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気づいたら2026年もスタートして早くも20日以上過ぎてしまい、その間の休日にやっていたことといえば、なんでもない、日本語の動画サイトを見てだらだらと過ごしている始末。一年の計は・・・という言葉を聞いて、その意味を理解するようになってから40年余り。向上心とか勉学とか頑張るとか、もう前向きな言葉が入ってこない堕落した毎日。ただ、終活だけはきちんと行わなければならない。とりあえず、今年は「紙ごみを捨てよう」を目標に、今までため込んでいるあらゆる紙類を選別して手放すものは手放す、ということ1点に集中していきたいと思う。いくつも目標を作ったところでできないことは目に見えている。それなら1つだけに集中した方が自分でも楽である。そうだ、そうしよう。で昨年のことなのだが、所用があってこの国の中距離を走行するアムトラックに乗車する機会があったので、それを忘れないように記しておこうと思う。Amtrakとは、以下Wikipediaより抜粋させていただいたが「全米鉄道旅客公社(ぜんべいてつどうりょかくこうしゃ、アメリカ英語: National Railroad Passenger Corporation)、通称アムトラック(Amtrak)は、アメリカ合衆国で1971年に発足した、全米を結んでいる[注 1]鉄道旅客輸送を運営する公共企業体。連邦政府出資の株式会社という形態をとっている。通称のアムトラックはAmerica と Track(線路、軌道などの意)の二つの語から合成されたものである。」という鉄道であり、ご興味のある方はご自身でルートなどをお調べいただければと思うが、この時はシカゴのユニオンステーションから目的地に行くために乗車をしたのである。空路にてシカゴ・オヘア国際空港に到着し、そこからユニオンステーション(鉄道駅)に行ってAmtrakに実際に乗車するまでの体験談を記載しようと思う。*記事の内容は2025年の秋現在ものです。予告なく変更等もあることと思われますので、ご自身にて最新の情報を取得いただければと存じます。記事の内容と異なる場合でも責任は負いかねますので何卒ご了承ください。*また、移動の際、および鉄道に乗車をする際には、場所によってはアメリカの治安の問題もございます。特に夜間や早朝などには想定外の事態に見舞われる可能性もございます。自己責任のもと、安全に十分に気を付けて行動、ご乗車ください。*重ねての記載で恐縮ですが、内容は備忘録、旅行記、体験談程度のものです。そのため、正確な情報については、ご自身でこんなブログよりもより詳しく正確に記載のあるサイトにてご確認いただけましたらと存じます。1. シカゴ・オヘア国際空港到着から乗車まで国内線第2ターミナルに到着し、到着階に来たら「Blue Line Trains」の表記をさがし、そこに向かってエスカレーターを降りる。第2ターミナルに到着すれば到着階からそのままエスカレーターに乗る感じ。それ以外のターミナルに到着の場合には、ターミナル間をつなぐモノレールATS(エアポート・トランジット・システム)等を利用して第2ターミナルに行くことになる。第1と第3ターミナルならば歩けなくもないと思うけれど、第5ターミナル(国際線の到着)からだとモノレールを使わないと難しいかもしれない。Blue lineはオヘア国際空港からシカゴのダウンタウンまでを1本でつなぐ便利な鉄道である。途中までは地上(高架)を走行し、途中から地下に入っていく。エスカレーターで地下に向かう。通路が暗くてちょっと心細くなるかもしれないけれど、「CTA」を目指してすすんでいく。このあたりまで来ると人も増えてきて少しホッとする。自分はダウンタウンまでの片道しか乗車しないので、シングルライド(乗車当時5ドル)を券売機で現金で購入した。クレジットカードでのチケット購入も可能だったはず。券売機で購入するとVentraと書かれた水色の紙のチケットが発券されるので、それを改札にタッチして乗車する感じ。クレジットカードのタッチ機能が付いているカードならばカード会社にもよるけれどカードをタッチするだけで改札も通れるようである。改札付近。改札を通って乗り場に降りていく。オヘア空港駅はBlue lineの始発終着なので、次に発車する電車を掲示板で確認して乗車する。2. Blue lineに乗車してからClinton駅へClinton駅というのが、Union Station(Amtrakの発着する大きな駅)の最寄り駅のようである。車内のRoute mapにもClinton駅のところにUnion Stationの最寄り、と案内されていた気がする。Clinton駅までは、おおむね45分前後の乗車となる。長いようにも思うが、車を使ったとしてもダウンタウンまでの道路は時間帯によってかなり渋滞するはずなので、どっこいどっこいかなぁと思われる。自分の乗車した時間は昼過ぎだったのだが、オヘア空港から乗車したこともあり、乗客は観光客が多かったように思う。あとは空港関連に勤めていると思われるようなスーツ姿の方など。途中駅からは住民の方か学生なのか、そのような感じの乗客も乗車してきたりしたが、治安的には、自分が乗車した時はそれほど怖い、とか危ない、ということは感じなかった。例えばホームレスが乗車して大騒ぎした、とかもなかったし、麻薬などを服用してわけのわからないことを叫んでいる、とかそのようなこともなく、いたって普通の乗車だった。あくまで体験談としての記載で、状況は都度異なると思うので、特に乗り慣れていない方などは周囲の状況に気を付け、携行品なども十分に自分の管理下に置くよう注意するに越したことはないと思う。Clinton駅からUnion Stationに行くまでの道中の写真が撮れなかった。というのも、自分は大きなスーツケースを持っていたというのもあるのだが、この駅間の道、というのが、過去にChicagoに住んでいたことのある人に聞いた情報によると、スリ、盗難などの犯罪にあう可能性のある通りだという。なので、金目のものや携帯などを出していては危険かな、と思い、すべてバックパックにしまいつつ、かなりの警戒心を持って移動をしたのである。ちなみに、Clinton駅には地上に出るエレベーターがないっぽかったので、最寄りのものすごくせまい階段を大きなスーツケースを抱えて昇った。大きな荷物を持っている場合にはこの駅を利用するのは覚悟して利用したほうがいいかもしれない。自分も、エレベータのある駅で降車して、そこからUber使おうかな、とも考えたのだが、それもそれでめんどくさいな、と思い、素直にClinton駅で降車した。CTAの駅もだいぶ古いところもあるので、エレベータがあるかないかなどは事前に確認したほうがいいかもしれない。問題のClinton駅とUnion Stationをつなぐ、S. Clinton Stだが、距離にして300~400メートルくらい、時間にしておおむね徒歩5分くらいの移動距離である。幸いにも、自分が移動した時は、人通りこそ少なかったもの、自分の過度な警戒心が人を寄せ付けなかったのか、自分が相当怪しく見られていたのか、特に危ないこともなく、無事にUnion Stationに到着。3. Union StationからAmtrakへUnion StationのGreat Hallと呼ばれているところ。とても美しい。昔の映画のアンタッチャブル?の冒頭で撮影された階段がこれなのかはわからないけれど(似た階段がいくつかある)とりあえず雰囲気で撮影してみた。映画は観たことがないのでわからないが・・・。乗車予定のAmtrakの時間までは、まだ時間があったので、事前に調べておいた構内にあるフードコートに行った。説明は省略するが、構内にマップがあるし、案内板でFood courtと出ているので、その案内に従ってエスカレータを登れば到着する。Grand hall から行く場合には以下の画像の入口を入ってそこから進んでいく感じ。この入口はちょっとトリッキーで、目の前にある乗り場はAmtrakではなく、別の近距離電車(Metra)の乗り場だったはず。Amtrakの乗り場はもう少し奥まったところだったと記憶している。Food Courtは奥に行ってエスカレータを乗って2階へ。で、ここが自分が乗車までの時間つぶし?いや、Union Stationでの目的地?として重要に思っていたところ。バーカウンターとスツールが何席かあって、その周りにもテーブル席があるので、乗車前に1杯ひっかけるのにもってこいの場所なのである。IPAをオーダー。価格を失念してしまったが、アメリカあるあるのばか高い金額ではなかったように思う。チップを入れて10ドル前後だったような。もちろん、飲み物の種類による。バーにはテレビもあって、到着時はスポーツ中継(フットボールかなにか)を流していて、それを観ながら客同士盛り上がっていたり、出発前ののんびりなひととき。たばこを吸いたくなったので、外に出てみた。Adam St側に出るとこんな感じ。このあたりには来訪当時はたくさんの観光客がいて、運河にも観光のボートが出ていてにぎやかな感じ。でも、観光客を狙った怪しい人たちもいたので、そこは注意したい。実際に、自分もタバコをせびられたり、なんだかわからない怪しさ満載の寄付みたいなのに勧誘されたり(実際まっとうだったらすみません、なのだがいかんせん自分の語学力がないのでまくしたてられてもわからないので自分なりに丁重にお断りさせていただいた)まあ、警戒心だけは常に持つようにしておいた方が無難かもしれない。でそろそろ乗車時間も近づいてきたので、乗り場に向かうことにする。いつもそうなのかはわからないが、どうやらこの駅では、乗車する車両のホームが決定して改札の始まるのは乗車の30分前かららしい。ここがAmtrakの乗車の入口。30分以上前だと、この中に入れさせてもらえない、ぽい。だが、どうしてもトイレに行きたくなり、しかもトイレはこの入口の中にあるので、右にいる係員に「改札前ということは承知ですが、トイレを使いたいです」と言ったところ、「使っていいよ」と言われたので、写真の奥のトイレを使用した。そして、出てきたところ、ちょうど、乗車車両の改札が始まった、というアナウンスが流れたので、アナウンスで言われた乗車口を目指して歩いて行った。トイレを使用したというアドバンテージもあったからなんだろうか、改札の列の一番先頭になってしまう。ちなみに、自分の乗車したAmtrakは中距離のもので、エコノミーの座席は自由席。早い者勝ちなのである。自分は特に特定の席に座りたい、という希望もなく、ただトイレやその他のことを考えたら通路側がいいな、くらいにしか考えていなかったので、先頭になる必要もなかったのだけれど・・・。車両はどうやら新しいものだったらしく、なんだかきれいだったし快適だった。無事に通路側を確保。大きな荷物をたくさん持っている人は別途貨物室に預けることもできるらしいけれど、自分は大きくはあったけれどかろうじて客車の入口にあるラゲージの棚を確保することができたので(なにせ先頭だったので)問題なかった。後から乗車するとラゲージの棚も満杯になっているかもしれなく、その場合には座席上の荷物棚を使用することになる。重い荷物の場合にはかなり難儀なので、やっぱり早めに並んでラゲージの棚を確保したほうがいいのかもしれない。4. 出発ChicagoのUnion Stationは、Amtrakの東西をつなぐ重要な駅であることから、近距離から長距離までさまざまな方面からの車両が発着する主要駅である。なので、遅延することが多いらしい。今回乗車の電車は幸運にもオンタイムで出発。写真には撮らなかったけれど、キッチンカーがあったみたいで、軽食やドリンクの販売もしていたらしい。乗車の列車はアルコールも販売していたので、買おうか迷ったのであるが到着後のことを考慮して泣く泣く断念。このような感じで、長距離ではなかったもののAmtrak乗車を体験できて、自分の人生の中にひとつの経験ができてよかったなと思う。自分は日本に住んでいたときに、電車に乗ることが日常の環境にいたので、日本とアメリカの鉄道の違いなども面白いな、いい経験ができたな、とおおいにプラスな状況で乗車できた。またいつ乗車できるのかわからないけれど、次はもう少し長距離で違う路線に乗車してみたいな、と思う。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。そして本年もお読みいただきました皆様にとって喜びと幸せにあふれる年となりますことを心より祈念しております。いつになく長文となり誤字脱字等ございましたらご容赦くださいませ。
2026.01.25
ていうかあっという間に2025年も終わろうとしていて、歳を重ねるごとに1年の経つのが早くなり、気づけばもう年末。しかも、この国では日本のような忘年会的なこともないし、クリスマスはあるけれど特にその近辺に休みをくっつけているわけでもないので、クリスマスの翌日も普通に仕事をしていたので、なんか年末感がないのである。そういえば昨年にGrobal Entryを取得した、ということをこのブログに記載したのであるが、結論としては、取得してほんとによかったと思っている。取得後、国際線を含めて何度か飛行機を利用することがあったのだが、Grobal Entryは国際線でのアメリカ入国審査、および税関検査の時だけではなく、TSA Pre Check、つまり国内線、国際線問わず航空機への搭乗前の保安検査の際のファストパスも兼ねている。大都市の空港では、この保安検査の列が時間帯によってはとてつもなく長くなり、待っている間のイライラがあったのだが、Grobal Entryを取得してからというもの、待ち時間はほとんどなく通過できたので(自分の経験で)ストレスフリーになったことはよかったな、と思っている。ただ一番最初のフライトの時に、GEのカードを持参し、ファストレーンを通って、いざ係官のところに行って手続きをしようとしたら、「あなたのフライトには適用にならないよ」的なことを言われてしまい、えー、なんでー?となって、仕方なく一般の列に並びなおした。不思議に思っていろいろと調べてみたら、GEを取得しただけでオッケーということではなく、フライトの予約時に、GEで取得したTravelers Known Numberというものを入力しないといけないということがわかった。つまり、自分のフライトにこの番号を紐づけないといくらカードだけ持っていても意味がないということが判明したのである。それが判明してからは、自分のマイル会員となっている航空会社のアカウントに、改めてTravelers Known Number、TKNを登録してからチェックイン、発券をするようにした。これで、ようやっとGEの恩恵に与れるようになったのである。出張ビジネスパーソンのように年に何十回も渡航するわけでもないのだけれど、年数回の渡航だとしても、待たされることにストレスを感じる自分としたらもうスーパー快適。このことが、2025年でよかったことのひとつに数えてもいいくらいのことであった。あとは、特に変わり映えもせず、こつこつと仕事を全うし、休みの日は何をするわけでもなくひたすら日本の動画を見まくってだらだらとする体たらく。学び、向上心、脳の活性化、終活、そうだ。もともとは終活がコンセプトのブログだったんだ、でも終活どころか、物はどんどん増えてるし、断捨離、と思ってもなかなか捨てることもできず、かろうじてやったことは、いらない服をGoodwill(この国のリユース、リサイクルのショップ)に持って行ったくらい。相も変わらず怠惰な1年。でも、大きな病気もせずに、夫と過ごすことができたのでよかった。2026年も健康第一に、ささやかな楽しみを見つけつつ、仕事に邁進していきたいなと思っています。こんな駄文をお読みくださっている皆様に感謝を申し上げるとともに、皆様にとって2026年が穏やかにそして健康でありますことを心よりお祈り申し上げます。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2025.12.29
昨年のことになるのだがかねてから行きたいと思っていたところを訪れる機会に恵まれたので行くことにした。 本来の所用はこことはまったく別のところなのだが、その目的地に行くまでにちょっと寄り道もありじゃない?ということで、夫を説得して連れて行ってもらうことにしたのである。 その場所はメーカーズマーク蒸留所。 この国の代表的なウィスキーといえばバーボンウィスキーだが、そのバーボンウィスキーの発祥ともなった地で製造されている有名な蒸留所のうちのひとつである。 本来ならば蒸留所ツアーなどに参加して心置きなくウィスキーを堪能したかったのであるが、所用の途中の立寄りで、それほどに時間を取れなかったので1か所だけ、ということになった。それでも心は踊っていたしなによりも賛同してくれた夫に大感謝だったのである。 ここからは、自分の経験をもとに記載していくので、検索をかけて間違えてこの駄文ブログに着いてしまった方にはほとんど有益な情報がないし、主観で記載をしているので、真剣にバーボン蒸留所を訪問したいと思っていらっしゃる方はこんなブログよりもはるかに正確で確実な情報を得ていただきたいと思う。このブログはあくまで個人的見解の感想文程度、ということでご容赦いただきたい。 バーボン蒸留所に行ってみたい、と思っている日本からの観光の方々も少なからずいらっしゃることだろう。 ケンタッキー州にはメーカーズマークだけではなく、たくさんのバーボンウィスキー蒸留所があるが、広大な州の中に必ずしもまとまって存在しているわけではないので、目的の蒸留所がどの地域にあるかによるのだと思う。 この国で運転したことがない、したことはあるけれどそれほど慣れていない、という方々にはなんらかの蒸留所ツアーに参加して楽しんだ方がよいかと思う。なぜならば、慣れていない方にとってはかなり道中ハードだと思われるからである。 今回訪問したメーカーズマーク蒸留所はケンタッキー州の大きな都市であるルイビルにほど近い。なので、日本から行くのであればルイビル国際空港からはそれほどの時間も距離もかからないかと思う。 2024年現在、ルイビル国際空港までは日本からの直行便が就航していないはずである。そのため、ルイビルまで行くためには日本からの国際線の乗り入れしているいずれかの空港より乗り継ぎをする必要がある。 もし自力で蒸留所ツアーをするのであれば、ルイビル空港などからレンタカーをして蒸留所までドライブで向かうことになるかと思う。ルイビル国際空港はルイビル市内からはそれほど離れていないので、空港に到着してからはルイビル市内のホテルに宿泊するという選択肢もあるかと思う。 空港から直接蒸留所に向かう場合は、車でI-65という州間をつなぐ高速道路を使い、ナッシュビル(テネシー州)方面に向かうことになる。I-65を南下して112番出口を降りてClermont Roadを東進する。フラットではないが若干アップダウンのあるこの道路を直進していくと、左側にJim Beamの大きな蒸留所が見えるはずである。実際、自分はこれを見た時に鼻血が出るかと思うくらいに興奮した。 その後、ナビに従い道なりに進んでいくとこれまた日本でも有名なFour Rosesの蒸留所も出現する。 その他も2-3か所くらい蒸留所を道すがら見かけて、そのたびに興奮しっぱなしのドライブだったように記憶している。 自分たちは、蒸留所に行く前に途中のBardstownという街に1泊して向かうことにした。I-65の道路状況にもよるかもしれないが、順調であればルイビル空港からは約45分で到着する。実際自分たちも1時間もかからずに到着することができた。 Bardstownには夫も自分も初めての訪問。夫が言うには「オールドケンタッキーホームの公園があるらしいよ。明日早起き出来たら行ってみる?」と提案してくれた。行ってみたいけれど、もしも今夜飲んだくれてしまったら明日はきっと早起きなどできないであろうし、まちがいないと思う。 案の定、到着日の夜は、Bardstownにあるいくつかのバーのうちのひとつにチェックインし、バーボンは飲まなかったけれど、ロコビールがタップでいくつかあったのでそのうちの2杯くらいをいただき、典型的なアメリカの田舎町のダイニングのルーベンサンドウィッチやフレンチフライなどをつまみながら楽しいひとときを過ごした。小さな観光地という感じで、自分たちはホテルからバーまで徒歩で動いていた。都市に比べたらそれほど危ない感じとは思わなかったけれど、もしこのタウンを訪れることがあったら、夜は十分に気を付けてバーホッピングなりディナータイムを楽しんでいただければと思う。 Bardstown。個人的にはとても気に入った。また機会があれば訪れたいなと思うし、おすすめのタウンである。 Maker’s Markの蒸留所はBardstownから田舎の山道を行くこと約40分くらい。起伏の激しい土地で、しかも蒸留所を訪れる人以外は地元民しか使わないような道なので、運転の際には十分にお気をつけいただきたい。 また、当然ながら、アメリカでも飲酒運転は重罪なので、やっぱりツアーとかに参加するのがいいんだろうなぁ・・・。その方が複数で行った時にもドライバーに気兼ねすることなく飲んだくれることができるだろうし、なにしろ、初見で行くにはかなりハードル高いかもしれない。でも、あえてチャレンジしていってみる、というのも大いにありかと思うので、バーボンファン、酒ファンの方にぜひ楽しんでもらいたいな、と思う。 2025年1月現在のMaker’s Mark蒸留所のWebsiteの、蒸留所ツアーのリンクを貼っておきます。https://www.makersmark.com/en-us/distillery/visit-us毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2025.01.27
2024年後半はなにかとバタバタしていて、あまりブログを更新できなかった。まあ、自分なりにいろいろとあってなかなか書くこともできなかったというのもあるし、なにしろこのど田舎では特筆するようなネタもそうそうない。このたいしたことも記載しない備忘録のようなブログをたまたまごらんいただいた方々にとりまして、2025年が明るくそして楽しい1年となりますことを心よりお祈り申し上げます。ということで、新年早々の更新なのであるが昨年にGlobal Entryを申請して無事に登録が完了したので、その時のことを記載しようと思う。自分と似たような境遇にあり、かつGlobal Entryの登録を検討されている方にとってちょっとだけでも情報の足しになれば幸いである。そして、Global Enrtyになんの興味もない方にとっては特に有益な情報ではないと思うのでそれはご容赦いただきたい。Global Entryとは「米国税関・国境警備局(CBP)のプログラムで、事前に承認された低リスクの旅行者が米国に到着した際に迅速な通関手続きを行うことができます。メンバーは、一部の空港でグローバルエントリー処理技術にアクセスして米国に入国します」というもので、ざっくりと説明すると、事前に自分の身分を登録してそれが承認されると国際線からアメリカに入国する際には長い入国審査の一般の列に並ばずに専用のレーンから審査を受けて通過できる、というものである。国内線のTSAの旅客機搭乗前のセキュリティチェックにおいても有効で、専用レーンに並ぶことにより優先的にチェックが受けられたり、待ち時間を短縮することができるものである。ご興味のある方はGlobal Entryで検索して詳細を調べていただければ、この駄文よりもはるかに詳しく説明してくださってると思うのでぜひそうしていただきたい。では、なぜ記載しようと思ったのかというと申請までの流れなどについてはいろいろなご経験者がブログや動画などをあげていただいているので大いに参考にさせていただいたのだが、インタビューについての記事や動画がなかなか見つけられなかったので、今後インタビューを受ける方に少しでも参考にしていただければ、というのが理由である。ちなみに、自分はどのような状況でアメリカにいるのかというと・日本国籍所持のまま・アメリカ国籍の夫と結婚をして現在アメリカ在住・婚姻にともないアメリカ永住権を取得・永住権は現在10年有効のものを所持こんな感じである。申請にともなうオンラインの登録は、上記の状況に付随する公的な身分を証明するもの(パスポート、永住権カード、アメリカで取得した運転免許証など)のID番号や、過去5年間の労働状況(無職も含む)などを登録したり、過去に犯罪で起訴されたかどうか、などのいくつかの質問に回答したり、と申請の手順どおりにすすめて嘘偽りなく回答していくと提出ボタンが出てくるのでクリックすれば申請ができるはずである。その後に申請が受理されると「条件付き承認(仮承認)」のようなステイタスとなり、係官とインタビューしてください、という案内がくる。インタビューは各州で指定されたところにオンライン(電話でできるのかどうかは忘れてしまったので該当者は各々確認いただきたい)でアポイントを取るのであるが、希望する場所ですぐにできるかどうかというのはまちまちである。実際に、このど田舎から一番近い某所のアポ状況を見たのだが、当時、予約が3か月待ちとなっていた。たしか、条件付き承認されてから4か月以内(←ここもうろ覚えなので信用しないでください)にアポをとってインタビューを受けないといけなかったはずなので、くだんの某所だとぎりぎり、か間に合わない。かといって、えー、遠いインタビュー場所まで行くのめんどくさいな、っていうか自力で行けないから夫に運転してもらわなくっちゃな、と思っていたところ、ちょうどタイミングよく所用でアメリカ国外に行くことになった。タイミングよく、と記載したのはインタビューはアメリカ国内の所定の場所で受けるほかに、アメリカ国外から帰ってきたときに、入国をする空港で受けられるEoA(Global Entry Enrollment on Arrival:到着時申請)で受けられるシステムがあるのだ。どうやら、政府もこのEoAをしきりに勧めている節がある。インタビューの期限にも間に合う日程だったので、ならば、ということでこのEoAを活用することにした。で、ここからは2024年11月現在の内容となり、今後この駄文を更新することはないので、政府、および空港側の都合で変更となっていた場合でも責任は負えませんのでご容赦ください。参考程度にごらんいただき、心配な場合にはご自身にて信頼ある情報筋から正確な情報を取得してくださいますようお願い申し上げます。まず2024年11月某日に、某国よりアメリカに入国した。入国する空港はデトロイト(ミシガン州)である。ご存じの方も多いかと思うが、アメリカで入国審査、および税関検査を受けるのは、アメリカ国外(一部を除く)から一番最初に到着した空港である。その先、国内線の乗り継ぎがあっても、基本的には一番初めに到着した空港で審査を受けることになる。今回の旅程ではデトロイトで乗り継ぎをして国内線を使うことになっていた。入国審査のブースに並ぶ前に係員の方に「私はEoAのインタビューを受けたいのですが、どこで受けるのでしょうか」と質問したところ「あぁ、Global Entryのインタビューは、入国審査を受けてバゲージをピックアップしてからになるからこの列に並んでね」と、一般の入国審査の列を案内される。というのも空港によっては、入国審査のブースにてEoAの対象者を受けるところもあるようなのである。そのため、もし一般のラインに並んで一般の入国審査のブースに行ってEoAのインタビューが受けられなかったら困るな、と思ったので念のために確認してみたのである。入国審査はいつも通りの感じに受けて通過。チェックインで預けていた荷物をターンテーブルからピックアップして、さて、インタビュー場所は?と思い、近くにいた係員に再度尋ねたところ「あそこに税関審査があるでしょ?その左側に待合いの椅子があるから、そこに座って待ってて」と言われる。税関審査、イコール出口の近く、と認識しているので、あー、あそこが出口っぽいね、そして、うん、左側になんだかブースがあって確かに待合の椅子があるわね、ということでその椅子をめがけて行ってみる。椅子に座ろうとしたタイミングで前の方の審査が終了したらしく「Next!」と言われたのであわてて荷物を持ってカウンターに行く。カウンターでは、あらかじめオンライン申請をしたときの受付番号(オンライン上でログインして画面を係官に提示)パスポート、永住権カード、そして居住地を証明するもの、自分の場合は運転免許証を提示する。係官は自分の提示したそれらのID類を見つつPCになにやら入力する。その後に両手のすべての指紋をスキャン。そしてカメラにて顔写真の撮影をされる。居住地の住所の復唱を行なったのち「グローバルエントリーを承認された人は信頼された人物ということになります。なのでこれはハイスタンダードなことであることを覚えておいてください。そしてそれを宣誓しますか?」(かなり意訳だけれど要は品行方正に、嘘偽りなく入国しろ、ということ)と言われたので「Yes,sir」と言い、「ほかに何か質問はありますか?」と訊かれたので「特にありません」「ではよい1日を」で自分の場合は終了。所要時間はおおむね10分以内だった。U.S Customs and Border Protectionのサイトでも、デトロイト空港でEoAのインタビューを受けられるのはわかった、でも具体的にどこで?どんな感じに?と思ったので、経験談ということでざっくりと記載をしてみました。前述のとおり、今後政府、および空港側の都合によってシステム変更となる可能性もあるので、あくまで2024年11月現在ということで、再度お断りしておきます。今後どうなるかわかりませんので、同じ手順で受けようと思っていらっしゃる方は入国審査を受ける前に、EoAのインタビュー場所を確認することをおすすめいたします。インタビュー後、おおむね2週間くらいでGlobal Entryのカードが郵送されてきた。あぁ。これで、入国だけでなく、国内線利用時にも、TSAのプリチェックを優先的に受けることができる!めちゃくちゃ便利。ということで、デトロイト空港でのEoAについての記載をさせていただきました。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。そして、皆様にとって2025年もすばらしい1年になりますように。
2025.01.06
4年に一度のスポーツの祭典が閉幕し、もう一つのスポーツの祭典がもうすぐ開幕しようとしている。今回のスポーツの祭典は、始まる前からだったのだが、自身がとても忙しかったのと、また開催地との時差の関係で競技をLiveで観戦するのは仕事中となるため、なかなか観ることができなかった。しかも、こちらでTV観戦するとなると、当然ながらこの国の選手やチーム中心の放映となる。日本選手の活躍を観たい、と思っても、仕事後にかろうじて観ることができたダイジェストというかハイライトの番組では日本選手や日本チームについてはほとんど放映されなかったので(もしかしたら他の時間帯には放映していたかもしれないけれど)個人的には不完全燃焼だったように思う。日本の選手の方々の頑張りで金メダルの数も参加国の中で第3位だったようで、選手の皆様には心から大きな拍手をお送りしたいし、本当にお疲れさまでした、という気持ちでいっぱいである。仕事は相変わらずバタバタと忙しくはあるけれど、先月までの波は越えたような感じなので、久しぶりにゆっくりと週末を過ごしたいと思ったが、家にいたらいたでやることも山積しており、なかなかのんびりまでに到達していない感じだ。少し前のことになるが、この田舎町で毎年恒例のお祭りが行なわれたので仕事後に行ってきた。夫が会場内の売店でボランティアで食べ物を販売するのをお手伝いする、というので、その送り迎えを兼ねて行ってきたのである。日本でいうところの市民祭りのような感じなのだが、この田舎町では近隣のいくつかの町が提携して行われたため、規模もそれなりに大きい。日本でもあるように、たくさんの屋台が立ち並び、スナックや飲み物が販売されているし、場内にあるステージでおそらく有志の方々と思われるバンドの演奏なども行われている。さらに、特筆すべき点はこの国のお祭りにはカーニバルと呼ばれる移動遊園地的なものが設営されているところも多い。小さな観覧車やメリーゴーラウンド、フライングカーペットのような遊具やちょっとしたジェットコースターもどきのような感じのものもあって子供たちが大喜びしそうなことは間違いない。あとは、田舎町ならではだが、その地域で生産しているフルーツや野菜などの販売、畜産の動物たちの展示、地域の学校の生徒たちが制作した絵や彫刻などの展示など、地域全体で盛り上げている感があり、ほっこりとするお祭りだった。夫がボランティアの販売を終えた、というので迎えに行きがてら祭りを散策してみた。小腹がすいていたので、売店で軽くつまもうということになる。日本の祭りの屋台といえば、わたあめ、焼きそば、イカ焼き、たこ焼き、などいろいろとあると思うが、こちらでもアメリカならではの売店が多数ある。自分の大好きなコーンドッグ、日本ではアメリカンドッグだが、これもこちらでも大人気のスナックだ。あとは、この国の国民食ともいえるピザの屋台も多かったし、ブリスケットやステーキのバーベキューを販売する屋台もある。そんな中で夫と自分が毎年恒例で食べるのがElephant Earsと呼ばれるものである。仕事中に同僚Lと祭りの屋台の話をしていたときに「ていうか、祭りで何か食べるの?」と聞かれたので「Elephant Earsを食べるのが楽しみなのです」と言ったところ「おー!自分も大好き!いろんなフレーバーもあったりするけれど、やっぱりシンプルにシナモンとパウダーシュガーで食べるのが一番だよねー!」とおおいに盛り上がった。どのようなものか、といえば、パンとドーナツの中間のような感じのドゥ(生地)を大きく平たく伸ばしてフライにして揚がった生地にトッピングをして食べる、という感じ。Lが言うようにトッピングもアップルやチェリーのソースだったり、その他もお店によっていろいろ趣向をこらして販売しているけれど、自分はLに同じく、シンプルにパウダーシュガーとシナモンパウダーをかけたフレーバーが一番好きだ。小学校の時の給食に出ていた揚げコッペパンをなつかしく思い出す。大きさは直径30センチくらいあって、その形状から「象の耳」という名前になったんだろうな、と思う。さすがに一人で1枚は食べられないので、夫とシェアしたが、結局夫が半分以上食べていた。夫も大好物なのである。家ではさすがに作れるような大きいフライヤーがないので、これはまさに祭りの時に食べる特別感と、揚げ物プラス砂糖たっぷりの背徳感でいっぱいになるスナックなのである。車の運転があったので、ビールが飲めなかったのは残念だが、日本とこの国の祭りの違いなどもわかったり、新たな発見もあったり、と祭りを楽しみました。当然ながら、家に帰ってきてから真っ先にビールのプルタブを開けて乾杯させていただきました。日本のお祭りもなつかしいな。日本にも早く帰りたいな、などと思いつつ来週もピークは越えたとはいえちょっとばかり忙しくなりそうな気がするので、つかの間スプリッツァーで癒されたいと思います。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.08.18
今週の木曜日は独立記念日だった。こちらはナショナルホリデーで仕事もお休みだったのだが職場の計らいで、金曜日にもし有休を取得する人は取得してもいいですよ、的な感じだったので、ここぞとばかりに有休を申請して4連休にした。日本に一時帰国する時にまとめて使おう、と思ってとっておいた有休が、知らない間にたまっていて、職場の許容する有休キープ期間をオーバーしそうだったためである。現在の職場のベネフィットのシステムによると、有休は週単位で1.5時間くらいもらえるようになっているらしい。日本にいた時に勤めていた職場は年度のはじめに10日間とか12日間とか、まとめて付与されていたけれど、この職場は1週間勤務したら1.5時間有休が付与されるシステムらしい。そして、それは100時間まではキープできるらしいが、101時間以上はホールドできないらしく、日本の時にあったような買い上げのシステムもないらしいので先々月くらいからマネジャーに「君は有休がたまりすぎているから消化したほうがいいよ。101時間以上はホールドできないからもったいないよ」と言われて、無理やり歯医者のクリーニングのアポを入れて半休にしたり、特にやることもないけれど午後だけ半休を取得したりして少しずつ消化をしていた。まぁ、歯医者アポは入れてよかったと思っている。いつかここでその件を記すことになるかもしれない。なもので、今回の金曜日の有休消化はとても有意義というか一石二鳥というか、まさにいいタイミングだったのである。とはいえ、特に遠出をする予定もないし、夫は夫で職場の友人たちとフィッシングに出かける、と言ってるし、独立記念日当日にやったことといえば、長いこと怠っていた洗濯機の槽掃除くらいだろうか。いやぁ、洗濯槽掃除、大事だわ・・・。うちはドラム式を使用しているのだが、排水フィルターをオープンした時の衝撃といったら・・・。これを機にマメに掃除をするように心に誓った。まじで。マネジャーからは有休を取得するように言われてはいたものの、このところ業務が忙しくて気分的に取りづらい感じがしていた。取ったところで文句を言われるわけではないのだけれど、日本人的気質なのか、有休取った翌日はその分反動があるから、などという感じで取得をなんとなく避けるようにしていた感もあったかもしれない。ここからは、自分の経験則の話になるので、すべてのこの国の企業だったり職場だったりがこれに当てはまるというわけではないことをはじめに記しておきたい。まず、この国のナショナルホリディは日本に比べると少ない。連邦としての祝日で代表的なのは、元日、キング牧師記念日、ジョージワシントン生誕日(プレジデンツディ)、戦没兵の追悼記念日(メモリアルディ)、独立記念日、レイバーディ(勤労感謝の日的な)、コロンバスディ(コロンブスの記念日)、ベテランズディ(退役軍人をたたえる日)、サンクスギビングディ、クリスマスディ、そんな感じだと思う。この中でも、今まで勤めてきた中で完全に祝日として職場自体がオフになったのは、元日、プレジデンツディ、メモリアルディ、インディペンデンスディ(昨日)、レイバーディ、サンクスギビングディ、クリスマスディ、くらいなものである。日本に然り、毎日シフト制で業務されている方たちはこの祝日に必ずしもお休みが取れるわけではないと思うが、この国でもいわゆる月‐金で稼働しているような職であれば上記の祝日はお休みなことが多い。あとは、州によっては州の定める祝日のようなものがあったりして、銀行やシティオフィスなどはその日が祝日になる場合もある。日本からこの国に来た時に思ったのが、祝日少なっ!っていう感じだった。ゴールデンウィークはどこ?シルバーウィークは?って感じだったのである。そうはいっても暮らしていくうちになんとなくわかってきたのだが、今回の自分の職場のような感じで、週の半ばにある祝日はその前後で有休を各自取得してもらって連休にしちゃっていいわよ、的に運用している感じなのである。特にサンクスギビングディは、11月の第3週か第4週(年によって異なる)の木曜日に設定されるので、じゃあ金曜日もオフにしちゃいましょう、という企業もあれば、金曜日は取りたい人は有休取得して4連休やら、場合によってはそこにつなげて長期連休にしちゃってください、みたいな感じになっていると思う。これはクリスマスホリディも同様で、長い人は有休を1週間つなげて元日明けに出社、なんて感じにしたり個々の判断で取得している感じがする重ねて記載するが、ほんとに企業、職場によってそれぞれなのでなんとも言えないけど、この国は日本のように国が制定した祝日は少ない代わりに、有休は自分に与えられている権利なのだから、祝日にくっつけて取得したり、祝日関係なく、バケーション取りたかったら取りなさいよ、的なことが日本よりもおおらかな感じがするし、実際に自分もその恩恵に与っていることが多い。ありがたいことに、日本へ一時帰国する際に、少し長めの休暇を申請しても、職場の方々も嫌な顔をするどころか、どうぞどうぞいってらっしゃい、家族と楽しい時間を過ごしていらっしゃい、帰ってきたら写真を見せてね、と快く送り出していただけている。「家族と過ごす時間」の大切さ、というのが日本よりもなんだか大きいような。特に国土の広いこの国では、それこそ自分のように、故郷に帰るのが年1みたいな方々もいらっしゃると思うので、自分のような立場であれば十分に共感できる、といった感じなんだろうと思う。で、独立記念日当日のことだが、この田舎町でもなんだかイベント的なことがあったらしい。自分は行っていないのだが、聞いたところによるとダウンタウンでパレード的なものがあったり、夜には町のフィールド(公園施設みたいな感じのところ)で花火も打ちあがっていたらしい。そういえば、花火の音がするなぁ、と思って外を眺めてみたが家からは花火は見えなかった。ずいぶん前にも記載したかもだが、この国は花火を打ち上げるのにはどうやらライセンスが必要らしく、日本のように線香花火やら手持ち花火やらも一般のスーパーマーケットでは販売されていない。販売されているところもあるけれどライセンスを提示しないと購入できないらしい。ただ、ライセンスさえあれば、一般人でも何尺玉などという大きなものではないけれど、そこそこ大きい打ち上げ花火をすることができるので、独立記念日やクリスマス、大晦日などはあちこちで花火を打ち上げる大きな音が響き渡っている。あっという間に4連休も半分を過ぎてしまった。あと2日は翌日のことを気にせずに、そして時間も気にせずにビールにスプリッツァーに、アルコール三昧できる喜びをかみしめつつ、コパアメリカのサッカーをみながらゆっくりと過ごしたいと思います。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.07.06
前回記載した陪審員の質問状の件だが旅から帰ってきた夫に見せて、どうすればよいかを確認したが、夫はアメリカ市民であり、過去に同じものを受け取ったのかいないのかわからないが、「俺にもよくわからん」という全然頼りない回答だったので、週明けに職場に持って行ってマネジャーに聞いてみることにした。マネジャーも自分に同じくこの国で生を受けた人ではなく母国は異なるので、もしかしたら自分と同じことを経験したかもしれない、と思ったのである。「私は裁判所から陪審員のための質問状を受け取ったのですが、これはどうすればいいのでしょうか。ていうかあなたはアメリカ市民権を取得しましたか?」と訊いたところ「ぼくはすでに市民権を取ってるからあなたとは立場が違うけれど、この質問状にあなたのパスポートと永住権カードのコピーを添付して返送すればいいと思うよ。あ、必ず返送しないとだめだよ。もし返送しなかったらjailに行くことになるからね」えー、そうなの?どうやらそうらしい。なので絶対に返送しなければならないということで慌ててその日のうちにポストに投函した。今のところは督促状なども来ていないのでたぶん無事に届いて処理されたのだと思う。そう祈りたい。本格的な夏のシーズンを迎え、毎日暑い日々が続いている。この地も例外ではなく、職場で同僚らと口を揃えて「あー暑い暑い」と毎日あいさつ代わりに言っていた。幸いにして自然災害級の事象は発生していないけれど、この国のいろいろなところで洪水やらハリケーンやら、竜巻やら山火事やら起こっている。まあ、外が暑いならば休みの日くらいは家でおとなしくじっとしていよう、と暑くなくても普段から怠惰な自分は遠出をすることもなくYoutube三昧で週末を過ごしているのであるが自分のハマっているYoutuberさんの中のひとつにKER(Kevin`s English Room)というチャンネルがある。初めて視聴したのは2~3年くらい前なのだが、最初のほうは動画の内容が英語についてのものが多く、大変勉強になると思って大いに参考にさせていただいていた。(もちろん今でもそうなのだが)チャンネルが大人気になっている今はどちらかというと企画っぽかったり、商品の食べ比べだったり、と英語学習というよりは食文化の違い、みたいな感じの内容が多くなっているけれど、内容自体は「あーそうそう」「アメリカあるある」とうなずいてしまうこともあるのでとても親近感を持って視聴している。その中でも特に好きなシリーズが「日本にある英語で書かれた看板表記が面白い」みたいな感じの企画である。書いている当事者の方々は英語圏だけではなく日本を訪れた日本語のわからない方々に対して親切に英語でも説明しよう、というおもてなしにあふれる対応をしようとしているのは十分にわかるし、その対応は称賛に値することだと思う。同じ日本人として、ほんとうに誇りに思っている。チャンネルに出ているお三方も決してそれを馬鹿にしているわけではなく、さまざまな角度からこういう表記になったのだろう、と推測、考察していてそれがなかなか的を得ていて面白いのだ。自分自身もエンタメ的な感じで面白いなと思って視聴してはいるが、決して書いた当事者の方をディスっているわけではない。(←ここは強調しておく。)むしろ、この国に住む前ならば自分も絶対にそうやってただろうな、と思い当たることも多々あるし、じゃあ正解の英語の表記はなんなんだろう、と考えた時に自分なりの回答ができないこともある。なので、Kevinくんが「僕ならこうやって書きますけどね~」って後から説明してくれる文章はなるほど、そうか、と大いに勉強になっている。そういえば、この動画を見て思い出したのだが、いつぞや夫と日本に行ったときにとあるビーチに併設されている公園に行った。シーズンオフだったので、当然ながら海の家やお店などは営業していなかったのだが、夏になればおそらく賑わうんだろうな的な感じの雰囲気があった。夫がお手洗いに行くと言い、しばらくして戻ってきたのだが大爆笑している。「ちょっと、この画像見てよ!」と自分に携帯で撮影した画像を見せる。「トイレ内で着替えないでください」という看板を撮影したようなのだが、その下に英語表記で「Don`t change into the toilet.」と書かれていた。夫はこの英語表記を見て爆笑をしていたのだと思う。なるほど。自分はさすがに爆笑はできなかったし、むしろ、あー、わかるわかる、という感じの気持ちになった。この「わかるわかる」というのは、かつて、というかいまだに自分もこのような文法のミスをしているからである。上記の文章は、あくまで自分なりの解釈になるが、changeの後に大事な「the cloth」か「your cloth」かまあそのあたりはわからんが、とにかく、cloth=服?水着?という目的語が抜けているので、このまま直訳してしまうと「あなたはトイレの恰好に変化しないでください」という、自分がトイレの便器のコスチュームを着る、みたいなイメージの文章になってしまう。そう、目的語。この場合、どなたがどのように翻訳をされたのかはわかりかねるが、自分も大いに当てはまることで、英語勉強中の日本人が英文を作成しようとすると、目的語を抜かしてしまう、ということが多いように感じる。夫や友人は自分の文法の間違いを特に指摘しないので、なんとか文脈、話の流れから言いたいことを理解してくれているが、同僚LやRにはたびたび「えー、言っている意味がわからないんだけれど。ていうか、〇〇(目的語)をどうのこうのしたいの?」と文法の間違いを指摘される、というか指摘してくれる。上記の文章は日本語でも「服を」か「水着を」かはわからないが、とにかく目的語が抜けている。なので、このまま翻訳サイトなどで訳した場合には上記の文章ができあがってしまうのだろう。日本語を見て日本語を理解する人であれば、たとえ「服を」が抜けていても「着替えるな」と言っているのだから文脈で判断できるだろう。だが、それを翻訳サイト上で、日本語も文法上正しい文章にしないと上記のような文章が出来上がってしまう。某G翻訳をはじめ、自分も仕事上はもちろんのこと、プライベートでも翻訳サイトは大いに活用している。本当に便利だし、特に英語から日本語へ翻訳する際には大変重宝している。この国に住めば、前述のような裁判所やらcity officeやら銀行やら病院やら、とにかく公的文書を読まなくてはならないケースが多いので、その長く、かつ難しい言葉ばかり書かれている文書をスキャンして翻訳しれくれるのは大変ありがたいことだ。ただ、それは、逆の場合には自分たちもきちんと日本語の文法にのっとった形で文章を作成しないととんでもない訳が出来上がってしまう。便利は便利なりに、使う側も勉強しながら使っていかないといけないのだな、と便利になったのかかえって面倒なのか、よくわからないことになってしまう。特にKERでも触れていたが、日本語には特有の「謙譲語」だったり「へりくだる言葉」があるため、それをそのまま翻訳サイトで訳そうとすると、当然ながら翻訳サイトは文脈からは判断しないだろうからなんだかよくわからない英訳になってしまうのだろう。かつて、友人は「言葉はツールではない、文化だ」と英語を習いたてでいきってた自分に説いてくれたけれど、今ならその意味が十分すぎるほどにわかる。翻訳サイトは、その一文の中に含まれる背景、歴史を含めた文化的な意味まではくんでくれない。その分、使いこなす自分たち側がそれを踏まえて日本語で文章化していかなければならないのではないかな、と思っている。いまだにたいして英語を理解しているわけでもないので、やっぱり日々勉強が大事だなぁなどと思いつつ、明日からも暑くなりそうだからちょっとビールで涼もう、とコパアメリカのサッカーの試合を観ながら週末の夕暮れを楽しむことにします。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.06.24
夫はおとといから某州に出かけていき、日曜日に帰宅予定である。そことは異なる州に住むいとこが子供たちとともに、子供たちのサマーブレイクに合わせて故郷の両親、子供たちにしてみるとおじいちゃんおばあちゃんに会いに帰省しているらしい。この地から某州のいとこの故郷までは車でほぼ1日がかりなのだが、「俺はいとことそのきょうだい(まあみんな「いとこ」なのであるが)とその子供たちに会いたい」、と言って車に乗っていってしまった。自分は面倒くさいので、もとい、weekdayに働き疲れた心と身体を週末でゆっくり休めたかったので、どうぞどうぞいってらっしゃい、と両手を大きく振って送り出した。だいぶ昔のCMで「亭主元気で留守がいい」というセリフがあったけれど、週末もお互いに好き勝手なことをしているとはいえ、時間にしばられることなくたまった家の雑務をちゃちゃっと片付けておきたいし、自分のペースで買い物もしたいし、Youtubeで日本語のキャラオケを心の底から歌いまくりたい。CMを見たのはずいぶんと小さい時だったけれど、今となってはそのセリフに共感できる時もあるなと思っている。ということで、前日夜は飲みすぎることなく、朝はゆっくりと起きてやろうと思っていた雑務などを片付け、車を走らせて大きめのショッピングセンターで1週間分の食材を自分のペースでゆっくりと吟味し、ついでに、買わなくてはいけないと思っていたものをショッピングセンターの園芸エリアに行って購入してきた。昨年、夫と旅行に訪れた某地で、とある農場の中にあるショップに行ったのだが、そこにたくさんの野菜の種が販売されていた。この地に来てからお目にかかれていないゴーヤとししとうの種が販売されていたので、育ててみたいと思って購入したのである。少し前に種の植え付けを行ない(←夫が)、ししとうは植え付けた分ほぼ芽が出てきたのであるが、ゴーヤは1株しか発芽しなかった。ただ、その貴重な1株が順調に育っていて、そろそろ蔓をまくための支柱が必要かなと思って買いたかったのである。ゴーヤとししとうの生育の進捗についてはまた追って書くことがあるかもしれないが、そんなわけで買い物の後には、普段同僚L、Rとは「シークレットスポット」と呼んでいる、夫が不在の週末に自分だけで行くとある場所があり、そこで30分ほどではあるが日頃のストレスを発散してきた。「シークレットスポット」とは言っているものの全然あやしい場所ではない。ただ、夫には今のところ言っていないだけで同僚LとRとは隠語でそのように話しているだけである。で、表題の件はその穏やかな週末の出来事とは一切関係がない。この地に移り住む前の引っ越しにともなう手続きの一環で、以前のところに届いてしまう郵便物(USPS)の転送サービスに申し込んだ。今となっては記憶もあやふやだが、サービスは確か半年か1年かで申し込めて、最大2年まで延長できたんじゃなかったかと思う。サービスにはもちろん費用はかかるのだが、自分のメールアドレスを登録すると、日曜祝日を除く毎日、転送先、いわゆる現住所にどのような郵便物が届くかをスキャンして画像をメール添付で送付してくれるサービスがあるのだ。サービスの契約が終了した今でも送られてくるのだが、あらかじめどんな郵便物が届くのか、そしてちゃんと郵便受けに入っているのかが確認できるので大変便利なのであるがおとといに受信したメールの中で、自分宛に来ていたもので見慣れない差出人のものがあった。画像を拡大してみると、なんとCourthouseとなっているではないか。えええ!なにか訴えられるようなことをしたか??全く心当たりがない。いや、自分に心当たりがなくても誰かは自分を訴えたい何かがあるのかもしれないし。えー何なの?めちゃくちゃ不安になり、その日は仕事も上の空で、現物を見るまで落ち着かなかった。仕事が終わり、一目散に帰宅して真っ先に郵便物を確認する。間違いなくCourthouseと書いてあるし、Juryboardの文字が見える・・・。中を開けてみると目に飛び込んできたのは「Juror Questionaire and Summons」の文字。まじか。陪審員の召喚状か。ご存じのとおり、この国の裁判には陪審員制度があり、裁判官とは別に裁判の内容を評議する陪審員がいる。その陪審員になる前の?アンケートというか、陪審員の資格を満たすかという質問状および召喚状ということらしい。こんな時に夫は前述のとおり不在である。しかも、その質問状は届いてから5日以内に返送しろ、と太い文字で書いてある。現物の画像をアップするのもどうかと思うので、質問の内容をざっくりと記載すると*自分の氏名、現住所、夫の氏名と職業など一般的な個人情報*アメリカ市民権を持っているか否か*英語を話せるか、また理解できるか*過去1年以内に陪審員をやったことがあるか*70歳以上か*過去に有罪判決を受けたことがあるかなどである。他にもいろいろとあるけどここでは省略する。というのもここまでを読んで、自分の中に根拠のない安心感が生まれたからである。それは、自分がアメリカ市民ではないということ。アメリカのパスポートを持っていない。この時点では調べてはいなかったけれど、アメリカ市民でもない人間が陪審員の資格などとれるわけがないと踏んだのである。加えて、英語を理解できるか。普段の生活レベルでの最低限のことはなんとか話せても陪審員として評議をするレベルの英語力など持ち合わせていない。100歩譲って通訳つけてくれないと無理。なので、どう転んでも自分が陪審員になることはないだろうと思ったのである。それでも念のため「アメリカ 陪審員 資格」みたいな感じでWebで調べてみたところ、自分と同じような境遇にいらっしゃる方々が何人もいらっしゃり、その方々の記載されている内容を総合すると、やはり、アメリカ市民権を持っていない人は陪審員の資格からは除外されるようである。何人かの方が記載されていたが、どうやらこの陪審員の質問状・召喚状はその州・郡・市などに住むことが確認されている人(例えば運転免許など)によって得られたデータから無作為抽出で送っているらしい。なので、自分のようにその資格を満たしていない人にも送られてしまうのだろう。なんとなく安心はしたが、念のため夫が帰宅してから再確認してもらって、必要書類とともに返送しようかと思っている。今回の召喚状はいわゆる日本でいうところの地方裁判所から来たものなので、この地から引っ越しなどしなければおそらく今後は受け取ることはないだろうと思うし、受け取ったとしても資格外ということで提出すればいいので、今のところは一件落着である。この駄文をお読みくださっている皆様の中で、自分と同様の事案があった場合、それぞれこの国に住む状況も異なると思いますので、ご自身の状況に応じてしかるべき機関やサイトなどでしっかりとご確認のうえご対応いただければと存じます。この国に住んでだいぶ経つけれど初めての経験だったので、まさに備忘録として記載してみました。明日には夫は帰ってくるけれど、帰ってくるまでの間つかのまいつものワインスプリッツアーとともにゆっくりとしたいと思います。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.06.16
日本にいた時には、家にいる時にはほぼほぼTVをつけていて、それが特段お気に入りではなくてもなんとなく点けていて、点けている間に何かをしたりという感じで、TVは自分の生活になくてはならない家電であった。この国で一番最初の語学学校に行っていた時、その時はどちらかというと、TVでリスニング力を鍛えたい、みたいな感じで点けるようにしていた。とはいえ、来たばかりの頃は何を観ても聞き取れるわけもなく、サブタイトル設定をしたところで読み終わる前に次にいってしまう始末で、到底リスニング力の鍛錬になったわけではなかったけれど、ローカルニュースをつけて、それこそなんかやばい事態がこの近くで起こっている、とかそういう情報を得るためには重要であったために点けていたのである。その後2度目にこの地に来てからは、友人たちにいろいろ教えていただき、ローカルニュースはもちろんのこと、ドラマなども観るようになったのだが、「ドラマを観てもっと英語を勉強しなくてはならないと思いますが、サブタイトルを付けても難しいです。」と友人にこぼしたところ「それなら、クイズショウとかはどう?Englishがわからなくても内容はわかるんじゃないの?」と教えていただき、いくつかのクイズショウを観るようになった。この国のクイズショウは、というかクイズショウに限らず一般人が参加するものが多い。そして賞金額もまぁ番組によりけりだがなんとなく日本よりも金額も多いような気がする。ケーブルTVのプログラムにクイズショウばかりをやっているプログラムがあり、それを観ていたが、いくつか面白いな、と思ったショウはながら見をするようになった。その中でも特に面白いのが「Family Feud」と「Wheel of Fortune」である。まずFamily Feudであるが、日本でもだいぶ昔に「クイズ100人に聞きました」というクイズショウが放映されていたが、そのおおもととなったショウである。現在のショウホストは人気のあるSteve Harvey。このクイズショウだけではなくてさまざまな番組のショウホストをやっている。そのFamily Feudであるが、家族チーム5人1組の2チームが競い合うというところは日本と同じだが、日本のショウは内容が比較的家族向け、というかゴールデンタイムに家族みんなで鑑賞する、みたいな内容だけれど、こちらのショウはどちらかというと大人向け、だったような感じがする。というのも、クイズの出題内容が時によっては下ネタが入ったりして、問題も下ネタを誘導するような解答をする感じだからである。もちろん、それが笑いにつながり盛り上がったりているのだが、このショウのおかげで自分も英語で下ネタになりうる単語をいくつか学ばせてもらった。そして友人がアドバイスしてくれたように、全体の流れ、そしてショウホストのトークも基本的なところは決まっているため、最初と最後に言うフレーズは毎日観ていればもう自然と口に出るくらいまで覚えてしまった。そして、今回の備忘録の本題である「Wheel of Fortune」。ショウホストはこれもまたこの国では有名なPat Sajak。何歳なのかは知らなかったけれど調べてみたら77歳とのこと。日本で例えるならばタモリさんとかみのもんたさんとか?キャラクターは別として年齢と知名度でいえばそのような感じである。あるいは、だいぶ前に天に召されたがアタック25のホストの児玉清さん的な感じかもしれない。Wheel of Fortuneは、出題テーマ、たとえばフレーズ、今何をしていますか?、場所、地名、食べ物&飲み物、などさまざまにあるのたが、答えははじめはブランクになっている。3人の回答者(全米から選ばれた一般人)が1回につきアルファベットの小文字を1回選択することができて、もし答えの中にそのアルファベットがあれば、空白部分がオープンになり、最終的に答えがあっていれば賞金がもらえる、という感じのクイズショウである。このショウも本当にこの国に住んでTVを観る人ならほとんどの人が知っている有名番組だ。前述のショウのような下ネタもないし、かといって教養的というわけでもないし、ルールがシンプルながらけっこう頭も使うし、自分としてはああ、こういう言い回しがあるのか、とか、新しい単語を覚えたり、とか、それこそゲーム感覚で楽しめる番組であるし、なにより職場の同僚やこちらの友人などと何かの折に話題になった時でも十分についていけるし、なにかとネタにもしやすい。そのPat Sajakだが、昨年のいつだったかに、来年(つまり今年)引退するというニュースを見た。ご年齢もそうだし、収録とはいえ週5回を40年あまり出演されてきて、そろそろゆっくりしたい、みたいな感じだったのかもしれない。真相はしらんけど・・・。そして、そのFinal Episodeがついに昨日放映された。Final Episodeといっても、番組自体が終了するわけではなくて、彼が勇退されるということである。この地に来る前も、そしてこの田舎町に来てからも、特になにもなければ月~金でほぼ観ていたので、もうPatにお目にかかれないのか、と思うとちょっと寂しい気持ちになった。最後に2~3分くらい彼からのメッセージが流れたのだが、それも感慨深いというかなんかさびしくなるなぁって感じのメッセージで、ちょっと心にぽかんと穴があいたような気持ちになった。だが、それを思っていたのも一瞬のことで、後継のショウホストはどうやら自分のお気に入りのRyan Seacrestらしいのである。Ryanはアメリカンアイドルやkellyとこれまた月金で出ていたLive!などで知っていてアラフィフ同世代だしとてもハンサムガイだ。Patの後でプレッシャーもあるかもしれないけれど、彼の明るいキャラクターでこれからも楽しませてもらいたいなぁ、楽しみだなぁ、と思いつつ、おっとホッケーのスタンレーカップ決勝戦が始まってしまったので白ワインスプリッツァーとともに楽しませていただきます。参考までにABC NEWSからですが、PatのFinal Episodeについての記事が掲載されていたのでここに貼っておきます。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.06.09
いつぞやも記載したかもしれないがこの国というか、この田舎町に来てから自分が始めたことのひとつにBakingということがある。日本にいた時にはおろか、この国で初めて住んだ地でもお菓子作りはしなかった。ではなぜ、この田舎町に来てお菓子作りをするようになったのかといえばいくつか理由があるのだが、最大の理由は「この国のお菓子がまずくて食べていられない、もとい、この国のお菓子が少々口に合わず、日本の味のお菓子がなつかしくなり、ついつい作り始めた」ということである。何度も注釈を入れるのが面倒なので、あらかじめ「※個人的見解です」とまとめて記載しておくがこの国のお菓子全般はこれを読んでくださっている方々の想像通り、日本のお菓子に比べると激烈に甘い。日本にいた時からずっとチョコレートは好きで、おやつだったり、食後の甘いもの、だったりなにかとつまむ機会もあり、その習慣がこちらでも続いているのだが、こちらのチョコレートも例外なくそうである。あとは、クッキーにしかり、ケーキにしかり、とにかく悶絶するような甘さに加え、ただくどく甘いだけでこくや旨さがあるわけではない代物たちを前にすっかりと降参してしまった。特に、某大手ホールセールスーパーマーケットを筆頭に販売されているケーキ。だいぶ前にも書いたかもしれないが、こちらのケーキは日本と違いなにしろカラフルで、日本ではケーキに寒色系の色味を入れたものはあまり見かけないが、こちらでは青や紫のケーキは当たり前にあるし、緑、オレンジ、黄色、ととにかくえげつないくらいに多彩だ。味の方はご想像通り甘いのはもちろんなのだが、日本のケーキとの最大の違いがバタークリームを使ったものがが多いということである。なので、クリームが濃厚なうえにこれでもかというほど甘く、時にはバタークリームに練りこまれた砂糖がジャリっと口の中でいうくらいで、個人的には日本にいた時からバタークリームのお菓子は少々苦手であるために、イベントや集まりなどでこの類のケーキが出されている時にはたいがいパスしている。そんな中でも個人的に比較的食べられるものもいくつかあって、車で約30分圏内にある某ベーカリーは、ヨーロッパスタイルのケーキを出しているということで近隣の住民にもどうやら人気らしい。たしかに甘いことには間違いないが、もっと上品な甘さ、というか、もっと繊細な味わいなのでここのケーキなら、とは思うが、やはり値段が高い。そのために自分もこの地に来てから数回ほどしか食べたことがない。そんなわけで、この地に来てからはベイクど素人の自分だがYoutube等を駆使してお菓子作りをするようになった。こちらのスーパーに行くと、ベイクコーナーが非常に充実している。田舎のスーパーだからなのか、都会もそうなのかはわからないが、感覚的にはこの国ではお菓子は家で作って家族で楽しむもの、みたいな文化があるのかもしれない。まったく根拠はないけれど、例えばポットラックパーティ(参加者が持ち寄りで食べ物を持ってきて集まってくっちゃべったりその時間を楽しむ的なパーティ)の時にも、誰かしらたいていデザートを作ってきてくださる。前述のとおり、スーパーにも確かにパーティサイズのものも販売されているけれど、作ってきてくださるお菓子の方がたとえ甘くても断然おいしい。もちろん、一から用意しなくても、日本同様に市販のパンケーキミックスやケーキミックス、クッキードウ、その他ほんとうに様々な種類のお菓子作りの素のようなものが販売されている。なので、そのような市販の素を買ってきて卵やら牛乳やら混ぜて焼くだけ、というのが簡単なのだが、それでは激甘なことには変わりがないので、材料から揃えていくより他に選択肢がない。重ねて記載するがここからは、特に個人的見解が強い話になるので、もしこの国でお菓子作りをする方は参考程度に、かつご自身でもこんなテキトーブログだけではなく、しっかりと見識のあるサイト等で確認されてから購入なり作成なりしていただきたい。まず、牛乳なのだが、普段飲み物としても料理としてもあまり使うことがないので頻繁に買うわけではなかったが、一般的な牛乳は日本と比べるとさらっとしているというか、あっさりしているというか、逆に言うとコクがない。もしかすると、自分がたまたまそういう牛乳を今まで買ってきているだけなのかもしれないが、ごく一般的っぽい牛乳でもなんか薄い感じがする。で、この国に来てから知ったのだが、この国にはハーフアンドハーフと呼ばれる、牛乳とヘビークリーム(生クリーム)を半々にしたものが販売されていて、飲むにはくどいがお菓子作りにはちょうどよいかな、ということで、日本のレシピで牛乳を入れるお菓子に関してはハーフアンドハーフをベースに使うようになった。この国では、コーヒーショップに行くとたいてい置いてあるのでコーヒークリーム的な役割をしているのだと思う。今のところはそれで大きな失敗をしていないので、十分に役割は果たしてくれているのだと思う。あと、生クリームもheavy whipping creamという名前で販売されているのだが、heavyという名前の割にはそんなにheavyではなく、やはりちょっとあっさりとした感じである。自分なりにも調べてみたが、一般的にスーパーで販売されているheavy creamは乳脂肪分が35%前後くらいらしい。日本の生クリームもそのくらいの%なのだろうし、日本ではお菓子用にもう少し乳脂肪分の高いものも販売されているようだが、こちらで乳脂肪分の高い生クリームをスーパーで見かけたことがない。まぁ、あっさりしている分にはそれはそれでいいけれど、なんとなく物足りない、と思っていたところ、日本人で、この国でケーキショップに勤めていたお友達が「コクを出したいなら、生クリームに少しだけコンデンスミルクを入れるといいよ」と教えてくれた。もともと甘味がついているので、そこは砂糖の量を調整すればいいので、以降そのやり方を踏襲させていただいている。そして、ゼラチン。この国では子供たち用にいくつかの大手メーカーが日本でも流行った「ゼリ〇ース」のような溶かして冷やして固めるだけ、みたいなのがさまざまな種類販売されている。だが、そのゼラチンにはすでになんかしらのフレーバーがついていて、無香料のゼラチンだけ、というのをいまだに見つけることができていない。絶対に売っているはずなのだが、どこに隠れているのだろうか・・・。まぁ、そんな感じで土壌も文化も日本とは違うこの国で、日本風のお菓子を作る、というのも自分にとってはなかなか難儀なことではあるけれど、Youtuberさんたちのおかげでなんとか日本の味の、しかもおいしいお菓子を作ることができている。どうしても日本の味のチーズケーキが食べたい、と思って、日本のレシピでバスク風チーズケーキを作ることからスタートしたのだが、「これよ!これ!」と本気で感動したし、日本が恋しくなった。あ、あと、この国でなかなか見つけられなかったのが日本風のプリン。この国のスーパーで見つけたのは、プディングという名前で中身は日本のものとは全く違うものだった。日本のものよりなんか生地がゆるい、というかドロッとしているというか。市販のものは大人が楽しむデザートというよりは、子供たちのおやつ、という感じのものである。日本のプリンに近いものは「フラン」という名前で売られていることがある。これはいわゆるメキシコのプリンで、製法も日本のプリンとほぼ同様である。フランにはコンデンスミルクが入るので、日本の昔ながらのプリンに比べると濃厚かつ激甘である。ちょっとだけ食べるという意味ではとてもおいしい。量は食べられないけど味は大いに気に入っている。逆に日本のレシピのプリンを職場の同僚たちに持って行ったことがあるのだが、案の定甘さが足りなかった模様。その教訓で、最近では持ち寄りだったり何かをこの国、この地の人に提供するために作る場合には必ずフルーツソースだったりホイップクリーム(こちらではデコレーション用に缶のホイップクリームが販売されている)を持って行って、甘さが足りなかったら自分たちでテキトーに足してくださいね、というスタイルにしている。先週もちょっとした集まりがあるということで、初めてパフからシュークリームを作った。参加者の中にグルテンアレルギーの人がいたのでグルテンフリー、米粉で作ってみたのだが、なんとか生地もうまく膨らみ、米粉のカスタードも作ることができた。なにより、この地ではシュークリーム(この国ではクリームパフと呼ばれるらしい)が日本ほどメジャーではないようで、参加者一様に「これとてもおいしい!」「おばあちゃんが昔に作ってくれた。なつかしい味!」とおおむね好評だった。お菓子作りをする方ならわかると思うが、非常に面倒なので、次回は代用できそうなところは何かで代用してできるだけ楽をして作りたいな、と考えている。自分のことを昔から知っている日本の家族をはじめ、友人たちは、この自分がまさかお菓子作りをするなんて、と驚いているだろう。お菓子作り以前に日本にいた時には普段の料理すらほとんどしなかったので、住むところ、そして環境が変わればそうなるのだな、と自分自身でも思っているが、同時に日本とこの国の食文化の違いも体現することができて、それはそれで面白いな、日々実験と経験だな、などと思いながら、週末をゆっくりと過ごすことにします。もちろん、片手にはウォッカソーダ割とともに。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.06.02
いつものお店にたばこを買いに行ったのであるがこの国の田舎町では、日本のようにコンビニが店舗として独立してあるところは少なく、たいていはガスステーションに併設されていることが多い。もちろん、地域によっては日本のように街中にコンビニがあるところも多いが、田舎町でのコンビニの存在はガスを入れるついでに飲み物を買ったり、自分のようにたばこを買ったり、といった感じで利用するのかなと思っている。この国では、たばこの価格はガソリンなどと同様に、州やお店によって異なる。初めてこの国でたばこを購入した時に、州によって価格が違うという話は聞いていたが、店によっても違うというのは知らなかった。大都市、特にニューヨークやロサンゼルスのダウンタウンなどは1箱10ドル以上など当たり前だし、今の日本の為替で考えると1箱1,500円?まぁありえない価格だと思う。あとは観光地やリゾートなども高いのではないかなと感じている。ここはとくに何もない田舎町ではあるが、そこそこの価格ではあるけれど、それでも大都市よりははるかに安いと思う。ここよりもさらに田舎の州や町はここでの価格よりもさらに安いところもあり、ロードトリップなどの時にびっくりしてついつい大人買いしたという記憶もある。もうひとつ驚いたことはこの国の歴史上のことで、先住民の方々が住んでいた、あるいは現在もその子孫の方々が住まれているエリアは、なんというのか、既得権益みたいな感じなんだろうと思うのだが、リカーショップなどでもお酒も少しばかり安いし、たばこも安く販売されているところがあるようだ。そのエリアにはカジノがあったりするところもある。で、書き始めのお店の件なのであるが、ガスステーションの併設のコンビニで、自分はだいぶ前にメンバーズカードのようなものを作らされてそれを持っている。給油の際にカードをスキャンすると少し割引になるのだが、コンビニでたばこを購入する際にも少しだけ割引になるため、たいていはそのお店に買いに行く。ほぼ毎週末に買いに行っているので、お店のお姉さまにももう自分の銘柄を覚えてもらえていて「今日は何箱買うの?」で通じるようになったのはとても楽ちんなのだが、先日買いに行った際にはついにバイトと思われる若い青年にまで「えーっと、確かこの銘柄だったよね?」と覚えていてもらえたのにはびっくりしたと同時にちょっぴりうれしくなった。まぁ、この田舎町でアジア系の人が住んでいるのも限られているだろうし、そのうえ毎週末のように買いにくればそれは覚えざるを得ないのかもしれない。ただでさえ悪目立ちしていると思うし。で、先日もストックが切れたので買いに行ったのであるが、いつもの金額よりも少し値上がりをしていた。前述のとおり、お店によって価格も異なり、しかも日本のようにいついつから値上がりしますよ、などという事前告知もないわけなので、「あー、また値上がりしたか」と思いつつ、会計を済ませようとした。現金で購入したのであるが、端数(1ドル以下のコインの部分)をちょうどコインを持っていたので、20ドル札2枚と小銭を出して紙幣だけおつりでもらおうと差し出すとお姉さまがおつりをくれない・・・。「あのー、今40ドルと〇セントを出したので、おつりが〇ドルなんですけれど・・・」と言うとお姉さまが一瞬フリーズする。「えーーーーーっと・・・料金が〇ドル〇セントで、あなたが40ドルと〇セント出したから、うーんとどうなるんだ?そうすると・・・」としばらく考え込み「そうか、紙幣ね、37ドル、38ドル、39ドル、40ドル!はい、おつりね!」日本でも、もう今やカードや携帯での支払いをする方々が増えていて、現金を持ち歩かないという方々も多いと思う。この国も同様で、たいていの方はカード支払いにするんだと思う。自分はかなりアナログな人間のため、大きな支払いの際にはカードを利用するが、たばこやちょっとした買い物程度の際には現金で支払いをしている。いつも買い物に行くときには夫のカードで支払いをしていて、折半にするための現金は常におろしているため、自身のカードで支払いすることはあまりないかもしれない。そこでだがこの現金の出し方、要はおつりをコインでもらいたくないから、コインで端数を支払って紙幣だけほしい、というやり方は日本ではごく一般的なんだろうと思うし、お店の方もいたって普通におつりを1,000円とか2,000円とかくださるはずである。まぁ、最近ではセルフレジのところも出てきたので、このやり方がさらに楽に感じるのだがこの国でこのやり方で支払いをするとものすごくけげんな顔をされることが多い。特に年上の方々にそれをすると上述のとおりに混乱されることが多い。それと、おつりを渡すときに日本だと「〇円いただきましたので〇円のおつりです」という返し方がほとんどなのに対し、こちらでは、上述のお姉さまのように、受け取った金額になるようにカウントする方がとても多いのである。文化の違いなことは大前提だけれど、なぜそうなるのか。こういう時には同僚LとRに聞くのが一番なのだが、このところ業務が忙しすぎてそれどころではないし、なにしろ自分が毎日いっぱいいっぱいでついつい聞くのを忘れる始末である。たぶんだけれど、カード支払いがほとんどのこの国では、現金支払いで、しかもそんな微妙な支払いの仕方をするのが珍しいから混乱するのだろう。このあたりは、業務が少し落ち着いたときにLとRに聞いた結果をこちらで追って書かせていただきたいと思います。ていうか忙しさもあってこの内容は少し前に下書きをしていたもので、それを完成させたのであるが、この出来事のあとに記して残しておこうと思っている事案が発生したので、それはまた追って飲んだくれながら記載をしていこうと思っています。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.05.13
アイスホッケー、こちらのNHLのプレイオフが始まった。夫はNHLの某チームの大ファンなのだが、残念ながらチームはプレイオフに進むことができなかった。シーズンの終盤は、TV放映している時には自分も一緒になって応援していたのだが、プレイオフへの道が途絶えた瞬間から、自分にとってのお気に入りの選手(夫は「君のホッケーボーイフレンド」と言ってばかにする)の応援にシフトした。もちろん、その選手は夫の応援しているチームには所属しておらず、別のチームの選手である。幸いにも、ホッケーボーイフレンドの所属チームはプレイオフに進出することが決まったため、これからはプレイオフのゲームはほぼすべてTV放映が行なわれると思うので、観戦することを非常に楽しみにしているのである。自分の人生の中で、アイスホッケーを見ることになるとは、この国に来るまでは考えてもいなかった。初めてアリーナで観戦したのは、かれこれ7~8年位前だろうか。義弟やいとこ達とともに某アリーナで観戦したのであるが、どちらも全然知らないチームだったものの、生で見る迫力とスピーディーなゲーム展開、そして何よりも、選手同士がついつい熱くなって、氷上で殴り合いのけんかをする、というのも見ているこちらもエキサイトするくらいに激しいバトルだったりして面白かった。お気に入りの選手のチームが優勝してスタンレーカップ(トロフィー)を受け取ることを願って、今回のプレイオフを楽しみに観戦しようと思っている。ホッケーはあと1か月くらいでスタンレーカップのファイナルをもってシーズンも終了するのだが、野球は始まったばかりである。野球については、特定のチームのファンではないけれど、大谷選手をはじめ、日本人選手が数多く所属しているので、チームにこだわらずに日本人選手を応援したいなと思っている。今は田舎町に住んでいて、メジャーリーグのスタジアムのある都市までは気軽に行けるような距離ではない。一番近いスタジアムまで、頑張れば日帰りで行けなくもないけれど、せっかく行くのであれば1泊くらいして、ゆっくりと観戦したいなと思っている。日帰りで行けそうな距離にあるのは俗にいうファームチームの試合である。昨年は何回か、夫や友人家族などとともに観戦しに行った。そのチームも、特にファンというわけでもないけれど、ビールとホットドッグやナチョスなどとともにのんびりと観戦するのもまた楽しい。メジャーの試合のような華やかさはないかもしれないけれど、それでもそのチームの地元ファンの方々も多く、ほのぼのとした雰囲気でいい感じだ。ただ、見ているこちらとしては残念なのが、ファームチームのため、選手が固定されていないことである。当然ながら、成績のよい選手は上のチームに行くだろうし、その逆もまたしかりである。そのため、観に行くたびにメンバーが異なるので覚えるのが大変である。昨年メジャーリーグの試合を観に行ったときに、場内でビールを購入したら1杯(多分20オンス、600mlくらいだったと思うが)10数ドルだったような覚えがある。正確な金額は覚えていない。なぜなら、スタジアムに入る前から場外のビアバーでひっかけていたため、場内ではすっかりと出来上がっており、その場のノリでオーダーしていたためである。ていうか仮に10ドルだとしても、日本円で1,500円。しかも、注ぐだけのサービスなのにチップを支払うので(支払わないという選択肢もあるが、タッチ画面にチップはいくら支払いますか?って表示されてしまうとなんか支払わないといけないかしら、という雰囲気になる)12ドル、1,800円くらい?ばかばかしい、ってなるけれど、観戦にビールはつきものの自分にとってはこれは必要経費と割り切って渋々と支払ったのである。ファームチームの試合ではビールも食べ物もそこまでの金額ではなかったような気がする。メジャーリーグのスタジアムは場内に喫煙所がなく、しかも再入場もできないので(できるスタジアムもあるのかもしれない)観戦中は必然的に禁煙になってしまうが、ファームチームのスタジアムはいい意味でテキトーなので、入口のスタッフに「ちょっとたばこ吸ってきます」と言ってチケットの控えを見せればまったく問題なく再入場できるし、スタッフによっては顔パスで行けたときもある。っていうか、スタッフも喫煙所に同席しているくらいである。今シーズンはなにかとバタバタしていて、まだ観戦には行っていないけれど、夫も楽しみにしているようなので、近いうちに行くことになるのだろうなと楽しみにしているのである。ビールのインフレ価格の件で思い出したが、スタジアムに限らず、アメリカの空港内でもビールをはじめアルコール類はとても高い。少し前に某州に行く用事があり、帰りの空港で出発まで時間があったので出発ゲート近くにあった小さなバーで1杯ひっかけていくことにした。機内でもアルコールは販売しているけれど、350ml缶ごときに7ドルか8ドルも支払うのもなんかなぁ、それならタップから注がれるIPAでも飲みたいな、と思ってバーのスツールに腰かけてオーダーしたのだがプラスティックのSOLOカップ(SOLOはこちらの大手のプラカップのメーカー。日本でもサ〇ンラップ、やホッ〇キスなどといったメーカーの商品がそのまま俗名として使われてるような感じ)そのカップも多分20オンスくらいでなんと12ドル!端数のチップが面倒だったので15ドル支払ったが、えーそれなら機内で飲んだら2杯飲めたじゃん、などと貧乏人根性丸出しになったことを思い出したよ・・・。日本の空港内も、他の一般のお店よりは高いかもしれないけれど、それでもビール1杯2,200円とかはしないよね、さすがに。前回日本に帰国してこちらに戻ってくるときに、羽田空港からのフライトを利用したのであるが、出国エリアにあったフードコートのバーで、ビールとウィスキーのロックをオーダーしたけれど、たしか2つ頼んでも1,500円くらいだったような気がする。しかも、ウィスキーのロックのアイスがなんと丸い氷だった。なんてサービス精神にあふれているのであろう、と感激したのを思い出した。円安でインバウンドでにぎわっているとWebニュースなどを読むと伝わってくるけれど、円安以前に、日本の食べ物、製品のクオリティの高さ、そしてサービス、おもてなしの素晴らしさは今いるこの国は足元にも及ばないとつくづく思う。(あくまで個人的見解)いつも通りに飲んだくれながらとりとめもなく記載していたら、いつのまにか話題がスポーツから酒の話になっていた。まあ想定内だ。寝る前にあと1杯だけ、白ワインのスプリッツァを飲んで寝ることにします。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.04.29
前のブログで、この国の医療保険(日本でいうところの健康保険)のシステムがとても面倒だ、と記載をしたのだが、あたらめて本気で面倒だなぁと先日も痛感した。過日の五十肩の診察の際に「帯状疱疹のワクチンを打ちたいと考えているのですが、私はこちらで接種することができますか?」と医師に確認したところ「あなたは該当するから受けることができます。ワクチンは2回接種しますよ。2回目は1回目の接種からだいたい半年くらい経ってからまた来てください。あなたの加入している保険はカバーの対象になりますよ。」ということだったので、この機会を逃すと次はいつ接種しようと考えるかわからないから受けようと思い「では接種してください。」と言って1回目を接種したのが、約7か月前。2回目を受けなければ、そのためにクリニックの予約をしなければ、と約2か月くらい前に同じクリニックに電話をしたところ「あなたの医療保険はこのクリニックでは診療を受け付けていません。」と言われる。というのも職場の契約する医療保険会社が会社側の事情により、昨年の終わりころに別の会社に変わってしまったのである。で、保険会社の切り替わりの際に、その新しい保険会社のWebsiteにアクセスして、今まで通っていたプロバイダーが新しい保険会社でも契約の対象になっているか調べたところ、そのプライマリーケアの医師はその保険会社の自分の契約しているプランもカバーしてくれる、と記載されていたので、それなら安心だ、と思っていたのだが・・・。えー、イミフなんすけど、と思ったが、かといって自分の英語力では対処できなそうだったので、翌日に夫に頼んでくだんのクリニックまでついてきてもらい、どういうことなのか詳しく聞くことにした。「昨日うちのワイフ(自分)が電話で予約をしようとしたら、彼女(自分)の保険はこちらではアクセプトできないと言われたらしいけど、でもWebsiteでDr.〇〇を調べたら、彼女の保険もカバーの対象だ、と書いてありました。なので、彼女は〇〇の治療を受けられるのではないですか?」と夫が受付の担当者に尋ねたところ「Dr.〇〇は彼女の保険をアクセプトするプロバイダーなのかもしれませんが、当クリニックが彼女の保険会社はカバーの対象外なのです。」えーー、なにそれ?どうも、そのプロバイダー(この場合はひとりひとりの医師)は、医師によってはひとつのクリニックだけでなく、いくつものクリニックを掛け持ちして診療しているということもあるので、その医師とクリニック双方が自分の加入している保険会社をアクセプトしてくれないと診療が受けられないっぽい。そんな馬鹿な話があるのか、と思ったのだがどうやらあるらしく、少なくとも夫が調べてくれた限りではそうらしい。こちらの心の友Tにその話を愚痴ったところ「あー、保険会社が変わるとあるあるな話だね。超面倒だよね。でも仕方ないよ。ほかのプロバイダーを探すしかないよね」とのことだったので、保険会社のWebsiteで探しなおすことにした。今までのところよりは距離があるのだが、とりあえずプロバイダー2人くらいをピックアップして、またもや夫の助けを借りてその方たちが所属するクリニックに電話してもらったところ「残念ながら、当クリニックはあなたのワイフの保険会社はアクセプトできません」と言われてしまう。しかも2軒とも。夫が前に通っていたクリニックでのやり取りと同じことを言ったところ「実は、この保険会社はクリニックへの金払いがあまりよくないので、保険会社側は契約をしている立場上アクセプト可能とWebsiteで表示しているのかもしれませんが、当クリニックでは被保険者を受け付けないことにしているのです。」これで不可解な謎が判明した。要は保険会社がダメダメだ、ということなのね。ていうか金払いの悪い保険会社ってどういうことよ?うちらからは多額の保険料を搾取、もとい徴収しているというのに。それでも、この保険でどうにかプライマリーケアを探さないといけないので、いろいろ調べまくって、やっと受け付けてくれるクリニックを見つけることができた。心配だったので(自分の英語力も含め)、ダブルチェックでわざわざクリニックまで出向き、保険のカードも見せて「この保険会社で私は診療を受けられますか?」と聞いたところ、大丈夫だという回答だったのでやっと見つかった、と安心する。ふぅ。そして受診当日。初診の面倒な問診やら登録やらがあるんだろうな、と思っていたところ、受付の人に「あら、あなたは3年前にうちのグループでCovid-19のPCR検査を受診しているわね。その時のデータが残っているから登録用紙には書かなくて大丈夫よ。」と言われる。「いえ、こちらのクリニックで受けた記憶はないのですが」と言ったところ「ここではなくて、〇〇(違う場所)にあるクリニックで受けたわよね?」思い出した。まんまと陽性だった時に行ってました。「なので、今回は既往歴などの簡単な問診表だけで大丈夫です」ということで、指示に従って問診表を書き、提出する。そして、身長体重や前回のクリニックでも行なった血液検査のサンプルの採取をおこなう。「大腸がんのColonoscopyは受けますか?」要は内視鏡検査のことなのだが、夫が受けた時の大変さを知っているので、まずは便潜血検査だけと思い「bowl movementのtestは受けられますか?(英語での正式名称は知らんのでこう言ってみた)」と聞いたところそれでもオーケーということだったので、キットをもらい、後日郵送するということになる。プライマリーケアの担当医から簡単な問診とチェックアップをしていただき、さて「で、今日はどんな症状で来たんだっけ?」ということなので「帯状疱疹のワクチンの2回目を受けたいのです。以前言っていたクリニックで・・・云々」と伝えたところ(ていうかこのやり取りもさんざんしたので飽きている)「じゃあ、ワクチンを確認するから、ナースが来るまで待っててね。お大事に」と言い残して医師は去っていく。しばらくして看護師が「帯状疱疹のワクチンの在庫がないので、ここでは受けられません」ていうかさ、予約の段階であたくし「ワクチン受けたいので予約したいです」って言ったんですけどね。ここにきて在庫がない、ってどういうこと?予約してから2週間以上ありましたよね?「ここにはないので、一番近いところだと、〇〇にある保健局が扱っているらしい(これも微妙な表現なのだが)。なので直接聞いてみてください。ではお大事に」・・・。なんのために来たのかまったくイミフ。また同じやり取りをしなくちゃならないのか???それからの保健局、および保険会社とのやり取りについては思い出したくもないくらいに腹立たしいのと(←夫が)酔いが回ってき始めているのでもう省略するが、要はまた帯状疱疹ワクチンを持っている新たなプロバイダーを見つけなければならない、という塩対応だったということで。もう受けるのやめよっかなぁなんてあきらめていた時に、夫が「うちらがFlu shotとかCovidのワクチン受けているいつものPharmacyで帯状疱疹のワクチンもあるみたいだよ。自己負担はあるかもしれないけれど受けてみれば?」どうやら、買い物に行ったときにPharmacyの受付で聞いてくれたらしい。ありがとう、夫!そして、ようやく!そのPharmacyにて2回目のワクチンを受けることができた。ていうか、はじめからPharmacyに行っておけばよかったのね。なんと遠回りだったことよ。これで身体になにごともなければ当分はクリニックに行くこともないだろう。次はおそらく乳がん検診だけだ。飲みにまかせてつらつらとどうしようもなく書いてしまったが、とにかく、プライマリーケアにかかり、ワクチン1本打つだけなのにこの面倒さ。ここまでのことは、あくまで自分の加入している保険のケースだし、人それぞれで何とも言えない。自分の調査不足、とご指摘があればそれは仰せのとおりです、と納得する。そして、ここまで書いてきたのもあくまで個人的見解であることを記載するがそれにしてもほんとに面倒。日本の医療システムのなんていいことか、とあらためて思う。社保か国保かいずれにしても保険に入っていれば町のクリニックにはかかることができるし、最初の段階からスペシャリスト(眼科、整形外科、耳鼻科などなど)に紹介状なしでかかることもできる。もちろん、さらに大きな病院にかかるには紹介状が必要だが、クリニックレベルならその必要もないし。ポジティブに考えれば、今回のこともまた勉強だ、ということになるのだろうけれど、まずは医者にかからないように普段から身体をいたわって、不摂生をしないように心がけていかなければならないな、と書いているそばから、あと1杯だけ、とこの頃の夜のお伴となっているウォッカのソーダ割レモン入りを文字通りあと1杯だけ飲んで寝ることにします。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.04.15
前回のブログでコスパという言葉がこの国では通じないようだ、と記載をしたと思う。その後、業務上コスパについてのやり取りをすることがあり、同僚Lに教えてもらったbang for your buckをお互いに使っているのであるが「日本ではコストパフォーマンスって言うんだよね。でもこれはきっとJapanese Enblishだからこの国では使わないよね」とLに聞いてみたところ「うーむ、あまり使わないけれど、言っている意味はわかるし、通じないことはないと思うよ。もしあなたが会議とかでコストパフォーマンスと言ったとしても、文脈でわかってもらえると思うよ。」と言われた。「でも、どちらかというと、会議やビジネスのやり取りの時にはcost effectiveと言うのが多いかな。あと、bang for your buckは会議や偉い人とかの前では使わないほうがいいよ。かなりカジュアルっていうかスラングだからね。」と丁寧に教えてもらえた。同僚Lにはいつもいろいろな言葉を教えていただけて大変ありがたく思っている。言葉だけでなく、この国の文化、政治、それにこの地域のおすすめのレストランだったり、業務を割いて教えてくれて、本当にいい同僚でよかったなぁと感謝なのである。明日はEaster Sundayである。この国に来るまでEasterが何なのかも知らなかったけれど、今はざっくりとした概要だけは理解しているつもりである。そして、子供たちがエッグハンティングという名で、お庭に隠されたエッグ(プラスティックのカプセルのような感じ。中身は一口サイズのチョコやクッキーやキャンディ類)を集めて楽しむ、という行事があることもこの国に来てから知った。マネジャーのNが「週末はイースターだけど、エッグハントのしすぎでお菓子を食べすぎないように!」と忠告するが「私はイースターエッグよりもビールのほうが好きですからご心配なく」と切り返したところ爆笑してくれたのでなんとかやりすごせた、とホッとする。そうだよね、週末なんだからビールでも飲まないとやってらんないよね、と週末ではなくてもビールを飲んでいるのに「あービールの話をしていたら飲みたくなってしまったのでまた来週!」と言い残してさっさと仕事を切り上げたのである。前回のブログで、IPAというビールが好きだ、と書いたと記憶しているがこの国ではIPAビールはとても人気のある種類のひとつである。Indian Pale Aleの頭文字を取ってIPAと呼ばれているが、一般的なビール(この場合の一般的はBudweiser、Coors、Millerなどの大手のビールメーカーのもの)に比べてホップの苦みが強く、色もそれらのビールよりも若干~かなり濃いめのものが多いと思う。話は少し逸れるがずいぶん前に、ブルワリーに勤める友人Jとバーで隣になって、いろいろとおしゃべりしてた時のことなのだが彼の勤めるブルワリーがちょうど全米のビールのコンベンションに参加して、その大会でそのブルワリーがある種類のビールの部門で賞をもらった、というのである。「すごーい!おめでとう!ていうか、コンペティションってどのくらいのブルワリーが参加したの?」「正確な数はわからないけれど、出展しているのが約2,000っていってるから、ビールの数は多分8,000くらいだと思うよ。(どうやら1ブルワリーが4種類を持ってくる、みたいな感じらしい)」この国のすべてのブルワリーが参加しているわけではないだろうから、大なり小なり最低でもこの国には2,000のブルワリーがあり、実際にはそれ以上ってこと。これってほんとにすごいよ。この国が世界でも有数のビール大国というのを実感したトークだったことを思い出す。でブルワリーの数があればあるほど、IPA(に限らずほかの種類でも)にもバリエーションがあるわけで、色も上述のとおり、琥珀色のものや、濃いブラウンのもの、そして、Hazy IPAと呼ばれるちょっと濁りのあるタイプなどもあり、それもまた人気である。個人的には、普段家で飲むには、Session IPAと呼ばれるアルコール度数が4%くらいの抑え目ながらもホッピーさを残しているタイプをチョイスしている。同僚LとRとなにかの話からたまたまこのSession IPAの話になり、Sessionの由来は(私の英語の理解が正しければ、なのだが)家族や友人や仲間などとSession、みんなで集まって語らいながら飲むためのビールということらしい。理解に全く自信がないので間違っていたらすみません。週末で翌日の心配をしなくていい時や旅に出た時には、もしあればダブルホップのIPAをチョイスするようにしている。使用しているホップの量が通常のものより多く、苦みをより感じられるのと、アルコール度数も8%とか、ちょっと高めのものが多いので、そんなにぐびぐびとは飲まずに会話や料理などを楽しみながら飲むのがいいのかなぁと思う。さすがにこのど田舎の町にはブルワリーはないけれど、それでもちょっと車を走らせると20-30分圏内にいくつかのブルワリーがある。実際にそこで醸造していてタップルームを併設しているところもあれば、本社?本店は別のところにあってタップルームとレストランだけ、というところもある。車を使わないと行けない場所なので、たいてい夫がドライバーになってくれて、自分が1-2杯楽しむか、ソバーの友人にドライバーをお願いして夫と自分がビールを楽しむ、というパターンになっている。なので2人で運転の心配をすることなくブルワリーのビールを楽しむという時は、今のところは泊りがけの旅行に行くときになっているかもしれない。ホテルに車を停めて、徒歩や場所によってはUberなどを使えば運転の心配もなく心置きなく飲めるので、宿泊先の近くにブルワリーがあるかを探すのも旅の楽しみのひとつとなっている。タップルームやレストランに行くと、たくさんある種類に圧倒されて、いったいどれがいいのかわからない、などという時もあるかもしれない。そのような時にはサンプルをもらって飲むことをおすすめする。ブルワリーによってはサンプラービールセットといって、200mlくらいの小さなグラスで何種類か選んで(数はブルワリーによって異なる)それで1杯分ちょっとの値段、などというのがメニューにあったりするが、迷っているとたいてい店員さんのほうから「ちょっと試してみる?」と言ってショットグラスに2口くらい注いでテイスティングさせてくれるところもある。なので、気後れせずに、「試してもいいですか?」と言ってみることをおすすめする。90%は断ることはなく「もちろん!」と言ってサンプルを飲ませてくれると思う。ビール好きの方はぜひこの国のブルワリーを巡って、そしておいしいIPAを飲んでいただきたい。などと書いている今はIPAから前回記載したVodkaソーダに移行した。明日はEgg Huntingを主催するため、飲みすぎないよう早めに寝ることにします。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.03.31
更年期もあってかここ2‐3年は体調に波があり、平日はなんとか仕事で気を紛らわせてやりすごしてはいるものの、その反動からなのかはわからないが、週末に電池切れのような感じで何もする気が起きないことが多い。くだんの五十肩の診察の際に、超基本的な健康診断(血液検査)のようなものを受診して、特に問題はないとのことだったので、もうこればかりは仕方ない、とやる気のない時には何もしない、と更年期を言い訳に潔く何もせずにカウチに寝そべりながら動画三昧している。そういえば2週間くらい前にCostcoに行ってBeerを買ってから、なんとなく酔いの回るのが早くなったような気がしていた。いつもCostcoでは夫と自分のお気に入りのIPAを買って飲んでいるのだが、先日行った時にはそのお気に入りが欠品していたので、仕方なく、他のブルワリーのIPAを購入したのである。飲みなれないBeerだし、なんとなくIPAでもちょっとビターで重い感じだなぁなどと思いながらたしなんでいたが、翌日の酒の残り具合がいつもとなんか違うな、と思って、改めてラベルをよく見てみたら、なんとアルコール度数が8%、そのBeerはAssortedというか、4種類の異なるテイストのものが詰め合わせになっているタイプで、きちんと確認したところ、最大のものはアルコール度数が9%だということが発覚した。どうりで酔いも早く回るものよ。身体は常に正直だ。発覚した以上はノリノリで飲む気がうせてしまい、週末に1缶だけ(もちろんそれだけではすまないので、それ以降は違うものを)という感じで、いまだに数本が冷蔵庫に鎮座している。週末ごとに消化することになるのだろうが、9%?これってストロング缶と同じパーセンテージじゃん、もっとわかりやすく書いてくれよ、と自分の確認不足を棚にあげて、やるせなさをぶつけられないもどかしさが鬱積している。それはそうとくだんのCostcoで、前々回まで購入していたSeltzerを購入するのを止めてみた。Beerの次はSeltzer、というのが自分の飲みのフローになっていたのである。Seltzerというのは日本でいうところの缶酎ハイというか、サワーのような感じの飲み物で、ベースのアルコールは焼酎ではなくたぶんウォッカなのだと思う。それに、フレーバーがついた炭酸のアルコール飲料になっていて、アルコール度数は5%前後くらいで販売されている。メーカーによってはテキーラベースのものも販売されていたりする。いつも通りきちんと調べていないので、気になる方はこんなブログをすっ飛ばして、どうか正確に記載されているサイトを参照してください。日本にいた時にはビールを1缶飲んだら次はだいたい缶酎ハイ、または缶サワーという感じだったので、こちらに来てからサワーの代わりになるような缶の飲み物はないのか探してみたところ「それならSeltzerがいんじゃない?」とだいぶ前に友人に教えてもらい、それから買ってみたのだがいやー、残念な味わいなのである。(個人的見解)この「残念」はまちがいなく日本の缶酎ハイ(以下サワー類も面倒なのでこの表記でいくことにする)のクォリティがはんぱなく素晴らしいということに他ならないのであるが、まず、どのメーカーも、フレーバーが人工的なのである。確かにフレーバーの種類は豊富で、ベリー系だったり、柑橘系だったり、あるいはレモネード、紅茶フレーバーなるものもあったり、とにかくフレーバーの種類だけはたくさんある。しかし、日本の缶酎ハイのような例えば生しぼりなんとか、や、果実のなんとか、のような、缶で販売されていながらお店で作られた本格的な味わいの酎ハイ、という感じからはまちがいなく遠い味なのである。そんな中でも、「もしかしたら日本の缶酎ハイに近い、おいしいSeltzerがあるんじゃないかしら」と思ってSeltzerの旅、ならぬ各社のSeltzerを放浪してみたのだが、しっくりこないため、夫に「なんで、Seltzerってこんなにおいしくないの?アメリカのBeerはとてもおいしいのに」と愚痴ってみたところ「それなら、無理にSeltzerを買う必要ないんじゃないの?Vodkaとソーダを買って自分で作ればいいじゃん」いやぁ、そうだったんだよね。はじめからそうしておけばよかったよ。だけど、少なくともSeltzerという飲み物がどのようなものだかがわかってよかった、とは思う。そういうことでこれを打っている今もそうなのだが、Costcoで買ってきた一番安いVodkaと、ソーダ、これはフレーバーのついているSugar Freeのもの、それにスーパーで買ったレモンジュースの小さなボトルのものを入れてVodka Rickyのような感じにして飲んでみたらSeltzerよりはるかにおいしいこと!(しつこいですが個人の見解です。ほかにおいしいと思っている方の意見はきちんと受け止めます。)しかもコストもSeltzerを缶で買っていたよりも安い。Seltzerは地場のスーパーで買っていた時は12缶(1缶が約250ml)入りで約19ドルくらい。セールをしている時は16ドルとかそのくらい、が今住んでいるあたりの相場である。で、Costcoで1.75LのVodkaを15ドルくらいで購入し、ソーダを12缶入りが約5ドル、レモンジュースは1パック1ドルもしないので、やっぱりコスパとおいしさを両立するということならばこちらのほうが断然いいのである。コスパで思い出したがコスパ、コストパフォーマンスという言葉は、ご存じの方も多いと思うが、これは和製英語らしく、自分はこの地に来てから「えー通じない」と知った。コスパに代わる言葉がじゃあ何なのか、をそれからも調べずにいたところ、たまたま先日同僚Lと業務の話をしていた時に聞いたフレーズでBang for your buckというのがそれに相当するということがわかった。yourのところは代名詞?my とかhisとかその状況に応じて使えると思う。ていうか、もっと早くにSeltzerを卒業しておけばよかった。ていうか、日本の缶酎ハイのクォリティが素晴らしすぎるのだ!それに甘えてこちらでも惰性で飲んでいただけなのだ。日本の食べ物、飲み物の素晴らしさって本当に、本当に世界一なんじゃないかと思う。これで自分の缶酎ハイ難民が解消された、のではあるが重大な欠点に気づいてしまった。自分で作って、グラスに入れて作る代わりに、際限なく飲んでしまうのである。缶であれば、1缶1缶飲み干して、じゃあ、寝るか、ってなるのであるが、Vodkaのボトルは1.75Lあるので、飲み干して、とはならないし、じゃあ、このグラスを空けてから、と思うと、ソーダがまだのこってるじゃない、でも、ちょっと1杯には足りないな、じゃあ、ソーダもう1缶開けちゃう?の無限ループ。書いていて気付いたが、最近の不調は、このせい?いや、そうではないだろう、と思っているが、とにかく、何が言いたかったのかというと、日本の缶酎ハイは間違いなくおいしく素晴らしい、ということで締めくくりたいと思います。ちなみにIPAはIndian Pale Aleと呼ばれるアメリカのビールの種類のひとつでありますが、アメリカのビール事情については、また気の向くままにいつか飲んだくれで記載しようかなと思っております。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.03.25
毎年3月はなにかと忙しい。そして金が吹き飛ぶシーズンだ。その1つが、表題のとおり、Tax Returnをしなければならないためである。日本で仕事をしていた時には自営ではなく会社に勤めていたので、年末調整で多少の税金が還ってきたこともあった。なによりも、勤め先の経理の方々がそれを行なってくださっていたので、自分は年末調整の紙を見て、ふーむ、こんだけ還ってきたのね、と眺めるだけで済んでありがたいと思っていたのだがアメリカでは、自営業であろうが会社勤めであろうが、所得のある人は個人で確定申告をしなければならない。アメリカではTax Returnという名称で呼ばれているが、ここでは便宜上日本語に充当するであろう「確定申告」という風に表現をしておく。確かなことは調べていないのでわからないが(いつものように飲んだくれで気ままに書いているため)確定申告期間は役所からW-2と呼ばれる、あなたは前年にこんだけ税金を支払っているよ、みたいな紙が勤め先から送られてくるのが1月中旬くらいなので、それ以降、4月の第2週くらいまでに申告しなければならないのだろう、と毎年そんな感じに予想している。日本にいた時には、怠惰で何をするにもぎりぎりだった自分であるが、アメリカに来てから何かを期限までにやらないといけないというものについて、事前に予測のつくものはなるべく早めにやりたいな、と思っている。しかしながら夫は「えー、だって、4月の中旬くらいまでに提出すればオッケーなんだから、そんなに急いでやることないじゃん。」と毎年言っている。(夫も期限についてはわかっていない)いやいや、毎年あることだからこそ、早くやっておけば後で焦ることがないんじゃないの?ってこれまた毎年感じているのだが、アリとキリギリスに例えると典型的なキリギリスタイプの夫なので、もうこれは仕方がない、と思って、今年も今から2週間前くらいに「ねぇ、そろそろTax Returnの時期だから、いつも頼んでいる会計士さんのところに予約しなくていいの?」とリマインドをかけたところ「いや、今年は自分たちでやろうよ。だってさ、会計士に頼むと高いじゃん。特別に申告しないといけないものもないし、自分たちでできるから予約の必要もないよ。」確かにそうなのである。会計士さんにお願いすると、そのオフィスまで出向かないといけないうえに、代行料金のようなものがとても高い。例年100何十ドルかくらい支払っていて、年々値上がりしているような気がする。「職場の同僚に聞いたら、Websiteで自分たちでできて、しかも安い申告ツールがあるから、今年はそれでやろうよ」夫がそういうので、まぁ、自分は何ができるわけでもないけれど、給与以外の収入はお互いにないわけだし、不動産を買ったとか、なにか大きな買い物をしたということもないし、しいてあげれば各々の医療費の自己負担金の申告くらいなので、それほど複雑ではないだろうと算段し、夫が教えてもらったというWebsite から重い腰を上げてTax Returnをすることにした。ただでさえ英語がわからないのに、そんな煩雑な手続きは自力でできない、と思い、詳細はすべて夫にお任せし、夫に言われた箇所の金額を自分が口頭で言って夫がダブルチェックする、というような感じですすめることにする。同僚から教えていただいたWebsiteにアクセスし、手順通りにすすめていったところ、まぁなんとか自分たちでもできるような感じである。医療費の自己負担額を集めるのがいささか面倒ではあった(レシートももはやペーパレスになっているし、現金で支払ったかカードで支払ったかもうろ覚え)けれど、なんとか入力を終えて、いざ金額を見てみたところ追徴金額が約900ドルとのこと。これは連邦税のほう。州税については約400ドルくらいの還付があるようなのだが、これに対して夫が烈火のごとく怒り出す。その暴言はとてもじゃないけれど、ここでは書き記すことができない。というのもこの地で仕事をし始めてから、追徴金額がやけに多く、不思議に思うと同時にこの時期にけっこうな金額を請求されるのがつらいな、と夫ともども思っていたところ、昨年に会計事務所の方から「給与から差し引かれる連邦税の金額が低い設定になっているようなので、もし今回のようにまとまった金額を追徴されたくなければ、Paycheckから一定の金額をプラスして納めるように設定したほうがいいですよ。そうすれば金額によってはReturnが来ることがあるかもしれないですよ」という素敵なアドバイスをいただいたので、昨年のTax Returnの後に、職場の経理部門にかけあって、給与から差し引かれる連邦税の金額を少し上乗せしてもらうような手続きを踏んだ。手続きにちょっと時間がかかるかも、ということではあったが、1-2週間してから給与明細を確認したところきちんと上乗せされて徴収されていたので、自分については、その時点で今年はもう還付金をもらえるだろうと、思っていたのである。怒り狂っている夫に「ていうか、給与明細見してみ?昨年に上乗せした分ってちゃんと差し引かれているの?」と確認したところ、まあ案の定なのだが、夫の給与からは上乗せした分が差し引かれていないことが発覚した。怒りが倍増する夫。手がつけられないのでとりあえずほおっておく。冷静になった夫は渋々と追徴金をカードで支払った。「ていうか、明日にでも職場の経理に確認して、昨年の手続きができてなかったことのクレームを入れて、すぐにでも上乗せの手続きをしたほうがいいよ」とは言ってみたが、いかんせんキリギリス。来年も同じような結果になることは火を見るよりも明らか。妻としては1か月後あたりにリマインドを入れるリマインドをしなくては。ほんとね。安い給料でこつこつと働いているのに税金ばかり徴収されて。なんの贅沢もしていないし、ていうかできないよ。でも働くしかないし、自分がこの国にいて唯一物申せる参政権を持っていないので文句もいえないよ。自分にできることは、夫から教えてもらいながら、今住んでいるこの国の政治に対して勉強することしかない。そして、参政権のある日本で国政選挙があれば小さな一票かもしれないけれど投票すること、これが自分の務めであると思っている。そして月末にはCar Insuranceの請求が待っている。また金が飛ぶ。一攫千金、と思って買ったPowerballが当たらないかなぁ、などと夢のようなことを思いながらちびちびと安い白ワインを飲んで週末がふけていくのである。最後はくだらない愚痴ですみません。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.03.17
同僚のLの左目が腫れて白目も充血していて大変なことになっているらしい。Lは病院嫌いで、今までもほんの少しのことではクリニックにも行っていない、と過去に言っていた。今回も「アイドクターに行くほどのことでもないよ。じきに治るっしょ。」と言っていたが、ずっと涙が止まらないし、あまりに心配なため、その場に出くわした夫が見かねて、自分用に、と日本で買ってきた市販の目薬のストックが1本余っていたのを「これ、よかったら使ってみて!」と差し上げた。自分はアメリカの地で目薬を買ったことはないけれど、夫曰く、日本の市販の目薬は(個人的感想)そりゃぁもう最高らしく、特にメントールの成分の入ったクールタイプがお気に入りなんだそうだ。「アメリカにはこういうタイプのものは販売してないの?」と過去に聞いたところ「出合ったことがないよ!日本のこの目薬、もう最高だよ!箱買いしたいくらいにすごい!」と大絶賛していた。さすがに箱買いして持ち込みはできないだろうから、自分用に、と2本買った中のストックをあげたらしい。そして、そのLだが、どうにもこうにもならなくなったらしく、意を決してアイドクターに行ったとのこと。「詳しい結果は来週にならないとわからないらしいんだけれど、表面を見たところではばい菌などはないみたいだから、細菌系のものではないみたい。とりあえず、ステロイド系の目薬を処方されて今はそれを挿してる。あ、そうそう、あなたの旦那さんにもらった日本の目薬、もう最高だったよ!眼球が痛くて眠れなかったんだけれど、挿してみたらクールダウンして少し落ち着いて眠れたよ!ありがとう!」夫から差し出された目薬の成分をめちゃ心配して「ね、この目薬の成分は何?変なことにならないよね?ちょっと調べてくれる?」と夫が去ったあとにこっそりと確認の依頼があって、ちゃんと内容も本人の確認済みで、どうやらほんとに感謝してくれているのがわかったのでひとまず安心する。「いやぁ、あまりに日本の目薬が最高だったから、あれからいろいろWebsiteで調べてみたよ。そしたらWebsiteで日本の目薬を販売しているのを見つけたよ!これって違法じゃないの?」とLに聞かれるが、自分も薬事のことはおろか、アメリカに輸入できるのかすら知らないど素人だ。「うーむ、詳しいことはわからないけど、Websiteで売っているのであれば許可は取っているのではないでしょうか?」とテキトーに濁してみたのだがそこからもろもろ話が派生して「日本に帰国した時に日本の食べ物とか持って帰ってくるんでしょ?何を持って帰ってくるの?」という話題になった。ちなみに、Lは人生の中で飛行機に搭乗したのはアメリカ国内線のたったの1回だけ(それもやむなくらしい)。海外には当然行ったことがないし、パスポートすら持っていない。そして現時点でこれからも必要とはしていないらしいくらいの自国愛にあふれている同僚である。「まぁ、お菓子とかかな。本当は日本のカレールーとか、鶏がらスープとか持って帰りたいけど、検疫で止められるから持ち込めないの」「えー?だって、生のチキンやビーフを持って帰ってくるわけじゃないんでしょ?ちゃんとプロセスドしてるんでしょ?なぜ持ち込めないの?」「よくわからないけど、パウダーとかプロセスドになっていても禁止らしいよ。空港の検疫のスタッフはチャイニーズキャラクター(漢字のこと)のチキン(つまり「鶏」)を認知していて、もし日本人がそれを持ち込んでいたら没収されるらしい、と聞いたよ(あくまでWebsite情報)」といったらたいそう驚いていた。そうそんな噂をこちらに住む友人たちからいろいろと聞いていたので、日本に帰っても「あー、これほしいな」と思う食材は成分をチェックして、引っかからないもの、そして最低限のものだけを買って帰るようにしている。そんな前段の話があってのことだがこのアメリカの某田舎町で、果たして日本の、あるいはアジア系の食材が手に入るのか、ということだが、結論を言えばYesである。もちろん、Amazon他Websiteで購入することも可能だけれど、自分の今住んでいる田舎町の隣の町にある大きなスーパー(Walmart、あるいは同等のスーパー)に行けば、とりあえず最低限のアジア食材は手に入れることが可能だ。米。現在の自分の人生に必要不可欠の食材。ご存じと思うが、アメリカの地でも栽培されているのでこんなところでも簡単に手に入る。タイ米のような長粒のものではなく、れっきとした短粒米である。そして豆腐。豆腐はもう、田舎町の近所のスーパーでも手に入るくらいになじみのある食材になりつつある。日本の大手メーカーさんの豆腐も販売している。ここで面白いと思ったのが、真空パックで販売されている豆腐もあることだ。300mlくらいのサイズの四角い牛乳パックのような感じで、賞味期限も長く、品質が長く保たれる豆腐が販売されていることに最初は驚いたが、今ではストックで買うくらいに重宝している。調味料系のものだと、しょうゆ(soy sauce)はもちろんのこと、みりんもsweet wineという名前で売っているし、通常の酢に並んですし酢も販売されている。その横にはチューブのわさびや缶に入った粉わさびも販売されているので、おそらく寿司需要を見込んでのことなのかな、と推測する。カレールーも、日本の大手会社さんのものが販売されている。インスタントラーメンに至っては、おおよそのアメリカ人のスナックの日常なのではないかと思うくらいにに浸透しているように見受けられ、日本大手の会社の2社のアメリカバージョンが販売されている。味噌も売っている。もちろん、アメリカのメーカーのものだが、米麴、麦麴、など販売されている。ただ、上記については、個人の見解で言わせていただくと、日本の味覚のクオリティでいうとやはり到達していない部分もあるし、アメリカで販売されている以上、アメリカでのニーズに合わせているのかもしれないし、それこそ、前述したアメリカでは許可されていない成分の問題もあるのかもしれない。自分の生活環境での話だが、これだけでも本当にありがたいのである。とりあえず、自分の食生活の中で、米、しょうゆ、みりん(風)、料理酒、カレールー、これさえあれば、なんとか工夫してそれなりの日本食を作ることができる。どうしてもここでは手に入らないもの、例えば納豆、油揚げ、前述の鶏だし、かつおだし、挙げればきりがないけれど、そういった特別?なものはもう仕方ないのでWebに頼るか、アジア系食材専門のスーパーがある町に行くとき(そこそこ距離があるので気軽に行けない)にまとめて購入するようにしている。また飲んだくれて記載して、まとまりのない話題になってしまったのであるが、言いたかったことは、アメリカの田舎町でも最低限の日本食材が売っているので、それほど心配することはない、ということと、こんな日本人なんていっぱい住んでいない土地にも食材が販売されているということは、日本食材のニーズがそれなりにあるということ、そして、日本食材がアメリカの田舎町でもそこそこ受け入れられている、ということを意味しているのかな、と思っている。いずれにしても、日本人の自分としてはこの環境をありがたいと思うし、次は隣町の大きなスーパーに日本酒が販売されてくれないかな、とちょっと期待を込めてお願いしたい気持ちになるのである。そんなことを安い白ワインを飲んだくれながら打っていたが、明日はこちらのDaylight Saving time、いわゆるサマータイムが始まるため、感覚としては1時間短くなる。なので、あと1杯だけ、あと・・・と後ろ髪惹かれる思いで寝ることにします。最後に、参考までに自分で調べた限りですが、アメリカに持ち込めるものについてのアメリカ大使館のWebsiteが見つかったので(日本語)貼っておきます。毎度のことながら備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.03.10
先週のブログでアメリカの「単位」がほぼ全世界と異なるのが面倒だ、と記載をしたのだがその後、業務中にまたそんな話になり、同僚Lに「こないだ、Rと一緒にヤードやらポンドやらを使ってる国を調べたよ。そしたらアメリカとミャンマーとライベリア(リベリアはアメリカではライベリアと言うっぽい)だけみたいだよ。しかも、ミャンマーとライベリアはもうすぐメトリックシステムに移行するらしいよ。そしたらその(イミフの=内心)単位を使っているのはアメリカだけになるんだよ」と言ったところ大爆笑していた。そして「いや、僕たちも学校でメトリックシステムは習ったんだよ。だからあなたの言っていることはわかるよ」とのたまう。「でも、この国がもう一般的にヤードとかポンドとか日常で使ってるから今更ねぇ」うん、この回答がアメリカの一般なのだろうと思う。ちなみに、それを踏まえて夫にも聞いてみたところ「うん、確かに学校で習ったよ。でも、ガスステーションにいけばガロンで表示されてるし、ハイウェイのスピードリミットはマイルパーアワーだし、もうそれに慣れちゃったよ」・・・なるほど、Lと同じ意見だ。食い下がって「でも、もはやポンドなんて使ってるのはアメリカだけなんだよ!なんでグローバススタンダードに合わせようとはしないの?」と言ってみたが「それはね、アメリカ人がバカだからだよ!あはは!(あくまで個人的見解です)」と一笑に付される。まあそうだろうな。わかるよ。(こちらもあくまで個人的見解です)でずいぶん前にホテルの選び方なんかを飲みながら書いていたが、肝心の「選び方」を書くのを忘れてしまっていた。いつも飲みながら書いているのだからこればかりは仕方ない。以下も、「あくまで個人の選び方」として記載をさせていただくので、すべてを鵜呑みにされず、もしこんな飲んだくれのブログのため、ひとつの参考程度にテキトーにお読みいただければ幸いである。この国に来てからのロードトリップの中でホテルを決める際に意識をしてきたこと、夫からのアドバイスも含めてざっと紹介できればと思う。*大きな都市、町を避ける大きな都市が目的地の場合は仕方ないのだが、目的地に行くまでの途中の宿泊であれば、大きな街はあえて避けて宿泊してきた。やはり、大きな街は人も多く、それは犯罪の多さも比例してくる。特にダウンタウンと呼ばれるあたりは、夜中まで人が歩いていたり、ホームレスなども多い。そのため、自分たちがロードトリップをしている時には、あえて大きな都市、町をはずして、その近郊だったりのそこそこの規模のところに宿泊をするようにしている。その際に目安にしているのは、「大学などの学校があるエリア」である。あるいは美術館や博物館などの学術的な建造物があるところ。そこに居住エリアが隣接しているか、というところ。行ったところのないところは、なんの判断材料もないので、ほんとに目安程度なのだが、学校のある地域はダウンタウンなどに比べると比較的に落ち着いたエリアなことが多いので、自分たちなりにそれを判断基準にしている。*港湾エリアを避ける港湾エリアは夜になると暗く人通りもなく、治安的にも心配なことが多い。選択肢がない場合には、なるべく大きな道路沿いにあるところ、できればショッピングセンターの近くやガスステーションなど、明るいところを目安に地図で探して決めるようにしている。明るいところがすべて安全とは言わないが、人の目があったり、サーベランスカメラがあったり、と少しでも抑止力になるところを選択するようにしている。*10~20ドルの違いだったら高いランクを選択するこれも、場所やそのホテルによってさまざまですべてにあてはまるわけではないが、例えば、モーテル6などのクラスとその上のランクのホテルの差が20ドル以内であれば、高いランクのホテルにするようにしている。口コミを見ても、20ドル以内の差であれば、高いランクのほうが圧倒的によい評価を受けている。*口コミは10%低く見積もるホテルサイトによって、ホテルの評価を10段階などにして表示していると思うが、おおむね日本人はこれを真に受けずにこの評価の10%低く見積もったほうがいいかなと思っている。例えば、とあるホテルの評価が7.0であれば、日本人的には6.0くらいかな、と思っておいたほうがいいかもしれない。もちろん、実際に泊まってそれ以上の良さがあればそれはそれでオッケーなだけで、あまり評価を鵜呑みにしないことがいいかと思う。口コミをチェックする際に、気を付けているのは、クリンネス(清潔さ)の箇所とコメントで周りの治安について触れられているか、というところは確認するようにしている。スタッフの対応などは、もうこの国で日本的なおもてなしを期待してはいけない、とあきらめているので(これも個人的見解です、すみません)安全に清潔に泊まれたらオッケーくらいに考えている。ホテル選びには関係ないが、ほんとに何もないエリアのハイウェイを走ると、ガスステーションが何十マイルもない、ということが多いので、ガスはまめに補給していただきたい。また、これも州によって様々なのだが、ハイウェイのRest Areaは、無料のハイウェイ(いわゆるフリーウェイ)にあるところは、トイレと飲み物の自販機くらいしかない。日本のパーキングエリアのように充実していないので、フリーウェイを運転中になにかほしいものがある場合には、出口を探し、出口にあるガスステーションで買い出しをしたほうがいいと思う。たいてい出口の前にガスステーションとホテルとファストフードがこんなんありまっせ、という表示が出てくるのでそれを参考にしていただければと思う。州によっては有料のハイウェイもあるので、そういうところだと日本のように豪華ではないが、サービスエリアみたいなものもある。ガスステーションに付随してコンビニがあるのと、場所によってはフードコート的なものもあったりする。さすが有料だけあってトイレはフリーウェイよりもきれいだ。なにしろ、宿泊にしても道中にしても、ロードトリップの最重要事項は「安全」。命あっての物種。日本とは比べ物にならないくらいにフリーウェイも車はばんばんスピードかっ飛ばしているし、平気であおりもしてくるし、イン抜きは規則で認められているのでもたもたしていると普通に前に入られる。何の参考にもならなくて申し訳ないですが、これからアメリカでロードトリップをしたいと思っている方がいらっしゃればほんのちょっとでも参考になれば幸いです。どんどん飲みがすすみ、もはやカテゴライズもできてないくらいにあやふやなブログになっていますが備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.03.04
先日スーパーに買い物に行く際に、ちょうど学校の生徒の帰宅時間帯だったこともあり、スクールバスに遭遇した。日本では通学・通園のバスが児童・生徒や園児の乗降のために停車しているときは、自分の車は周りに気を付けながら徐行する、だったと思うが、アメリカでは異なり、児童・生徒・園児を乗せていて乗降のために道に停車をしている時には、バスの後ろにいる車、および分離帯のない1車線の対向車は必ず停車しなければならないと決まっている。(乗降のためにもうすぐ停まるという時には黄色のランプ、停車して乗降する際には赤のランプが点滅する)児童・生徒・園児などの安全のためであることは言うまでもないが、この規則、もしも破った場合、つまり停車をせず、それがバスの車載カメラ等で違反と認められた場合には後日違反切符が届き、罰金を支払わなければならない。そしてスクールバスの違反金はほかのものと比べると高く設定されている。それだけスクールバスの違反は重罪ということになる。アメリカに来て免許を取りたての時、この規則を失念しており、対向側に赤いランプ点滅のスクールバスが停車しているのに、こちらは停車しないで通過しようとしたところ、めっちゃクラクションを鳴らされた。それで慌てて停車したのだが、もしかして車載カメラで特定されて違反になったら・・・としばらくは落ち着かなかった。幸いにも違反切符は大丈夫だったようなのだが、それ以来しばらくはスクールバス恐怖症で、姿が見えるたびに曲がらなくてもいい角で曲がってみたり、スクールバスがいなくなるまで路肩に停車してみたり、とかなりのトラウマになっていたのである。なもので、先日遭遇した時にもその嫌な記憶がよみがえってきて、50メートルくらい先で赤いランプを点滅させていたのに、その場で停車してしまい、後続車に逆にパッシングされるという事態に陥った。そんな話をその翌日に同僚のLとRに話したところ「あれ?この州って何フィート手前で停車しないといけないんだっけ?州によって違うからうろ覚えだな」「俺も忘れちゃった。とにかく余裕をもってスペースを空けて停車する、ってしか思ってないからさ」と、2人とも適当なことをのたまっている。「まあ、君の場合はただでさえアジア人だから悪目立ちしないためにも、スペースに余裕をもって停まったほうがいいと思うよ」うん、このケースだけではなくても悪目立ちをしているな、とは日々感じている。ご存じのとおり、アメリカは日本と違い、量や長さ、温度などの単位が異なる。ヤード・ポンド法(United States customary units)というらしいのだが、重さはポンドやオンス、容積はガロン、オンス、パイント、長さはマイル、フィート、インチ、などなど。しかも、それをグラム、リットルやメートルなどに換算しようとすると細かい端数が出て非常にめんどくさい。その中でもインチと気温(華氏)がさらにややこしい。アメリカでは、自分の身長をインチとフィートで表すのだが、例えば身長157CMの人なら約5フィート2インチ(端数は省略)という感じになる。ある時に友人が「俺の身長は5フィート10インチだよ」と言っていたので「え?それって6フィートってことじゃないの?」と聞くと「えー、6フィートもないよ。5'10''だよー」と言われて混乱したことがあった。調べてみるとどうやらインチは10進法ではなくて12進法らしいのである。なので5'10''の表現はこちらでは決して間違っていないのだが、こちらにしてみると12進法って何?全部10進法にしてくれよ、と思ってしまう。そしてもうひとつの華氏だが、これもやっかいである。なんと説明すればよいのか、華氏は1度と2度を摂氏換算したときに同じ摂氏分を刻まないのである。例えば、華氏32度が摂氏0度なのだが、華氏33度は摂氏0.6度、これなら華氏34度は摂氏1.2度かと思いきや1.1度、つまり0.6度ずつ定量増えていくわけではなく、どうやら、0.6度と0.5度が交互に増えていくらしいのである。なので、華氏で2度の違いが摂氏の1.1度の違い、という感じになるかと思う。はーめんどくさ。スクールバスの話の時にRに「ていうか、アメリカって単位がマジでめんどくさい。ヤード・ポンド法を使ってるのってアメリカだけなんじゃないの?」と愚痴ってみた。Rも「どうなんだろうね、調べてみよう」と一緒に調べてみたところ、自分たちの検索結果では、ヤード・ポンド法を使っているのはアメリカ、ミャンマーとリベリアの3か国のみらしい。しかも、そのうちのミャンマーとリベリアについては徐々にメートル法に移行させようとしているらしい。ということは、そのうちにヤード・ポンド法を使うのはやはりアメリカのみになる、ということか。それなら、いっそのことアメリカもメートル法採用にしてはくれないのだろうか。・・・無理っぽいな。今でさえ同僚たちも夫や家族でさえも「えー、メートルとかキロとか超面倒なんだけど。わかんないし」とか言ってるし。あくまで予感だが、アメリカはこのままずっとポンドやらフィートやらファーレンハイトやら言ってるんだろうな、と思う。世界の共通言語は英語なのに、単位の共通に乗り切れてない国、アメリカ。だが、この国で生活していくためには、それを受け入れなければならないのだろう。そんなことを飲んだくれながら、あ、そういえば、酒もこっちはプルーフ表記もあったな、などと思い出して週末の夜が更けていくのである。毎度のことながら、備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.02.26
ていうかたまたまだが、今日はアメリカの地に再度上陸してから3,200日目。5月で丸9年を迎える。長いようであっという間だったような気がする。火曜日の仕事中に、この地で出会って仲良くさせていただいているSさんからテキストをいただく。「近所のスーパーで1年に1日だけ販売するドーナツがあるみたいで、予約をしたのでランチの時間にでもお持ちしますね。詳しいことはわからないけれどポーランドのドーナツみたいですよ」わぁ!うれしい!ていうかポーランドのドーナツというのが気になる。そしてランチの時間にSさんがわざわざ職場まで来てくださり、ドーナツをもってきてくださった。お互いに時間もないので、お礼と近況を簡単に報告しあったのだが「今日はポーランドのなにかのお祭りなのでしょうか?」「それが、私もよくわからないのよー。なんかこの時期に毎年予約を受けて販売してるのよねー。穴の開いてないタイプで、中にクリームとかジェリーとかが入っているのよ。楽しんでね。」とてもうれしい。箱には「PACZKI(正式にはAのところにポーランド語?の記号のような感じの記載がある)」と書いてある。これがきっとドーナツの名前なのだろう。夢中だったので写真を撮り損ねたが、揚げドーナツで外側に粉砂糖がまぶしてあり、中のクリームもカスタード、チョコレート、それにピーチのジェリーが入っているっぽい。どれどれ?とひとついただいてみる。生地はふわふわで、中のカスタードは自分にはちょっぴり甘すぎる感じだけれどとてもおいしい。あっという間にペロッとたいらげてしまった。そして、仕事後、翌日の職場でのValentine's Day Lunchの準備のために夫とともに隣町の少し大きめのスーパーへ向かう。職場の同僚たちと持ち寄りで月1くらいでランチ会を行なっているのだが、今月はValentine's Dayに合わせて行なう、ということらしい。自分はチーズケーキ担当。本当は自分で作ろうと思っていたのだが、先週末から風邪をひいてしまい、風邪っぴきの中手料理をふるまうわけにはいかないかな、と思い、急遽スーパーで出来合いのケーキを調達することにした。スーパーに入ると入口付近のセールの棚に「PACZKI」と書いた箱が山のように積んである。どうやら、Sさんが買ってくださったスーパーだけでなく、ほかのスーパーでも販売されているらしい。そのスーパーでは、目的のチーズケーキを購入し、翌日のランチ会に備える。前述のとおりに、普段はチーズケーキは簡単なレシピのものを自分で作るようにしている。なぜならば、この地でおいしい、というか自分の口に合うチーズケーキに巡り合えないからである。自分にとってはなにしろこの地のケーキは甘すぎるし、日本のチーズケーキに慣れているとなんか濃すぎるというか、なんというか、とにかく買って食べるレベルのものではない、それなら日本のレシピで自分で作ったほうがはるかに自分が納得する、ということで、お菓子作りなどしてこなかった自分でもレシピ通り作ればそれなりの味になるレシピに巡り合い、以来自分で作るようになった。家に着いてから「PACZKI」が気になったのでさっそく検索してみる。たくさんの説明サイトがあるので、詳細は「PACZKI ポーランド」で検索していただいてそちらを参照いただきたいが、自分の理解の中ではAsh Wednesdayの前のお祭りのような感じ、と解釈している。カトリック教のイースター(復活祭)の前にある肉食やぜいたくな食事を控える時期に入る前に、家にあるぜいたく品を食べてしまおう、というのがFat Tuesday、そして翌日から禁欲に入るAsh Wednesdayになるらしい。現在でももちろん、宗教の戒律にのっとって厳粛に守っている方々もいらっしゃると思うが、その他の方々はドーナツを食べてお祝いしましょう、という感じの日のようなのである。MARDI GRASももともとそのような起源だったような気がするが、この時期はカトリック教徒にとっては神聖なる時期であり、その他の方々にとっては、Fatと名付けるあたり、相当太ることを覚悟しなければならない時期なのだろうと推測する。そういえば、翌日のValentine's Day Lunchも、職場の同僚の中には敬虔なカトリック信者がいて、ランチのメニューはいつものような肉は出ない、野菜と豆類が中心だ、と言っていた。そしてランチ当日。レンズ豆のスープにはじまり、食用サボテンのサラダ、メキシカンライス、ポテトコロッケ風、リフライドビーンズのペーストなど、それはそれは豪勢なランチ内容なのであるが、ふと見るとシュリンプがあるではないか。肉類は食べない、と聞いていたのだが、エビはオッケーなのだろうか・・・。ランチの後に同僚にそれとなく「あのー、今日は肉は無しのランチと聞いていましたが、エビは大丈夫だったのでしょうか」と聞いてみたところ「肉じゃないから大丈夫っしょ。キリスト様もエビは食べてたらしいから肉じゃないしオッケーということにしましたー」的にあっさりと言われる。そうか、エビは別格なのか。3,200日この地に住んでいてもまだまだ知らないこと、はじめて出合うことはたくさんある。日本にいたときも、そしてこの地に移り住んでからも、自分の人生の中で、特定の宗教を信仰して規律にのっとって人生を過ごしていく、ということがなかったため、特に宗教に関することについてはまだまだ未知だらけである。だが、こうして少しずつでも異なる文化を知ることができ、毎日が勉強だよな、ということをあらためて知ることになったのである。もちろん、宗教行事に付随した飲んだくれのパーティーはこれからも積極的に参加していきたいな、と思っているのである。毎度のことながら、備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.02.18
その1、から引き続き、アメリカの★X2~4に滞在したホテルの際の経験を記載していきたいと思う。<ホテルチェーンの追加>その1に記載を忘れたが、★3~4くらいのホテルチェーンの代表的なところは以下である。スプリングヒルスイーツ、コートヤード、ダブルツリー、ラディソンなどさまざまあるが、おおむねこれらのホテルは大手ホテル、たとえばマリオット、ヒルトン、シェラトンというようなところの傘下にあることが多い。〇〇ホテル by ▲▲などと▲の部分が大手ホテルチェーンの冠を表していることがある。料金も★2ホテルに比べるとやや~だいぶ高くなる。<客室内のアメニティ>*歯ブラシ・歯磨き粉はアメニティで装備されていない。★5ホテルなどで備えているところもあるのかもしれないが、ほぼほぼない。*シャンプー・コンディショナーモーテル6やスーパー8などでは、小さなボトルに入ったシャンプーとコンディショナーがオールインワンになっているタイプのものが装備されていた。ホテルによっては装備されていないこともある。ホテルの中でも、最近では環境配慮の一環で、シャンプー、コンディショナー、ボディソープがシャワールームの壁に設置されていて、それを使用してください、というところも多くなってきた。このタイプは★3~4のホテルに多く見受けられた。経験上では、モーテル6やスーパー8、レッドルーフインなどの価格帯のホテルはオールインワンタイプのところもあるので、それが嫌であれば持参したほうがいいかと思う。*ドライヤーまず前提として、日本からの持ち込みで、電圧調整のできないドライヤーはたとえ電源が入るとしても使わないほうが安全である。アメリカの電圧に対応していないドライヤーを使用することは大変危険である。もし使うとしても自己責任で使ってほしい。自分は対応していないものは恐ろしくて使えない。そしてアメリカ対応のドライヤーを持参したとしても、ホテルによっては使えないことがある。これは、ホテルの各部屋が持参したドライヤーを使える電気の容量があるかにもよる。ホテルによっては、ほんとに稀に装備されているドライヤーですら使えないこともある。それって装備する意味あるのかという感じだが・・・。たまたま壊れていたのか。まあこの土地を考えると壊れているものを放置、というのもあるあるのひとつなので、その際はフロントに申し出て交換してもらうなりしてほしい。*Wi-fiホテルには無料のWi-fiを設置しているところが多い。ただ、接続具合についてはホテルによってまちまちである。またセキュリティもそれほど高くないと思うのでサイトへのアクセスについては個人で気を付けていただきたい。*ルームスリッパほとんどのホテルにルームスリッパは付いていない。というより、ホテル室内でも外履きを普通に履いているような生活様式なので設置する必要がないと考えているのだろう。自分はそれが嫌なので、毎回ホテルに滞在する際には室内履きサンダルを持参している。日本の100円ショップで買った、いわゆるク〇ックスもどきのようなものである。少し荷物としてはかさばるが、あると滞在の際の快適度が違うように感じる。*バスルーム古いホテルだとバスタブタイプのところもあるが、リノベーションしたり、新しいホテルだったりするとシャワールームタイプのところが最近増えてきたように感じる。日本人としては湯船に浸かりたいという気持ちもあるが、シャワーオンリーのところもあるので、必要であれば予約の際にWebサイトでバスタブタイプがあるのかを確認したほうがよい。<ホテルのサービスについて>*朝食付きホテルによっては朝食が宿泊代金に含まれているところがある。朝食内容はホテルによって異なるが、料金の安いホテルは、コーヒー、紅茶とマフィンなどの簡単なペストリー類、それにバナナ、アップルなどのフルーツ、と簡素なところが多い。少し料金の高いホテルになると、いわゆるアメリカンブレックファストが提供されるところもある。卵料理、ベーコンやソーセージなどの肉類、それにポテトというこの3種類が提供される。プラス、パンやパンケーキ、ワッフル、フルーツやヨーグルト、シリアル類などを提供するのが一般的だ。野菜や葉物を提供するホテルにはあまり出合わない。ていうか、そもそも無料提供のホテルの朝食には過度の期待は禁物である。とりあえずお腹すいてるから満たすだけ満たすか、程度に思っていたほうがよい。さもなければ、朝食なしのホテルを選択して、朝食は自分自身で調達するほうが正解かと思われる。ちなみに、自分が朝食サービスを利用して毎回がっかりするのがホテルの無料コーヒー。無料提供とはこういうことなのだ、と毎回思い知らされる。コーヒーの色だけの出がらし、みたいな感じ。ということは朝食提供開始とともに行けばおいしいコーヒーに出合えるのか?無理だ。がっかりしたくない方はス〇バなどを探しておいしいコーヒーを飲んだほうが一日の始まりを快適に迎えられるかと思う。*デポジット、インシデンタルチャージホテル予約サイトなどで予約する場合でもそうだと思うが、予約の際にほとんどのホテルでカード番号の入力を強いられる。たとえ決済は当日であっても、ホテルによってはミニバーやランドリーサービス、ルームサービスなど、ホテル料金に含まれないサービスを利用した際の費用、万が一なにかあった場合の補償、ノーショウや客室内の備品の破壊などに対するもので、ホテルによってはチェックインの際にカードの提示を求められることがある。また、これもホテルによってだが、保証金のような感じでチェックイン時にホテル料金に上乗せされていくらかチャージされ、チェックアウト後に特に問題がなければ何日以内に上乗せ分をリファンドする、というケースもある。まれに現金のみ、というところもなくはないが、アメリカではほとんどのホテルはカード決済、カード対応となる。チェックアウトの支払いは現金で対応してくれるところもあるが、上記のようなデポジットやインシデンタルチャージの請求のためにカードの提示を求められることがあるので、クレジットカードは携帯していったほうがよいと思われる。*クレジットカード上記に付随してだが、日本特有のクレジットカード会社での支払いを受け付けてくれない場合がある。おおむね問題ないカード会社はVISA、Master、AMEXあたり。AMEXも確実性でいうと微妙なラインだがVISA、Masterはほぼ確実に決済できると思われる。アメリカの銀行カードでDebit対応のカードも使えるところが多い(カード会社と連携している場合)。実は、上記の内容を少し前に記載して保存したつもりが保存できていなかったので、思い出しながら再度記述しているが、なんか忘れていることがあればまた追って書いていこうと思う。ていうか、スーパーボウルを観ながら記載している。以前の日記に記載したとおり、両チームとも特にファンでもないので注力して観ていない。なので、本来なら酒ばかりを飲んだくれるところだが、おとといから風邪をひいてしまい、あまり酒もすすまない、そんなスーパーボウルの夜なのである。毎度のことながら、備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.02.05
先週まで3週連続で平日2~3日と出張に出ていた。3回とも飛行機を利用するような遠出ではなく、車で数時間というところだった。宿泊先については、今回はいずれも職場が手配しれくれたホテルで、個人的にはどこも快適に過ごすことができた。出張以外でも、この広いアメリカ大陸を旅するにあたっては移動も長距離になることが多く、宿泊をともなうことも多い。特にロードトリップの場合、距離によっては目的地に行くまでに途中1泊したい、せざるを得ないということも多分にある。自分自身への備忘録、という意味でも、これまでに経験してきたホテル滞在で、実際にどのように滞在したのか、どのように滞在地、ホテルを選んできたのか、ということを記載しておこうと思う。毎回の記載で、もしこのブログをごらんいただいている方はうんざりかと思うが、私見なので読み手の皆様はここに記載していることをすべて鵜呑みにされるようなことはなく、参考程度に適当に読み流していただければ幸いである。万が一記載内容に間違いや不備があっても申し訳ないが何の責任も負うことができないので、それだけはご容赦いただきたい。<ホテルのランク>旅行サイトに記載されている★のランクもサイトによって基準がさまざまでたまに当てにならないこともあるが、経験では★X2から★X4くらいまでに宿泊してきた。ちなみに、自分はBooking.comで予約をすることが多い。なので★ランクもサイトに記載されているものを基準としている。滞在の割合的には、★X2が40%、★X3が40%、★X4が20%くらいかと思う。★X5は、在住になってからは残念ながら滞在したことがない。<ホテルの構造上のタイプ>*モーテルタイプ建物は平屋、あるいは2階または3階程度の低層の造りになっている。建物の前に車を駐車する。外廊下、外階段になっていて、チェックインなどの事務所の建物がたいてい入口やホテル正面についている。チェックイン/アウトは事務所で行われ、朝食付きの場合には食事等はその事務所内、あるいは隣接している施設、ロビー等でふるまわれる。代表的なホテルチェーンでは、モーテル6、スーパー8、トラべロッジ、レッドルーフイン、ロードウェイインなどがあるが、これらのホテルチェーンでも、建物構造が外廊下、外階段ではなく、次に記載するような一般的なホテルタイプのものもある。*室内廊下、階段(エレベーター)タイプごく一般的な、車寄せ→ホテル入口→フロントがあり、客室ドア、階段(エレベーター)、すべて室内にあるタイプである。平屋のこのタイプは自分は滞在した経験がない。たいていは2階建て以上で、エレベーターも設置されているが、まれに階段のみのホテルも存在する。(実際にあった)上記の主なホテルチェーンも、このタイプとモーテルタイプが混在している。個人的見解だが、大手チェーンはオーナーによって造りが異なったり、いわゆる廃業したホテルを買い取って営業を始めた「居抜きタイプ」があったりするために、建物構造だけでひとくくりできないのではないかと思われる。<ホテルチェーンと料金価格帯>具体的な金額は、ホテルが存在する場所、宿泊時期、混雑状況などによって大幅に振れるので、自分も金額を提示することができない。ホテルチェーンと価格にともなうざっくりとしたランクという形で記載をしようと思う。*モーテル6、スーパー8、レッドルーフイン、トラべロッジ、ロードウェイイン、デイズイン他全米展開しているため、アメリカのフリーウェイを走っていれば、たいていこの中のどこかしらのホテルが見つかる。そして上記はそのエリアに競合していれば、おおむね似たような料金を提示していることが多い。上記に記載したとおり、モーテルタイプのところが多い。*コンフォートイン、クオリティーイン、ベストウェスタン、カントリーイン、ホリティイン、ハンプトンイン他上記にあげたホテルも、アメリカのフリーウェイを走っていれば、たいていこの中のどこかしらのホテルが見つかる。そして上記はそのエリアに競合していれば、おおむね似たような料金を提示していることが多い。経験上では、上記のホテルはモーテルタイプよりは、室内廊下、階段(エレベーター)タイプが多いような気がする。そして、価格帯についてもモーテルタイプのチェーン店に挙げたホテルよりは若干だが高めの設定になっているところが多いように感じる。*~スイーツと名がつくホテルまたはインスイートルームというと、一般的な日本の解釈では、ベッドルームとリビングルームが存在している、というイメージがあるかと思う。ランクによりけりだが、~スイーツのタイプは室内にリビング(ダイニング)とベッドが存在し、そのルーム構成は壁とドアで完全に仕切られている場合とそうでない場合がある。そうではない場合は、完全な別室ではなくとも、ある程度の壁、あるいはパーテーションなどの衝立等で仕切られていたりして、完全にそれぞれが独立していないこともある。ホテルによっては、このタイプは中長期滞在をする方向けに、簡単なキッチンを装備していることが多い。部屋の広さは、上記2つのホテルランクよりはキッチンがある分広くなったりするので、価格帯も少しばかり高くなるところが多いかと思う。<ランク・構造上・料金価格帯における個人的見解 メリット、デメリットなど>*料金価格帯で客層が変わるこれは、差別ということでは決してないし、すべてに当てはまるということでも決してない。自分のことを棚に上げて何言っとるんじゃ、ということもわかっている。もちろん、アメリカだけにとどまらず日本やその他の国、地域にも当てはまることかもしれない。それをふまえての見解だが、ホテルの設定価格によって、滞在する客層も変わってくる、というのは経験上事実である。某州の比較的大きな街でモーテルタイプに宿泊した時のこと。予算をけちって、モーテルタイプの中でも一番安いホテルに宿泊した。客層はまあさまざまだが、外廊下なことをいいことに、廊下でたばこ(あるいは別のもの)を吸引、そして吸殻を上階から投げ捨てる、深夜遅くまで音楽を大音量で流してパーティー、廊下で大きな声で電話、大騒ぎ、など・・・。たまたまその日だけ、というのももちろんある。だが、その後も経験上、価格設定の安いホテルは、そこまでではないものの、かなり似たような経験が多いように感じる。で、ここがポイントかもしれないが、ホテル側はそれに関与していない、ということが多い。よっぽどの騒動になること以外は関与しませんよ、ということなのかはわからない。注意しに行ったら逆上されて、ということを恐れているのか、それもわからない。けれど、かなりの割合で無法地帯状態になっていることが何度かあった。*モーテルタイプのメリット、デメリット上記に付随しての記載だが、モーテルタイプは外廊下、外階段なことが多く、メリットは、部屋の外に出ればすぐに外出が可能、わざわざフロントや玄関を通っていかなければならないわずらわしさもない。喫煙所に行くのも階段を下りたらすぐ、とか、ホテルによっては部屋の入口の横に灰皿が設置してあってご自由にどうぞ、というところもある。車からの荷物の出し入れも、目の前に駐車すればすぐに運び出しできるので楽なことは楽である。ただ、その楽さ半面、やはりセキュリティの面では非常に気を付けなければならない。ホテルによっては格子がついていて、セキュリティドアにルームキーをかざして、などというところもあるが、たいていはだれもが外廊下にはアクセスオッケーみたいな感じだ。なので、宿泊の際には必要以上に安全面に気を配る必要がある。ここまで酒を飲みながら記載して、また長くなってしまったので、分けて記載することにします。しかも、画像や動画があるわけでもなく、だらだらと記載してるので読み手は理解しにくいということも承知しています。それにも関わらず、毎度のことながら、備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.02.05
1月の日曜日は、アメリカ人にとってもっとも忙しく、そして興奮するであろう月と思われる。なぜならそれは、フットボールのプレイオフが行なわれているからである。自分はそれほど熱狂的なフットボールファンでもないが、それでも学生時代に日本でNFLをテレビで観ていたことと、仲の良かった先輩の高校時代の同級生が甲子園ボウルに出場したほどの方で、その後社会人リーグ(今のXリーグの前身?)でご活躍されてからの試合をよく観に行っていたこともあり、フットボールの基本的なルールはわかっているつもりだし、試合を観戦するのも好きだ。アメリカに来てからは、スポーツバーやダイナーなど、テレビでスポーツ観戦できるようなところは、毎週日曜日(リーグの時には月曜と木曜も試合がある)は大賑わいで、自分も時折そんな中にひょっこりと混じって観戦している。お気に入りで応援しているチームもいちおうはあるので、ついつい熱くなって観戦していると「えー?あなたはフットボールのルール知っているの?日本でフットボールは人気あるの?」などと聞かれることも少なくない。アラフィフの日本人の女(この場合は自分)がこの国の国民的スポーツのルールを知ってるわけがないだろう、と思われているのか知らないが、そんな時には「すべてのルールは知らないけれど、私はかのジョー・モンタナがクオーターバックをしていた時からずっとフットボールを観戦していますよ」と少し大げさに言ってみると、たいていの人は驚くので、心の中でついついどや顔をしてみる。今日も各カンファレンス(アメリカン/ナショナル・フットボール・カンファレンス)の決勝戦が行なわれていて、スタジアムはもちろんのこと、全米にあるバーやレストランなども盛り上がっていることは間違いない。自分は家のテレビでビールとチップスを両手に夫と観戦している。自分たちのひいきのチームではないけれど、それでもなんだかんだ盛り上がってしまうのがフットボールに限らずスポーツ観戦の楽しみのひとつのように思っている。今年のスーパーボウルは2月11日とのこと。スーパーボウルといえばハーフタイムのショウもおなじみではあるが、今年は現時点ではUSHERが出演するらしい。USHER・・・なつかしい。夫とも話したが、自分たち2人の中では知ってる曲が1~2曲程度でそれほど関心がない。個人的にはブルーノマーズが出演したときにはめちゃ盛り上がったような気がするが。スポーツといえば、野球も自分にとっては関心事のひとつで、当然ながらアメリカでも盛り上がるスポーツのひとつである。昨年は念願のMLBで大谷選手の出場する試合も観戦することができた。エンジェルスのアウェイゲームを観戦したのであるが、それでも、大谷選手がバッターボックスに立った時の、なんともいえないどよめきが忘れられない。ホームチームのファンにしてみればライバルなのに、それでもなんか彼をリスペクトしているような、言い表しようのない独特の雰囲気にボールパーク全体が包まれていたような気がする。その時の試合では大谷選手はホームランを打ったのだが、自分はビールを飲んですっかりと酔っぱらっており、その場の誰彼構わずにハイファイブをしていたのであるが、相手チームのファンの方々でも、そのホームランを称賛してくれて、ハイファイブに応じてくれたのがうれしかったし、何より、それを冷静に見ていた夫が大爆笑して、いまだに何かとネタにされている。アメリカでも野球ファン人口が減りつつあるなどと言われていて、そんな中で大谷選手はアメリカでも浸透しているのか、などという議論を以前に某ポータルサイトのニュースで見たが、あくまで私見ではあるけれど、自分が経験した限りでは、野球ファンの間では確実に大谷選手がMLBの中でもスターの一員であること、そして、敵味方ということではなく一野球ファンとしてその存在を認められていることを肌身で感じたので、自分としては、大谷選手と同じ国の出身で、日本人プレイヤーがこんなにも活躍してくださっていることを心から誇りに思うし、これからもその活躍を楽しみに今季の野球も楽しみに観たいと思っている。などということを飲んだくれながら記載していたら、NFCのチャンピオンは49ersに決まった。なつかしのモンタナが所属していたチーム。スーパーボウルはチーフスと49ersの対戦になる。夫は「あーつまんね。今年のスーパーボウルは観なくていいかな」と横でふれくされている。自分個人的にはマホームズが次世代のトム・ブレイディのように長く活躍してほしい、との期待も込めつつ楽しみに観戦したいなと思っている。もちろん、お気に入りのIPAビールを片手に。毎度のことながら、備忘録程度の内容を最後までごらんいただきありがとうございました。
2024.01.29
その1ではアメリカの保険制度のおおまかな内容を記載したのだが日本に長年住んでいた身としては、この国の保険制度がものすごく面倒なうえに保険料も高く、日本で医療機関にかかることのなんと恵まれていたことかというのをそれこそ身をもって感じる。昨年春に、この地に移り住んでからそういえば婦人科系の検診を受けていなかったことに気づき、義姉が通っているというレディースクリニックを紹介してもらって、予約をして検診を受けた。その時には、自分の現在加入している保険がそのレディースクリニックのプライマリーケアに充当するのかなど何も調べておらず、保険証とIDとクレジットカードだけ持って受けに行ったのだが、今考えれば当然だが、プライマリーケアのクリニックを通して受診したわけではないものだから、初診料もけっこうな金額を支払った。職場の同僚の方々から、医療保険に関していろいろと教えてもらううちに、その1で記載したように、自分はプライマリーケアのクリニックを決めて、そこを最初に受診しなければならなかったのだ、ということがわかり、高い授業料を支払った、と自分の事前の調査不足を悔やんだのである。昨年夏、仕事の出張とそのついでに友人たちに会うために約2週間ほどロードトリップに行った。そのずっと前、春の終わりくらいからか、右肩および鎖骨のあたりに違和感を覚えていたのだが、寝相の問題かなにかだろうと思い、枕を変えてみたりしてやり過ごしていたのであるがそのトリップから帰ってきた途端に、右肩、鎖骨、右上腕に強烈な痛みが走るようになった。腕を変に動かすと激痛が走り、その痛みは一瞬気を失うんじゃないかと思うほどだ。筋肉痛のレベルではないし、人生上経験したことのない痛みだったため、これはとんでもない病気なのではないかと心配になり、同僚に教えていただいたとおりに、プライマリーケアにかかることにした。英語がネイティブレベルからははるかに遠い自分の英語力では電話での受診予約も非常にハードルが高い。前述のレディースクリニック予約の際にも、あまりの自分の英語の理解力のなさに、1回目は途中で電話を切られたくらいだ。いつも自分の英語力の上達のなさに落ち込んでいるが、この時の落ち込みも半端ではなかった。なので、最近は夫の協力を仰ぐようにしている。クリニック側も「うちの妻は英語が第1言語ではなく説明するのが難しいから代わりに電話してます」といえばたいがい聞いてくれてスムーズにいくのでその方が話が早い。そのようなわけで、プライマリーケアを受診したのだが、初診のために、まずは貴女の基本的な体のデータから、ということで血液検査やら尿検査やら、関係ないことを調べさせられた。そのうえで、肩のX-rayを撮影し、くだされた診断はFrozen Shoulder、いわゆる五十肩であった。この地には、というよりアメリカ全体的にそうなんだと思うが、日本で五十肩と診断されたときに通うような整骨院、接骨院のようなところがなく、まずはPhysical Therapy、日本でいうところのリハビリ施設に通え、という診断を受けたので、その後週3回、約2か月Physical Therapyに通うことになった。日本での治療だと、あくまで自分の経験上だが、整形外科系の問題があった場合には、近所の整骨院に行き、低周波の電気器具を当ててもらい、そのあとはリハビリと療法士さんのマッサージを受ける、という感じだった。自分の通ったPhysical Therapyでは、電気器具での治療はなく、肩と腕が動くようになるメニューにのっとってとにかくリハビリ、動かすだけ、という感じだった。リハビリを受けるたびに激痛が走り、療法士は療法士で、なんで改善しないんだ?家でもしっかりとリハビリメニューは行っているのか?と疑われたりしながら、1か月後にドクターの経過観察を受診したところ「リハビリの成果が上がってないみたいだし、むしろ動きが悪くなってるみだいね。改善したいならもう手術しかないわね。それかもうあきらめるか。ここではもう無理。もし手術を受けるなら整形外科に紹介状を書くから」と言われた。手術・・・絶対にしたくない。どんだけ金がかかるかもわからないのに。療法士からは「改善するどころかどんどん肩が動かなくなっているから、引き続き通ったほうがいい」と言われたので、請求は怖かったけれど、とりあえずあと1か月、週1回に減らしてもらってセラピーを延長することにした。おりしも延長のリハビリが終わるころには日本に一時帰国の予定があったため、セラピーを終了する言い訳にもなると、粛々とセラピーを受けて、終了した後に日本に一時帰国をした。日本帰国中にセラピーの請求がメールで届いた。WEBサイトにアクセスしたところ、請求が約2,500ドル、現在の日本円だと、仮に1ドル145円として、約36万円・・・。マジでありえない、と思い、夫に協力を仰ぎ、保険会社に電話をした。こんな金額支払えない、と訴え出たところ、保険会社のファイナンシャルカウンセリング、みたいな部署に転送される。そこで、現在の自分の所得など根掘り葉掘り聞かれたうえに下された診断は、あなたには支払える金額だ、と。この意味は自分がたくさんの所得があるということでは決してない。無所得ということではないから分割にしてでも全額支払え、ということである。まじかよ。日本に帰ってから、自分の英語力にも、セラピーの信用度にも自信がなかったので、日本にいたときに通っていた整形外科兼整骨院を受診した。「レントゲンも見たけど、もう典型的な五十肩だよね。アメリカでリハビリ受けたの?初期はそんなに動かしちゃダメなのに・・・。五十肩は時間はかかるけど、タームによってセルフケアすれば時が経てば動くようになるから!」日本の健康保険がないから全額自己負担だったのに、それでも初診料は10,000円はしないくらいだった。言葉や文化もあると思うけれど、日本とアメリカでこんなにも五十肩の扱いが異なるとは。そして、費用も。今後、この高額な医療費にびくびくしながらアメリカで生活しなければならないのか、とかなり臆病になっている。まあ、これもまた運命なのか。アメリカという国が推奨する予防治療だったり、大量に売られているさまざまなサプリメントだったり、そのようなものを駆使して人生長生きするようにセルフケアしていくしかないのか、この低所得者は。。。そんな、半ばあきらめの気持ちを持ちながらも、ここで生きていかねばならないので、なんとかして仕舞いするためにできることをやっていこうと思っている。そういえば歯医者の請求も高額だったなあ。またそれは追い追い備忘録として記載していこうと思います。
2024.01.21
滞在も3,000日を超えると、この地でどうしても医者にかからなければならないことが出てくる。アラフィフともなればなおさらである。絶賛更年期。さまざまなところにガタが来るようになる。生きている以上、こればかりは仕方ない。日に日にポンコツ度合いも増していくことは非常につらいが、だましだまし自身の身体に向き合っていくしかない。アメリカで医者にかかるということについてを記載しようと思うがあくまで自分の経験しているケースなので、すべてのアメリカ在住者に当てはまるわけではないことをあらかじめ記載させていただく。そして説明にも知識不足や不備が大いにあると思うので、ざっくりとこんな感じ、というイメージで読み流していただければと。もっと詳しくアメリカの医療保険について知りたい場合には、ここではなく、正しく詳しい説明をされているサイトがわんさかあると思うのでそちらをご参照いだだきたい。現時点でのアメリカの医療について、医療保険、medical insuranceというものは日本とは異なり、民間の保険会社に各人が加入することになる。日本のような国民健康保険、社会保険というシステムとは異なる。自分自身が今までに加入してきたアメリカの医療保険の経験談であるが(現在も含め)その州、その地域、あるいは全米を管轄する保険会社が何社かあり、自分が勤め人であれば、勤め先が加入、あるいは契約する保険会社のプランに加入することになる。保険の費用についても、勤め先が保険会社と契約するプランによるし、勤め先が100%自分の保険代をカバーしてくれるところもあれば、給与からプランに応じて控除される場合もあり、それは状況によって様々だ。なので、もし現在仕事を探している人は、求職する際の条件として、雇用先が自分の保険代カバーしてくれるか、カバー率がフルなのか一部なのか、それとも全額自己負担なのか等も非常に重要になってくると思う。保険会社および受診の流れについてだが自分の経験した中ではものすごくざっくりと言って2種類のタイプがあった。1つ目は、保険会社が提携をするプロバイダー(クリニック、医師等)の中から選択して、そのプロバイダーを受診するタイプである。おそらくこれが一般的なタイプかと思う。もちろん保険プランによって異なるとは思うが、一般的なフローでは、緊急を要する以外では自分の選択した「プライマリーケア(ファミリードクター)」いわゆるかかりつけ医に行き、そこで治療を受けることになる。かかりつけ医の手に負えないようなことの場合には、かかりつけ医からスペシャリストにテイクオーバー(日本でいうところの紹介状を書いてもらう的な感じ)されるようになる。特に外科、整形外科、などの内臓系のトラブルではないものはスペシャリスト率が高くなると思う。はじめからスペシャリスト(専門医)を選択することも不可能ではないが、初診料がおそろしく跳ね上がる。保険を適用させてなるべく安価で治療を受けるには、プライマリーケアのプロバイダーを選択し、そこで受診することが最初である。2つ目は、医療組織(病院、医院)を運営する保険会社に加入して受診するタイプである。ざっくりイメージだが、日本でいうところの済〇会や徳〇会など、全国的に展開する大きな医療組織が保険会社を持っていて、加入すればそこのグループ内のクリニック、ホスピタルで受診できる、というタイプである。数年前に自分はこのタイプの保険に加入しており、Emargencyからの外科治療を受診した経験がある。その時が当時加入していたその保険を使った一番最初だったのだが、退院してからも予防治療やインフルエンザの予防接種、女性特有のがん検診(乳がん、子宮がん)など、お知らせが頻繁来るようになったり、場所も近くのクリニックにすべての科があるので受診する科によって異なる場所に行かなければならない、ということもなく1か所で済んだので、とても楽ちんだったな、と思っている。さらに、いわば総合病院的な感じなので、自分のヘルスデータは一括で管理されているから、症状やかかる科にとらわれずにその病院が管轄するドクターにかかれることは、このめんどくさがりな自分にとってはありがたいシステムだった。このタイプについても、初診でかかりたい場合には、そのクリニックのプライマリケア部門に診療予約をしてかかることになる。そこから病状や緊急度合いによって専門分野の科に転送されることになるかと思う。上記の2つのタイプ以外にも、いわゆる低所得者向けだったり、高齢者向けだったり、自分のおかれている状況に応じて加入できる保険もあるが、それについてはまったくわからないのでここでは省かせていただく。ざっくりとこんな感じなのであるが、重要なことが2点。1つ目は、加入している保険のプランがデンタルケア、あるいはヴィジョンケアをカバーしているかどうかである。歯科と眼科はカバー外、というプランも多いのである。言い換えればそれだけ受診する人たちが多いということなんだろうと。2つ目は、緊急時についてである。日本で救急車を呼んで搬送される場合に支払いは生じないと思うが、アメリカでは救急車で搬送された場合にはしっかりと請求が来る。自分は幸いにして搬送されたことがないので聞いた話になるが、緊急の際、救急車を呼んで、救急隊が自分を搬送する前までは費用はかからないらしい。しかし、救急車に乗って病院に搬送されるその時から費用が発生するらしい。上記はあくまで聞いた話なので、不確定な話として100%を信用しないでほしい。現在自分の加入している保険プランについても、救急搬送について、いくらまではカバーする、というふうになっている。なので、実際の搬送費用がいくらなのか、おそらく州や地域によっても異なると思うので、少なくとも費用が発生する、ということだけ掲載をするにとどめようと思う。長々と記載をしてしまって、だから何なの?って感じの備忘録になってしまっているが、じゃあ、何が大変だったの?ということは次の回に書こうかな、と思います。
2024.01.14
あっという間の1週間。残念ながら特記事項がない。通常の業務開始時間より若干遅く出勤し、来週までは上長の手伝い程度なのでそれほど稼働はしなかった。いつもは同僚たちと持ち回りで行うトイレ掃除をひとりでいつもより念入りにやった、くらいだ。家でWebサイトを見ながら、北陸の震災と航空機事故のニュースを見ていろいろと思いをはせる。ニュースを見るたびに心が痛いのだが、せめて自分にできることを、と思って募金をしてみた。即効性はないかもしれないけれど、いつか、困っている方々のもとに届きますように、と心から祈っている。そういえば年末に同僚のLから新しい熟語を教えてもらった。Plausible deniabilityきっかけはささいなことで、最初Lが説明している意味がわからなかったのであるが、深掘りしてきいていくうちに、なるほどね、って腹落ちした。それを夫に伝えてみた。「LからPlausible deniabilityっつー言葉を教えてもらったよ。最初はイミフだったけれど、これって、例えば腹黒い政治家が不正をしたときに、自分が悪いんだけれどその証拠がないから、俺は何も知らない、秘書が勝手にやったことだ、って説明するってことでしょ?」「その通り」そこからは、政治の討論が大好きなアメリカ人(夫だけ?いや決してそんなことはない)の長い話が続いたが、日本のニュースを見ているとこの言葉がなんかタイムリーに覚えることができたなぁと思ってしまった。あ、今思い出したが、昨夜は家から車で約40分くらいの某タウンのインディアンレストランにディナーを食べに行った。アメリカの田舎町で食べるアジア系の料理の中ではインド料理やタイ料理は比較的にいけるような気がしている。もちろん、本場の方々に言わせたらどういわれるのかは分からないけど。それは、この国で日本料理を食べる時に抱く気持ちと同じだろうと思う。追い追いこの備忘録を書き連ねていく中で、今の自分のライフスタイルがどんな感じなのか、それについてどう思っているのかというのを小出しにリビールしていこうと思っている。
2024.01.08
2024年が明けた。このブログの最終更新が2016年の12月、およそ7年も放置していた。それから今日に至るまでそれはいろいろなことがありすぎたのだが、とりあえずは無事に新年を迎えることができた。WEBサイトで見たところ、北陸で大きな地震が発生し、たくさんの被災されている方がいらっしゃるとの報道に心を痛めている。被災された皆様へ、心よりお見舞い申し上げます。くれぐれもご自身のお身体の安全を第一に行動されますよう。一刻も早い復旧と、穏やかな生活に戻られますよう心よりお祈り申し上げます。-----ここアメリカの田舎町は、どんよりとした曇り空の新年を迎えた。寒いので、たばこ以外で外には出ていない。そして、アメリカでは、正月の休みは元旦のみという企業も多く、自分もそれにずっぽし当てはまっているため、明日からは普通に仕事。普通に3連休、といった感じだ。昨夜は大晦日、今日が休みということもあり、羽目をはずしてお酒を飲みまくってしまった。幸いにして二日酔いにはならなかったが、今日のお酒はほどほどにしておこうと思う。だが、いつも通り、その決意はあと何時間後には忘れ去られているだろう。そう!このブログを再開した背景には、年々物忘れも増えてきたこの頃、備忘録をつけておかないといけないという焦りがあったのである。WEBサイトで見たら、2024年1月1日は、新しいことを始めるのにいい日だ、と記載があった。新しいことではないにせよ、再開することもいいだろう、と極めてポジティヴに発想の転換をしたところで、今こうしてしたためている。2024年も自分と家族、そして周りの大好きな方々が穏やかに過ごせますように。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
2024.01.02
そして今日は、なんといってもこの旅で楽しみだったことのひとつである、心の友のTの再会が待っている。Tとは自分の居住している某地で約1年半前に再会して以来だ。Tも2児の母となり、毎日忙しくしていてなかなか某地にも戻ってこれない、と嘆いていたが、それでも慣れない土地で子育てを頑張っているのだな、と思うと自分は彼女よりも年上なのにいまだにふらふらとしていて何をやっているのかと、たっぷり落ち込む。お互いの状況は変われど、相手を思う気持ちに変わりはない。まあ、とにかく、再会を心待ちにしていたのである。昼前にTが子供のAとともに車でホテルへ迎えに来てくれる。外見はまったく変わっていない。久しぶりの再会を喜ぶ。お子さんもいるから、ということで、Tのお家でまったりと今まで積もりに積もった話をしようということになる。Tの家は、ラスヴェガスの繁華街から車で20分くらい離れた閑静な住宅街にある。「狭い家だから」と本人は謙遜するが、新しくてとてもりっぱなお家だ。コーヒーをいただきながら、とにかくしゃべくりまくる。ここに酒がなかっただけ幸いだ。(Tは子供ができてから飲めなくなってしまったそうである)酒でも入ろうものならこれ以上におしゃべりが止まらないであろう。あっという間の楽しい時間。再会できてほんとうに本当にうれしかった。どうもありがとう!また必ずここか某地かそれとも日本で会おうね、と約束する。Tに次の約束の場所へ送ってもらい、次はまた某カジノホテルなのであるが、ここでMさん親子に会うのである。Mさんに実際にお会いするのは初めてだったのだが、一言で言うとさまざまな人生経験を重ね、胆のすわったお姉さま、という感じだ。もし上司だったらきっと頼りになるというか頼りすぎてしまいそうである。このカジノホテルの中にあるブッフェのレストランでの会食であるが、ここでもカジノカードがあれば飲食はたったの11$でいいのだという。(カードは別途作成をしなければならない。でも作るだけで賭ける必要はない)ブッフェなので当然食べ放題。アルコールは別料金なものの、ソフトドリンクやもちろんデザートもふんだんに用意されている。カジノパワーのすごさをここでも目の当たりにする。すげー、カジノ。ヴィヴァカジノ!すっかりと満腹になり、さて、夜こそカジノへ行くのかと思いきや、Dのこの地に住む友人が昨夜も行った某バーに来るから参加してほしい、とのたまう。「ていうか、スロットマシーンが・・・」と言いかけるが、ここは素直に従わないと、と思い、ぐっと飲み込む。店内は、この日の催し物?であるトリヴィアゲームで大盛り上がりだ。参加してない自分達も、出題されているのをマイク越しに聞いて、「この答えは○○だ」「いや、違うって、××だって」と十分に楽しめる内容である。昨日同様にすっかりと酔っ払い、この旅をしめくくった夜となったのである。
2016.12.06
いよいよこの長旅も終盤に差し掛かってきた。今日からの2泊は、旅の最後の目的地であるラスヴェガスである。前日までの段階で、地図を眺めていたらフラッグスタッフの下に「Sedona」と書いてあるのを発見した。ていうか、あのセドナ?パワースポットのセドナ?某有名人の方が結婚式だか新婚旅行だかで訪れたというセドナ?地図を見る前までは、セドナとグランドキャニオンとフラッグスタッフの位置関係がわからなかったので、セドナについては今回の行程にはまったく入っていなかった。それに、グランドキャニオンほどの興味もなかったというのも事実である。でも地図を見たら、ここから約1時間くらいで行けそうじゃん。それに、たぶん、この機会を逃したらきっと来ることもないだろうし、あったとしてもすごい先のことになるだろう。だったら、行かないよりも行った方がよい。と思ってDに「もし、時間があれば、朝早めに起きてセドナに寄ってからラスヴェガスに向かうことは可能でしょうか?」と尋ねると「うん、そんなに遠くなさそうだし、行ってみようか」ということになり、急きょセドナ観光に行くことになったのである。朝起きて、昨日同様フロントに用意されている簡単な朝食とコーヒーをいただき、いざセドナへ。もともと標高の高い地域ではあるが、地図を頼りに目的地の方向に向かっていくにつれて谷を降りていくような感じになり、谷間をドライヴしている感覚だ。谷間の光景も、朝日に輝く岩肌がまた美しい。これからの観光に期待が持てそうな感じである。地図と携帯のGPSを頼りに、その付近だと思われるところに来た途端に視界が開け、道の脇にさまざまなお店が立ち並ぶエリアが現れる。なんか想像していたのと違うような感じだ。あくまで自分の想像と感想であるが、先住民の魂の宿る場所(なの?)だからもっと自然の中にあって、それこそ今まで旅をしてきたような、砂漠の他に何もないみたいな感じを想像していたのだ。でも、至る所にある「スピリチュアル」「占い」「Vortex」の文字。便乗したパワーストーンやアクセサリーその他の販売。スピリチュアルに関係あるのかないのかわからないけれど、多くのレストランやホテル(宿)。建物自体は、周りの景観になじむようにほとんどが茶色なのだが、それが却って人工的な感じがする。一番最初に飛び込んできたのがその光景だったので、ちょっと興ざめもするがそれでもせっかく来たし、楽しまないとと気を取り直して早速観光案内所に向かう。親切な担当者の方が、なんにも調べて来なかった自分達のためにここだけは見ておいた方がよい、というスポットをいくつか紹介してくださる。それにしても、オフシーズンだと思われるのに、自分を含めた日本人をはじめ観光客のなんと多いこと。下手したらグランドキャニオンよりも人口密度的には多かったのではないだろうか。さすがはパワースポットだ。セドナを一望できる高台に行くと、圧巻の光景だ。渡された地図にはVortexの場所も書いてあって、ふむふむ、あの山のところからパワーが出ているのかな、などと思いながら景色を楽しむ。岩場に立つ教会や他のポイントなどざっと3か所くらい回ると、すっかりといい時間である。グランドキャニオンに同じく、もっと時間をかけて、それこそ車ではなく自分の足で回ってみるともっとそのパワーというものが感じられるのかもしれない。「偶然行ってみることにした」という自分らにとっては半日でここを感じるというのは短すぎるのかもしれない。ただ、ゆっくりしていると、それこそ今日の目的地であるラスヴェガスに着くのが遅くなってしまう。若干の名残惜しさを感じながら車に乗りこみ、ラスヴェガスに向けて車を走らせ(てもらう)るのである。ハイウェイを使い、昨日までいたキングマンからLA方面ではなく、別のハイウェイを使ってラスヴェガスに向かう。「途中にこの地で有名なフーバーダムがあって、とにかく壮大だから見るといいよ」と言われるも、その脇を通る時間はすっかり日が暮れていて何も見えない。日が暮れて夕方にやっと到着する。ホテルは、いわゆる「ストリップ」と呼ばれる通りからは少し離れているのだがとても大きなホテルで今までモーテル的な小さなお宿に泊まっていたので気おくれする。初めてのヴェガス。訊いてはいたが、ほんとにどこもかしこもカジノだらけだ。しかも、喫煙者にはうれしいスモークフリー。賭け事さえやっていれば飲み物はタダなのだそうである(チップは別)。夜は、ホテルの近くのバーで、元の同僚と再会。お互いに積もる話があって、あっという間に時間が過ぎていく。っていうか、日本語を話したのも久しぶりだ。眠らない街で、文字通り寝ないでギャンブルもしてみたいのだが、楽しい宴ですっかりと酔っ払い、カジノどころではなく寝てしまうのである。
2016.12.05
今日はこのキングマンというところから一路グランドキャニオンを目指すのである。そう。この国に滞在し、住むことになるずっと前から、アメリカという国を訪れたらグランドキャニオンに行ってみたいとずっとずっと思っていた。実際にはグランドキャニオンがどの州のどの位置にあるのかもわからずにただ漠然と思っていただけなのであるが今回の長旅でDに「どこか、行きたいところはある?」と訊かれた時に、その距離感とかを全く無視して「グラントキャニオンに行きたいのですが、行くことは可能でしょうか」と提案したところ、「おお!それならそのような行程を組もう」と、自分の提案を快く受け入れてくれそれにともなった旅の企画をしれくれた。前述したがユッカヴァレーから、本来なら次の宿はグランドキャニオンを目指す人の玄関口と言っても過言ではない(とは後でわかったことだが)フラッグスタッフという街に滞在する予定だったが、このキングマンからでも、グランドキャニオンを目指すのにはそう遠くはないらしい。朝起きて、ホテルのフロントに用意されているコーヒーと簡単なペストリーをいただき、一路グランドキャニオンを目指す。途中休憩をはさんでも、それほど時間はかからなそうだ。ハイウェイを使い、グランドキャニオンの南の玄関口である、麓の入口に到着したのは昼過ぎ。近くにあるレストランでピザの昼食をいただき、いざシーニックポイントに向かうのである。地図を見てみると、いくつかの見どころがあり、中には車をいったん駐車場に置いてトロリー的なもので向かうところもあるらしい。今は冬なので、そうそういないとは思うが夏の穏やかな気候の時にはトレッキングやキャンプがてら来る人たちも多いようである。長いことあこがれていたこの地に初めて降り立つ。想像通り、いや想像以上の雄大な眺め。雲一つない青空、太陽の光に渓谷の地層がきれいに反射し、なんとも言えない幻想的な色彩を放っている。やっぱり、ここに来てよかった。心からそう思う。いくつかのポイントからの眺めを堪能するが、なにしろ広い。ポイントポイントを移動するだけでも時間がかかる。「ていうかさ、ここは本来半日で来るところではないよね。少なくても1日それ以上でゆっくり回るところだよ」とはDの弁だが、ごもっとも。半日だけではもったいないと思う。とはいえ、そんなにゆっくりとする時間もそれはそれでない。それに、本当ならヘリやセスナで上空からこの巨大な渓谷を眺めるというプランもあるが、なにしろ高い。これまでの長旅で相当金も使っているため、セレブな観光はあきらめて地上からの眺めを十分に楽しんだのである。先ほども記載したように、今日の宿泊はフラッグスタッフという街である。そこへ向かうがてら、薄暮の中のコロラドリヴァ―の支流の眺めも堪能する。グランドキャニオンの国立公園から少し車を走らせたところにあるのだが、この眺めもまた雄大ですばらしい。っていうか、グランドキャニオンで十分に満足した人たちが多いのかこのシーニックポイントに立ち止まる人はまばらで数えるほどだ。街道をまっすぐに降りて、日も暮れた夜の早い時間にフラッグスタッフに到着。昨夜のキングマン同様、この街も宿泊するのにはまったく問題ないというか比較的に大きな街で、レストランや宿泊先にも困ることがない。もちろん、夏の繁忙期は混み合うことは間違いないだろうが、この冬の閑散期でも、それなりに繁盛しているようだし夜にいただいたディナー先である、ダブルツリーホテルの中にある鉄板焼レストランも、アリゾナの小さな街価格でありながらとても美味しかった。ドライヴでこの街を訪れる方におすすめのレストランである。すっかりと、グランドキャニオンの自然を堪能し、今回の旅の目的をひとつ達成し、とてもうれしい一日となったのである。
2016.12.04
ていうかここには当初、3泊をする予定でいた。だが、いとこのDの仕事上の都合により、1日早く切り上げることとなり今日の昼にはここを出発し、それぞれの目的地に向かうことになる。回想しながら記載している今だから言えるが、この判断は、後の行程に好影響だった。まあ、あと1日ここにいても、特に何もすることがないのではあるが、この次の目的地は、ここユッカバレーから車で7時間くらいかかるそうなのである。1日滞在が短くなったので、次の目的地に行く途中の小さな街まで行ってはどうか、そこならここから5時間弱で着くし、次の日の行程も楽になるのではないか、といとこのDに素晴らしい提案を受け、途端に(ていうか前々からだけど)Dのことを頼もしく、そして大好きになるのである。簡単な朝食を作り、片づけをして、このキャンプ地を後にする。次来ることはあるのだろうか・・・。でも貴重な体験だった。ありがとう。昨日も来た、麓のカフェでコーヒーを飲み、いとこのDからこの後のルートを教えてもらう。そういえば、旅のはじめからDが「ルート66が、ルート66が・・・」としつこいくらいに言っていたのだが次の目的地に行くのにこのルート66を使うらしい。もっとも、その目的地に行くにはこの66号を使わないで、ハイウェイを使った方が少しは早いのであるが、Dがどうしても66号で行きたい、と言って聞かないため、とはいっても急ぐ旅でもないからと、素直にその意見に従うのである。お世話になったGといとこのDとはここでバイバイ。彼らは家のあるLAに向けて戻っていく。自分らは、ここからは66号をすすんでアリゾナ州に向かうのである。1日浮いたその日の目的地をアリゾナ州の北西にあるキングマンという小さな街に設定した。ルート66というのになぜDがこだわっていたのか、というのが実際に道を進むとわかるのであるが、まあ、昔の歴史的な街道で、今年が確かその街道ができて90周年という記念すべき年らしい。規模は違うけれど、東名を進まずに旧東海道で旅をしているような感じだろうか。だが、東海道とは違い、この何もない砂漠の中、ただ1本道があるだけである。時折、並走する線路に貨物列車が通り「あ、列車だ」という以外は何もない道だ。30マイルくらい走るごとに昔は栄えたであろう街の名残が残るところが見られるが、今はもう誰も住んでいない廃墟である。そんな同じような光景が繰り返されていきながらのドライヴであるが、ルート66を離れ、ハイウェイに乗ってからは、所々ガソリンスタンドやちょっとしたお店があるような街も見られるようになる。すっかりと陽も暮れた夕方に目的地のキングマンに到着。宿を手配していなかったので、早速サイトをチェックしながら宿探しである。前にも書いたが、こちらは完全な車社会のため、宿も車での来客向けによくいうモーテル的なタイプのところが多い。平屋かあるいは2階建てで、日本にあるアパートのように、外階段と外廊下があって、それぞれの客室がある。部屋の目の前の駐車スペースに車を停めるタイプだ。特に大きな観光地でもなさそうだが、他の街とをつなぐ要所的なところらしく、国道沿いは栄えているし、ホテルもたくさんある。チェーン店的なレストランはもちろん沢山レストランもあって、食べるのには困らなそうだ。無事に宿を手配し、夕食はメキシカンにする。無事に着いたという安ど感と旅の疲れでビールを飲んだらすっかりと眠くなり、明日の観光に備えて早めに就寝したのである。
2016.12.03
朝、まばゆい日差しのもと起きて外を見るとひぇぇぇぇ!一面、砂地と定期的に植わっているサボテン、まではいかないが、砂漠の植物、という光景である。昨夜、ここに着いた時にはもう真っ暗で当然街灯などあるわけなく、とはいえすれ違う車など皆無のため、ハイビーム全開で進んできたのであるが。肉眼では生まれて初めて見た風景だ。キャンプ?えーーっ・・・。と言って渋々来たが、まあ、こんな光景はなかなか見られるものではないので、人生初めての機会を単純に楽しもう、と切り替えてみたのである。まずは、Dと待ち合わせがてら、朝食をということで、里(ふもと?)まで降りた某カフェに向かう。っていうか、ここまで来ないと携帯が通じない。正確に言うと、この店に設置しているWi-Fiしか通じない。Dと再会し、ここで軽く朝食を食べる。とはいえ、あまりお腹も空いてなかったため、軽くベーグル程度にとどめる。「ていうか、ほんとにここは何もないところだけれど、とりあえずジャイアントロックでも行ってみる?」とDが提案してくれたので、何をすることもないし、とりあえず行ってみようということになる。途中からは舗装された道路がなくなり、ひたすら砂地を進む。ふとDを見ると、おもむろに缶ビールを取り出して運転しながら飲んでいるではないか。「えーー?大丈夫なの??」「ていうか、こんなところおまわりも誰も来ないよ。マイルールで、砂地を運転している時はビールを飲んでもいいということになっているんだ」なんとも勝手なルールではあるが、そういうなら、ということで、対向車も後続車もまったくないのをいいことに自分もお相伴に与るのである。ジャイアントロックと呼ばれているところに到着する。ジャイアントと呼ばれているだけあって巨大な石というか岩である。そして、その岩の一部がはがれている。Dによると(自分の訳が合っているかは不明だが)第二次大戦時に、ここに一人の男の人が岩の下に住んでいて、その人はFBIに追われている、という妄想を抱えていてFBIが来た時に観念してその岩の下の洞窟で自ら果てた、という伝説があるところらしい。自然の大きな力というものを十分に感じながら、さて、おなかも空いたね、ということで、ランチがてら、街に戻り付近を散策しよう、ということになる。「パイオニアタウン」と呼ばれるこの街は、昔から西部劇などの映画の撮影地として使われる有名な街なのだそうだ。たしかに、映画のセットになりそうな旧い街並みを模した建物や小道具が至るところにある。そして、周りは広大な砂漠である。一通り回って、近くのレストランで乾杯。ていうか、乾燥と日中の日差しの強さですっかり肌はボロボロだ。日も暮れてきたので、日暮れ前にキャンプ地に到着し、Dはこのキャンプ地の目玉であるサウナの準備に取り掛かっている。お手製とはいえ、立派なサウナだ。日本の銭湯にあるようなサウナとほぼ同じドライサウナである。日も暮れて、すっかりと準備が整って購入したフィットネススーツを着込んでいざサウナに入ってみる。っていうか、熱い!無理。「熱すぎます!もう出ます!」と叫ぶと、面白がるDが「いや、まだまだ!」と言って、サウナストーブに水をかける。熱い蒸気が鼻の穴を直撃して痛い。「ひぇぇぇぇ!もうやめてください!」と絶叫するとGやいとこのDも大爆笑である。とんでもない砂漠の中の体験。でも、こんなことはなかなかできるものではない。あくまで肯定的に事実を受け止めつつ、飲みすぎたらトイレに行けない、とばかりに早めに退散して就寝することになったのである。
2016.12.02
今日から3日間の予定でCAのはじっこのユッカヴァレーというところにキャンプに行く。キャンプといえば、いつもTらとともに行っているキャンプを想像し、テントを張ったり、キャノピーを設営したりとするんだろうな、と思うが、この真冬のしかもヴァレーというんだから谷なんだろうな、そんな寒いところでこの時期になぜキャンプ?と、まったく参加したくないのだが、自分ひとり行かない、などということは決してできないため、仕方なく参加することになるのである。とはいってもDの話によるとGとDが所有している敷地には、古いトレーラーハウスが2台あって、夜はその中で寝ることができるということなので雨風や寒さはどうやらなんとかしのげそうだ。とはいっても「そのトレーラーの中にはトイレはありますか?」と尋ねると「うーん、まあ行けばわかると思うけどまあ、あるっちゃあるけど、普段は使わないな。外でも十分だよ。っていうか、大きな方は事前に済ませておいた方がいいね」っていうか不安だ。不安になったところで何も解決策はないので、ひとまず、昼過ぎにDとGとともに車に乗って、一路ユッカヴァレーを目指すのである。Dは仕事があるので、翌日の朝から合流だ。途中のウォルマートで食材を購入するとDが「っていうか、水着は持ってきた?」「・・・あの、この真冬に泳ぐのですか?」なんでもDとGによると、キャンプ地にはDのお手製のサウナがあって、みんなで水着を着て入ろう、というのである。っていうか、サウナを作るくらいだったらまともなトイレも作ってほしい、というところであるが、そんなことを言っても仕方ないので、だまって水着を買おうと店員に訊いてみるも、こんな真冬に水着なんて売ってるわけないだろう的な顔で、「水着は置いてません」と言われる。水着に代わるフィットネスウェア的なものを安く購入し、ユッカヴァレーに向かうとすっかりと陽が暮れている。「トレーラーに向かう前に、このバーで飲んでいくよ。あ、今日最後のトイレ休憩だから、大きい方がしたかったらここでしていってね」・・・そんな急に言われても、出るわけがない。谷のふもとのこのバーは、この界隈でもとても有名らしく、平日の夜だというのに沢山のお客様で賑わっている。3人でやっとここまで来た、お疲れさんとばかりにビールとイエガーマイスターのショットで乾杯。お腹もすいたので、タコスやナチョスなどのメキシカンを注文する。ここの名物は、裏庭にある巨大なグリルで焼くステーキなのだそうだが、残念ながらそこまでは食べられなそうだ。食事を終えて、そこから真っ暗闇の中約30分かけてトレーラーに到着する。さ、さ、さ、寒い。これはもう早く寝るに限る、とばかりに酒で身体を内側から温めながら眠りについたのである。
2016.12.01
朝は昨夜のレフトオーヴァーと、新鮮な玉子を使った朝食にする。Dと自分が担当して作ったのであるが。この玉子は前回の滞在時にも記載したのかもしれないがGの家の裏庭で飼っている鶏が産んだ新鮮なものである。裏庭に鶏が10羽くらいいて、大きな檻の中でコケコッコーと鳴いている。この家は、そのほかにも、食材のあまりはコンポストで堆肥に再生しているし、なかなかのエコな家なのだが、それ以外のごみについてはあまり関心がないようで、どこのアメリカの宅とも似たように、燃えるごみもそうでないものもいっしょくたである。(さすがに瓶と缶くらいは分別しているのであるが)LAは車社会であることは、だいたいの方がご存じだろうが、車ばかり乗っているとなかなか歩かない。そろそろ歩きたいな、とばかりに、朝食後にGの家の付近にある某公園までお散歩をしようと試みる。12月だが、おだやかな日差しと心地の良い暖かさ。ミッドウエストの時は昼でも5度とか、日によっては0度とかだったのがうそのように日中はボアパーカーを着ていると汗ばむくらいだ。車で通った感じだと、往路15分くらいかなと思っていたら、実際はその倍くらいあって往復で3.5マイルくらいあったけれど、この運動不足にはお散歩がてらちょうどよい。明日からはGといとこのDの所有する、某地のキャンプに向かう。真冬のキャンプなど体験したことないのでいささか不安に思っていっるとDが「とりあえず、これから1週間レンタカーするから車をピックアップしに行こう」というので、それに従うことにする。車を借りた帰りに、ホームデポ的なところでキャンプに必要なものを準備し、夜に備える。夜はこの地で行われる、NHLの試合をみんなで見に行く。LAはキングスというチームがホームで、ホッケーなんで生で見たことのない自分にとっては、強いのか弱いのかもわからないが相手チームのシャークス(サンノゼ)は前回スタンレーカップという野球のワールドシリーズのような決定戦まで進んだチームということは知っているので単純に強いんだということはわかる。初めてのホッケー観戦だが、なかなかの迫力である。氷上の格闘技と呼ばれるだけあり、選手も見ているこちらもだいぶ熱くなってくる。初めてのホッケー観戦はなかなかの見ごたえで面白かった。興奮さめやらぬまま、DやB、こちらの友達のSとともに温かな気持ちで家路を急いたのである。
2016.11.30
LAの滞在も人んちと言えば人んちなのであるが、それでも、Dの弟やいとこなど同年代の方々ばかりなので、若干緊張も薄れる。前回お邪魔した時には、GとBの住む家の1部屋が空いていたのでそこにお邪魔させていただいたが、今回はその部屋に住人が入ったということでGの部屋をお借りすることになった。Gには3日間リヴィングで寝ていただくということで若干申し訳ないと思いながらも「全然問題ないよ。ゆっくりして」というお言葉に甘んじるのである。前回のLA滞在時は、2日間という強行なスケジュールであったために、ほとんど観光と言う観光をしなかった。唯一、到着してすぐに「どうしてもハリウッドに行ってみたいんです。」とお願いしてそのサインが見渡せるところに連れて行ってもらい、その後に有名人の名前が埋められているRoad of fameだったっけ?そのようなところに連れて行っていただいたがそれだけ。今回は少し時間もあるからと、Gが気を遣って「どこに行きたい?」と訊いてくれる。とりあえずは、お決まりのビバリーヒルズあたり行ってみたい、というがDもGも「ていうか高級住宅街ってだけで、特に何もないけど・・・」とのたまう。「えー、でもロデオドライヴとかさー、行ったことないんだけど・・」というと、それなら、ということで連れて行ってもらう。ハリウッドの裏側から山沿いにドライヴがてらすすんでいく。途中の家並みはさすがはハリウッド。この中に有名な方々のお家があるんだろうな、と思うが残念ながら誰の家かもわからない。途中見晴らしのよいシーニックポイントで車を停めて休憩。LAの街を一望できるすばらしい景色。おりしも快晴とあって街全体が金色に輝くかのようだ。その後は、希望のロデオドライヴに連れて行ってもらうが、ショッピングに費やす金などどこにもない。さっさとあきらめて、庶民の味方。トレーダージョーズで食材や日用品などを購入して戻るのである。夜はGの家に友人たちを呼んでディナーパーティ。庭のグリル台で大きく脂ののったステーキを焼いたり、マッシュルームを焼いたり、とビールやワインを飲みながらの語らい。LAでの楽しい夜は夜が更けるまで続くのである。
2016.11.29
ミッドウエスト滞在も今日が最後。今日から西海岸へ移動する。思えばこんな妙齢の英語もろくすぽ話せない女を快く?迎えてくださり、そして誕生日のセレモニーをしてくださったDファミリーには感謝以外の何物でもなく、空港行きのコーチバスを待つ中もなんだか涙があふれてくる。そういえば日本ではふつうに使われている自撮り棒。この旅で使うことになるかな、と思って日本から持ってきたものを携行したのであるが、誕生日ディナーでそれを使ったところファミリーみんなが興味深々。だけど使い方わからない、的な感じで、それでも好評だったので、今までお世話になった御礼に、と、自撮り棒をお土産に置いていこうとすると、パパさんが「君はこのセルフィースティックを置いていってくれるのかい?(若干のサーカスティック的要素を入れつつ)ありがとう」と言われる。たくさんお世話になったのに、お礼が自撮り棒なのが大変申し訳ないなと思いつつ(もちろん、お土産は持参したけど)次回もし来る機会があったら自撮り棒以上の日本的お土産を持って来よう、と心に誓うのである。空港行のコーチバスに揺られて約2時間。来るときはあっという間だった風景をのんびり走行するバスの車窓から名残惜しく眺めながら空港までの行程を過ごす。空港の中のアイリッシュバーでこの地の地ビールと食事をたしなみ、あとは機内で寝るだけだな、と思っていたのだが、機内でDが頼んだトマトジュースをD自ら自席でこぼしてしまったのである。何度CAコールをしてもCAが来ない。やっと来たのが20分後。Dがブチ切れている。CAも一応は謝るが態度は「なんで私にキレるかな。意味わかんね」的な態度がありありである。やるせなさと怒りで真っ赤になるDをなんとかなだめて次の目的地であるLAX空港に到着するのである。空港にはDのいとこのBが迎えに来てくれた。Dがバゲージを待つ間にBに機内での事の顛末を(超つたなく)話す。「ええええ?ひどくない?」とさんざんお互いに会話した後に合流したDが同じ話をするものだから一気に爆笑である。ミッドウエストとはまた違う西海岸の旅。また新たな楽しみが増えるな、と思いつつ、メキシカンの夕食を楽しみぐっすりと寝る夜となったのである。
2016.11.28
一夜明けこれからまた7時間くらいかけてDのご実家のある某街へ戻る。その前に、このホテルから車で1時間もかからないところにこの国の三大リヴァ―と言われる某河のダムがあって、そこが名所だから行ってみよう、ということになる。もちろんDご家族は何度も訪れているだろうから、完全に自分向けにご提案をしてくださっているのであって、そのお心遣いを心からありがたく思う。日本で河、と言えば、関東出身の自分としては利根川とか荒川とか、そんなイメージ。でも、さすがはアメリカ。規模が違う。さらけでているあらゆる皮膚が凍りそうな寒さ。でも、河の水は氷ることはなくむしろ霧となって視界が悪い。晴天にも関わらず。余談だが、そのダムに向かうハイウェイで河に差し掛かった途端に霧で視界が不良に。幸い交通量も少なかったので徐行で進むも反対車線では追突事故があったようでポリスカーが数台出て現場検証をしていた。視界のぼやけた中、その観光地を足早に周り、さて街へ帰ろう、と車を走らせていただく。途中お腹が空いた、とインターを降りて小さな街のダイナーに入る。さすがに、Dファミリーもここのおすすめレストランは知らないから適当に、と入ってみたが、ふつうに当り。お腹いっぱいになって、またハイウェイに戻るのである。余談だがこの地にもハイウェイのサービスエリア的なものは当然あって、都市部に行くと日本的な、ガスステーションと併設してコンビニがあり、さらにはちょっとしたお店が入っている建物もある。日本でも呼ばれていると思うけれどこちらでも「オウェイシス」と呼ばれていてああ、なんか日本と同じだ、とちょっと懐かしくなった。街に着いたのはすっかりと日も暮れた夜だったけれど、本当にあたたかい素敵なドライブだった。Dのご両親、ご親戚に感謝感謝の週末のローカルトリップとなったのである。
2016.11.27
この日については来る前からいろいろとあった。この日にDの応援する某ホッケーチームの試合が某州の某所であるから、それを見に行かない?キャンプ仲間で何か月か前にこの地に戻ったSとそのガールフレンドと再会して一緒にホッケーを見ようよ、ということになっていたのであるが・・・。旅の始まる前々日くらいにDのお母様から「この日は甥っ子(Dのいとこ)の結婚のレセプションパーティーがあるから某州まで一緒に行きましょう」とDに連絡があり、Dとしては断腸の思いでホッケーをあきらめ、いとこさんの結婚のお祝いに行くことになったのである。ミッドウエストの中の某州。Dのお母様のご出身のところである。だが、そこはDのご実家から車で片道約7時間かかるのだそうである。そう聞くと飛行機、という選択肢はないのかな、と思うが、小さな街同士の行き来となり、却って飛行機で移動する方が面倒なのだそうである。とにかく、夕方までにはそのレセプションに参加しなければならないため、朝まだ夜も明けていない中出発をするのである。途中の空港で、Dの弟のGは今暮らす某州に帰るのでここでバイバイ。来週から少しGのお家にお邪魔するためまた来週ね、と言ってさよならをしたのである。Dのお父様とお母様が交互に運転をしてくださり、某州のある街に向かう。途中都市を通るが、それを抜ければあとは同じような穏やかな田園風景が何時間も広がる。天気がよくて、その田園風景がなんだか輝いていて、まぶしく見える。時期が時期だけに収穫の時期はすっかりと終わり休耕の雰囲気いっぱいであったが、アメリカだけにこの地でもコーンをはじめ穀物を育てているのだそうである。あとは酪農。あらゆるところに牛、馬の放牧が見て取れる。7時間をかけ、レセプションの行われる近く(と行っても会場まではそこから約30分)のホテルにチェックイン。この地特融のバーベキューハンバーガーに加え、サイドディッシュのチーズフライをいただき、すっかりとおなかがいっぱいになる。夕方に、レセプションの行われる会場に着く。某州の長閑な集落の中の小さな教会である。外部感まるだしで、それでもDの親戚の方々にご挨拶と適トークだけは交わし、席に着いてさて、ビールでも?と思ってブッフェ形式になっているコーナーに行ってみるとビールはおろか、酒と呼ばれる類のドリンクがない。Dにこっそりと「ていうかビールはないの?」と当たり前のように訊くと「しーっ!この地域の方々はレリジョナルで公共の場ではお酒は飲まないんだよ。」ひゃー!確かに、飲み物もコーヒーではなく、紅茶もカフェインなしのハーブティーのみ。(またはお湯)メインディッシュはメキシカンナチョスだが、ここでも肉なし、チップス、チーズとお野菜と豆だけである。(チーズは大丈夫っぽい)その代りデザートはなぜかふんだんにある。地元の方々によるとても温かいレセプション。仲間の方のお歌の披露や、ジャグリングパフォーマンス、そして新郎新婦の仲間によるクイズ大会など、人のぬくもりにあふれる素敵なパーティーだった。温かな気持ちで会場を後にし、Dと「さあ、ホテルに戻って早速ビールだね」と足早に戻ることになるのである。
2016.11.26
起きて、持ってきた日本の小説を暖炉のそばで読みながら気もちよさに二度寝かな、と思っているとお父様が「これから、僕の農場を案内するから一緒に来ないか?」とお誘いいただく。Dからも概要は聞いていたがDのお父様はこの地で100年くらい先祖代々植物関係の農場を経営なさっている。取り急ぎまずは、家の周りから、ということで車に乗って案内していただくが家の周り、と言ったって、規模がはんぱない。どこまでも続くビニールハウスの温室。(ビニールハウスはこちらではプラスティックなんとかって言ってたような気がする)「どのような植物を栽培しているのですか」と尋ねると「Ivyや○○や××や・・・」といろいろと教えていただいたが、残念ながら聞き取れてわかったのはIvyだけである。(しかも視覚と言葉が一致したのがそれだけ)ひととおり、お家の周りをご案内していただくとなぜか隣の家の敷地のゲートを勝手に開けてずんずんと進んでいく。実は、ここのお隣さんは、この国の某有名人の所有する敷地で、お隣さんなので、どうやら勝手に進入しても大丈夫なようなのである。日本人の自分でも、その人が具体的には何をしたのか、何で有名なのか、ということをわからなくても、名前は聞いたことある、顔もなんとなくわかる、というくらいの有名人である。うわー!すごい!さすが有名人というだけあって建物の外観もはんぱない。途端に野次馬根性が働くが、残念ながら建物の内部までは見ることができない。もっと見たいな、という気持ちを抑えながら次の場所へ向かう。合計4カ所の農場を見せていただいた。途中、いろいろと説明をしてくださっていたが、30%以下の理解力だ。とにかく何度も書くけれど、巨大だ。お腹が空いたので、昼は何日か前にも来た大きな街の一角のメキシカン料理でランチということになる。アメリカに来たらメキシコ料理はある意味一つの文化である。狭い日本にだって、その地域地域の独特の料理があるに同じく、メキシコ料理といってもまた地域独特の料理があるのだという。今回案内されたのがどの地域のものかはわからないが、一般的に聴いたことのあるケサディアやナチョス、タコスという言葉はわかり、かつ、ランチスペシャル的な5つくらいの選択肢があったので、一番上に書いてあったランチプレートを所望する。量はやはりアメリカサイズなものの、あまりに美味しくてペロッと平らげてしまう。サンクスギヴィングのおだやかな週末。快く自分の農場を見せてくださったTさんに心から感謝しつつ、人んちなのにも関わらずすっかりとだらけてしまう週末なのである。
2016.11.25
今日はこの国の正月的イヴェントであるサンクスギヴィングデーである。そう。前述のとおり、ターキーを中心にGBCやサラダ、たくさんの伝統的なディッシュを作り、みんなでお祝いするのである。前日同様ていうか、それしか作ることができないためDと自分はGBC担当である。もう、勝手もわかっているし、お手の物になっている(ような気がする)。あとは、Dの家族親戚の方々が準備をすすめる中、Dのいとこの子供のF(2歳)の相手をしていればいいだけだ。昔からなぜか子供と65歳以上には人気があると自負している。自分のターゲット層にはまったく人気がない。それが今も独身の理由の一端であることは想像に難くない。で、みんなで準備をして迎えたサンクスギヴィングの遅めのランチ。Dのお父様お母様を中心とした、ご近所さん達が一堂に集う。あまりの人数だし、誰がだれなのかまったくわからないが、とりあえず挨拶とにやにやだけは忘れずに適当に誤魔化す。見た目70歳くらいの立派な男性が食卓で隣にお座りになる。見た感じは日本人っぽい。Dにこっそりと訊いてみたところ韓国人とアメリカ人のハーフの方なのだという。この方がこれまたご立派な方で、大学教授で長年教鞭をとっていらっしゃったらしいが日本でも某大学に招聘されて教えていらしたのだという。「見た目が日本人に見られるからふつうに日本語で話しかけられるんだよね」とご本人は笑っていらっしゃったが、それでも、日本で覚えたという日本語も普通に(自分以上に?)なめらかにおはなしになっているのを訊き、自分は英語だってろくに話せていなくて努力がまだまだ足りていないとすっかりと落ち込むのである。この地で迎えた2回目(通算3回目)のサンクスギヴィング。今年はよりいっそう心もおなかも温かくそして満たされた一日となったのである。
2016.11.24
5日目ともなると人のお宅にお邪魔しているのにも関わらずていうか、この国の人たち特有の「もう適当に勝手に自分自身でなんかやっちゃってちょうだい」的な雰囲気に慣れてきて(決して溶け込んではいない)朝起きたらコーヒーを自分で作り、勝手に冷蔵庫を覗いてレフトオーヴァーを見つけて勝手に食べる。お父様もお母様も誰も気にしていない。そんなもんなんだな。もちろん、人の家によりけりだけれど。午後はサンクスギヴィング前日ということもありその農園の従業員の慰労パーティーである。みんなで食べ物を持ち寄るポットラック形式なのであるが、従業員の要的存在の方のターキーを筆頭にたくさんの美味しそうな食べ物が並んでいる。ていうか、午前中に「GBCを作るから」と言われて言われるがままに手伝ったのはこのことだったのか。前にも記載したが、GBCとはGreen Bean Caserolleの略で日本のインゲン豆みたいなのにクリームソース(定番はキャンベルのマッシュルームクリームソース)とちょっと調味料を足して上にオニオンチップを乗せてオーヴンで焼くというものである。こちらのお祝いごとの副菜に欠かせない料理で、この時期になるとどこのスーバーでもGBCの材料が特売になっている。もちろん、ソースから自分達で作る家庭もあるだろうけれど、お手軽に作れるし、自分だって今回キャンベルのサイトを見て作ったけど、こんな簡単なんだ、と思ったくらいのものである。今回はアレンジでベーコン入りで作ったけれど、これがなかなか美味しい。スペイン語圏の方も従業員としてたくさん働いていて、事務所に掲示されているメモランダム的なものも英語とスペイン語で表記されている。お父様のTさんとDの弟のGはスペイン語が堪能なので、英語とスペイン語両方で話をすすめていく。ただ観光で来たというだけではない貴重な体験。サンクスギヴィングデーに向けて、従業員の方々のほっとしたような笑顔を見ながら温かい一日を過ごしたのである。
2016.11.22
前夜の温かなバースディの余韻に浸りながら、前夜のレフトオーヴァーで軽く朝食を摂っていると「今日はこれから、近くの博物館にみんなで行きましょう」とお母様のDさんに言われる。「近く」と言っても実際は車で約1時間弱飛ばしたところである。この国でも有名な大学があり、そこは特にスポーツで実績を残しているところだ。余談だが、本来であれば、ここに来るにはこの街にある小さな空港を使うのが一番近かったのであるが、Dとともにエアーのチケットを調べているとこの小さな空港に降り立つ便や時間があまりに限られていること、実際には自分達のいるところから直通でも経由でもその空港を利用するのがかえって不便だということがわかったため、やむなく大きな空港を使ったのである。訪れたその地の歴史博物館だが、約200年くらい前に、この地で一大事業を立ち上げた某ファミリーの歴史を中心に、この地の発展と文化を伝える博物館である。この国の某有名ドラマで、自分も日本にいた時に、借りてはいないもの、ツタヤに行ってアメリカのドラマのコーナーに行けば必ず見かけるドラマの舞台になっているところのようである。そのドラマにちなんだ衣装や小道具が展示されていて、ああ、だったら見ておけばよかったな、と思ったのである。この地で発展を遂げた某ファミリー宅を改装して建てられた博物館。当時の趣を残しつつ、現代にその当時の栄華を伝えるすばらしい博物館である。当然解説は英語のみなので、100%理解なんてできるわけがなかったけれど、展示物の解説を読めばなんとなくわかる。(ただ、残念なのはこれを書いている時点でそのほとんどを忘れてしまっていることである)Dが「これからバーにでも行かない?」と誘ってくれる。この小さな街にもバーがあって、そこに連れて行ってくれるのだという。Dの同級生や友達がいつも常連でいるから今日もきっと会えるだろう、ということでそのバーに向かう。っていうか少なくても今年この地に来た日本人は自分だけだろう、と胸を張って言えるくらいの小さな街だ。Dにも一応聞いてみたけれど、州としてはもちろん日本人もいるだろうけれど、街でいえばたぶん日本人はいないだろうと。でも、もしかしたら、この街の某大学にいるかもしれないだろう・・・と・・・。そのバーの客に確実に注目されている。だろうな。ていうか日本人なのか中国人なのか韓国人なのか、区別もついていないんだろうな、と想像する。自己紹介をすると、なんだか空気も少しだけなごんだような気がする。そして酒とともに自然と笑いも生まれてなんとかなりそうだ、と思う。ほんとのほんとにアウェイの土地でなじむのはなかなか難しい。でも、少なくても温かく迎えていただいて外の寒さを気にしないほっこりとした気持ちになったのである。
2016.11.22
今日は隠すことでもないが、自分の誕生日である。Dにも旅の前から「この日はあなたの誕生日だからお祝いしなくちゃね」と言ってくれていたので、どこかのレストランとかバーとかでお祝いしてくれるのかな、と楽しみにしていたが、少なくても2日間滞在している限り、記念日的なレストランとかバーとかがこの地にはなさそうである。では、車を飛ばしてどこか行くのだろうか。でも、自分から「今日はどこでディナーをするの?」となんか強要するのもどうかなと思って何も言わずにいるとDが「ていうか、これからの旅路のためにまずは必要なものを買いに行こう。とりあえずキャンプに行くから、防寒ブーツはマスト、あとは厚手のマフラーと・・・あとは自分で考えて」と言われて、促されるままに車に乗せられる。「どこに行くのですか?」と尋ねると、この街には大きな衣料品店がないから車で少し大きな街まで行くのだという。全く知る由もないので、素直に車に乗り、約20分くらいの、少し大きな街に着く。ウォルマート的なスーパーやチェーンレストラン、もちろんチェーンだけではないレストランやオフィスデポ、ホームデポ的な店が州道沿いにたくさんあるこの地域の生活基盤の街なのだろうと予想される。この国の「しまむら」的チェーン店があったので、そこで防寒に関するグッズを買い込む。来る前ももちろん自分で用意してきたがDがそれ以上に懸念している。だが良心的「しまむら」価格なので、なんとか予算内で事足りそうだ。いろいろ買い込んで、じゃあ、今夜はこのあたりでディナーなのかなぁと思っていたが、別にそんなこともなく車は家に向けて走り出している。そして、家に着いてみると。まばゆいばかりのデコレーション。「Happy Birthday!」の文字。「Happy Birthday!」のカチュシャを付けて、ダイニングでディナーの準備をするDのママのDさん、弟のGお姉さんのL、旦那さんのJ。「お誕生日おめでとう!今日は君のバースディパーティをやるからね。ささ、座って。ビールにする?それともワイン?」とパパのTさんが迎えてくれる。この状況、涙なしでいられるだろうか。いくらか防寒グッズを持っているというのにタウンに連れ出したのは、サプライズのだめの演出だったのだ。なんと温かなパーティか。お誕生日だからお外で特別にディナーだったりオシャレなバーで一杯でもいい。でも、こんな温かく心のこもった特別なディナーをどう感謝してよいのか。ただただ涙が出るばかりだ。いくつになってもお祝いしてくださる人たちがいてくれることを本当に有難く思いつつ、すっかりと飲みすぎた夜となったのである。
2016.11.21
今日はDの弟のGがご実家に帰省することになっている。では、空港まで迎えに行こう、とDともに前日までは張り切っていたのだが、旅の疲れと、違う土地の慣れない気候で、あっという間に風邪にも近い症状となり、そのせいもあってか、起きたのは軽く昼になっている。あわててDを起こし、空港に行かなくちゃ、と身支度を整えて居間に向かうとすでにGは到着して「やあ!久しぶり!今年の始め以来だね」と涼しい顔で迎えてくれる。人のお家で早速やらかしてしまった自分を後悔するが、時はすでに遅い。そういえばミッドウエストのこの時期は、日本の北海道くらいに例えればよいのか、Dの実家のあたりはまだ雪にはなっていなかったが、なにしろ寒さがはんぱない上に空気が乾燥している。Dの家はすでにDも含め、子供達は家を出ているため、帰ってきたときだけ、加湿器代わりにこちらのクロックポットに水を張って、ゆっくりと温めて使っているのだけれど、あまりの乾燥にくしゃみを連発し、のどのイガイガにリコラ(のどあめ)を舐めていたら、お母様が「これ、買ってきたから早速使ってね」と加湿器を買ってきてくださった。この加湿器がかなり使える代物で、とにかくパワーがはんぱない。用意してくださったベッドルームは6畳くらいの大きさだけれど、稼働させたら瞬く間に部屋が潤い、っていうか逆に潤いすぎてメガネが曇るほどである。「ほどよく」ということになかなかなれないアメリカのプロダクト。ここでも本領発揮である。(いや、十分にありがたいことだったのだが)夜は、Dのお父様とお母様がこの街の某所で行われるクラシックのコンサートを予約しているから一緒に行きましょう、ということになる。ハープシコード、ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、コントラバス、の5重奏である。パンフレットを見てみたが、ヴィヴァルディ以外はまったく聞いたことのない作曲家の演奏である。でも、聞いているうちに、まあハープシコードの楽曲ということだから、バロック時代の曲なんだろうな、と勝手に妄想する。あまりの曲のなめらかさと会場のあたたかさにすっかりと心地よくなり、あれだけ寝たのにまたもや睡魔に襲われる。だが、それでいい。寝るくらいの心地よい演奏だったということではないか。ミッドウエストの某州の楽団の中の一派である5重奏。十分に堪能させていただきました。すっかりと気持ちよくなり、まだ寝るのかというほどにご実家に着いたら早速寝てしまう夜となったのである。
2016.11.20
今日からDとともに旅に出ることになった。総日数17日間の壮大な旅だ。今回はDの実家のある某州とその周辺、そして西海岸からドライヴで各地を回り、最終的には心の友のいる某州を訪ね、帰途に着くというものである。まずは、飛行機でDの実家のあるところの一番近い空港に降り立つ。ミッドウエストと呼ばれる地域にあり、その界隈の空港の中でも大きなもののひとつだ。空港に到着すると、Dのお母様とご近所さんが迎えに来てくださる。Dのお母様には初めてお会いしたのであるが、お母さんと呼ぶ年齢にも関わらずとても若くそして美しい。荷物をピックアップして駐車場に向かうとDのお父様がお待ちしてくださっている。お父様には今年のはじめにお会いしていたので再会を喜び、一度Dの実家へと向かうのである。「空港から車で2時間くらいかな」と訊いていたけれど、空港のある都市部から離れると、途端に周囲には何もなくなり、長閑な光景が見られる。当然ながらハイウェイのため、信号などはなく車の数もまばらになってくる。2時間、ほとんどノンストップのドライヴでやっとDのご実家へ到着する。周りは広大な農地が広がり、家の周りを歩く人は皆無だ。家に到着する途中で「ここで食材や飲み物を調達していくわよ」と言われたので、さっそくビールを調達し、夜に備える。どうも、そのスーパーがその界隈では一番、というか唯一のスーパーっぽい。(この予想は後に真実とわかるのであるが)ある程度の寒さは予想していたが、実際はその予想以上のものだ。特に周りに大きな建物があるわけでもなく、ひたすら広大な土地が広がっているため、視覚でも余計に寒く感じる。だが、部屋の中はとても暖かい。っていうか、家がでかすぎる。その心地よい暖かさに、早速ビールをいただいたかと思ったら、旅の疲れも相まって眠気が襲ってきてあっという間に床につくことになったのである。
2016.11.19
先月に、心の友のAちゃんが来てくれた時に今年初めてのテイルゲートバーベキューに行ったのであるが、その時にPが「次回は10月の15日だからね」と言ってたのを2日前のダーツの時に聞いて思いだし、「そうか、そういえばまたバーベキューだな」と楽しみにしていた。今回はPの奥様のMさんが諸般の事情で参加できないためPを迎えに行き、3人で車を一路バーベキューの会場の某スタジアムの駐車場に向かうのである。会場のオープン時間は1時だという。1時過ぎにスタジアムの付近に到着すると、もうすでに駐車場入りの待ちの長い列ができている。いつも行われる位置に車を停めて、いつものようにキャノピーを出して設置する。今回もこの3人のほかにPの友人たちが何人か来る、というが、Dが誘った某バーの仲間たちは、来るといっておきながらもきっとflakeするだろうな、と自分の中では思っている。とりあえずは3人でビールで乾杯。あまりにおなかが空きすぎて、先に何か食べたいと申し出るとDが「まだ他の人たちは来ないからうちらで勝手に先に食べていよう」ということになり、Dが焼いてくれたラザニアを3人で勝手に先に食べることにする。そのうちに、自分は初対面だがPの友人の方々が続々と登場する。ひきかえ、Dの誘ったMやT、Rなどは姿を見せず、やっぱりflakyだ、とDもちょっとご立腹である。まあ、こないならこなければいい。自分らは勝手に飲み食いして楽しむだけだ。Jさんの焼いてくれた香ばしいお肉やPの作ってきてくれたポークサンドウィッチはジューシーでとても美味しい。あっという間に平らげる。心地よい風にあたりながらtake a napするとあっという間に試合開始の時間だ。Pとは何度かのテイルゲートを通じて、今まではそんなに話さなかったけれど、よく話すようになった。奥様のMさんが日本人ということもあり、日本の話題で共通する部分もあるのだが、もともとは彼自身がちょっとシャイな性格だからか、最初はあまり話さなかったけれど話してみると、彼が意外とおしゃべりが止まらないということがわかる。そして、とても愉快だし、面白い。試合は応援していたチームは負けてしまったけれどそれ以上に楽しみ、そして飲んだくれた週末。来月は諸般の事情で来れないのであるが、またいつか来て楽しみたいな、と思ったのである。
2016.10.15
ダーツも2周回目に入り、先週はフットボール大好きでレート11のPと心の友のNとの対戦でボロボロのダーツだったのであるが、今週は、レートもレベルもだいたい似ているJとおしゃれさんのTチームとの対戦である。Jは最近めきめきと腕を上げていて、カードのレートが嘘なんじゃないかと思うくらい上手になってきたのであるが、(自分は最近レート4になり、彼はレート3である)今日は序盤からあまりJの調子が上がらないようである。それに乗じて、Dと協力しあい、なんとか3ゲームを連取し、さて4ゲーム目となったところでTがなぜか(理由はこの当時は全くわからないのであるが)激昂して勝手に帰っってしまったのである。Jや他のメンバーに聞いても理由は全くわからず・・・。まあ、いつもTはセンシティヴなところがあるから、今回もいつものことだろう、と理由はわからなくても納得させるがさて、代役は、ということで、Dが代役を急きょ務めることになる。TのダーツパートナーであるJも動揺しているのか、その後少し調子を上げるも、やはりいつもの調子ではない。今回は本当に怪我の功名というのかなんというのか、ラッキーなことにすでに6ゲームを勝ってリーチまできた。その後はJとDが粘りに粘って2ゲームを取られるものの、最終的には8-5でやっとというか久しぶりの勝利である。あー、やっぱり勝って飲む酒は最高においしい。久々の勝利をDと喜びながらも、Tの様子も気になる。明日以降に会って聞いてみよう、とばかりに今日だけは勝利に酔いしれる夜となったのである。
2016.10.13
「研修」を終えて、さて、今週は学校もないし、楽しみなジムにでも、と思っているとDから連絡が入る。「今日はウィスキーティスティングの日だからね。予約をしておいたから向かうように」てっきり来週かと思っていたら今週だった。でも、これはこれで楽しみなため、急きょ路線を変更し、開催地の某バーへ向かうのである。昨日も所用でこのエリアには来たのであるが昨日は朝早くに来ていた。朝は、やはりビジネス街の装いで、人も多く活気にあふれているが、夕方以降の仕事の終わる時間を過ぎると途端に閑散とし、なんだか暗い雰囲気が漂う。自分がまだまだこのエリアの奥深くまでを知らないだけかもしれない。まあ、目的地は一つのため、時間に間に合うようにそのバーに向かう。開始の時間には少し早く到着したため、バーのエリアで1杯ビールでも、とカウンターに向かう。ちょうど、隣でも同じことを考えていたおじさんがいて、一緒に頼んでもらうと、なんとごちそうしてくれる、とのたまう。おごってもらって「ありがとう、さようなら」というわけにもいかないので、そのおじさん(いや、たぶん同じ歳くらい)Vさんと少し会話をする。この地の繁華街の某ホテルでバーテンダーをしている、というVさんとたちまち話が合う。話が弾みすぎて、あ、そういえば私はこれからティスティングに参加するので、と言って御礼を言い、会場に向かうととっくに始まっていて、オーナー兼主催者のBさんに遅れたことを詫びながら静かに席に着く。4回目ともなると、参加者の中にも顔見知りの方も増えてきて、ティスティングの時にもお互いの意見を言ったり、雑談をすることが多くなってきた。その多くは彼ら彼女らが多くを語り、自分は発言も少ないのであるが、やはり共通の話題この場合は「酒」ということだが、それを元にする会話はなんと楽しいことか。「僕は日本のウィスキーも飲んだことあるよ。山○は美味しいね。でも同じメーカーの白○は好きではないな」とおっしゃるTさんに「では、あなたは白○のモンゴリアンオーク熟成のウィスキーは飲んだことがありますか?」と尋ねると「なに?モンゴリアンオーク樽のウィスキー?それは知らないな」と興味津々である。他のMさんとJさんは「君はFというリカーマーケットに行ったことがあるかい?ここの品ぞろえは抜群だよ。君は絶対に行った方がいい。場所は云々」とこの地のリカーショップを教えてくれた。「ウィスキーナード」達の集まる月1のこの会。新たな知り合いができたことに感謝しながらも美味しいウィスキーに酔いしれて、あっという間の時間となったのである。
2016.10.12
ていうか先週の木曜日に、所用で某所にいたときに、帰り道、なんか知っている人のような気がするな、と思ってガンミをしたところ、「わー!久しぶり」とその人が自分に歩み寄ってきた。ああ、やっぱりTさんだ。Tさんは自分が10年前に勤めていた会社の同僚で入ったのは自分より前だから同い年ながら先輩なのだけれど、当時はお互いに違う場所で働いていて、Tさんは他の支店にいた。なので、働いていた当時は書面やメールでは面識があったものの、会ったことがなかったのである。自分はその会社を辞めて何年かした時に共通の同僚を介してお会いしたのが約6年くらい前。「ああああ!わかるわかる。あの時○○の部署にいたね」「はい。Tさんは某支店にいらっしゃいましたね」と言うことであっという間に話も弾みすっかりと仲良くなった。最後に会ったのは、自分がこちらに来る前で、Tさんは自分が働いていた部署に移り共通の送別会で再会したのであるが。まさか、Tさんとこの地で会うとは思わずじゃあ、とりあえず再会の飲みをしましょうということになり、今日である。約半年前にこの地に異動になったそうでそのようなことも知らず、ご挨拶をしていなかったことを詫びる。会社の方はいろいろと激動があったらしくそのあたりの話を中心に懐かしい人たちの近況やお互いのことなどを話すと、あっと言う間に時間が経ってしまう。自分が社会人になってからいろいろな会社で働き、いろいろな経験をさせてもらったが、この時の会社の仲間が一番自分の中では仲間同士の絆が深く、いまだに連絡を取り合う人たちも多い。当時の仲間の人たちはこの月日の流れで自分も含めて他の企業に勤めたり、故郷に帰ったりする人もいたり、とあって現会社に勤めている自分の知りうる人はほんとに少なくなってしまったけれどすごい貴重な仲間だし、これからもずっと仲良く連絡を取っていきたい人たちだ。最初は、軽く行きましょ、と言ってたのに話が弾みすぎて2軒目に突入し、すっかりと酔っぱらってしまったけれど、楽しい再会だった。次は共通の仲間のYも誘って行こう、ということでますます楽しみな飲みとなるな、と週末の夜を楽しんだのである。
2016.10.09
友人のBの弟のWくんが、久しぶりにこの地へ仕事が入ったというので、会いましょう、ということになる。公私共々絶好調なのだろうな、と思うが、なんでも、今回を最後にしばらくは別の任務に就くためのトレーニングがあり、しばらくはこの地にもこれなそう、ということなのである。それはまたとても残念ではあるが、彼のステップアップする意気込みややる気はとても素晴らしいと思うし、自分も少しは爪の垢を煎じて飲むくらいの気持ちがないといけないのであるが、Wくんが来ることをいいことにさっそく学校をおさぼりしよう、とまったくWくんの志とはかけはなれているのである。まあ、そうはいっても久しぶりの再会。心の友のKも参加できるということで、楽しみにしていたのである。再会の場所は、何度か来たことのあるメキシカンレストラン。気候も穏やかになってきて、レストランでディナーを楽しむのには十分である。そして、このレストランも他のレストランに違わずハッピーアワーがある。「研修」が終わって2人に連絡をとってみるとさっそくWくんは業務が終わりハッピーアワーを楽しんでいる、という。こうなったら、と足早にレストランに急ぐのである。まずは再会の祝い、とばかりにビールで乾杯。新しい業務のことやこれまでのお互いのことなどビールを片手に話も弾む。今日はなんだか知らないが、一口タコスがおすすめらしい。餃子の皮を一回り大きくしたくらいのタコスの皮(ソフト)の上に、ポーク、チキンまたは野菜のトッピングを選んで1枚3ドルという。アペタイザーにぴったりではないか、と早速注文をし、オーダー表を持ってその一口タコスを作ってくれる出店のようなところに行きタコスをいただく。KのボーイフレンドのHに言わせるとこの地のタコスなんてタコスじゃない、とか、タコスにもいろいろな種類がある、だとか、いろいろうんちくを聴かされたのだけれど(Kを通じて)、ここはアメリカ式というか、まあ観光客や自分らのような異国人であっても楽しめるくらいのカジュアルさ、というか癖がなくとても美味しい。ビールとワイン、そしてお食事を楽しみながら会話もとまらない。あっという間の楽しい時間。Wくん、いつもいつもありがとう。しばらく会えないけれど、また会えることを楽しみにしています。すっかりと酔っぱらってしまっているのだがあと1軒、とばかりに後から合流したHも共にいつもの某バーへ向かい、2次会が始まるのである。
2016.10.05
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