カナダ人ダンナJとの生活

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munch8

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2006.10.29
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カテゴリ: 日々のこと
カナダ旅行記を書く、、と言いながら#2で止まってしまっていました、、、。


その前に、最近の私は、本当に以前に比べると元気で、鬱になる日も無く、ひとりで悲しくて悲しくて泣いたりする日もなく、前向きにこれから先、女ひとりで食べていけるように何か身に付けようと、好きな英語をさらに活用できればと言う思いと、ダンナJがいなくても英語を忘れないように、と言う思いもあり翻訳のコースをとって勉強を始めたり、、、と言う日々です。

去年、9月9日、この日記にダンナJがひとりでキャンプに出かけていったことを書いているその時に、ダンナJは時速120キロものスピードを出した車を運転していた、当時19歳の男の子に、歩道にいたにも関わらず轢かれてこの世を去った。
何も感じず、まさかそんなことが起こっているなど思わずに、一人コンピューターで遊んでいた私。
隣の部屋から微かに聞こえる”福岡大学”と言っている電話がかかってきたときも、留守番電話にしたまま”Jの新しい仕事かな”くらいにしか思わず、まさかそれが”福岡大学病院、救命センター”と言ってるなど思わず、コンピューターで遊んでいた私。それから、短時間の間に何度も何度も鳴る電話。

電話で既にJが心肺停止していることを聞き、もう、この世にJがいないことを知り、どんなに考えても、もうここにJがいないことが信じられなかった。何度も何度も何かサインをくれるのではないかと、私の心から彼の魂に呼びかけても、もう声が聞けないことに呆然とし、どうしてこんなことが起こったのか、何がいけなかったのか、どうしてJなのか、どうして結婚したばかりの一番幸せで期待に膨らんでいる私達が離ればなれになるのか、どうしてただのケガではなく、命を奪われるほどの事故だったのか、どうしてJがそこにいる時に、その車はJをめがけて突っ込んできたのか、もう全てが謎のように思えた。

救命室に近づくと、毎朝見ていた、ベッドからはみ出している見慣れたJの足がまず見えて、間違いないんだ、と思った。
もう、息をしておらず、ベッドに横たわり、耳からも血を流しているのを見て、”耳から血が出るようじゃ、だめだ”と思った。もう、彼の体だけがそこにあり、彼の魂はそこから抜けていた。


”ねえ、起きてよ、一緒にお家に帰ろうよ、、、。ねえ、起きてよ。お願いだから起きてよ。一緒に帰ろうよ。一緒に帰ろうよ。なんで、、、なんで、、、。起きてよ、、、お願い、起きて。いやだよ、こんなのいやだよ、、、”

と、彼の胸に顔を埋めて泣いていた。何度か倒れそうになって、吐きそうになって、看護婦さんに支えてもらっていたのを覚えている。

Jのゴルフ仲間のSには、すぐに電話していたので、奥さんMちゃんと、私とJのボスにも電話をしていたけど、子供達がいてかれは来られなかったので、奥さんのMちゃん#2もかけつけてくれた。

Jの準備が進んでいる間、病院の外に出て、Jの友人数人に電話し、星空を見上げ、彼の魂に私の声が届くことを願いながら話し続けた

”何が起こったの?どうしてあなたがこんな目にあわないといけないの?私、一人になっちゃったじゃないのよ。”

そこに、加害者の家族が来た。
私の父は”あなた方、子供に免許を取らせる時に、無謀な運転をして事故を起こせば、被害者だけでなく加害者の方も大変な目にあうんだってことを、教えなかったのですか?先月カナダで結婚式をして、最近、帰ってきたばかりなのに、もうこんなことになって、どうしてくれるんですか?”と言っていた。
私は”息子さんは何歳ですか?”と、まず聞いたと思う。19歳と聞き、Jはたった19歳の子に殺されたんだ、と思った。Jのように、色んなことを良くも悪くも経験してきて、今、それを通して素晴らしい人になったJが、何も経験を積んでないような、今から色んなことを経験していく19歳の子に、殺されたんだ、、、と思った。
それから、私は、”今、息子さんはどこにいるんですか?”と聞いた。病院にいます、と言う返事だったので、思わず”人を殺しときながら、病院にいるんですね、、、”と言ってしまった。

父は、葬儀屋に電話をかけて病院に迎えにきてもらう段取りをとったりしていた。
私には到底できない作業だった。


どうしてもどうしても彼を一旦、家に帰らせないといけないと思った。私達の幸せのシンボルである、このアパートに連れて帰らないと、そのまま葬儀場に彼は行きたくないと言っている気がした。とにかく、私と家に帰るんだ、と。

アパートに着いたのは午前3時くらいだったけど、既に友達のクリス君とKちゃんが待っていてくれて、背が190センチで100キロ近くあるJを葬儀屋の方、父、クリス君で担いで、部屋に連れて帰ってきた。

カナダの家族に電話しなければ、、、と、言うと、父が”(Jの)お母さんに一番に電話するのは止めなさい”と言った。
彼女は、本当に本当にJのことを愛していて、離れているだけにいつも心配し、カナダに帰るとそれはそれは喜んで、ひたすら息子を愛していることが、私達には十分理解できていたからだ。

一睡も出来ず、結局6時くらいに、まずJが一番信頼している妹に電話をしたけれど、家には誰もいなかったので、妹のダンナさんの携帯電話に電話をした。彼はビックリした様子で、どうしたの携帯電話にまで電話してきて、、、と言う感じだった。

ちょうど、彼はJの兄弟達とゴルフのトーナメントを見にバンクーバーに行っていて、兄弟達はそこに揃っていた。
Jの兄はとても繊細な人で、だからこそ、もうこのニュースを聞いたとたんに、何も出来なくなってしまったのだと思う。
どちらかと言うと、気が強いほうの弟が、ヘレンに電話をした。そして、ヘレンのところにJの妹もいた。

”マム。Jが殺されたよ”と、弟は言ったらしい。
ヘレンは”Jは殺されてないわよ。誰がそんなこと言ってるの?Munchから電話があったの?Jは殺されてないわよ!殺されてないわよ!”と、彼女が発狂しだしたのを妹が聞いて、電話をとりあげ”あなた誰なの?変な電話はやめてください。なんでJが死んだなんていうんですか!”と言っているのを弟が遮り、”僕だよ、Tだよ。munchから電話があったんだ。Jが事故で殺された”、、、妹も、あまりのことに驚き、ショックを受け泣きながら叫んでいたらしい。義母は、もう耐えきれなくなりトイレでもどしていたと言う。このことは、最近になって漸く聞けたこと。

あの日のことは、本当に良く覚えている。
私は、逆にひどいことが起こると、体の全神経がそれに集中するタイプなのだと思う。本当にあの日のことは、ショックが大きすぎたばかりに深く胸に刻み込まれている。
一睡も出来ず、朝日が昇り始めた時に言った。

”J、朝が来たよ。起きよう”

どんなにひどいことが起きても、どんなに悲しいことが起きようとも、朝はやってくる。
日はまた昇り、沈む。そして、また昇る。

朝刊も私達の心とは関係なく、規則正しくやってくる。
そして、Jの名前と事故のいきさつが、もうその朝刊にはのっている。
それを見た人達が、電話をしてくる。

何が起きようとも、一日は、始まる。





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Last updated  2006.10.29 10:08:27
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