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昨日の忘年会の流れで、自艇にKさん、Hさんがきてくれることになったので、ゲートで待ち合わせ。給油を済ませ、10時ごろ出航。 ハーバーでは2-3m/sの南西風が吹いていたが、沖へ出ると、無風。 機走で、八景島方面へ。 空気が澄んでいて、富士山が良く見える。 つい、気が緩み、帽子を落下させてしまう。 急きょ、落水救助訓練が始まる!? 一人は見張り、一人は操船、一人はボートフックで帽子救助を試みるが、操船とピックアップのタイミングがうまくいかず。3-4度失敗の後、沈み始めてもうだめかと思っているうち、何とか救い上げに成功。まだまだ、未熟だのう(汗)。 次回からは落水救助法のおさらいが最優先だな。 気を取り直して、セーリングを試みるが、やはり無風。 のんびりと、ハーバーに戻る。 ・ ・ ・ クラブハウスで昼食を済ませ、艇にもどって、陽だまりのデッキでお茶を飲みながら世間話。 今日でヨットは3度目とおっしゃるHさんのお話がドラマチックでつい引き込まれる。 Hさんのお母様家族は日本軍占領下のパラオで水産会社を経営されてたらしいが、戦況がおもわしくなくなり、お母様が14-5歳の時ご家族は輸送船で帰国の途についた。ところがその輸送船が敵軍の空襲にあい輸送船は沈没。沈没間際に隣にいた軍人さんが少女を脇にかかえて一緒に船から海に飛びおり、何時間か漂流の末、漁民に救助されて九死に一生を得たとのこと。(ほとんど”タイタニック”の世界!!) 輸送船は氷川丸と同程度の船だったとかで、Hさん自身氷川丸を見学しに行った時、この高さを14-5歳の子供が海に飛び込んだとは、と仰天したとのこと...。 すさまじいお話でしばし言葉もなし。 戦時中の多くの悲劇の一つではないでしょうかとHさんはおっしゃっておられました。 それにしても、そのあとに続いた世代のことを考えると、その軍人さんの行為はとてつもなく偉大。 つい、この間の震災・津波のことを考え合わせておりました....。
2011.12.20
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土曜日は宮川湾のヨット仲間の忘年会に誘われ、横浜-野毛へ。 今年で2度目、夏のBBQと冬の忘年会のみお会いしている人も多いが、 そこは、共通の趣味仲間、話題には事欠かない。 2時間余り楽しく過ごさせてもらい、ハーバーへ。 22時過ぎ到着。 例年通り、クリスマスイルミネーションをやっている。 キャビン内は、5-6℃、カセットコンロ型ストーブを着けようとするが、ノブを回し過ぎて、キャップが取れる。壊してしまったかもしれないが、そっと、もとに戻して、もう一度やってみて着火-成功。キャビンは狭いのですぐに20℃近くまで上昇。 しばらく読書の後、就寝。 途中一度目覚めたが、その後は朝までグッスリ。 6時起床。 快晴、風はほとんどなし。 顔を洗って、ヨット上でラジオ体操。 仕入れておいた、パンと果物入りゼリーで朝食。 それにしても、関東陸奥は-4℃、横浜プラス4℃、その差8℃! 老後は海沿いがいいなぁ(笑)。 (つづく...)
2011.12.20
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