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今、地域の運動会のようなところに来ている。入場行進のときに、近所の中学校のブラスバンド部が演奏していた。そういえば私も、中学のときはブラスバンド部でフルートを吹いていた。どの楽器も、「小学校のときからやっていました!」なんて人は皆無で、全員が初心者だった。それでも、2~3カ月もすると、みなそれぞれ自分の楽器をそれなりに演奏できるようになってくる。そして、1年もたてば、たいていの楽譜はOKという具合に成長していた。管楽器だと、吹きかた…息の使い方や口の形をまずそれぞれのパートの先輩に教わる。それから、どこを押せば何の音が鳴るか決まっているから、それも教えてもらう。その後は、めいめいに練習して、合奏のときにあわせていた。でも、ふと考えた。これが部活ではなく個人レッスンだったら、果たして私は楽器をあそこまで演奏できるようになっただろうか?吹きかたを教わる、という点では同じだ。むしろ、個人レッスンのほうが丁寧に、細かく教えてくれそう。でも、多分部活動で参加して演奏できるようになるほうが早いし楽な気がする。それぞれに演奏に個性も個人差もあるけど、そんなみんなと時間を重ねながら、楽しみを共有しながらやる。その環境があるというのが一番なのかもしれない。私たちのやっている多言語の活動も、同じだ。いろんな人がいる雑多な中で、いろんなことばの音に漂いながら、楽しい時間を共有する。懇切丁寧に教えてくれる先生もいないし、カリキュラムもないけど、むしろ伸び伸びと、みんなが楽しげにいろんなことばを発していく。環境さえあれば…やはり、人間も「いきもの」。自然のプロセスというものは、どこで何をしても、垣間見られるものなんだと思う。
2011.10.16
今、11月・12月のヒッポの講演会のお知らせチラシを作成中。今回は、時期的にとなりのファミリーのとかぶるので、チラシもポスターも合同で作ることにした。いつもは、一人で内容を考えて、デザインも一人で考えて、一人で作り上げてしまう。けど、二人、もしくはメンバーのみんなも巻き込んで考えているといつもより楽しいし、自分だけでは思いつかないようなアイデアがどんどん出てくる。そして、それに呼応するみたいに、自分の中からもまた新しいアイデアが生まれてくるから面白い。一人で作りあげてから、ほかの人に「これは〇〇したほうがいいんちゃう?」とか言われたら、それまでの努力も自分の考えも否定されたような気持ちになることがある。でもみんなで考えながら作ると、その中でたとえ意見が食い違って、自分の案が却下されたとしても、そんなふうには思わない。なんでかな?完成した結果だけ見せていたら、判断する側・される側と対立してしまうけど作り上げるプロセスをまるごとみんなで共有していれば、みんな同じ位置に立てるらしい・・・。もしかしたら、その過程でみんな「ことば」をかわすからかもしれない。ことばとともにイメージを共有することで、アイデアはどんどん立体的になり、膨らみを持つようになる。白か黒か・・・ではなく、いろいろな違いを包み込むような寛容な場が生まれる。ここまで書いて、思った。ヒッポのファミリーの場と同じだ。話せるようになってから口を開くのではなく、まだ音にもならないときからありったけを出し切れる場。年齢も、職業も、性別も、ヒッポ歴も、興味のあるポイントもみんなバラバラだけど、そんな違いをみんなで楽しめる。ことばの「音」を通して、みんながイメージを共有できているから、何を言っているか意味はわからなくてもことばを「歌う」のが楽しいのだろう。プロセスもまるごと楽しめるからこそ、そこに生まれるものがある。
2011.10.11
先週のファミリーに、この夏韓国で2週間ホームステイしてきたカズ(小6)が体験談を話に来てくれた。いつも、一緒にヒッポの多言語のストーリーを歌うのだが、カズは初めて聞く音でも、あっという間にそのまま真似して、歌いきってしまう。まるで、赤ちゃんみたいに・・・。そんなカズが、初めて海を渡り、初めて一人でホームステイをする。いったい、どういう感覚で、どのようにして韓国語だけの世界で2週間をやり遂げてくるのか。私はとても報告を楽しみにしていた。韓国に着いてすぐ、カズのホストファミリーは本屋に向かい、辞書を彼に買い与えようとしたそうだ。でも、カズは手で「×」を作って、いらないと伝えたそうだ。そんなものなくても・・いや、そんなものないほうが、人間同士、ちゃんと言いたいことが伝えられるよ・・・きっとカズは、感覚的にそれを知っていたのだと思う。そして実際、辞書なんてなくてもカズはちゃんとやりきってきた。これなに?と思うものがあれば、それを指さして同級生のホストにこう聞いた。「ナヌン モーヤー?」そうしたら、ちゃんとホストは韓国語で「これは〇〇」と答えてくれたという。これなに?と思う気持ちと同時に、意味はよくわからないけど「ナヌン モーヤー?」という音が自然と口をついて出てきたらしい。でも、帰国して韓国語のCDを聞いたカズは、改めて「ナヌン モーヤー?」の意味に気づいた。・・・これって、「ボクはなぁに?」って言ってたんだ!!話を聞いていたメンバーは、みんな笑った。とてもとても、温かい笑いだった。もちろん、茶化して笑ったのではない。ありったけで自分の気持ちを伝え、体当たりで韓国語の世界で過ごしてきたカズを本当に愛しいと思ったからこぼれた笑みだった。「これ何?」ではなく「ボクはなぁに?」と言っていたとしても、それがカズの精一杯だと感じたからこそ、ホストもきっと、精一杯受け止めて、答えてくれたんだと思った。何だか、私までうれしい気持ちになる。きっと本当は、2週間のうちにつらいことや、困ったこと、悲しかったこと、色々あったのだと思う。でも、楽しかった!と言い切るカズのことばに、うそはないと思った。全部ひっくるめて、そう言いきったカズに、拍手を贈りたい。そして、元気で帰ってきてくれたことに、改めてありがとう、って言いたい気持ちになった。私たちは、世代は違うけれど、多言語の公園に集う仲間どうしなんだ・・少なくとも、私は本心でそう思っている。
2011.09.25
今日、生まれて初めて、記者会見を開いてきました。人生、最初で最後かも。10月に行なわれるヒッポ主催のDr.スザンヌ講演会のお知らせと、私たちが多言語の活動の中で見つけてきた「ことばの獲得」について、大阪府庁の記者クラブでお話してきました。もちろん私一人ではなく、頼りになる先輩フェロウさまたちと、そしてなんと小学2年生の娘まで連れて・・・大阪府が今ごたごたしてるので、みなさんめちゃくちゃ忙しいらしく残念ながら記者の人が1人しかこられなかったんです。でもとても丁寧に話を聞いてくださって、一方的に聞いてもらったという感じじゃなく、人間同士の対話をしてきた、っていう実感がありました。運がよければ、新聞記事に載ります。あくまでも、運がよければ・・・・・・・・・・・・・・・祈ろう!!
2011.08.23
またまたご無沙汰しております。というより、実は他のブログを書くのでいっぱいいっぱいです。この秋、MITの言語学教授 スザンヌ・フリン氏を迎えて、ヒッポファミリークラブ主催の講演会を開催することになりました。それに向けて、少しでも多くの人に情報発信をしていこうと、「Dr.スザンヌ講演会プロジェクトチーム」として、ブログを立ち上げました。ひょんなことから、ブログ作成隊長に任命されてしまい、2日に一度記事を書いています。今まで、こちらの超個人的ブログで自分の好き勝手書いていたため、正直言って苦戦しています。普段、何気なく使っていることばが実は内々でしか通じないことばなのではないか?誰が読んでも分かりやすい表現や文章って、どんなの?単語や言い回しの一つ一つに注意を払いながら書かなければなりません。だって、私個人のものではなく、半分オフィシャルな感じやし。記事の内容に関しても、私の独断と偏見だけでは記事をアップできないという、若干の不自由さがあります。それでも、2日に一回更新してる。とはいえ、まだ日は浅いので、今日で9回目の更新です。しんどいけど、自分のことばを客観的に見つめるいい機会と思って続けたいと思います。応援よろしく。。。
2011.07.26
わーー、びっくりするほど日記ご無沙汰していました。今日、近所のスーパーにお買い物にいったときにすごいタイミングで、面白いシーンを見たので、日記を書きたくなりました。私が買い物をしていると、1歳ちょいくらいの女の子とお母さんがお店に入ってきたんです。入ったすぐのところには、バナナが並べてあって、それにちなんで(?)たくさんのおさるのぬいぐるみがぶら下がっていました。女の子は店に入るや否や、すぐにそれらを見つけて、大興奮で叫びました。「あー!あー!あー!あー!」それを聞いたお母さんも娘の指差す方向を見て、言いました。「あぁ、おさるさんやね。おさるさん、いっぱいぶらさがってるねぇ。」次の瞬間、女の子の発していた音の調子が、変化したんです。「ぉあぅぉ、ぉあぅぉ、ぉあぅぉー!」確かにそう言ってました。そして私はそれを聞いたとき、直感的に思いました。・・・この子、お母さんの言った「おさるさん」っていう音をそっくりマネしてる!明らかに波が変わったんですよ、ほんまに!それも、3回繰り返して「ぉあぅぉ、ぉあぅぉ、ぉあぅぉー!」って言ったんです。絶対これ、「おさる」(もしくは「おさるさん」)って言ってると思う。今はまだ大波だけど、こうして確実に、そしてあっという間に「おさるさん」って言うようになっていくんでしょうね。なんかすごいタイミングで目撃して、めっちゃ得した気分でした。
2011.06.15
先ほどの内容に少し補足します。※受け入れできる人は、お名前&ヒッポネームも取り急ぎお知らせください。※受け入れ可能人数と性別もあわせてお知らせください。※期間中、途中で何日か用事などで無理な場合は、近所のほかのメンバーさんにお願いするなど普段の受入れのときと同じように対応お願いします。以上、よろしくお願いします。
2011.03.19
東日本のフェロウ、おゆきからの依頼で、被災地から春休み期間子供たちを受け入れすることになりました。ッポ本部の責任の下での受入れではありません。「あくまでもフェロウ・メンバー有志で」です。大阪京阪地域の担当は、私さっちもがさせていただきます。***「ワタチノソバ大作戦」要項***(そばに応援してくれてる人がいるよ・・・って、現地の人たちに感じてもらいたいと思ってつけた名前です)※期間※春休み4月10日までの期間※対象※新小学校一年生~新中学校三年生※ホストファミリーの家までの交通費※行き帰り共子どもの家族負担送り迎えなどは、ホストファミリーの動ける範囲で。つまり、具体的には、大阪駅とか、伊丹空港とか、京都駅とか、そういう所です。※保険※子供達の家族達が入っている保険が適用されれば、それで、されなかったら、子どもの家族負担事故などの場合、例えばファミリーの中での事故なら通常発生した事故と対処は同じ。何かあって、保険が必要と思われる場合、ヒッポの保険は使えません。※プロセス※1. ホストファミリーの募集最終申し込み締め切り3月24日。それまでに随時受け付けます。所属フェロウに申し出ていただくか、さっちもまで直接ご連絡ください。後ほど、エントリーシートにご記入または入力・送信ください。2. 何人受け入れ可能か、地域担当さっちもから関西のとりまとめをしてくれるともちゃんに連絡を入れます。3. 関西に来たいというゲストを地域に振り分けます。(ともちゃんが)4. 地域担当さっちもがマッチングを開始します。5. 帰りの手配をホストファミリーにお願いすることになるかも知れません。できる限り、確実に、且つ安全に送り届ける方法で、子供達を見送ります。現時点で、このように決定しました。受付期間は、本日、今から。最終受付日は24日ですが、それまでであっても、早く受け入れできるのであれば、受入れていただければと思います。一日も早く受け入れ体制をとるため、「やる!」と決めてくれた人はすぐにでもお知らせください。もちろん、個人レベルで連絡が入っていて対応している、または対応したいということであれば、個々でお願いします。今回の被害はあまりに甚大で、長期化して様々な形での支援が必要になってくると思われます。物資の援助・輸送、義援金の募集・・・受け入れも妊婦さんや赤ちゃん連れのお母さんなど、やるべきことはいくらでもある。けれど、長期戦が予想されるゆえ疲弊して共倒れになってはいけない。では、どこまで責任を持ってやることができるのか?でも、そういって考えてばかりで、困っている人たちの要望に応えられないというのは、どうなんだろう?昨日、有志で集まってこの件を相談したときにたくさんの意見が交わされました。そこで決めたこと・・・まずは小さいことでもできることから確実にやろう。現地からのことばを大切にしよう。依頼のあったことから対応していこう。小さな一歩かもしれませんが、ご協力を心からお願いします。
2011.03.19
ヒッポファミリークラブ本部より、正式に発表されたのでこちらでもお知らせします。ヒッポメンバーの方は、以下ご参照ください。ヒッポファミリークラブHP、及び会員用ページでも確認できます。■ ヒッポ「救援募金」についてのお願い2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により、震災、津波、原発事故などによる被害は過去最大規模の大災害をもたらしております。東北地方、および関東地方の各地では多くのフェロウ、メンバーご家族が物理的、精神的にも多大な被害を受け、今後のヒッポ活動が困難な方もおられます。また、被害拡大の中でご家族、ご親戚、友人の安否に胸を痛めている方も日本のみならず海外にも多くいらっしゃいます。言語交流研究所本部では、被害に遭われた方々の情報の収集、また支援できることについての対応策を協議し、世界中のヒッポファミリークラブとも連携し、被害被災地への支援を目的とするヒッポ「救援募金」を2011年3月17日に設立することにいたしました。あらためてフェロウ、メンバーの皆さまには何卒、趣旨をご理解の上、ご協力をよろしくお願いいたします。皆さまから寄せられた救援募金につきましては、言語交流研究所本部を通じ被災されたファミリーに届けられますよう考えたいと思います。またこのヒッポ「救援募金」につきましては、募集期限の制限を当面は設けません。終了時にまたあらためてホームページにてご案内、ご報告させていただきます。■東北地方太平洋沖地震「救援募金」受付口座について≪受付方法≫ 下記口座にお振込みをお願いします。 (恐縮ですが、振込み手数料のご負担をお願いします)*募金を振り込んでいただく場合、個人の方は会員名をフルネームでお願いします。またグループで振り込む場合は、地域やファミリー名などを入れてください。例えば「渋谷フェロウ一同」または「杉並○○ファミリー」など銀行名:みずほ銀行 支店名:新宿新都心支店(普通)口座番号:1525612口座名義:言語交流研究所 ヒッポファミリークラブ*3月18日現在みずほ銀行のATMが休止していますが、窓口からは送金できます。銀行名:横浜銀行支店名:新宿支店(普通)口座番号:1246708口座名義:言語交流研究所 ヒッポファミリークラブ----------------------------------------------------なお、30周年を記念して作成しましたボールペンやストラップなどは、売り上げの一部を「救援募金」として寄付させていただきたいと考えております。被災地の一日でも早い復興を願、皆さまのご協力をお願いいたします。
2011.03.18
前回の日記が、カロちゃんのホームステイ受け入れ中・・・ってことは4ヶ月近く、続きを放置していたわけですね。どんっだけ不精もんやねん・・・すみません。さて、カロちゃんとの6日間ですが。カロちゃんは、スペインの子なのでスペイン語が母語です。で、本人曰く英語もまぁまぁ話せるらしい。(英語を話す姿は見なかったけど)そして、少しだけ日本語も話せます。(挨拶ていど)実のところ、この6日間カロちゃんと何語で話していたのか、自分でもよくわからへん。主観的に言えば、日本語も英語も混ぜ混ぜで、でもほとんどスペイン語だった感じ。私にとっては、スペイン語はちょっと遠いことばだった。自分の中にあるスペイン語の音なんて、たかが知れてると思ってた。なのに、カロちゃんと話すときは、なんでこんなにスペイン語が引き出されるんやろ?それにしても、ひとつだけのことばではなくいくつかのことばを混ぜて話すのって、ほんまらくちん。カロちゃんとの会話で、伝えたいことは全部伝えられたし、向こうの言ってることも全部わかった。あ、でも本音をいうと、実はちょっと残念なことも。カロちゃん、何をしてもらっても「ありがとう」を言わない子だったのです。ほんっとに最後まで、1回も。こっちも「してあげてる!」って思っているわけではなくても、ひとことも感謝のことばがないと、日が経つに連れて何だかギクシャクしてくる。最後に東京行きのバスに乗るとき、お見送りにいったんやけどそのときに、ほんまにバス出発するまでずっと中から手を振ってくれったカロちゃん。それを見たときには、「あぁ、この子はこの子なりに、感謝してるのかもな」って、やっと思えた。けど、やっぱりことばにする大切さも身にしみました。自分の行動を振り返ろう・・・
2010.12.13
27日から、スペインの女の子カロちゃん(カロリーナ)の受け入れをしている。この子、めっちゃ柔軟。とりあえず何でも物怖じせずにチャレンジするし、すっと場に溶け込むし、サラっと何でも自分の中に取り入れる。きたときより、どんどん日本語が上達しているらしい。分かる気がする・・・詳しくはまた!!めっちゃいい子やし、まじ楽しい。
2010.08.30
最近、「バランス」みたいなものが私の中でキーワードになってる。で、「自然ってどういうこと?」っていうことにもそれが深く関わってる。例えば、「ヒッポ」と「それ以外の世界」。ヒッポの中では、確かに伸び伸びとできるし、自由だし、居心地はいいのかも。けど、例えばヒッポの中"だけ"で外界から断たれて純粋培養のように育った人が、もし急に「世間」に出たら。。。適応できないことがいっぱい出てくると思う。それでも、人間であればきっと「環境に適応」していくのだと思う。そういう「適応」とか、「バランス感覚」みたいなものが自然の力なのかな、と思うと、単純に「ヒッポ=自然」っていうわけじゃないってやっぱり思う。両方の世界があるから、見えてくることがたくさんあるなぁと。ヒッポの「ファミリー」だって、人為的につくられた場。でも、そこで起こることには、やっぱり自然の秩序がある。人間と人間でつくってる場だからこそ、なのかなと思う。人間って面白い。
2010.07.18
最近のムスメ語録ピアノのレッスンで、先生から合格のシールをもらうとき、色んなシールがあって、どれにするか決められず散々迷った挙句、「いやーーん! 迷い込んだ~!」・・・わからんでもない・・・めっちゃ迷ってる感じがむしろ伝わったりして。お茶とお菓子を一緒に食べながら、「このおつまみ、おいしい」・・・お菓子だけを食べるときは言わないのに、どうやら、飲み物とセットになると一緒に食べるものはすべて「おつまみ」らしい。めっちゃおおまかやけど、わからんでもない。全体からことばを捉えて、ためらわずに使って、でも大きくは外れていない。小学生になったけど、まだまだ面白いことばがたくさんあります。
2010.04.07
うちの娘が初めて口にしたことばらしきことばが「まんま」だった。まだ1歳になってなかったかな。その次が「ねんね」、それから「おはな」だったかな。その頃、離乳食もほぼ完了して、色々なものを口にするようになった娘が自分の好物を食べると必ず「あんにゃ」と言っていたっけ・・・まだ「おいしい」とも言わず、でも食いつきの良さや食べてるときの満面の笑みでそれが好物なのが一目瞭然だった。だから、私はいつも「そうか、あんにゃやね」ってそのまんま受け止めて返してた。だからなのか、そのまま私たち二人の間のことばとして「あんにゃ」はしばらくの間、成立し続けた。季節的にもあんまり外に連れて行くこともなかったし、夫は単身赴任でほとんど家にいなかった。だから余計に、「あんにゃ」は長続きしたのかもしれない。そのうち、公園や児童館によく遊びに連れて行くようになると娘の「あんにゃ」は消えてしまった。多分、それが他の人との間には通用しなかったからだと思う。不思議なもので、その場で作用しないことばは、人間自然と口にしなくなる。日本語がまったく通じない台湾で1週間ホームステイしただけで帰国した際の税関で「ありがとう」っていうことばさえ出てこなくなっていて自分でもビックリした。自分の母語のはずの日本語でさえ、、、!ことばって、作用しあう場で、そこにいる人間同士で創るものなのだと思わざるをえない。もともと、あるものではない。原始人が「ウホウホ」言いながら何となく意思疎通を図ってたころから徐々に、相手と自分との間で共有できるものとしてことばを創り上げていったに違いない。ことばって、心そのものなんだろうな。昔読んだ哲学か何かの本で、「ことばが存在しなければ、自分は存在しない」みたいなこと読んで(うろ覚え)、その時はよく分からなかったけど、今なら何となく分かる気がする。
2010.03.08
友人と話していたとき、「モルフォって知ってる?」と聞かれて、めちゃめちゃ普通に、「うん、蝶やんなぁ」って答えたら、「よく知ってるね」って言われた。自分にとって当たり前のことだったけど、どうやら世間一般ではそうでもないらしいっていうことに、そういわれて初めて気がついた。そういえば、セセリチョウっていう蝶がいるねんけど、色合い的にかなり地味なヤツ。それを見て周りの友達はみんな「いや~、蛾がいる!」って言ってたっけ。ちょうちょなのになぁ・・・そういえば私にとっては、蝶と蛾の区別はごく当たり前に、普通に出来ることだった。ここまで読んだ人は、わたしのことを「虫が好きな人なのね」って思うかも。・・・いやいや、とんでもない!!私は大の虫嫌いで、実は蝶にも触ることができない。もちろん、その名前やら識別することやら生態にまったく興味もない。でも、私の周りには蝶が当たり前の環境として存在していた。私が小学校高学年の頃、弟の夏休みの理科の自由研究をきっかけに祖父が昆虫採集・とりわけ蝶にハマって、世界中を採集の旅に回っていたのです。家の中には、ごく普通に蝶の標本があり、展翅(てんし)されてる途中のものもズラリ。(※展翅・・・標本にするために羽・触角・足などの部位をピンで専用の板に固定すること)そしてごく普通に日常会話として蝶のことが語られている。(主に祖父と弟の会話)虫が大嫌いな私が、いくら興味がなくて、いくら記憶しないでおこうとしても否が応でも蝶の名前等様々な情報が耳に飛び込んできていて、無意識のうちに自分の中に取り込んでいたようです。環境って、ほんま恐ろしい。ほんっまに虫、嫌いやのに・・・逆に言えば、環境さえあれば、どんなことばでも自然と習得できるってわたしも実体験で知ってたんやなぁって、改めて気づかされたのでしたw
2010.03.06
先日、四天王寺の講演会で、講師に来てくれたTと一緒にドイツ語の一場面を歌った。Tは、「ここのドイツ語の中に『郡山』と『姫路』(って聞こえる音)があるんですよ」と話していた。でも実際に一緒に歌ってみたら、それは「姫路」ではなくて、私にとっては「キネゼ」って聞こえてた音だった。ところが、家に帰って改めてCDでそこの場面を聞いてみたら「ヒネゼ」って聞こえてきた。これが「姫路」のことね!!(笑)そこで気がついた。「マイケル」っていう英語圏の人の名前は、フランスなら「ミッシェル」スペイン語圏なら「ミカエル」ドイツなら「ミヒャェル」(ミハイル?)って音が変化するって。もしかして・・・「マイケ(K)ル」→「ミヒャ(HY)ェル」と、「キ(K)ネゼ」 →「ヒ(HY)ネゼ」って、同じような変化を辿ってる感じ?小さい子どもも、「さむい」って音が最初は聞き取れなくて「ちゃむい」って言ったりする。でもだんだん、周りの人たちとの会話を重ねることで「さむい」って聞こえるようになり、さらには「さむい」って自分自身も言えるようになる。多分、自分ひとりで聞いてたら、ずっと気づかなかったし、聞こえてこなかった。人といっしょにやってるからこそ、気づいたと思う。もともと、それぞれに聞こえ方が違って当たり前。だって、赤ちゃんだってみんな同じことばの発育をするわけじゃない。「さ」を「ちゃ」って言う子もいれば、「ら」を「だ」っていう子もいる。自分の聞こえるようにしか、最初は聞こえないのだと思う。でも音を共有する中で、「あれ?」って気づく瞬間がある。自分だけでなくほかの人の耳に聞こえた音を自分の音にできる。たくさんの人といっしょに過ごせば過ごすほど、聞こえ方の幅がグっと広がるんやぁ。改めて、そう実感した今日この頃。
2010.02.14
12月に初めてヒッポの講演会の講師をさせていただいてから、ご依頼をたくさんいただいております。今のところ、2月に3回、3月に2回、講師の予定が入っています。大変ありがたいことです。。。実はわたし、一度講師をやったら、自分の中に定石というか、パターンというか割とハッキリ話の道筋みたいなものが出来上がるんかなぁと思っていたのですが・・・そんな甘くなかった。日々、変わっているので、話したいことも変化する。そして、準備会にいったり主催フェロさんと話をしたりすると、またさらに変わったりする。毎回毎回、完成なんてない。一度全部壊して、一から作り直すような感じ。未完、だから進化できるのだと信じて、毎回もがくようにします。それもまた楽し。
2010.01.27
昨日、TVで「アイスエイジ」をやってるのを見て、すっかり気に入ったムスメ。突然、「フレッシュプリキュア、ドラエもん、ピカチュー、アトム、アイスエイジ、ユチウォン、トゥンムr アジチュワへ。」と言い出した。ヒッポで、自己紹介をするときに好きなものを言うときのフレーズ。(韓国語)”この映画好き!”って思ったら、何語であれ関係なくそれが口に出てしまうらしい。・・面白い。そのまま何となく自己紹介を色んなことばでやり始めた。英語でやってるとき、こう言った。「マーイ ファミリーメンバー、パーパチカ、マーマチカ・・・」パーパチカ・マーマチカは、実はロシア語。英語とロシア語、混ぜ混ぜ・・・でも、意味はあってる。これもまた、そこにちょうどぴったりな意味でことばが引き出されてる!学校のテストならペケがつくところやけど、私にはめっちゃ伝わった。○○語っていう境界線がなくて、でもその状況にぴったりなことばが自然と引き出されるって、不思議。でも、ムスメは幼稚園では日本語以外は話さない。それがみんなに伝わらないって知ってるから。ことばって、やっぱり受け止めてくれる相手がいないと出てこない。何語でも、話したいことを何でも気持ちよく口に出せる環境をもっともっと濃くしていきたいなぁ。多言語って聞くと、「いっぺんにそんなたくさん言葉を習得なんて無理・・」って言う人が結構多いけど、むしろめっちゃラクチンやのになぁ。だって、何語でも関係なく話していいんやもん。ね。
2010.01.06
先日、近所の小学生たちと道端ですれ違った。そのとき聞こえてきた会話が・・・「ぼくな、昔はサッカー選手になりたかってん」・・・どう見てもその子は2年生くらい。7~8歳の子供が、「昔」って!!ってちょっと面白かった。でも、その子からしたら、2年前であっても自分の人生の4分の1くらい。6歳のときのことでも、すごく昔という感覚なのかもなぁ・・80歳の人で考えたら、60歳のとき。うん、それは確かに「昔」かも。20年分の感じ?って思ったら、妙に納得したりして。自分で考えても、年齢の4分の1といえばだいたい8年くらい。8年前だったら「昔」って感じるかも。人間の時間の感覚って不思議。それぞれ自分を軸にしてしか、感じられないものかもしれない。
2009.12.27
ムスメが抑揚のない喋り方をして遊んでいた。何か宇宙人みたい・・・って思って、「ワタシハ ウチュウジン。ウチュウカラ キマシタ。チキュウノ ミナサン コンニチハ」って抑揚のない話し方で言ってみた。すると、それが面白かったのかムスメも乗ってきて、そのままマネしようとする。「ワタシハ ウチュウジン。チキュウカラ キマシタ。チキュウノ ミナサン コンニチハ」なぜか何回言っても、「ウチュウから」ではなく「チキュウから」って言ってしまう。でも、ウチュウって発音できないわけではない。だって、「ウチュウジン」って言ってるし。そこで気づいた。もしかして、ムスメにとって「ウチュウ」と「チキュウ」は同じ感じのことばなのかも・・・と。例えば、私も韓国語の中で「アニー」と「アンデェー」(うまくカタカナでは書かれへん!)は、詳しく意味が分からないけど、同じような感じがする言葉としておおまかに捉えてて、必要な場面が訪れたら、正しくはどうなのかわからなくても感覚でどちらかを使う。「ハッケ」と「カッチ」とかも・・。きっと、ムスメにとっても「ウチュウ」と「チキュウ」は、そんな感じのことばに違いない。「チキュウとウチュウは、似てる感じ?」と聞いてみたら、「うん、よぉわからんけど一緒のような感じがするねん。 あ、セカイも一緒の感じがするわ。」チキュウとセカイとウチュウ・・・ほほー、なるほど。これから、ムスメの中で、どんなふうにこれらのことばの意味が切れ込んでくるのかかなり楽しみ。
2009.12.04
先日、ファミリーで英語のさかっちゃんの話の場面をメタ活していたときのこと。”~~ pay special attention ~~・・・”ってフレーズが聞こえてきた。そこでふと思った。「attention」にも、「money」にも、「pay」を使うのは、「注意」にも、「お金」にも「払う」を使う日本語と全く同じだなぁと。pay attention・・ っていう言い回しは、確かに高校のときに習った。でも、そのときは「あ、payの使いかたって日本語の払うと同じなんや。」って漠然と思っただけで、自分の中の情報として整理しただけだった。よく考えたら、めちゃ面白い。「注意」と「お金」って、一見ぜんぜん違うモノに見えるけど、それに同じく「払う」っていう言葉を使う感覚は、英語圏の人であっても日本人であっても共通なんや!!!考えてみれば、受験勉強での英語は、英語と日本語で、全然使い方や感覚が違う単語やフレーズにばかりにスポットを当てて、”ひっかけ問題にひっかかるな!点数を稼げ!!”みたいなことばかりに気をとられていたような気がする。もちろん、実際にえっっ?っていうような言い回しもあったりはするけど、よく聞いてみれば、大抵が「日本語ではそういう表現しないけど、言われてみれば分かるような気がする・・」っていう感じじゃないかな。やっぱり人間のことばって、根底は同じやなぁ・・って思ったのでした。
2009.12.01
大阪に「天満橋」っていう地名(及び駅)がありますが。ムスメはずっと、「てんばまし」って言ってました。子どもによくある、入れ替え。かわいいからそのままにしてた。でも、ある日会話の中でわたしが「てんばまし、今日いく?」ってわざと言ってみたら、「てんばましー!?」って変な顔。「てんばまし?てんば・・・ま???」とブツブツ。どうやら、「天満橋」と「てんばまし」の音の違いに気づいたらしい。でも、まだ「天満橋」とは言えていない(笑)しばらくすると、「天満橋」ってちゃんといえるようになったけど、それでも時々「てんばまし」って言ってしまうことも。でも、自分自身口に出してから「あれ?」って気づいて、「天満橋」って言い直すように。やっぱり、耳は口に出すより先に、いち早く音を捉えてる。最初におおまかにそのことばらしさをつかんで口に出してみるけど、耳では分かってるのに、細かいところはまだ切れ込んでなくて、口に出すのはまだ出来ないっていう時期がある。大人の私も、ヒッポの活動の中で日本語以外の言葉でそういうことを何度も経験している。でも、みんなと一緒にいろんなことばを口にするうちに、だんだんと口に出すものもハッキリしてくる。大人も、子どもも、みんな同じ。人間特有の現象なんやね。。。
2009.11.26
ヒッポの北摂の研究サロンブログでもアップされてて、他のブログでも多々紹介されている動画です。http://www.youtube.com/watch?v=-0jCWkM15ag初めて見たときは、窒息寸前・・笑いすぎて号泣するほどの笑激(衝撃?)でした。多言語の自然習得の活動をしていても、いわゆるこのような空耳にはよく遭遇する。 以前トルコ語の中で「死んだアクションスター石像ド派手」って聞こえたときもみんなで大笑いしたっけ。人間って、初めて聞くことばでも、自分がよく知っている音、なじみのある音に引き寄せて聞くみたい。・・・っていうのは、以前からみんなでよく言ってたことなんやけど。何で、似てたらこんなに笑えるんやろ?似てる、っていうだけで、何で?そういえば、音だけではなく、「○○さんが△△さんと似てる」とかいう話題でも、ナゼか非常に盛り上がるよね・・。もしかして、人間って「似たもの」とか「同じ」を見つけるのが根本的に好きな生き物なのかも。全く最初は分からないことばの中で、同じ音を見つけ出したとき、それが重なってだんだんと意味が切れ込んでくる。多言語聞いてて、時々、違うことば同士で「似てる」とか「同じ」を見つける瞬間がある。そういうときって、楽しい。面白い。なんていうか、脳みそが喜んでる!!って感じ。楽しい、面白いっていうことを自然と求めるから、それこそ自然とことばも自分に近くなってくるのかもしれない。
2009.11.21
昨日は、ムスメの幼稚園の英語指導の授業参観があった。月に1度だけ、25分ほどいわゆるネイティブの先生が来てくれて、英語で授業(?)をするみたい。終始英語だけで話すテンション高めの先生。(いい意味でね。明るくて楽しくて優しそう)子ども達もめちゃテンション高くて、楽しそう。先生が話す一言一言、細かく意味が分からなくても、何となく音の感じとか、今の状況とかで内容を感じ取って反応する。そして、「Repeat after me」と言われてなくても、自然と子ども達は先生の口にする英語を真似する。ここにも自然習得のプロセスがある・・・って思った。誰にでも、いつでも、どこでも!!やっぱりそれは人間やからやんなぁ~!!・・・なんて感心していると、後ろのほうから他のお母様たちの会話が聞こえてきた。「これ、いいよね!こういう授業を毎週やってくれたらいいのに!絶対、英語喋れるようになるよね!」そうかなー?この授業を否定するつもりはさらさらない。確かにこどもたちは楽しそうやし。でも、「わが子にどんな人間になってほしくて、そう言ってるのかな?」って単純に疑問に思った。「とっかかりとして、とにかくまずは英語を好きになって欲しい」ってことなんかな?楽しい授業、楽しい先生・・・確かにこれなら英語を好きになるかもしれない。子どもは好奇心旺盛やしね。でも、私なら自分の娘に「英語が好きな人間」に育って欲しいわけではない。むしろ、「英語とか、何語とかっていう枠組みにとらわれない人」であって欲しい。「何語を話す人とでも、仲良くなれる人」であって欲しい。そして、たとえこの授業をコンスタントに受けられる環境があって、もし「英語」を話せる子が育ったとしても、果たしてその子は、他の誰とでも英語でコミュニケーションとれるのかなぁ?授業してくれる「先生」は、あくまでも「先生」。生徒に「英語」を教えてあげようと思っている。何度かの授業を重ねることで、そこに信頼関係は生まれるだろうし、コミュニケーションも生まれるとは思う。でも、それって、「先生」から歩み寄ってくれてるよね、確実に。自分からは歩み寄ってはくれない人と出会った時、その子はどうするんやろ?ちゃんと向き合う子もいるとは思うけどさ。でも、そのときに必要なのは、ツールとしての「英語」ではないはず。相手の言ってることを聞く「耳」と、思ってることを伝える「口」と、もっと寄り添いたいと思う「気持ち」・・・・じゃないかな。普段なら、何気なくスルーしてたような事柄やけど、もっと感じたままをことばにしていきたいと思って、書いてみました。書いてみて、子育ての場としてヒッポを選んだ自分が、その中でムスメと一緒にどうやって生きていきたいのか、ちょっとはっきりしたかなって思えた。英語が好きな人に育ってくれても、もちろんOK。でも、そのことばを話す誰かの存在があってこその「好き」であればいいな。そんな感じ。
2009.11.18
きたる12月、講演会の講師をさせていただくことになりました。場所は、滋賀県近江八幡市。初講師です、もちろん。ファミリーを立ち上げてからまだ半年の私に、講師という重大な役目を任せる決断をしてくれたフェロウさん!本当にありがとうございます!その懐の深さにほんまに大感謝です。研修合宿から帰ってきて、ずっと混沌の最中にいるわたしに、外に向かって話す機会を与えてくれて、本当にありがとうーー。私なんか・・・とか言ってても始まらないので、とにかく今あるものを、出し切りたいと思います。講師っていったって、別に大層なこと話すわけじゃない。活動の中で見つけてきたこと、感じてきたことを、ありのままに伝えられたらいいな。向こうのファミリーのフェロウさん、そしてメンバーのみんなと話しながら会を作っていけたらいいな、と思います。ちょっと遠いけど、ご都合つく人は応援にきてね♪
2009.10.08
8/6~9の4日間、韓国の小学6年生の男の子のホームステイ受け入れをした。ヒッポの活動をしてる私達にとって、ホームステイは「家族の一員になりにいくためのもの」。でも、ゲストの子は遊び・観光・ショッピングが目的って感じ。年齢からしても、仕方ない。韓国ヒッポのメンバーでもないし、こちらの意見を押し付けるのも酷。今回、どこまで相手の要望を受け入れて、どこまでをワガママはダメと拒否したらいいのか、その線引きがすごく難しかった。子育てと、ほんまおんなじやなぁ・・・。でもまぁ、向こうは向こうで日本に来ることを楽しみにしてきたんやろうし、やりたいこと、いきたいとこもたくさん考えてきたんやろなぁ・・って思ったら、何だかんだ言って時間が許す限り全部付き合ってしまった。5歳のムスメをつれて、真夏の炎天下、歩きまくり。さぞかしごねると思いきや、「おにいちゃんが行きたいんやったら、しゃあないなぁ」ってブツブツいいつつも頑張ってついて来て、頑張って歩いた。いつも仕事で不在のダンナも最後の日には合流できた。気を使ってアレコレ世話を焼こうとするダンナを「いやいや、家族と思ったらいいし、甘やかさなくていいよ」とか言ってなだめたりして。受け入れって、ゲストのためだけにやると思うとしんどいけど、ムスメの成長や家族の変化を見られるのは、自分のためでもある。情けは人のためならず・・・意味、あってるよね?(笑
2009.08.10
自分が本当にやりたいことは、何なのか?自分が面白いと思っていることは、どういうところなのか?活動の場を主催すると決めたとき、散々考えた。そして、きっとこれからもずっと自分にそれを問い続けながら活動していくと思う。私が面白いと思ったのは、あくまでも自然にことばが自分の中に育っていく感覚。その過程はまさしく赤ちゃんと同じ。勉強して母国語を話せるようになる子はいない。意味なんてちゃんと分かってなくても、こどもたちはどんどん話してる。私も多言語の赤ちゃんになるぞ。「ことば」を通じて、自然というものを見つめたとき、何が見つかるのか。きっと、ほんまに果てしない。掴んだとおもったら、まだまだその先があるって思い知らされる。だからこそ飽きないし、面白いって思う。ヒッポに参加したきっかけや、楽しいと思うツボは一人ひとり違うから、私の面白いと思うことに100%ピッタリ同意見って人はいないかも。だからもちろん、私のツボを押し付ける気はない。ちょっと自問自答してみただけさ。ただ、「言語を習得するための方法論」だけでヒッポを終わらせたらもったいないなぁー・・・って思ったり・・。あくまでも、私の個人的な意見です。ここはあくまでも日記。さっちもの心の声(笑)
2009.04.16
いよいよ、明日。ヒッポの立ち上げ講演会。っていうか、申し込みやお問い合わせがまったくございません状態。新聞折込1万枚、そしてポスティング7000枚弱・・・たりませんか。インパクト弱いっすか。まぁ、やるだけのことはやったと思います。あとは、祈るだけ。そして早く眠ろうw
2009.03.21
3月22日の講演会のための、打ち合わせをやりました。講師にきてくれるスーちゃん、大らかでほんとに素敵・・・私のやりたいようにやればいいと、背中を押してくれる。私のやりたいことって、ナンだろう。伝えたいことって、ナンだろう。・・・ファミリーを大事にしていきたい。・・・みんなが互いに、受け止めあえる場所にしたい。伝わるかな。伝えたいな。あぁ、ほんまもうすぐ。気づけば一週間きってるし・・・・今週木曜、区内の新聞に折込が入ります。一人でも多くの人が、興味を持ってくれますように。
2009.03.16
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