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目の前のタイプライターが突然!巨大なゴキブリになって部屋を這い回りその肛門から話しかけてくる。「I am your case officer」(俺はお前の上司だ!)こんな気色の悪い映画をご存知だろうか?ーーーーーーーーーーーーー今年の春ふと見かけたホーキングの宇宙というビデオ(全6巻)がきっかけでそれからカール・セーガンのコスモス(全13巻プラス特別編)や銀河宇宙オデッセイ(全8巻)などで宇宙や天体、理論物理を勉強し直してる。同時期に読んだ本の数は覚えてないが、磁場や磁気空間、タイムマシンや暗黒物質などなど、結構読んだな。でも正直言って、「よくわかる相対性理論」なども読んだけどいまだによくはわからない・・・ま、それはさておき宇宙から人間の内面の宇宙、脳へと興味は移りさらに星で言う核(コア)は人間で言えば腰でしょう!みたく腰、股関節の研究へと進みながらも同時に脳における感情、特に愛情とはなにか?みたいなことを調べるうち沖縄の憑き物落とし(霊媒)に行き着く。脳、思考と感情と行動、これが心の概要だと思うから。で、この沖縄の、神の乗り移り、みたいな人が唱える(叫ぶ?)、お経のようなフレーズがとてもゴスペルに近いのは驚いた。さてさて。星のコアと言える、人間の中心、腰。これは結局、性機能に行き着く。性力=生命力と考えるのはあながち間違いではないし、生きようとする能動的な力は結局、性エネルギーに等しい。というわけで、最近は変態を勉強してる。変態。人間は誰しもなにかしら変態的な側面をもつというけど私は、空手の試合で突きや蹴りが上手く入ったとき「よしっ!」という感情と同時に、今の痛っいだろうな、ごめんねというのがどうしても入るのでSっ気はないように思う。かといってもしハイヒールで踏んづけられたら「ざけんな、てめ」と怒り狂うと思うのでMっ気もないような。正直、SとかMとか妄想、倒錯的なことがよくわからない。しかし、変態とか正常というのはあくまで人間社会の規範であって宇宙の自然秩序とは違う。法律ではしてはいけないことは本当にいけないのか?有名な台詞、一人を殺せば殺人だが大量に殺せば英雄だ!この戦争批判だけでなく、人間社会のルールは人間が頭で作っただけのこと。自然や宇宙はもっと別な秩序にのっとっている。私はあまり変態には関心がないがこれはひょっとして「これはいけないことだ」と教えられた知識(常識)にしばられているだけで無意識的に避けているだけなのでは?なのでこれは一つ勉強してみよう(笑)といわゆる変態的な映画を見てみようと思い立つ。で、いくつか観るうちに冒頭の気色悪い映画、タイトル『裸のランチ』を観た。ちなみにこれはゲイやバイセクシャルなどだけでなく変な虫とかムカデががんがん出てくるらしい。一言で言えば薬物中毒者のジャンキーな幻覚って感じ?私は世の中で昆虫が一番苦手だ。子供の頃でもセミ取りなんぞしてるやつの気が知れないと本気で思ってた。それがこの、裸のランチはまず主人公の職業が害虫駆除だかんね。そしてそのゴキブリ駆除用の粉を吸ってラリラリになって現実なのか幻覚なのかわからない世界へと・・・私はホラー以前に普通の映画でも気色悪いシーンだけで苦手だからもう勇気振り絞って「がんばれ、ゆうじろー」と意を決して鑑賞した(そこまでしてみる必要があるかどうかはよくわからんが)。今後見る人がいるかもしれないので(いるか?)中身のことは避けるが、この映画なにげにNY批評家協会の脚本賞も受賞している。なのでくそくだらない意味なし映画でもないのだろうがどうもデカダンス(退廃)趣味はよくわからん。ただロッキーホラーショーもそうだけどこの手の内容はその公開当時においてはタブーを扱っている訳で、性倒錯などこの当時は口にすることすらいけないことだった訳だ、だから裸のランチの原作は、発禁にさえなったのだし。未だ変態、変質はよくわからない。違うな、興味もてない。一度、女装でもしてみるか?と思った瞬間になんか自分が壊れていきそうで怖い・・・でもこういうのって、本当に興味が持てないのか自分が本来の自分に目覚めるのが怖いのかどちらかはわからないな。ロウソク垂らしたり垂らされたりの世界、ムチや縄の世界、うーん。一生知らないままでいい気がする。だがしかし!人間規範と宇宙の秩序はイコールではない!芸術にはどこか背徳的とか官能的だったりする部分があるしみんな仲良く世界平和と表でいいながらも残虐的な行為を望んでいたりそこに興奮し快楽を感じたりする。そういやはるか昔、高校の修学旅行で四国に行き闘犬を観た。巨大な犬が互いに食いつきあって戦う様は私にはグロテスクだったけど周りは結構興奮してたよな。だめだー、自分にはエログロの良さがわからんっ!しかし私の変態志願はまだ終わらない。エログロはダメぽいがせめてシュール、不条理はどうだ。というわけで今目の前には、カミユの異邦人とシーシュポスの神話そしてカフカの変身と流刑地にて、が積んである。中学の時に一度読んだだけだけど改めて読んでみよう。ある朝目が覚めたら、自分が虫になっていて殺人の動機は「太陽が黄色かったからだ」ぼんくらポツネンの私にシュールという不条理世界は理解できるのだろうか???
2007年08月29日
どういうわけか、自分のこのブログのトップページが自分のPCで表示されないっ!いっつも「ただいまアクセスが集中しています」というコメントが出て。なんだこれ? まいいや。光る、そのやり方。これは小難しく言えば漁師の力学!ではなくて量子力学でも言えるが簡単なやり方論で言えば電車で席を譲る、これだけでもいい。ただし、良いことしよう!と思っている間は光らない。なぜかの説明よりももう一つ例を。誰かを笑わせる。この時、光る。笑顔は光る、相手を笑わす、つまり相手を光らせることが、自分が光るということ。大事なのは笑われる、ではなく笑わせる。宴会でズボン脱いで笑われても光らない。その人の光の量は、その人がどれだけ人(相手)を笑顔にさせられるか、に全くもって比例する。しかしほっとんどの人は、一日のうち一人も笑わせることはしないし出来ない、いやしようとさえしてない。相手を笑顔にさせる、この行為に光の原点があると言えるし実は合気の原点とも密接に関わる。それは「崩し」。相手を崩し制する、これと笑わせる。とても共通していてそして大事。今思ったけどそういやうちの会員ってこんだけ合気習ってんのに人を笑わせられないやつばっかだよなー(怒)これまで私を笑わせて(楽しい気持ちにさせて)くれたのってくれはさん以外いないよな。だから合気のレベルもこちらが思ってるほどにはあがらないのか?あ、ちなみにね、私は初対面の人に対してニコニコしたりはしない。これは人を笑わせる大事なテクニックのためにそうしている。私はインチキセミナーの講師じゃないんだから良い人に思われようなどとはしない。歌が上手くなってもらう、呼吸とリラックスのレベルアップその結果を出すためには良い人だと思われる必要はない。習いにくる人が上手くなること。それこそが重要な訳だから。さて。人を笑わせるようになるとその人自身のノリが良くなってきてリズムが活きる。笑顔、ノリ、リズムそして光。これはかなり本質的なことであ~る。
2007年08月28日
最近、人が光を放つことに対していろいろ発言しているけれど一つ言っておきたいと感じたことが。それは「悩み」や「迷い」があると光らない。も少し正確に言えば「悩み」や「迷い」にはおおざっぱに分けると二つの種類がある。解決していかない「悩み」や「迷い」は悪い意味で自分のためだけに「悩む」か「迷って」る。自分中心の人が自分のことだけを考えて「悩み」や「迷い」を抱えた時は解決まで非常に長引くし、絶対に光らない。人が光る法則の一つに「誰かのために自分を捨てたとき」というのがある。自分を捨てる時ほど人は集中し無我になる。そして光を放つ。だから自分さえ良ければ良いとか、結局何でも自分だけたとえば相手を一切見ず自分にしか関心ない、というのも含めて心の内側に入って、悩み迷っている時、例えば自分のここが悪いとか自分はどうだ自分はどうすれば良い? とかは自分のことしか見えず考えてないから、光が見えない。自分という宇宙がいくら広大でもそこに自分しかいなければ光らない、というか光ったとか光らないとかの、意味も価値もない。光とはあくまで相対だ。まばゆいばかりの光に溢れた部屋で懐中電灯つけても見えないように真っ暗な部屋には 影(陰)が存在しない。どんなに貧乏でもこの子を立派に養っていくと覚悟を決めた親はその子供にとって美しく光り恋愛相手がいても自分のことしか関心もたない人は相手をも闇に巻き込む。愛するものがいるほど光る。光とは、相対。これ重要。
2007年08月25日
プロこそ読んでほしい モテるための脱力発声トレーニング「合気と宇宙とゴスペルと」ーーーーーーーーーーーーー あなたは輝いていますか? まず始めに あの人は輝いている! というのは間違いなくホメ言葉ですよね。 あいつはまぶしいくらいキラキラ輝いている、 だからダメなんだ って言います? 普通言わない。 輝いている人は何故輝いているのか そこには、理由があります。 決して理解が簡単とは言えません、わかりにくいです。 しかし明確です。 アインシュタインの相対性理論って聞いたことあります?よね? 光は普通ものすごい速さでまっすぐ進みますが 空間がひずんだとき、ゆがみます。 (今、めまいした人~~) リンゴが木から落ちるのは引力のせいではありません。 互いの質量バランスがあったとき、互いに引き寄せ合うのです。 (さらに、めまいした人~~) 「光り輝く」、 これはものすごい魅力を感じたときに 使う言葉では、あ~りませんか。 もし、もしカメさん、ではなく もし あなたが光り輝く人だったら? 異性にモテるでしょう 営業ならセールスが伸びるでしょう お店なら繁盛し 芸能人なら人気が出る 部下や上司、家族恋人誰であれ あなたは好かれます = モテます 誰でも輝くことはできます。 しかし簡単ではありません。 そこには複雑に絡みあった特定の条件があります。 宝くじは、普通は当たらない。 当たるよりも当たらない確率の方が膨大だから、 でも毎回必ず、当選番号は存在する! 絶対当たらない訳では、ありませんよね。 普通の人は、一生光り輝くことはありません。 しかし誰でも可能です、がそれは非常に特殊な状況と 条件がかみ合った時だけ、なのです。 もう100年も前に否定(?)されたニュートン力学ですが 今も多くの人は地球の万有引力を信じている。 なぜでしょう? それはこっちの方が簡単だから、 理解しやすいから。 アインシュタインですら宇宙が膨張していると言う説に 最初は理解できないというより抵抗しました。 自分の実験結果からも予測できたことなのに 「宇宙が膨張するなどあり得ない!」と認めなかった。 それほど、自分の常識以外を受け入れるのは難しい、しかし その壁を壊さない限り、光り輝くことはありません。 リンゴは地球との重力バランスが取れた瞬間、 互いに引き寄せ合うのです。 そのときほんのごくごくわずかですが、地球もリンゴの方に動く。 これが今の考え方、ですが 地球がリンゴに向かって動くなんて 常識では考えにくい。 弓道というのがあります。 これが西洋のアーチェリーと全く違うのは 弓を射るのは自分ではない、ということ。 ぢゃ誰だよ?普通はそう思います。 達人曰く、「それ」だそうです。 それって「なに?」 それは笹の葉に雪が積もって、ある瞬間「ざざっ」と落ちる瞬間の ようなもの。 そう、地球がリンゴを引きつけるその瞬間のようなもの。 わからない?ですよね。 わからない人にはまったくわからない、しかし ある法則(環境と条件)が確実にある。 そしてそれをコントロールする方法というのも 確実に存在します・・・この文章は今度新しく発行するメルマガの準備原稿ですので一部または全部の転載はしちゃだめです。プロこそ読んでほしい「モテるためのボイストレーニング」ーーーーーーーーーーーーー
2007年08月21日
プロこそ読んでほしい「モテるためのボイストレーニング」ーーーーーーーーーーーーー まず始めに、 自分が心の底から欲しいと思うものを 引きつける力とは誰もが持っています。 その仕組みと正体は、ややこしいですが きちんと説明できるものです。 で、モテない人 というのはそれを勘違いしてる人なのかも。 モテる人は お金がある とか 容姿スタイルがいい とか 学歴がどう、勤め先がどう、鼻が高いだ、足が細いだ そういうこととは、あんまり関係ありません。 ないっ! とは言わないけど それほどでは、ないんですよね。 よくお金があれば女性はどうにかなる、と思う男性がいます、 が馬鹿です。 とんでもない思い違いの典型です。 公園のハトにむかってパン屑を投げれば確かにハトは集まる。 でもそれは、「パンがモテている」だけ。 お金がたくさんあれば、お金が大好きな女性は集まるかもしれません。 しかしそれは、お金がモテているだけ。 ですから、本人の魅力ではあーりません。 パンがなくなれば、お金がなくなれば もう、あなたに用はない・・・ そんなあなたは、幸せでしょうか?ーーーーーーーーーーーーーモテない人の二つの間違い モテない人は無駄な努力を一生懸命しています。 それはハトにモテたいからとパン屑を必死になって かき集めてるのと同じ。 近所の子供にアメを配って喜ばれるお年寄り、 その光景は微笑ましいですね。 しかしモテる人は パン屑やアメがなくても大丈夫なんです。 いらないんです。 本気でスタイルがいい人は、何を着ても格好いい、のと同じ。 小道具や小手先のテクニックなどなくて良い。 もっと大事なのは別にモデルみたいなスタイルでなくても 自分らしく着こなせてる人は、カッコいい。 大切なのはここ! 自分流というスタイルがあるかないか、 なのですがここを間違えやすいんですよね。 もうひとつはモテない人は無理をしてます。 モテる人は無理をしません。 コミュニケーションを心理学として考えたとき 一番嫌われるのは、不自然な人 わざとらしい人、ですづら。 (誰がヅラぢゃ、ぼけー! 矢部刑事風byトリック) 多くの人は好かれたい人に接するときほど 良いところ見せたい、格好つけたい、 現実よりも一段も二段も上の自分を演じよう、 見せようとしてしまう、 その不自然さが、より嫌われる原因になったりしますづら。 (誰がヅラぢゃ、ぼ・ もういいや) モテたいからモテない。モテたい時ほどかえってモテない。 不思議というか人生って切ないっていうか(涙) しかしモテる人は だらしなく言い訳した自分らしさ ではない 無理せず自然体でいられる「自分流」というスタイルを持っている、 こういう時、人に好かれ向こうからよってくる。 (あとで説明しますがあてもない一人旅をしている人がモテるのも ちゃんと理由があるんです) もしあなたがモテたいのであれば、自分の価値を下げてはいけません。 簡単に体を許す女性ほど簡単に捨てられる仕組みも同じですが モテたいのであればあなたの価値をいつまでも高いものにしておかないと。 優しくまじめで良い人は相手の欲しいものを簡単にあげてしまう。 相手の言うことを真面目に聞いてしまい答えてあげようとする。 これって実は自分の価値を自ら下げてる行為なんですよ。 良い人ほどモテない。稼げない。 逆に人気がある人、お金に不自由してない人は 悪い人とは言わなくても、変わった人が多いでしょ? こうゆーのを心理学で変性意識といいますが 論理学ではマクガフィンと言います。 ようはっすね、 モテたいなら、モテたいという気持ちをまず捨てること。 よくわからんっ! と言われそうですが あまりモテたいパワーがぎとぎとに強い男性って、 モテないでしょ? そんな感じです(←どんな感じぢゃ?) ーーーーーーーーーーーーー 私は普段、自分の教室で、呼吸と発声を指導するという 職業をしています。 ボイストレーニングとモテる、モテないが どう関係しているか。 おおくも ぢゃない 大アリ なんです。 私のレッスンにはプロ歌手やアナウンサー、司会業、セミナー講師といった ビジネスとして 声でモテる必要がある人 が来ます。 お仕事上、モテないといけないんですね。 人は話を聞いても、その内容を3割以下しか記憶していない、と言われます。 ある実験では7% というデータすらある。 しかし相手の印象(服装、顔立ち、立ち居振る舞い)などは 鮮明に記憶します。で人間というのは単純で ようはその相手が 好きか嫌いか(良い人か悪い人か)、どちらかに分類して記憶します。 この時、実はその人の声と、話し方が、印象の善し悪しに ものすごく関係するんですねぇ。 いってる内容なんて、じつはどーでも良くって 言い方、話し方、その声の音色で 好きか嫌いか決められてしまう。ですから人気のセミナー講師は 内容なんかしょーもなくても、大丈夫、 何を言おうと好かれてしまうし 逆にモゴモゴ、グズグズ しゃべってるんだか、言いたくないんだか そういう態度の人は間違いなく悪い印象で記憶されます。 あなたがもし嫌われたいのなら、相手に対して わざとらしく無理して、そして話したいのか話したくないのか よくわからないような煮え切らない態度、いかにもつまらなそうな表情で いてみてください。 相手の年齢、国籍、一切関係なく見事100%、嫌ってもらえます。 つまりモテない人というのは どこに行こうと相手が誰だろうと、モテない・・・(あぁぁ) ーーーーーーーーーーーーープロ歌手のうまさの秘密 いってる内容なんて、じつはどーでも良い。 ちょっとひどい言い方ぽいですが、事実なんです。 歌手の人気と歌のうまさは別でしょ? 実は私、あるキッカケで東京のテレビ局のとある情報番組に 13歳、中学一年生から高校三年生まで出ていました。 でそこには毎回新人歌手がゲストで来ます。 私のようなハナたれ小僧でも、たくさんの新人歌手を見るにつけ だんだんと、「この人売れる」「この人売れない」の 違いがわかるようになるんですね。 そう思う、だけじゃなくて実際、その曲、その歌手が 売れたかどうか結果が出ますから 「あ、やっぱり」とか「あれこの人意外ね」みたいな感じで 相当な数、接していれば段々共通点が見えてくる。 で、ガキンチょの私なりに不思議だったのは 歌がうまいとへた、売れる売れないは あまり関係ない(正比例しない)んだな、と。 私が出会った中で圧倒的な歌唱力だったのは 岩崎宏美(現 益田宏美)さん。 宏美さんはデビュー当時から歌声に、迫力と透明感があって すごかったす。 ちなみに性格も明るくオープン、アネゴ肌的で 収録スタジオでは自分より年下の私が珍しかったのか よく話しかけてくれました。 でもう一人、とても仲良くなって自宅まで遊びにも 行かせてもらった人がいるのですが、その人もうまかった。 でも宏美さんはヒット曲連発してどんどん スタァ街道まっしぐら(昭和風な言い方、笑) だったのにもう一人の人は一時、人気が出たのに消えてしまった。 ものすごくいい人だったのに。 (今も音楽活動してるらしい噂は聞きましたが) 逆に歌声聞いて、腰が砕けるくらい下手なのに、 ものすごい人気が出たバンドもいます。 そういう人たちをたくさん見て聴いて プロ歌手に一番必要なのは、歌のうまさじゃないんだ、と 感じた訳ですね。 いやアマチュアはうまければいいわけですけど プロほど、それだけではない「なにか」が大事なんです。 ーーーーーーーーーーーーー謎の光 当時のハナたれの私にはその「なにか」とは何なのか、 はっきりわかりませんでしたが ある決定的な出来事がありました。 それはある二人組に初めて出会った時 もんのすごいまばゆいような光と心を射抜かれるような パワーを感じたからです。 「なんだこれ、すげっ?この人たちなんか、ものすごいぞ」と。 事前に宣材(宣伝用資料)は見てましたけどその時も写真見て ちょっとぐっと来た。でもそれは他の人にも割とあること。 でも実際あった時の彼女たちの「光」は半端なかった! よく芸能人オーラとか言いますよね、または鼻がある、ぢゃなくて 華がある、とか(鼻が無かったらある意味すごいか) このメルマガで伝えたいのはそれです。 その光とは何なのか。どうすれば出せるのか? ガキンチょの時に感じた言葉にならない不思議な光 しかし今ははっきりと説明できる、だから 私は現在それを声で出す方法を 教えることを職業としています。 私自身、その光を出せましたがその理由は 私が持つある病気と、 後年道場で修行した合気という武道で 出会った達人に関係します。 さらにその仕組みは、超常現象、神秘ではなく ややこしいですが、 アインシュタインの相対性理論と ハイゼンベルクの中間子理論で説明可能なんです。 (今ちょっと 引いたでしょ 笑) ただ難しい理屈を理解する必要はありまへん(←なぜ関西弁?) 電子レンジの仕組み (超マイクロウェーブで液体の分子速度を加速させて暖める) を知らなくてもいい。あなたがすることは あたためボタン を押すだけ。 誰もが持つ、人に見せたくない自分の欠点を 合気などで行うトレーニングによって 自分の呼吸、声を エネルギーとしての光に変える。 そのためには欠点やコンプレックスが非常に重要です。 (あるほどいい) しかしそれを光に変換(エネルギーの昇華)するには 身体の全体バランス、特に下半身の使い方がわからなければ 調和が取れず、欠点は長所にならない。 ちょっと考えてみてください。 古今東西、すべての芸術は 性 に関係します。 歌の内容がほとんど恋愛がらみなのも同じ。 性欲は大事、ですがそれを芸術にするには 性衝動の転換がないと。 舞踊(ダンス)、スポーツ、そしてセックス これらの基本はすべて、腰、骨盤。 プリミティブ(原始的)な動きの基本は 上半身と下半身のバランスを司る腰のコントロール。 で、腰が固い人、そして身体が冷えている人は 性的魅力、性的エネルギーが高くなりません。 モテる、好かれる、欲しいものを身につける、そのために 努力や練習、勉強が嫌いな人は読まない方が良いでしょう。 プロやプロ志望、もしくは 自分の欲しい物を探して絶対手に入れたい人に 読んでほしい内容です。 「合気と宇宙とゴスペルと」 追伸私が出会った静岡出身の二人組、デビュー直後からまたたく間に日本中に一大ブームを起こした女の子その彼女たちの名前は今度新しく発行するメルマガに記載しちょります。この文章は今度新しく発行するメルマガの準備原稿ですので一部または全部の転載はしちゃだめです。プロこそ読んでほしい「モテるためのボイストレーニング」ーーーーーーーーーーーーー
2007年08月16日
無加自声日記(07/08/11)腹が立つ。これにはいろんな理由があるけれど一つには相手に、自分ほどの善意を感じないとき というのがある。自分はこんなに一生懸命だとか善意を持ってやっているのに相手は同じほどにはしていない、と感じると腹が立つ。相手の無礼を不快に感じるのもこちらが礼儀正しくしているのに、という気持ちが根底にあったりするがこれは、結局相手への要求、依頼だ。自分はこうだから、あなたもそうしなさい、と依存、もしくは命令が強いほど相手の態度に腹が立つ機会が増える。我慢しやすい人は無意識に相手にも我慢を求めるから相手が不快になる。なぜ我慢をしなければいけないのだ、と。しかしこちらは、それが普通、それが当然そういうものでしょう?ととても自然にそして無意識に要求している。が普通は要求しているとは思わない。「正しい」と思っている。自分の正義を相手にも求める。これは「辛くなる」しかない。自分と相手は違う。この当たり前のことをつい忘れて自分の正しさを相手にも要求してしまうけれどそれをするほどに不快さが増える。カウンセリングなどでいわゆる重症と判断される人は治療に長期間が必要なわけだが実際、それは治るのが難しいという意味だ。それほどに、人というのは自分の正しさを「全員の正しさ」だと思いやすくそうではないことを受け入れにくい。相手は自分と違う。もしそう思えることが容易であるなら、宗教戦争も終わることがあるかもしれない。しかし、現実にはなかなかそうはいかないんだよなぁ。もちろん自分含めて。
2007年08月12日
無加自声日記(07/08/10)大流行りのビリーのブートキャンプ。このおかげで整体院が大もうけをしているらしい。なぜなら急な運動、それも激しい動きで体を壊す人が続出しているそうだ。本来体を強くするはずだがそれで怪我をする。ようはこれまでろくに運動もしてないまたは以前はしても最近ご無沙汰だった人が急に無理することで、特に腰回りをいためてしまう。現実の己を知らず、無理をしてもろくなことはない、だけど、こういう人は何をやっても同じようなことをいつまでもいつまでも繰り返す。なぜなら、自分に本当にふさわしいもの、ではなく面白そう、流行っている、やってみたいという遊び感覚でしか物事を測れないから。つまりは他力本願なんだね。体によい、と思ってしたことで怪我をし元通りになるための治療で余計な金を使う。自信過剰、うぬぼれの強さが自分に適したものを理解する力すら奪ってしまうのが悲しいことだけれども今の自分は、思うほど大したことがない、というのを認める勇気はなかなかもてないみたいだ。しかしうまくなる人ほど、すごい人ほど自分を過大評価せず、謙虚であるのは否定できない事実。
2007年08月10日
無加自声日記(07/08/09)ここしばらくPCが絶不調。なんとか復旧に5日を要す。はぁ。さて、歌がうまくなるのも楽器がうまくなるのもいろいろ共通点があるけれど歌でいえば脳で歌う部分と体で歌う部分が、明確に整理できてない人は無駄な練習ばかりする。今自分ができていないことは脳での理解ができているのに体がついていってない、のか脳での理解そのものがまだできていないかによって練習するべきことは異なる。どういうわけかくだらないプライドが高い人ほど自分を客観的に見られないという特徴があるけれどこれが「たいしたことできないくせに、できてるつもり」というとてもやっかいな状態を作る。今自分ができていないことは何なのか?そしてその理由は?これをしっかりと見極められる人だけが今考えるべきか、それとも考えずにやるべきか、の境目が見えてくる。脳のトレーニングには絶対スピードが必要だが肉体のトレーニングはまず、しっかりゆっくり始めなければいけない。急ぐべきか、ゆっくりするべきか、この違いは大きいのだけどどちらが正しいかの結論を出すには知識がいる。だけどなぜか正しい知識がない人ほど自分で考えたがる。武道では二流の師に3年習うより3年かけて一流の師を探せという言葉があるけれど今日レッスンした男性は、一年歌の先生を捜してました、と言っていたけれどなるほどね。うまくなる訳だ。やみくもに習うだけなら、習わないよりもよくないことを彼の脳は知っていたんだろう。
2007年08月09日
不思議な夢を見た。ーーーーーーーーーーーーー晴れた日の午後。階下が騒がしい。何だろうと思ってのぞくと見知らぬ子供たちが勝手に入ってきては通り抜けていく。なんなんだ?と慌てておりて行くと今度は大人。なんで勝手にはいってくんの?と驚きながら問うと思いっきりの笑顔で「これ、差し上げます」とクッキーなどが入った30センチほどのバスケットを手渡された。驚いているとまた、別の大人が来て「このかごと交換してくれませんか?」見れば山盛りのお菓子。いいですよ、と交換すると次から次へと別な人が来ては交換をせがまれる。たくさんの人の中には「ちょっとそれだと・・・」と交換をお断りさせていただく人もいるがそんな豪華なやつと交換してもらってよいんですか?と驚いてしまうくらいのものを持ってくる人も。そのうち私のカゴは4種類のお菓子があふれるほどかなり豪華になって、ふと思う。あなたのその種類とこの種類だけなら交換したいのに、と部分交換したくなるがなぜか、かごごと交換でなければいけない、それがルール、と私は思ってる。あーそれ欲しいなー、と思うけど全交換だとちょっと、そんなことが続き、どこかから声がする。「カゴごと交換しなければいけない、などというルールはないよ」でも私は心の中で「それはずるいんじゃないのかな、欲しいものだけなんて」1種類だけの交換をとてもしたいのに、なぜかしない。それはずるいと感じる。でもしたい。そのうちし始めた。自分が勝手にルールを決めて、それを守る、でも破りたい。自分でも訳が分からない。そのうち種類ごとに交換し続けて私のカゴの中身はものすごいことになってきた。色とりどりのおいしそうなお菓子たち。きれい、おいしそう。見ているだけで心が豊かになるようだ。でも。なぜか、無性にバナナが食べたいと思う。カゴにはものすごいおいしそうなお菓子があふれているのにバナナが食べたい。ふと小さな女の子が目に入る。よく見れば、かなり痛んではいるがその子の手にはバナナが一本。声をかけてみる。なぜか私はこのとき既にかなり高齢になっていた。「お嬢ちゃん、このカゴのお菓子全部とそのバナナ、 交換してもらえないかな。」 「でも、そのカゴ全部のお菓子とじゃ、こんなバナナ一つ 交換できません」「いやいや、わしはそのバナナが欲しいんじゃ。 それをくれるのならこのお菓子全部持っていっておくれ」「いいの?」「いいとも!」こうして私は、すべてを渡して、みすぼらしいバナナを一本大事に抱えた。本当に欲しいものをやっと今、手に入れた。その思いは、本当の豊かさを手にしたという満足で私は至福の恍惚を噛み締めていた。ーーーーーーーーーーーーー不思議な夢だった。昨日、祖母が亡くなったことが関係しているのだろうか。
2007年08月07日
7月東京レッスン感想 としえ声日記 2007/8/4大変遅くなりまして、すみません。今頃ですが7月東京レッスン感想です。>先生レッスン、審査、どうもありがとうございました。また、レッスン感想をありがとうございました。>レッスンに参加されたみなさんお疲れ様でした。---------------------------------今回は名古屋のタツヤさんが参加され審査の中で色々指導していただいたのだが、真剣さや集中がより高まったように思う。自分がやる、できるはもとより、人に教える、できる方向にもっていくことへの取り組みというか、意識というか、初段というお手本を見せていただきました。>先生、タツヤさんどうもありがとうございました。強く速く吐く。これが大切ということなのだが、自分はつい力がはいってしまいがち。船漕ぎや座り走り(?)ではできたつもりでもたとえば割り箸折で相手ではなく自分のが折れる。今回一度だけ、すっと相手の割り箸が折れたのだがその感覚は、ベーシックでみんなで声を出したとき先生に みんな声は出ているけど陰な感じと言われあらためて出しなおしたときと近い気がした。やろうと意識しすぎない。オープンフォーカスみたいな感じかな。審査後、先生から講評をいただき脳のあり方など課題を示してくださった。最初、脳といわれたときはよくわからなかったのだが今の自分の状態を含めとても大切なことをあらためて教えていただきました。>先生いつも最善のご指導をどうもありがとうございます。
2007年08月04日
無加自声日記(07/08/02)わちきは特に信仰の対象を持っていないし何ら団体に所属はしていない。この広い宇宙と言えど、人格を持った神様は存在しないのではないかと考える。しかぁし。神様を信じるのは良い事だ。これが なに様 でも良いと思う。なに教とかそういうことではなく、信仰の対象がもっと広い意味で自分が無心になって、頭を下げられる存在があるのは良い事だという意味。それが親でも先輩でもなにかの師匠でも良いし友達だってペットだって恋人だって自分の子供でもいい。僕が私が、という自分優先ではなくて絶対に帰依出来る他者という存在は心にあった方が良い。自分に自信がない者ほど偽善者になる、という言葉がある。心底信じる者が無いから言葉だけの奇麗ごとに終始するということか。私で言えば「絶対の存在」とは娘なのだけど、自分が死んで娘を守れるなら思い切り満足して死ねる。娘を守る、このことには絶対の自信と信念があるからイザという時には、奇麗ごと抜き、誰かを殺めたとしても娘を守る。自分が大事、自分中心、こういう人は歌もうまくならないってかとにかく変わらないのをいやになるほど見てきた。歌の指導で「こちらを信じている人」は言われた通りするから短期間で驚くほどの上達をするけれど信じず自分のやり方に固執する人ほど要求ばかり。アレしてくれ、この位はして欲しい、私はここまではしますから、そちらはここまでしてくださいだとか。こういう相手への信頼をラポールがあるとか無いとか言うが相手を喜ばせることができる人ほど実は奉仕が出来る人でつい要求しているのに、自覚なく、これが正しいと自分の権利ばかりを主張する人は自分を信じると言うことが出来てない。のに、自分で考える、自分のペース、タイミングを大事に、などなど自信が無い人は実はとても自分中心だ。自分中心だからいっつまでたっても自信がつかない。宗教者の絶対的自信は時に怖いけれども(自爆テロとか含めて)無心になって頭(こうべ)を垂れる存在はあった方が良い。習い事は師への絶対的信頼からしか生まれないし禅や武道など特にその傾向が強い。そこに損得が働く人は門下にさえ入れない。無心になって膝まづき、祈りを捧げる存在はその対象がなんであろうともないよりあったほうが、豊か ぢゃないだろか。
2007年08月01日
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