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イタリアで英語を話す人を見つけるのは難しい。ホテルの電話予約もイタリア人の同僚に頼んだ。旅行中も私はちんぷんかんぷんで、スペイン語の話せるジェイに頑張ってイタリア語っぽく話してもらった。私がボナセーラ(こんばんは?)しか覚えてないのに、みるみるうちに彼のイタリア語は成長していき、ともて役にたった。。。10月17日から24日でパレルモ, トラパニ, ファビナーナ島と回る。いつも机に座って仕事しかしない私は、27度の暑さを(イギリスよりぜんぜん暑い)急に動き回ったからか、頭痛に苦しめられる前半であった。後半はアスピリンと十分な睡眠で回復。パレルモついたとたんにイタリア料理店を探し出し、有名なカジキマグロや車海老のグリルを食べた。レモンチェッロを最後に出してくれて、大満足。パレルモはとにかく街がびっくりするほど歴史深い(古い?)。第二次世界大戦時の爆撃をもろにうけたためか荒んだ印象をうけるが、アラブ文化×ノルマン文化のミスクリオ(混合)文化の独特な街であった。次の日はパレルモ郊外のモンレアレ大聖堂へ。地元のバスを途中で降ろされ、そこいらのシシリア人に聞く。すると永遠とイタリア語で話し続けるではないか。「Sorry, I don't understand.」って英語で言ったって無視。もっともっと一生懸命イタリア語で話してくる。。。しまいには3人の地元の人たちが集まり、私達がどうやってモレアレまで行けばいいか永遠に話し続ける。。。不思議だった。。。そしてトラパニの港町へ電車で。2時間半もかかるんでピザを持ち帰りし電車で食べる。あのイタリア人のじいさんが作ったピザがびっくりするほどうまかった。トラパニで気づいたのだが、シシリア人は背が低い。少しごっつい、背の低いおじさんたちがおしゃれな服を着て、ものすごい手のジェスチャーをつけておおげさに話しまくっている。すごいのだ本当に。あちこちでやってる。次の日は、トラパニ郊外のエリチェへバスで行く。バスで山を登る途中、絶景が広がる。うおぉーと感動してる私達の横では、バスのチケット切りのおじさんが大あくびをしていた。ああ、確かシエスタタイムだったしね。(スペインのように、日中2時から4時までは店がほとんど閉まる。暑いからお昼寝時間。)エリチェはこれまたかわいい、山の天辺にちょこっとある歴史のある街であった。そしてファビナーナ島へ。ここはシシリアの西側にある小さな島。ハイドロフォイドフェリーで20分ほど。遠いためあまり外国人観光客はあまりいなかった。(イタリア人観光客はたくさん。)マグロの名産地であったが、近年のマグロ減少のためマグロ工場も閉鎖されてしまった。レストランで食べたマグロのグリルは異常においしかったが。インターネットで見つけたホテルがどこなのかわからない。また地元のスーパーの主人に聞くと、何とそこまで車で乗せていってくれた。小さな島では皆知り合いらしく、そこのホテルのオーナーとも知り合いだと言う。ホテルは何とも美しい楽園のような所。自転車を借りて島を回る。海が透明でシルバーで、う、美しかった。魚やカニがその辺で泳いでいる。洞窟があって入り込める。夜のサイクリングで見た夜景も最高だった。シチリア島がちょうど良い距離から見えるのだ。パレルモのマーケットで買ったカラスミ(マグロの乾燥卵)でスパゲッティーを作ってこの旅を思い出そう。
2005年10月01日
3連休を利用してブリストルのJパパママ宅へ久しぶりに訪問。ブリストルの街を観光に連れて行ってくれた。ブリストルの魅力はAvon川沿いの町並みである。おしゃれなカフェやパブが並び立つ。歩き続けると機関車が走ってるではないか。皆で乗り込み進んで行った。かの有名なBrunelが作ったS.S.Great Britainに到着。1943年建造の鉄製の蒸気船で、世界最初の外洋客船だそう。この船が実際に作られた場所にこんなに古い船を展示しているなんて、さすがイギリス。そして近道の野原をくぐりぬけカボットタワー(Cabot Tower)へ歩いて行った。1497年にニューファンドランドを発見したJohn Cabotの記念碑である。てっぺんまで登るとブリストルが一望出来る!イギリスらしく緑がたくさんの中に、きれいに揃った家並みがあちこち。素晴らしくきれいだった。最終日は私のリクエストで、ブリストル・ブルーグラスの工場見学。あのきれいな青色のグラスを実際に作っているのが見れる。Jパパママ宅の庭にはたくさんのりんご、プラム、ブラックベリー、ラナービーンズ、コルジェットなどが育っていた。皆で摘んで、箱いっぱいに持ち帰らせてくれた。私にとってはなんと8ヶ月ぶりととても久しぶりの訪問となったが、今回も本当に帰りたくなくなる位楽しかった。:)
2005年08月28日
アメリカに住んでるはずのジェリーに、一年ぶりくらいに街でばったり遭遇。彼はできるビジネスマン。大家さんだけあってアメリカにも家を買ったあげく、デュバイにも家を買いたいと言っていた。彼の「金持ち父さん」的精神は変わっていなく(色んなことしてて良くわからないが)常に自営業、もしくは異常に支払いが良い企業に短期で働く。私らがやっているエンジニアの仕事は今後どんどん減るとの助言をもらった。それは常日頃感じていたが、考えるだけで終わっていた。The World is flat という本を薦めてくれた。この二十一世紀の経済が個人レベルにどう影響するか、この本を読んで人生設計をもう一度考え直してみよう。
2005年08月21日
イギリスではロンドン、ブライトンなどの都市で、毎年巨大ゲイフェスティバルが開かれる。http://www.brightonpride.org/ブライトンに以前住んでいたS君たちカップルに誘われて、急遽日帰りで参加することに決定。彼らは「一泊して倒れるまで酔う」が目的だそうで、今頃どうしてるか考えるだけでも恐ろしい。ああ、帰ってきて良かった。:o仮想パーティーのように、ドレスを着飾ったり、中には海軍、陸軍、警察などなどのコスチュームもたくさん。感動したのはおじいさんゲイカップル。虹色のアフロと虹色のTシャツでペアで嬉しそうに参加。お年よりもたくさんいた。やはりテロを防ぐために何人かの(本物の)警察が立っていた。私は見た。ゲイの男性軍が、一人で立っていた(本物の)警察にウィンクしていた。警察は笑顔を返したが。それはニガ笑いか、それとも本当の笑顔だったのか。。。その後気まずそうに警察は違う場所に去っていった。とにもかくにも、帰ってきて本当に良かった。年のせいか酔いつぶれるまでなんて飲みたくない。その分ガーデニングしてたほうが楽しいし。
2005年08月07日
毎日面倒見てるトマト達が、ようやく色をつけてきた。5種類あるトマト、一番おいしいトマトは来年も育てようっと。上に住んでる、超コンピュータオタクのサイモンにも頼んで、彼の庭でもトマトを育てさせてもらっている。サイモンは庭が大嫌いでコンピュータのリナックスでプログラミングするのが人生。リナックスで、どうしてもうまく動かなかったコマンドの質問をしたら、一発で回答。一発で動き、感謝感激。こんな身近にリナックスのプロがいるなんてありがたい。トマトが育ったらあげるから、そのおいしさを教えてあげよう。トマト育てるのも楽しいって思ってくれるといいね。
2005年08月05日
今日会社でムキになってしまった。大仏様のように、何事があろうと穏和にしていたい。ムキになって頭に血がのぼり、相手を押さえ込もうとしてしまった。大仏様のように寛大にゆっくりと説明してあげれば良いだけなのに。ムキになっても意味がない。ごめんね、★さん。貴方が私に圧力かけたからいけないのだけれど、貴方は常に穏和だった。私もムキにならなければ、もっとうまく貴方を納得させる事ができたでしょう。そして会社でムキになるのはなんともアホらしい。
2005年07月28日
のほほーんと生きていたからまたしばらく日記更新していなかった。そんな時に起ったロンドンでのテロ爆発。犠牲者は、そしてその家族は納得のしようがない。ブレアさんがアメリカと一緒になって戦争してなければ、こんな事にはならなかったのだろう。戦争とは決してしてはいけないと、すべての人間が学ぶ事はできない。「目には目を、歯には歯を」と対抗しても、人間は馬鹿だから永遠に犠牲者を増やして行くだけだ。ロンドンだけでなく、世界中に広がる犠牲者の方々のことを考えると心が痛い。
2005年07月26日
最近仕事場で、イギリス人の英語の間違えに気づく様になった。We should of done it.これは正しくはWe should have done it.きっと小さい頃に耳から、発音で文法を習ったから書くとこんな事になってしまうのね。それとかis と are の間違えた使い方も多い。卒業したたてのロンドンから通ってる態度だけは異常にでかいやつ。そやつは isn't it (イニッ)って文法の語尾にいつもつける。I didn't know, isn't it! っておまえ、I didn't know, did I!だろーが。英国で生まれ育ち、英語間違えんなよ。ここは仕事場だよ。本当にこれで私の英語を少しでも批判したらすべての間違えをリストにして叩きつけてやる。私も昔は学生ですべての語尾に、イニッ とか メーン とかつけて話してた。ばかみたいにね。皆のまねしてたのよね。こう言う事にこだわってしまうのは、社会人生活が長いからか、それとも年をとったせいか。。。
2005年07月01日
日記やめてやるなんて思ったけど、その後も私の人生の中では楽しい事がぽこぽことある。寒い冬をやっと乗り越えて、生き返ったフロントガーデンは天国のように美しい。イギリス人がガーデニングをする気持ちがわかった。一日があっという間に過ぎてしまう短い人生、書き残しておかないといけないと感じ日記復活。6月15日から20日までのバルセロナへ行った。帰ってきたら気分転換になり、目の下のくまとかがなくなったような気がする。だってあの太陽の真下でスペイン人たちと楽しく過ごして、おいしいものたくさん食べて、Sonar Festival(ソーナ音楽祭=パルセロナで毎年恒例)も3日間通って、暗い気分も吹っ飛んだ。近くには大きなマーケットがあり、新鮮な魚やフルーツがわんさか!「カラスミ、カラスミ」とか言ってるマーケットのおじさんが試食に切ってくれた物体は、あの明太子を思い出させる風味。それって日本にあるカラスミってやつ?初めて食べたけど、何だか懐かしいんで一応買ってみた。えびを一キロ買って、友人のスペイン人達の家へ行きガーリックとレモンで炒める。彼らはパエーリャとガスパチョを作ってくれた。何とすばらしいホスピタリティー!ありがとう。Sonar ではたくさんの新しいアーティストを見た。イギリスで行われる Reading festival だとかは違くレベルの高さを感じた。酔っ払ってでろでろになってる人なんていなかったし、とてもフレンドリーなフェスティバルだった。ね、こうやって楽しかった事を忘れちゃう前に日記書いていこおっと。他人様を気にしてなんて生きてられない。私の大切な人生なんだから。
2005年06月26日
しばらく書いておりませんでした。理由は2月半ばからアメリカに一ヶ月行っていたため忙しくばたばたしてました。正直言うと、それだけが理由ではありません。あまりにたくさんの知人に知られすぎたホームページに嫌気をさしたりもするのでした。突然知り合いに「ホームページ見てるよ」と言われる事が多かったため、書く内容をコントロールしていた部分があります。知らない人たちのために開いたホームページであり、自由気ままに書きたかったから、それなら書かないほうがましと思い出してきたのです。しばらく休みます。
2005年04月20日
まさか自分がぎっくり腰になるなんて思わなんだ、腰が抜けるとはこの事。1センチ動くたびに「ああお!!」とマイケルジャクソンのように叫んだ。何だかわからないうちに下半身麻痺状態になっていくのは、非常に恐ろしいものだった。そのまま二日間経ち、痛み止めを飲みまくりJに車で病院へ運んでもらった。「ああお!!」と叫んでると、病院の先生は何とも同情深い方で「かわいそうに。。」と続けていた。痛み止めの一番強いのをお薦めされ、なるべく動きなさい、そして5日間たっても治らなかったら又来なさい。と言われた。ここで日本とイギリスの治療の違い。1.イギリスにはシップも腰ベルトもない。その代わり痛み止めをとにかく飲みまくる。2.日本ではぎっくり腰は絶対安静。動かさないようにするべし。しかしイギリスでは動かなきゃいけない。郷に入っては郷に従え。(When in Rome, do as the Romans do.)先生の言う通り、痛み止め飲みまくりのろのろと動き回った。5日目の今日、まあまあ歩けるようになったではないか。イギリス式も結構いけるじゃないか。シップさえあれば大満足さ。
2005年02月09日
今日は豆まき、私の誕生日。昨年より楽しく過ごした。会社の延々と続いた朝の会議、部長が「最後に何か言いたい事ある人?」と締めくくろうとした。シーンとした後で「今日は私の誕生日。」と言ったら、いくつか聞かれた。うー「23歳」と10歳サバよんだら全員がニヤっとした。会議終了。夜はタイ料理屋でJニャンとお食事。案内されたテーブルの横には、な何と日本人ビジネスマンが3人集まって仕事の話をしているではないか。イギリスのこんな田舎街のパブレストランで、日本人と隣りあわせで食事するとはめずらしい。辛いソムタム(タイの春雨サラダ)をほおばりながら、もちろん彼らの会話を聞いてみた。気づいた事その一イギリス支社の仕事のしかたはなってない。→経営悪循環気づいた事その二日本支社との連絡がうまくいってない。→英語がネック気づいた事その三ジェイムスが悪い。あー、楽しい誕生日だった。おばたりあんの年齢になってきたが、それもそれで良いだろう。神経がどんどん太くなってきたから悩み事も少なくなってきた。楽しくいこうよ33歳。:)
2005年02月03日
日記に全ての感動を残す事はできない。それ位素晴らしい旅となった。フィリピンのマニラにて、Maid of Honour という大役を親友の結婚式でする予定だったのに、イギリスを経つ前日にインフルエンザにかかった。会社で後ろに座ってた子は、ものすごいインフルエンザで出社してたんでおびえていたのだが案の定うつった。前日に大熱出して病院へ這ってくなんて、何とも運の悪い。ただのホリデーじゃなくて、一生に一度の大イベントなのに!抗生物質とありとあらゆる超強いお薬を飲み、そして吐き、Jに引っ張られながら根性で飛行機乗り換え、ドアトゥドアで約24時間。人間とは強い生き物だからめったな事じゃあ死なんはずと信じて。。。そして案の定Jにもインフルエンザがうつり、結婚式前に二人してホテルで休む事になった。素晴らしい結婚式だった。親友は家族として皆に愛されているのがとても良くわかった。珍しい植物や動物がたくさんいる会場は今まで見た事もないエキゾチックな雰囲気が満喫していた。両家族、親戚達は皆暖かく素敵な人たちで具合が良ければ、もっともっとたくさんお話したかった。心からおめでとう。その後は、フィリピンのボラカイ島へ。親友の親戚に招待してもらった素敵なリゾートへ行くと二人ともだんだん元気になってきた。プライベートビーチではほとんど人がいなく、まるまる4日間のんびり過ごした。フィリピン人は皆英語がうまい。テレビなんかではニュースでもタガログ語と英語を混ぜて話しているのだ。リゾートで働く若い従業員とたくさん話をした。彼らはとても純粋で、どんな生活をしているか、自国フィリピンの状況などを教えてくれた。めずらしい実がなってる木を発見。従業員の一人に聞くと、それは「スターアップル」という名前で、木に登って実を採っている近所の子供たちに頼んで2つもらった。生まれて初めて食べるスターアップル、ペトペトする不思議な味だった。ジョンジョンという近所のボートマンと値段を交渉して、船に乗ってスノーケリングにも行った。クロコダイル島という近くの小島のあたりはたくさんのサンゴ礁と色とりどりの魚でいっぱいだった。ダイビングでタイの海をもぐっていた私だが、スノーケルでこんなにきれいなスポットは生まれて初めて!クラゲにさされながらだったが、さされてももぐる価値あり。元気になった頃にはタイへ。ホテルは2人で一泊3千円ほどのところを予約していたため少し心配していたが、大きな立派なホテルで、部屋もきれいだし、朝ごはんもゴージャスで毎日快適に過ごせた。一日目はエメラルド寺院へ行こうと地図を見ていた私達に、大学教授という立派な外見のタイ人が親切に道を教えてくれた。ところが王の息子が津波で亡くなったため、今日はエメラルド寺院はセレモニーが開かれていて、一般人は入れないと言う。代わりに良い寺などを薦めてくれて、うまくトゥクトゥクを交渉してくれたんで私とJはそのトゥクトゥクに乗って去った。お薦めされた寺院の中でも、一人タイ人に話しかけられた。彼は銀行で働いていて二週間後に結婚するという。お嫁さんと来ていて結婚式を無事済ませるためにお祈りに来てると言う。その次に行った寺院でももう一人タイ人に話しかけられた。彼はそこの葬式に参加するために来たという。色々な話をしてる中に、3人とも同じ事を触れた。それはタイ政府が開いている展示会で、3人ともスーツを作ったそうだ。今日が最終日でものすごくいい素材が安くてなっているというのだ。実はこれはすべて詐欺師であった。そのトゥクトゥクがいくつかの寺院を訪れるのと同時にその展示会とやらでも止まるのだ。とはいうものの普通のスーツを作るようなテイラーであった。本当にあと少しで買いそうになった私達は、やっぱり高いよねっていうんでやめた。トゥクトゥクは私達をもとの大通りに送り返してくれるはずだったのに、次は旅行店、宝石店で止まった。ここで私達は、全てが詐欺だったと気づいた。調べたところこういったあやしいトゥクトゥクが多いらしく、しかしこんなに大人数で込み入った詐欺をしてくれるとは思わなかった。何も買わなかったからいいものの、危ないところだった。おかしな経験だった。「マイ・ゴーホック・ナ」タイ語で「うそをつかないでくれ。」という意味。覚えている価値あり?二日目からは、すべてのあやしい詐欺師を見分け快適に過ごした。マーケットでは本場のトムヤムクンやタイカレーを一皿200円以下で食べれるし、クイティヤオというヌードルは何と100円位だった。バンコクはなかなかおしゃれなデパートやマーケットも多く買い物も楽しめる。忘れていたタイ語を少しずつ思い出してきて、マッサージ師やタクシー運転手とのちょっとした会話を楽しんだ。一日ツアーに参加して行ったアユタヤは私にとっては8年ぶりほど。映画「King and I」で舞台になった、Bang Pa-in Palace も訪れた。ラマ5世が映画の主人公だったらしい。400年ほどタイの首都はアユタヤであったが、ビルマとの戦争が続いたことから首都がバンコクに移されたのは1782年。アユタヤは今でもタイの立派な歴史を残す。病気で始まったが、結婚式も無事に終え、フィリピンの島とタイの大都市を満喫し、たくさんの経験をして色々な事を考えさせる旅行となった。
2005年01月23日
前回の日記を見て気づいた。私ってもう一ヶ月風邪ひいてるのね。咳がまだ出てるけど、ひ弱でもやっぱり人間。自然に少しずつ治っている。風邪で病院行っても意味ないから行かず終いだった。クリスマスはJの実家で4日間楽しく過ごした。クリスマスプレゼントたくさんもらって、おいしいご飯毎日食べさせてもらって、ゲームしたり映画見たり、楽しくて帰りたくなくなっちゃった。また遊びに行きたいなあ。年末はひたすら仕事。そしてお正月三が日はおうちで静かに過ごした。肉体的疲れからか、31日夜はソファで寝むりこくってしまった。Jはテレビ見ながら「カウントダウンだよー」ってわくわくしていた。10分前に何とか起き上がった私はまだボーっとしてて、カウントダウンと同時にパシューンとJがシャンペーンを開けた。幸せな一年の始まり。今年はボーっとしてないで、ものになる一年にしたいものだ。こちらが my new year's resolution (今年の決心)。まずは会社に時間通り行く。(甘えるな!)ひまがあれば学ぶ。(学ぶ機会はたくさんあるぞ!)もっと運動する。(脳の機能を高め、血をきれいに!)1月7日から22日まではフィリピンとタイへ。友人の結婚式では Maid of honour という大役をする。新郎も新婦も親友にこの役を頼み、私の場合は新婦の横について色々助ける役。カトリック式のフィリピンでの結婚式。しかと大役を勤めて来るぞ。その後はタイを含め色々な観光プランを立てた。バンコクでは懐かしき本場のタイ料理、マッサージ、タイ人を堪能してくるのだ。
2005年01月04日
二日酔いに三日酔いが祟ったのか、免疫力が衰えていた私はどこからか風邪をもらってしまった。今週は2日も会社お休み、おまけに早退もし、世界一辛い悲劇のヒロインを演じていた。Jはお買い物したり、夜ご飯作ったり、生姜ティー作ったりたくさん面倒見てくれた。そ、それなのに私は鼻をだらだら流しながら、息が出来ないのが辛くて、そして頭痛もしたから、だから、我がまま言い放題し放題。ぶえーん、ぶえーんとかいじけて、ここが痛いあれが辛いと訴え続けた。人生の終わりのような顔をしてやっとこ出勤した昨日。ボス「そんなに体調が悪いなら帰ってもいいよ・・・・・」私「しかし私には締め切りがーーー!!!!!!」ボス「顧客には正直に説明するよ。」私「そんな事はできないーーーー!」(だってね、どうせ私が説明する事になるからね・・・)そして粘って定時まで仕事したのだ。ボス(申し訳なさそうに)「本当にお疲れ・・今日はもう具合悪いからパーティーは・・行けないよね・・・・」--->この日の夜は、前々から会社のクリスマスパーティがパブで予定されていたのだ。私(ニヤリ)「もちろん行くわ。それだけは逃せない・・・。」ボス(唖然)そして007(ダブル・オー・セブン)の仮装パーティーだったらから、Jはジェームスボンド風にシルクのベストを着こなし、私はスパイ風に探偵の帽子、シャネルのサングラス、スカーフを顔に巻きつけパブへジャーンと登場!皆普通の格好してる人がほとんどで浮いてしまった。ボスも唖然・・・とにかく大騒ぎして笑い転げて帰ってきら、風邪も吹っ飛んだようだ。今朝は妙に元気が良い。J、ごめんね。我がままばっかり言っちゃって。悲劇のヒロインになりきっていたんだ。今日は家の掃除して償わせて頂きます。。。
2004年12月11日
またもやクリスマスの時期がやってきた。二日酔いだったけど貴重な週末、クリスマスショッピングに出かけた。ロンドンなんかは大混雑で行く気にならない。先週はオックスフォードストリートに行ったが人の波で目がまわった。今週は列車で15分の近場、レディングで済ます事にした。クリスマス用のプレゼントがデパートに並んでる。イギリスの経済はクリスマスを大きく考慮してなりあがってるのだろう。普段業績悪くてもクリスマスまかなってるんだろうなあ。夕食のレストランも30分は待たされた。ピリ辛チキンを二日酔いに食べたら、汗だくになり気を失いそうになった。それでも食べ続けた。
2004年12月05日
最近会社に入ったS君に誘われて、花金の昨日は3パイント飲んだ。二日酔いで頭がボーっとしてる。額をJの背中にこすりつけてみると気分が良くなる。猫はいつも額をこすりつけてくるけど、いつも二日酔いなのだろうか。
2004年12月04日
球根って土の中で何倍にも増えていく。この前まできれいに花を咲かせていた球根を(Jが)ほりあげると、植えた時より何倍にも増えていた。チューリップなどの新しい球根を(Jが)買ったから、来年の春のために今から土に植えるのだ。枯れてしまった植物は抜いて土を(Jが)耕した。私はというと、出てくるミミズが怖いから、虫に出くわさない作業を探しつつ、ミミズ発見するたびに「ウゲー!!」と顔をくちゃくちゃにしてた・・・。野生の小鳥ロビンが遊びに来た。「わー、かわいい。:)」と思うと、実はそのミミズたちを食べにきていたのだ。「ウゲー!!」J「あのロビン、さっきはナメクジも食べてたよ。:)」私「うげー。。。」J「でも小鳥だから。。。」何はともあれ、フロントガーデンは来年の春の準備ができた。毎年球根は増えて、毎年どんどんお花は増えていくのだ。自然ってすごい。早く春になーれ。:)
2004年11月28日
いわゆるパソコンおたくを、英語で言うとcomputer geek。こんな geek(ギーク)が会社に良く見られる。だから分析をしてみたい。コンピュータを知り尽くし、見かけもそんな感じ(ひ弱なめがね?)ならギークとひとっくくりにしていたが、最近そうではないと感じる。ギークとは質問する人を見下す傾向がある。だから人に教える事ができない。そういうやつらは自分に自信がないに過ぎないようだ。プロのコンピュータ人と働く事になり、その人(自称ギークじゃない)がギークについてそう語ってくれた。この人は異常に何でも知っていた。わからない事があると不機嫌になるギークとは違い、知らない事がないのだ。こんな人はギークを超えたレベルと感じた。
2004年11月27日
これはイギリス人の象徴的な表現だ。There's no use crying over spilled milk.「こぼれちゃった牛乳の事を考えて泣いたりするのは意味がないさ。」起こってしまった事に対して、あせらず冷静に対応すべしという意味合い。'Keep a stiff upper lip'「唇をかみしめてー!」に似てるね。これもイギリス人の象徴的な表現だ。あー、とってもイギリスちっく。:)
2004年11月26日
突然思い出した。通った私立高校は異常に厳しくて、学友との飲み会等が見つかって停学をくらい、毎朝荷物検査で教員室通い、夕方は残さされて、家に帰ったら先生に電話。たまに集会で、全員で自衛隊みたいに行進させられたよなあ。スカートの長さチェックがあって全校生徒並べて、先生が床から何センチと測っていく。これが由緒正しい昔ながら続くやり方らしいけど、皆背丈違うからばらばらのスカート丈になっちゃうわけよ。そんでもって全校生徒がおさげさせられて個性を奪われる。前髪をドライヤーでカールして行ったときは、怖い体育会系の短髪女教師に教員室へ連れて行かれ、水道蛇口で頭に水ぶっかけられて、パーマかけてないかチェックされた。担任の新前先生は「私に権利があればこんな状況を阻止できる!」とかもらしてて、結局何にもできない型にはめられたお嬢だったし。あの時から型にははまらない人生が始まったんだろうな。くっだらない校則に縛られないで、軍マーチみたいのしないでもね、私はこんだけ出来るんだよって見せるためにいっぱい頑張ったもん。(今はぐーたらだけど。。。)言う事聞いて軍マーチしてたら、ぼやけた人生を正しいと信じて日本で生きていた事だろう。
2004年11月24日
深呼吸してフロントガーデンのお手入れをした。シクラメンとゲラニウムの種を採り、リビングのテーブルで乾かす。来年の春までビンに入れておこう。小さなポットたくさんで育てようかな?それとも大きなポットに他の植物と一緒に育てようかな?育った花を想像してふわふわ気分になる。---------------------------------------窓のないビルで働くから、一人が風邪をひくと10人にはうつる。(Jもうつった。。。)休みだらけの仕事の抜けをカバーしようと1週間ひたすら忙しい日々を嵐のようにすごした。昨日だって花金だってのに夜10時15分まで会社にいたのさ!---------------------------------------今週末はあ、来年の春のフロントガーデンのデザインを考えてえ、The curious incident って本を読んでえ、時間がなくて出来なかった食料買出ししてえ、おいしいもの食べてえ、あとー、あとー、のんびりゆっくりほんわかすごそーっと。:)
2004年11月13日
今週末はJのお誕生日会とハロウィーンにあけくれた。11月1日がお誕生日なのだが、10月31日のハロウィーンと合わせお祝い。彼の昔ながらのお友達がやってきてくれて、イギリスレストランへ行ったり、おうちでカボチャパイ作ったり、大酒くらって今週末を過ごした。「トリック・オア・トリート?」(お菓子くれないと魔術をかける)と魔女やお化けの衣装を着て、近所のかわゆいお子ちゃま達もおとずれてきた。あの家はチュッパチャップスをくれるとでもうわさがたつのか、次から次へとやってきた。Jはデビルの角(買っといた)をつけて「うぉー」とドアを開けたが3人の子供たちはじーっとお菓子を待っていた。次に来る子供をびっくりさせるために顔メイクアップセット(買っといた)でJはドラキュラメイク、私はフランケンメイクをしたたが、次の子は現れなかった。来年はもっと早めに準備しておこうね。31歳になったJ、去年とあまり変わらないそう。気持ち的には15歳らしい。私は気持ち的には(体力のない)22歳くらいかな。何はともあれ素敵な年になりますよーに。:)
2004年11月01日
今日はロンドンのライミングスラングを覚えた。テレビのトーク番組に出てきたロンドン出身の女優が何気なく口にしたのは、「the whistle」これで「スーツという意味。」イギリス人にはすぐわかるらしい。そこで今日は(いつ使うんじゃーという感じだが)ちょっとした言い回しをテレビで聞き逃さんようにお勉強。My trouble and strife will come to pick me up in a jam jar wearing a whistle and flute. Oh have a butcher's hook at the apples and pears! That's her!これはコックニー・ライミング・スラングを5つ入れてある。実際の意味は。。。My wife will come to pick me up in a car wearing a suite. Oh have a look at the stairs! That's her!
2004年10月29日
近所のフィットネスクラブのヨガクラスに、本日だけ参加してみた。心と身体の運動。最後には内臓をマッサージしてみてなんて言われる。最後に先生に「あなたうまいわよー」ってほめられた。確かに初めてなのにコブラのようにつま先と頭がつけそうだった。なは、ちょっとうれしいのだ。毎晩コブラやろうかな。
2004年10月22日
これを英語で言うとこうなる。Many a mickle makes a muckle.1614年から使われているスコットランドから来た表現。mickle は地方では「大量」という意味。muckle はそれをひねって発音してるだけ。スコットランドのなまりで練習すると味がでるかも。ほとんど使われてないらしいけど、だからこそ覚えておくと会話がはずもかもね。次の表現はもっと頻繁に、お金に関して使われる表現である。Look after the pennies and the pounds will take care of themselves.似たようなもので一番簡単に頻繁に使われるのはこちら。Every little helps.
2004年10月20日
良くある水道の蛇口が緩んで、水がぽたぽたたれる現象が起こっていた。しかも2箇所から。Jが修理しようとしたら、水道管が古すぎてうまく回らない。ぽたぽた直らないで蛇口がそっぽむいちゃった。緊急で来てくれる水道屋さんに連絡すると、1時間85ポンド(約1,7000円)と言われ、何とか1時間内で終わるようにJは段取り良く説明。ぽたぽた2箇所プラス、配管が悪い箇所を発見解決してくれた。イギリスのPlumber(水道屋) は儲かるらしい。セントラルヒーティングの家がほとんどで、これも彼らのお仕事分野である。しかも歴史の長い建物が多いため配管も昔ながらのもの。そりゃあ壊れるわな。特に季節の変わり目は、温度変化により配管内で問題が起こりやすく、Plumber(水道屋)は大忙しらしい。てなことで彼らの需要は高い。新しい家よりも古くて雰囲気のある家が好まれるイギリスでは食いっぱぐれないだろう。Plumber(水道屋)のおやじを見て、実は私もPlumber(水道屋)になりたくなった。金に困ったら夜な夜な水道修理しに行って、1時間85ポンド(約1,7000円)もらえるんでしょ。かっこえー。
2004年10月19日
世界的にIT企業は厳しい状態に立たされているもんだから、私もふーふー言いながら仕事してる。何でも時間計ってね、時間との戦い。早くやったからって間違えは(私としては)許されない。ぽーっとしてるようで一生懸命働いてるのさ。日本でのホリデーは楽しかったなあ。といってもスケジュール的にはホリデーのほうが断然ハードだったか。ははあまりにもふーふーしてる自分に気づき、仕事中日記更新。あんまりふーふーすると長生きしなさそうだしね。あー、落ち着いてきた。今日は晩御飯、日本から買ってきたそばつゆ使ってそばでも作ろうかな。あ、ボスが来た!
2004年10月15日
最近タイ人が二人も仕事場にやってきた。彼女達は英語が達者だが、私はどうしてもタイ語でお話してみたくなる。初対面の人にはおどけられない私は、仕事中も英語で話し続ける。だが先日、ついに言ってみた。「コップンカー(ありがとう)」しかもあのタイ式に顔の前で手を合わせながら言ってみた!「コップンカー」とあっさり返ってきた。そうよねー、タイ人だものね。ほとんど(全て?)忘れてしまったタイ語を少しづつ思い出して、今度はもっと込み入った事を話してみたいな。仕事がらか暗ーい感じの人になっちゃたから、人と仲良くなるのに異常に時間がかかるけど、そのうちね。ふふ そして彼女達の席位置を確認。あー、あやしい?ストーカーっぽい?そして次回のチャンスをうかがうのであった。これが小さな幸せである。「プー・パーサータイ・ダーイ・ニッノイ・カー」(タイ語が少し話せます。)
2004年10月06日
乗り継ぎ便で意識を失いそうにもなったが、無事生きて戻って来た。おおげさに聞こえるが本当、イギリス到着寸前、頭や歯や目やほっぺと痛いところだらけになり手でおさえまくってたのである。いやいや充実した日本帰国であった。とんこつラーメンを食べそこねたが、黙想して忘れるようにしよう。あの原宿のじゃんがらラーメンを食べそこねたが、夢の中で食べよう。うう。。。
2004年09月28日
そして今日も夜な夜な日記更新。今日はお気に入りの洋服屋さんへ行った。むこうは覚えてないのだろうけどいつもの店員さんがアドバイスをくれる。私よりもそうとう若い、とっても良い感じの女のコ。私を「おねえさん」と呼ぶ。考えてみると日本にはたくさん女性の呼び方がある。おじょうさんおねえさんおくさんおばさん(あともっとえげつないのもたくさん。)イギリスのお店では、マダムと呼ばれる事が多いため「おねえさん」という呼び方に反応してしまった。「おねえさん」も良い響きだ。おくさんやおばさんと呼ばれなくて良かった。(まあね、おばさんなんて言われたら二度と洋服買わないけどね。)おばさん呼ばわりされる事を気にするのは私だけ?イギリスでは年齢を差別する呼び方存在しなから、その分得した気分で生きている私なのであった。いっその事おばさんなんて日本語なくなっちゃえばいいのにね。差別用語だと思うんだよね。
2004年09月24日
もう夜中の3:00だよー。また眠くない。おかげでねテレビでたくさんバカ番組見れたんだけどね。それからF1の佐藤琢磨君がインタビューされてて、始めて英語じゃなくて日本語話してるのを聞くこともできた。何てお上品にお話をするのでしょう。レース中チームメートの指示に従がったがために失敗した話も悔しそうに正直にしていた。これからは自分が思ったら絶対指示に従わないなんて言ってた。「うーんわかるわかる。似たような事わたしにもあるー。そうよねー、そんなのイギリスじゃ従わなくていいんじゃない?結果出せばさあ。」なんて心の中で応援しちゃうのだ。てなところで今日の日記。今日は本屋さんを徹底的に責めた。イギリスじゃあ倍以上する日本の本が原価で買えるのはまるで天国。まずは自己中人間にならんように、自分のものよりもJ君へのおみやげ漫画選び。「あやしい漫画を買ってきて。:o」と頼まれたが何がいいのかわからない。まわりは小学生がうろうろしてる。とっつかまえて「何が人気あるのー?」と聞いてみようと思ったが、日本では最近おかしな事件が沢山あるようだから戸惑った。子供が川に突き落とされて殺されたり、自分の親が殺されて警察に犯人扱いされて嘘発見器かけられてひどい目にあったり。逆カルチャーショック気味の私はあたりを見渡してまず1.その子達の親がいるのかどうかチェックした。2.そして誘拐とかと勘違いされないかなあと少し不安になった。3.そんな気軽に話し掛けられないならやめよう。という結果が出た。4.そしてホラー漫画に決めた。(なんじゃそりゃー!)まあいい。あー!もう寝ないとまた明日昼まで寝ることになる。おやすみなさい。
2004年09月23日
二時間半しか寝れなかったけど、お墓参りに参加した。ちょうど良い時期に日本に帰れた。海外に住んでいるとなかなかこういった行事に参加できないでいる。帰りはね、やっぱり日本食。最近、味よりもお店の作りや器のすばらしさを売り物にする飲み屋が人気あるらしい。確かにおしゃれだけど、すべての品が異常に小さい。きれいに飾られているけれど、すべて一口大だ。アメリカ人が行った日にゃあ「ふざけるな」と苦情が来るだろう。いっくら食べてもおなかいっぱいにならなかった。でもね、まあね、きれいで私にとっちゃあ大ご馳走でやした。
2004年09月22日
やっぱり朝8時にやっと眠くなりそのまま昼の2時まで爆睡。夜はMMちゃんに会いに恵比寿までやっていく。やっぱりね、彼女は人間が出来ている。いつも私のお話を聞いてくれて親身になってアドバイスしてくれて、お姉さん肌。すれた部分は見られない。世の中には色んな人がいるものだ。私もこんな風に人間の出来た人になりたい。しかしあの焼き鳥屋うまかった。正月にも一緒に行った思いでの場所。その次の喫茶店の980円のケーキセットもまじうまかった。あんなところはロンドンにはありゃーせん。また帰国したときは一緒に行こうね。:)さて、こうやって夜な夜な日記更新してないで寝なければ。もう夜中の2:30だ。めちゃくちゃ時差ぼけにはまってるわ。
2004年09月21日
甘く見ていた。暑くて寝れない。しかも時差ぼけ。真夜中なのに目がさえてどうにもならない。いつものように夜中はテレビ、昼間は寝てるというパターンの帰国にはしたくない。とりあえず、日記更新。今日たまたまお祭りを見た。ひょっとこのお面をかぶった人達がお神輿の上で和太鼓や笛のリズムに合わせて踊っていた。日本の古き良き伝統文化に出くわすなんて私って何てラッキーなの!と笑顔になってしまった。どうしよう。まだ眠くない。とりあえずテレビを見るか。
2004年09月20日
やっぱり乗り継ぎ便は辛い。もう少し年取ったらまじで無理だな。内臓が機能しなくなるだろう。朝6:30起きでロンドンからオーストリアまで、そこから東京まで飛ぶ。ドア・トゥ・ドアで20時間なり。飛行機の中でも睡眠薬飲んだけど、そんな座ったまま寝れないっちゅうの。日本時間に適応するためそのまま起きっぱなし。家族にたくさんのデジカメ写真を見せてると「草の写真ばっかり」と途中から兄が見るのをいやがった。「これらは普通の草じゃなくてそれぞれ違った植物なんじゃー。」と思ったが東京人にはわからんじゃろうと思い心に留める。その後近所へ探索。帰ってくると「何を買ったの?」と母。「自分で作るヒヨコのマスコットキーホルダーと、あとは安いお漬物とうめぼし探してた。」と私。唖然とした母は「あんた。。。そんなくだらないものばっかり買ってないで、もっと洋服でも買いなさいよ。」ぼろっちい服を着て疲れ果てている自分に気づいた。明日は洋服でも探すかな。なぜかもう寝てOKな今は全く眠くない。どうしよう。明日もこんなにぼおおっと時差ぼけのまま、久しぶりの東京を探索するのだろう。余計東京が浮いて見えるんだろうな。
2004年09月19日
るるるんとショッピングからの帰り、車を駐車中に見たものは巨大な真っ黒な煙!会社から徒歩2分に住んでいて、巨大な煙は会社のほうからやってくる!やじ馬根性まっしぐらでJは片手にデジカメ抱えて会社方面へ走った。その間の会話。。。We'll all lose our jobs!! 「皆、無職になっちゃうよ!」そして密かに脳裏に走った思い。。。This can be a good opportunity for a new start. 「まあ、これも新しいスタートには良い機会かもね。」ところが火がついたのは会社ではなかった。もっと奥まった辺りからだ。火の粉が飛んでいた。あまり近づくと危ないからと遠くから警察と消防隊員を見守る事にした。どうやら週末中、ある工場前に積み上げられていた木材に火がついたようだ。木材が勝手に燃えるとは考えられない。子供か Chav (チャブ。最近新しく出来た言葉。日本で言うヤンキーのようなやつらで、スポーツ帽にヒップホップのようなだぶだぶのダサい服を着た少年達。この近所に多いのよね。)による放火だろう。会社じゃなかったのね。そうか、もうしばらくあの会社のお世話になりそうね。それも人生。
2004年09月11日
バンクホリデーの月曜日、また近所にお散歩へでかけた。へーゼルナッツがたくさんなってる小道を見つけ採りまくった。大きいのを見つけるたびに「あー!」と叫ぶ。採ったナッツでいっぱいになった袋がどっしりと重くなった。そうこうしてるうちに夕方遅くになっり、もうナッツの木を見つけても見ないようにして急ぎ足で歩いた。すると(やっぱり)森林で迷子になった。Jは怖くなったのか、ちと不機嫌になり私にぴったりくっついた。なは、かわいいのだ。先を読めない私は怖くなかった。一時間位迷いすっかりあたりは真っ暗。そして真っ暗な森林を歩く事になった。いきなり私も怖くなった。私「怖いよーー。」J「ブレアー・ウィッチ・・・」げろ、怖いのだーと二人で真っ暗な森林を爆走した。そして無事もどることができた。たくさんへーゼルナッツ採れて良かったね。:)
2004年08月30日
ロンドンで知る人ぞ知るフェスティバルに行った。キングスクロスという駅から5分ほど歩くと、線路沿い地帯にて TDK Cross Central Festival が開かれていた。まず楽しませてくれたのは、NYからやってきたFreestylers (DJ Set feat. Sir Real)。さすがニューヨーカーはエンターテイメントという言葉をよーく心得ている。Fu** Off I scrach betterと書かれたTシャツを着たお兄ちゃんが足でレコードをスクラッチしてる。そのDJ兄ちゃんに紹介されて出てきたのは、ほんまもんの Human beatbox (Human dram machine)。信じられないほどの音が生の身体からでてくる。きょーえー、こんなやつ生まれて初めて見たのだ。観客が皆一体になり、これは芸に近いものがあった。私もはしゃいで倒れそうになった。次に見に行ったのは Tom Middleton というDJ。彼も有名なDJである。DJボックスの中を覗き込んでたら、おもしろい顔をしてこちらに視線を送った。ひえー、有名な Tom Middleton がこっちを見ている。「のらなければ、のって踊りまくらなければ。」と変にDJに対して気を使い、また倒れそうになるまで踊った。終電ぎりぎりで帰ってきた。あー、楽しかった。いい運動になったのだ。
2004年08月29日
出張でJがいなかったから一人の食事となった。ここぞとばかりにご飯と山盛りのキムチを食べた。駅までお迎えに行ったら、Jだけでなく他の同僚も一緒だったのが計算違いだった。車がキムチの匂いまんまんになったため、雨が降ってるのに窓を全開にして知らん顔して同僚を家へ送った。Jと私だけになりあわてて「キムチくさいーーー?」と聞いたら「ぜんぜん臭くないよ。」と相変わらず優しいのであった。
2004年08月25日
お料理中、雑誌で読んだ「フランスのルイ12世」の話をJにしてみた。イギリスのメアリーという、ヘンリー8世の16歳の妹がルイ12世に嫁いでちょっくら悪さをするという、これだけでややこしいお話であった。料理中のパスタはできあがりそうでばたばたしてたし、難しいフランス人の名前はすべて、HeとSheに置き換えていた。自分でも何を言ってるのかわからなくなったが、できあがったパスタを食べながらしゃべりまくった。しかしJはテレビのオリンピックをちらちらと見て、私の話に集中していないのに気づいた。私「私の話はつまんないもーん。」J「だって、HeとSheばっかりでよくわかんないもん・・・。でもおもしろいよ・・・。」かわりにオリンピックを見てパスタを食べた。食べ終わってからしつこい私は、雑誌のルイ12世のページを見つめていじけた顔を見せてみた。J「あ、聞きたい、聞きたい。話して。:)」そしてもう一度お話始まり。今度はHeとSheを使わずに雑誌を見て人名をつけてゆっくり指差しながら話した。ごめんね、聞きつかれたよね。でも話したかったのよー。これからは、むやみにHeやSheを使ったり、ItやThatに置き換えないようにしようと学んだのだ。自分でわかってても相手にわからないなら置き換えてはいかんね。(前から直そう直そうと思いながら、不精なもんでなかなかねえ。)
2004年08月23日

そしてまたウォーキングにでかけた。昼ごろ起きてぐだぐだしてたら4時頃になってしまったが、まだ外は明るくお天気も良かった。ウォーキングガイドの Aston and Remenham というコースにチャレンジ!3時間ほどテムズ川沿いと森林を歩くコース。何回見ても美しいイギリスの田舎町。幸せ。:)この辺りには National Trust convenants といって国に守られている地帯もある。人間の手を加えずに自然をそのまま残し、植物や生物を自然のまま残す目的だ。私達も立ち入り禁止だった。だからきれいなのね。
2004年08月21日
運動のため卓球に参加した。車で10分位のところに大きな卓球場があり、うまい人ばっかり(おじ様が多かった)。3人で行ったけれど、超うまいドイツ人のO君は他のおじ様に誘われてびしばしやっていた。ヨーロッパ人はラケットの握り方がアジア人とは違う。ラケットも握る部分のデザインが少々違った。私はというと、ボール拾いしてる方が多く次の日足が筋肉痛になった。5年ぶりにしちゃあぽこぽこ打てたかな。サービスでビスケットと紅茶があるよと聞いていたから、ビスケット探しをしに受け付け辺り行ってみたがなかった。ビスケット食べたかったな・・・。なは
2004年08月19日
昔ビジネスコース(寝ないで勉強したコース。こんな私にそんな時もあったのねー。。。)で一緒だったHさんが日本から遊びに来ていた。うちの近くまでやってきてくれたので、この辺りをガイドした:)田舎町のパブに、川沿いのウォーキング、プラム採り。久しぶりにたくさんお話をした。「フランス人は超いい加減。イギリス人もいい加減?」と話してる最中、地図をちらっと見てる私達を見てやってきた元気満々大きな声のイギリス人。紳士君 'Do you need any help? :))'「大丈夫ですか?」私 'We want to go to this car park...'「この駐車場に行きたいんだけど。」と地図を指差した。紳士君 '...'紳士君 'Are we going this way?'「おれらこっち行くの?」と仲間に聞いている。紳士君 'This should go to the same direction. :)) ...'「あ、こっちでいいと思うよ。」紳士君 'In fact, you can also go that way but this would be easier.'「あ、どっちでもいいけど、ここの方が道が歩きやすいね。」私 'Thank you so much'「ありがとうー!」どこの道行っても行けるんじゃないの?とアドバイスしてくれた彼に私は大満足した。うん、どこでもいいのよね。だいたい、こっちの方向で。地図通りに行こうとした私達のまちがい。助けてくれてありがとうねー。日本じゃあ見ず知らずの人に声をかけて助けてあげる事なんてめったに無いものね。それにイギリス人をいい加減と言ったら、スペイン人はどうなっちゃうの?スペイン人はものすごーーいいい加減だからね・・・。Hさん、久しぶりの再会。とーってもうれしかった。今度は日本で会えるといいな。:)
2004年08月15日
久しぶりに日本のMりんと長電話した。:)1月にフィリピンで結婚するMりんは私の大親友。離れててもいつまでも強い絆で繋がってる。あー、何て気持ちの良い土曜日だったんだろう。Mりん、又電話するね。:)
2004年08月14日
いつもの様に夜10時からBBCのニュースを見ていると、な、何と日本人女性の特集が始まった。最近の日本人女性は結婚して子供を産むよりも、仕事のキャリアを大切にしてフラメンコなどを習って自分の人生を楽しむらしい。30歳過ぎても独身で両親宅に住む男性と女性を'parasite single'「パラサイト」と呼ぶ。また結婚しないで子供もいない人たちを'loser dogs'「負け犬」(訳はこれでしょうか?)しかしこの特集は、そんな日本人女性は実は自分の意思で一人身の人生を満喫していることを強調。日本人男性は昔ながらの考えが捨てられず、家事をすべて女性にさせようとするからもてない。あまりきった独身男性軍が寂しく居酒屋で飲んでる姿が映し出された。日本人女性は強くなった。そしてハイヒールとタバコをぷかぷか吸ってるおねー様の姿も映った。まさこさまも現代人なのに昔ながらの皇居の古いお決まりごとに対応出来なくて病気になってしまった。興味のある方はこちらのサイトにまだ特集の内容が書き出されているのでご覧あれ。http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/breakfast_with_frost/3562060.stmはて、日本人女性が強くなっただけが、結婚しない症候群の理由か。私は違うと思う。こんなに経済が落ち込み、自宅住まいだって、働く女性だって、こんなご時世だから仕方ないからやってるんでしょ?テレビの特集ではそんな経済の背景は全く言わなかった。背景も大切だよなあ。。。イギリス人にはわからないんだからさあ。
2004年08月12日
(我が家ではヒヨコや小鳥をピウピウと呼ぶ。)ピウピウがフロントガーデンにいた!足が黄色いから Black Bird だろうとのJの説明。まだ小さいから飛べないみたい。捕まえてみようとすると必死で逃げる。かわいそうになって様子を見る事にした。家にあったクロワッサンとお水をあげるとたらふく食べた。食べたらすぐに眠くなっちゃたみたいで目をうつろうつろと寝始めた。かわいいいい。:)朝起きてピウピウが気になって見に行くと、もうどこを探してもいなくなっていた。ピウピウ、元気で鳥人生を満喫してね。
2004年08月07日
仕事が終わってから、高速に乗り隣町のASDAという大きなスーパーに行った。会社でむかつく事があったから、お買い物リストも考えられずそのまま直行。お魚コーナーにておいしそうなカニを発見。夜ご飯に決定。二つ買ったカニを皿にのせて見つめてた。カニ大好きな私「大きさ違うね・・・。こっちの方が大きい・・・。」カニ大好きなJ「大きい方食べていいよ。僕は気にしないから・・・。」食べにくいところをトンカチでかち割りながら食べた食べた。これのおいしい事。イギリスのカニもいけるのだ。大きい方をもらったのに、結局大きすぎて食べきれず残した私であった。てへっ
2004年08月05日

金曜日の朝からおにぎり作って、Malvern 近くの Eastnor へドライブ。この Eastnor は自然地帯で山にテントを張り、3日間泊りがけでDJなどが多く出るミュージック・フェスティバル 'The big chill festival' を満喫した。この前すこーし知り合いになったDJのMix Master Morrisの分もおにぎり作ったのに、車に置きっぱなしにして渡し損ねた・・・。大の日本びいきなMorrisは 'I've got an Onigiri machine at home'「おれんちには、おにぎりマシーンあるぜ」と言ってたけどおにぎりマシーンって何だろう。まあさておきお話できて良かった。:)一日目に良かったのはISAN。いい感じのリズムが続いたと思ったら日本の「赤とんぼ」のアレンジがかかった。「ゆうやーけ小焼けーの赤とんぼー。」と・・・。他の人たちはあれが日本の「赤とんぼ」と知らないのだろう。私は思わず一緒に歌ってしまった。「赤とんぼ」とリズムがとっても合わさって、確かにすごく良くって拍手喝さいになった。二日目に良かったのは Orijahnal Outernational かな。炎天下で皆が盛り上がって踊りまくっていた。私も少々理解できるダブっぽい音楽多く、暑かったけど(まじで半端なく)そんなの吹っ飛ぶ位。:)次は DJ Derek 。彼は60歳以上のおじさん。渋い声で 'I've been married twice. The first time was to Music. I love music.'「俺は二回結婚してる。一度目は音楽とさ。俺は音楽を愛してるんだー。」と渋い声で言っとりました。三日目はやっぱり Mr. Scraff だな。DJなんだけどキャラクターグッズをデザインしてて、キャラクターしか知らなかった。実際見たら、そのキャラそっくり!!小さくて眉毛が下がってて、普通はDJ台が腰のあたりに来るのに Mr. Scraff は小さいからDJ台からちょこっと顔を出していた。かわいいいー。音楽もレゲエも含め Mr. Scraff ぽいのりのりのものばかりかけていた。夜中の12時から始まった Mix Master Morris は見に行けなかった。異常に(まじ倒れそうなほど)疲れてしまってすっごく見たかったけどテントでくたばってました。ごめんねMorris...
2004年07月31日
ブリストルにあるJのおうちで、J兄さんの結婚パーティーが行われた。ノルウェイに行けなかった親戚が集まったのだ。私ってただの彼女なのに、親戚のパーティーにちゃかり参加しちゃっていいの?と行く前は少し不安だった。行ってみたら皆とても優しくて、Jパパも私を皆に紹介してくれて、たくさんシャンペンを飲んだ。:)イギリス人は家が好きだ。家と庭が好きだ。だからかパーティーは家でやる。日本なら(東京しか知らないけど)お店を貸しきっているところだろう。Jママはシェフとウェイトレスさんをその日だけ雇って、素敵なガーデンパーティーをした。
2004年07月24日
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