マルスの遺言
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近年やっと資本主義のヒズミに対する批判が海外でも日本国内でも盛んに言われるようになって来た。世界の人が「自分勝手で他者に対して無責任」になっている。資本主義とは、一部の金持ちが行っている作為的な人権侵害である。資本主義とはねずみ講に似ている。早い者勝ち、貧富の差をおのずと広げる構造なのである。敗戦後、資本主義の大国アメリカそして当時の日本国家は私たちに「(醜悪な)漫画」「パチンコ(賭け事)」「タバコ」等を与えて一過性の娯楽に講じることによって「政治への不満」や各々の「人生の目標」から目をそらせることに成功した。そうやって国民の自立心や怒りや不満を麻痺させることで多くの働き蜂を育て上げることに成功し経済成長を成し遂げた。結果そういった働き蜂は現在、リストラその他で仕事を失ってしまうことで一人では生きていけない状態になっている。今まで学校教育から社会生活まで全て自立心を奪われて生きてきた人たちに、いきなり自立しろといっても無理な話である。今までの学校教育は企業兵士、あるいはブルーカラーの労働者を作るためのシステムだったのだ。そして現在、その「(醜悪な)漫画」「パチンコ(賭け事)」「タバコ」に取って代わるものがある。それは「パソコン」「携帯」である。麻薬は政府によって禁止されてきた。それは社会を崩壊させる可能性があるからだ。麻薬は働くしか脳のない人間を作るどころか、働かせる目的も達成できない人間を大量生産してしまう。資本主義の社会では誰かが働いてくれなければ一部の人間が富を享受するという目的を達成することができない。だから麻薬は禁じられてきたのだ。もっとも麻薬は、使う人間にとっても本人自身を崩壊させてしまう。もうひとつ、これは70年代ヨーロッパのヒッピー達若者がよく言っていたことだが、麻薬よりタバコの方が麻薬的習慣性を持ってしまうのに、なぜタバコは政府に(日本ではかつて政府が製造・販売していた)認められて麻薬はダメなのか?それは麻薬には人を覚醒させてしまう作用があるからだ。アメリカや日本の政府は国民が覚醒して政府の偽りに気づいてしまうことを恐れたのだという話がある。事実は定かではないが、そこには禁じられているはずの麻薬や大麻を吸う若者の言い訳以上の何かがあるかもしれない。その麻薬にいつの間にか似てしまっているものがある。それが「パソコン」「携帯」のネット環境である。「インターネット」はその始め、テレビやロック音楽などの娯楽のご多分に漏れず危険なものではないか?人間の神経を麻痺させるのではないか?人間の精神を悪に染めるのではないかと危惧された。今、その通りになっている。もちろんいい意味で社会の裏側が明らかにされたり、世界の人たちと無限につながっていけるかのような可能性を感じさせてくれたり、良いところもたくさんあるだろう。しかし、結局現代人は「パソコン」「携帯」の麻薬性にどっぷり浸りきることになってしまっているのだ。政府は明らかに崩壊をもたらす麻薬と比べて「パソコン」「携帯」社会にはそれほど危機感を感じていなかった。しかし、人々はネット環境の麻薬性にどっぷりと足を突っ込んで精神が崩壊し、それらは人と人との繋がりをリアルに感じることのできない不能の人間を作り上げてしまっている。あるいは70年代のヒッピーたちが言っていたように彼らは”覚醒”し、政治や社会に目覚めたのだ!彼らは知恵をつけ「2001年宇宙の旅」、あるいはゲーテの「ツァラトゥストラはかく語りき」、あるいは若者に分かりやすい最近では「マトリックス」に出てきたような「超人」に進化しようとしている。かつては麻薬性のある物は政府によって管理され、その政府を左右する一部の金持ちの都合のいいように動かされてきた。全ては政府の管理下に置く事が可能だったのだ。しかし今、「ネット環境」という麻薬は政府の管理下に置くことはもはやできない。そういった顕著な例があの「ウィキリークス騒動」、あるいは日本の「尖閣諸島衝突映像流出」ではないだろうか。人々はもっと資本主義社会の一部の富を独占する金持ち達(資本主義の弊害)に「インターネット」を使って反旗を翻すべきである。そして若者達はもっと「携帯」や「パソコン」の麻薬性を認識してそこから一歩引いて見て、もっと賢くならなければならない。大人たちはそれらを若者が有効利用できるように導いてあげるべきである。政府も参加して。「ゆとり主義」等の教育によって若者達を白痴化することに専念するのではなく、人間的に豊かな人間を作る教育を目指してほしい。それがこれからの社会に役に立つ人材を作ることに逆行するものでは決してない。しかし、インターネット環境は自ら変わりつつある。かつてはインターネット社会の弊害が浮き彫りにされるばかりだったが、明るい未来を感じさせるようなネット環境が徐々に整いつつあると思う。人々の意識は変わりつつある。ネットによって21世紀の革命が起こるかもしれない。ある本に書いてあった、人間の幸せとは唯一「人と人のつながりによって得られるものである」と。
2010.12.26
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