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人は無意識に言葉を発したり振る舞い、誤解されたり怒りをかったりもする。そして、そんな人たちは前に進むことを妨げたりもする。にもかかわらず、『つい、うっかり』或いは『悪いクセで・・・』と、サラッと流して気にもとめない。その時にサラッと片付けるのではなく、一念発起し、《善い言動》や《善い振る舞い》ができる習慣づくりに取り組む決意をする。そうすれば、人生が変わるかもしれない。善き習慣づくりに取り組むことにとり『無意識の言動』が相手に《善い感情》を与えることになる。まさに《善の循環》だ。そのためには、毎日を《素直に学び、明るく考え、コツコツ実践する》ことが大事だ。3年間継続できれば、少しは変わったと言ってもらえるかもしれない。今日一日、アナタの最善を尽くしてください。そして、毎日毎日、アナタの最善を尽くしてください。
2005年12月30日
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パートナーが、明日に向かって頑張ろうと励んでいるにも係わらず、《持ち越し苦労》に精を出す。昔は『こんな失敗をした』『こんな苦労をさせられた』などなど、数え上げればきりがない。それで幸せになれるなら、いくらでも数えればいい。そして、これでもか・・・、これでもか・・・と言えばいい。でも、今を活きているのならいいじゃないか。若い時、失敗はつきものだ。だけど、今を一生懸命やっているんだったらいいじゃないか。二人で今の生活を大事にやっていけばいいじゃないか。それで、幸せになれる。・・・・・・・・・・・・・・・・にもかかわらず、幸せが続くと不安になってしまう。或いは、『目に見えないと不安だ』『手元に持ってないと信用できない』と思い悩む人がいる。そして、未来を描く時、あるかどうかもわからない苦労を自らが想定し、未来の苦労を先取りして思い悩む人。今の生活を実感し、未来を明るく発想していけばいいものを《取り越し苦労》に精を出す。人とは、厄介なものだ。そんな人と一緒に暮らすのは大変だろうな。そんな人と仕事はしたくないな。マイナスの波動を受け止め、プラスに替えつづけなければならないのだから。。。人生のパートナーは明るい人がいい。仕事のパートナーは取り越し苦労する人でも・・・・・いいかな。。。
2005年12月27日
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22日、23日の寒波で、久しぶりに雪を身近に感じることができた。そう言えば、生れて始めて雪を身近に感じたのが昭和45年の大学入試の日。多分、2月16日頃だったと記憶している、東京では大雪だった。滑って転んで大分県ではないが、JR御茶ノ水駅を降りてなだらかな坂道を転びそうになりながら、何度も転びそうになりながら大学に着いた。そう、バリケードと騒音の中で受験した記憶がよみがえる。3年生になってからは、秋葉原の電気街でバイトしながら講義の時間になると受講し、終わるとまたバイトという生活だった。当時はCD4ステレオが全盛だった。なんてことを思い出しながら、焼酎をロックで飲んでいます。
2005年12月23日
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それは、能力や資格の問題ではない。訓練と教育の問題でもない。育て方の問題だ。親が、社会が、子供を人間として育てたかどうかの違い。親から叱られたこともない。もちろん、誉められたこともない。先生から叱られたこともない。そう、《すごい奴だ》と認められたこともない。会社に入って叱られた経験もない。怒鳴られることはある。無視されることもある。ただ、まともに向き合うコトがない。人格を否定されることは日常茶飯事、、、当たり前のことだ。だから、正しい人間関係をつくれない。ほっておくと、人間に戻れないかもしれない。忘れたものを早く速く取り戻さないと、人間に戻ることが出来ない。車内で化粧するのは当たり前。そのうち、人前でおしっこしても平気になってしまうかもしれない。酔っぱらってしか出来ないことが、普通に出来るようになる。恐いことだ。
2005年12月20日
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やはり、コミュニティが子供を保護していかなければならない。官から民ではないが、自由を手に入れと共に社会が、家庭が、子育ての責任を持つようになってきた。家庭での親の態度、学校での教師の姿勢、その後姿(うしろすがた)が問われている。子供は国の宝だ、みんなで善い環境をつくっていかなければならない。ところが、国も社会も、もちろん学校も家庭も、気付かずに今日に至った。しかし、今日の姿をつくっているのは歴史である。日本全国、津々浦々、自分には関係ないと思っている。やはり《一灯照隅、万灯照国》、気付いた人がまずやることだ。誰が彼がと言ってる余裕はない。未来をつくるのは今の積み重ねだ。今を生きている人が未来をつくる。初めの一歩は、自分の一歩からなのだ。
2005年12月16日
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直ぐに見返りを求める人とは一緒に仕事は出来ない。目指していることは目先のことではないのだから・・・。目先に求めるモノはない。ないものを保証しろと言われてムリな話だ。30年~50年先の未来に向かって進んでいるのだから・・・。そのコトを仲間に納得理解させてあげることの出来ない自分が残念だ。まだまだ学ばなければならない。
2005年12月11日
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約2ヶ月間、名古屋に滞在した奥さんが大分に帰っていった。名古屋には、私と長女が暮らしている。三女は名古屋の平針に住んでいる。次女は大阪に居るが、三女に赤ちゃんが出来てから、ちょくちょく名古屋に来るようになった。赤ちゃんが《かわいい~かわいい~》といって、携帯の待ち受け画面にしている。ちなみに、奥さんと長女の待ち受け画面も三女の赤ちゃん。名古屋を中心に家族が暮らしているで、奥さんも大分に帰るのが寂しいと言っていた。
2005年12月10日
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今日は、熱田神宮へお宮参り。もちろん三女の娘(平成17年11月29日生)の・・・である。熱田神宮とは、織田信長が今川義元を破った桶狭間の合戦の前に立ち寄って祈願した神社でもある。《御祭神》は熱田大神(あつたのおおかみ)、《相殿》には、天照大神(あまてらすのおおかみ)、すさのおのみこと、日本武尊(やまとたけるのみこと)、みやすひめのみこと、たけいなだのみことを祀っている。また、大国主社「おおくにぬししゃ・大国主神(大黒様)」事代主社「ことしろぬししゃ・事代主神(恵比寿様)をも祀っている。出雲の神々と物部氏、蘇我氏に係わる神々である。なぜかと言えば古代史を読み解いていけばわかる。《以下ホームページから》熱田神宮の創始は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の御鎮座に始まります。第12代景行天皇の御代、日本武尊は神剣を名古屋市緑区大高町火上山に留め置かれたまま三重県亀山市能褒野(のぼの)でなくなられました。尊のお妃である宮簀媛命は、神剣をここ熱田の地にお祀りになられました。以来伊勢の神宮につぐ格別に尊いお宮として篤い崇敬をあつめ、延喜式名神大社・勅祭社に列せられ国家鎮護の神宮として特別のお取り扱いを受ける一方、「熱田さま」「宮」と呼ばれ親しまれてきました。2千年にわたる篤い信仰の歴史を物語るものとして、皇室を初め庶民に至る多くの崇敬者からの奉納品4千余点が、宝物館に収蔵展示されています。 樹齢千年を越える楠をはじめとする6万坪の境内は、古来「蓬莱島(ほうらいじま)」の名で知られ、大都会の中心にありながら、静寂(せいじゃく)で四季の装いあふれる市民のオアシスとして親しまれています。境内外には本宮・別宮外43社が祀られ、主な祭典・神事だけでも年間70余度、昔ながらの尊い手振りのまま今日に伝えられています。 おじいちゃんではあるが、若い娘さんとも心ときめきたいと密かに思っているおじいちゃんでもある(笑)
2005年12月03日
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わかってはいるけど、自分の利害を中心にモノゴトを考える。『人間とはこんなものだ。弱いのが人間の普通の姿かもしれない…』そう思う心が自分を奈落の底に落とすことになる。わかっていても自分に妥協してしまう。そして変わりきれない自分が鏡の向こうにいる。それだけに、人はそれを超越した姿に対し心を動かされしまう。もちろん、それでも心を動かされない変わり者もいる。疑心暗鬼(gisinanki)・・・素直になれない人たち。これもまた人間としての一つの姿だろうと思う。もちろんマイナスと言う意味でだが・・・。例えば、自分にできるだけ有利になるよう交渉する。人は、それが当たり前だと思う。その心が顧客を見失ってしまう。見えなくなる。ところが、お客様は何を望んでいるのか?真摯な態度で『お客様に満足していただく』という、自分の利害を超越した態度で望んだらどうでしょう。見えてきます。当たり前・・・のことではあるけれど。。。
2005年12月01日
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