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「ツァオさん、どうしていつもそんなに前向きで元気なんですか?」たまに会う本社関係者とかに、よく言われます。「カラ元気も元気のうちさ(笑)」「どうやったら前向きになれます?」「前向きの発言をしてりゃいいんだよ(笑)」だいたいですね、自分の立っている場所ってのは、そうそう変わるものではありません。この時間にここにいるしかないのです。同時に二か所に立っていたら、それは別の意味で危険すぎますわね。てえことは。立ってる場所が同じなら、前向いて立っても後ろ向いて立っても、立ってる場所は変わらないんです。たとえば、同じ事を言っても、言ってる事は変わらない。「コーヒーより紅茶が好きです」「紅茶よりコーヒーが嫌いです」紅茶とコーヒーだったら、紅茶を選ぶんですよ、この人は。でも、前向きか後ろ向かという事だったら、「好き」という単語を使う方が前向きです。嫌いだから、違う方を選ぶってのは、しょうがないから残り物を選ぶ、つまり選ばされるって事です。好き、っていって選ぶのは、そりゃもう自分から積極的に行ってますよね。以前にも書きましたが、人は、誰の発する言葉を一番聞いてるかというと、何がなんでも自分の発する言葉なんです。心の中の声も含めてね。それなら、一番聞く事になる自分の言葉を、良い言葉にするなら、良い言葉で物事を考える習慣がついていきます。言霊ってのはそういう事ですよ。言葉に力を与えるのは、それを理解する人間なのです。日本語ネイティブで、日本語しか話せない日本人に、どんなにすばらしい言葉でも、ロシア語で言ったって言霊は宿りません(笑)だって、わかんないもん。誰かの言葉の影響をうけて、うれしくなったり、悲しくなったり、元気になったり、ショックのあまり飯も食えなくなったり。つまり、誰が何と言おうと言葉には力がある。それを聞く人に影響を与える力があります。ならばもう一度書きます。自分の発する言葉をよい言葉にする事で、自分によい影響を与える事ができるのです。たとえ、言いなおしてでも。じゃあ、ひとつ提案を。「あー。いやだ」って言いたくなったら「あー。いやだ。またいやなこと乗り越えて成長しちゃうんだ私」って、追加して言ってみてはいかがでしょう。なんだか、気持ちが前へいきませんか?(笑)もうひとつ簡単なのを。元宝塚の女優さんが言ってたんですよ。「できるできるできる!」これ、最近のお気に入りです(爆)潜在意識とかマーフィーの法則とか。結局、このことだと思うのですよ。余談。自分の職場にいる時は、いつも明るく元気というわけにはいきません。時には「ちょっとこっちへきて座りなさい」って事もありますし、疲労困憊の事もあります。ちょっとここんとこハードでして、パソコンで書類作りながら寝てしまったんですね。そこへ、事務所のドアをあけて「ボス~!」って呼びながら入ってきた女子社員がいたんです。目を覚まして「お。はいはい。なんだ?」って返事をしたら、事務所にいた他の人が「あなた、みんなが静かにしてボスを寝かせてあげてるのに、ダメじゃないの(笑)」「あ。ごめんなさい(笑)」って。いや、業務中だから起こしてくれていいから(汗)でも、その気づかいがうれしいなあ。「そうだ、ひざまくらしてくれよ」「何を甘えてるんですか。高いですよ」「位置がか?」手に持っていたバインダーの角が飛んできましたとさ(爆)
2010.05.29
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3号は、初めてのバイトに行きました。全裸で。んなわけはない(笑)スーツにネクタイを締め、緊張した面持ちです。初めてのお仕事は「進学塾の英語の講師」中学生が相手です。「オヤジ、スーツにネクタイってのは堅苦しいよな」「そりゃおまえ。お客さんである生徒や保護者にしてみれば、アルバイトかどうかなんて関係ねえよ。働く以上、社会人さ。常識だよ」「いつだって常識ってやつが俺の邪魔をしにきやがるんだあああああ」はいはい。これは、3号の決め台詞のひとつです。「常識を屈服させるだけの実力を、身につける事ができていない自分の未熟さを嘆くんだな」ま、これは私のリアクション台詞ですが(笑)オヤジからのアドバイスは…「準備しろ。かけすぎの保険くらい準備しろ。保険ってのは使わないためにかけるんだ。ここまでしなくてもよかった、と思うほどの準備が、アクシデントを想定内の出来事に変えるんだぞ」特に初心者であることは、さけて通れないんだから。最初からベテランの先生なんていません。誰でも、初めて生徒の前に立つ瞬間があるはずなのです。「あとは、そうだな。うろたえるな。顔に出すな。動揺が見えたら、人は次の失敗を探す。まるで当たり前のことのように見えたら、安心して細かい事は気にかからなくなる」さあて。高校受験の時にはドラゴンクエストをやってたやつが、受験生を教えられるんだろうか(笑)麻雀もやってたよな~
2010.05.29
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二十歳をこえたばかりの部下に今日話した事の覚書。「勘」とか「コツ」っていう言葉があります。中でも怖いのが「女の勘」だったりして。「料理のコツ」ってのは、知ってるのと知らないのとじゃ、大きな違いになったりします。じゃあ、勘とかコツってのはいったい何なんでしょう?私はね、こう思っています。勘ってのは、結論をいうわけですね。字は違うけど「予感」もそうです。結果を予想して結論をいうわけです。コツも「こうなればうまくいく」という方法と結果だけをしめすわけですね。で、今日、部下にした話です。結論に至る道筋をきちんと説明できないのが勘。説明出来たら、それは「推理」って呼ぶんだよ。コツも、なぜそれがコツなのか説明できれば、それは技術手順になるわけだ。勘で予想をする時、何もデータがない状態でも、何かを基準にしようとして、自分の記憶の中で探しているはずです。たとえばいきなり、初対面のA君とB君。どちらが足が速いと思う?って言われたら、そりゃもう勘しかありません。だって、初対面なんだもん。じゃあ、その勘で決める時、根拠はないのか?いや、あるはずなんです。ただ、それがあまりにも根拠として薄弱すぎるというか、意味がない場合もあるだけで(笑)もう、データも何もなければ「名前が足が速そうな名前だったから」なんていう根拠もありえます。意外と、説明できたとしたら、ものすごく説得力のある内容だったりする時もあったりします。足の筋肉にくわしくて、筋肉を見ただけでわかっちゃう人だったかもしれません。こういう「説明」を放棄する時に「勘」っていう言葉はすごく便利なんですよね。勘やコツをバカにするな。そして、その「勘」を説明する事を厭うな。説明できれば、その説明のための根拠がそれは推理と呼ばれるのだから。うちの3号が高校生の時に言ったセリフを参考までに。「奇跡ってのは、それがなぜ起こったのか?を説明できない時に、考えるのをあきらめたやつの為の便利な言い訳にすぎない」だそうな。
2010.05.28
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今日、ニュースを見ただけです。でもって、今後の動きの予想を書いてみようかな、と。言い訳しますけど(笑)ほとんど想像にすぎません。ちょっとした読み物くらいに思っていただければと思います。でも、書きたいって思ったんだよなあ。今日のニュースで、イ・ミョンバク政権と断交する、という声明を北側が出したというニュースを聞きました。南側との共同開発事業の工業地帯からも、南側の関係者を追放するとのことです。強制退去ではなく、追放という言葉を使った事も、北側の「覚悟」「決意」をアピールする意味があるのでしょう。さて、現実的に、この後の収集をどうするのか。私が想像するに、北側の軍部隊は長期間の戦闘状態に耐えられる兵站を確立しているのか?という?マークがつきます。つまり、大軍同士の戦闘になった場合にはもたないのではないか?ということです。しかし、トップクラスの精鋭部隊となれば話は別です。大韓航空機事件の被告の女性が著書の中で「コンクリートブロックを素手でたたき割る事などあたりまえのこと」と記していたように、1対1に近い少人数の近接戦闘になれば、そう簡単にはいかないでしょう。実際の戦闘は、その精鋭部隊がゲリラ的に行う姿勢を見せるのではないでしょうか。大軍はあくまでも見せ金みたいなものです。「やるぞやるぞ」と見せかけて、強引に援助を手に入れたい。しかし、交渉を長引かせて強引を押し通すには、現在の状況が二進も三進もいかないところにきているのでしょう。デノミの失敗による経済の混乱は、もはや強権でなんとかなるものではないと思います。で、少々実力行使になりますが、実弾を発射する事によって、事を起こす。しらばっくれて、相手が乗ってくるのをまつ。そりゃ乗りますよね。撃沈されて、だまっているわけにはいきません。そこでだまってるんだったら、国家ではありません。さあ。お膳立ては整いました。南側は、実は指摘しただけです。攻撃するとも何とも言ってません。「おまえらたいがいにせえよ」ってなもんです。でも北側は「俺たちは何もやってないぜ。勝手な事いってるなら、俺たちはおまえたちをたたきつぶしてやる!」さあ、これで国内の軍部に向けては「全軍戦闘態勢に入れ」の指示を出したそうです。国民の意識は、とりあえず敵である南側に向きます。戦争が始まるかもしれないのなら、日々のいろいろを飛び越して意識がそっちへ向きます。国内の閉塞感の打破を、国内でできない以上、外に向かって放出する、というのは難しい想像ではありません。さて、ここからどうするか。交渉のテーブルにつかせようと世界中が躍起になるのか。こうなるのが一番いいパターンでしょう。中国あたりが中心になって、北側に有利な落とし所を用意してくれる。特に「せんそうはんたーい」だけを叫ぶみなさんが「話し合えばわかりあえる」とかやってくれると、ものすごく助かります。わかり合う気はまったくないけど、相手にわからせる…つまり「譲歩させる」助けになるからです。問題は、米韓が強硬策で対抗してきた場合。しかも、中国を無視した場合です。「そこまでいうならやってやろうじゃねえか」となったら、中国も出てくるかもしれません。だまってるわけにはいかないですもん。私なら、援軍にするか治安維持にするかはともかく、軍を入れて北側の実権をにぎっちまいますね。中国は、米韓に朝鮮半島を握られるわけにはいかないんですから。どちらにしろ「やっちまえ」路線で来た北側は、「ほんとうにやっちまった」(今までもお互いにやりあってたらしいけど、表にはあまりでてなかった)オトシマエをつけなくてはなりません。振り上げたこぶしを叩きつけて、周囲に見得をきらなければいけないのです。もうひとつ、私のうがった想像のひとつがあります。アメリカは、とりあえず引き下がらないでしょう。なんせ、今なら沖縄の基地の問題があります。朝鮮半島が戦闘状態になったら、沖縄からも米軍は飛ぶのでしょうね。この基地の必要性の大きな説得力になるでしょう。あんなところに、この国を攻めようとしてる人たちがいる…ここに基地がなかったら大変な事になったかもしれません。って、話になりますよね。あかん。眠くなってきた(汗)続きを書く気になったら書きます…
2010.05.25
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2号、家庭教師のアルバイトの面接にでかけました。「おいおい」な格好ででかけようとしやがったので、「面接行くんだったらもうちょっとまともな格好にしろ」と、直させました。「少なくとも、この恰好で行かせたら向こうの親が不安になる、みたいな格好できたやつは採用する気にならないだろ」「それもそうだな」しばらく、考えていましたが…振り返って言いました。「オヤジ、この服と全裸とどっちが良いと思う?」おまえが考えていたのはネタか(;一_一)「そこまでいうなら全裸で自分の個性をアピールしてこいっ」
2010.05.22
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18歳とは言っても、高校三年生。大人の身体はしていますが、社会経験はまだまだ少なく、どっちかというと子どもに近い。成人式とかの騒ぎを見てたらわかりますけど、現状、二十歳くらいで大人として認めるやつってそうはいません。自分の年齢が上がるとともに、子どもの年齢が上がっていき、それに伴い、大人、あるいは一人前として認めるボーダーラインがだんだん上がってしまうんだとは思いますが(笑)基本的に、反抗、文句をいううちは子ども扱いです。ルールをルールとして認められないうちはガキ。革命!って叫んでるだけなのといっしょで、今、立ちはだかるものがあるから、それに向かっているだけで、その向こう側に目的を持たないのならそれは認めない。反抗する相手にぶつかることで自分を主張するってのは、反抗してる相手に依存している、ということに他なりません。親に反抗?いるからできるんだよね?反抗せずに、親を「ああ、この子なら心配いらない」と思わせるか「この子には勝てない」と思わせるか、してごらんなさい。ということで。私の職場の高校生アルバイトの男の子。最近、仕事をする態度がよくない、という事で周囲から声が上がってきていました。で、ちょっと気をつけて見てたわけですが、どうにもよろしくない。アルバイトのボスを呼んで、聞いてみたところ「本人は大丈夫っていうけれど、家庭的に複雑で、家でどうもなにかあるみたい」とのことでした。その場で済むちょっとした注意ならともかく、キツい注意をしなくてはならない場合、基本的に私が先に出ていく事はしません。ボスである私が出ていくと、最後通告になってしまうことと、やはり自分が思っている以上にボスの権限と発言の影響は大きいのです。「あいつに、きちんと注意しておいてくれ。ダメなら俺が話す」ということで、アルバイトのボスに言ってはおいたのですが…結局、私がその男の子を呼びだすことになりました(笑)まあ、家庭の事情が大きな原因でしたが、18歳の男の子が受け入れるには少しばかりキツイかな、という状況ではありました。しかしながら、それを言い訳にさせてくれるほど世の中も仕事も甘くはありません。出てくるな、という話になるだけなのです。もっと言えば、大変かもしれないけれど、自分の人生にふりかかった以上、そりゃあどうしようもありません。乗り越えるしかないのです。でもって、なぜきちんと仕事をしなければいけないのか。きちんと仕事をすることが、なぜ収入の増加につながるのか。管理職と呼ばれる私が、何を見て仕事をまかせているのか。てな話をしました。多分、人は一生の間、自分の役割を、責任をこなしていかなければならない。厳密な意味で、ひとりで生きていく事はできないのです。狩猟・農耕生活で自給自足ってできないでしょ?レジを打ってくれる人がいなければ、そこにあるものを手に入れる事もできないのです。泥棒とかになったら、それは合法ではないもんね。ひとりで生きていく事ができない、という事は、自分の役割をこなさなければならない。モノを手に入れるためにはお金が必要です。商品に対してお金を払う、ってのも人生における役割のひとつです。そのお金が、支払われた側の収入になるのだから。そして、そのお金は稼がなくちゃいけません。時給800円を900円にするのは、900円の職場を探せばなんとかなりますが、時給換算5000円(月収120万)とかにするには、仕事を変わるだけでは、多分なんともならない。時間をかけて、自分の実力を上げる必要があるでしょう。実力を上げるというのはどういうことか。「俺は、もっとできる。こんなもんじゃないんだ」なんて、言ったところで誰も信じない(笑)だけど「あいつはすごい」って言われてる人は、現実にいる。言われてる本人は、気付いてなかったりするんだけど。それだけの金を払いたい、と思わせるものをもってるかどうか、ですよね。「よこせ」って言ったってくれないし(笑)「いいか。おまえが最近変だ、ってまわりが心配してるんだ。みんながおまえの事をみてるんだぞ」だから、きちんとまかされた仕事をしなさい、という意味で言ったんですが。彼の目からぽろりと涙が。ああ。おまえは、自分がひとりだと思っていたのか。誰も自分の事など気にかけてくれないと思っていたのか。俺にしてみりゃ、そんなことはどうでもいいからちゃんと仕事しろ。ちゃんとおまえの事も気にかけてるさ。なめた仕事しやがったら、今度はただじゃおかねえぞ、って意味で。ここは職場だから家族ではないけれど、でも俺以外の人たちは、、おまえのことを心配してみてくれてる人たちはいるんだ。おまえは別にひとりってわけじゃないからな。
2010.05.22
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神奈川県の「受動喫煙防止」のための条例について、昨夜ラジオで討論してました。公共・民間を問わず、不特定多数が入る屋内は禁煙となる、とのことです。正確な条例については、神奈川県のホームページなどをどうぞ。私が書きたいのは、昨夜、ラジオで知事とそのラジオの出演者がその条例について議論してて、「喫煙者の権利」を主張する側が、あまりに情けなかったのです。これじゃ、喫煙者の権利がかえって説得力がなくなるじゃないか。ってなもんで。いちばんひどいなあ、って思ったのは、リスナーからの喫煙者のマナーについての非難(ポイ捨てや禁煙区域でのルール無視等)に対して、「じゃあ酒のマナーはどうなんだ」みたいな事を言って、タバコはたいしたことはない、みたいな事を言ってたわけですね。これ、万引き犯が「強盗にくらべればどうってことない」って言ってるのと同じ論理です。あいつの方がひどいことしてるから、私の悪事は見逃してもらって当然、みたいな。この手の論理は、説得力をもたない。言ってる方は「どうだ」ってなもんでしょうが、言われてる方からすれば「自分の事を一生懸命で棚にあげて、相手を床に落とそうとしてる」だけなんです。前の車もスピード違反なのに、なぜ私だけ?って言っても、つかまえた方からすれば「あなたが違反した事については、何も変わらないよ」みたいなもんで。職場でも、似たような事ってのは結構あります。「あの人も言ってる」「あの人がしてた」って言って、自分の行為を正当化する人。この言い訳で、行為を見逃す指揮官は指揮官失格です。複数が行っている行為であるならば、元を断たなくてはならない。こういう言い訳はルールが増える原因であることを知らしめる必要がある。だいたい、職場とか組織で「なんだこの決まりは?」みたいな独自のルールがある時ってのは、過去に何か逸脱した行為があったはずなんです。一番わかりやすいところで言えば、ピアスやネイル、茶髪の禁止令があるところって、過去に必ず、自分の常識ではオッケーだけど、周囲から見て×なのをやったやつがいる(笑)茶髪と言い張る金髪がいた事がある(爆)金髪がひとりいて、それが許されてると「そこまではかまわないでしょ」になってしまいます。そりゃもう、指揮官側はいちいち「この色まではオッケー」と言ってるのは面倒です。茶髪禁止令を出した方が早い。個性がどうとか、自由がどうとかいう意見はつぶせばいい。それは「自分だけは特別でいたい」というわがままに他ならない。自分だけが特別でいたい、という事を組織内でやると、ルールでしばられてしまう原因となる事がわかってない。タバコの規制についていえば「吸ってよろしいですか?」という問いかけをしましょう、というキャンペーンが過去にありました。赤ちゃんや子ども、妊婦の方のいるところで吸うのはやめましょう、というキャンペーンがありました。ここで、マナーとエチケットの質が上がっていれば「全部禁煙にしてしまえ」というルールは、なかったと思うのです。だって。ルールにしなくても、マナーとエチケットがそれに代わるわけだから。権利を主張するならば、相手の権利も認めなければならない。お互いが主張して譲らないならば、第三者が入ってくることになる。場合によっちゃあ、第三者がおいしいところをかっさらっていくかもしれない。空き地で遊ぼうとしたふたつのグループが、どちらが使うかでケンカになりました。ケンカしてたら、そこの空き地を「立ち入り禁止」にされてしまいました。そして、そこの空き地は有料駐車場になりました。空き地が使えなくなったら、ケンカの原因はなくなりますもんね。ケンカを止めたい側としては、ケンカの原因を断っちゃったわけです。でもって、遊んでる土地がある事に気がついて、別の目的に使っちゃった、と(笑)自分の主張を声高に叫ぶとき、それよりも大きな力が動く原因を作る事がある。「それくらい許可してくれてもいいのに」って思う事、多々あると思います。杓子定規にルールを適用しすぎる、みたいな事も。でも「特別許可」は前例となり、「前に許可してもらった」という根拠になり、特別ではなくなっていく。もう一度ルールの厳格化が図られる事になり、さらに適用がきびしくなる。そして、特別許可を出したものが、処罰を受けていたりします。私の権利が認められるのが大切である、という事をしてるとき、それは将来のルールの発生やグレーゾーンの恩恵の解消の原因を作っているのかもしれません。100-1=99ではない。100-1=0なんです。ひとりでもマナーやエチケットを超えるのであれば、そこに規制をかけて越えるものを0にしなければならない。グレーゾーンを黒扱いにすれば、白だけになります。「ここまではオッケー」という暗黙の了解が消えて「これだけがオッケー」に変わっていくのです。本当に必要なのは、相手や周囲を思いやる心、だけだったりするのです。それができているところに、ルールや規則は必要ないもんね。ちなみに私は、結構ヘビースモーカー。
2010.05.22
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だが、この奇妙な現象に際して、方介の頭はまるで別のことを考えていた。つまり、最後の住民がいるという5階、それは方介の部屋のあるこの階と同じ数なのである。偶然と言ってしまえばそれだけだが、それにしても不吉な符合ではある。そういえば、方介はその火事がどこのマンションで起こっているのかという情報を知らなかった。テレビのニュースにはテロップがあり、また、新聞は言うまでもなく何度も読み返すことができる。だが、ラジオのニュースはそれらとは違い、一度聴き逃すと、もうその情報は読まれない可能性が高いのだ。思い返してみると、臨時ニュースの冒頭で、その場所の情報が言われたのかもしれない。しかし、そのときはちょうど、方介がクラシック音楽に辟易して音量を下げかけたときであったから、聴き逃していたのかもしれない。この一連の事柄は、方介にある嫌な予感を抱かせた。 方介は恐る恐る眼を開いた。そこに見えたのは夜の暗闇ではなかった。一瞬赤い光が見えたが、すぐに白い気体が眼の前を覆い、何も見えなくなってしまった。気体は肺に侵入し、方介は激しく咳き込んだ。方介には、その赤い光と白い気体の正体がすぐに分かった。何故なら、何も見えなくとも、谷の底から聴こえるような恐ろしい音は先ほどからずっと聴いていた音なのだから。それは、あの猛り狂う炎の音であった。 ああ、何ということだろう。遠く離れた場所の、自分には関係のない不幸だったはずが、今やすぐそこにまで危険が迫っている。取り残された5階の住民とは、愚かにもラジオを聴いていて、火事に気が付かなかった方介自身だったのか。 方介は布団から這い出し、何か訳の分らぬことを叫びながら、夢中で天に助けを祈った。しかし、つい先ほどまで他人の不幸を一心に願っていた人間がするその祈りは、ひどく滑稽で、空虚なものだった。遅からず、方介も自分の命を守るためには、自分で行動するしかないことに気が付いた。 しかし、何とかして寝室のドアから出たところで、リポーターの言う通りなら、逃げ場はない。4階は火の海なのだ。この部屋の中に火が見えたということは、もう5階にも火は回っているだろう。方介はこの窮地を脱する手段を必死に考えた。とりあえずなるべく火から離れようと、方介は壁伝いに這いずり、手探りで窓のところまで移動した。 そこで方介の頭に浮かんだのは例の救助マットのことだった。自分も他の住民と同じように、ベランダから飛び降りればいいのだ。方介は窓を開けた。空気が部屋の中に入り込み、熱気がさらに強くなった気がした。方介はベランダに滑り出た。夜の風が、汗に濡れた方介の肌を冷やした。そのため、背中から迫る炎の熱気が明らかに感じられた。新しい空気を得た炎が、更に勢いを増して方介に迫っているのだろう。方介は恐怖のあまり、煙に潰された視界が回復するのを待たずして、ベランダから外へと飛び降りた。イヤホンのコードが腕に絡まり、ラジオは方介とともに落下していった。 翌日の昼、マンションの前に連なる木々により、ちょうど死角になった陰に、何かくすんだ灰色のものが落ちていた。まるで、人々に見つからないように、目立たない場所に隠れているようであった。それは、どこからか弾け飛んできたかのようにひびが入り、機械の一部が露出した、ボロボロのポケットラジオであった。 そんな無残な姿だったが、驚くべきことに、まだ、ラジオに付いているイヤホンから、かすかに人の声のようなものが漏れていた。ノイズが激しく、聴き取りづらい音だが、ニュース番組でアナウンサーが何かを話しているようだった。「……昨日夜遅く、M県T市のマンションで火災が発生しました。火の勢いは強く、今朝6時ごろまで消火活動は続けられ、鎮火しました。専門家は、稀にみる激しい火災にもかかわらず、消防隊の迅速な救助によって、誰一人として死者を出すことなく終わったのは奇跡的だと、消防隊の優秀さを称賛しました。最後に救助された本田利明さんは、全身に軽い火傷を負い、一時、意識不明の状態でしたが、今朝、意識を取り戻しました。病院の発表によると、命に別状はないとのことです。火事の原因の究明は今なお続いています。また、ほぼ同時刻、同県内の別のマンションでも火災が発生しました。死亡したのは高校生の沼岡方介さん、18歳。煙草の不始末が原因で、火事が発生し、驚いて錯乱したことで、ベランダから飛び降り、全身を強く打ったものと見られています。同じ日のほぼ同時刻に火災が発生するというのは極めて珍しいことですが、警察の発表によると、不注意が原因のただの事故であり、事件性はなく、もう一方のマンションの大火災とは直接の関わりはないとの見方を示しています。それでは、次のニュースです……」 ラジオのノイズがさらに激しくなり、アナウンサーの声が遠のいていった。音量も、徐々に小さくなっていく。それっきり、ラジオからは何の音も聴こえなくなった。いかがでしたか?オチには感心しました。「そう来たかっ」ってなもんで。1号と3号からも絶賛されておりました。でも。文体が昭和30年代ですよ(笑)まるで。実は、本人は江戸川乱歩や太宰治を片っぱしから読んで、このあたりの文章を意識して書いてたようです。単語が、日常会話で使う単語じゃないでしょ。文章表現評論家のオヤジとしては、まだまだ無駄な単語や文章もあります。濃い化粧が必ずしも美しさの演出にならないように、装飾過多は、中身を薄くします。でもまあ。オヤジとしてはおもしろかったのですよ、これは。
2010.05.12
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先に述べたように、方介は音楽には一向に興味がない。中でも、クラシック音楽の静かな曲調は、方介に最も合わないものだった。 それでも、我慢して少しの間は聴いていたが、興奮は冷め、例の嫌な気持ちがまたぞろ蘇ってきたので、たまらずラジオを切ろうとした。大儀そうにゆっくりと音量ツマミを回していく。そのラジオは音量をゼロにすれば電源が切れるタイプのものだった。ラジオの音量が聴こえるか聴こえないかの境目になった時、ふと、クラシック音楽が途切れたような気がした。よく聴いてみると人の声のようなものも聴こえる。方介は音量を再び上げてみた。「……のマンションで火災が発生しているとのことです。火の勢いはかなり激しいそうです。リポーターが到着し次第現場の状況を詳しくお伝えします……」 これには方介も面食らった。さっきまでクラシック音楽を流していたのに、なぜ再びニュース番組に戻っているのか。もしや方介の願いが超自然的な現象を引き起こしたのだろうか。 無論そんなことがあろうはずもない。ただの臨時ニュースである。方介もすぐにそれに思い当たった。しかし、わざわざ臨時ニュースにするほどならば、ただの引ったくりや麻薬の密売などよりも、遥かに大事件であることが予想できる。しかも、引ったくりにしても麻薬の密売にしても、いかに興味深いとはいえ、所詮は過去のニュースだった。それに対して、この火災というのはラジオを聴いているこの瞬間にも起きていることなのである。方介の興奮の度合いは自然とは高まっていった。 方介は続報を聴き逃すまいと、さらに音量を上げた。「……こちら現場の石川です。かなり火の勢いが強いです! 火の粉がここまで飛んできます。この炎の音が聞こえるでしょうか。消防隊の消火活動にも関わらず、火の手はますます広がる一方です。このままではすぐに別の階にも引火するでしょう。何人かの住民はまだ中に取り残されているようです……」 リポーターの興奮した声がその火事の強さを如実に物語っていた。人々の悲鳴、弾ける火の粉、谷底から聴こえるような恐ろしい炎の音まで、余すところなくそのラジオは伝えていた。ごちゃ混ぜの音の塊は、方介の鼓膜を突き抜け、心臓までも震わせていた。この阿鼻叫喚の大事件こそ方介が求めていたものだった。その炎はマンションに留まらず、退屈と憂鬱すらも焼き尽くすのだと方介は信じて疑わなかった。そして、また、リポーターの声が聞こえてきた。「ベランダに女性が立っています! 大声で助けを求めています。しかし、建物の立地の関係で、梯子車が入れないようです。かなり危険な状態です!」 方介は一心にその哀れな被害者の不幸を願った。炎が、完全にマンションを焼き尽くし、勝利することを祈った。心なしか、ラジオの向こうの炎の音が、それに応えるかのように一層激しくなった気がした。リポーターが大声で叫んでいるという被害者の声は、方介の耳には全くと言っていいほど聴こえない。方介の耳の中の世界には、強大な災害の前に、成すすべもなく右往左往している人々の姿が想像されていた。いや、もはや耳の中だけでなく、瞼を閉じれば眼の前にその光景が起こっているかのような幻覚さえ見えた。どういう状況か、消防隊は梯子車を出すことができないという。ならば、被害者の運命は決まったようなものだ。消防隊はただ指をくわえて見ているしかないに違いない。方介は残酷な想像に、にやりと口の両端を引きつらせた。 ところが、実際にはそうでなかったのだ。現実は、方介が想像したものとは違い、消防隊は極めて冷静に事態の収拾に努めていたことが、次のリポーターの言葉から分かった。「消防隊員がベランダの下で何か広げています。マットのようなものです。空気式の救助用マットです」 方介はしばらくの間、その物体が何なのか想像できなかった。しばらく考えて、いつか何かの本で、高いところから要救助者が飛び降りる際、その衝撃を緩和するためのクッションの役割を果たす救助道具のことを読んだことがあるのを思い出した。この事実を咀嚼していくうちに、方介は、それが自分にとって不都合であるということに気が付いた。「マットが設置されました。女性が飛び降りようとしています。あ、飛び降りました!マットの上に飛び降りました。消防隊員がすぐに保護します。無事なようです」 リポーターの歓喜の声と裏腹に、方介は失望の底に沈んでいた。救助用のマットのことを覚えていれば、淡い期待もせず、したがって落胆もなかったものを。 だが、どうしたことか、今の今までその存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。方介には何故か、その度忘れが取り返しのつかない失敗のように思われた。方介の心の中の暗い情熱の炎が弱まると、今マンションを焼いている炎も弱まるような気がした。実際、その後も次々と同じ方法でマンションの住民は救助されていった。その様子を、方介はただ聴いていることしかできなかった。想像の世界は音を立てて崩れていった。結局この火事も、引ったくりや麻薬の密売などと同じ、取るに足らない小規模な事件に終わる予感がした。方介の心はまた、嫌な気分に支配された。そして、今夜はもうこの嫌な気分を吹き飛ばすようなニュースが出る確率は限りなく低いだろうということが絶望をさらに強くした。「これで、住民はほとんど救助されました。あ、違います。今情報が入りました。あと一人、あと一人だけ取り残されているとのことです。繰り返します。マンションの5階にあと一人残されています。4階はもうほとんど火の手がまわっています。5階に燃え移るまで非常に時間は限られています」 この新たな情報も、特に方介の興味を引くことはなかった。あと一人だけでは、たとえ最悪の結果になったとしても、下手な交通事故よりも、被害は小さなものに終わるだろう。もはや方介にとって、ラジオを聴くことは失望を深めていくだけの行為に成り下がっていた。方介は耐えられず、ラジオの音量を下げていった。 そのとき、不思議なことが起こった。音量を下げるごとに、リポーターの声は小さくなっていくのに、炎の音や、火の粉の弾ける音は少しも小さくならない。それどころか大きくなっていくようにさえ感じられるのだ。それは、方介の炎への執着から来た幻聴か、はたまた、人間を餌食にすることができない炎が悔しさの叫びをあげたのか。
2010.05.12
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しかし、なまじ煙草を吸ったせいか、目がすっかり覚めてしまっていて、全く眠気がない。眼を固く閉じ、眠れ眠れと頭の中で念仏のように唱える。しかし眠れと強く念ずるごとに逆に意識が覚醒していくということは言うまでもないことである。眠れぬなら、早く夜よ更けよと願ったとしても、時間の流れが速くなる道理はない。それどころか、何もせず、ただじっとしているだけの方介にとって、朝までのたった数時間は何十年にも長く感じられることだろう。どうするべきか煩悶しているうちに、自堕落な自分に対する親戚たちの軽蔑の視線が自然と思い出されて、さらに眠気が失せてくる。 まるで呪われたような状況に成すすべもなく呻いていた方介にとって、枕元のゴミやガラクタの山にふと見つけたあるものは、まことに天の助けとも言うべき代物であった。 その代物とは、見るもみすぼらしい、くすんだ灰色のポケットラジオだった。それは、去年の夏、方介が気まぐれに買ったもので、今まで一度も聴いたことのないまま埃を被っていたものだった。 見てくれこそ悪いが、考えてみれば、それは、方介のように眠れぬ夜を過ごす者にとっては、この上ない暇つぶしである。大音量で聴いてもイヤホンを使ってさえいれば、隣の部屋の住人が文句を言いに来ることもない。その点では音楽プレイヤーでも同じことなのだが、方介は音楽には一向に興味がないのだった。 それはともかく、イヤホンを耳につけ、音量ツマミを回すと、問題なく音が出た。特に故障はないようだった。選局ツマミを回して、周波数を調整する。まず聴こえたのはバラエティ番組で、パーソナリティが陽気な声でリスナーからのメールを読み上げていた。時期が時期というのもあっただろうが、間の悪いことにそのメールの内容は大学受験に関するものであった。であるから、方介はすぐに周波数を変えざるを得なかった。 選局ツマミをいじるうちに日本語ではない言葉が聴こえてきた。よく耳を凝らすと、それは英語のようだった。何故日本で英語の放送が聴こえるのか。外国の電波でも拾っているのだろうか。しばらく聴いているうちに、その疑問の答えが分かった。それは高校生向けの英語講習番組だった。もしかしたら、同級生にもこの番組を聴いて勉強している者がいるかもしれないと思うと、とても聴いてはいられなかった。 選局ツマミを右に回したり、左に回したりして、結局、無難なニュース番組に落ち着いた。その内容というのが、不況がどうだの、政治がどうだのと、先ほどのようにテレビで見ていたときは歯牙にも掛けなかったような退屈な話題だったが、物音一つしない夜の静けさと、音だけのラジオが不思議な効果を作り出すのか、妙に怪奇じみた気分がした。例えば、誰それという議員が不正に賄賂を受け取っていたなどというニュースを聴くと、まるで、自分がとんでもない秘密をラジオから囁かれているような錯覚を感じた。この不気味な箱に陰気な声で経済の行き詰まりを説かれると、息苦しい閉塞感が心を包んだ。無味乾燥なアナウンサーの声でさえも、テレビと違って顔が見えないためか、何とも得体のしれない雰囲気を醸し出していた。 方介の耳の中には、ゴミが散らかった部屋とは違う、別の世界が出来上がっていた。それらは決して不快ではなく、むしろ方介の心を虜にするのに十分な怪しい魅力を持っていた。方介はもはや、眠気も、憂鬱も、一片たりとも持っていなかった。つまらないニュースでさえこれほど蠱惑的なのに、普段でも面白いニュース、例えば、方介にとっては事件や事故のニュースを聞けば、どれほど心を躍らせようか。方介の期待は自然と高まっていった。 話題は市内で起きている連続引ったくり事件に移った。アナウンサーが語る内容を一言一句聴きもらさず、方介はその事件の情景を思い浮かべていた。 肩からバッグを提げた女性が薄暗い道を歩いている。その後ろから、フルフェイスヘルメットで顔を隠した男が二人乗りしている怪しいバイクが近づく。その速度は不自然なほど遅い。バイクと女性との距離が1メートルを切ったとき、バイクの後ろに乗っていた男が素早く女性のバッグに手を伸ばし、掴んだ。その瞬間、前に乗っていた男がバイクのスピードを上げた。女性は驚いてバッグを離すまいと、紐を強く握るが、バイクの力に勝てるはずもなく、哀れにも転倒し、何メートルか引きずられたあと、紐がちぎれ、バッグはバイクの男たちに持ち去られてしまった。 次のニュースは麻薬の密売人が逮捕されたというニュースだった。 スピード違反をした車の中を調べたところ、白い粉が発見された。詳しく検査すると、麻薬だということが判明した。そこで、その車の主の家を調査したところ。なんとスーツケース二つ分の麻薬が見つかったのだという。たかがスピード違反が、巨大な犯罪の解明に繋がったことは、ある種の探偵小説的な面白さがあり、方介は興奮で震えた。 どのニュースも方介の猟奇的な欲求に十分に応えた。方介はたまたま見つけたこのラジオの思いがけない楽しさに満足した。どうしてもっと前からこのラジオを聞いておかなかったのだろうとさえ考えた。 だが、その一方で方介の心の隅ではある不満が芽生え始めていた。それは、このニュース番組の中で、一つも死者が出ている事件や事故がないということだった。方介は、いつもテレビでニュースを見るときは、ほとんど毎回のように死者が出ているような気がした。だが、それが今日に限って重傷患者すら出ていないではないか。猟奇的なニュースの数々に、方介の倫理観は麻痺し、ひたすら血なまぐささを求めるようになっていた。 その後も幾つかは方介の食指を動かす話題はあったものの、その血なまぐささが欠けているばかりに、方介の心に物足りなさを積み上げていった。 そうこうしているうちに、番組の終わりの時間になってしまった。アナウンサーがお別れの挨拶をして、次の番組に移った。クラシック音楽を紹介するという趣旨の番組だった。
2010.05.12
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書いたのは3号。無駄な単語が多いけれど、まあ、初めて書いたという事で大目にみてもらって(笑)なかなかおもしろかったので、無理矢理強奪しました。こいつは文芸サークルに入ったらしい…こりゃまた、実に予想外な選択だ(汗)小説書くなんて、知らなかったし。そりゃまあ、これが初めてなんだから当たり前か。ミステリアスラジオ 沼岡方介はいかにもつまらなそうな顔つきで、テレビに移るニュースキャスターが何事か退屈なことを、味気のない声色で読み上げるのを見ていた。その右手には煙草の火が赤く輝いていた。煙草の灰が、脇に置いてある古い漫画雑誌の山に落ちているのに気づいていないわけはないだろうが、特に気にする風でもない。 見ようによっては、何とも気安い身の上のようにも思われるが、実は彼は、高校3年生という、本来なら受験に臨み、切迫しているはずの立場なのである。しかも、今はセンター試験ももう目前の冬休みなのだ。それが何故、うまくもない煙草を吸って、いたずらに時間と健康とを浪費しているのだろうか。それには、方介のやや普通と異なる家庭環境が深く関わっている。 方介の両親は資産家で、いくら使っても困ることのない財産を持っている。しかもその財産を、息子である方介のためならばいくら使っても構わないという思考の持ち主だった。これだけならまだ親馬鹿で済まされるだろうが、ときに、信じがたいほど度が過ぎた行動を取ることがあった。例えば、方介は未成年でありながら煙草を吸っているが、これは何も両親に隠して行っているわけではない。それどころか、咎めることすらないのである。また、方介が高校に通学するために、一人暮らしをする必要は全くなかったのだが、方介がそうしたいと両親に頼んだところ、二つ返事でこの高級マンションの一室をあてがわれたのだ。もちろん毎週、尋常ではない額の仕送りを貰っている。 そのように甘やかされた生活をしてきた方介が我がままでぐうたらな性格になってしまったことは無理もないことと言える。今回は、その性格が災いして、特に理由のない欠席を繰り返し、ついに高校の卒業に必要な出席日数が足りなくなってしまったのだ。 それでも、冬休みを返上して補修を受けるという手もあるにはあったのだが、今から補修を受けたのでは大学入試の勉強に充てる時間が足りなくなり、どうせ浪人することになるのだからなどという理由で、自ら留年を決心したのだ。馬鹿馬鹿しい決心ではあったが、両親はすんなりその決心を受け入れてしまったのである。親がそんなことでは、学校側も方介に強いことは言えない。結局、方介の留年は決定した。 そのように、少なくとも今年度は進路の心配をする必要のなくなった方介ではあったが、その心の内は周囲が考えるほど気楽ではなかった。初めのうちこそは、必死に勉強している友人たちを尻目に自分だけは悠々自適な生活を送ることに、優越感さえ感じられていた。しかし徐々に周りと自分の間に何か壁があるような疎外感に変わっていった。大学合格という同じ目標に進む同級生たちは連帯意識を持っているが、自分だけは取り残され、笑われている。実際には同級生たちにはそんな気はなかっただろうが、方介にはそう感じられたのだ。 そんな事情なので、高校3年生の冬休みという時間は、方介にとって退屈と、将来へのぼんやりとした不安の入り混じった、言うに言われぬ嫌な気持ちのする日々であるのは想像に難くない。煙草を吸うのは、そんな気分を変えるための苦し紛れの策だったのだろうが、表情を見れば、その効果も思わしくないことが分かる。 テレビのニュースの内容はまったく方介の頭に入ってこない。ニュースキャスターの口が動くのをただ見つめているだけだった。かといって、チャンネルを変えるだけの気力もない。以前なら、煙草を吸えば、それなりに元気も戻ったのだが、今日はただ胸が悪くなるばかりであった。 結局、方介は吸いさしの煙草を捨て、テレビの電源を消した。立ち上がると、寝室へと向かって歩いて行った。ドアを開けると、そこは足の踏み場もないほど散らかっていた。漫画や、菓子の袋、炭酸ジュースのペットボトル、そのほかにも携帯ゲーム機やギター、サンドバッグなど方介が気を紛らすために買ったのはいいものの、結局飽きてそのままにしていた物が乱雑に転がっていた。その中をのそのそと緩慢な動作で掻き分けて、ベッドの上に寝転がった。
2010.05.12
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威圧や威嚇で言う事を聞かせようとする…だけならまだしも、責任を部下や同僚に押し付けて「自分は悪くない。自分はエライ」というスタンスの、いわゆる「ジャイアン」への対処法です。社員よりパートさん向きかな?社員が勝負する場合、現実問題として、立場とか役職によっても違ってきますから…。あ。オーナー社長がこのタイプだったら、あきらめましょうね(笑)オーナー社長相手に、以下の方法を使った場合、確実にクビです。さて。まず最初に「きびしい人」はジャイアンではありません。きちんと説明と納得をさせられて、反論も何もできないんだったら、そりゃ理不尽ではないわけですから。ジャイアンは勝てる相手にしか威嚇をしません。やばい、と思ったら何も言わなくなるんです。勝てる、と思ってる間はどんどん来ます。追い込んできますからね。反論をどうやっていいかわからない人は「それってどういう事ですか?」って言えばいいんです。相手が同じ事を繰り返したら「理解できません。説明してください」って言えばいい。ジャイアンは説明ができないので(笑)怒って威嚇してくるか、「もういい」とか言って立ち去ろうとします。ポイントはここです。「あきれて言う気が失せた」「怒ってきたのでひるんでだまってしまった」ら、そこで終わりです。勝敗で言えば、完敗です。なぜなら、相手の思うつぼにはまったからですね。威嚇してだまらせる。怒ってみせて「言ってもムダ」のフリをして逃げる。相手の得意技をむざむざと受けてフォール負けです。怒ってたけど。立ち去ったからラッキー、じゃありません。それ以上続けると、反撃くらった時にまずいから逃げただけなんです。だから、ここで引き下がらない。怖くてもなんでも、反論し、逃がさない。逃げられたら、時間を取らせてでも目の前に連れてくる。でもって、さっきの「それってどういうことですか」「もう一回言ってください」を繰り返してもかまいません。「その発言の根拠はなんですか」でもいい。だいたい、このあたりまで行く前に、逃げ場所を探して、焦った感じの説明になってきますから。ただ、ほんとに根拠をもってきびしいだけ、って人の場合、ここできちんと説明がきますからね(笑)その時は、言われた中身をしっかりと受け止めて、自分の成長の糧といたしましょう。「きびしく言われた事が気にいらない」と、内容を受け止めもしなければ、ただ「気にいらない」というだけで終わってしまいます。ポイントの二つ目は上げ足をとられないこと。他人の事は言わない。「○○さんが」なんてのは愚の骨頂。「他の人もしてるのに私だけどうして言われる?」なんて言い訳も同じく最低の言い訳です。私はかつて、これを言われたことがあります。その時に実は「ひとりずつ呼んで注意してる」から、そりゃ今言われてる君は「私だけ」じゃないことは知らんよな。ってなもんで、言った方は墓穴ですね(笑)それと、この言い訳をするって事は、集団の陰にかくれようとしてるってことと、自分のした行動に責任をとる気はさらさらない、って宣言するようなもんです。かっこ悪いよ(笑)ネガティブな事も言わない。「やりたくない」とか「できない」ってのは、ちょっ人員管理のマネジメントの勉強をした事があれば、待ってましたという突っ込みどころです。「AとBの仕事があって、私としてはAを先に片付けたいのですが、どちらを優先しますか?」とか「○時までに○○ならできます(そこから先はできません)」という言い方です。ジャイアンは「かあちゃんにはかなわない」のです。何故かというと、「威嚇」というただひとつの武器が通じないからですね。だから、その「威嚇」をとり上げてしまえば、丸腰になるのです。威嚇の効かない相手には、上司だろうと部下だろうと、機嫌とってると思うよ(笑)威嚇や威圧は空砲と同じです。脅かしだけ。勇気を持って、反撃をしておけば、次は寄ってこないのです。ただ、反撃の仕方が、ジャイアンと同じような「理不尽」な反撃をしたら、相手に付け入るスキを与える事になりますから気をつけましょう。それから、自分がジャイアンになっていないか、自問自答もしてみましょう。部下や同僚に意見をして、反論された時に、最後まで答えているか。やたら同意を求めていないか。(「そう思うでしょ」って言ってたら、やばいです)直接の相手ではなく、間接に文句を言ってないか。答えられずに逃げ腰になってる事があったら、あなたはジャイアン化しています(笑)まとめるとですね。相手は反撃される事を考えていないから、だまってないで言い返せ。自分の身を守るために。正社員の場合は、立場とかがあるので気をつけましょう(笑)「おまえの立場でそれを言ってはダメだろう」ってな場合もありますからね。何にせよ。いろんな事で、自分を磨いて向上させておくに越した事はないのですよ。
2010.05.11
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もういっちょ。こいつはちょっと毛色が変わってる。もうちょっとパワフルなパートさん。「新しく来た上司が役に立たん」と言ってきたので「ケンカする前に連絡しろよ」って言ったら「手遅れ(笑)もう私が仕切ってる」もうやっちまったのか。渡された権限に対して届かない実力の分を、虚勢でごまかそうとするから、すぐに足元すくわれるんだよなあ。権限には、その権限を扱う実力と義務が伴います。それを補うのは言葉の使い方であり、部下に示す「責任は自分がとる」という覚悟であったり。覚悟のある上司に対しては、覚悟のある部下がついていきます。でもって、覚悟のある部下は、頼りになる部下でもあります。覚悟のある部下がいない場合は…自分の上司に覚悟があるかどうか、ですね(笑)「とにかく自分は悪くない」って、言おうとするやつは、自分に自信がありませんからね。責められると負けちゃうから、なんとかして逃げようとしてるわけだから。「今まで、ケンカしなかった上司っているのか?(笑)」「ボス含めて3人くらいかな。○○さんと○○さん。」横で聞いていた本社の女子社員が言いました。「わかります。みなさん同じタイプですね(笑)」このパートさん、パワハラ系やその場逃れ系の上司が着任すると、ことごとく衝突してきたという過去が。私とほぼ年齢いっしょなんですけどね。バブルの頃、ディスコで朝まで踊ってた世代です。納得できない理不尽には、だまってないで立ち向かう人ってのは、男前でかっこいいっすね。本社からの指示・連絡もこの人に集まってくるんですが…「私はひとりしかいないって言ってるでしょー!」「だから集まってくるんだろ(笑)」「なあ、その本社の連中って、あなたの上司だった事のある連中多いよな」本社には、若い頃にこのパートさんにコテンパンにされて成長した連中数名(爆)激励はいらねえな。変わらずパワフルにやっておくれ。
2010.05.08
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新しい環境や新しい仕事に追われて、がんばってるけどへこたれてる…そんな連絡が、以前いっしょに仕事をした人から届きました。毎日、毎時間、常にがんばり続けられるわけはないけれど(いつもがんばったら、それはがんばりじゃなくて「普通」です)がんばらなきゃならない時、ってのは確かにある。ただね、「がんばる」事の意味は、今がんばる事によって、がんばらなくてもできるようになること、なんです。たとえば、毎週イベントが行われるとしましょうか。スタッフとしては、最初の運営は「がんばる」ことになるでしょう。でも、2回目、3回目になっても同じところで「がんばる」事になったら、それは自分たちの仕事を疑わなければならない。繰り返し行われる内容については、最初は特別な事でも、ルーティン化して普通の業務にならなければならない。がんばらなくてもできるようになる、って事ですね。がんばってできたことが、がんばらなくてもできるようになる。通常の業務になる事で、次のステップを通常のものとするために頑張れるようになるのです。小学校で最初に掛け算の九九を習う時、がんばるでしょ。がんばって全段を覚えるでしょ。でも覚えた掛け算の九九に、がんばりは必要ありません。通常のルーティン業務です。掛け算の九九は、さらに高いレベルのための道具になったわけですよね。単純にこれを「慣れる」としてもいいんですけど、なぜ「慣れる」事ができたのか、うまくこなせるようになれたのはなぜか、というのを考えておくのは将来的にかなり役に立ちます。今、自分が教わる立場にあったとしても、将来的に教える立場になるかもしれない。「こうやってするの」「前に言ったでしょ」などという、自分が言われたら困る言葉を平気で投げつけるような教え方をしないためにも。さて冒頭のパートさんからのへこたれSOSに答えた事の一部です。電話だったりメールだったりですけど。このパートさんといっしょに仕事してたのはもう3年前なんですけど、へこたれると連絡がある(笑)今、できることを正確に、さらに速度を上げて確実にこなしていくように。そうすれば、新しい仕事を自分のものにしていく、つまり「がんばる」必要がある時に、今まで覚えた分の仕事が邪魔にならない。過去に覚えた仕事も中途半端だと、そこでつっかえたり、周囲にまで負担をかけたりするからね。今、おまえに教えてくれている人たちは、おまえに期待してる。「私たちはあの子に目を付けた(笑)あの子ならできる。だからあの子に教える」って言ってる。だから言葉もきつくなるだろうけど、へこたれずにわからない事は何度でも教えてもらいなさい。100メートルを10秒で走れるようになれ、と言われてる気分の時もあると思う。でも「私にはそんなことできない」と嘆いてしゃがみこんだら、1歩も前にはすすまない。(こういう「私にはムリ」って触れようともしない人の方が実は結構多い)「30秒でなら走れます」って、自分のできる力をはっきりさせてもいいだろう。教える側からすれば「自転車の乗り方教えるんだから10秒で走って」って場合もあるし(笑)↑仕事ってのはこういう事が往々にしてある。今はがんばり時。覚えなくちゃいけないことも多いし、不安とも戦わなくてはならない。でも、絶対に、おまえはひとりだけでそこにほったらかされているわけではない。ひとりで立ち向かえというわけではない。ひとりで残されてる気分になった時、しゃがみこまずにその事を思いだせ。と、まあこんな感じで激励です。そのうち飯でも食いに行こう。下心いっぱいにしておくから(笑)
2010.05.08
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ま、久々に「おいおい」なネタを。「ボス~。今日、私が帰った後で、誰か訪ねてきたらごまかしといてね~」「はあ?こらこら。そんなアバウトな頼み方があるか」「うう。誰もこないとは思うけど」年齢は妙齢。子どもは3人。まあ、かわいらしい感じ、としておきましょうか。人はみかけに、ってなもんですね。そういや、こいつもぶっちゃけエロトークの時に「人によって味が違うよ~(何の?)」などと、こっちが椅子から落ちそうなネタを昼間からしゃべってたな。「おまえ、またアブナイ遊びか?」「いや、アブナイかアブナクナイかは、まだ決まってないし(汗)」止めはしないけど(笑)その、成り行きで「アブナイ」ことする、ってのは俺はできないなあ。据膳されても、食わねえよ。あ。20年前なら知らないよ。20代で、特に彼女がいないとかで差しさわりがないのに、据膳喰わないなんてほど、人間はできておりませんでした。…据膳があったかどうかは別の話。さて。世間的に言えば「アブナイ」話なんですが…これが、いいか悪いか、という事になったら、とても「良い事」ではない。そんなことは多分、本人が一番わかってます。世間的には、ね。でも、世間的に良くない事とわかっているからと言って、自分が罪悪感を感じるとは限らない。「ばれちゃいけない」ってのと「罪悪感」ってのは別物です。家族のいない時間に、自分だけケーキ食べて、証拠を隠滅した事のある人、手をあげて(笑)感覚的にはこれといっしょ。世間的常識というのは、あくまでも表層的なものである。だけど、人は表層にとらわれるから、自分に見えたものを、自分の判断できる範囲で判断する。税金でたとえるなら、一般的には国家財政を考えるより、我が家の収支だけを考えますわな。全国民が1000円ずつ出したら危機を乗り切れる、って言っても、多分出さない人の方が多いよ。子ども手当とか地域振興券とか、出かけてでももらいに行くけど(笑)自分の判断できる範囲ってのはそういうことですね。仕事で例えれば「ボスは机に座ってパソコンに向かってて、現場の仕事をしない」などという文句。…さすがに、私に向かっていう人はいませんが(笑)現場仕事しかしらないと、現場仕事だけが仕事だと思ってたりして。判断できる範囲がそこでとまってしまったりする。郷に入らずんば郷に従え、ってのと同じで、そこにあるものは尊重しなければならない場合はあるけれど。だいたい、50年以上前だと結婚相手は親同士が決めて、さらに二十歳未満で嫁に行き、家から出る事はないってのが常識だったわけです。男女で歩けば「ふしだら」などと呼ばれた時代もあるわけですよね。この当時の常識を意識するならば、高校生同士がデートするのも人目を避けなくちゃいけません。「不純異性交遊」って呼ばれたりして(笑)でも、隠れて会ってるからと言って、本人に罪悪感なんてあるわけないですよね。あるのは「見つかっちゃまずい」という意識だけで。さて。何が言いたいかというと、世間の常識ってのはわかってなくちゃいけないし、尊重した方がいいけれど、個人の内側は知ったこっちゃねえよーって事です。「あなたのしてる事は悪い事なのよ」って言われたら「はい、その通りです」って言うだろうけど、まさしく「悪いことだけど、自分の好きにします」ってことになりますね。「あなたの家族はどう思う?」「だからバレちゃいけないんです」と、まあ、そういう結論になるわけです。彼女は、アリバイを頼む相手を間違えてはいませんでした(爆)「おい、俺にアリバイ工作が必要になった時は、おまえがするんだぞ」「らじゃー」「でもって、結果を報告にくること」「それはいやじゃー」…オヤジ(-_-;)
2010.05.07
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本人的には「明治の気骨」「大正ロマン」あるいは「書生」「若旦那」あたりをイメージしているようですが…木刀を腰にさして、裾が短めの時点で「明治のアウトロー」くらいが関の山。でもって、ピンクの扇子じゃあねえ。「バカ旦那」ですな。ちなみに木刀さしてるのが3号。バカ旦那が2号。(なぜ木刀が家にあるかというと、一応3号が段持ちなので、トレーニング用です)先日、京都の大学に進学した友人のところへ二人で遊びに行き「京都なら和服だろう」ってんで、買ってきたそうです。ちなみに1着2000円しなかったとか(笑)しかし、和服を買ってくるセンスというのは…高校の頃から、帰りに伊勢名物「赤福」を普通に買ってくるようなやつではあったけれど。(普通、おみやげに買う以外、そうそう買うものではありません。まして高校生が自分で食べるために買うなんて、ほとんどないんじゃないかと)「この着こなしが粋だろ」「ふらっと『いってくるぜ』っていう余裕が感じられるだろ」ほおお。「よーし。じゃあ、そこのコンビニでポテチ買ってこい」「…いや、ほんとにでかけるのは(汗)」
2010.05.04
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たまたまですが、新入社員が現場研修をしている最中の事業所に行く機会がありました。3・4人の集団を仕切っている7・8年目の女性社員が、知ってる子だったので話をしていたのですが…「初々しいよなあ。おまえもあんな頃があったんだよな?(笑)」「今でも初々しいですよ(-_-メ)」無茶言うな。部長にモノ言われて、平然と言い返すやつを初々しいとは言わない(爆)「今、あんなに初々しくても、1年立たないうちにあの雰囲気はなくなるんですよねえ。どうしてかな?」どうしてなんでしょ。私の会社の事で言えば、新入社員の研修中は、きびしいながらもみんなが優しいんです。直接現場じゃないし。教育担当とも言える連中が面倒を見ます。卵たちをあたためるように、懇切丁寧にきびしく接します。だから、その間は初々しいはずなんですよ。でも、当然ですが研修が終わったら現場に放り込まれます。現場は研修ではありません。最初の1週間(?)くらいは、研修の延長みたいなものですが、そのうち実務に切り替わります。そらもう、接し方が変わりますわな。私は、直接新入社員を扱った事は数えるほどしかありません。が、パートさんを育てるのとはわけが違います。「わからなかったら聞いてくださいね。そんな事で怒ったりする事はありませんから」じゃなくて「わからないなら聞けって言ってるだろうが!」になるんです(笑)場合によっては「ボケ!」とか「アホかおまえはー!!」がオプションでついてくる。「そうですよねえ。扱い、一気に変わりますもんね。初々しさもなくなっちゃいますね」「でなきゃ続かないか」ただ、社員であるという立場だけ覚えて、パートさんたちに威圧的に接する事で自分の位置を守ろうとするバカもでてきます。威嚇や威圧をしている時の自分というのは、実はそこで話を終わらせたいときである、というのを知っておかなければなりません。それ以外に何もない時の最終手段なのです。ま、これを知ってるやつは威嚇などで済まそうとはしないけどね。威嚇したら、怒ったらだまるはず、という約束事は自分の中にあるだけなのに、相手にも通用すると無意識に思っている人ほど、このパターンの行動をします。これがまた、通用する事が多いんだ。なぜかというと「通用する相手にしかしない」からなんですね。一度でも反撃されると、いかない。相手の弱みを握った、って思うといくけど、またそれが裏をとってなかったりして、再度反撃を食らったりするんだけど。されるはずのない反撃をされると、次の手ががないんです。常に背水の陣。自分の立場を守るのは「言う事を聞かせる」事ではなく、「自分が言わなくても済む」事なのです。「まかせられる」ってことね(笑)さて、話しの続き。話の途中に、別の若い女性社員が通っていきました。「あの子も新入社員?」「いえ、あの子は私よりふたつ下くらいかな」「アイドルになれそうなかわいさだな」「いえいえ、会社でもアイドルですよ。みなさん、あの子のためにがんばってるようなもので(笑)」あはは。男ってのはどうにもねえ。まあ、仕事のモチベーションが上がるのはなんだっていいじゃんとは思いますが。「確かにきれいでかわいいな。ま、俺は高望みせずに、おまえあたりで手を打っておこう」「えー。高望みせず、ってのが余計ですよっ」
2010.05.04
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