近くに住宅地が無い郊外型のホームセンターが営業しているのを見つけ行ってみると、意外と人が少ないです。おそらく震災直後に閉店して今まで開いていなかったのか、かなり商品が充実していますので、人がいない方が不思議です。電池、水、トイレットペーパー、ティッシュなんて山積みでありました。店長さんが入り口で目を光らせている以外は、特に入場制限も無く、1人10点まででしたが好きなものは買えました。人がいなかったのは、おそらくガソリン不足で車で出かける人が少ないため、郊外のお店に来る人がいなかったからでしょう。私ももっぱら自転車三昧でしたから。お店がいつ開くなんて情報も、この頃はありませんでしたからね。お風呂に入ってリフレッシュし、食料、生活用品を買い込み、今日は大漁です(笑)。【みっちゃん震災録(宮城)その23につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月04日
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JRが途中駅まで復旧し、今日は自転車の距離が一気に減って、40分ぐらいでした。それでも風が結構強く、しんどかったです。しかし電車は早いですね。バスや地下鉄で乗り継いで1時間以上かかっていたのが20分ぐらいで着きました。早く最寄り駅まで復旧してもらいたいものです。福島原発の放射能汚染水の海への流出が止まりませんね。冷やすことは続けなければならないので、流出元を止めるわけにもいかず、今も毎秒3Lぐらいの水が出続けています。昨日は紙おむつなどに使われている吸水ポリマーを水に入れていましたが、効果は全く無かったそうです。今日は汚染水を着色し、他の流出元を特定する作業が行われるようです。汚染水の流出が続けば、当然、海洋生物への影響も懸念されますから、早く止めてくれることを祈ります。海水の汚染が広がれば、漁業を立て直そうとしている三陸沿岸の方々を窮地におとしいれることになりますから・・・。さて続きです。【3月18日(震災から7日後)】今日で震災から1週間が経ちました。自宅待機で仕事にも行けず家にいましたが、生活のためになにかと忙しく、あっという間の一週間でした。いまだ電気以外はライフラインが復旧していないため、お風呂にも入っていません。携帯電話は電気が復旧して回復しましたが、いまだにかかりにくい状況は続いています。私のPHSはいまだに圏外ですが・・・。ガソリンが貴重な状況も続いておりますが、日帰り入浴の情報がテレビで流れていましたので、子供達の気分転換も兼ねて、近くの温泉に行くことにしました。お湯を沸かして体を洗うぐらいはしていましたが、すでに1週間。やっぱりお風呂に入りたいですからね。温泉に行く途中、薬局が開いていたので風邪薬を買いに寄ってみました。お店の中に入れたのは、震災以来初めてです。陳列棚は、かなり整理したようですが、床に液体が飛び散ったのか、今でもベタベタしています。水が復旧していないので、これ以上清掃は無理なんでしょうね。こちらは早くから開いていたのか、トイレットペーパー、ティッシュ、飲料、食料系はほとんど在庫がありませんでした。天井が崩れそうなところもあったので、そこの下は立ち入り禁止になっていましたね。でも、久しぶりに聞くピッというレジの音が、妙に心地よかったです。街並みを走っていると、意外と営業しているお店がありました。内陸部は津波の影響も無かったので、いつもと変わらぬ光景で、ちょっと安心できます。これだったら開店しても不思議ではありません。温泉に到着すると、あらら結構な車が止まっています。やはり皆さん、考えることは一緒ですね(笑)。旅館の方に聞くと、営業再開して数日だそうですが、午前中の方が凄い人数だったそうです。それでも食料を調達できないため、宿泊は中止しているようでした。仙台の方でも、都市ガスがまだ復旧していないため、源泉がある日帰り温泉施設は、ガソリンの行列並みに車が並んでいるそうでした。なにやら温泉に入るのに整理券が必要だとか・・・。それに比べれば、まだこちらは空いている方ですね。早々にお風呂に向かい、湯船に飛び込みたいのを我慢して、1週間分の垢を洗い流しました。気持ち良すぎて、頭と体を2回ずつ洗っちゃいましたよ(笑)。天然温泉は、ガスが止まっていてもお風呂に入れる!!さて、お待ちかねの湯船です。久しぶりに見る、たっぷりのお湯に感動しながら足を入れると、熱い・・・けど気持ち良い(笑)。そのまま一気に体をお湯に滑り込ませると、あまりの気持ち良さに「う~」とか声をあげてしまいました(爆)。お風呂に入って声をあげるのは、年寄り臭いとか思っていましたが、本当に気持ちが良いと声をあげてしまうんですね。このままお風呂で暮らしたと思いましたよ。結局、湯あたりする寸前まで浸かって、体の芯から温まることができました。被災地で自衛隊が作ったお風呂が、被災者にかなり評判が良いのもうなずけます。お風呂で気持ちが良くなると、元気も自然に沸いてきますからね。お風呂から出て、フロントあたりをウロウロしていると、おっと私的には嬉しいものを見つけました。それは、たばこの自販機です(笑)。電気が復旧した直後、たばこを求めて近くの自販機を回りましたが、考えることは一緒で、あっという間に売り切れになってしまいました。しょうがないので、売り切れていない外国たばことか買いあさったなぁ~。しかし、ここの自販機は、国産たばこもほとんど売り切れていません。そのため思わず、たばこレンコ?開始です(笑)。しかし、このレンコは1回410円ですから湯水のようにお金が無くなっていきます。5回ほどレンコした時点で神さんに見つかり、久しぶりに「絶望の眼差し」攻撃を受けてしまいましたが、それでもレンコ続行(笑)。12レンコほどで、カード切れいやたばこ切れになってしまいました。レアたばこは出ませんでしたよ(爆)。おかわりしようと、お店の人を呼びましたが、この自販機に入っているので在庫は終わりだったそうです。残念(><)。それでも、また10日以上、生き延び?られます。これを機会に止めろとか言われるのですが、逆にストレスの多いときは吸いたくなるのが心情なんですよね。今も4月からの発売中止に向けて、遠くの方にいろいろお願いしています(ねっかっぱさん(笑))。私にとって、たばこは救援物資なのですが、普通に考えると、なかなかお願いできる代物ではないですからね(爆)。温泉のお土産コーナーに乾麺や漬物が売っていたので、お土産用ではなく、食料用に買いました。ちょっと値段は高いですが、今の時期、並ばず買えるのは嬉しいです。泊まれるのであれば、湯上りのビールといきたいところですが、後ろ髪引かれる思いで温泉を後にしました。【みっちゃん震災録(宮城)その22につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月03日
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食料品は、カップめんなど一部の商品を除いて、かなり流通するようになりました。品不足と言われる電池や水なども、十分供給されています。ガソリンは、場所によって並んでいるところもありますが、以前に比べれば行列も少なくなりました。沿岸部の地域は、まだまだ品不足が続いておりますが、そちらももう少しで普通に流通しそうですね。しかし、雑誌などはいまだ流通していないようです。コンビニやスーパーなどの雑誌コーナーに本を見つけると、全てが震災前に発売された雑誌です。震災から、このコーナーは止まっているんでしょう。先日、週刊少年ジャンプに続いて、講談社でも週刊少年マガジンやヤングマガジンの無料配信を始めました。久しぶりにマンガを読みふけりましたよ(笑)。今回の福島原発問題の影響で、30km圏内に入っているダッシュ村では、スタッフ含め無事に避難が完了したそうです。今回、震災のお陰でライフラインが停止し、それを乗り越えようと、いろいろ学ぶことがありました。TOKIOが主体となって自給自足の生活を送るダッシュ村も、今の生活では学べない情報を放映してくれるので、結構好きだったんですよね。地震の被害は無さそうですが、立ち入りが制限されている地域ですし、おそらくこのコーナーは無くなってしまうと思います・・・。あきおさん、動物たちは、大丈夫かしら。さて続きです。【3月17日(震災から6日後)】この頃でも余震は頻繁に起こっていましたが、電気が復旧し、夜でも明るいところに居られるということで恐怖心もかなり和らいでいます。真っ暗な夜の地震は、本当に怖かったです。テレビで余震の情報も得られるので、普段の生活に戻ってきた感じがします。そのため、震災を振り返る余裕も出てきました。今までもいろいろ書いてきましたが、書き忘れたものを羅列しますね。LEDのライトは、どうしても拡散しないので暗く感じることが多いですが、コンビニ袋に空気を入れ、ふくらんだまま、ライトにくるんであげると、光が拡散し、蛍光灯代わりになります。LEDライトは結局、電気が復旧するまで電池を交換せずに持ちました。また、電気が止まっている状態では、ラジオが不可欠ですが、CDなどが付いた多機能なものではなく、シンプルなラジオがお勧めです。やはり多機能なものは電池の消費が激しいので避けたいものです。手回しで充電するタイプのラジオも良いですね。防災用のラジオは電池の消費を抑えるためシンプルで携帯的なものを!!それでも買い置きの電池が無くなって困る場面がありましたが、そんな時のワンポイントアドバイス(笑)。実はお子様のいる家庭では、あるところに電池が豊富にあるんですよ。それは、おもちゃ箱!!いろいろ光や電子音を奏でるおもちゃがあると思いますが、それを使い切っているケースは少ないと思います。おもちゃ箱から使えそうな電池を取り出したら、結構な量の電池が確保できました。おもちゃが無ければ、テレビなどのリモコンの電池を使うのも手でしょう。リモコンは消費電力が少ないので、結構中身が残っている可能性があります。家の中には、たくさんの電池が眠っている!!食料については、電気が止まると冷蔵庫が機能しなくなるので、生もの、要冷蔵のものから消費して行きましょう。でも、あまり無理して食あたりになる可能性もありますので、捨てるものは捨てましょう。冷凍庫に冷凍食品などがあれば、それが保冷剤代わりになりますので、要冷蔵のものは、冷凍庫に移動するのも手です。冷凍庫の状態にもよりますが数日間はある程度冷えてますよ。夏場だったら無理かな・・・。それの消費が終わったら、次は冷凍食品です。こちらは一度溶けてしまうと使えませんので、その前に食べてしまいましょう。自宅で冷凍したお肉、ご飯なども同様です。ただ、こちらも調理方法が限られているでしょうから、あまり無理して食べないことです。それらが無くなったら、乾麺やカップラーメン、レトルト食品などの保存食に手をつけましょう。うちは、この辺りで食材が入ってくるようになったので、なんとかなりました。そちらも無くなり、長期保管の缶詰などにまで手をつけたら、きっとご飯とみその生活でしたが・・・。災害のサバイバル生活?に、正解はありません。その時の場所、持っている物が違っていれば、おのずと正解は変わるからです。ただ、人の経験談はヒントにはなります。それを組み合わせて、自分の考えを導き出し、生き抜きましょう。【みっちゃん震災録(宮城)その21につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月02日
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今週は、かなり体を酷使して通勤していましたが、今日から自転車で30分ぐらいの駅まで電車が開通するとのことで、来週から通勤が楽になると思っていたら・・・。昨日は、うちの会社を心配したお客さんが会社にいらっしゃいました。立場上、放置して帰ることはできないので、久しぶりに食事がてら飲みに行きました。当然、その後に帰る事はできず、ホテルはまだ開いていないので会社に泊まり決定です・・・。いつもは賑わっている繁華街ですが、やはり交通の便が悪いのと、こんな時期に飲みに行ってる場合じゃないと自粛されている方が多いのか、かなり閑散としていました。それでも、お店は結構開いていましたけどね。私もこんな時期に飲むのは不謹慎だとは思いましたが、久しぶりに食べる刺身や肉などは、かなり美味しくて生きていることに感謝しました。でも、こんな新鮮な食材も流通するようになったんですね。でも会社のボトルが自信の影響で消失?してしまったそうです。棚に置いてあるボトルは、ほとんど落ちて割れてしまったようです。さすがにこのような状態では、ボトル代返せとは言えませんでした(笑)。飲みに行くのは久しぶりだったので、すっかり飲みすぎました。そのお陰で会社でもぐっすり眠れましたよ(笑)。それで話を戻すと、今日からJRが途中駅まで開通するので、いつもは地下鉄、バスで乗り継いでた区間を電車で移動しようと駅に向かいました。今まで立ち入り禁止だった仙台駅は、外壁の修理を行うのか足組みがされていて、通れないところが多かったです。それでも中に入ると、さほどダメージは見られず、ちょっと安心しました。しかし、駅の放送を聞いてガックリ・・・。線路の沿線にある建物が地震の影響で半壊していて、崩れて線路に倒れる可能性があるため、その手前までしか電車が行かないそうです。じゃあ帰れないじゃん、また歩き?と思ったら、その間はバス代行してくれるようです。良かった良かった。電車に乗ると、照明、暖房は節電のため付いていませんでした。関東の方でも、空調設備を止めている電車が結構あるみたいですね。まあ、この状態ですから節電は当然です。代行バスの中から、その半壊したビルを見ましたが、3階の壁は崩れて内部がむき出しになっており、確かに危なそうです。話によると徐々に建物が線路側に傾いているとのこと。一応クレーン車が来て、何か作業をしているようですが、これじゃ月曜日になっても開通しないんじゃないかな?来週もチャリで2時間かも・・・。さて続きです。【3月16日(震災から5日後)】スーパーに買出しに行って調達した、魚肉ソーセージと卵で目玉焼きを作って夕食で食べたら、なんて豪華な食事なんだろうと感動しました(笑)。体がタンバク質不足で欲していたのかもしれませんね。子供たちも美味しそうに食べてたな~。子供たちに食料無いんだから食べるなと言っても、食い盛りですから無理なんですよね。いつも足りなそうな顔をするので、私の分をあげていたら、すっかり痩せてしまいました(笑)。でも、もしかしたら体に良いことかもしれませんけど・・・。【3月17日(震災から6日後)】今まで暖房、食料、水の使用を減らすために、2家族1部屋で生活していました。しかし、電気が復旧したため、共同生活は終了となりました。ただ、5日間一緒に生活してみると、団体生活も良いなと思いました。プライベートが無いという面もありますが、避難所生活も共同生活で、いろいろ話をしたり、助け合いをしたりしていると、家でひとりでいるより気分が和らぐと語るお年寄りの方も多いです。とある市役所に避難していた方に対して、退去指示が出ているようです。これから学校が始まれば、退去指示が出る避難所も多くなるでしょう。仮設住宅などへの移動は、しょうがないことなのかもしれませんが、団体生活から一人の生活に変わり、将来を絶望ししたりして心の病になる方もいらっしゃるでしょう。この辺りを考慮して対応して欲しいと思います。震災後の心の苦しみは1ヵ月後にやってくる。心のケアを忘れずに!!暖房は電気が復旧したので使えるのですが、最低の温度設定にしました。東北電力の原子力発電所も現在止まっており、電力不足は関東と同じですから電気の使用を極力控えるようにするためです。室内でも厚着すれば、全然寒くありませんよ・・・と言いながら、すっかり風邪を引いてしまいました(笑)。前日に体を洗いたかったので、鍋でお湯を沸かして、水で薄めて体を洗いました。しかし、石けんを付けすぎたのか、想定量のお湯で洗い流すことができず、最後は水で流したんですよね。頭は洗いませんでしたが、最後は鳥肌が立っていましたよ・・・。そうそう防災グッズとして、水を使わないシャンプーを準備してみるのも良いかもしれません。ドライシャンプーと呼ばれるもので、髪にスプレーで吹きかけ、タオルでふき取るというものです。私は使ったことはありませんが、結構すっきりするみたいですよ。もし水が豊富にあるのであれば、ホームセンターなどで売っている投げ込みヒーターなどが使えるかもしれません。熱帯魚などの水を温める機械の大型版と言えば通じますでしょうか?水にその機械を入れておけば、温まる仕組みです。鍋でお湯を何回も沸かすよりは効率的かもしれません。早く水が復旧して、お風呂に入りたい・・・。【みっちゃん震災録(宮城)その20につづく】すみません。クリック協力お願いしますm(_ _)m
2011年04月01日
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