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歌なんてヘタで良い。音痴で死ぬか?声が悪くて自信が無くて何が悪い~~~~~~っ。一生カラオケに行かなくたって病気になるかってぇの。生きて行くのにライブやコンサートをする必要などあるわけもなし。しかし。実はこういう人ほど、一流と言われるプロ歌手、ミュージシャンアーティストと共通している事があります。それは?続く
2007年10月31日
>先生レッスン、ミーティング、どうもありがとうございました。>レッスンに参加されたみなさんお疲れ様でした。---------------------------------前回、今回と続けて 一教を重点的にご指導いただいた。前回は自分でも異常と思うほど できなかった。今回はまがりなりにも できた。もちろん文句無くできたというわけではないが、少なくとも前回のようにひとり空回りではなく、相手がいた。この違いはなんだろうか。先生には「できないことに向き合ったから」だろうとご指摘いただいた。前回レッスンで自分は技ができないとどんどん閉じてしまっていると感じたので今回は閉じないようにしようと思っていた。具体的には、動き、流れ、勢い、そういったものを止めない。一方、レッスン後のミーティングのときは先生の問いかけにグズグズ、煮え切らない態度をとってしまった。自分に迷いがあったからなのだが、結論をださないのは出した結論を批判されるのを恐れているからということだった。以前、やはり先生から笑わせることができない(しようとしない)のは、結果をおそれているから、基準が自分にない、相手になっているからと言われたのと同じか。今回 技をやっているときにはそういう気持ちはなかった。色々考えるよりやることに集中していたように思う。この「気持ちひとつ」のコントロールをあらためて学んでいきたいと思ったレッスンでした。>先生どうもありがとうございました。---------------------------------
2007年10月30日
歌って喜ばれる、アンコールを貰えるパフォーマンスができるそのために大切な事とは?歌なんか下手でいい。唄う事が好きぢゃなくて良い。そう言う人ほど、快適に唄うための才能があると改めて思います。昨日、はじめて、特別擁護老人ホームと言う所でボランティアとして唄ってきました。ものすごく喜ばれた。自画自賛したい訳ではないけれどどのくらい喜ばれたかと言うと終わって泣き出す人、握手の手を離そうとしない人などなど。しかしそれよりも、担当職員の方が是非又やって欲しい、12月はいかがですか?と言われた事も大きいです。というのは、これは社交辞令ではないそう。なぜなら、ボランティアしたい、唄わせてください、踊らせて、手品させて、などなどやらせてくださいという希望者は、くさるほどいるそうで担当の方は、断るにも数が多すぎて、希望,申し込みされても困る、と言う状況なんだそうです。では、なぜ、私にさらに、やって欲しいと頼んだか?それは施設にいる方達(在院者と呼ぶらしい)があんなに喜んだのは初めてです、という台詞に代表される。これもタネがあるわけで。なぜなら、私は在院者の方のために唄う、ではなく在院者の方に唄わせる、つまりボイストレーニングをした。担当のOさん曰く、「やらせてくださいという人は皆、自分たちのためにやりたいのであって 本当に在院者の事を考えてるわけではないんですよね」と。そう。唄いたい人は、自分のために、自分が気持ち良くなりたいだけ。で人前で唄う場所を探して、ボランティアさせてくださいと言ってくる。きれいごとで都合の良い理由だが本人たちは相手のためと本気で思ってるのかもしれない。しかし、受ける側は、本当にこちらの事を考えてくれているのかそうでないかは、わかるもの。唄える、唄いたい、唄って上げます、こういう人はとても多い。はっきり言って,こういう人は本番前に「(自分が)うまく出来るだろうか?」とくだらない緊張する。悪い緊張、よけいな不安を生むのは、自分の事しか考えていないからというのも大きいんでしょうね。私もやる前、すごく緊張した、しかしそれは「どうすれば楽しんでもらえるか」なのである。さて。歌は下手でも良い。何故そう思うか。昨日のホームでのイベントでは、最初みななにがしかに不自由のあるお年寄りばかりだし決して雰囲気も明るくない。私が紹介されて出て行った所で「あんた、誰、なに?」そういう反応すら無い。ただ、ぼんやりと座っている。しかし、歌は健康に良い、呼吸は大切と少しだけ説明して唄いましょう、大きく呼吸しましょう、とどんどん声を出してもらうと多くの人が、明るい表情になって行く。正直、こちらがびっくりした。そしてみなさんと歌を歌って行くほどにどんどん場が華やいで、みるみると活気のある状態になって行くのを感じた時感動してしまった。「歌の力ってものすごいんだ」と再認識した次第。在院者の方は、歌がうまくなろうとか思ってません。ましてやプロ志望のはずも無い。しかし、ただ歌の気持ち良さを伝えそれについてきてもらう事で多くの方たちが、とても良い声を出すようになってくる、それは、歌がうまくなったと言っていい。もちろん、声が出せない方もいる、こちらの話もよく聞こえてないかな、意味通じてないかな?と思った方もいるけれど、でも表情はなぜかはわからないが見違えるほど,明るくなっている。それは、終わったあとスタッフの方も口々に言ってた。うたって、うたそのものに、やっぱりものすごい力があるんだ。ーーーーーーーーーーーーー唄いたい、唄うの大好き!こういう人ほどうまくならないし、迷惑な声でしかない。ボランティアしたいと言っても断られるような人は歌本来の力を、忘れているんぢゃないだろうか。こういう人は本を読んだり何かを学んだとしてもそれを、頭で話す、しゃべる、唄う。それは上っ面に感じられてしまう。もっと純粋に、気持ちがいいとか、楽しいと素直に感じられる事さえ出来れば、やはり、よい声になって行くし歌はうまくなる。そうして練り上げられた歌は、心で唄える。借りてきたものだけをつぎはぎでつなぎ合わせただけではなく自分の気持ち、自分の言葉、イメージが伝えられるようになる。そうなることで、レベルが上がれば信念すら出来上がる、そうすると「もっとやって欲しい」といわれる事もあるだろう。ーーーーーーーーーーーーー昨日、楽屋に入った時、ホームの課長さん(2番目に偉いらしい方)と挨拶したがふん、みたいに一瞥されただけだった。あとで聞いたら今回コーディネートしてくれた方が言うには最初、歌の先生を連れてきたいと言った時「その歌の先生って、ちゃんと唄える人なの?」とかなり不機嫌そうに言われたらしいです。どうもその課長さん自身、かなりの音楽経験があるそうでどうせ、あたしからすれば大した事無いでしょう、的な態度だったらしい。確かに最初の挨拶ってそんな感じだった(笑)でもステージが終わったらその方自ら、「楽屋にお茶はあるけど冷たい方が良いかと思って」とわざわざコーラーを手に挨拶に来てくれた、で私に向かって「先生は普段どういう事をご専門にしてらっしゃるの?」「まぁ、ブラックミュージックとかなんですけど」「じゃ、ゴスペルもおやりになるのね?」「はい」「どうりで、あの声量と通る声で」みたいな話をしていてそこにコーディネートの人が来たのですが課長さんがかえったあと「あの人がわざわざ挨拶にくるなんて信じられない、 まして飲み物持ってきて茶菓子まで出してくれるなんて 普通ならありえない!!」と仰っていたので、やった内容そして私の歌を認めてくれたんでしょう。歌がうまくなる、そのためには専門的な知識や技術も必要。そうしてレベルを上げていき、認めてもらう事も大切しかぁ~し、やはり一番最初に大切なのは聞いた風に覚えた事を、さも知ってる出来るといった頭で表現するだけの小手先ではなく純粋に感じ楽しみ、そして自分の中で熟成されるだけの期間を経て心で自分の信念とも言えるオリジナルが言わなくても溢れてくるようになる事でしょう。唄いたい伝えたい、自分の出来る事して自分が気持ち良くなりたいそれを、ボランティアと称して相手のために、なぁんてきれいごとぬかす奴はお断りされるだけ。何事も借り物でない、本物でないと。そして本物の歌を歌うには意外だけれども、今、下手だ という人の方が向いているのです。
2007年10月29日
今年もいろんな方から誕生日のプレゼントをいただいた。生徒さんからは袋一杯、サンタか?と思うほどいただいたりして。品物だけでなく,店の予約や段取りなど含め一貫したテーマをもって「イベント」にしてくれた事がとてもうれしかった。有り難い,ありがとう。この言葉を口に出来る事が本当に、有り難い事です。
2007年10月29日
幸せになりたい、と強く願っているのにその結果が出ない、という人はいます。相手に伝えたい,よく思われたいと望んでいるのにまったく逆の結果になる人がいます。なぜ、自分で そう望んでいると思いながらもそうなる人と逆の結果になる人がいるのか?このポイントが分かれば場を盛り上げて自分が主役になることができます。ーーーーーーーーーーーーー自分では盛り上がっているのに気付いたら周りには誰もいなくなってた。あまり楽しい事ではありません。「盛り上がってきたねー」「あんただけね」みたいな。こういう人は指摘されても気がつけないのは自分では気持ちいい,わけです。こういう人の声に共通するのは興奮しやすいため発声ポイントが、かなり上にある。落ち着いた響きのある声ではない、でも発声のポイントが上だと内耳には響くため自分では響いていると勘違いして本人は気持ちよい。下半身の響きが無く上っ面は自己陶酔しやすくそのため、自分で自分を褒めてはさらに盛り上がると言う・・・その盛り上がり方は自己啓発系セミナーやマルチ、カルトの団体ともよく似ていて,他では学園祭とか内輪で盛り上がってる飲み会とも同じであと小さい子供を連れた母親集団のファミレスでの会話も同じ。本人たちは楽しいが周りは迷惑、っていう声、といえばご理解いただけるでしょうか。自分をほめやすい人の声と言うのは面白くてそれを好む人も結構います、もちろんその人も自分を褒めたいから。共通するから共感するんでしょうね。リーダーになりたがる、他人の世話を焼きたがる、実際,小、中学の教師にもこの手の声はかなり多い。もちろんステージに立って目立ちたい,と言う人にも多い。つまり、ナルシストに多いということです。しかしナルシズムは悪い訳ではなくてよい声を出すのに必須条件とも言えるでしょう。 内耳だけの響き、自分だけの快感 悪いナルシズム 外耳での響き 自分も周りも響く 良いナルシズムでは良いナルシズムとは、ナルシズムを良い状態にするにはどうすればいいのか。周りによろこばれる、ナルシズムの満たし方。これはあります。良い歌い手、音楽、パフォーマーには必須でしょう。ではどうするか?以下次回
2007年10月26日
今日不思議な夢を見ました。予言者と出会った。見た目は大人なのか子供なのかわからない顔。女性のようにみえるのだけどいやに背が高い、しかし骨とか身体の作りが細くて男?女?それすらわからない。そして何かを問いかけたのだけど何も答えてはくれない。で、半分目が覚めてしまった状態でうとうとして「あの人一体なんだったのか?」ともうろうとした頭の中で考える。ふと鳥のさえずりが聞こえる(これは本物)。で,突然に。そう突然に頭の中でめちゃリアルな景色が広がり始めた。背の高い木々の森、そこに鳥たちのさえずり。きれいに澄み渡った空。なぜか、これがこの世のすべてなのだと感じる。しいていうなら景色を見ている自分、鳥たちや木々、そして空。これがこの世のすべて。自分、自分以外の生き物、そして無機物(空気とか光とか)。古代ではこの世は、火、土、水,金属とか4要素とか5要素に分けて考えた時代があった。まだ原子より小さいもの(原子核、分子、粒子、素粒子)といったものが発見されていなかった時代。錬金術師が金以外のものから金を作る方法を探していた時代。以後それは魔術的として禁止されるが実はそこから鉄(Fe)銀などの今で言う原子記号表の元が作られたのだけど今日の夢で言えば,細かい事はド~デモ良くこの世のすべては自分、自分ぢゃない生き物、そして非生命体。これが存在のすべて。正確には理論物理では暗黒物質(ダークマター、今だに解明されていない物質)の方が多いとされるが、ま、細かい事はさておき。ーーーーーーーーーーーーー自分ってなんてちっぽけな存在なんだろうと思う。この世の中の、ほんの微々たる存在でしかない。そして自分がコントロールできるのは自分だけ。このちっぽけな自分すら、意思でコントロールできなくてどうする?相手などコントロールできない、空や天気などコントロールできない。ちっぽけな自分しかコントロールできないのにそれすら出来なくて、ど~する?でもこれが難しいのではあるが。さて、今日であった予言者。でもなんであの人を予言者だと思ったのだろう。何も予言してないのになー。
2007年10月26日
心は無限心は本来、無限の広がりにある「あなた」の心とは「あなた」の妄想であり妄想は現れ消え、消えて現れるかくのごとく「あなた」もまた現れ消え、消えては現れる「あなた」が「あなた」である限り「あなた」は無限の空なる心とは出会うことはない「あなた」は死に、無限に死に無限に生まれ、無限を生き無限の悪夢を死において経験するであろう『グノーシスの一節』ーーーーーーーーーーーーーうふふん(笑)先日来、ツイン・ピークス全30話を見てその後今更ながらマトリックス(3部作プラス番外編2つ)を見て。チベットや東洋思想に影響を受けたと思われたこの作品、実は「グノーシス主義(Gnostizismus)」なんぢゃん?ハリウッド作品はご存知と思いまするが実はかなり聖書の引用が多い。マトリックスもそう。まず主要人物たちが乗る船「ネブカドネザル」号。この名前ってネブカドネザル2世からだよね?ネブカドネザル2世 新バビロニア第二代王(前605-562)。 アッシリアを退け、バビロニアの繁栄をもたらした。 また、パレスチナに侵入したネコ2世のエジプト軍も破った。 前586年、エルサレムから市民を強制的に移住させた(バビロン捕囚)。」 それから3作目でモーフィアスと対立する、決して主人公ネオを救世主と認めないロック司令官はパリサイ派ユダヤ人を象徴していると思う。パリサイ派ユダヤ人とは、イエスは危険人物であるとローマ帝国の総督ピラトをそそのかした人々、結果イエスは捕まり十字架にかけられる。普通Lockの語源は、「ロックする、鍵をかける」さらには、「固定する、動かなくする」の意味がある。ナイオビが、ロック司令官に言う、「あなたには、変化がない」というセリフはメタファーだろうか。もし「Rock」(岩)の意味も含めるなら。エルサレムで「Rock」と言えば、「岩のドーム」のこと。「岩のドーム」は現在ではイスラム教徒の聖地だが、そこはもともとユダヤ教の神殿があった場所。すなわち「嘆きの壁」という、ユダヤ教の最大の聖地である。ーーーーーーーーーーーーー他にもいろいろあるがあたしはマトリックス レボリューションを見て冒頭のだらだら続く大集団のエロっぽいダンスシーン、ここで嫌な予感。だって2作目のリローデッドでなんかゲームぽいCGが多く「うわ、つまんね」と思い始めていたのでこのエロダンスとそれにかぶるネオとトリニティのセックスシーンがもう、つまらん,退屈。なにこれ、早送りした~い、でももしなにか重要なヒントになる台詞でもあったら困るから我慢してた。で、なにもなし、どっひゃ~ん。1は面白かったけどこりゃ、2.3と最後にいくほどつまらんのか?って感じですがあとで思うと、あのだらだらシーンの意味のなさこそに意味があったんだ、と思う。ようは、性=生 そしてそれは生命=愛 って感じ?マトリックス全体の解釈はいろいろあるだろうしそれはファンの人たちにまかせるとしてあたしとしてはアーキテクトとは神(善)、それとも悪魔?ってところ。で2作目リローデッドの中で本人が言っている。I created the Matrix. (私がマトリックスを作った)ようは神なのよねん。それは間違いない。が大事なのはこのオッサンが良い人なのか、悪い人なのかってことだ。神はネオに問う。「全人類を助けるか、愛する人を助けるか どちらか一つを選べ。」くそ意地の悪い。ただこれって旧約聖書 アブラハムとイサクの物語によく似てまするな。 旧約聖書「創世記」第22章 神はアブラハムに、自らの神への信仰を示すために、 最愛の息子イサクを、いけにえとして奉げるように命令する。 アブラハムは、山にイサクを連れて行き、イサクをしばりナイフで イサクを殺そうとする。その直前に、神はアブラハムを止め、 アブラハムの従順な信仰を喜ぶ。 くそ意地の悪い。熱心な信者(アブラハム)に、神が「最愛の息子の命」と「神への信仰」のどちらかを選べ、と迫るなんてまるで悪魔の所行ぢゃ。で。神は良い人なのか、違うのか。これがマトリックスを最後まで見て思ったのは主たる宇宙は無慈悲である と考える「グノーシス主義」(やっと本題に戻った)ツインピークスのホワイトロッジとブラックロッジ。これを単純に天国と地獄に分けて考えるのは早漏だ、ごめん早計だ。あたしは、同じ所だと思う。同じ場所でもその人の意識次第でそこを天国とも地獄とも感じる、監督のリンチはそう言ってるように感じた。神は善なのか悪なのか,これも取り方一つなんだろう。グノーシス主義では、この世を善の世界とは考えずに、矛盾と悲惨の充満する 「悪の宇宙」と考えるのだそうだ。古代ギリシアやローマの哲学、そして原始キリスト教では、宇宙は、たとえ現象的に悪が充満しているように思えても、宇宙それ自身、また宇宙の創造者自体は、「善」であると考える。しかし、 グノーシス主義では、世界=宇宙そのものが「悪」であり、またこのような宇宙を創造した者、神もまた「不完全な悪の神」であると考えます。「不完全な悪の神」ってなんか良い,惹かれるあたしはいけない人?(笑)さて長々と書いているがここからが大事。グノーシス主義における救済とは 人間存在に含まれる、 「本来的自己=光の霊」の自覚と認識を通じて可能である。 また、宇宙や人間は、「真の神」にあらざる、 「偽の神=不完全なる神=デーミウルゴス によって創造されたと云う 「奥義・智慧 (グノーシス Gnosis)」の認識を通じて行われる のだそうだ。あははん。人間は、「叡智(グノーシス)」を通じて、その本来性を回復でき、みずからのなかの「霊の光」によって、「故郷なる真の世界」へ と帰還できる。つまり 智慧をつけろ、と。学べと。勉強しろと。宿題やれと(笑)。ただし無知なる人間単独では不可能 だそうです。叡智の開示者がいないとだめなんだって。つまりお助けマンがいないと、あんたひとりぢゃどんだけがんばっても、救われないんだと。で、ヒーローとかヒロインとか導く人とかいろいろ世の中にはいるんだけれども、でもその人たちに頼るんじゃなく自分でもガンバんなさいよね、ということではあるらしい。さて最後にキリスト教『新約聖書・ヨハネ福音書』第一章5節を紹介しときます。「光は暗闇のなかで輝いている。暗闇は光を理解しなかった」これは 我らの心の奥底の本来なる「光」を信じ、 永遠なる「超宇宙的光明」と救いを求めて、 叡智を探求して行く実存の実践の過程に、 グノーシス主義の「真実の光」が輝くのだ。 この世と云う「暗闇」のなかに という意味だそうです。ちなみに西欧中世キリスト教的グノーシス主義であるカタリ派は、「光は暗闇に勝利する」と解釈するらしい。ツインピークスのディル・クーパーはブラックロッジで殺人者キラーボブに乗り移られちゃったしマトリックスの最後でネオはスミスと戦って死んぢゃいました。でもクーパーのおかげで恋人アニーは助かったしネオのおかげでザイオン市民と他の人間(人類)も助かった。マトリックス・レボルーションズの最後に創造主アーキテクトは言った。(機械につながれていた人間の解放について)望む者は解き放とう。やっぱ欲しい事はちゃんと望まないとね、さてこれからチベットのお勉強だ、ちゃんちゃん。
2007年10月24日
こんにちは 人見です。>先生レッスンありがとうございました。>みなさんレッスンお疲れ様でした。今回のレッスンではDVDをみて、一教の復習をし、細かい動きを確認しました。DVDは自分でも見ていましたが、先生から出来ていないところの指摘を頂き、自分のクセなどを知りました。運動系をはじめた時からやっている技ですが、出来ていないことが多い事に気づきました。特に、ひじを制する手が縮まっていることはまったく気づいていなかったです。意識をしていきたいと思います。また、裏の転換が上手く出来ず、これは下半身・土台をしっかり作る必要があると感じました。また、今回は準備運動についても細かい説明がありました。わかっていないこともあり、改めて、効果などを意識して行っていこうと思います。最後に音程を合わせるレッスンをして頂きました。あわなくなると自信がなくなり、また、耳を閉じてしまいそうになりましたが、先生に助けて頂いて開こうとすることが出来ました。本当にありがとうございます。まだ自分が合っているのかどうかの判断がついていませんので、先生が下さったきっかけを無駄にせず、音痴をなおして行きたいと思います。
2007年10月24日
ダメ人間の方が良い!あなたがもし、自分をダメダメだと思っていたらそれは、才能が開花しチャンスを手にする直前まで来たという事です。しかし、残念ながら多くの人はそれに気付くことがありません・・・大チャンスを目の前にした時、人は皆うつむいてしまうもの。ダメ人間は二通りあります。伸びるダメ人間とそうでない、いつまでもだめなままの人と。さてではなぜ、昨日も書いただめだめなC君は、大きな一歩を踏み出すことができたのでしょうか。成功するダメ人間とは、そうでない人と何が違うのでしょうか。ーーーーーーーーーーーーー歌がうまくなるのに、上手に唄うのに才能はいらない。これは歌を教える私が、ずっと一貫して持っているポリシーです。以前ブログに書いた音痴な女性、先日その後のレッスンをしましたが完璧直った,と言えるまでにはもう少し時間がかかりますがそれでも以前とは全く違いました。何でも出来る、までは行ってませんが少なくとも以前の音が取れない、自分は音程を合わせる事が出来ない!ではなく少なくともこうすれば、きちんと合わせることができるとある種、自信めいたモノが芽生え始めています。だって確実にできるようになってきているから!「なぜ、できないのか」、の原因を知りその対処法を知った事で以前は、できない、やばい、かっこわるい,恥ずかしいだったのがこうすればできる、せめてこれはできる、と思える。完璧を求めて「出来ない出来ない」とただ騒ぐだけだったのがまず出来る事を知り、その方法を取る事で完璧ではないが、大きな前進を始めた訳です。その様子を見ていた人が言いました。「以前は気持ちが閉じているように見えたけれど 今回は、聞こう、合わせようと,心が開いているように感じた」と。まさにその通り。出来もしない完璧を求めて,いつもそれと現在の自分を比較して「出来てない、やれてない」など自分を否定しているうちは自分をしっかりみようとすることができません。出来ない人ほど、理想を語りきれいごとで自分を取り繕いますが実際に出来る人、結果を出せる人は今の自分を、まだまだ、といいます。話は変わりますが私がカナダで暮らし始めた時英語がほとんどわからないのでかえって何言われてもわかったふりして、にやにやしてました。それがしばらくしてある程度はわかるようになるとわからない、聴き取れなかった、だからもう一回言ってくれ、ゆっくり言ってくれ、と言えるようになりました,それも堂々とはっきりと!完璧ではないけれど、ここは出来る、これなら出来る、と思えるから逆にしっかりと、出来ません わかりません、が言える。同じダメダメな状態でも今の自分をダメだとはっきり自覚せずごまかし認めない人は伸びないダメ人間。わからない英語をわかったふりしてニヤついていた私みたいな感じ?自分に出来るだろうか?とか、そこまでは無理、とかダメな未来を想像し信じている,これは伸びないダメ人間。伸びる人は、今が貧乏でも歌が下手でも才能経験が無くてもポジティブな未来をはっきりとそして強く信じることができるダメ人間です。だから、すごいレベルに到達してももっと伸びたい,上達したいと肯定的に、そして能動的に動く。どうすれば伸びるかの実感があるほど焦る事も減る。負け組は、はなからあきらめているか、自分で不安を作りネガティブな気持ちを自分で作り上げていく。出来ない自分を強く信じているのです。勝ち組は、現実を認めだからこそそこから歩き出す心のエネルギーを持てます。私は最近レッスンで改めて催眠を導入していますがこれは結局のところ、より良いイメージの自分を思い浮かべ信じることそのための手っ取り早い方法だから、というのがあるんですね。これまで指導してきたプロ歌手やアナウンサー、さらにボイストレーナーも、この力(イメージ力)が高まるのとそうでないのでは伸び方がまるで違います。才能、経験,知識とはまた全然違う、「自分を信じる力」、このトレーニングは非常に大事です。しかし!多くのインチキブログやセミナー、本などにあるような 「自分を信じましょう!」には反対ですね。てかどんな人も信じているですよ,既に。大切なのは「方向」です。今、ダメダメな人は、自分はダメダメだと強く信じている。あなたはいつも、 これが自分にふさわしい と信じている行動をしているのです。合気の技などではこの点が非常に顕著なんですが柔道、空手と違って合気は非常に分かりにくい。で、相手を動かすポイントなどがわかりずらくてだから凄いレベルで出来る人を見るとなにをどうやっているんだか、いくら見てもさっぱりわからない。で、私はまだまだ達人とはほど遠いレベルですが、それでも男性5人くらいなら、どんなにがんばって立ち尽くしていても「ふんっ」で一気に崩すくらいの事は出来る。男性4.5人におもいきり押さえつけられても「ほ~れ」で、逆に相手を倒すくらいの事は出来る。この時たしかに力の動き、方向,人間の関節の知識などもありますが、大事なのは、出来る! と強く信じると言う事。これが、「出来ないんじゃないか,難しそう、よくわからない」など自分で不安をつくるほど、ほんとに出来ない。相手は1ミリも動かない。出来ないだろう、と信じた通りの結果になるんです。私はレイキなどの、何か霊的な特別なパワーみたいのは全く信じていません。ですがレッスンで気功を鍛錬するのは、何か不思議な力ではなく自分を信じる気力、生命力を高めることは推奨しまた指導もしています。ーーーーーーーーーーーーー何事においても良い結果,悪い結果、これは自分を信じているとかいないではなくて自分が本気で信じたものが、出た結果だと考えます。良い結果が出ないのは良い結果が出ないだろうと信じていたから、と言えるわけですね。信じる方向を選びその力を高める事は可能です。C君は変わり始めました。それも良い方に。成功するダメ人間とそうでない人の違いの一つは欲しい結果を本気で信じ望む事。望む結果が出なかった時、信じていなかった、ではなくて自分の本心では悪い方の結果を望んでいた、ということを認める事からですね。 出来もしない完璧主義はやめよう たった1ミリで良いから現実に動こう同じダメ人間でも、この違いから一年後にはおおきな差が出来るものです。そしてそこで大きいと言うか見てわかる違い。教えていてこいつは伸びるかも、と思える人間にいうことですが今やろうとしている事に詳しくなれ。知識と言う回答を得なくても良いから疑問を持ち考えろ。寝ても覚めてもその事に関心を持つ。つまり,今目の前にある事にしっかり,出来れば強く関心を持ち,持ち続ける事。これが出来る人は,今がどんな状況であっても伸びる可能性がある。逆に、授業やレッスンの時だけしか関心を持たない人は二年経っても,変わらない。伸びるかどうか、それはその人の関心の持ち方と度合い、によります。そしてその関心が普通よりもプラスアルファがあればだんだん、詳しくなる。それが少し続くだけで何も知らない人から「詳しい人、知識がある人」に見える。強く関わる、つまり何かに対し,自分の関心の強さ(弱さ)がそのあとの結果に大きく作用してくるものです。ーーーーーーーーーーーーーしかし幸せになりたい、と強く願っているのにその結果が出ない、という人はいます。相手に伝えたい,よく思われたいと望んでいるのにまったく逆の結果になる人がいます。なぜ、自分でそう望んでいると思いながらもそうなる人とそうならない人がいるのか?今私が予定している新メルマガではその辺から自己の持つ光を解放し輝かせる方法について解説していくつもりですがこのブログでも次回は、そこ、つまり望んでいるのにそうなる人とならない人の違いについて述べてみましょう。
2007年10月23日
才能が無い、というのは大ラッキー?普通はそう思いません、しかし才能が無いとは実はものすごい強運を持っているとも言えるのです。約一年前、全く同じ日から私のレッスンを開始したプロ志望の男性3人。その中で、まったく成功する要素のかけらもなかったある一人の男性が既に事務所に入っていた男性をも飛び超えて人生を輝かせはじめた話。ーーーーーーーーーーーーー一年前 ある会社の紹介でレッスンを始めた男性たち。A君 大学生 元高校球児で運動神経バツグン,リズム感もよし 既にバンドを組み某音楽事務所でライブなどでも活動中B君 社会人一年生 子供の時にピアノを習いギターも弾け また譜面や音楽理論などの基礎力に加え バンド経験多数C君 20代後半 音楽経験、知識、技術一切なし 多少の水泳経験はあるが以外特技なし 人見知り、人間関係が苦手 極度な緊張症普通なら誰が見ても成功の度合いは ABCの順番で考えます。しかしこれまで専門学校で教えてきた経験で私は、才能がある人間ほど危険だというのはよく知ってます。なぜならプロダクションと違い、専門だと学生と二年間つきあうので外見、ぱっと見ではない、人の変化を何百という数、見てきたものですから。その場だけでなくその人が二年後どうなるか、それがある程度以上はわかるようになりました。こいつは伸びそうだ、こいつはダメだ、その予想はいつだってその通りにならない、てか事実は逆になる場合が非常に多い。で、冒頭の三人は一年後、どうなったか。A君は全く成長無くまた今後の可能性も望めず相談の上、レッスン終了B君は現在もレッスン継続、した分は変化は出ているが特に目立ったモノではなく今後もそれなりであろうC君は、先日のレッスンで、突然に光り始めた。才能も経験もなく、決して良い環境でもなかったC君。だからこそ、人生が変わり始め光を持ち始めたC君。普通ならおそらく、不器用でなにごとにも緊張してしまい良い結果にならないC君のようなタイプは何をやっても上手くいかない。しかし私は思うのです。不器用でどんくさくて女性にも決してモテないC君のような人間ほど成功する、と。何故そう言いきれるか。私がかつてそうだったから。気が小さく、人見知りでなにごとにも情熱を持てず病気(アトピー)でいつもいらいらしてまわりにすら不愉快をふりまいては不平不満ばかり口にしてた。しかし、それは決して 絶対成功しない理由 にはならない、いや、だからこそ学び成長する事が出来るものがあるのです。この彼と、あと二人の件は、これから少しずつ語っていきます。ダメ人間の成功物語として。まずは次回の予告。成長するには 自分が客として「専門家となることのメリット」。美味しい,楽しい で済ませているだけの人間は次に進むことができません。楽しいからやる、好きだからやる、これがB君。やったなりのモノは吸収するがそこで終わる、それ以上が無いんですね。次に進むためにはまず、真っ正面から取り組み知らない人から見れば専門的知識を持っている と思われるくらいになること。おいしい料理を食べておいしい、ではなくなぜおいしいのか、素材や調理に関してまで興味を持ち、知識を増やしそして自分で創るくらいの行動力が必要。本質を語ってしまうと才能が豊かな人間は決して 挑戦しようとしません。今既に良い場所にいるので 挑戦する必要を感じないし失敗するくらないなら今のままでよい、とか言えるだけの余裕がある。さらに今決して良くもないのに私には無理そうとか,そこまで出来ないとかぬかすやつは、私から見ればくだらない余裕があると言っていい。自分を変える勇気がないに等しい。こういうやつは覚悟ももてないし責任も取らないし。才能が無くてぐだぐだ、だからこそもうこのままじゃいやなんだ!そう心から強く思った時, 人はジャンプできるのです。勇気を持ってあとの心配などより今、この瞬間に 失敗を恐れず「挑戦する事」を選べる。でなければただの消費者、これでは絶対に本質を見抜く目を持ち得ません。まずは自分が客として専門家になること、その意味は何か、そのためにすべきはなにか?続く~すべてのダメ人間のために~
2007年10月22日
自分の色んな癖や性格が、そのまま歌に反映されるんだなあ、と今回のレッスンで改めて思いました。悪口や意見を、はっきりと相手に言うことはなく、いい人であろうとする。語尾に 思う とか、ですかね、かも とか断定を避ける。 人に対して少なからず緊張している。(誰でもそうかも) 嫌われないようにして嫌われていくという傾向はある。 これらを歌にしてみると、音程やリズムも曖昧に。合わせようと焦ってますます合わない。 人から言われたことも、極力理性で理解しようとするので、そのときの自分の気持ちは無視している。どう感じて、何を伝えたいかという本音が大事だし、そういうことを互いに言い合うことで、人は仲良くなったりする。理性という上っ面だけでは、人を信用できないし、自分も信用してもらえない。 相手の言葉、記号の羅列を理解するのではなく、 結局気持ちをわかるためのものだと思います。先生の言った通り、それを聞いてしなければ、こうでなければ、というのは内容が薄く、本当にわかることもできない。相手の伝えたいことをわかって、自分をどう感じ、どんな気持ちになったか、そして、心から伝えようとしなければ、自分の話をだれもわかってくれないし、だれも好きにはならないと思います。 今は、野球の素振りをするように、 ひたすら走り込むように、リラックスし、反射的に良い声が出る状態をつくっていこう!と思っています。 今回のレッスンも本当にありがとうございます。 自分について、人について考えさせられることの多いレッスンで、歌の上っ面の技術だけではない、多くのものを学んでいると感じています。次回のレッスン、よろしくお願いします!
2007年10月22日
相手を誘い盛り上げるだけ盛り上げて最後の最後に地獄に落とす。どっかの詐欺師の手口のようだが実は,合気とはこういう力だ。相手が殴り掛かってくる、つかんでくる、木刀やナイフで突っ込んでくる。合気はこの力には逆らわない。砂漠、ぢゃないや、相手を捌(さば)く。相手の力をとことん利用して相手を思い通りに操る。そのために誘う。魔力で引きつけ相手の前に餌を差し出しかかったという寸前のタイミングで合気を使う。基本的に格闘技というか、戦い、争いに正直ものは向いてない。自称正直者は、ただ弱く争いを避けるのも自分が負けたくないだけ。惨めに負けるのがいやだから正しいことを言って神様に守ってもらおうとする、だけど神様だってそんな都合の良いやつに味方するか?しない。だから世の中にいるたくさんの神様は基本的にみな、要求する。信じろ,疑うな、私だけを見、考え、私に奉仕しなさいと。愛する者のために神を裏切ったとしてそれを崇高な愛の行為として許す神はいない。意外と神様は心が小さいのか?私は神様に守られる事より自分で守る事を選ぶ。その方法を探り身につける事を続けてきたしこれからもそう。愛する者を殺そうとする相手に止めろ、話せばわかる,などという前に私は相手に殴り掛かる。相手を倒す。それも出来るだけ自分と味方は怪我をせず相手には最大のダメージというやり方で。しかし多くの人は勘違いするだろうが柔道技で投げる、空手技で相手に怪我をさせるよりもっとダメージを与えるというのは,実は相手の敵意を取り払う事にある。合気の達人は争わない。しかしそれはよわっちいやつが、何されても黙ってる、ではなく宮本武蔵風に言えば、戦わずして勝つ、という術(技)があるから。合気で言う、合気上げ,崩し。これは相手が自分で重心をコントロールできない状態にする事をいうのだが、この上げる、は場を盛り上げるの非常に近し。今まさに殴り掛かってくるやつにギャグで大笑いさせて、敵意をなくさせてしまうことができたらこれも、合気の 超 達人と言えるだろう。ただそのために重要な事。天使は無邪気でも良いのだろうが悪魔は非常にしたたかで計算深く細心な注意で振る舞う賢さが必要だ。能天気なバカは悪魔にはなれない。
2007年10月19日
最近思う事の一つに生きる力が弱っているんぢゃないのか?家の近くに女子校があって小、中、高なので時間によっては通学路の路地に集団が通る。で時折ここを車で通るんだけどね、よけねーんだよ、こいつら。マナーが悪いというのもあるだろう、がそれ以上に車がすぐ後ろにいるのに、まったく気がつかない場合が多い。女子学生だからおしゃべりに夢中、というのあるだろう、ただこの子たちだけでなく犬でも猫でも、ほっんとによけないやつが多い。ハトですらそゆのがいる。おいおい君たち、防衛本能はいったいどうしたんだね?と聞きたくなるほどだ。人間で言えば、周りに無関心、視野が狭い,危機意識が少ないなどなどなどあるやもしれんが、犬だぜ,猫だぜ,ハトだぜ。車にあたれば一巻の終わりやぞ。もっと気ぃつけんかぼけ、といっても轢くのはいやだからこっちが徐行すんだが。生きる,生き残る、こういう力が人間だけでなく生き物全般,そして地球規模で弱っている気がする。転びやすいのは足首や骨盤が固いせいだが転んだときの対処、この脳は身体を守る、急所を優先的に守る、という生きる力だろう。自分の身を守る、生きるのに最低限必要な力。これが弱っている。特に「日本の教育問題」とかいうより地球全体の磁力(磁場)の影響とか太陽の黒点とかなんか、そういう所に原因があるのではないだろうか。なんて、ド素人がいくら考えてもわかりはしないのだが。ただ、いずれにしたって、生きる,生き残る力は生きている以上、あって悪い事は無い。そのために私は気付かずにしていた神との契約を破棄し悪魔と手を結ぶ事にした。この詳細は発行予定の新メルマガに書くのでそれはそれでまたいずれ(どゆ、オチぢゃ)。
2007年10月19日
息が薄い,短い。こういう人は得てして運動神経が悪い。もう少し言うと脳の運動連合野が鈍い。歌を唄う上で音程が悪い人よりもリズムが悪い人の方が問題あるのは身体能力,さらに言えば脱力の感覚から遠いから。リズムが悪い人が一生懸命唄うとどんどん悲鳴になっていく。脱力というのは無駄力を極限まで抜く、という意味。そうすることによって、必要な力を純粋に高める。リズムが悪い人、というのは無駄に力が入っている証、これだと呼吸に必要な重要な要素が欠けてしまう、それはタイミング。なにかにつけて、運が悪い,タイミングが悪いという人は呼吸の質が悪い。運動神経が悪くてやる気がなくいい訳ばかりする人は何一つ向上しないがそうでないなら。一番簡単に出来る練習は歩く時に、自分のスピードに合わせて呼吸を意識する。大きなあくびと言うスタティック(静的)な呼吸ももちろん良いけどたまには、音楽でも聞きながら軽快なリズムでダイナミック(動的)な呼吸をしながら歩いてみてはどうだろか。あ、この時、つま先、膝をしっかり進行方向に向けると流れがスムーズになるしさらに気の集中、自分のエネルギーを高めたいならへそ もしっかり進行方向に向ける事を意識するとなお、良いんぢゃな~い。
2007年10月19日
先日来、ツインピークスのDVDを連続して見てた。TV放送してたのっていつだっけかなぁ。もう10年以上前か?当時ハマったけど最終回、まったく意味のわからんラストにぶっとんだ。うそ、なに、これ、ほんとに終わり?「口あんぐり」意味はよくわからんかったけどそれでもともて引きつけられた事は間違いない。で、なぜかしばらく前から見たくなってレンタルで連続して借りて最後まで見た。で、やっぱりラストの意味はまったくわかんない(笑)しかぁし!今は便利だなー、ネットでちこっと検索すると監督や脚本家のインタビューがあったりして。「なるほどー!そう言う意味だったのねー!!」ようやく納得した、10年以上経ってやっとすっきりしたぜ。でチベット。ご存知の人もいると思うけどツインピークスの主人公デイル・クーパー FBI特別捜査官はチベットに傾倒している。で,最近今更だがマトリックスをシリーズ3作、番外編2作を見始めているんだけどここに出てくる東洋思想からも、妙にチベットが気になり始める。でさらに先日、生徒の一人が実際チベットに行ってきた。話を聞いた。ふふぅん。今年の春から宇宙について学び始め脳や心、人間という宇宙、そして宗教哲学から最近レッスンでは改めて「催眠」を導入し始めているがやっぱチベットだよ(←なんだそれ)ま実際、私はチベットの事は全く知らない。何となくだけど,死者と生者について深い思想があるらしいくらい。なので、いつもの図書館で速攻調べ面白そうな本を10冊ほど予約した。来週あたりには届いて読めるだろう。宇宙からチベット。6月には新メルマガを初めるつもりでそれまでのメルマガを廃刊したのに未だ出せていない、がようやく一つの形がイメージできつつある時になぜかチベット。飛んでイスタンブールではなく,チベット(しつこい)誕生日の今日、想いを馳せる、死者の世界、チベット(もういいか笑)自分が生まれた日に死後の世界を想像するのも悪くないね。無神論者で霊の存在も否定するあたしだがなにか発見があれば、ここで発表していこうと思う。
2007年10月18日
朝起きて寒気と頭痛。やべ、風邪引いたか。今週土曜は大事なレッスン、なので大事を取ることにする。今日ちょっと用事があって少し歩いた。その時、思い出していた事がある。それは先日、眼科に行った帰り小雨が降ってきて道が濡れ始めた。で、急ぎ足で歩いていた時あやうく滑ってころびそうになった事。あー、腰が固くなってるな、と。なので今日歩いている時、骨盤のほぐしを意識していたんだわいな。どうするか,単純に言えばつま先を意識して歩く。多くの人は歩いている時、自分の膝、つま先が進もうと思っている方向にしっかり向いているかどうか、など気にしやしない、が結構大事。関節位置感覚という用語があるんだけどね、自分の関節が今どの状態で何をしようとしているかこれを十分意識するのは身体を活用するのにとても大事な脳(意識)。歩いている時、背中の角度や首、アゴの位置、そういう身体のすみずみまで意識できれば良いが最初は難しいかも。で、まずはつま先。歩くたびに自分のつま先、それもとくに親指の下側がしっかりと地面に触れそして向かおうとする方向に対ししっかりと向いているかどうか気にする。武道をやる人間なら絶対やっているこの感覚、大事ぢゃ。ただ、意識し続けるのは難しいかも。しかしそれは、才能、運動神経以前に集中力の問題だからねぇ。
2007年10月17日
以前から、演劇関係の人とは話が合わない(場合が多い)。彼らの言う演技ってようはかっこつけの嘘、自分が気持ちよくなるだけのオナニー、に思えてしまう事が多々ある。その台詞に心が入ってないんだよ!と生徒をおこる演出家が実はろくにリズムが取れない、というのをたくさんの事務所で見てきてたりして(笑)講師控え室で演劇関係者はよく議論してまする。で同室にいるこちらは聞きたくもないけど聞こえてしまう内容から「このおっさん、おばちゃんらはきっと 30年前には文学青年、文学少女だったのだろう」と思わせる内容が多い。かったい左脳系っていうのかな。理屈っぽいくせに論理が破綻してるぽい。あたしはボーカル講師だったから音楽系、だけど音楽系の先生以外にもモデルの先生、ダンスの先生などとも話は合う。ミュージシャンのリズムにしろモデルのウォーキングにしろ共通しているのはやらかい身体。演劇系でも身体能力は十分必要だと考える先生ばかりだけどかってーんだよな、この人らは。身体の使い方が、固いというか固める方向で考えてる気がする。アレキサンダーやフェルデンクライスなど凄い良いメソッドを口にしながらなんか、がんばらせようとするんだよなー、不思議に。映像(映画やドラマ)を見ていても、この監督はリズム感が良いとか悪いとか感じる時がある。大体にしてちっと前までの邦画、大先生の監督作品てリズム、ノリという流れが悪く感じる。言葉での説明ぽいというの?観客に理解させるのと,感じさせる違いっていうか。おうおうにして私が見ていて退屈な作品の制作者って関節 固そう。これは何気に大事。関節の稼動範囲が狭い人は,頭が固い。間接が固い人は 風邪を引きやすく 自己免疫が弱く プライド高くて 自己嫌悪に陥りやすい以前指導してて途中でこちらがいやになってしまった(笑)名古屋でセミナー講師の活動しているという中年のおばはんは脱力の動作を指導したとき、いかにもハイ今私は脱力していますよ、と一生懸命がんばって、力思い切り入れて動く。そぢゃなくてですね、と言ってもほら私はちゃーんと脱力していますよと、無理無理りきんで演技をする。こゆ人は本来肩こり、腰痛など劇的に改善する脱力体操もかえって、悪化する方向にしてしまう。脱力というのはメンタルな部分で言うと「別にー、脱力なんか出来ても出来なくても、どーでもいいぢゃーん」みたいな気持ち、深いリラックス状態が大事、だからやらねば、ちゃんとやらないと、なんていうのは邪魔。こういう人が心を込めようとすれば、当然、力が入る。だから表面的で、うそっぽい。いかにも「私は今,心を込めてますよー」みたいな。心は込めるもんぢゃなく、こもってしまう、はいってしまうもの。さらに表現としては、心こもってなくてもいかにも、「心がこもっているように、見える,聞こえる」これが技術だ。手品師は観客の前から飛行機を消しても、自分の目の前(意識)からは消えていない,しっかり見えてる。それでも「はい、消えましたっ」という。オナニー芝居は、自分の視点で心を込めようとするけどプロほど、観客の視点でこころがこもっているように表現する。どうすれば、相手からそう見えるか、聞こえるか。観客側の視点を表現者として持ち続ける。そのためには関係ないように聞こえるかもしれないがまずすべきは関節の可動範囲を広くする事。せめてまず腰(股関節)をやらかくすること。
2007年10月16日
久々iPodネタ。iPodの音をそこらの音響機器どころか100万のシステムでも比較にならないくらい音を良くする方法がある。ってか、見つけた。それも、ごくごく簡単で誰でも出来る方法。音にこだわる人ならぜひ試してみてはどうだろうか?ーーーーーーーーーーーーー新シリーズも出て売れ行きも好調らしいがそれでも「iPodの音は悪い」という評判は後を絶たない。確かにあたし自信、これまでいろんな方法を試した。だって音を聞いていて、気持ち悪いから。で、OS入れ替えてrockbox導入したり可能な限り、エンコード(圧縮)の仕方やソフトを試してはいいかも?と思いつつもちょっとするとなんだかなー、の繰り返しでした。圧縮比率を192から320まで上げたり固定ビットレートを可変にしてもたいして意味は無い。だってロスレスで満足でき無いどころかAIFF(無圧縮)の状態でさえ気持ち悪いんだから普通ここで、iPodの音質ってどうしようもないよな、と思うはず。だが年期入ったマッキントッシュ使いのあたしとしてはアップル製品に思い入れがあるので「これだめ、つかえねー」とは言いたくない。で、前置きが長くなったけどようやく見つけた最強の使い方。それはWAVE で落とす。んだけ。お恥ずかしい話だがこれまで、AIFFとWAVEって同じだと思ってた。確かにメタデータの関係からかバイナリは完全に一致しないけど無圧縮形式なんだから、同じでしょ、って思って試さなかった。だってWAVEってマイクロソフト主導の形式だからマック使いとしては悔しいじゃん。それでなくたってマック使いはウィンに比べてなんだかんだと悔しい思いをさせられているのだ。だいたいさー、同じソフトがマック版とウィン版でなんであんなに料金違うのよ!これまでお気に入りだったソフトのウィン版が出たとき全然安いって、うそ、ざけんな、まじかい?って話がそれたな。戻す。同じ無圧縮形式でも WAVE だと奥行き、広がりが全然違う。これなんだよ、あたしが求めてたのはっ!ってか、AIFF、ロスレス、劣化し過ぎ。おかしいぞこれ。WAVE というデジタルデータをiPodで再生した場合うん百万円のオーディオシステムより絶対音がいい。なぜなら、データ転送時にエラーチェックしてるから。CDコンポはCD入れたらすぐ再生できる。つまりこの時データの漏れが必ず起きる。iPodはすぐ再生は出来ない、がデータ転送をしたあとでないと音が再生できない っていうある意味欠点が実際には音質向上にとって非常に有効なことをしてる。デジタルデータのデコード、つまりコンピュータメーカーとして装置には定評があるアップルが普通のハードディスクと同じ考えで音楽というデジタルデータを再生する。これが音響メーカーではあまりノウハウの無い部分で結果的に最大のメリットになっているわけだ。ちなみに、デジタルデータは1と0とよく言われるが実際にはエンコードする際、なにを0にしてなにを1にするかこれは必ず一定ではない。計算上 0 の部分は256種類以上のバリエーションが発生する。その証拠にiTunesでWAVEにする際、再生ボリュームを最大にした時と最小にした時では聴感上、ダイナミックレンジが違う。あたしでいうと最大音量の設定で落とした場合小さい音と大きい音の差が広すぎる感じで音量が小さい時には聞こえ辛く、大きい時にはうるさいと感じる事が多い。それを音量最小でエンコードすると一番収まりがいいってか聞きやすい。iPod上でサウンドチェックをオンにするという手もあるがこれだと音のつや、質感が損なわれ少しくすんだように聞こえるからこれは使わない。ま、あくまでお好みだが。 WAVE で落とす。 音量は最小で。この二つだけで、スンバらしい音になるぞ、iPod。付属のヘッドフォンでもかーなーり、聴きゴタエはある。ま、無圧縮なので容量は食う。が新シリーズでは160Gまであるしこれからどんどん大容量化すんだろうからいい音で聞きたい人は上記の方法で一度試してみてはいかがだろうか?
2007年10月15日
昨日、亀田二号が撃沈された。試合前に約束した「もし負けたら切腹する」も当然守らないだろう。この口先だけの風潮は細木も同じだと思う。外れた占いに責任とらないどころかわけわからん理由、他人から見ればただの良い訳にしか聞こえない理由で自分の言った言葉を簡単に翻す。言うだけ、口先だけ。見ていて胸くそが悪いがそれを、喜ぶ人がいるのも事実。今だに細木の番組は視聴率10%は軽く超えてる、ってことは1000万人以上は見てる訳だし。にしてもーーーーーーーーーーーーー兄の興毅選手が「大毅、ヒジでもいいから目入れろ。目もっと行け」と反則を指示する発言がしっかりテレビ中継の音声に拾われており、亀田一家の「リングでの最低マナー」が視聴者にも白日の下に晒された。(引用インフォシークスポーツニュース)ーーーーーーーーーーーーーこれはヒドイを超えて、もう言葉が無い。ルールも礼儀もなければ見境すら無いという感じ。昨日録画した試合を見ていて、たしかにいろんな意味でひどいと思った。一点言えば内藤選手も正直、魅力無い。つまらん試合だなーと途中から早送りしてみていたくらい。あれでもし内藤選手が負けてたら、最悪な気分だったろう。亀2は嫌いだが、内藤選手が手こずってる感じでかえって「思ってたより亀2、強いんだ」と思ってしまった。小泉、ホリエモン、細木、そして亀田とこういう実体のない口先だけの連中はきらい。とっとといなくなって欲しいが未だそれなりに存在感があるのはこういう口先だけの連中に惹かれるおばかさんがまだまだいるってことなんだろな。私には、当たりもしない占い師にみてもらいたいと思う人の心理が全くわからない。わかりたくもないけどね。
2007年10月12日
人間というのは複雑なようでいてある部分、特に重要な部分ほど意外なくらい、単純なのではないかと思う。上手くなる、ならない成功する、しない幸福になる、ならないこの違いは結局、次の言葉ですべてを言い表せる気もする。それは 出来るなら、やる 出来ないから、やらないほっとんどの人の思考はこうじゃないだろうか?練習、勉強、改善。やりたいと思ったことでも、「やっても出来ないから、出来ない理由探し」で自分を納得させる。私は柔道は親の言いつけで道場に通わされたのだけど空手は自分で望んで通った。強くなりたかった、弱いのは嫌だった から。ギター、ピアノ、合気道 そして歌。出来るようになりたいと思った。空手の稽古も作曲理論も、なまやさしいものぢゃない、が出来るようになりたいと、ただ単純に思ったから必要な事をした。ほっとんどの人の思考は 出来るなら、やる 出来ないから、やらないこれを変えれば良い。 出来ないからやる、と。
2007年10月10日
一昨日プライベートレッスンをした女性。彼女は音痴である。音楽的な基礎も無いがそれ以前に全く音程が取れない。だがもう大丈夫。一回で完全に治ったと言えない、というよりもう少し継続しないと又戻ってしまうので多少のフォロー(アフターケア)は必要だが。これから彼女はもう、音が合わないんではないか外れたら恥ずかしい、そういう悩みを持つ事は無い。音痴は治る。鼓膜や聴覚の異常、または耳管、鼻道の閉塞さらに脳など物理的に症状がある場合は耳鼻科の領域だ。そしてこれらは改善が非常に難しい(てか治らないと普通は言われる)。しかしこういう真性音痴は10万人に一人。だからまずめったにいない。ほっとんどの人は、仮性音痴。そしてこのうち、99.9%は心因性、つまり心の問題。音痴で悩むという人は歌がへた、という音痴そのものではないところの方に悩みを持っている。歌など歌わなくても生きていけるし、下手でも殺されはしない。そーではなくて、ほとんどの音痴の人は実は人間関係、コミュニケーションが上手く取れない、に悩みを持つ、この点の方が重要。それは音痴という症状は、 受け入れる ということが苦手な人が多いことからもわかるように、相手や周り、環境と上手く適合できない人が、 音を聞いてもわからないとか合わせられない または、合っていないという事が自覚できないという症状などとして現れる。音痴な人にはいくつもの共通項があるけれど例えば、会話をしているとき、相手の意見にまったく興味を示さない。人の話を聞く、ではなく、自分のしたい話だけをしょうとしてしまう。相手がどう思っているか、には興味ないから意見を聞く事が苦痛。ただただ、自分の意見を言ってしまう。以前ある人のブログでプロフィールと称して自分に質問して自分で答えてた人がいる。○○さんは何が好きですか?はい、私が好きなのは、って感じで延々に続くが別にあんたにそんなに興味ないんだけどね。自分以外の人が自分にそれほど興味を持っていない、という事を感じないようだ。音痴は自分に対して過剰に関心を持つので私の問い合わせメールなどでも、いろいろ自分の事を書いてくる人がいる。あーだ、こーだ、実は過去にこういうことがあって現在はこうしていますなど知らねーっての。こういうことで思い出すのは年寄りの患者。医者の「頭が痛くなったのはいつくらいからですか?」の問いに対して、「3日前くらいからです、先生ちょっと聞いてくださいよ、 そもそも家の嫁の態度がひどいんです。 で息子は全然知らんぷりでまったく、育てた恩も忘れて、でもいい子なんですよ。 小学校の時には絵画コンクールで一番に選ばれた事もあってね・・・・」言いたい事はいろいろあるんでしょうけど関係ないから話途中で打ち切られてはいお薬三日分出しておきますから、終了、みたいな。音痴という症状、これは突き詰めると緊張および興奮が根底にある。音痴、リズム音痴には家庭環境に問題があった、とか過去にいじめを受けた、強いショックを受けた事がある、また親に十分愛されたという実感が無いなどいろんな理由からいつも不安で緊張している、というタイプが非常に多い。さらに難しくなるのは本人は「過去にいじめを受けたからこういう性格になっている」と考えやすいが、実は性格的に問題がある(人の話を聞かない、気付かないから結果的に無視してる)などにより、嫌われやすい傾向を有しているためいじめがあった → 現在の性格 ではなく元々の性質 → 嫌われる → だからいじめられたという図式も可能性としては十分にある。音痴は治る、治すやり方はある、実際一昨日の彼女もほぼ治った。しかし私は普通、音痴の改善レッスンを受けない。なぜなら、こちらが非常に疲れるんだもん。音痴の人は 自分が悪いと考える前に相手が悪い、自分以外が悪い、自分は悪くない という態度に終始しやすいのでこちらが指示しても、素直にそれに応じないどころか話を最後まで聞かない、反論する、逆切れする、事がまじ多い。人を待たせても平気、っていう特徴もあるくらい相手にまったく関心が無い、自分にはものすごい関心を持っているそしてあなたも私に関心があるでしょう?的な考え方の人は治らない、治せない、いや治す気にならない。治して何からやらねーよ、けっ、てなもんだ!・・・ちょっと取り乱しちまったぜ。ま、とにかく音痴は治ります。ただし、治したい人はボイストレーナーやどっかの教室よりも信頼できるカウンセラーに行った方が良いと思う。音痴は心の問題がほとんどだから。しかし、最近では臨床心理士の資格も無いのにカウンセラーのまねごとをする人がものすごく多い上に資格を有していても、「俺が困った事があっても絶対こいつには 話聞いてもらおうとは思わんな」というのも少なくないのであるが。むぅ。そう言う意味ではほとんどの音痴は治す事が可能だけれど治せる人はあまり多くはないしそう言う意味では、音痴が治るのは難しいのかな。私は音痴の改善レッスンは基本的にお断り、むしろ今日やったレッスンのように喘息の改善とかプロがもっと売れるために必要な事をするレッスン重視なので音痴治してください、なんて気軽に問い合わせてきたりしないでくださいねー。
2007年10月03日
頭の物差しはもう切り変わり、心もそれを望んでいる。 だから、もう自分は変わる、歌も変わる。 自分で何かを変えてどうこうしようと、考えなくても、自分は自然に変われる。 そのためのやり方をもう知っているのだから。 やらなきゃ、しなければというのは緊張している。天才ピアニストのアドリブは、究極の自己中である。 自信にみち溢れ、何も気にならない。良いか悪いか、受け入れてもらえるか考えない。 心のままに、やりたいと思うようにする。そのために積み上げてきたものがあるから。 素人が無茶苦茶に弾くのとは、次元も違い、価値も違う。 自分はまず、やらなきゃという緊張、否定に対する恐怖で、理解したことを素直に表現できなかった。 声と息がつながらないのはこういう所にあるのだろう。心と体と頭を繋ぐのは、ニュートラルで最も頼りなく、力感もないとつい思ってしまう、 何よりも大きな力を出せる準備体制、反射的で、心と体と頭が最大の力を発揮できるリラックス状態である。 リラックスの状態を覚えよう、どんなことでも素直に柔軟に受け入れ、正しく認知し、理解でもってやり方を導き出し、同化、すぐに表現できる。そしてやりたいようにできる。 偽善とはやらなきゃと自分に苦痛を強いること、やった自分は良い人という風に、相手のことを考えていないこと。 相手の物差しで物事を捉え、それを気遣うことができるなら、あとは自分が正しいと思うようにやればいい。 心はそれを望んでいるのだから。志のある自分勝手になる! そのために、まずは自分に素直になるためのリラックスだ! ←このびっくりマークが既に緊張しているかも?ーーーーーーーーーーーーー先週のレッスンどうもありがとうございました。前回の分も含めての感想です。
2007年10月02日
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