カナダ人ダンナJとの生活

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2006.10.29
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カテゴリ: 日々のこと
葬儀も終わり、辛い中にも裁判に向けての準備や、保険会社とのやり取りがあって、それはそれは想像以上にめんどくさく、また、ただでさえ傷ついた心でいるところに、更に傷つけられることもあり、どうしてそんなことが起こるのかが本当に不思議だった。

いつかは終わる。

そう言い聞かせ、頑張ってきた。
それでも、どうしてもダメだ、、、と思わされ、くじけそうになった。
もう怒りの感情は、どんな時に起こらせれば良いのかさえわからなくなってきた。

加害者には、それでも、良い人生を歩んでもらいたいと思っている。
バカな人生を歩む人に、私の大事なJを殺されたかと思うと腹が立つからだ。

この私達の幸せな生活がどんなに貴重で、どんなに素晴らしく愛に満ち楽しかったか、それを壊されることがどんなことだか、想像してもらいたいと思う。加害者にはぜひとも本当に心の底から愛する人を見つけ、結婚し、その1ヶ月後に自分の大事な人がこの世から奪われる気持ちを、想像してもらいたい。
我が子が自分と、大事な人との間に出来たときの喜びを感じる時、私とJが感じることが出来なかった無念さがどんな物であるか、想像して欲しい。

加害者の子が39歳になった時、いかに自分が若く、まだまだやれることがあることに気付き、そんな年でこの世を去らなければならなかったJの気持ちを想像して欲しい。
年をとった時、無事に健康でこの日まで生きて来れたことに、感謝して欲しい。

だからこそ、彼にはこの経験を糧に全うに生きてもらいたい。


裁判が始まる前に、”異例なことではありますが、、、”と言って、加害者側の弁護士から、裁判でぜひ証言して欲しい、と言われた。感じていることを、加害者にわかるように言って欲しいと。

私達Jの家族は、話し合い、この事故が加害者にとっては2度目だったので、ケジメを付けてもらうためにもやはり然るべきところに行って、罪を償って欲しいと言う結論に至った。
当初は、彼が今までに事故を起こしたことがなく、これが初めての事故だと、彼の両親からも聞かされていた。
だからこそ、私達は19歳なんて、まだまだバカなこともやってみたくなる年だから、きっと、本当にアクシデントだったのだと思い、彼を刑務所に送る代わりに、もし、そのような制度が日本にあれば、事故被害者のためのボランティアをしてもらっても良いと考えていた。

でも事故を起こしたことが無いと言うのは、私達遺族に向けられた、大変に不誠実な嘘だった。


Jを殺してしまったこの事故のほんの2ヶ月前に、その時に乗っていた車を破損させるほどの事故を起こしていたのにも関わらず、彼は何も学んではいなかった。その時に、誰もケガをさせず、本人もケガをせず、車だけが壊れた、と言うのを理由に警察にも届けず、またすぐに新しい車を、親がローンを組んで買って乗っていた。そして、1回目のローン引き落としが始まる前に、猛スピードを公道でだし、制御できずに車を横転させて歩道にまで乗り上げてJを殺してしまった。

だからこそ、私達家族は、ケジメをつけてもらわねば、と思ったのだ。

その後、加害者側の弁護士に”Munchさん、裁判の時、何一つ加害者に対して良いことを言ってくれなかったじゃないですか”と、感情的に言われた。彼が私に証言しろ、こうやって加害者側の弁護士から頼むのは異例ですが、、、と前置きしていたのにも関わらず、私が証言したらしたで、この言いようである。


それでも私は、上に書いたようなことは、裁判中に言っている。是非とも、更生して良い人生を送って下さい、と。
これ以上、私に何を言わせたいのだろうか?
私が、この私の大事なJを殺した男を無罪放免にして下さい、なんて言うとでも思って私にそんなことを”異例”ながら頼んだのだろうか?

そして、加害者には3年半の実刑判決が出たが、それを不服とし控訴した。
私達は、3年半でもかなり妥協し、こちら側からは控訴しなかった。



兄は、その後あまりのショックに仕事に行けなかった。
カナダの他の家族も、相当にショックで、更に私達を傷つけるこの加害者の母親の行動にあきれ果て、怒りでいっぱいになった。

それでも私は、控訴審が終わるまで頑張ろうと思った。とにかく、ひとつずつ終わらせようと思った。
カナダの兄から、”高等裁判所にこの母親の行動についてと、そこからわき起こった気持ちを伝えたいのと、一審での判決を覆されたくないから、手紙を書きたい”と言うことで、私達は、今となってはこの3年半の判決が覆らないようにと、すがる思いで、意見陳述書を提出した。

そして、先日、加害者側の弁護士から来た手紙を見て、驚き呆れた。
カナダに謝罪に行って、この母親は何を思ったか、Jの兄に許してもらえたと思っていたらしい。
この母親の”許し”の定義は、私達のそれとは全然違っているように思う。

Jの家族は、敬虔なクリスチャンである。
カトリックにおいて、”許し”と言うのは、”愛”と同じくらいに深い真念であり、”神様が私達を許してくれるように、私達も人を許さなければならない”と、主の祈りにもある。

私が、加害者にそれでも、素晴らしい人生を生きて欲しい、と思うのも、この”許し”からくるものだと、私は信じている。
私はクリスチャンではないけれど、カトリックの学校で育ったので、怒ることは簡単だけれども、許すことは難しい、だから、これを試練だと思い、それを受け入れ、乗り越えていくことの意味を理解し、やっていこうとしているのである。
Jの兄もカナダの他の家族にも、その”許し”の心は、もちろんある。

私達が、加害者に刑務所に行って欲しいのは、”けじめ”である。
自分で蒔いた種は、自分で責任を取らなければならない。
もし、彼が刑務所に行くことがなければ、これから交通死亡事故を起こす人達に、一縷の望みを抱かせることになるのでは?日本の法律はどうなるのか?人を轢き殺しても“大したこと無い”ことになってしまう世の中になってしまうのでは?
どうして”危険運転致死罪”ができたのか?
この加害者のように、とんでもないスピードを出し、人を殺めてしまった場合、酒酔い運転だった場合などでも、かつては業務上過失致死罪で、済んでいた。
でも、それじゃいけないと出来たのがこの危険運転致死罪であるのに、その罪名が付いた彼が執行猶予で普通に生活していては、交通死亡事故はとてつもなく増えていくばかりだろう。
だからこそ、けじめなのである。
車を運転するからには、それが殺人マシーンになることをも、理解しなければならないと思う。

ちなみに私は、運転免許をもっていない。
私もJと同じように、自転車に乗っている時に車にひかれ、しかも逃げられたまま、未だにその犯人はつかまっていない。きっと、永久にこの犯人は捕まらないだろうと思う。だって、もう10年まえの事故だから。
その被害者である私は、ケガの痛さ、心の傷がどんな物であるかわかっているからこそ、自分では運転しないことに決めたのだ。

加害者が逃げた気持ち、、、想像すると、わかるような気もする。ただ単に怖かったのかもしれないし、無かったことにしたかったのかもしれないし、思わず逃げてしまって、後戻りできなくなってしまったのかもしれない。
いずれにしても、この人は、自分がとんでもないことをしでかしてしまったことには、十分気がついているはずだと思う。


時々やって来ていた、激しい喪失感と鬱。
そこから抜け出そうとしても、体が動かない。気を紛らせようとしても、無理な話しである。ただソファーに踞り、TVを見続け、さらに状況を悪くしても、どうにもこうにも気分を変えられないもどかしさ。他人からこう言う気分にさせられている腹立たしさ。

早く、色んなことが終わっていきますように!
早く、私の気持ちが少しでも楽になりますように!
早く時が進んで、めんどくさいことが終わりますように!

早く、早く、、、、


Jの分も大事に人生を生きたいと思うのとは裏腹に、一日が早く終わって、眠ってしまい、明日が来て、また一日が終わって、終わりの日が来るのをひたすら待つ、悲しい日々だった。





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Last updated  2006.10.29 13:12:34
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