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msk222@ Re[1]:まもなく発刊予定です(04/01) ポンボさんへ ところが、これは著作と編集…
ポンボ @ Re:まもなく発刊予定です(04/01) いいなぁ ご自分のご商売ですと、実費だけ…
msk222@ Re[1]:被災地支援(01/07) みちのくはじめさんへ ぼくの場合、感情の…
みちのくはじめ @ Re:被災地支援(01/07) こんにちは。みちのくはじめです。 私たち…
aki@ Re:被災地支援(01/07) この様な書込大変失礼致します。日本も当…

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2004.01.13
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カテゴリ: 日替わり日記
晩秋10



本多氏の文章がきわだっていたのは、実際に見たものは見たもの、聞いたことは聞いたこと、本人が推定したことは推定したこととして、それにふさわしい用語と位置で書かれていたことだ。
伝えられる内容に、あいまいなものが何もなかったから読者は本多氏の伝える“事実”の集積から紡ぎ出される「意味」や「主張」に賛成するしないにかかわらず、本多氏のつたえる文章とともに動き、判断するという行動様式になっていったのだと思う。
もちろん彼はジャーナリストで、煽動者ではなかった。しかし、感情をないまぜにすることなく事実のみを客観視して伝えたからこそ記事が生きた文章として読者に届いたのではないだろうか。当時は、ジャヘナリストたちの真実をとどけようという熱意によっても反戦の火がいっそう高まるといった側面があったように、今は思える。

最近のジャーナリストの文章に、本多氏の書いた文章のように事実を伝えられることなのに、つき動かされることが少なくなっているように思うのは、自分の眼で見たものと、発表されたものをドロ粘土のように練り合わせ、つくられた記事が多くなっているのではないだろうか。

あるいは過酷なことを求めているかも知れないが、風聞や一方の側から発表されたものは、9割がた疑ってかからなければならない。にもかかわらず、いわゆる大本営発表で記事をもとに書くということは、真実を伝えることの多くを放棄した態度とみられても仕方がないのではなかろうか。
事実を、真実を、情報が錯綜する時代だからより確かなものが欲しいと思う。

どうぶつ2




もちろん、とるに足らない事例だが、我々とちがって書くことによって大勢に影響力を与えているのだから、
いささかの手抜きもされるべきではないと思う。
ただし、あげ足とりをする趣味はないので、ここで書くことはしない。






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Last updated  2004.01.14 19:15:06
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