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長かった9日間の休暇が終わる。9日間と言っても、木曜日には9時から市の教育関連の会議に参加し、その足で日本企業とトルコ企業の訴訟で、トルコ企業が示談の話し合いをしたいとのことでアンタルヤへ来たので、弁護士のところで立会いをして1日がつぶれた。このトルコ企業の社長の言い訳がすごかった。自己中心的な言い訳と開き直り。そしてなんと自己評価の高いことか、評価というのは他人にしてもらえばいいわけで、自分でするのは見苦しい。これでビジネスマンを名乗って国際的な仕事をしているのかと思うと驚くばかりである。・・・っていうか、そうじゃなかったから、こんな金銭トラブルを起こすわけなんだけど・・・。日本企業がなにもできないと思って、示談話どころか、自分の都合のいい条件で収めようとするので、みんなあきれて口も開けなくなってしまった。お金を返すつもりはないんだろうな・・・って。こんなのと話をまとめようとする弁護士さんは大変だと思って聞いていた。あまりにも日本人を軽く見ているというか、甘く見ているので、私は単なる立会いなのに、なんだか腹が立ってきて、一言言いたくなってしまった、そこをぐっと我慢したのだけど、これが自分のことであるのなら、言ってやりたいことはいくらでもある。トルコでビジネスで、ビジネス以外でよく遭遇するのが、「自分だけが知っている」状態になる人がいることである。外国人相手だと特にそうなるのだろうが、どうせキミたちは外国人だから何もわからないだろう、自分はトルコ人だからよく知っている、だから自分が正しい・・・というヤツである。これはトルコでも教養のない人に限って使う手である。トルコで教養があるちゃんとした人たちはこんなことは言わないものである。そりゃ、ちゃんと自分で調べもしないで、一人二人の人の話を鵜呑みにしてしまう日本サイドにも問題はあると思う。トルコ人だからトルコのことを知っている、信用できるというのはビジネスの世界では全く通用しないと思う。でもおかしなもので、日本でだったらやらないだろうに、なぜかトルコとの取引では相手の言葉を鵜呑み状態でご商売をされている方もいる。知識がなかったりするから、鵜呑みにするしかないのはわかるけど、いまどきはお客さんの方がよく勉強していたりするから、それじゃごまかせないと思うのだけど・・・。商売にしている以上は、トルコ人の誰々が言ったから、たくさんのトルコ人が言ったから・・・・ではなくて、そのモノを見る目、またトルコのルール、法的なことまで知っているべきだと思う。言葉がネックだと思うだろうけど、そんなのいまどき、日本でだって公平な立場でトルコ語、日本語訳をしてくれる翻訳会社がいくらでもあるからお金で解決できることだろうし、官公庁でも英語のページを用意しているところもあるし、調べる気になったらいくらでも調べられる。これをしていれば、トルコ人の言葉を鵜呑みにすることもないだろうし、何が本当で何が嘘かもわかるだろう。ただ一般的に日本人は感情の人だから、一度親しくなるとトコトン信用してしまう。これはこれで素晴らしいことだし、信用するということが自然にできる国の民であることを幸運だとも思う(最近はそうでもなくなってきているのだろうけど・・・・)。でも正しいことと正しくないことを自分で判断できなくなるのはコワいことだと思う。特に恋愛関係では彼氏の言うことをそのまま信じ込む人もいる。これは感情の問題でもあるから、周囲の人の言葉は耳に入らないどころか、恨まれたりもするから、結局、見て見ぬフリになる。(本人もその時は反論するものの、いつかは自分の過ちや愚かさに気がつく時がくるのだろうけど・・・・)・・・で何が言いたかったかというと、こういうこと言う人たちの人間関係はあくまで1対1であるということ。第3者の存在を考えていない。だから相手に根拠のない話をする。そして自分だけが正しいことを言っていると主張する。それで相手が自分を信用すると思っている。でもここに第3者という存在があることを忘れている。また相手が自力で正式な文書を読んだり、公的なところに調べに行ったりする可能性があることも忘れている。よほど相手をバカだと思っているか、それとも誰が何を言おうとも相手が自分を信用するという絶対的なうぬぼれか・・・・・。でも事実は1つであるから、それを指摘され、自分がそれを覆せないとわかると、今度は開き直る。ビジネスの関係があるのなら・・・・。「オレのおかげでトルコと商売ができてんだろう」「オレがいたから、外国人なのにこんなに安く買えたんだぞ」「他のトルコ人と商売をしていたら、この価格の3倍で買わされていたはずだ。なぜならお前は外国人だから」「だから、オレに感謝すべきで、オレを信用しないなら、もう二度とトルコと商売ができないと思え」「オレに内緒でトルコと取引してもオレにはすぐわかるぞ」「お前らのためを思って、言ってやっているんだぞ」恋愛だけの関係なら・・・・。「オレのおかげでトルコに滞在できて、旅行者以上の楽しみを味わっただろ」「オレがいたから悪いやつに騙されずに済んだんだろ」「オレが何をしたっていうんだ? 他のトルコ人だったらもっとたくさんの金を出させていたはずだし、家を買わせたり、クルマを買わせたりするはずだ」「オレが信用できないなら別に構わない、オレを信用している外国人はたくさんいる。これ以上逆らうなら二度とトルコにこれないようにしてやる」「どこかに訴えたって、みんなオレのことを信用して、外国人のお前のことは信用しないから無駄なことだ」言うことはこんな順番でこんな内容か・・・・。そしてこれらの脅しが効かないとわかると、今度はいかに自分が大変か、どんなにいい人間か、不運な出来事をいくつかあげ、同情を買うようなことを言って、泣きが入る。あくまでトルコではちゃんとした人たち、きちんと商売している人たちはこんなこと言わないし、しない。トラブルを起こす人たちは、それ以外の人たちであり、だからこそ、トラブルが起きるんだけど・・・・。これに関しては国は関係ないし、どこでも起こりえることである。結論、これらのつまらない脅しを怖がることはない。吠える人間ほど何もできないものである。だから吠えているわけである。
2006年10月29日
ラマザンバイラム中は、親戚や知人・友人の訪問などがあって、みんな忙しいようであった。アドナン宅は我が家から歩いて2分かからない場所で、お母さんが食事に呼んでくれたりするので、バイラムの挨拶にとも考えたが、今回も遠慮した。彼の一族も親族の多い家で、長男であるお父さんのもとへ一族が挨拶に訪れる。広い家に座る場所がないほど人が集まるようだ。我が家のバイラムは世間とは全く逆で、とてもひっそりと静かに過ぎた。トルコに親戚がいなくてよかった・・・・って思うのも、こんなときなんだけど、プラス外国人だからトルコの風習しらないもんね・・・って特典も多いに利用させてもらう。さてアパートの駐車場に我が家のクルマだけが残った。みんな出かけているということである。2軒ほどの住人がいたようだけど、彼らの家にも訪問者が行ったりきたり。我が家へはチョコレートや飴を集めにくる子供たちが数人訪れたが、それも近所では留守宅が多かったのか、それほどたくさん来なかった。バイラム初日には親戚はいないけど、トルコの各地の友人・知人からメッセージが届いた。みんな忙しいだろうと、私は電話もしなかった。私と息子は、遊びに来たトルコの友人たちと映画に行き、クルシュンルの滝とドュデンの滝に魚を食べに行った。道は空いているし、映画館もガラガラ。滝には家族連れがピクニックに来ていたが、普段の日曜日に比べたら空いていた。ドュデンの滝を目の前にした川魚レストランがある。夏は気温が低く、とても気持ちよいところである。今の時期、寒いかとも思ったが、バイラム中は天気がずっとよく、半袖で過ごせる陽気であったので、涼しさが心地よかった。夜中にビーチパークに行き、海辺で寝転がった。深夜12時を過ぎているというのに、人の出入りが激しく、バーやディスコはトルコ人客でにぎわっていた。ビーチも寒くなく、石浜に座って、帰ろう帰ろうと思いながらも、あまりにもの気分のよさになかなか立ち上がることができなかった。25日までがバイラムで、26日と27日は学校が普通にあるし、世間も動き出しているようだけど、私はお休みをいただいて家にいる。息子が学校へ行っているので、久しぶりに(何年ぶりでしょう・・・・)ゆっくり昼寝をさせてもらった。明日は弁護士での面談と、市民スクールの会議があって出かけなきゃいけないけど、きっと店には行かない。強引に日曜日まで休みとるつもりでいる。こんな感じでラマザン・バイラム+休暇は過ぎていく・・・・。
2006年10月26日
日曜日の夜から断食がなくなる。そして月曜日から水曜日までの3日間はラマザン・バイラムで公休日になる。今日からの週末を併せて、5連休ということであるが、週末はまだ断食中なので、断食している人たちにとってはあと残り1日という感じ。でもバイラムに備えて、買い物に出る人で商店街通りはにぎわっていた。この不景気で今日、明日、稼がないといけない職種もたくさんあるわけで、なんとか景気が盛り返されるといいなあ、と思う。ところで私のパソコンがちょっと故障気味。ファンのトラブルだけなのですぐ済むのに、どこもかしこもバイラム前で忙しく、手をつけてもらえない。預けてもやってくれないから、仕方がないから持って帰ってきて、騙し騙し使っている。というわけで、30日ごろまでパソコンが使えないかもしれない。お返事などが遅れたりすることもあると思う。そんなときはミフリ社長のパソコンが調子悪いんだな。っと思ってください。そして私もバイラム中は休暇をもらいます。では休暇明けまでご機嫌よう!
2006年10月21日
来週の23日から25日までラマザン・バイラムで祭日である。その前の土日も入れると、今週末、つまり21日から世間一般5連休になる。日本でいう正月みたいなものだから、ついでに木曜日と金曜日も休みにして9日連休にする人もいるだろう。学校や官公庁は9連休になるのかどうか、私はまだわかっていないんだけど、稼動しない可能性もあるので、宣言しておく。(追記:木曜日、金曜日は公休日にならないそうです)今週の土曜日から来週の日曜日まで9日間は何も作業できないと思ってくださ~い。私は出かけてもそこらへんにしかいかないと思うので、メールのチェックぐらいはもちろんするつもり。でも官公庁がお休みとか、取引先が休暇をとってしまうと、手が出せませんので、急ぎの用事は今週中にお願いします。さてそういうわけで、今週は追い込み作業をしているんだけど、そのせいで今日はまだ出勤できていない。なんだかこのまま昼寝でもしてしまいたいんだけど、それもままならぬ・・・。せめて用事を残さないようにして、バイラム休暇は休暇として過ごしたい・・・。
2006年10月17日
今週の土日は仕事を休みにした。それで子供と映画でも見に行こうと思った。カーズっていうのですか? トルコ語タイトルはアラバラル(クルマたち)。最初はマクドナルドのおもちゃで知ったから、期待はしていなかったんだけど、私も十分楽しませてもらった。クルマのエンジン音やレース場での盛り上がりなど、気持ちを高揚させるものがあった。それで見終わってから、なんだかすごく不思議な気持ちになってしまった。その気持ちがなんなんだかわからなかったんだけど、ラストシーン、もしかしたら私が目指しているものがこれなのかな・・・って思った。実力はつけておきたいし、実際そうでありたい。でも表舞台に出なくてもいいし、末端の一流どころとおつきあいがなくてもいい。自分を求めてくれる人たちのために何かできたらうれしいし、打算的なつきあいや都合のいいときだけしかよってこない人たちよりは、心から友達でいてくれる人のためにその時を生きたい。私の商売のスタイルって実は商売になっていない。でもこの商売が生きる楽しみになっている以上、いくら商売だからといって、損得勘定やお金だけで自分自身を動かせないのも事実。人ってどこか、自分の生きる場所を探して迷い続けているところがあると思う。それが見つかるかどうかは運もあるだろう。でも見つかったときに去るか戻るかの決断はもう運ではないと思う。勇気もいることだろうし、他人の人生も背負っている立場であれば自分だけの意志では決められないこともある。自分の場所が見つかった人は幸運だと思う。
2006年10月14日
昨日は長袖の服などを着てみた。といってもキャミの上に薄手のカーディガン。室内はいいけど、これで外はちょっと寒かった・・。2日前の夕方に突然、天気が崩れ、雷を伴う大雨が降った。それまでは10月に入ったのに、汗かく暑さ。もちろん半袖とかノースリーブとか。夜も日によってはエアコンつけていたぐらい。それが昨日も雨が降ったり、やんだりの天気で、気温がぐっと下がったのを感じたわけである。断食やっている人たちにはこの寒さが身に応えたかもしれない。冬服着こんでいる人もかなりいた。このまま冬になっちゃうのかな・・・と思っていると、11月で晴れの日は気温38度なんていうのもよくあるから、今が着る服に一番悩む時期。とりあえず、羽根布団も出したことだし、布団のなかでぬくぬくするのを楽しめる時期になったなあ・・・なんて思いつつ、今日は徹夜仕事で布団のなかでぬくぬくをまだ体験していないミフリ社長であった・・・・・。・・・というどうでもいい話は置いておいて、そろそろ冬支度はしておこうかなと思う。ソーラーシステムの給湯設備を、ガスに切り替える準備。(ガスを買って置くだけ・・)。セントラルヒーティングの燃料準備。(灯油をタンクに入れに来てもらうだけ・・)。って何もすることはないんだけど、一番肝心なのは冬を越せる燃料費の捻出か・・・。悩みのセントラルヒーティングのバカ高い燃料代も、市の話によると来年あたりから序々に天然ガスがアンタルヤにも引かれるという話なので、あと2年の我慢である。アンタルヤの冬が短くて本当によかった・・・と思うけど、逆に冬が長いところは暖房のことをよく考えているから、意外と燃料費安かったりするんだよね、その上、室内は温かくなっていたり・・・・。ああ、夏には早く涼しくなればいいなあ、と思ったけど、寒くなり始めると夏がよかったなあ・・・って思う。ミフリ社長は寒いのは苦手である。暑い方がまだマシ・・・エアコンがあればの話であるが・・・。
2006年10月14日
6日にアンタルヤにまた新しいスーパーがオープンした。買い物をあまりしない私は気にもしていなかったんだけど、ちょうど日本語講座がある市の教育センターの隣にできたものだから、帰りに寄ってみた。事前のチラシの効果か、とにかく混雑していた。私たちが行ったのは4日目の平日だったので、それほどでもなかったけど、初日と土日はレジで30分待ちだった・・・なんて話。目新しいところで、食料品では、お惣菜コーナーがあったり、パッケージになったケーキやドーナツ類が売っていたり、冷凍食品が種類が豊富だったり、フルーツも南国ものが置いてあったりと、他の店よりおもしろい。冷凍食品ではエビやイカがあり、エビは1KG8YTL、イカは1KG5YTLと今までに比べたら安い。特筆するのは豚肉加工品コーナーかな・・・。さすが外資系のスーパー。ベーコン、ソーセージなど3、4種類だったけど、幅1メートルの棚が下から上まで全てがこれらで占められており、しかもご丁寧に「豚肉製品コーナー」と書いてあったりする。ベーコンは1KGで約7000円。高いんだか、安いのだかわからないけど、これで食べたいときにベーコンが買えると安心した。いままでもベーコンなどはスーパーでも売っていたことがあった。でも他の肉加工品に埋まって、「すみません、ベーコンです。」って感じでひっそりと。今回はコーナーまで作ってもらって、ずいぶん偉くなったものだね、って思ったけど、さすが興味で手にとる人はいても買っている人は見なかった。ラマザン月でちょっと勇気がいるかね・・・。食料品以外に、電化製品、文具、書籍、カー用品などが並んでおり、オープン記念のラップトップは999YTL(約83000円)もするにもかかわらず、すぐに売り切れになったそうである。まだオープンしたてで混雑しているけど、少し人が引いたらゆっくり買い物に出かけようと思っている。豚肉加工品コーナーに不快感を表す人がスーパーに抗議したりするのかなあ・・・なんて考えたりもするのだけど、これも時代の流れ・・・ってことですね。
2006年10月12日
昨日、日帰りでコンヤまで往復してきた。アンタルヤーコンヤ間は距離にすると340kmぐらいでたいした距離ではないのだけど、アンタルヤからマナウガットまでが海岸沿いのまっすぐな道を1時間、そこから山越えで道は以前に比べて広くきれいになったとは言え、約3~4時間はかかる。まあ、慣れた道なので、実際も精神的にも近いといえば近いのだけど・・・・。断食月はどういうわけか、警察のネズミ捕りが頻繁である。今回もコンヤまでの往復の道で6か所で見た。最近は対向車のトラックの運ちゃんがライトで合図してくれたりするが、私もアドナンもほとんど100km/hを超えることはないので、スピード違反でつかまったことはない。コンヤの絨毯屋仲間たちは、私たちが4~5時間でくるこの道を2時間でくると言うので、まさか・・・と話をしていたら、先日、その一人がスピード違反で捕まったと言う。いったい何キロで捕まったの? と尋ねると260km/hとの返事。こちらのクルマはリミッターがないから、出せるだけ出るんだよね・・・・そういえば。さてコンヤと言えば、宗教色の強い地域である。あんまりいろいろ書くと、偏見だと言われるかもしれないけど、書かずにはいられない。今回、訪ねたのは絨毯屋の一人だけど、もちろん彼も断食をしていた。といっても彼本人はあまり熱心なイスラム教徒とはいえない。それでも周囲の目もあるし、家族の手前もあるし、できるだけはするという。ただどうしても我慢できないくて、一度は食べてしまったというし、今日は私たちがいるから一緒に飯を食おうという。私たちは帰りがけにどこかで飯を食っていくから気にしないでくれ、と彼にはそのまま断食を続けてもらったが、近所の人に頼んでチャイだけは飲ませてもらった。いまでこそ、あの絨毯屋界隈でチャイを持ってくることも、それを飲むこともできるが、これが10年前であったら無理な話であった。チャイを運んでいるのを見ただけで、誰かが一言いうか、場合によっては殴られるかもしれない・・・。断食は強制ではないし、異教徒である外国人、旅行中の人、妊婦、子供、病人などは免除される。食事をしないだけでなく、喫煙、水分の摂取、薬、つばを飲み込みことなども禁止されているからである。それでも宗教色の強い地域では、連帯意識が強いし、とくにお年寄りの目は厳しいのだと思う。・・・といいつつ、コンヤは小さな町ではない、人口は70万人を超えるアンタルヤと同じ規模かそれ以上の大都市である。大学もあるし、町中を見渡せば、スカーフを被っている女性も多いけど、肌をさらした(と言ってもノースリーブがせいぜい・・・)若い女性たちが闊歩している。ただアンタルヤと違うのは、さすが断食月に外で飲食したり、タバコを吸う人が全くと言っていいぐらいいないということである。アンタルヤじゃ、断食月を意識することなく、外で飲食もすれば歩きタバコもする。全く気にすることがないが、その点はさすが違った。さすがコンヤ・・・・と。アンタルヤへ向かう前にどこで食事していこうか・・・・マクドナルドなら絶対開いているだろう、と街中のマクドナルドへ行った。行ってビックリ、すごい混雑であった。広い店内であるが、お客でびっしり。まず座るところの確保、列に並んでオーダーするまで約30分が過ぎた。お客の多くは子供連れの家族や若者たちであったが、中にはスカーフを被った年配の女性もいた。コンヤも変わったなあ・・・と思わずにはいられない。もうこの大都市で、断食をやらない人も増えて当然であろう。3年後にはこのコンヤですら、村はさておき、中心部ではかなり変わるのだろうと思う。マクドナルドのお客の中には喫煙目的で座り続けている人もいた。外で吸う人がいず、吸いづらいので、ここで吸っていくのである。私たちもタバコを吸い、アドナンにいたっては外へ出てからも火をつけた。誰にも何も言われることはなかったが、思わず冗談で「ここでタバコ吸っていたら捕まるよ」と言ってしまったほど、私の方が気になって周囲を見てしまった。もちろん断食は人のためにやるのではなく、自分のためであるから、人に影響されることではないと思うし、いままでの慣習として、断食をしている人がいたら、タバコを吸わないとか飲まないとか気を遣うことも必要であるが、実際はそれで断食ができなくなるというわけではないはずであるが、それにしてもトルコ人の断食月への意識もこの10年でかなり変わってきたと感じた。話は変わって、実はコンヤへ行ってきた理由は、とある絨毯問屋が借金を重ねて、その商品が処分に出たことである。キリム、絨毯、トゥル、絨毯ヤストゥック、倉庫にあるいいものを全部選りすぐってさらってきたと言ってもいい。火曜日以降に少しずつホームページに専用ページを作って掲載していくので、どうぞご覧ください。全てオールドキリム、オールド絨毯で、しかも安くて当然の品ではなく、いいものが、本当にこの価格でいいの!? というような値段ででますので、チェックをお忘れなく。
2006年10月08日
トルコのキリムのモチーフにはいろいろ名称と意味がある。名称は研究者たちが分類の都合上、勝手に名前をつけたものもあれば、実際に織り手たちにそう呼ばれているだけのものもある。同じ形のモチーフでも地域ごとに意味が変わって伝わっているものもある。その地域で独特なのは、今のように村間の交流がなかったころ、またテレビや本などの情報伝達方がなかったため、母親が織ったものを娘が見よう見真似で織ったことから来る。多少の工夫や個々のセンスは問われるものの、そのため同地域で同じようなモチーフのキリムが織られたのである。私はモチーフの学術上の都合でつけられた名称も意味も重視はしていない。呼称として使うが、そこにこめられている意味は組み合わせで考えることにしている。そのためのデータ収集はもちろん簡単ではないし、村を回ったときは必ず、その地域にあるモチーフの意味や色の意味、もう本人たちが意識して織っているとは思わないが、どう伝わっているか、またどう考えているかは話を聞くことにしている。そこからいくつかおもしろい話もでてくるし、村の女性でも下手に本を見たりしている人は「これってドラゴンのモチーフだよ」と説明してくれるけど、「そうなんだ。知らなかったなあ・・・ところでドラゴンってなに?」と尋ねると「見たことないから知らない」という答えが返ってくる。そのひとつにリンゴのモチーフというのがある。一般的には櫛とか目とかいわれているものであるが、リンゴのモチーフであるという話も数箇所の村で聞いた。どんな意味かというと、幸福の象徴なんだという。どうしてリンゴと幸福がつながるかというと・・・・。ここにひとつのリンゴがあるとする。そのリンゴの持ち主が「はい、これあげる!」と誰かにリンゴを手渡したとする。するともらった人はうれしい気持ちになる。その顔を見てあげた人もうれしくなる。たかがリンゴである。しかしそれが1つ存在し、それを受け渡ししたという些細な行為で2人の人が幸福になったわけである。幸福ってそんなことでも感じることができるという話である。場所によっては1つのリンゴを分け合うこととも言う。ところで話は変わって、最近、都会のトルコ人は変わってきていると感じる。昔、もしくは今でも農村部ではそうだけど、近所づきあい、助け合いというものがあった。しかし最近は日本と同じで、同じ建物内にいるのに交流もなければ、挨拶もしなかったり、ちょっとしたことで何かをお願いすると、お願いしたことを後悔する結果になったりする。これも当然の流れなのであろうが、我が家のあるアパートでも住人たちがそんなことを叫んでいたので気になった。うちのアパートは古い地区にあり、12軒あるアパートの10軒は持ち家で2軒が借家である。お年寄り世帯と持ち家であるという意識が強く、それぞれの勝手な主張で、波長が合わないのである。自分の意見が通らないと、だれかれ構わず嫌がらせをする人や、自分もさせられたから、あいつにもさせろとか、理屈の通ることならまだしも、お互いが気分が悪くなることばかりする人たちがいる。それがあまりにもしつこいもので、何も言わなかった人たちも何か言われるごとにけんか腰になるし、構えてしまっている。住人同士が実はとくに理由もないのに、警戒しあっている。私も正直いえば、アパートの住人と挨拶はするけど、不愉快になることが多いので、できるだけ誰とも深く関わりたくないし、何かあっても声を荒げない、知らないふりを通すしかない、と思ってしまっている。これじゃまるで日本にいたころの近所付き合いと同じだな、なんて思いながら・・・。でも考えたら日本の方がよほどマシであった。いっさい関わりがないし、誰が住んでいるかも知ることがなかったから温かい交流もない代わりに不要なトラブルもなかったなあ・・・って。それにしても私が好きであったトルコの一部分が、こんな形で壊れていくのを実感しなきゃいけないのは、なんとも寂しい気分である。最近、そんな小さな事件がいくつかあって、アパートの住人たちの間が険悪である。そんななか、買い物で外出したとき、アパートの住人のひとりであり、元管理人のアリおじちゃんと近所の水道屋のお兄ちゃんが立ち話をしていた。アリおじちゃんは、自分勝手な住人たち相手に公益費を集めたり、掃除のおばちゃんを手配して掃除をさせたり、ビルをきれいにするためにいろいろ尽くしてくれていた。でも公益費を集めるたびに、自己中心的な理屈で支払わない人がいたり、掃除をさせていてくれたおかげで建物がきれいだったのに、それに文句を言う人がいたり、共同設備を自分のものにする人がいたり、ほとほと疲れきっていた。よく「文句も言わずに、その日に公益費やその他の支払いしてくれるのはアンタだけだよ」と言われたものである。水道屋のお兄ちゃんも、うちのアパートの水道工事でかかわるから、住人同士のトラブルはよく知っている。間に挟まっていやになることも多いと思う。3人でため息とともに、別れようとしたとき、水道屋のお兄ちゃんが店の奥からまだ青いオレンジを持ってきて、1個ずつ私とアリおじちゃんにくれた。「今朝、フィニケ(地中海のオレンジで有名な町)から届いたばかりなんだよ」と言う。私は柑橘系は実は苦手であり、ほとんど食べることもない。でもオレンジを手にしてなんだかほんわりとした気分になった。ひとつのオレンジで小さな幸せを感じた瞬間であった。
2006年10月05日
カレイチの出入り口にゲートが設置されることになった。つまりカレイチにクルマで入るときは有料になるわけである。アンタルヤではコンヤアルトゥ海岸のビーチパークがクルマでの入場で駐車場代として2YTL(約170円)だったかな・・・? 徴収するシステムをとっているが、カレイチもそんな感じになるわけである。すでにゲートは完成していて、現在試運転中で無料。でも情報がまだ浸透していない分、ゲートの前で有料と思って、バックしてくるクルマがいたり、クルマの列ができてちょっとしたパニックになっている。カレカプスとウシュクラルのタクシー停留所の2か所が入り口専用で、ここでボタンを押して入場時間の書かれたレシート状の紙を受け取る。するとゲートが開き、さらに下のカパン(金属製の逆走を防ぐギザギザ)が下がる。出口はドネルジレル・レストランと、イエニカプの2か所。ここでレシート状の紙を渡してお金を払う(のだと思う)。ゲートにはカメラが設置され、ナンバーを読み取るらしいが、その他話はいろいろ飛び交っているが、どこまでが真実かはちょっと不明・・・・。さて、当然ながらカレイチに住居がある人や、職場がある人、またはカレイチ内に駐車場を借りている人、レンタカー業をしている人には特別配慮がある。パスカードを市が発行して、そのパスカードがある限り、とりあえず(と言っておこう)無料である。パスカードの申し込みが今週の月曜日から始まったが、何事にも準備万端のミフリ社長はすでに先週、書類をそろえた上でマリーナにある市の建物内での受付に行っていた。早いといわれたので昨日、出直してきたのであるが、受付している人がいい加減で、何をそろえるべきかわかっていない。例えば、職場がある場合、商工会議所が発行する業務内容証明書か区の開業証明書、納税証明書、クルマ(2台まで)のナンバーリストの入った申請書があればよい。先週は申請書は用意されているからここへ来て書き込めばいいと、と言われ、認印やら車検証やら、準備万端で出かけた。(配布されている紙に、申請に必要な書類は書かれているけど、トルコの場合、それプラスいろいろが現場で必ずでてくる・・・・)受付の警官がいて、書類リストを見ながら確認していくわけだけど、ところで申請書をください、と言うと、それは何だ・・・?と言うわけである。先週来たとき、ここにいた別の警官にそう言われた。というと、それは市役所でもらってくるものだ・・・と言う。なんで市役所・・・? と思ったわけで、市役所のどこへ行けばいいわけですか? としつこく聞いていたら、警官も他の係りの人も顔を見合わせるだけで返事ができない。で他の人の受付書類を確認しているもんで、私もそれを覗き込んだ。「ああ、自分で書けばいいみたいだ・・・」と警官と私が同時に言った。プリンターで印刷されたものだったけど、またここまで降りてくるのも面倒なので、会社の認印もあるし、手書きでもいいか、と聞いたら(いいわけなんだけど・・・・)、しばらく考えこんで、「それでもいい」と。だけど、ふと思ったわけ・・・。あとで手書きじゃダメだとか、いろいろ言われて、また振り出しに戻るのも嫌なので、申請書をパソコンで作ってから出直してくることにした。それでもすんなり終わるとは思っていないんだけどね・・・・。このパスカードのために、たくさんの人が申し込みにくるはずなのだけど、なんだか受付する側がシステムを熟知していないし、案内が不十分である。さらにマリーナまで足を運ばせておいて、これじゃダメだ、これをもってこい、これが抜けている・・・と行っては戻り、行っては戻り・・・・トルコ風に言うと「git gel」である。こういう面倒がないように、指定の書類を用意しておいて、書き込むだけにするとか、何か配慮してくれたらいいと、この手の作業ではいつも思う。私がよく行くところじゃ、博物館鑑定の申請、電話局、電気会社などの内容変更などの申請、税務署、市役所、区役所から書類をもらうときの申請書、銀行の内容変更の申請などなど・・・・公の場所では申請書が必要であるが、日本ではいったいこれらはどうしていたっけ? と思い返すと名前や住所など必要部分のみを書く書類が用意されていて、それを記入していただけだよなあ・・・って思う。ましてやトルコで、トルコ人で慣れている人ならともかく、何も書いていない白い紙を渡されて、「これに申請書書いて」と言われても、いったい何をどう書くのか、とわからなくて普通である。公的な申請書には宛名、日付、書き方などの書式が一応ある、それをいったいどれだけの人が知っているのか・・・・。15年近くもいて、会社を経営している以上、公的書類には慣れてはいるので、どこへ行ってもとりあえずトルコ語で書けるし、困ることはないけど、時々、役人の態度が悪かったりすると私も外国人あることを盾に言ったりするわけ・・・・。「この紙に、あたしはひっこししました。だからあどれすがかわりました、あどれすをなおしてちょうだい、ミフリ・・・って書けばいいわけ?」。そうすると文面を口答で言ってくれたりするのだけど、仕舞いには面倒になって、代わって書いてくれたりもする。これってトルコ人でも公的な文書の書き方とか、用語を知らない人には絶対かけないって、って思うんだよね。毎回、毎回、口答で言ったり、書いてあげるぐらいなら、名前と住所などを書き込むだけの申請書類を用意しておけばいいのに、って本当に思う。いずれはこういうことも変わってくるのだとは思うけど、時々、トルコの急激な変化についていっていない部分もまだまだあるなあ・・・って感じる。人が少なくて、誰かがしっかり面倒を見てくれる時間や心の余裕のある時代や場所なら、古いシステムのままでもそれもいいなあ、なんて思うけど、都市部じゃ、もうそれじゃ処理し切れない。今回はパスカード申請の話で終わってしまったけど、本当はこのゲートと進入禁止箇所、一方通行標識などで、カレイチの現状がどうなっているか・・・・書きたかった。それはまた機会があったらにする。ゲート設置やクルマの進入禁止箇所の指定などは、ケメルやシデの例を見ると、成功していると思う場合もあるけど、同じ方法がどこでも適切であるわけはない。実際にカレイチは寂れていく一方だし、店舗の空家率や空家期間が非常に高くなっている。ドネルジレルの後ろの通りなど、一時期は賑やかだったのに、今では40軒ほどあった店舗のうち、残っているのは10軒ほど。しかも空家が目立つし、放置されている状態で、通る人もいなくなっている。残りの10軒が消えるのも時間の問題であろう。それは私の店があるイシハヌも同じで、この建物が出来てから最初の店子が私で、今現存する店子も私と、私の1年後に入ったチャイ屋のみ。もうここで5年目になるが、その間、長い人で1年とか半年、短い人で1か月で出入りが激しい。さて、このゲート設置、クルマの進入制限が吉とでるか、凶とでるか・・・・。クルマを制限することは構わないと思うけど、これでカレイチに来るトルコ人の数は変わるし、レンタカーの外国人はカレイチを出るまでに1時間はかかると思う。それを経験した後、再度レンタカーを借りる気になるかどうか・・・。慣れている人だって、進入禁止の標識通りに走ると、とんでもないことになる。先日、店の前から駐車場までの道を確認するために走ったら、なんと目の前にあるのに、そこへ行くために、一度カレイチを出てウシュクラル通りを下り、他の入り口から入ってこなきゃたどり着けないということがわかって、思わず大笑いしてしまった。それでもカレイチの道をよく知っているからできることで、知らない人が迷い込んだら、道幅も狭いし、ユーターンも困難だから、出口のない迷路に迷い込んだみたいになるだろう。地域として考えれば、10年スパンの長い目で見たら、もしかしたらとてもいい結果を得られるかもしれないんだろうけど、駐車場の不足、入場料の支払いなどで来客が激減することは間違いなし。そうじゃなくてもここのところカレイチ自体の魅了がなくなり、そぞろ歩きする人もいなくなってきているというのに・・・・。今いる商人たちにとっては1年後にここで商売をしていられるのか、飯が食えるのかどうか・・そちらの方が重要であることも間違いないわけである。
2006年10月04日
日本ではNHKでトルコ語講座が始まったそうだが、アンタルヤでは10月開講の市民教育講座の1つとして日本語講座が始まった。このプログラム、市民のためのカルチャースクールだと思って甘く見ていたら、職業技術、趣味・教養を大項目に、コンピュータ、電気工事技術、絵画、音楽、語学などの各コースがあり、技術習得、失業対策も考慮された、かなり本格的なものである。講座を修了すると公式な修了証書ももらえる。(でも条件は出席率80%以上で試験を受ける資格を与えられ、試験で100点中45点以上を獲得した人のみとちょっと厳しい・・・・)講師たちの選考も厳しく、事前に説明会と、指導についてのセミナーなども開かれた。無料の講座だし、昼間の講座も多いので、どうせ来るのは暇な主婦や学生、定年退職者だろうと思っていたら、もちろんなんとなく来た人が多いのだけど、なかには資格取得のために来る人や職場から許可をとってくる人もいて、私の方が驚いた。定員いっぱいの30名。日本語を少しだけかじったことがある人は3名、あとは趣味として、もしくは日本への興味で習いにきた人がほとんど。男性女性の比率も半々。イスタンブルやカッパドキアなどの日本人客の多い観光地と違って、アンタルヤは日本語を習ったからと言って、どうなるという土地柄ではないし・・。そのなかにアドナンと階下のチャイ屋のオズギュルもいたりするんだけど・・・・・。初級は1日4時間週に2日で16週続く。さて最後まで何人残るのか・・・というのが、目下のテーマ。日本語に触れることで、日本のことを少しでも知ってくれたり、正しく理解してくれれば、まずは成功かな・・・って思っているところ。いまだにジャッキーチェンとブルスリーは日本人だし、香港、北京は日本の都市だし。侍はいるか?って聞かれるし・・、日本人はみんな空手をマスターしているとか・・・。・・・空手は知っているって思ってもらっていた方がいいのか・・・とも思うけど。
2006年10月03日
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