前号まで竹中平蔵氏の脱税疑惑や、竹中氏が会長をしているパソナと政府の癒着についてご紹介してきました。しかし竹中氏にはまだまだ様々な疑惑、不祥事があります。
これほど疑惑まみれ、不祥事まみれの人物であっても、政治家として優れた手腕があったならば、国民としては救われます。
しかし、竹中氏の場合は、それもなかったのです。それどころか、日本に貧困をもたらした、日本に格差社会をもたらした張本人です。
経済の専門家の間でも、時が経れば経るほど、竹中氏の経済政策は評価が下がっており、日本経済を衰退させてしまったのは、竹中平蔵氏の経済政策によるものが大きいことがわかってきたのです。
竹中平蔵氏の政策の最大の罪は、日本の雇用環境を滅茶苦茶にしてしまったことです。具体的に言えば、賃金を下げ非正規雇用を増やしたことです。
彼は、小泉内閣成立直後に書いた『みんなの経済学』(幻冬舎)という本の中で、こういうことを述べています。
日本は労働分配率が高い。だから経済成長が止まっているのだ。
労働分配率とは、簡単に言えば、サラリーマンの給料のことです。会社が社員に高い給料を払っているので、日本の経済が駄目になったというのです。そして、彼はこうも述べています。
労働分配率を下げれば、家計は苦しくなる。でもその分を投資で儲ければ補える。
つまり会社は給料を下げなさい、そして家庭は、給料が下がった分は株で儲けて補いなさい、ということを述べているのです。
そして竹中平蔵氏は日本の経済をその持論どおりに誘導していきました。法人税率は20%以上引き下げられ、高額所得者の税率は30%近く引き下げられました。
しかも投資家の税金は本来の半分の10%に免除されました。また特定の期間に株の売買をした場合、税金をかけない、という時限立法も作りました。つまり、投資家は一定期間、所得税が免税されたのです。これによって、ライブドアや村上ファンドなどが台頭したのです。
その一方で、企業は国の支持を背景にして、賃金を抑え込みました。裁量労働制の拡充でサービス残業が蔓延し、労働者派遣法の緩和で派遣労働者が爆発的に増えたのです。特に製造業の派遣労働の解禁は、日本の労働市場に大きな影響を与えました。
なぜこれまで製造業の派遣労働が禁止されていたかというと、製造業というのは危険も大きいため、会社が従業員の安全に全責任を持つためにという意味がありました。また製造業に派遣労働を許してしまうと、ちょっと景気が悪くなったら、すぐに大量に解雇されてしまい、労働者の生活が不安定になるという危険もあったからです。
実際にリーマンショック直後には、製造業の派遣労働者が大量に雇い止めされ、路頭に迷った人たちが「派遣村」で年を越すというような事態が生じました。ワーキングプアという言葉が使われだしたのも、小泉内閣以降なのです。
しかも、竹中平蔵氏は、製造業の派遣労働を解禁した2年後、大臣をやめ派遣会社大手のパソナに重役として迎えられているのです。あまりに露骨すぎて笑い話にもならない、ただただ唖然とするだけです。
日本はこの20年の間、先進国でほぼ唯一、賃金が下がった国になっています。ほかの先進国はほとんどが50%以上、中には100%近く賃金が上がった国もありますが、日本だけは賃金が下がっているのです。その最大の要因は、この竹中平蔵氏の経済政策にあるといえるのです。
この竹中平蔵氏の労働分配率だけを抽出して日本経済を分析するやり方は、明らかに雑なものの見方だったのです。そもそも日本人の賃金はまだ欧米に比べて安く、バブル期であっても欧米には届いていませんでした。
日本企業の利益率自体が欧米企業よりも低かったので、労働分配率が高くなるのは当たり前だったのです。だから、賃金を減らすのではなく、日本企業の利益率を上げる方法を考えなくてはならなかったはずです。
日本企業は、それまで欧米よりも安い商品を大量につくることで貿易黒字を稼いでいました。つまり国家的な「薄利多売」であり、今の中国のようなビジネスモデルだったのです。
しかし貿易黒字が溜まり物価が上がり賃金が上昇すれば、このビジネスモデルは成り立ちません。だから、日本はこのビジネスモデルを変え、欧米のような利益率の高いビジネスへとシフトすることが先決だったのです。
そして、日本では労働者の権利が欧米ほどきちんと守られておらず、サービス残業や長時間労働は当たり前でした。現在でも、日本はサービス残業や長時間労働などでは、世界最悪のレベルなのです。
そういう日本の労使関係において、国が企業に対して「賃金を下げてもいい」という方針を打ち出せば、賃金の低下に歯止めがかからなくなることは目に見えていました。
欧米ならば、労働者の権利が厳重に守られているので、企業の論理だけで賃金を下げることはできません。欧米は厳しい競争社会のように見えますが、国民や労働者の権利は、何よりも大事にされてきたのです。
あの自由の国のアメリカでさえ、日本の中央銀行にあたるFRBに「雇用を守る義務」を課しているほどなのです。つまり失業が増えないように、FRBが努力する義務を負っているのです。
またアメリカの株式市場では、労働環境が悪化したり、労働者の賃金が下がったりすれば、株価が下がる傾向にあります。つまり、「労働者の生活が守られないと景気はよくならない」という意識が、国全体に浸透しているのです。
竹中氏はそういう欧米の「雇用を大事にする文化」「労働者の生活を大事にする文化」には、目を向けることなく、ただただ「株主を優先する文化」だけを強引に日本に導入しようとしたのです。
綿密な分析をせずに、ただただ日本は労働分配率が高いから下げろという、あまりに雑で乱暴な経済政策を行なったのです。
またサラリーマンに対して「賃金が下がってもその分株で稼げばいい」という主張も明らかに現実から逸脱したものでした。もともとそれほど高くなかった賃金がさらに下げられれば、株式投資に回す余裕などはありません。
だからほとんどの国民は、この20年間「賃金が下がっただけ」「生活が苦しくなっただけ」ということになってしまったのです。
よく税金を無駄にする政治家のことを「血税を無駄にする」というような言い方をされることがありますが、竹中氏の場合は、そんな生ぬるい言葉では表現しきれません。血税を無駄にしているのではなく、国民の血を吸っているに等しいのではないでしょうか?
《国民は賃下げに苦しめられてきた》このメルマガでも何度か取り上げましたが、日本経済新聞2019年3月19日の「ニッポンの賃金(上)」によると、1997年を100とした場合、2017年の先進諸国の賃金は以下のようになっています。
アメリカ 176
イギリス 187
フランス 166
ドイツ 155
日本 91
このように日本の賃金状況は、先進国の中では異常ともいえるような状態なのです。この間、日本企業の業績は決して悪かったわけではありません。
そもそも日本経済というのは、バブル崩壊後もそれほど大きなダメージを受けてはいなかったのです。バブル崩壊で株価が急落したので日本経済は多大なダメージを受けた印象がありますが、相変わらず、貿易黒字は累積しており多くの企業では黒字が積みあがっていました。不動産絡みの負債を抱えていた企業が苦しかっただけです。
また、もうすっかり忘れ去られていますが、2002年2月から2008年2月までの73カ月間、日本は史上最長の景気拡大期間(好景気)を記録しています。
この間に、史上最高収益も記録した企業もたくさんあります。トヨタなども、この時期に史上最高収益を出しているのです。平成時代というのは、「史上まれに見る好景気の時代」だったのです。そして次の数値のように、2002年から2018年の間に、日本企業全体の経常利益は、2.5倍以上になっています。
日本企業全体(金融、保険以外)の経常利益の推移
年度 経常利益額
2002年度 31.0兆円
2004年度 44.7兆円
2006年度 54.4兆円
2008年度 35.5兆円
2010年度 43.7兆円
2012年度 48.5兆円
2014年度 64.6兆円
2016年度 75.0兆円
2018年度 83.9兆円
財務省・法人企業統計調査より
企業の利益がたった十数年で31兆円から84兆円になるのはすごいことです。大成長といっていいほどです。にもかかわらず賃金は下がり続けてきたのです。それは、もちろん竹中平蔵氏の「賃下げ推奨政策」が大きく関係しているのです。近代国家の先進国の政府というのは、普通、賃下げを推奨したりなどは絶対にしないものなのです。企業というのはなるべく賃上げをしたくない、賃下げをしたいものです。そうした方が、経営者や株主の利益が増えるからです。
しかし、そうなると国民生活が悪化します。そして国民生活が悪化すれば、長い目で見れば、国の経済自体も悪化していくのです。
また日本も、高度成長期からバブル期にかけて「賃金の上昇」が常に経済政策の最重要ポイントとしてきました。特に高度成長期では、「国民の所得を上げること」を最大の目標とし、「所得倍増計画」を立案し成功させ日本全体を豊かにしたのです。
このように先進国の政府というのは「賃上げを後押しする」ことを基本姿勢にしているのです。どう転んでも賃下げを勧めるようなことはしないのです。
おそらく、近代の先進国の中で、賃下げを大々的に推奨した政府というのは、日本の小泉政権だけだと思われます。
政府が賃下げを推奨しているのであれば、企業としては万々歳です。大手を振って賃下げができるからです。平成時代、好景気が続いていたにも関わらず、ほとんどの国民はそれを実感していません。むしろ、生活は苦しくなるばかりでした。それは、当然です。近代国家としては、当然行われるべき「賃上げ」がされていないのです。
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