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【俳句で詠む日本百名山】(98)丹沢山背伸びして空見上げおりシロヤシオ釈一
2013年04月30日
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【2013・短歌手帳】(29)連休に何して遊ぶみどり児は君が二人の愛しきひとみの母衣崎健吾
2013年04月29日
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川柳手帳2013(15)日田盆地(49)肩車 おんぶにだっこ 君が子と桜子
2013年04月28日
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【俳句で詠む日本百名山】(97)大菩薩嶺陽は登る見渡すかぎり秋の山釈一
2013年04月27日
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【2013・短歌手帳】(28)雨降れば如何にしてるや無事あるや君と君が子想ひつのりて母衣崎健吾
2013年04月26日
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本日【のいちご】創刊27周年【のいちご】は本日創刊27周年を迎えました。当時、まだワープロはなくガリ版印刷でした。深夜遅くまで鉄筆でガリを切り印刷するため輪転機を回している途上で印刷が終わらないうちに原紙が破れて再びガリを切る羽目になり泣きたくなりながらも必死に耐えて完成させた記憶が今でも思い出すほど困難な時代でした。その当時からすれば今はワープロがあり、文章を差し替えたり加除したり編集は自由自在ですし、印刷してすぐ仕上がり具合をその場で点検できます。製本も製本機が手軽に購入でき手作りで本が出来上がる時代になりました。【のいちご】の作品はこのブログで公開済みだけでも2000作品を超えました。また所蔵する写真は30000点を超えました。その中には山岳写真や高山植物の写真など貴重な写真があります。創刊30周年に向けてこれらの作品を製本にしていく作業が待っていますがそれは苦しい作業でなく、もっとも楽しい作業です。これまでも【のいちご】は友人の結婚式やお祝いの席で朗読されまた、悲しい家族の別れをしなければならない友を励ましてきました。【のいちご】が目指しているものはそういう一人一人に寄り添い自分を偽ることなく~いのち・こころ・あい~を詠いあげることです。名声を得ることではなくたった一人でもいい【のいちご】の詩に感動してくれる悲しみや歓びをを共有してくれる人がたった一人でもいいのです【のいちご】の熱い想いです2013・04.25創刊27周年記念日の日に館長:母衣崎健吾
2013年04月25日
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川柳手帳2013(14)日田盆地(48)さくらさくら母の幸せ子の未来桜子
2013年04月24日
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【俳句で詠む日本百名山】(96)瑞牆山岩峰にシャクナゲひとつ風に耐え釈一
2013年04月23日
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【2013・短歌手帳】(27)ランドセル背負ひて胸張る君が子の傍に寄り添ふ優しい君が母衣崎健吾
2013年04月22日
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【のいちご】アーカイブ(1)エッセイ(1)冬 の 日 に(一) なにげなく新聞を広げていて、ある記事に目を留めた。『冬の香り 蝋梅が満開』 なつかしい思い出のある、鎌倉光則寺の蝋梅が咲いたことを知らせる記事だった。 『…静かな境内に梅の花のような香気を漂わせている。寺には三本の蝋梅の木がある。どれも高さ三メ-トルぐらいの木で、このうちの一本が一週間ほど前から花をつけた。「いつもの年より一週間ほど早い咲きだしだった。」と和尚さん…』 記事を読みながら、初めて光則寺を訪ねた時のことを思い出していた。(二) 深夜、妻が突然苦しみだした。腹を押さえ、ただならぬ呻き声をあげた。救急車を呼ぼうと電話を握ったが、妻は気丈夫にも、深夜で隣近所に迷惑をかけるからと制した。痛みは強くなっては弱まり、弱くなっては強くなって、その毎に痛みは増しているようだった。まんじりともしないで朝を迎え、タクシーを手配した。早朝だったのでなかなか来なかった。タクシーがやっと来たときには、妻は足も立たない状態だった。 悪いときには悪いことが重なるものだ。日曜日だったため、掛かりつけの病院は休みで、やむなくK病院に向かった。妻は今度は車酔いをして、苦しそうにした。病院に着くまでの時間がなんと長く感じられたことか。 病院には先客が一組いるだけですぐ診察してもらえた。胃痙攣ではないかとの診断だったが、痛み止めの注射をしても効果はなかった。妻はますます苦しがった。若い医者は自分の診断に自信がないらしく、あちらこちらの病院に問い合わせをしていた。 そのうち転院を勧め、隣町のH病院の名を告げた。救急車が医者によって呼ばれた。 すぐに、けたたましいサイレンを鳴らして救急車が来た。若い救急隊員二名が降り立ち、医者と二言三言、言葉を交わした後、妻を担架に乗せ、救急車に運び入れた。「付き添いの人も乗って」 救急隊員が私を指差した。私は急いで救急車に乗った。「女性一名、顔面蒼白、体に震え有り、H病院に急行します」 緊張した声が聞こえてきた。不安がつのってきて、声をあげて泣きだしたい気持ちにとらわれた。 救急車は海岸道路を走り抜けた。風が強いのか浜辺に打ち上がる波の音が私の耳にいつまでも残った。 松林の中にH病院はあった。連絡が届いたのか玄関には数人の看護婦が待機していた。診察室に入ると医者が足早にやってきた。 日曜日のため内科の医者は不在だった。当直していた外科医がひとしきり問診と検診をした後、私だけを残した。「明日になれば内科の先生がきます。その時に精密に調べないとはっきりしたことは言えないが…」 と前置きして「急性腎炎と思われます。入院の手続きを取って下さい」 と告げた。「この病気は長引くよ」 医者の言葉を背に診察室を辞し、病室に急いで向かった。 肥って目のきつい婦人と、眼鏡を掛けたいかにも人のよさそうな婦人が入院している四人部屋だった。気持ちが悪くなるくらい暖房が効いていた。ベッドの一つは空いていた。 すぐに看護婦が来て点滴を始めた。今日一日中点滴を行うとのことだった。 痛みが和らいだのか妻はまどろんでいた。窓からは暖かい陽が部屋いっぱいに射し込んでいた。 夜になっても妻は眠り続けたので、入院の準備のために病院を辞した。 風は冷たかった。早朝、不安の中を救急車で渡った橋を、一人で歩いて渡った。吹き飛ばされるくらい強い風が吹いていた。橋を渡りきって、妻が横たわっている病棟の方角を振り返った。 涙が溢れ出て、なにも見えなかった。《死ぬな! 》 思いきり叫びたい衝動が込み上げてきた。想いを振り切るかのように一目散に暗い夜道を駆けた。 家に辿り着いて明かりを点けた。朝の混乱を再現するかのように布団や衣類が散乱していた。それらを片付けて、替着や化粧品やお茶具などをバッグに詰めた。 一段落すると、また悲しみが襲ってきた。部屋の片隅に置いてある机の上には、笑っている妻の写真が立て掛けてあった。 (三) 妻と結婚したのは、一年ほど前の、桃の花の香る三月の、雨の降る日だった。私の生家のある町から、山一つ隔てた隣町に生まれ育った妻にとって、都会での生活には不安も大きかったに違いない。「あなたがいるから」 笑顔いっぱいで故郷を後にして、山が見え、海の近いC市に小さな家を借りて住んだ。 富士がすぐ目の前にあるのを、妻はひどく喜んだ。妻の実家の庭からは、富士を小さくしたような山が、海越しにいつも姿を見せていた。 すこし足を延ばすと田畑もあった。東京から一時間ほどしか離れていないのに、不慣れな生活への不安な気持ちを和ませてくれる自然があった。町の人達もおおらかで、朝には採れたばかりのナスやキュウリを分けてくれた。 すこしばかりの庭に、妻は季節季節の花を植えた。夏にはひまわりが、秋にはコスモスが、庭いっぱいに咲いた。 私の薄給を嘆くこともなく、妻は自転車に生まれて初めて乗った。自転車があれば、安い物を大量に買うことができた。「貧乏には慣れているわ」 妻の明るい笑顔には、随分救われてきた。《妻にはなにも返してはいない》そんな想いが、悲しみを深くしていた。 (四) 病院に戻ると、妻は瞳を閉じたままだった。「あれからずっと眠っていますよ」同じ病室の婦人が声をかけてくれた。近くに顔を寄せてみると、妻の顔にはすこしばかり赤味が差していた。 朝からの痛みが嘘であったかのように、穏やかな寝顔をしていた。「食事まだなのでしょう。私達が見ていますから」 朝から食事はしていなかった。親切に甘えて、駅まで走っておにぎりを買った。 冷たいおにぎりが胃の中に落ちると、涙がほとばしりでた。 緊張して次の日の朝を迎えた。 妻も看護婦の朝の検温に目覚めた。昨日に較べれば数段よくなっていることが素人目にも分かるほどに回復していた。「ごめんなさい。迷惑掛けて。」 私を見つけるなり、妻は泣き入りそうな声で言った。 ほどなくして内科の医者が診察にきた。細細としたことなどをひとしきり聞いた後、「検査は明日になります」、と言い置いて退室した。「経過は順調のようなので、心配ないわよ」同室の婦人に励まされて、幾分気持ちが和らいできた。「私は大丈夫よ。あなたもすこし休んで頂戴」妻の声に張りが戻ったことに力を得て、病院を辞した。 布団に潜り込むなり、泥のように寝た。 数日間の入院で、妻は医師も驚くほど回復した。 退院の日、部屋に入ると、妻は私を見るなり肩をすくめて自分の頭をポコンと叩いた。退院の支度をすっかり整えていた。「待ち遠しくて」玄関に出ると、空は晴れ上がっていて気持ちがよかった。タクシーは海に沿って走った。「あ、富士がきれいだわ」病院を振り返っていた妻が、大きな声で叫んだ。両翼を広げた富士が大きな姿を見せていた。 数日前、この道を不安の中救急車で走ったときとはまるで違う心持が、私の心に広がっていった。 (五)妻が退院して最初の日曜日、鎌倉を訪ねた。 長谷駅で降り、観光客の流れを避けて、大仏に向かう通りから光則寺に通じる道筋に入った。静かな道だった。すこし坂になった道を登り切り、光則寺の質素な山門を潜った。庭はそんなに広くないが、あまり人がいなくて私達には都合がよかった。境内に腰を下ろし、妻の弁当を頬張った。 春の浅い陽が差していて、冬を思わせない暖かさであった。「今だから言うけれど、もうよくならないのかもしれないと思ったよ」「私も。生きているのが不思議なくらい」「でも、よかった。何事もなくて」「あ、蝋梅がさいているわ」山門を潜った時には分からなかったのに、枝のあちこちに淡い黄色の花が咲いていた。「私、ね。あなたと一緒になって、ほんとによかった」「えっ、なに」「ううん、なんでもない」 陽が陰ってきたので、光則寺を離れた。「せっかく鎌倉に来たのだから大仏さんも見たい」病み上がりの体を気遣って一瞬躊躇した。「ちょっとだけだから」 光則寺から大仏まではすぐだった。大仏の入口を入ってすぐの売店で、大仏煎餅を買った。 「大仏さんを食べていいのかしら」煎餅には、大仏さんの姿がいっぱいに焼き写されていた。「大仏さん、かじられてかわいそう」そう言いながら、結構おいしそうに食べていた。 妻に屈託のない笑顔が戻ったことが、私にはとても嬉しかった。1986・4・27
2013年04月21日
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<ぶらり鎌倉>鎌倉のさんぽみち(1)安養院:北条政子法名の寺この寺のツツジは見事というほかはないこの時期には必ずこの地を訪れるそのときは観音さまとお地蔵さんにあいさつするのが恒例だ 観音様のご利益は縁結び世界中の子供たちの幸せを祈願する撮影:母衣崎健吾この寺の歴史には、長楽寺・善導寺・田代寺という3つの前身寺院が関係している。長楽寺は、1225年(嘉禄元年)北条政子が夫である源頼朝の菩提を弔うため長谷笹目ヶ谷(はせささめがやつ、鎌倉文学館付近)に願行を開山として創建した寺と伝えられる。山号を祇園山と号し、律宗の寺院であった。長楽寺は1333年(元弘元年)兵火により焼失し、大町にあった善導寺に統合され安養院長楽寺と号した。なお、安養院は政子の法号から取られたものである。一方、田代寺は1192年(建久3年)田代信綱が尊乗を開山として比企ヶ谷(ひきがやつ)に建立したのに始まると伝えられ、江戸時代になって安養院に統合された。千手観音は田代寺にあったもので、田代観音とも称されている。本堂内には寺の本尊の阿弥陀如来坐像(室町時代)の背後に札所本尊の千手観音立像(江戸時代)を安置する (ウイキペディアより)
2013年04月20日
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待望の第2版が出版された大辞泉。この辞書は私にとってはなくてはならない辞書です。国語としてはもちろん百科事典としても重宝しています。なんといってもオールカラーがどの辞書よりも優れています。なかでも図版や図表がすばらしい。引くための辞書ではなく、読むための辞書として使っています。読みどころ満載です!☆ ☆ ☆小学館創業90周年記念企画、[送料無料]書籍 大辞泉 第二版 三省堂書店政治・経済・法律・科学・医学・IT用語など、幅広いジャンルをカバーする万能事典類書中最大級の収録語数書籍の総項目25万語、DVD-ROM版デジタルデータの総項目25万7,000語。テレビ・新聞・雑誌で話題となった時事用語から、観光地名・動植物・食品・人名・スポーツなど日常で使われる身近な言葉、さらにはインターネットなどで見かける流行語や新しい言い回しまで、ありとあらゆるジャンルにまたがる項目を収録しています。最新の情報、進化・更新する国語辞典国語辞典の中には変化しない情報を日々変化する情報が混在しています。年3回データを更新しているデジタル事典としての実績をもとに編纂された第二版には、最新のデータが満載。また、DVD-ROMのでデータは2015年まで毎年1回(計3回)無償で更新。書籍のみではできなかったフレッシュな情報のご利用を可能にしました。読みやすさを追求し、横組を採用25万語中、表記欄にアルファベットを含む項目が4万語。外来語の収録も増えたことから、日本の大型国語辞典としては初の横組みを採用し、視認性とメリハリを追求。さらに見出しや解説の文字サイズを類書中最も大きくすることで、読みやすさも実現しました。 類語・漢和辞典としても利用できる多機能事典約2万語に類語欄を設け、表現辞典の機能を高めました。思いついた言葉から次々と発想が広がります。漢字項目(約3,500)は、新常用漢字・新人名用漢字に対応。学習漢字には配当学年(小学校で習う学年)を表示し、学校や家庭での学習にも役立ちます。充実したDVD-ROMの機能!2015年までデータ更新完全フォロー総項目25万7,000語を収録。 「前方一致・部分一致検索」のほかに、解説文から言葉を探す「全文検索機能」を搭載。例えば「タンパク質」で検索すると、解説文中の子千葉が「タンパク質」「たんぱく質」であってもヒットする仕組みを開発、検索時のストレスを解消! 「カラー画像」約1万、「地図を表示できる項目」約9,000など、マルチメディアデータも充実しています。 百科(歴史・地理・文学・物理化学・生物・など)、季語、ABC略語、カタカナ語、ことわざ慣用句、四字熟語、難読語、地図、表組、品詞別など、言葉を多彩なインデックスで分類。様々なかくどから「読んで楽しむ辞書」を実現。 2013年~2015年の期間、年1回(計3回)無償でデータを更新、最新の事典をお手元のPCでご利用になれます。
2013年04月19日
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【のいちご】創刊27周年のいちご文学館6周年~いのち・こころ・あい~第4回のいちご写真・文学展【四季・鎌倉】5/27~6/1610:00~16:30最終日は12:00まで横浜・栄公会堂さんぽみちギャラリー言の葉を一首に込めて詠い行けこころに満つるいのちの詩を鎌倉・稲村ケ崎撮影:母衣崎健吾/P>
2013年04月18日
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川柳手帳2013(13)日田盆地(47)ランドセル背丈を超える愛背負う桜子
2013年04月17日
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【俳句で詠む日本百名山】(95)甲武信岳シャクナゲの峠に憩ふ森深し釈一
2013年04月16日
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【2013・短歌手帳】(26)君が子の小学生になりし日に君が住む街ゆるり歩けり母衣崎健吾
2013年04月15日
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追悼今年13回忌貴博君へ黄泉(よみ)国(くに)へ一人旅発つ別れの朝(ひ)母の形見の数珠を手向(たむ)ける兄(ちち)よりも義姉(はは)より早く逝きし君施餓鬼の読経に救われたまえ曼珠沙華今年の夏は殊更に真っ赤に咲いて悲しみ告げる万灯(まんどう)会(え)一人一人に去来する君の青春 君の人生ほおずきを咥えて鳴らす初の盆生まれし頃の君に逢えたり白菊に埋め尽くされし祭壇の二十の頃の君の笑顔よあまりにも若すぎるよあまりにも悲しすぎるよ三十三の夏迷いきた燕飛び交う君の部屋悲しみ告げに御魂(みたま)舞いしかここそこに君が刻みし柱瑕擦(さす)ればいのちの温もり伝うなにをもて悲しというや鼓動なきいのちをしてか言葉を持たずさよならの別れを告げる暇(いとま)なしなにを語るや閉じた唇閉じられし瞳の奥に映りしか兄(ちち)・義姉(はは)・姪(あね)の悲愴な姿が慟哭をあますことなく持って行け明日という日が始まる前に明日からは仏になりぬ君なれば菩薩となって我ら衆生(われら)を救え故郷の大阪平野見下ろして生駒の麓に君は眠りき母衣崎健吾
2013年04月14日
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花をおくろう花をおくろう あなたに花をおくろう 君にたとえ 貧しくともたとえ 苦しくとも私のこころには あなたの僕のこころには 君の誇らしい花が 咲いているから花をおくろう あなたに花をおくろう 君に母衣崎 健吾のいちごつうしん NO:513≪のいちご展に寄せて≫文集『のいちご』が誕生したのは今から二十七年前の一九八六年四月二七日のことです。創刊号には《発刊の言葉にかえて》の一文を掲載しています。 私達は、私達自身の作品を持たなければなりません。 それは可能なことなのです。 日常生活のいたるところに真理や真実が存在するからです。 すこしでもそれらと共にある人々には、 思索し、創造する喜びが満ち溢れてくるからです。 私達は、人間の尊厳に立脚している限り、文章が未熟であっても、 それは文芸作品であることを信じます。 そこには、人間の悲しみ、人間の喜び、 人間としての勇気、人間らしく生きる誇りが描かれているからです。 私達は私達の道を歩きましょう。 私達にしかできない文芸作品を作りだしましょう。 私達が、今、ここに生きていることを証明するためにも、 人間のありのままの素晴らしい姿を描きだそうではありませんか 1986・04・27 創刊よびかけ文より今から読むと拙文ですが青春の息吹があり胸が熱くなります【花をおくろう】は時を経ながら<愛するあなたに><大切なあなたへ>と、その時々のシーンやゼネレーションのバージョンを変えながらすべての人が幸せでありますように!との想いや願いが多くの友に愛され多くの仲間を励まし続けてきました創刊から今年は二七周年を迎えます。多くの作者を輩出した文集『のいちご』の伝統を引継ぎ【のいちご文学館】は~いのち・こころ・あい~の旗を掲げて歩んでいきます。【のいちご】創刊27周年開設6周年記念2013【のいちご写文展】~いのち・こころ・あい~【四季・鎌倉】5/27~6/1610:00~16:30最終日12:00まで横浜栄公会堂地下1F さんぽみちギャラリー 鎌倉:東慶寺・早春 撮影;母衣崎健吾限りあるいのち燃やして進みゆけ今日より明日は輝きのなか
2013年04月13日
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君を迎えに母衣崎健吾木漏れ陽射す戸隠の森に恥らうようにコブシの花が咲いていましたね君が編んでくれたうす緑のセーターちょっぴり大きかったけれどとても嬉しかった寄り添うように細い肩を抱いて白樺林歩いていたとき幸せになろうねと言ったら君は流れる涙を拭きながら頷いてくれたねあれから二年目の冬が過ぎたけどきのうのことのように思いだします。先週の日曜日鎌倉の海が見えるアパートを見つけました狭いけれど僕たちの精一杯の出発ですね今上野から君を迎えに発つところですのいちごつうしん NO:505
2013年04月12日
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のいちご第4回2013のいちご写文展のご案内のいちご創刊27周年のいちご文学館開設6周年記念第4回2013・のいちご写文展【四季・鎌倉】5/27~6/1610:00から16:00最終日は12時まで横浜・栄区栄公会堂F1さんぽみちギャラリー
2013年04月11日
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川柳手帳2013(12)日田盆地(46)こどもらのいのち輝く母の里桜子
2013年04月10日
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【俳句で詠む日本百名山】(94)両神山秩父路にふるさと想ふ赤とんぼ釈一
2013年04月09日
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【2013・短歌手帳】(25)さくら咲く小道を君と君が子と並びて歩く春の一日母衣崎健吾
2013年04月08日
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川柳手帳2013(11)日田盆地(45)母と子と入学式の門くぐる桜子大分・日田 三隅川撮影・母衣崎健吾
2013年04月07日
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【俳句で詠む日本百名山】(93)筑波山万葉のいちょうが語る古代かな釈一
2013年04月06日
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【2013・短歌手帳】(24)わが歌にいのちを詠へこころもて愛を掲げて母衣崎健吾
2013年04月05日
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昨日・1昨日来の暴風雨で横浜・鎌倉の桜はほとんど散ってしまいました来週の入学式は葉桜で迎えそうです2002年以来の史上最速の桜開花があだになったようですいっそのことツツジが開花してくれればいいのですが…思い通りにならないのが季節・天候ですね鎌倉・浄光明寺・つつじ撮影・母衣崎健吾
2013年04月04日
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川柳手帳2013(10)日田盆地(44)この道を並んで歩む母と子と桜子大分・日田 三隅川撮影・母衣崎健吾
2013年04月03日
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【俳句で詠む日本百名山】(92)皇海山竹藪に道を塞がる夏の山釈一
2013年04月02日
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【2013・短歌手帳】(23)一首でも君のこころに留まるなば本望とせり吾の短歌は母衣崎健吾
2013年04月01日
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