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寝台特急の中で一気に読み終わった本。妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まった・・・娘の体になってしまった嫁は、娘としての人生を再出発する。最初は戸惑っていたものの、嫁は『もう一度訪れた青春』をそれなりに謳歌し、夫の当惑は深まっていく・・・私が読む前に、嫁が読んだのだが、嫁にとってはやっぱり羨ましいお話だったようだ。ところで、出産などで、嫁かおなかの子供か、どちらかしか生き残れないというシチュエーションがもしあったら、嫁は恐らく、子供の方を選ぶのだろうけれど、私は迷わず、嫁に生き残ってほしいと思う。他の人は、どっちを選ぶのだろうか。
July 14, 2006
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さてさて、私の勤務先では、今、お中元が最盛期を迎えている。今日のような平日でも、ボヤっとしていたら、すぐに30人待ちとかになってしまう。お中元の受付は、アルバイトさんが多いのだが、私のような普通の社員も交代で応援に行く。しかし、突発的に、どうしても捌き切れない人数待ちとなった場合、店内にいる手の空いた社員がスポット的に応援に行くことになる。『手の空いた』とは言っても、事実上、よほど手の離せない仕事を抱えていない限り、応援に行かないわけにはいかなくなる。客商売で、必要以上に客を待たせることは、一番の罪だから。そんな時、合図となって店内にかかるBGMが、『ミッション・インポッシブル』。売場が忙しいということは、有難いことなんだけれど、事務方だって、暇な仕事をしているわけではないのだし、曲名が曲名だけに、非常に複雑な気分になる。というわけで、先日、『MI3』を観てきた。子供が産まれて以来、夫婦で映画館に行くのは、これが初めて。そのせいか、ジュースもポップコーンも、沢山買いすぎて、ジュースは飲みきれなかった…『この文章は5秒後に自動的に消去される』とか、お馴染みの仕掛けも健在。細部に至るまで、クールだし。久々に、十分楽しめた映画だったけど、気になったのはやっぱり富むクルーズだった。率直に言って、、さすがにオッサンになったなぁとも思う。友人などにも時々いるのだが、アゴの線が、はっきりしなくなっていた。役柄も、一応は第一線から離れた人ということになっているし。考えたら、私が中学生の頃の『トップガン』から、ずーっとトップアイドルの座を維持していること自体凄いことだとも思う。当時日本でトップを走っていたトレンディ俳優が、今何をしているかを考えれば、その凄さはよくわかる。そして、歳は取ったけれど、アクションでは、全く手を抜いていない。確かに、CGは多用しているんだろうけれど、走るシーンの多いこと多いこと。まるで『太陽にほえろ』の若手刑事みたいだった。あーいうのは誤魔化しが効かないから、素直にエライなぁと思える。人間、誰しも歳を取る。でも、それを理由にしないで、最大限の色気を追求する、その姿勢は大事なんだなぁと思った。
July 13, 2006
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嫁の具合が余りよくないので、早めに一緒に寝ることにする。書評も書きたいけれど、またそのうちにしよう。
July 10, 2006
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短いようで長かったこの旅行記も、いよいよ大団円を迎える。車掌さんの温情で、なんとか乗車を許された私。喜んだのはいいが、落ち着いて車内を見てみたら・・・あまりにも目立つ空席。っていうか、この車両に乗っていたのは、私を含めて二人だけだった!ガラガラの車内かつては『夢の寝台特急』と呼ばれ、西村京太郎のトラベルミステリーではこれなくしては成り立たないほどの人気を誇った寝台特急ブルートレイン。しかし、気付いてみれば、世の中は完全にスピード重視の時代にシフトしており、新幹線ならまだしも、たかが国内に一晩もかけて行こうなどという呑気な旅行客は、ほとんどいなくなってしまったと思われる。実際、単なる移動という観点で他の交通手段と比べた場合、寝台特急の勝ち目は全くない。東京―博多のような長距離はいざ知らず、名古屋―博多間でも、飛行機が一番安くて早い。アクセスを含めた総合的な時間で新幹線の方が早い場合もあるが、言わずもがな、新幹線と比べても、寝台特急は、『寝台料金』がかかる分だけ高くつく。その気になれば2~3時間で行けるところに、わざわざ高い料金を払い、一晩かけて行こうなどというのは、現代においてはもはや『酔狂』としか言いようはあるまい。また、新幹線や飛行機であれば、どんどん新型車も導入され、キレイなスチュワーデスさんをはじめとする様々なサービスも旅の楽しみになろうが、寝台特急はこの点でも完全に逆を行っている。車両は昭和40年代の超が付くほどの旧型車。サービスに至っては、増えるどころか、食堂車までなくなる始末。もっとも、1両に2人(しかも私は元々乗るはずではなかったのだ!)のような乗車率では、廃止になっていないこと自体が奇跡に思われる。…という感じで、いきなり気の毒なくらいの酷評をしてしまった寝台列車。しかし、乗り心地は意外にも良かった。ガタンゴトンと揺れまくる車内でまともに寝れないのではないのかと思っていたが、意外にも揺れは少なく、のぞみとは比べようもないくらい音も静か。寝台一応、シーツと毛布、スリッパと浴衣まである。現役であることが奇跡としか思えぬ風情の洗面所同じく冷水機。子供の頃は、こういうところの水がやたらと美味しく思えた。汗も引き、着替えと歯磨きを済ませ、ようやく落ち着きを取り戻した私は車窓を見る。車窓から 人気(ひとけ)の全く無くなった夜のホームを静かに走り行く寝台列車…ろくでもないイメージばかりを持っていただけに、印象はかなり良くなっていった。………………疲れもあり、すんなり眠ることも出来たが、朝はやっぱり興奮していたのだろう。6時半頃に目が覚めた。予定では9時5分に小倉に着くはずで、寝過ごすわけにもいかない。寝台列車の中で迎える朝と言うのも、たまにはいいかもしれない。見慣れぬ風景がゆっくりと流れていく中、アナウンスによれば、『岩国』を過ぎたあたり。ただ、やや定刻よりも遅れているらしい。言われて外を見たら、確かに天気は荒れ模様。朝出る時、九州で滝のような雨だったことを思い出す。後になって知ったことだが、この日の雨は特にひどかったらしく、熊本では電車が脱線したり、死者も出たようで。この列車は、そういうエリアに向かって進んでいたわけで、どんどん遅れは広がる一方だった。一時は新幹線への乗り換えも検討されたようだったが、どうやらそれも無くなり、のんびりのんびり列車は走る。しかし、まだそれもましだったようで、車窓からは、途方に暮れた通勤・通学客の姿ばかりが目に映った。気のせいか、すれ違う電車が殆ど無い。ということは、普通の電車はほぼ運休状態だったのだろう。持ってきていた文庫本もついに読み終わり、途方に暮れていた頃、ようやく小倉に辿り着いた。時間はもう12時半。夜明けからの所要時間だけなら、自家用車で一般道を走っているのと殆ど変わらなかった。笑門司駅に着いたときに、乗ってきた『富士・はやぶさ号』の雄姿を撮っておいた。こんな写真、鉄道マニア以外にはもう用は無いのかもしれないが、思えば、かつては東京から九州に行くと言えば、すなわちこの列車に乗るということだったわけであり、そういう意味では、語りつくせぬ多くの人々の想いを運んだはずの列車だ。ナカタですら現役を退く時代だ。残念ではあるが、この列車がその道をたどる日もそう遠くあるまい。思いつきの日帰り旅行が、思いの外長い旅になり、この連載も、いつにない長期連載となってしまった。32歳にもなろうかという歳でこんな学生のような貧乏旅行をしてしまうのは、誇れることではないけれど、そういう旅だったからこそ、思っていた以上の発見もあり、驚きもあり、恐怖もありで、『旅をしたなぁ』という実感を満喫できたように思うから不思議だ。まあそれも一人だから許されるわけで、家族を連れて行くときは、もう少し普通にしないといけない。何はともあれ、久し振りに子供のように無邪気になれたこの2日間。付き合ってくれたさえきくっこ氏には、感謝あるのみだ。いつの日か、どちらかによる『明日はどうね?』の言葉が出る日まで、大人になって頑張ろうと思う。
July 6, 2006
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さてさて。帰りの寝台特急に、あと少しで乗り遅れそうになりながらも、危機一髪のタイミングで飛び乗ったった私。『ささやかな旅』のつもりが、いつの間にか、『スリル満点の大冒険』になっていた。しかし、その直後、冒険はまだ終わっていなかったことを知らされる。指定席に案内してあげようと、私の乗車券を見た車掌が、信じられない一言を呟いた。『お客さん、この切符は、明日の便の切符ですよ・・・』『えぇーえー?』そんな馬鹿な・・・と思った直後、私は自分の重大なミスに気付いた。そう。言われてみれば、私は確かに26日の切符を買っていた!!!前日切符を買う際、実際は日帰りで帰るつもりだったものの、家に帰り着くのが翌日というの頭の中にあった私は、帰りの切符を予約するのに、なんら躊躇いもせず、翌日出発の便にしていたことを思い出した。あちゃー…あんなに一生懸命走ってやっとのことで乗った電車が、違う電車だったとは・・・無情にも電車は走り始め、速度を速めていく。この状態の私は、一種の無賃乗車と変わりないわけで、次の停車駅京都で降ろされた挙句、その運賃を請求されても、文句の言えない状態となった。所持金も底を尽きたのに・・・安心したのもつかの間。一気に絶望の谷間に叩きつけられた思いだった。あまりにも気の毒に映ったのだろう。最終的に、車掌はこの便での乗車を許可してくれた。私の寝るはずだった席はふさがっていたが、目的地まで空いている席に案内してくれた。悪夢一歩手前で、ようやく、『夢の寝台特急の旅』が始まったのだった。車窓から・・・・つづく・・・・
July 4, 2006
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今日は旅行記を一旦中断し、ヒデの引退について書いてみようと思う。29歳にしての引退は、傍目に見て、あまりにも早すぎる。ましてやサラリーマンの立場から言うと、『なんて優雅な!(悪い意味だ)』というのが率直な感想。しかし、プロ入り以来、常に第一線で、日本のサッカー界を引っ張ってきた彼にとって、やはり、精神的には、限界だったのかもしれないと言う気はする。このワールドカップを区切りに、彼の中で、プレーヤーとしての何かが、切れてしまったように思える。誰よりもサッカーを愛し、プロの誇りを重んじてきた彼にとって、中途半端なテンションでの続行は、許せなかったんじゃないかと思う。その気持ちは、私もわからないでもない。無理をして、ボロボロになってでもやり続けるのも美学だが、100%のパフォーマンスを発揮できないとわかった時点で身を引くのも、プロフェッショナルの潔さだ。かつてのキング『カズ』のことを思えば、彼の行動は、最後まで身勝手に映ることは致し方ないが、それまで彼が私たちに与えてくれたことを考えると、我々も贅沢ばかりを言ってはいけない気もする。最後の一瞬まで、『超一流』であり続けた彼の勇姿を、いつまでも忘れずに、それに続く男の出現を、静かに待つべきかもしれない。しばらくは大変な騒ぎになるかもしれないが、あれだけの男だ。いつかひょんな形で、再び我々の前に姿を現してくれることだろう。
July 3, 2006
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