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カルト映画…見たのは2回目。一度は20歳になる前。初めはメロドラマっちっくと思いながらなんだか印象深かった記憶がある。劇中のラフマニノフが気になってそれからセルゲイファンになった。子供の頃から、民話や昔話、伝承話を好んできた私が一番強く心刻まれたのが…過去に戻って恋人との逢瀬の際の会話で、「このポケットは」といいながら、コインを取り出すシーンで、彼が目にしたのは、未来のコイン…1979年製のコイン…もちろん1912年には存在しようにもないコインに驚愕し、自分が未来の人間であることを瞬時に悟ってしまう…。一気に彼は現代に引き戻され…。まさにあるのよね~、こんな落とし穴的瞬間映画だけじゃなく。昔話だけじゃなくて。そんなこと…それが現実として…現実身体的にここにあったとしても、私たち人間はきっと…。きっと人間は、精神的に感じていると思う。何かが間違ってると天が教えてくれて、緩やかに思いと現実が逆行するってことを。それでも戻りたい?でもよく考えてみて。過去に戻りたいとしたらいつ?そんな設問に対して私は戻りたくないって真剣に思う。冬の季節が長くて、震えていた草花…それが私。冬から段々暖かくなってきて正直ホッとしてたりしてね。まぁ、そんなことは別として。カルト映画2回目…感想は…若者たちの映画って気がする。とても素敵なメロドラマ。私には純愛ってよくわからない。なにが純粋でなにが不純なのか…。その場の精一杯の表現はそれぞれ各々の宝物。恋愛に批評家はいらない。そう思いながら、このぷりぷりメロディアスちっくドラマに半日没頭していた。やきがまわったな~あんじゅはん~
2011/09/29
恋したのは、ガーシュイン。 憧れたのは、ラフマニノフ。 浜田小夜が歌う…そのイメージングシーン なんてね(笑) ラプソディは、人の心をさざ波だたせるのかもしれないよね。 私の歌声で良ければまた歌いましょうな。 それで皆様の気持ちが穏やかになるのなら。
2011/09/28
私の中にはブラックスワンが存在する。 みんな知ってること。 今日は昼から「接吻」を見た。 なんだかやり切れない映画で…感情移入できない映画だった。 悦っちゃん… あかんやんかぁ ちょっと…
2011/09/26
私にはもう一度会いたい人がたくさんいる。 私が看取ってきた人たち。 一緒にたくさんの時間を過ごしてきた老人たち。 ある人は認知症を患い、ある人は食べ物が飲み込めなくなり衰弱していかれた。 最期に「お姉ちゃん、ありがとな」と手を振ってくれた直後に亡くなられた方。 呼吸が止まりそう…だが、主治医が遠方に出かけていて看取りに間に合わない…主治医が「ごめん、間に合わへんかもしれへんけど、すぐに戻るわ」と電話で会話してるのを聞いてか聞いてなかったか…それから奇跡的に持ち直し…3時間ほどして慌てた主治医到着5分後に息を引き取られた方。 私は、人間の生命力の不思議さを感じる事をたくさん経験してきた。 花が落ちる時に色んな落ち方があるように、人間一人一人の死に方も様々だと思った。 ある亡くなったおばあさんの家族と話をしていて「ハイビスカスの花って派手な花でしょう。でもね、花が落ちる時は傘のように花弁をくるくると畳んでぽつっと落ちるんですよ。Aさん(亡くなったおばあさん)も本当に潔く亡くなられましたね」と言った。 すると家族の方は、「みなさんが、おばあちゃんの生命力を最期まで大切に守ってくれたからですよ、最期の最期まで苦しむことなく逝けましたからね」と答えてくれたことが印象に深く残っている。 医療介護とは何かを常に模索してきた私は老人たちに身をもって教えられてきた気がする。 患者本人が壊れてまで病気を叩くのではなく…いかに病気と共存するか…なのかもしれない。 特に老人の場合は。 いつ尿を検査しても、細菌がうようよしている人がいた。 でも本人はいたって元気…この人は細菌と一緒に暮らしている…そう思った。 人間の身体の不思議をまたここでも感じた。 この10年間…いろんな人と関わってきて最期を看取った。 お別れはいつも哀しい。 でも後悔はない。 精一杯の気持ちを込めて介護してきたから。 でも時々懐古感が広がる時もあって、私は今頃あの人たちは天国でどうしているのかしらと思う。 たまに亡くなられた方が私の夢に出てくることがある。 私は懐かしさでいっぱいとなり、大きな声でその方を呼ぼうとすると目が覚めてしまう。 まだその方たちと話ができないのは、私がまだこの世でやり残していることがあるからなんだろうなとしみじみ考える。 医療は人の優しさを引き出すものないのはのかもしれない。
2011/09/26
たわわ実る稲穂を横目に見ながら私は公園へと歩く。 さやさやブナノキが歓迎してくれるかのように優しく葉ずれのメロディーを奏でる。 週一の楽しみなんよね~。 森林浴しながらの一番絞りは。 今日はとても清々しい空気がたくさん吸えそう。 緑に囲まれてると安心するわ…なんせ同胞だから。乙巳あんじーにとっては。
2011/09/24
ニュートリノの話題を新聞で読みながら、ぼんやりとこの半年のことを思い出していた。 香里園に転勤になってから早や半年。 あっという間の半年だった。 臨床から遠ざかり、管理事務室にこもりだしてから、…仕事が面白くなくなった(笑)。 パソコン画面ばかり見ているので、老眼が進んだ。 確かに大切な仕事の一つかもしれないけど、私にデスクワークは似合わないわぁとこの半年でつくづく感じた。 じっと座ってるのは得意…好きなことには。 猫の写真を撮るためにずっと座り続けているのは苦痛じゃない。 でも事務室でずっと座り続けているのは苦痛…でしかない。 この気分をなんとか転換し払拭しないといけないんだけど…。 水泳ではじめの2キロを泳ぐまではがむしゃらに泳いでいるが、2キロを泳いだ時点で、少し水中の景色に飽きてくる。 最近はせいぜい3キロくらい。 4キロ泳いだら、今日は上出来やと思うようになった。 仕事もそんな感じなんだろうなぁ。 毎日の人との会話から生まれる楽しさ、発見がなくなって、無味乾燥なパソコン画面を見つめてばかり、考えているのは、いつも監査対策ばかり。 飽きてきた。 いや、待てよ…今は空亡だから、いろんな判断は来年以降にしようっと。 形ないものから何かつかみとれる何かを探す…ニュートリノみたいにってか(笑)
2011/09/24
なんで今頃思い出したのか。 小学生の頃、大きくなったら、ジャポニカ学習帳の取材班のメンバーになって世界を渡り歩きたいって思ってたこと…今突然思い出したわ。 子供と昔、話をしていて「オレ、大きくなったら、タイヤになりたい」と言うので、私は聞き間違えたのかと思って、「ん?運転手になりたいのかな?」と聞き返した。 なら、彼はううんと首を振り…「タイヤやん、タイヤ…オレはあんな規則正しく動くタイヤの生活に憧れんねん、オレにはないものやし」と真面目顔で答えた。 私はなんだか暗喩チックだなぁと思いながらも、自分の小さかった頃ジャポニカ学習帳の取材班に入りたかったことを思い出していた。 それがもう5年前…。 ふと奥にしまわれたアルバムを取り出してめくるうちにその当時のことを思い出したのだった。 今は、フリーターになりたいと息子は言う。 なるほどタイヤよりは進化したけど、フリーターはアカンやろ~(笑)
2011/09/23
優しい気持ちになれる時がある。 みんなからもらった優しさを思い出した時。 私はいつだってお姫さま。 太陽に照らされ、雨が降り落ち、大地に育まれて生きていく。 金星を見ながら何か非常に大切なものを見つめているような気がする。 きっとみんなの優しさで輝いている星なんだろうなぁ。
2011/09/23
今日は休みで午前中にスーパーに立ち寄った。 野菜を見ていると聞き慣れた声がする。 ふと横を見ると、うちの両親が野菜を見て喋っている。 私は「あ」と声をかけかけたが、急に思い止まって俯いた。 なぜだか声をかけにくい雰囲気…ううん、険悪じゃなくてかえって仲睦まじい雰囲気に気圧されて。 野菜を選び魚を選ぶ…その姿を見ていると私は突然「人」という字を思い浮かべた。 派手な喧嘩もしていたが、持ちつ持たれつの仲よしな関係。 私はそんな絆を伴侶と築けなかった苦い思い出がある。 それはそれで仕方なかったともう諦念の境地なんだけどもね。 でも帰りのパーキングでバッタリ(笑) 「あら~、買い物に来てたんやぁ」とニコニコしながらいつものように声をかけ。 いつまでも眩しい存在ですわ…あの両親は。
2011/09/22
私自身の何の変わりもないはずなんだろうけれど、少しずつらせんの上に押しやられている自分は感じるわ。後数年しか生きられないかもしれないけど、私は私の人生…これでよかったなぁってね…納得できるからね~。でも今一番謝りたいのは、若い頃お付き合いしてた彼かなぁ…この年になったらまた違う視線でものを見られるからね…あの頃はわがままいっぱいですみませんでした私は今元気いっぱい…なんかな(今はね・笑)
2011/09/21
台風なのに香里園から牧野まで歩かないといけなくて。 久しぶりだにゃ~ 雨音が傘に畳みかかりそして、地中に消えていく 目印はあのコンビニ…昔なかったはずなのに
2011/09/21
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