Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/01/09
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: 連作短編


 曲がりなりにもわたしは結婚しているのだから、振袖を着ていれば咎める者だっているだろう。しかし母は、なんでもないことのようににこにこしている。
 ふいに、夢の中の彼の死に ( がお ) を思い出した。驚いているような、でも、どこか穏やかな死に貌。まさかあれは。
 そんなはずはない。彼は、今晩にはここに来る筈だ。出張で今朝まで仕事が入っていた為、今現在ここに居ないに過ぎない。わたしの左手の薬指に指輪がないのも、金属アレルギーが出ているからだ。何も忘れてなどいない。夢と ( うつつ ) を取り違えるなど・・・・・・。
 でもそれなら、あの会話の後、わたし達はどうなった? 自分が席を立ったのは憶えている。けれど、その後のことがどうしても思い出せない。振袖の裾を踏んづけそうになりながら、急ぎ足でホテルを出たわたしは・・・・・・。
 憮然としたまま玄関前に ( ) ち尽くしていたわたしを、母が振り返った。
「でも、振袖で近所を歩くのはやめて頂戴ね。出戻って来たと思われるから」


 晴れて成人式を迎えた弟からは、その晩、遅くなると連絡があった。友人達と飲み歩いているらしい。
「ひょっとしたら今夜は友達んとこに泊まるかも。 義兄 ( にい ) さんに、おれが帰るまで居るように ( ) っておいて。姉ちゃんは帰っていいから」
呂律 ( ろれつ ) の回りきっていない口調で電話してきて、そんなことを云う。弟は何故か旦那を気に入っている。
 風呂から上がってきた旦那にそのまま伝えてやると、彼は素直に喜んだ。
「おれ一人っ子だから、そういうのすごく嬉しいんだよね。だけど、きみが振袖で出迎えてくれたのはもっと嬉しかった。初めて逢った見合いの時を思い出しちゃった」
 石鹸の匂いを振り撒きながら、無邪気に微笑む。こういう時、彼は二十歳の弟よりも幼く見える。その度に、もっと大人っぽくて、頼れそうな人が理想だった筈なのにと、わたしは自分に首を傾げる。
「あの時は、初めてじゃないとか云ってなかった?」
「そうだけど、生身に逢ったのは初めてだったから」
「人をホログラムか何かみたいに・・・・・・ま、いっか、生きてたんだし」
 わたしは口を尖らせたが、今朝方の夢のことを思い出してツンケンするのはやめることにした。理想であろうとなかろうと、今のわたしには、彼らのいない人生は考えられない。
「それ、きみのこと?」
 不思議そうに旦那が問う。
「ううん。あなたのこと。今朝方、夢を見たの。あなたが車に撥ねられて死んじゃう夢」
「車道に飛び出したきみを引き戻して?」
「どうして分かるの?」
 わたしは驚いて旦那の貌を覗き込んだ。今なら断言できる。夢の中の見合い相手も、あの中で夢に出てきたと思っていた旦那も、全てこの貌であったと。
 彼は、わたしの問いには答えず、 悪戯 ( いたずら ) っぽく 微笑 ( わら ) う。
「こりゃいいや。きみの夢で一度死んだなら、おれは長生きできそうだ」









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Last updated  2007/02/28 12:38:02 AM
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