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msk222@ Re[1]:まもなく発刊予定です(04/01) ポンボさんへ ところが、これは著作と編集…
ポンボ @ Re:まもなく発刊予定です(04/01) いいなぁ ご自分のご商売ですと、実費だけ…
msk222@ Re[1]:被災地支援(01/07) みちのくはじめさんへ ぼくの場合、感情の…
みちのくはじめ @ Re:被災地支援(01/07) こんにちは。みちのくはじめです。 私たち…
aki@ Re:被災地支援(01/07) この様な書込大変失礼致します。日本も当…

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2003.11.14
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カテゴリ: 日替わり日記
野鳥3


年賀状を注文にきた老人をみて、突然ある女性人形作家のことが甦った。
その人はすでに亡くなっているが、時代の人物をモチーフに日本の創作人形を作っていた。
ちょっと目にはよくある日本人形であったが、生きているのではないかとさえ錯覚する人形の科(しな)やどこかエロスを感じる表情は好事家にも人気があり、ウイーンで行われた「ヨーロッパ国際創作人形展」で優秀賞を受けるなど、一時この地域では天才的ともてはやされていた。
腕は良かったが寡作であったため、人形で生活できるほどではなかった。また金銭感覚に疎く、男出入りも少なくなかったということである。
生涯独身であったが子どもが一人あり、その子どももある分野では天才肌の芸術家だった。
ひょんなことから僕と親しくなったこともあり、母親のことをよく聞いた。「俺の親には近づかんほうがいい」と、あらかさまにもいった。
ことに、彼の母親が亡くなった年の初盆の晩に聴いた話しは衝撃的で、忘れられない。

彼によると、自分はある料亭の旦那とのあいだの子どもで、認知こそされていなかったが、成人するまでの養育費はその旦那から貰っていたということである。しかも、ほかにも父親に相当する人物が二人ほどおり、それぞれが大店の店主であった。
自分が実際に誰の子であるのか正確なところはわからないが、その父親たちにも認知しない子どもとして、密かに認められているのだという。


彼女の人形に使う衣装は、西陣や友禅の職人に注文して生地を織らせるほど徹底しており、人形一体の生地代がときには数十万もかかることがあったという。
そうした材料代や、金銭感覚のない浪費癖のために、ときどきまとまったお金を父親にあたる人に無心していた。
母親のその姿が、子どもの頃いやでたまらなかったそうだ。

親子の住まいは古びた借家で、家中ちらかり放題だった。しかし8畳間ほどの母親の寝室は小綺麗にかたづいており、不釣り合いなほど大きな三面鏡が据えられていたということである。

年に数回ほどだが、母親のもとに「父親」が訪ねてくる日には、彼は母親に小遣いをもらって家をでて、夕方に「父親」が帰ったころを見計らって戻った。家に帰ると、母親は一心にスケッチをしているのが常だったそうだ。
母親は描いた絵を見せたがらなかったが、ある日母親のタンスにしまわれていたスケッチブックをみて、彼は仰天したそうである。
目や口、指や足というように、人間のパーツのスケッチとともに、春画に見まごうようなスケッチが様々な角度で描かれていて、ことにそれぞれが美しいエロスに満ちていたということだ。
ところが、その表情はどうも母親の顔であり、しかも、いままで見たこともないような歓びと恍惚を湛えており、子どもごころに興奮と嫌悪感が入り混じりその一晩は眠られなかったということである。それいらい彼は母親をこころのなかで成人するまで軽蔑してきたということだ。
母親が死んで、彼はその絵すべても骸とともに棺に、納め火葬に処してしまったという。残された人形が十数体ほどあったが、それもだんだんと彼の生活費に換えられていった。

のちになって彼はいう。
「振り返ってみると、俺の母はあのスケッチをもとに人形を作っていたのだろう。あの人形たちは、俺の〈きょうだい〉たちだったのかも知れない。」

僕は、そんな大事な物を貰うわけにいかないから大切にしなさいと固持した。しかし、彼はそれもどこかに処分してしまった。
勝手な想像ではあるが、あるいは彼は三面鏡のなかに母親の情事を見てしまったのではないだろうか。手元に置くかぎり、その姿が身から離れられないという怨念にとらわれてしまったのかも知れない。

その後、彼は借家を出て越していった。いくつもの病気を抱えていたため、生活保護の申請をすすめた。

何故か僕は母親の葬式の手配などの面倒をみて、そのうえ彼の借金の保証をした銀行に肩代わりをするハメになった。それまで芸術肌の彼からずいぶん学んていたこともあり、保証を頼み込まれたときに断れなかったのだ。肩代わりのための費用の幾分かを親しい友人の世話になるはめにもなった。
それを機に彼との交際は絶った。彼はその後も才能を買ってくれる人たちに少しずつ迷惑をかけながら細々暮らしていると風のたよりに聞いている。




その老人がそろそろ、できあがった年賀状を受け取りにくるころだ。

てんし










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Last updated  2003.11.14 21:59:30
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