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msk222@ Re[1]:被災地支援(01/07) みちのくはじめさんへ ぼくの場合、感情の…
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2006.01.09
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カテゴリ: きまぐれエッセー
しめかざり



言われる前に認めておくが、記憶力が悪いのは小学校のときからで、自分が興味をもつ学科以外はとんとメモリーが働かなかった。忘れ物は常習で、何度立たされたかも忘れてしまったほどだ(自慢している場合ではないが…)。
最近では、姪の結婚式の日取りを忘れていて慌てたし、大事な会合を忘れて欠席したこともある。小さなことでは、毎日書ききれないほどだ。
そんなことから、母の晩年を思い出している。

母は48歳のときに脳溢血で倒れ、以後20年近くをリハビリと闘病の生活だった。
僕ら兄弟は家を出て都会で働いていたため、父と二人暮らしのときだった。
倒れた当初は病気の行く末を悲観して、このまま死なせて欲しいと父に泣きついたそうだ。
父母がそのような状態でいることにいたたまれず、東京にいた僕は故郷に帰って生活することにきめた。できの悪かった僕を、かわいがってくれた母のことを捨ててはおけなかったのだ。
ところが、生家は山深い田舎だったので仕事にならず、家から15キロほどの距離にある現在の町で仕事を始めることにした。もう30年も前のことである。

その後、リハビリを重ね、歩行や農作業なども問題なくこなせるようになったが、記憶障害は徐々に進行していった。物忘れがとてもひどくなっていったのである。
それまでの母は、本も良く読んでいたし、僕の手紙から文法の誤りなども指摘してくれたほどだから、当時の田舎の主婦としては知的レベルも高かったように思う(親バカ?)。女学校にあがるのは村で2、3人しかいなかった頃、家から30キロも離れた道のりを通った。(バスもロクに走っていなかったなかでだ)

薄紙を剥がすように快復するということをよく使うが、母の病気は薄紙を重ねるように進行していった。
こういう病気だからしかたがないが、後のほうになると料理のガスの火を消し忘れたり、サイフも持たずにバスに乗ったりと相当危なくなった。
そしてとうとう近くの特別養護老人ホームに預かってもらうことになった。
料理で、もう少しで火事になりかねないことが何度かあったからである。料理をしなくていいと言っても、やめなかったのだ。
僕は週末になると、家族を連れて施設を訪れた。
母は、幼い孫たちとリハビリ室で遊ぶのを心待ちにしていた。車いすに乗せて、外に散歩にでると僕ら兄弟の幼い頃の話を懐かしむようによくした。
気づいたのは、病気がすすんで身の回りのことも不自由になってきた母が、驚くほど鮮明に昔の記憶を語ってくれたことである。
僕が高校時代に、こっそりガールフレンドたちとキャンプに行くことを知って知らぬフリをしていたこととか、僕の布団の下にあった発禁書のタイトルなどまで覚えていた。
それが、そのうちに語る記憶が中学生時代、小学生時代、幼児期へと下がってゆき、自分の幼い頃の昔にまで遡るころには、相当に痴呆(認知症)がすすんでいた。

最後には、それさえもおぼろげになり、子供と孫の名前の区別さえつかなくなり、口もきけなくなって、しばらくしてから亡くなった。

母が亡くなってから、図書館で調べ物をしていたときに、偶然に井上靖の『月の光』という作品を見つけて、読みながら釘付けになった。
作者が母の介護をする様子を書いた内容であった。
そこでは、枯葉の軽さにも等しい肉体と毀れた頭をもった老母の生態から、作者が何を発見していくのかが克明に記されていた。
作者が発見したものは「母は消しゴムで己が歩んだ人生を消してゆく。消しゴムは老いである」(「花の下」)という事であり、また「母はどうやら自分が歩んできた長い人生を、70代、60代、50代というように、歩んできた方向と逆に消し始めている」(「月の光」)という事であった。

例えば義母は、亡くなるすこし前からだんだん子供になって行き、死ぬ2、3日前にはとうとう本当の赤ちゃんのようになってしまう。お乳のつもりで指をくわえてちゅうちゅうと吸うのである。
しかし、70代、60代、50代、40代と、自分が歩んできた長い人生を逆に消して行くとすれば、すべてを消し去ったあとに一体何が待っているか、作者は科学者のごとく冷厳な目と詩人の哀しい心で、そこには死だけが残っていると、老母をじっと見守るのである。
というような内容だったが、それは僕が母との会話のなかで感じていた感情そのものだった。僕が不思議に思いながら、形にできなかったことを井上靖は文章として見事に表現していた。

と、ここまで書いていて、はじめに書き始めてきた内容とだいぶズレてきたことに気づく。僕が書こうとしたことは、僕も記憶障害があるのではないかということだ。
やっぱり、認知症がはじまっているのか。
気のせいか成人した子供たちのことより、育てていた頃の記憶のほうが鮮明になってきたような気がする。

今日、図書館から貸し出してある本の期日が過ぎているから、返却するようにという電話があったという。そうだ、それでこの日記を書こうとおもったのだ。

やっぱり始まっているのか…。





借りた本は、 リリー・フランキーの『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 これも、亡くなる母上のことを書いているけれど近頃にない面白さ、★★★★お薦めです。



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Last updated  2006.01.10 23:16:04
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