Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/01/06
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: 連作短編

( はら ) んでライトグリーンに染まっている。わたしはのろのろとベットから起き出すと、隣の部屋へと続く襖を開けた。昨夜母が用意した、わたしの振袖が 衣紋 ( えもん ) に掛けてある。裾の辺りには御所車が停まっており、濃い桃色の地に舞い散る桜の花びらが、薄暗い室の中でも華やいだ雰囲気を放っている。畳の上には、 畳紙 ( たとうし ) の中に収められたままの帯と、飾り襟や帯揚げが並んでいる。
 わたしは襖を閉めると、壁に掛けた素っ気ないカレンダーに眼を向け、ため息を吐いた。一月七日。今日は、わたしの見合いの日である。

 とても、長い夢を見ていたように思う。

 夢の中では、わたしは疾うに見合いを済ませ、結婚までしていた。相手は、穏やかだが少々風変わりな男性である。わたしは彼の不可解な言動に戸惑いつつも、それなりに楽しい毎日を過ごしていた。 ( ちち ) は既に亡く、 ( はは ) とも別居の気楽な二人暮らしである。とはいえ、姑は決して ( けむ ) たい存在ではなく、わたしを大変可愛がってくれるので、わたしはよく、彼女の家を訪れていた。


 朝食を摂り、髪のセットや化粧を済ませると、母に着付けをしてもらう。親を伴わない略式の見合いなので、仲人さんには軽装で良いと云われているのだが、振袖など滅多に着る機会がないからと、母に ( ) められた。たしかに、最近は友人や親戚の結婚式にも洋装で出ることがほとんどだ。このままでは減価償却できないと母が危惧するのは、当然のことであるかもしれない。わたしも機会があれば着ておきたいと思っていたので、無理に抵抗することはしなかった。
 折角だからと、母が銀地の帯を畳紙から出してくる。最初にこの振袖に合わせて作った帯である。しかし、成人式直前に、これでは地味過ぎるからと、呉服屋さんが金地の帯を持って来た。向こうは交換という 心算 ( つもり ) だった様子なのだが、母がこの銀地の帯を気に入っていた為、両方 ( ) うことになった次第である。
 成人式の時と同じ、四つ組みの帯締めを締めてもらって完了である。薄桃色と藍白のグラデーションが、金地の帯よりもこちらの帯に良く映えると、母が喜んだ。この帯締めは、昔近所に住んでいた 小母 ( おば ) さんの手製で、厄除けの糸で組んである。
 数えの十八、十九、二十は女の厄年だからね。成人式には、厄払いにこれを着けて行きなさい。
「おっ、馬子にも衣装」
 袋雀が完成したところで、室の前を通りかかった弟が、野次を飛ばして行く。小突いてやろうと足を踏み出したら、姿見越しに、母に睨まれた。
「お見合いにはぴったりの帯締めね」
 等身大の姿身に映るわたしを見て、母が満足そうに腰に手を当てる。これを着けて見合いに臨めば、厄の付いている相手には当たらないだろうと、彼女は思っているようだった。


 見合いは、もともと気の進まないものだった。逢ってみるだけでもと両親に懇願され、仕方なく現在住んでいる ( ところ ) から、仕事の休みを利用して帰省してきたのだ。写真や吊り書きさえ見ていない。相手もそれほど熱心なわけではないのか、こちらへの出張中の休暇を利用して出てくるということだった。相手は仕事中の閑潰しなのだと思えば、こちらも多少は気が楽になる。
 指定された駅前のホテルのロビーに行くと、相手は既に到着していた。仕事中の 所為 ( せい ) か、スーツ姿である。 ( ) われたとおりの軽装にしなくて良かったと、胸を撫で下ろす。
 藤色の着物を着た、仲人の小母さんに手招きされて、彼らの居る壁際の席に急ぐ。硝子張りなので、彼らの向こうにホテルの中庭が見えた。防音にはなっていないのか、水の音がする。獅子威しは無いが、小さな噴水があるのだ。天使のような子供が壺を担いでおり、その壺からちょろちょろと水が流れている。
 簡単にお互いを紹介してから、仲人さんは席を外した。小太りな背中が見えなくなると、わたしは急に心細くなる。初対面の相手と何を話せというのか。
「いいお天気で良かったですね」
 当たり障りのない天気の話でもしてお茶を濁そうとしたら、失敗した。天は冬晴れとは程遠い、曇天である。まるでわたしの心を代弁しているようだ。
 俯けていた ( かお ) を上げ、恐るおそる相手を見ると、くすりと笑っていた。失礼な御仁だ。だいたいこういう時には、男の方が気を遣って先に何か話しかけてくるものではないのか。
 少々腹立たしく思っていると、相手がやっと口を開いた。
「また、お逢いしましたね」


つづく






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Last updated  2007/02/28 12:25:09 AM
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