森へ行こう(心とからだと子育てと)

森へ行こう(心とからだと子育てと)

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

「聴く」こと、「対… New! かめおか ゆみこさん

Comments

Profile

森の声

森の声

2026.08.08
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
今日は、これから毎年やっている親子キャンプに行くので、手短にさせて頂きます。
ちなみに、今年のキャンプのテーマは「一芸持ちより」です。歌でも、踊りでも、絵本の読み聞かせでも、劇でも何でもOK。自分がやらなくてみんなにやらせてもOK。
あと、竹工作もやります。楽器類は私が担当しますが、他のあれこれは友人が担当してくれます。

ということで本題に入ります。
昨日は、

命のルール、自然のルール、心とからだのルールに従って表現されたものが「芸術」と呼ばれるのなら、同じように命のルール、自然のルール、心とからだのルールに従った子育てや教育も「芸術」になり得るのではないでしょうか。

それは、「子どもの成長に寄り添う子育てや教育」のことです。絵を描いたり、踊ったりしなくても芸術なんです。

ということを書きましたが、自然界には「自然のルール」があります。命の世界、人間の感覚、心とからだの世界、子どもの成長にもルールがあります。
そして、それらは全てそのルールに従って動き働いています。そのルールが壊れたらこの世界は崩壊します。

ですから、芸術家は自然界から学ぼうとします。自然のルールを無視したら芸術は成り立たなくなってしまうのですから。

でも、科学はそのルールに従うのではなくルール自体を変えようとしています。新しいルールを作って新しい世界を作ろうとしているのです。人は老いて死ぬのが自然のルールなのですが、科学は老いない、死なない方法を見つけようとしています。人は人から産まれるのが自然のルールなのですが、それすらも変えようとしています。
子どもの成長には、決まった順序と、時期と、期間が必要なのですが、それも無視して、社会の価値感に合わせて子どもの自然な成長を歪めようとしています。
だから、自然のルール、心とからだのルール、子どもの成長のルールが混乱し精神や心やからだの状態が不安定な子どもや大人が増えてしまったのです。

でもそれは科学自体の責任ではなく、科学を「欲望を実現する道具」として使おうとしている人たちの責任です。

あと問題はゲームです。
ゲームやVRなどデジタルの世界の中には、命の世界、人間の感覚、心とからだの世界、子どもの成長のルールなど存在していません。なぜなら、ゲームなどのデジタル世界を支配しているのは、「命が存在していない世界のルール」だからです。

<続きます>





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026.08.08 08:00:53
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: