Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/04/11
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: 連作短編


 そして、女の手がとうとうわたしの腹に触れようとしたその時、背後から聞き慣れた声がした。
「子供なら、ここにいますよ」
 女の手がぴくりと止まる。
「先程はどうも。・・・・・・と云っても、今の貴女は憶(おぼ)えておられないでしょうね」
 旦那だった。何処から持って来たのか、枝についたままの柘榴の実を携えている。
 女はわたしに伸ばしていた手を引っ込め、立ち上がって彼と向き合った。
「子供はそこじゃない。ここにいます。お探しだったんでしょう? 小さな子供を」
 彼は穏やかな笑みを浮かべて、柘榴を枝ごと女に差し出した。わたしの頭上で、女がそれを受け取る。毀(こわ)れ物を扱うような、慎重な手つきである。そしてそれを手中に収めると、彼女は逃げるようにその場を走り去った。
「どうにか間に合ったみたいだね。さ、行こうか」
 呆然と女を見送っていたわたしの肩に、旦那が手を置いてきた。そこを起点に、見えない呪縛が解けるように、すうっと身体が楽になる。わたしは自由になった手で脂汗を拭いながら、よくあんな恐ろしい女と平然と話せるものだなと、いつもの笑みを浮かべている旦那をまじまじと眺めた。それに気づいたのか、彼が疑問符を投げてくる。
「何?」
「ん・・・・・・いや、あの、ありがとう」
 彼らがどういう知り合いなのか、何故、柘榴が子供になるのか、さっぱり分からない。しかし、彼が何かを察して助けてくれたのだろうという気がした。


 「でも、柘榴の実なんて、どこから持って来たの? 今は時期じゃないでしょう」
 旦那の車の助手席に乗り込みながら問う。後部座席には、まだ沢山の柘榴が転がっている。
「そうなの? いつが季節だったっけ?」
「秋くらいじゃなかったっけ。少なくとも、こんな極寒の二月じゃなかったと思うけど」
「ふーん。きみが体調悪いって云うから貰ってきたんだけど」
「調子が悪いのは胃で、腸じゃないんだけど」
 柘榴の実は、乾燥させて煎じたものを服(の)めば、下痢が止まるという。しかし、わたしは別に下しているわけではない。上げているのだ。
「全く、あなたといい、先刻(さっき)の女といい・・・・・・」
 胃ではなく、腹部に手を当てようとした女のことを思い出し、わたしは忌々しげに呟いた。
「ああ、別におれは民間療法に使おうと思って貰ってきたわけじゃないよ。これはただのお守りみたいなもの」
「柘榴がお守り? 健康祈願とか?」
 先刻のことから推してみると、厄除けかもしれない。
「ちょっと違うけど・・・・・・あ、病院に着いたよ」
「え? ちょっと、ここ・・・・・・」


 その病院の待合室には、懐に赤ん坊を抱き、左手に吉祥果を持った、美しい女の絵があった。鬼子母神(きしもじん)である。しかしその絵は少し変わっていて、貌の表情が、真ん中から微妙に違っている。左半分は慈母の微笑みを湛えているのだが、右半分は睛がぎらつき、額の端には角のような物も見える。それを見て、わたしははっとした。
「まさか、あの女・・・・・・」
 訶梨帝母(かりていも)は五百人もの子供を持つ母であると同時に、もとは人間の子供を攫って喰らう夜叉女だった。それが、お釈迦様に最愛の末っ子を隠され、子を喰われた親達も同じ気持ちを味わったのだと諭されて改心し、出産と幼児を庇護する鬼子母神となる。
「そういえばお釈迦様は、人肉の代わりに柘榴の実を鬼子母神に渡したのよね」
 だから、鬼子母神は左手に柘榴の実を持っている。
「うん。でも、柘榴ってね、ひとつの実の中に、種子がたくさんあるでしょう? だから、鬼子母神が柘榴の実を持っているのは、子沢山や安産を祈ってるっていう説もあるんだって」
 彼は云って、鬼子母神の絵を見上げた。
「とても信じてもらえないと思うけど、あの柘榴、実は先刻の女が呉れたんだよ」
 それはもちろん、彼の勘違いか、他人の空似に過ぎないだろう。だが、もしもそうなのだとすれば、彼女は今も、夜叉と神の間を行ったり来たりしているのだろうか。改心し、人の子を護るように柘榴を配りながらも、ふとした拍子に人肉を求めて止まない夜叉になって彷徨(さまよ)う・・・・・・。いや、ひょっとしたら彼だから、彼の子だから狙われたのか。
 そこまで考えて、わたしはかぶりを振った。そんなことがあるわけがない。それに、彼だからというのなら、狙われたことよりも、実を呉(く)れたことを思おう。
「お守りにって、そういうことだったの」
 わたしが云うと、彼は少し照れたように微笑(わら)って、そうと頷いた。


 彼が車を入れたのは、産婦人科の駐車場だった。
 検査の結果、わたしは妊娠二ヶ月目に入ったところであった。












この話を書き終えたのは、四月七日。
もちろん、先に載せた『月白く』より前でした。
(というか、これを書いた時には、あちらの構想はなかった)


これを先に載せるとあちらのオチがすぐに分かっちゃうと思い、あっちを先に載せたのですが、『月~』がこのシリーズだと分かると、この話のオチが分かってしまうので、苦肉の策で『月~』のカテゴリは未分類にしました。
しかし、すぐに同じシリーズであることがバレてしまい、あちらを読まれた方は必然的に、こちらのオチが最初から分かってしまう状態に(汗)


そうじゃなくても分かる人にはすぐ分かっちゃうよねーと、よけい自分が凹むような言い訳をしつつ・・・・・・
(タイトルがタイトルだしな)


最後まで読んでくださった方に感謝致します。
ありがとうございました。








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Last updated  2007/05/08 12:08:03 AM
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ぼっつぇ流星号α @ なるほどねぇー なんかタイムパラドックス的な感じ(?)…
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