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皆様、こんばんは。鹿島鉄道もいよいよ本日、前身の「鹿島参宮鉄道」以来83年の長き歴史に幕を閉じる事になりました。そこでこのトピックスでも、始発駅・石岡駅から沿線を旅してまいりましたが、我々を乗せた列車も終着駅・鉾田駅へと到着する事になりました。かっての客車列車や、遠足臨時列車「パンダ号」があった頃に使われていた機回り線(機関車の位置を前後変えるための引き込み線)は既に撤去され、1本のレールを2つのホームで挟む、という面白い構造の駅になっています。鉾田駅に到着すると、たちまち今まで乗ってきたキハ602とキハ714は、カメラの嵐です。いずれもクラシックな気動車で、日本でも珍しい存在だからです。(今日のトップ画像は鉾田駅でのキハ602号車です)鉾田駅でのキハ714号車それでは、この「キハ602」という気動車ですが、どのような気動車なのでしょうか?このキハ602号車の前身・キハ42036号車は1937年(昭和12年)3月、鉄道省(戦前は国鉄の事をこう呼んでいました)大宮工場製で、後に42027→42531と改番し、最終的にキハ0732号車となりました。九州鉄道記念館のキハ07型気動車国鉄での最後の働き場は多治見機関区で、主に中央本線、太多線にて活躍していました。1966年2月3日に国鉄で廃車になった後、10月に関東鉄道キハ42504号車として、鉾田線に配属となりました。最初は半流線型・正面5枚窓の原型のまま使用されていましたが、後に車内をセミクロスシートからロングシートへ改造。(下記の写真の通りです)そして1972年12月に西武建設(西武所沢車両工場)にて正面を切妻化し、総括制御可能車(連結運転の際、運転士一人で運転できるものです。それまでの機械式気動車は、連結運転の場合運転士が各車両に1人ずつ乗り、ブザーの合図でクラッチをロー、セコンド、サードと操作して加速していました)に改造しました。この時に車番を「キハ602」に改番しました。キハ602号車のプレス式ドア後に正面の非貫通化、冷房装置の設置(1994年12月)、ワンマン装置の設置などの改造を受けて現在に至っています。ちなみに「キハ601」号車は1936年(昭和11年)10月川崎車輌製のキハ42032号車が前身ですので、「キハ601」号車の方が若干、先輩という事になります。玉造町駅でのキハ602号車(先程の国鉄キハ07型の写真と比較してみて下さい)この“日本での長老気動車”の前で写真を撮る人もかなりの数にのぼりましたが、写真を撮っていた家族連れに向かって、「どけ!写真が撮れねぇだろうが!」と罵声を浴びせていた「心無いおたく」がいました。先にも書きましたが、最近の鉄道ファン達のモラルが低下しているのは残念ながら事実です。 この鉾田駅でも、後には沢山人が並んでいるのに、一人で定期券から、全駅分の乗車券、入場券と買い占めている「マナーと空気の読めないおたく」もいました。 自分では「売上に貢献した」と悦に入っている事でしょうが、回りの人からしたらいい迷惑行為です。鉄道趣味は一人のものではありません。みんなのものです。それを心掛けて、楽しい鉄道趣味の世界を送りたいものですね。鉾田駅の改札口では、地元の人達が列車から降りてきた人達に「地元産の野菜」をプレゼントして、新生・鉾田市をアピールしていました。駅舎内では写真展、鉄道模型の運転会、グッズの販売等が行われていました。ちょっと特徴のある鉾田駅の駅舎は「関東の駅百選」に選ばれた事もあるほどで、中央部には「鉾田驛」と昔の字体の駅名板がかかっていました。駅内には、増収のために設けられた直営の鯛焼き屋と立ち食いそば屋がありました。鯛焼きはたちまち売り切れ、「次の発売は20分くらい後になりま~す」と、店のおばさんが言っていました。「署名運動にご協力お願いしま~す」何かの署名運動が行われていました。それは「鹿島鉄道を廃止から休止に切り換えましょう」というものでした。「休止」なら、再開の見込みがあるからです。この鉾田市は、同じ市内に鹿島臨海鉄道の「大洗鹿島線」が通っていて「新鉾田駅」があるとはいえ、市街地からは少し離れています。そのため、通勤・通学、特に通学にはこの鹿島鉄道が欠かせない存在だったのです。私も早速、希望を思いながら署名して来ました。昼食は、ここの立ち食いそば屋の「天ぷらうどん」(330円)。そこのおばさんが、うどんを茹でながらこんな事を言っていました。「毎日これだけ乗ってくれれば、廃止にせんで良かったのにねぇ。」これは1997年に休止(2002年正式廃止)された、“機械式レールバス”でお馴染みだった青森県の南部縦貫鉄道でも聞かれたセリフです。普段から乗っていれば、こんな廃止の日を迎える事はなかったでしょう。茨城県では既に、日立電鉄線が廃止され、勝田~阿字ヶ浦間を結ぶ茨城交通湊線も時間の問題と言われています。千葉県の銚子電鉄があれだけ盛りあがり、少し盛り返す事が出来たのも、私達ファンの力があったからなのです。「電車整備のため、ぬれ煎餅を買ってください!」この一言がホームページに出たのをきっかけに、オンラインショップでの通信販売がストップするほど全国から注文があり、また銚子電鉄へ乗りに行く人も少しながら増えたと言います。ローカル線、ただ乗るだけでは面白くありません。その沿線の何気ない駅に途中下車して街並みを歩く。それだけでも立派な「旅」なのです。新たな発見があるのです。皆さんも、そんな「小さな旅」に出かけてみませんか?鹿島鉄道は今日でひとまず、83年の長き歴史に幕を閉じますが、私は「さようなら鹿島鉄道」とは言いません。鉾田駅で行われていたこの署名運動が実り、またいつの日かきっと、この気動車達が走ってくれる事を願っているからです。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。mama-gooseさんの執筆された「Last Run/最終列車の後で」(第二版)、絶賛発売中!第2冊目「キハ601のカケラ」も販売を開始しました!この2冊の売り上げは、鉾田駅保存車両の復元作業の費用に充てられます。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、茨城県各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方も、どしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2007.03.31
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皆様、こんばんは。鹿島鉄道のラスト・ランまであと1日になってしまいましたね。私達の旅は玉造町駅へとやってきました。ここも大きな駅で、平日と、休日の朝夕には駅員が配置されます。玉造町駅のホームと、ログハウス風の待合室玉造町駅の上りホームと貨物ホーム跡構内には、昔ながらのポイント小屋も残っていました。駅舎は立派なもので、近隣へのバスターミナルも兼ねています。駅の食堂では何か、地場産品も食べさせてくれる様ですね。玉造町駅からの関東鉄道バスの路線図。既に廃止された路線もあります。玉造町駅の改札口。平日と、土日・祝日の朝夕には駅員さんがいます。玉造町駅にあった「あさざ列車」の案内。しかし次のあさざの花が咲く時、列車はもう来ないのです…。玉造町駅にあった、鹿島鉄道の路線図。「鹿島参宮鉄道」時代を思い出させてくれます。駅前からは商店街が、突き当たりの郵便局まで続いています。それを右手に歩いていくと国道にぶつかり、先ほどの「浜の大カーブ」のところへと出る事が出来ます。次の駅は榎本(えのきもと)駅。ここは「自衛隊百里基地」の最寄駅です。「鹿島鉄道の生命線」だった、百里基地へのジェット燃料輸送は石岡からこの榎本まで行われていました。この燃料輸送列車は、榎本駅に到着すると側線に入り、タンク車の給油口に直接ジョイントを付けてパイプラインにジェット燃料を送っていました。そのため給油列車用の側線と上り線の間には、不測の事態に備えて高い壁が設置されていました。しかし、パイプラインそのものが老朽化してしまったため、2002年(平成14年)4月1日をもって石岡~榎本間の「燃料輸送列車」は廃止され、ジェット燃料輸送はタンクローリーに切り換えられました。この時、在籍していたディーゼル機関車3両も活躍の場を失い、国鉄から買った2両のDD13号機は、遥か遠い中国河北省の私鉄に売却されました。残された鹿島鉄道オリジナルのDD902号機も、工事用列車やイベント列車で時折動くだけになってしまいました。その榎本駅も、今は無人駅。一抹の寂しさを感じます。思わず、三橋美智也の「古城」を口ずさみたくなるのは私だけでしょうか?(古すぎるって!)さて、今私達が乗っておりますこの「キハ714」号という気動車ですが、この気動車はもともと、北海道の夕張鉄道(1974年に全線の旅客営業を休止)で活躍していた「キハ251」号車です。当時の「関東鉄道鉾田線」へは、僚友の「キハ254」号車(鹿島では「キハ715」号車)と共にやってきました。何故、714.715という番号になったのかといいますと、既に1972年に旅客営業を廃止した三井芦別鉄道からキハ101~103号車が入線し、「キハ711」~「キハ713」として活躍していたからです。「関東鉄道鉾田線」では、キハ714、715号車とも夕張鉄道特有の「ビニール張り転換クロスシート」のまま使用していましたが、輸送力強化のため1977年(昭和52年)5月には2両ともロングシート化されてしまいました。これによりキハ714の定員は120名(うち座席66)、キハ715は116名(うち座席68)と異なるようになりました。この2両ですが、キハ714はもともと扉間ボックスシート車として登場し、その後転換クロスシートに改造されたのに対し、キハ715は最初から転換クロスシート車として登場したため、窓の位置が全く異なっていました。その後キハ715は1978年(昭和53年)11月、キハ714は1980年(昭和55年)8月に車体更新工事を受け、乗務員扉の増設などを行いました。その後鹿島鉄道では、合理化のため全線で「ワンマン運転」を実施する事になり、それに対応する新型気動車「KR-500」型を5両入線させました。これに伴い、旅客用扉が中央よりにあってワンマン運行への改造は難しい、とされた元・三井芦別鉄道の「キハ711」~「キハ713」(この3両はセミクロスシートのまま残っていました)と、「キハ715」号車は平成3年から5年にかけて、次々と廃車解体されていきました。キハ714号車のみ、朝夕のラッシュ時の増結用として残され、冷房化や列車無線の取り付けが行われました。このキハ714号車は、鹿島鉄道唯一の「ツーマン車」である事から、運用の際には必ず車掌さんが乗務しています。 (しかしここ数日の「さようならフィーバー」で、どの列車にも車掌さんは乗っているようですね。)冬の寒い北海道の炭鉱鉄道・夕張鉄道時代の名残が、この「キハ714」号車にはそこかしこに見えます。キハ714の「ドア表示灯」。半自動ドアのため、ドアが開いている時に点灯。キハ714のドア部分。「手であけてください」の文字が消えかかっている。ロングシートが続く、キハ714号車の車内。キハ714の運転台機器。列車無線や車内放送設備がある。鹿島鉄道では、元・国鉄のキハ07型である“日本最古の現役気動車”キハ601、602号車と並んで人気で、わざわざこの列車の運用される列車を狙って乗るファンも多いです。(トップの写真は玉造町駅でのキハ714号車です)さてそんな話をしている内に、キハ602とキハ714の2両編成(最近はこのユニットで使われる)の列車は、借宿前、巴川、坂戸と進んでいきました。次はいよいよ、終着駅・鉾田駅です。その話に付きましては、また明日をお楽しみに。いよいよ明日は、鹿島鉄道最後の日です。乗りに行かれる方、写真を撮りに行かれる方、それぞれいらっしゃる事でしょうが、一人一人がマナーを守って、気持ちよく鹿島鉄道を送り出してあげて下さい。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。mama-gooseさんの執筆された「Last Run/最終列車の後で」(第二版)、絶賛発売中!第2冊目「キハ601のカケラ」も販売を開始しました!この2冊の売り上げは、鉾田駅保存車両の復元作業の費用に充てられます。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、茨城県各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2007.03.30
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皆様、こんばんは。常磐線・石岡駅から始まりました「鹿島鉄道最後の旅」も、いよいよ桃浦駅にやってきました。沿線にある小川高校のために1988年(昭和63年)に新設された「小川高校下」駅を出ると、ディーゼル列車は右手に霞ヶ浦を見て走ります。この桃浦は「茨城百景」のひとつにも数えられ、昭和30年代頃までは海水浴ならぬ湖水浴の人達で賑わった駅でした。ログハウス風の鹿島鉄道・桃浦駅(無人駅)桃浦駅に停車中のキハ432(元・加越能鉄道キハ126)しかし、湖水の汚染や護岸工事による浜の消滅などからその話も昔がたりとなってしまっています。かって常陸小川駅から浜駅の間は、本当に霞ヶ浦の湖岸線すれすれをクラシックなディーゼルカーが走っていたものでした。その中には、かって東京横浜電鉄(現在の東京急行電鉄東横線)が、渋谷~桜木町間の急行列車に導入したガソリンカーのなれの果て・キハ42200系もいました。そのガソリンカーもディーゼルエンジンに載せかえられて「さざなみ」などのヘッドマークを付け活躍していたものです。それでもこの区間は「霞ヶ浦と列車が一緒に入る区間」として、撮影の名所となっています。私が訪問した時も、何人かのカメラマンが場所を陣取っていました。霞ヶ浦のほとりを走るキハ602とキハ714の2両編成やがてディーゼルカーは、「八木蒔(やきまき)」駅を過ぎて、浜駅へと向かいます。浜駅は、現在でこそホームと待合室があるだけの無人駅ですが、「鹿島参宮鉄道」時代の1926年(大正15年)8月15日には、常陸小川駅からこの浜駅までが開業し、1928年(昭和3年)2月1日の玉造町駅延長開業までの終着駅でした。では何故、この駅が終着駅で、かつ鉄道の名前が 「鹿島参宮鉄道」と言ったのでしょうか。それは当時、神社参宮は国民にとって大変な目的を持っていたからです。そのため、全国各地で神社参宮のための鉄道があちこちで敷かれました。この鹿島鉄道の前身である 「鹿島参宮鉄道」もその一つだったのです。しかし、鹿島神宮へは当然、霞ヶ浦を渡っていかなければなりません。そこで1927年(昭和2年)5月17日、浜から鹿島神宮近くの大船津までの連絡船による湖上輸送が始まりました。浜駅は、言わばそのターミナル駅だったのです。常磐線経由で来た人達は、石岡駅からこの 「鹿島参宮鉄道」を利用し、浜駅で同社の運営する湖上連絡船に乗り換えて、潮来を経て鹿島へと向かったのです。同社は後の1931年(昭和6年)2月1日には、潮来自動車商会を買収し、バス事業をも始めました。これに伴い霞ヶ浦の湖上連絡船は、同年12月1日に水郷遊覧汽船に事業権を譲渡しています。後に湖上連絡船が廃止されるまで、この浜駅は「鹿島神宮参拝への玄関口」であったのです。浜駅から湖岸へ続く道(かっての桟橋への道の跡と思われる)その後浜駅は、「鹿島神宮参拝への玄関口」としての役目を終えた1963年(昭和38年)2月1日に無人駅となり、「鹿島参宮鉄道」も1965年(昭和40年)6月1日、常総筑波鉄道と合併して「関東鉄道鉾田線」となりました。これは1979年(昭和54年)3月6日に、現在の「鹿島鉄道株式会社」として分社化されるまで続きました。またこの周辺は、アサザの群落地としても知られ、花の咲く季節には増収策の一環として、臨時列車「アサザ」号が運転されました。しかし、次のアサザが咲く時にもう列車の姿を見る事はないでしょう…。浜駅停車中のキハ601号車浜駅と玉造町駅の間には急カーブがあり、ここも写真撮影の名所となっています。私が訪問した時も、何人かのカメラマンが場所を陣取っていました。しかし、 「ここは俺達が先に陣取ったんだ、どけ!」と言っている自己中心的な「鉄道写真おたく」がいたのは悲しい事です。もう少し、穏やかな言い方があってもいいのではないでしょうか。同じ「鹿島鉄道を愛する者」同士じゃないですか。情報交換をしたり、場所を譲り合ったり。こんなに喧嘩ばかりしていては、「鹿島鉄道のキハ達」も泣いていますよ!写真撮影は場所を譲り合って、仲良くしようではありませんか。また、いくらいいアングルが撮れるから、と言って、他人の畑や私有地に入るのもダメですよ!鹿島鉄道廃止まであと数日。せめてそのあと数日は、マナーを守って、気持ちよく鹿島鉄道を送り出してやろうじゃありませんか!!浜の急カーブを走るキハ601号車私達の旅は玉造町駅にやってきました。この続きはまた明日をお楽しみに。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。mama-gooseさんの執筆された「Last Run/最終列車の後で」(第二版)、絶賛発売中!第2冊目「キハ601のカケラ」も販売を開始しました!この2冊の売り上げは、鉾田駅保存車両の復元作業の費用に充てられます。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、茨城県各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2007.03.29
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皆様、こんばんは。私達は今、3月31日に廃止を迎える鹿島鉄道を旅しています。常陸小川駅で、キハ431とキハ432の2両連結の列車を降りる事にしました。沿線でも大きく、折り返し運転もあるこの駅は1924年(大正13年)6月8日、鹿島鉄道がその前身「鹿島参宮鉄道」として開業した時の終着駅でした。その名前が何故、「鹿島参宮鉄道」だったのかという事は、明日の桃浦駅、浜駅の訪問で明かす事にしましょう。鉄道ファンの間では、ここにはかっての貨物ホームが残り、そこに昔のディーゼル機関車・DD901号機が保存されているという事で有名でした。しかし、貨物ホーム跡には何もありません。そこで駅員さんに聞いてみると「先月に解体した」との事でした。何とも勿体ない話だね、とその駅員さんも言っていました。このDD901号機は「鹿島のカバさん」と呼ばれる位、独特の風貌をしていて、貨物列車や「鹿島鉄道の生命線」だった石岡~榎本間の「自衛隊百里基地」への燃料輸送列車の牽引にも当たっていました。また変わったところでは、沿線の幼稚園児・保育園児達が上野動物園へ遠足に向かう時の遠足臨時列車「パンダ号」の牽引にも使われていました。国鉄から12系客車(後には14系客車)を5~6両借りて、かわいいパンダのヘッドマークをつけながら、鹿島鉄道線内を鉾田から石岡まで、園児たちを乗せたブルーの国鉄客車を牽引し、ロッドの音も高らかに響かせて走り、石岡駅で国鉄の電気機関車に引き継いだ、という思い出があります。(同じようなものでは、今はなき筑波鉄道の臨時列車「つくば」号があります)「鹿島のカバさん」と呼ばれたのも、そういう所から来ていたのかもしれませんね。しかし、このDD901型ディーゼル機関車も新型ディーゼル機関車の登場で職を失い、昭和63年に廃車となりました。廃車後はずっとこの常陸小川駅の貨物ホームのところに留置され、一時はお色直しが行われた事がありましたが、結局は雨ざらしになり、スクラップとなったのです。せめて3月31日の全線廃止まで待ってくれよ、と思っていたのはきっと、私だけではないでしょう。常陸小川駅に留置されていた頃のDD901号ディーゼル機関車この写真は、ibukino-johさんからご提供を頂きました。この場をかりて、あつく御礼申し上げます。常陸小川駅構内の貨物ヤード跡鹿島鉄道で駅員が配置されているのは、石岡、常陸小川、玉造町(平日のみ)、鉾田の4駅のみで、この駅では今や貴重となった硬券の切符も売っています。それを買うための行列が出来ていました。しかし、後に並んでいる人の迷惑も考えずに、一人で全駅分の切符や入場券を買っていた輩がいました。自分では「売上に貢献した」と、悦に浸っていたつもりでしょうが、それは並んでいた他の人達にとっては「迷惑行為」であるという事を自覚して欲しいものです。私も初乗りの乗車券1枚と入場券1枚にとどめておきました。鹿島鉄道・常陸小川駅の駅舎この駅の出札口は、なかなか味のある「ローカル駅らしい」出札口なのですが、「出札口付近の写真撮影はご遠慮下さい」という張り紙がありましたので、掲載できない事をお詫び申し上げます。常陸小川駅の「出発時間表」待合室などには、沿線の小川高校の生徒達による「鹿島鉄道を応援する」看板があちこちにありました。大人は車を利用するかもしれません。しかし学生達など「交通弱者」にとっては、鉄道はかけがえのない足なのです。交通渋滞のないバスよりも時間が安定した乗り物なのです。この鹿島鉄道、廃止反対運動もかなり熱心に起こりましたが、なかなか結びつかなかったのが私にとっても個人的に非常に残念に思えてなりません。上りホームの待合室。学生達がデザインした。常陸小川駅の下りホーム。列車を待つ人で一杯です。そんな事を考えているうちに、上りの列車がやって来ました。KR-502号車の単行列車です。車内はびっしりと乗客が乗っています。石岡南台のニュータウン開発に合わせて、初の冷房付で平成の世に登場したこの車両達も、廃止後はどうなってしまうのでしょうか。それでは、我々の乗る列車がやって来ました。さっき石岡機関区でアイドリングしていた元・国鉄キハ07のキハ602号車と、北海道は夕張鉄道からお嫁入りしたキハ714号車の2両連結です。(トップの写真は、元・夕張鉄道のキハ714号車です)それでは乗る事にしましょうか。次の目的地は、霞ヶ浦を望む桃浦駅と浜駅です。明日もどうぞ、お楽しみに。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。mama-gooseさんの執筆された「Last Run/最終列車の後で」(第二版)、絶賛発売中!第2冊目「キハ601のカケラ」も販売を開始しました!この2冊の売り上げは、鉾田駅保存車両の復元作業の費用に充てられます。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、茨城県各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2007.03.28
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皆様、こんばんは。バイトから帰ってきて仮眠していたら、こんな時間になってしまいました。さて昨日告知しました様に、今日から数回にわたって、3月31日限りで廃止となる茨城県の「鹿島鉄道」について特集したいと思います。3月10日・土曜日。その鹿島鉄道への「お名残乗車」という事で、常磐線に乗って石岡駅へ。ここから古い跨線橋を渡り、鹿島鉄道のホームへと行きます。何と、鹿島鉄道のホームは、人・人・人の嵐!廃止を知って皆駆けつけたのでしょう。カメラの放列が組まれていました。立っていた駅員さんから、1,100円の「フリーきっぷ」を購入。鉾田までの片道乗車しただけで、元が取れてしまうお得な切符です。駅の外の歩道橋にも、カメラの嵐でした。機関区に入っての撮影が禁止されたため、そこから望遠レンズでカメラを向けている様です。機関区内では、元・国鉄キハ07型の生き残りであるキハ602号車と、夕張鉄道からお嫁入りした湘南窓のキハ714号車が手を組んで、エンジンをアイドリングさせていました。キハ602号車の床下では、エンジンのシャフトが回っているのが見えます。その姿と音は「わしはまだまだ、現役じゃ!」と、叫んでいるかのようでした。待合室内には臨時の売店が設置され、様々なグッズが売られていました。マグカップ、Tシャツ、バッヂ、キーホルダーなど。人が群がるかのように買っています。外ではDVDも売られていました。ホームの上には、古い観光看板が掲げられていました。霞ヶ浦をめぐるコースなども書かれ、かっての「鹿島参宮鉄道」時代を彷彿とさせてくれます。やがて列車が入線してきました。この列車はキハ431とキハ432号車の重連です。キハ431号車はクリームと緑の旧「三井芦別鉄道」色、キハ432号車はクリームと赤の旧「鹿島参宮鉄道」色(昭和30年代)でした。前面には「ありがとうございました」、後面には「さようなら」のヘッドマークを付けて。車内にはどっと人が乗り込み、あっという間に満員です。その混雑ぶり、ラッシュアワーの山手線よりもすごかったでしょう。このキハ431とキハ432号車は、昭和32年に東急車両で製造された湘南型2枚窓の気動車で、元は富山県の加越能鉄道加越線(石動~庄川町間・昭和47年廃止)のキハ125.126号車でした。加越能鉄道時代は、同線初の「液体式気動車」で、総括制御が可能となっていました。また兄弟車として、以前このトピックスでも取り上げました東武鉄道熊谷線(昭和59年廃止)の「特急カメ号」ことキハ2000型気動車がいます。双方の違いは、鹿島の方がロングシートなのに対して、東武の方がセミクロスといった事ぐらいです。(東武鉄道熊谷線の「特急カメ号」キハ2002号車については、こちらのトピックスをご覧下さい)エンジン音が高まり、いよいよ鉾田までの旅に出発です。鹿島鉄道は数年前、一部の列車を除いてワンマン化されましたが、この混雑ぶりではとてもそのような状況ではありません。各列車に車掌さんが乗務し合図をしています。すぐに、鹿島鉄道で一番新しい駅・石岡南台駅へと到着です。この駅は沿線に住宅地が開発されたため、新しく出来た駅なのです。ここで列車交換。やってきた列車は、「日本最古の現役気動車」でもあるキハ601号車の単行です。あちらにもかなりの人が乗っています。その到着を受けてすぐ発車となりました。線路をガタゴト、ユラユラ。2両の気動車は進んでいきます。車内の満員ぶりはすさまじいものです。エンジン音や車内放送を録音する人、前に陣取って走行風景をビデオに録画する人。思い思いの姿です。その中で地元の人が数人乗っていました。地元の人にとって、この一時的な「廃線前フィーバー」は、果たしてどのような目に写ったのでしょうか?やがて列車は次の列車交換駅・常陸小川駅に到着しました。ここは前身の「鹿島参宮鉄道」として開業した当時の終点で、貨物ヤードもある大きな駅です。ここでちょっと、途中下車してみる事にしましょう。続きはまた、明日をお楽しみに。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。mama-gooseさんの執筆された「Last Run/最終列車の後で」(第二版)、絶賛発売中!売り上げは、鉾田駅での保存車両の復元作業の費用に充てられます。鹿島鉄道ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、茨城県各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。最近ブームになっている「油そば」。私もこの間食べました。ここのショップのは美味しいですよ!
2007.03.27
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皆様、こんばんは。数日ぷりのごぶさたでした。体調の方も少しずつではありますが、回復しつつあります。でも、勉強もしないとと思っている今日この頃です。皆様は初春の候、いかがお過ごしでしょうか?奈良から天王寺までは、JRの関西本線で行く事にしました。何故JRを使ったかって?それは「ビューカード」のポイントプレゼントで貯めたオレンジカードが大量にあったので、それを活用したかったからです。関西本線ホームで、これから乗りこむ「大和路快速」を待ちます。向かい側のホームには、クリームに赤帯の桜井線の105系電車(今日のトップ画像)が発車を待っています。片方のマスクは近代的、もう片方はまるで常磐線の「千代田線直通電車」用103系と言うような感じでした。以前和歌山市~和歌山間でこの形の電車に乗りましたが、ここまで進出しているとは思いませんでした。しかも「ワンマン運転」。合理化も進んだものです。おっと、奈良線の「みやこ路快速」221系がやってきました。かっては117系が走っていたこの快速電車、京阪神間を走っていた「新快速」用車両の「第2の職場」になっているようですね。そのスピードと設備は、ライバル・近鉄特急を明らかに意識している様です。そうこうしているうちに、これから乗る「大和路快速」もやってきました。これもかっての「新快速」用221系電車です。「みやこ路快速」からの乗客を受けて、発車です。この関西本線、今でこそ通勤・通学主体の路線になってしまいましたが、かっては東京から終点の湊町(現在のJR難波)までの直通列車もあったほどです。つい最近、「特別料金を取る」唯一の優等列車だった急行「かすが」号(名古屋~奈良間)が廃止され、少し寂しくなってしまいました。以前はキハ58型急行用気動車が長大編成で走っていた急行「かすが」号も、キハ58型の2両連結、そして転換クロスシート装備の新車・キハ75型の2両連結となりました。伊勢路を走る快速「みえ」号との共通運用だったため、「転換クロスシートのくせに、何で急行料金取るんだ」という声もあったようです。そのキハ75型気動車が加太越えをする姿も今は昔話です。ちなみに日本で最初に通勤型気動車・キハ35型を導入したのは、この関西本線の湊町~奈良間らしいです。蒸気機関車列車から転換された新型のキハ35型気動車は、外吊り扉が特徴で、赤とクリームのツートンカラーも明るく、関西本線のスピードアップ・イメージアップに貢献したものでした。写真は「碓氷峠鉄道文化むら」に保存されている、キハ35型気動車です。(房総用にステンレス車体で造られた900番代です)かっての「新快速」用だった221系電車の「大和路快速」は、その関西本線を飛ぶ様に走っています。これもライバル・近鉄奈良線への対抗意識なのかもしれませんね。やがて「大和路快速」は、天王寺駅に到着しました。ここから大阪環状線に入りますが、我々はここで降りる事にしましょう。かっての「大阪ー奈良間の快速電車」と言えば、白と赤の113系電車を思い出す方も少なくないでしょうね!天王寺駅にはいろいろな電車が停まっています。一瞬、山手線と見間違えた、普通電車用の201系電車。空からの客を乗せ、京都へ向かう関空特急「はるか」号 。南紀への旅に向かう、381系特急「スーパーくろしお」号。紀州といえば、かって海水浴に行った思い出のある地です。その話には天王寺駅が多く出て来ますが、それについてはまた後日。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、関西各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。[これからの旅におすすめな宿です]◎伊豆長岡温泉「南山荘」古き浪漫漂う、数奇屋造りの宿。露天風呂をはじめとする3つの温泉が自慢です!◎白馬風の子365日、一人旅大歓迎!白馬の楽しい旅を、風の子が応援します。
2007.03.23
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皆様、こんばんは。ご心配ばかりおかけしており、申し訳ございません。何とか少しずつ、体調の方は回復しつつあります。しかし、新学期が近いので無理はまだ禁物な状態です。このブログ「トーク&トーク」も、ぼちぼちとやっていけたらと思います。それでは、ストーリーの続きに行く事にしましょう。近鉄奈良駅を降りた、オフ会ご一行の皆様。まだ話し足りないので、どこか店を探す事にしました。すると1軒の「ドトールコーヒー」があったので、そこでコーヒータイム(二次会)と相成りました。それでは二次会の間、皆様は奈良の旅をお楽しみ下さい。奈良といえば鹿。これは「春日大社の守り神」と言われており、天然記念物にも指定されています。奈良公園へ入りますと、エサの「鹿せんべい」100円なりを売る屋台があちこちに出ています。ここで要注意。紙幣を出してしまいますと、エサと間違えて食べられてしまうおそれがありますので、くれぐれも硬貨で出しましょう。東大寺(大仏殿)はちょっと人が多いですので、今回はパスしましょう。ちなみにこの大仏殿の中には、大仏様の鼻の穴と同じ大きさの穴が開いている柱があり、それを潜り抜けられると無病息災でいられる、という言い伝えがあります。どなたか、チャレンジされてみてはいかがですか?また3月の「お水取り」で有名な二月堂の脇の茶屋の“きつねうどん”と“わらび餅”の味は絶品!です。生駒の山々を遠くに眺めながら、いかがですか?ちょっと回って春日大社を巡ると、猿沢池に出てきます。ここには鯉の他、亀が大量にいるので有名です。特に魚佐旅館前辺りから興福寺を狙ってのショットは、カメラマンたちにとって格好のカメラスポットです。それでは、興福寺に行ってみましょう。この興福寺と言えば、かの有名な「阿修羅像」。皆様も一度は聞いた事があるのでは、と思われます。そうです、顔が何面にもあるあの仏像です。あの仏像は個人的に好きで、何時間見ていても飽きません。(尚、「阿修羅像」のある宝物館内での写真撮影は固く禁じられておりますのでご注意下さい。)近鉄奈良駅前から奈良交通バス「西の京ライン」で1時間ほど行くと、斑鳩の寺の代名詞・法隆寺に到着します。こちらはオプショナルツアーとなっておりますので、五重塔の写真のみ公開しておきます。ちなみにこのバスに乗りますと、薬師寺、唐招提寺なども回る事が出来ます。奈良大和路の観光に、いかがでしょうか?予定がこの後あったので、他の皆様とはここでお別れ。JR奈良駅へと急ぎました。今回、トップの写真に使用している昔ながらの駅舎は、この度正式保存が決まり、観光案内所として使用される事になったそうです。それでは、大阪までの「大和路快速」を待つ事にしましょうか。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、奈良の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。[奈良でのお泊まりは]◎魚佐旅館猿沢池のほとりにある、静かな老舗旅館です。
2007.03.19
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皆様、こんばんは。いかがお過ごしでしたか。今日はJRはダイヤ改正でしたね。私は最後の特急「東海4号」に静岡から東京まで乗ってきました。静岡駅と東京駅はカメラの嵐。すごいものがありました。さて、皆様にお送りしておりますこの「トーク&トーク」ですが、しばらくの間執筆が不定期になります。と言いますのは、私自身が新学期を迎えて忙しくなるのと、現在体調があまり良くないという2点からです。身体の調子が落ち着いた時に、また執筆していきたいと思います。勝手を申してすみませんが、何卒ご理解の程宜しくお願い致します。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。[これからの旅におすすめな宿です]◎伊豆長岡温泉「南山荘」古き浪漫漂う、数奇屋造りの宿。露天風呂をはじめとする3つの温泉が自慢です!◎白馬風の子365日、一人旅大歓迎!白馬の楽しい旅を、風の子が応援します。◎ニューフジヤホテル熱海温泉、最大級のホテル。365日通年同一料金がうれしいね!◎伊東園ホテル 箱根湯本お一人様でも宿泊できる、通年同一料金の嬉しい宿。食事はバイキング形式。◎箱根湯本温泉 かっぱ天国箱根湯本駅に一番近い、気軽な温泉宿。夕食は鉄板焼です。
2007.03.17
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皆様、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。今日は入っていたはずのアルバイトが、派遣会社のミスで入っておらず、急遽休みに。そこで「日本の旅ドットコム」から依頼のありました場所の写真撮影に、急遽出かけてまいりました。デジカメの持ち合わせがなかったので、携帯カメラにてパチリと。すぐに電源が消耗してしまい、何度か「AMPM」で充電しながらの撮影でした。さて、皆様とは近鉄特急30000系「ビスタカー」で、大阪難波から古都・奈良への旅を楽しむ事にしましょう。指定された座席は「3号車76番」。もちろん、「ビスタカー」の中間車1階席です。乗りこんで、あちらこちらの写真を撮りまくりました。2階席、先頭車普通席、1階席など。これが先頭車部分の座席です。これが2階席部分の座席です。これが1階席部分の座席です。これが1階席部分の座席です。(入口より撮影)この30000系「ビスタカー」は、老朽化した2代目「ビスタカー」10100系の置き換え用として、昭和53年から登場したバージョンです。2代目10100系「ビスタカー」模型登場時の3代目30000系「ビスタカー」模型2代目が「名阪ノンストップ特急」をウエイトに置いたのに対し、この3代目30000系「ビスタカー」は、「伊勢志摩への観光特急」として登場したものでした。4両固定編成で、2階建て車両は中間2両。2階座席は空間も明るく取られたものでした。また妻面には、伊勢志摩と奈良大和路のイラストも入れられました。1階席は「海のファンタジー」というコンセプトで、青を中心とした座席配置でした。しかしその後、21000系「アーバンライナー」や26000系「伊勢志摩ライナー」が登場すると、段々とアコモの面で見劣りするようになり、平成10年~11年にかけて改良工事が行われました。座席のシートモケットの交換や、車体塗装の変更などが行われ、「ビスタEx」として生まれ変わりました。14時35分。いよいよ、近鉄奈良へ向けて旅立ちです。途中、上本町、鶴橋と大阪市内は停車し、生駒、学園前、西大寺と停車していきます。上本町、鶴橋では車内放送のみで、チャイムは鳴りませんでした。ホームで売っていた「柿の葉寿司」で昼食です。この「奈良線特急」が上本町~奈良間に登場したのは、昭和30年。当時はロングシートの800系による運行で、当然、特急料金は不要。(特急料金を取っていたら、苦情ものですよね!)奈良の鹿のヘッドマークを付けて、停車駅は鶴橋、西大寺だけで所要時間は30分。当時の奈良市内が、路面電車の様に併用軌道だった事を考えても、かなり奮闘していたといえます。しかし新生駒トンネルが開通し、大型車両の乗り入れが可能になると、この「奈良線特急」も昨日の写真のような8000系等の大型車が入るようになりました。そして昭和47年11月7日のダイヤ改正で、生駒と学園前が停車駅に追加された事と、「近鉄特急は全車座席指定にて運行する」という方針のもとで廃止され、この類の列車は「快速急行」へと格下げとなりました。その後昭和48年9月21日、近鉄難波~近鉄奈良間に有料の「奈良線特急」が4往復復活したのです。車内では、近鉄特急談義なども行われ、有意義な話でした。また特急券の席番順による抽選会も行われて、楽しいオフ会です。そうこうしているうちに列車は、新生駒トンネルへと入りました。そして、近鉄特急独特のチャイムが流れ、生駒到着です。(余談ですが、私や悪友のA.K氏はこのチャイムが流れないと近鉄特急ではない、と思い込んでいるほどです)これが中間車のデッキ部分です。奈良線の菖蒲池にはかって遊園地があり、家族連れの格好の行楽スポットでしたが、惜しくも数年前に廃止され、現在は池だけが寂しく残っていました。「電鉄会社と遊園地」の話は、それだけで話題が1つ出来てしまうので、ここでは省略致します。そしてまたチャイムが鳴り、西大寺到着。隣りには京都・橿原線運用に入っている30000系「ビスタカー」が停車していました。やがて、昭和44年12月9日に開通した地下線に入り、あの「近鉄特急チャイム」が流れると、終着駅・近鉄奈良へと到着です。近鉄難波駅から時間にして34分の短い旅でした。以前の800系による「鹿マークの特急」と比較しても、停車駅の増加等を考えると、だいぶスピードアップしたな、と感じられました。そしてオフ会ご一行は、改札を出て二次会の場所を探すのでした。また今回のオフ会で配布した「近鉄特急『ビスタカー』物語」のレジュメですが、ワード形式で保存しておりますので、ご希望の方はこちらまで下さい。添付ファイルでお送り致します。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、近鉄沿線の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。
2007.03.14
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皆様、こんばんは。いかがお過ごしでしょうか。こちらは今日、大学の成績表が出てきました。予想していた以上の単位は取れましたが、絶対取れていたと思う科目が取れていなくて、絶対ダメだとおもっていた科目が取れていたという結果でした。これからはちょっと勉強に身を入れないと、と思っています。そのため、このブログも少し不定期になるかもしれませんが、その点はお許し下さいませ。それでは、旅の続きに移る事にしましょう。今回の旅の目的として「アッパークラス」氏のオフ会に参加することがありました。今回のオフ会は、近鉄特急30000系「ビスタカー」の1階席での旅を、近鉄難波(大阪)~近鉄奈良間で楽しむ、というものでした。喜連瓜破駅から谷町九丁目駅まで地下鉄谷町線、そこからなんば駅まで地下鉄千日前線で移動。そして集合場所である近鉄難波駅のホームへと行くと、既に参加者は集まっていました。乗車予定の列車は、近鉄難波14時35分発の近鉄奈良ゆき特急。日によっては2階建て車両30000系「ビスタカー」が使われるそうです。2階席には何度か乗りましたが、サロン風の1階席にはまだ乗った事がありませんでした。この1階席は、サロン風と言うか個室の様な感じになっているので、グループでもないとなかなか乗る機会もないのです。そして今回、この様な企画があるという事で、コースに取り入れたのです。詳しい旅の模様は、また次回をお楽しみに。写真は「昔の奈良線特急」の転身した姿、近鉄8000系「快速急行」奈良ゆきです。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、大阪、奈良の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。[これからの旅におすすめな宿です]◎伊豆長岡温泉「南山荘」古き浪漫漂う、数奇屋造りの宿。露天風呂をはじめとする3つの温泉が自慢です!◎白馬風の子365日、一人旅大歓迎!白馬の楽しい旅を、風の子が応援します。
2007.03.13
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皆様、こんばんは。いかがお過ごしでしょうか。今日は試験監督のアルバイトでした。明日は待ちに待っていた休息日。ゆっくりと身体を休めたいと思います。しかし、部屋は書類や資料、書籍の山々。これを片付けないと…。さて、関西の旅の続きです。大阪市営瓜破霊園へ行く途中、自動販売機でサンガリアの「あめゆ」を見つけました。甘いものに目がなく、いつも歯医者のご厄介になっている私。早速買いました。「あめゆ」と言えば、関西の他、夏の海水浴場でよく見かけた飲物ではないでしょうか。水飴をベースに、生姜でピリリ感をつけた独特の飲物。泳いだ後、身体を温めるのには格好の飲物でしたよね。その「あめゆ」が「♪1・2・サンガリア…」のCMでお馴染み、サンガリアから販売されているのです。更に面白いのは、夏は冷やして販売出来るように裏には「ひやしあめ」と書いてあるのです。これは何とも傑作!!思わず写真を撮ってしまいました。サンガリアのホームページでは、これらの飲物の通信販売もしていますので、ご興味のある方、是非いかがですか?ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、日本全国の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。[これからの旅におすすめな宿です]◎伊豆長岡温泉「南山荘」古き浪漫漂う、数奇屋造りの宿。露天風呂をはじめとする3つの温泉が自慢です!◎白馬風の子365日、一人旅大歓迎!白馬の楽しい旅を、風の子が応援します。
2007.03.11
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皆様、こんばんは、1日ぶりのご無沙汰でした。3日間続いたガテンバイトも、今日で終了。しかし両親からは相変わらず、イヤミの日々です。そのため昨日は疲れて、寝てしまいました。明日は3月31日に廃止が迫った、鹿島鉄道へ取材に行きます。それでは、旅に移る事にしましょう。新大阪駅で「のぞみ」号を降り、東海道本線の緩行電車でお隣り・大阪駅まで。そこで阪神電鉄に乗換えです。目的地は、尼崎。では何故、尼崎に向かったのでしょうか?ここからはちょっと、関西ローカルな話になります。関西の皆さんは「パルナス」というお菓子屋さんを覚えていますか?ちょっと怖いコマーシャルが印象的だった、関西ローカルのお菓子屋さんです。「♪パルナス パルナス モスクワの味…」このキャッチフレーズを耳にした事がある方は、きっと多い事でしょう。“モスクワの味”という様に、ピロシキが美味でした。あとはシュークリームやケーキなど。大阪では不二家やタカラブネをしのぐシェアを誇っていた時期もありました。私も子供の頃、阪神西宮駅の前にあった「パルナス」の売店で、ピロシキやシュークリームをよく買ってもらいました。しかし、100円ケーキなどが出てくると販売競争も激しくなり、好調なうちに廃業しよう、という事で数年前、姿を消してしまいました。あの“モスクワの味”だった「パルナスのピロシキ」は、もう食べられないのか、と思っていた方も多かったと思います。しかし、当時パルナスに勤務していた人がレシピを守り、阪神尼崎駅構内で「モンパルナス」というベーカリー兼喫茶室を経営していました。そこで今でも、“モスクワの味”だった「パルナスのピロシキ」が売られているのです。今回はそれを買いに行ったのでした。1個150円、昔のままでした。味は東京渋谷の「ロゴスキー」のものに比べると、ちょっとスパイシーなのが特徴です。この“モスクワの味”だった「パルナスのピロシキ」は、「大阪を代表する味」という事で、天保山のマーケットプレイスでも販売されるようになりました。揚げたてのピロシキ、とても美味しいです。阪神電車を途中下車してでも、買いに行く価値は充分あります。またお店のホームページでは、冷凍ピロシキの全国発送もやっています。是非、味わってみてください。情報提供をして下さいました大阪府のC.Sさん、どうもありがとうございます。この場をかりて御礼申し上げます。〔「パルナス」についてもっとよく知りたい方のために…〕明日はどこをご紹介しましょうか?どうぞお楽しみに。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、日本全国の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。[これからの旅におすすめな宿です]◎伊豆長岡温泉「南山荘」古き浪漫漂う、数奇屋造りの宿。露天風呂をはじめとする3つの温泉が自慢です!◎白馬風の子365日、一人旅大歓迎!白馬の楽しい旅を、風の子が応援します。
2007.03.09
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皆様、こんばんは。今日から3日間、またガテンのアルバイトです。まぁ、家から近いのと拘束時間が短いので割合、楽ではありますが…。ガテン、というと野中のばら先生のマンガに「ガテンのカコちゃん」というのがありました。(かって「まんがタイムラブリー」に連載)可愛いけれど、ドジばかりやっているガテンの女の子・カコちゃんを主人公としたマンガで、なかなか面白かったのを覚えています。さて皆様、大変長らくお待たせ致しました。いよいよこの間の「近畿・中京の旅」報告の始まりです。まず旅立ちは、7月に東海道新幹線から撤退する事になった500系「のぞみ」号にて。品川駅11時59分発、「のぞみ25号」に乗車。指定された席は、12号車でした。3連休が近いせいか、車内放送が「本日、グリーン車・指定席とも全て完売でございます。自由席からの変更は出来ませんので、予めご了承下さい。」と何度も告げていました。JR西日本車らしく、「いい日旅立ち」をアレンジしたオルゴールで車内放送。これがJR東海車だと、TOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」になるのですが。まずは品川駅で買った「品川宿」駅弁(上の写真)で昼食。しじみ御飯に穴子と、江戸前らしい駅弁でした。そう言えばこの500系、どことなく「ウナギ」に似ていましたね…。(浜名湖のウナギに笑われそうですが…)そして持参のFMラジオでミュージックタイム。エリアモードを「JR」に合わせました。JR西日本車とJR東海車では、若干放送内容が違うようです。今回のミュージックプログラムは、どのチャンネルも洋楽が中心でした。しかしこの500系「のぞみ」号は、新横浜を出てスピードを出し始めると、少し揺れを感じます。また、山陽新幹線区間とは違い、ダイヤが過密な東海道新幹線区間では、なかなか自慢のスピードも出せないのかもしれません。それで欲求不満を持て余して、揺れているのかもしれませんね。またこの500系の特徴として、車体全体が飛行機のように丸っこいのが特徴です。そのため、窓側の座席ではちょっと狭さを感じる、という人もいるかもしれません。500系新幹線の座席(普通車)弁当を食べ終わると、BGMを耳についつい寝てしまい、気がついたのは名古屋駅到着寸前。「いい日旅立ち」のオルゴールが鳴りました。左手にはオレンジと紺色の近鉄特急達の姿も見えます。間もなく、名古屋駅です。名古屋で乗客は半数入れ替わりましたが、車内は相変わらず満席状態。「指定席完売放送」が再び、流れました。ちょっと喉が渇いたのでペットボトルのお茶を飲み、車内販売のアイスクリーム(260円)を買う事に。「♪スジャータ スジャータ…」でお馴染みの「名古屋製酪(めいらくグループ)」の製品でした。バニラアイスでしたが、味はかなり濃厚で、例えて言えば「カラメルソースなしのプリンをそのままアイスクリームにした」様な味でした。名古屋を出ると500系「のぞみ」は更にグングン飛ばします。250キロ運転でしょうか。車体の揺れも少し強く感じます。かって超音速旅客機「コンコルド」が開発された時、当時の日本航空(JAL)も数機を導入する計画がありましたが、騒音がかなりのものになるのと、揺れ等の関係で導入は見送られたそうです。ちなみにヨーロッパでは、エールフランスと英国航空で運航されていた様ですが、全席ファーストクラスという贅沢さだったとか。(燃料をかなり食うため、ファーストクラスでないと採算が取れなかったそうです)それも今となっては、思い出話です。鴨川を渡ると、 「のぞみ25号」は京都駅到着。名古屋駅からはあっという間でした。これが雪の季節なら、関ヶ原の辺りでで立ち往生、なんて話もよく聞きますが、今年は暖冬のためそんな話も聞かないようです。ウイスキーの故郷・山崎の辺りを通過すると新大阪駅はもう間近。かって新京阪電鉄(現在の阪急電鉄京都線)のPー6型特急電車が、当時の国鉄の超特急「燕」号を追い抜いた辺りも、この辺りなのです。さて「いい日旅立ち」のオルゴールが流れてきました。私達も下り支度をしましょうか。14時27分、品川駅からわずか2時間29分で500系「のぞみ25号」は、新大阪駅へと到着しました。昭和39年10月1日の東海道新幹線開業時の、超特急「ひかり」号の東京~新大阪の所要時間が3時間10分、という事を考えると、これはまさに「超特急のぞみ」と呼んでいいでしょう。16号車に行って先頭部分などの写真を撮りまくり、500系「のぞみ25号」の西への旅を見送ったのでした。Discover West!尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。
2007.03.07
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皆様、こんにちは。ここ数日疲れていたので、更新をサボってしまっていました。写真の整理もようやく出来たので「近畿・中京旅シリーズ」、間もなく始められそうです。今日の話題は、伊豆下田(静岡県下田市)の「腹いっぱいになれるとんかつ屋」です。伊豆でとんかつ?とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、ここの店のとんかつ関係の定食は、量がハンパではありません!その店の名前は「とんかつ一(はじめ)」。おすすめは写真の「ミックス定食」(1,350円)なり。どんぶり御飯と味噌汁に、ヒレカツ、メンチカツ、カニクリームコロッケ、ホタテフライ(又はトリの唐揚げ)が付いています。御飯・味噌汁・付け合わせのキャベツとスパゲティは、な・なんと「おかわり自由」!!御飯には、希望に応じてカレーもかけてくれます。ほど良く食べてくると、気のいいお店の大将が、「そろそろおかわり、どう?」と御飯や味噌汁、キャベツやスパゲティをよそってくれます。その量はハンパじゃありません。まるで盛岡の「わんこそば」の様です。とにかく、全部食べきれるかどうかがこの店の面白いところ。カウンターに積まれた、おかわり用の山盛りになった千キャベツそんな訳でこの店は、地元の高校生や、下田を訪れる学生さん、ライダーさん達に人気の店なのです。また一度来た人には「おっ、また来たね!」と大将が言ってくれるところ。これも、嬉しいじゃないですか!決して気取らない、そんなところがこの「とんかつ一(はじめ)」の人気なのかもしれません。お店の場所は、伊豆急下田駅を下りて、下田ロープウェイの方へ出て下さい。そして左手に歩く事3分。定休日は不定です。伊豆の下田へ行かれる方、海産物もいいですが、ボリュームたっぷりの「とんかつ」もいかがですか?量がちょっと多いのでは、と思う方は「女性・子供用」という手頃な量のもあります。ライダーの皆様、チャリダーの皆様、そして伊豆急行線を撮影に来られた皆様、是非この「とんかつ一(はじめ)」へ行ってみませんか?ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、伊豆下田の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方はこちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。[下田でのお泊まりは・・・・・・]◎下田伊東園ホテルはな岬365日通年同一料金の嬉しいホテル。下田港を一望できます。◎下田海浜ホテル365日通年同一料金の嬉しいホテル。静かな入江を一望できます。◎ホテル伊豆急砂浜美しい白浜に面したリゾートホテル。◎下田ビューホテル高台にある眺望随一のホテル。
2007.03.06
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皆様、こんばんは。いかがお過ごしでしょうか。こちらは相変わらずの日々です。今日は床屋に行って、髪の毛をばっさりと切ってきました。心までさっぱりしたような気分です。写真の整理もひと段落つきましたので、あとは「旅ノート」のまとめです。そして肝心かなめの勉強。これからブログの執筆が不定期になるとは思いますが、その点はお許し下さい。さて、今日の話題は「スパゲティナポリタン」についてです。最近、いわゆる「イタ飯屋」さんで出てくるパスタ料理は、やれペペロンチーノだ、カルボナーラだの舌を噛みそうな名前のものが多くなりました。そんな中でスパゲティで、昔ながらの「ミートソース」や「ナポリタン」は何処へ行ってしまったのか?探していたところ、ありました。上野・浅草などでレストランを展開している「聚楽(じゅらく)」に。ケチャップをからめた独特の味に、肉など使わず、ソーセージかベーコン。あの懐かしの「スパゲティナポリタン」がありました!ここはやはり、グラスビールなど頼みながら昔を懐かしんで。というより、喫茶店等では今でも見かけるところが多いのでは、という声があります。浅草という町は不思議な町で、美味しいグルメなら何でも揃っている町です。このブログでも以前紹介した、神谷バーの“デンキブラン”に、「うま過ぎて申し訳ないス」というコピーで御馴染みの洋食屋「ヨシカミ」。寿司なら「寿司初」。天ぷらなら「三定」に「葵丸進」、「大黒家」。そばなら「十和田」。このブログでもいつかオフ会が出来たら、「浅草グルメツアー」なんてやりたいですね。締めはもちろん、神谷バーの“デンキブラン”!このブログをご覧の皆様の、「洋食屋さんの思い出」なども、是非聞かせて下さい。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、日本各地の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。[これからの旅におすすめな宿です]◎伊豆長岡温泉「南山荘」古き浪漫漂う、数奇屋造りの宿。露天風呂をはじめとする3つの温泉が自慢です!◎白馬風の子365日、一人旅大歓迎!白馬の楽しい旅を、風の子が応援します。
2007.03.03
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皆様、こんばんは。いかが御過ごしでしょうか。東京ではを見ないまま、春を迎えてしまいましたね。私の大好きな、イルカさんが歌った「なごり雪」という曲では「♪東京で見る雪はこれが最後ねと…」とありましたが、最後どころか、雪そのものを見なかった年でした。この「なごり雪」という曲、私が松本電鉄バス上高地線のアルバイト車掌をやっていた時、車窓のアナウンスにひっかけて、乗客と大合唱した思い出があります。その時乗っていたバスは旧型で、赤と青とクリームのいわゆる「松電カラー」のバス。そのバス共々、今となっては思い出です。さて、今日は先日行って来た「河津桜まつり」から、鉄道らしい光景を一つ。「河津桜まつり」の名カメラスポットとして知られる、河津の館橋(やかたばし)は、河口へ流れ込む河津川と、その堤防の桜と菜の花を撮影できる良きスポットですが、鉄道ファンの方々にとっては、そこを通過する伊豆急行の電車を撮影できる良きスポットでもあります。「一番伊豆急行らしかった」ハワイアンブルーの100系電車は、事業用車となった1両を除いて、全て廃車解体されましたが、それでも“展望電車”「リゾート21」こと2100系、元・JR113系・115系の200系、東急から伊豆急へ「お嫁入り」した8000系電車、そしてJRから乗り入れてくる185系特急「踊り子」号に、251系特急「スーパービュー踊り子」号。鉄道撮影には事欠きません。「河津桜まつり」もあと1週間。早い春を訪ねて、河津への旅はいかがでしょうか?今日の写真は、その河津川の鉄橋を渡る200系電車(元・JR113系・115系)です。この電車も、東急から伊豆急へ「お嫁入り」した8000系電車の増備で時間の問題とも言われているらしいです。撮るなら、今のうちですよ!尚、「河津桜まつり」会場付近は、多数のや観光バスが予想され、駐車場の確保が難しくなる事が予想されます。お出かけには、どうぞ渋滞知らずのを御利用下さい。「鉄道ファン」の皆様は御存知かと思いますが、ちょっと早起きして、東京7時24分発の伊東ゆき普通電車が乗りドクなです。その理由は、運用の関係で特急「踊り子」号の185系電車が使われるからです。特にこれからの「青春18きっぷ」シーズン、お出かけの御参考にして頂けば幸いです。ふと旅に出かけたくなった・・・・・・。そんな時は、お出かけする人も、そうでない人も、伊豆の観光情報なら、国内旅行情報サイト「日本の旅ドットコム」を是非、ご活用下さい。尚「楽天広場会員」以外の方で、御意見・御感想・コメントのございます方は、こちらまでどしどし下さい。お待ち致しております。全国各地の宿泊施設の検索は、こちらでどうぞ。当ブログも「旧・鉾田駅鉄道公園」計画に協賛します。日本の心・和の心。織部は、そんな和の心を大切にする美濃焼を窯元から直接提供している和洋陶器の専門店です。本店は、大きな店舗面積を生かした圧倒的な品揃えが魅力。うつわ邸は古商家屋を店舗として利用し、美濃の人気作家の器が並びます。様々の表情を持つ器たちとの出会いを、心ゆくまでお楽しみくださいませ。[これからの旅におすすめな宿です]◎伊豆長岡温泉「南山荘」古き浪漫漂う、数奇屋造りの宿。露天風呂をはじめとする3つの温泉が自慢です!◎白馬風の子365日、一人旅大歓迎!白馬の楽しい旅を、風の子が応援します。
2007.03.02
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