Nonsense Fiction

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2006/12/31
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: 連作短編

( はは ) が年越し蕎麦を作っているのである。
「昔は蕎麦粉を打って、麺から作っていたんだけどねぇ」
 市販の蕎麦を茹でながら、姑が云う。わたしは水屋から蕎麦用の椀を出しているところだった。
「本格的だったんですね」
「お父さんは上手だったけど、わたしは下手でね。切るのも茹でるのも失敗ばかり。混じり気のない蕎麦粉って、気を付けないとすぐ団子になっちゃうのよ。だから、お父さんが亡くなってからは手抜きしてるの」
 蕎麦を ( ざる ) に移して湯切りしながら、ふふふと笑う。
 旦那も姑も、亡くなった ( ちち ) の話をすることは滅多にない。会ったことのないわたしは、少し興味を惹かれた。
「お ( とう ) さんがご健在の時は、ずっと手打ちされてたんですね」
「あの人は、そういうことにうるさかったから。仏壇と神棚の掃除は十三日にするもんだとか、元日は風呂に入っちゃ 不可 ( いけ ) ないとか」
「変なところで古風だったよね」
 ふいに背後から声がした。居間でテレビを見ていた筈の旦那である。
「餅をつくのも、二十六日と二十九日は駄目だとか」
「二十九は『苦をつく』で分かるけど、二十六はどうして?」
( ろく ) なことがないんだってさ」
「信心深い方だったのね」
「変わり者だったのよ」
 わたしが適当に取り分けた麺に、姑が汁をかける。 ( あらかじ ) め作っておいた海老の 天麩羅 ( てんぷら ) と、 蒲鉾 ( かまぼこ ) を入れ、ねぎを散らして完成である。
「昔、年越しには蕎麦の代わりにうどんが食べたいって ( ) って、親父にこっぴどく怒られたことがあったなぁ」
旨味 ( うま ) しそうに蕎麦を啜りながら、旦那が云う。「そんなもんは邪道だって」
「うどん好きだったの?」
「どうだったかなあ」
「転校生の家が、年越しにはうどんを食べるっていうから真似したがったのよ、たしか」
「そうだったっけ?」
「そうそう、小浜の方の高級マンションに越してきた子。ノブくんとか云ったかしら。近所の子供がみんな、その家の真似をしたがってね」
「ああ、それ香川から越して来た奴だ」
 旦那が箸を立てて云う。
「思い出したの?」
「うん。そいつ、中学の時に亡くなったんだよね」
「ああ、事故で亡くなったのって、あの子だったの」
 姑は云って、箸を置いた。まだ、椀の中には蕎麦が残っている。「もういいわ。こんな時間にものを食べると、胸がしんどくて」
「じゃあ、おれが貰う」
「天麩羅を入れたのが良くなかったんでしょうか」
 わたしはほとんど空になっている旦那の椀に、姑の蕎麦を移しながら云った。実際は、話の内容のせいで食欲が失せてしまったのかもしれない。自分の子供と同い年の少年が若くして死んだ話など、いい心持ちはしないだろう。
( とし ) のせいよ。昔はこんなことなかったんだけどね。それこそ夜中でも、うどんと蕎麦の両方を食べられたくらい」
「そういえば、どうして年越しには蕎麦なんでしたっけ?」
 どこかで聞いた気がするが、思い出せない。わたしの問いに、旦那も姑も ( くび ) をひねった。
「ああ、親父がなんか云ってたけど、もう忘れちゃったなあ」
「わたしも忘れちゃった」
 旦那が食べ終わる頃に、除夜の鐘が鳴り始めた。

 姑の家の玄関を出ると、刺さるような空気に身が縮んだ。暖冬と云えど、夜中は冷える。しっかりとマフラーを巻き、防寒する。旦那は帽子まで被っている。姑の家の箪笥からでも引っ張り出してきたのだろう。彼の物ではない、手編みのニット帽である。
「お姑さん、本当に来ないのかな。折角だから、一緒にいらっしゃればいいのに」
「もう齢だから、この寒さは堪えるんじゃない。夜が明けてから行くでしょ」
 初詣のことである。年越し蕎麦を食べてから、旦那とわたしはこの近くの神社に行くことにしていたのだ。 其処 ( そこ ) は小さいながらも、大晦日には近所の人々が集って、それなりに賑わうらしい。
 姑の家の前の坂を左に出て登って行く。登り切ったところに三叉路があり、突き当たりが神社である。午前零時前だというのに、この日ばかりは何処の家にも灯が点いている。


つづく






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Last updated  2007/01/31 11:59:15 PM
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雪村ふう @ ぼっつぇ流星号αさんへ 旦那からすると、(若かりし日の)姑の方…
雪村ふう @ 架月真名さんへ いつも読んで感想くださってありがとうご…
ぼっつぇ流星号α @ なるほどねぇー なんかタイムパラドックス的な感じ(?)…
架月真名 @ リクエストに応えてくださってありがとうございました!! 子供が生まれるまでの姑さんの生き地獄の…
雪村ふう @ 架月真名さんへ 赤ちゃんの描写を褒めていただけて嬉しい…

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