Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/04/05
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: カテゴリ未分類


 月明かりだけでも十分に明るい病室で、蛍光燈のスイッチを入れながら、先に入った黒いパーカーの背中に問う。義兄(あに)は此方に背中を向けたまま、いいんだよと応えた。
「いいんだよ、名前なんて誰が付けても」
 子供の、である。満月の日には出産が多いと聞くが、姉も満月である今日、無事に女の子を出産した。
「だけどさ、あんなに四六時中考えてたのに。それこそ夜も昼もないくらいにさ」
 云(い)ってから、しまったと思った。自分が見ていたのは、夢の中の義兄だ。彼が現実にそうしていたとは限らない。
「あんな名前にして、あの子が大きくなった時に怒らないかな。なんでおばあちゃんと同じ名前なのよって」
 慌てて付け加える。姉は何を考えているのか、義兄の母親と同じ名前を、自分の娘に付ける心算(つもり)らしい。
 あの後、おれは電話の音で眼が醒めた。受話器を取ると義兄からで、姉が産気づいたので、家族はみんな病院に居るという。あの夢の後だったので一瞬動揺したが、もともと、姉が今日までに産気づかなければ入院することになっていたので、義兄も夕方には此方に来ることになっていたことを思い出し、自分もすぐに病院に駆けつけた。その時にはもう日が暮れており、姉は陣痛室というところに入っていた。それから更に数時間が経ってから、姉は分娩室に移り、先ほどやっと、お産を終えたのだった。今も後処理があるとかで、まだ病室には戻ってきていない。父は喫煙コーナー、母は自販機コーナーでそれぞれ一息吐いており、一人部屋である姉の病室には、義兄と自分だけが先に帰ってきている。
 産科の病室に男二人でいるというのは、あまり落ち着かない。でもそれはこちらだけのようで、義兄は常と同じ調子で寛いでいる。姉の使っている寝台に軽く腰掛け、羽織っていたパーカーを脱ぐ。中は白いカットソーである。下はベージュの綿パンで、実は夢と同じ服装だったのかと、今更気づく。
「名前はお母さんが付けたんだって云うよ」
 彼はいつもの穏やかさで応えた。
「そうしたら今度は、お父さんはあたしのこと何にも考えてくれなかったのねって云い出すかもね」
 相手の貌(かお)を覗き込むようにして、ちょっと意地悪く云ってみる。
「もしそんなことになったら、きみが娘に云ってやってよ。お父さんはずっと名前を考えてたよって。たった一人の証人なんだから」
「え?」
 そこへ、姉が看護師に伴われて戻ってきた。あれこれと説明を受け、礼を述べて若い看護師を見送ると、這うようにして、寝台に横になる。
「もう、へとへと」
「ありがとう。お疲れ様」
 義兄が労いの言葉をかける。たしかに姉は憔悴しきっているように見える。しかし、蒼白な貌の中に、何かを成し遂げたという達成感のようなものも見え隠れし、我が姉ながら、神々しくさえ見えた。赤ん坊は猿のようだったが可愛く、思ったほど複雑な気持ちにならずに済んだが、こういうのを見ると、敵わないなと思う。
「外出とくよ。お疲れ」
 いたたまれない気分になって廊下に出ようとすると、姉が呼び止めてきた。
「気分は良くなった?」
「え? うん」
 眠気はさっぱりと何処かに消えていた。夢の中とはいえ、自分の気持ちを吐き出したからだろうか。久しぶりに頭が冴え冴えとしている。
「良かった。あんた今朝、顔色が悪かったから」
 心底ほっとしたというように云われて、ぽかんと口が開いてしまった。
「呆れた。自分が大変な時に、人の心配してたのかよ」
「呆れるのはこっちよ。旦那が来てチャイム鳴らしても、全く気づかずにぐうぐう寝てたんでしょ。しかも玄関の鍵開けっ放しにして。二時頃に家に電話したら旦那が出るんだもん。びっくりしちゃった」
「おれもびっくりしたよ。着いたら鍵は開いてるのに、誰も出てこないんだもん」
「だけど、鍵が開いてて良かったじゃない。そうでなかったら、あなたは何時間もずっと閉め出しだったんだから」
「ちょっと待ってよ。義兄(にい)さん何時に着いたの? 四時頃着く予定じゃなかったっけ?」
 義兄を見ると、秋風に揺れる湖水に浮かぶ満月のような微笑みが返ってきた。
「出張先の仕事が早く終わったんだよ」
「一時だって」
 問いに答えたのは姉だった。出産時の傷にこたえないよう、そっと笑う。
「早く着くなら着くって云えばいいのにね」


 後に知ったことだが、産まれてきた赤ん坊の掌には、真珠の首飾りが巻き付いていたらしい。白く光る珠は、煌々と輝く月のようだったという。












読んでくださってありがとうございました。


読んでくださる人を、どこまで騙くらかせるか企画第?弾でした。
『あの人』若しくは語り手が、告白の部分まで女性だと思われていれば、この企画は成功です。
感想はなくても「騙された」とか「いや、最初から分かってたぞ」など、気づいたか気づかなかったかだけでも、コメント欄で教えていただけると嬉しいです。

でも、そればかりを気にして、内容はいつにも増してつまらなかったような・・・・・・(汗)
しかも、嫌いな人には嫌いな展開ですよね。
すみませんでした~。


一人称なしは苦しいから、今度はどっちでもOKの『私』でやってみたいです(まだ足りないってか)
そう考えると、宮部みゆきさんの『スッテップファザー・ステップ』は、ほんとすごいですね。主人公の性別ははっきりしてたけど、一人称がなくてもぜんぜん違和感なかったもんなぁ。(二話目からは一人称あったけど)










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Last updated  2007/05/06 12:46:07 AM
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