2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全17件 (17件中 1-17件目)
1
午前中の卓球教室のあと、「黄泉がえり」「半落ち」という2本の邦画を観た。「半落ち」は「高瀬舟」現代版問題小説。それなりに楽しめた。「黄泉がえり」は反魂草物語なのだが、やはり星新一のSF的発想の叙情化。これもそれなりに楽しみめたが、なにかご都合主義のような感を免れない。 先日、飲み屋で映画人から、私の映画観が、特に原作のあるものに関して、「原作というサングラスをはずさないと映画を楽しめないよ」というアドバイスをもらったが、しかし、そうした関係性の中でモノを観るということが習性としてあるのだから、それをやめよ! といわれても困る。 何かとの比較でモノを観ることがそんなに悪いことだとは思わないが、すべてをそうした過去のモノのデジャブーのように観る見方はやはり誤りだろう。 ところでMacがまた原因不明の病にかかった。突然ダウンする。マウスやキーボードの動きがなくなり、映画などを楽しんでいるとき、何の前触れもなくダウンするのだ。どうやらマウスを動かしているときだけは不思議と落ちないのだけれども、少しぼーっとしていると、すぐダウンする。誰か、その原因と修復のヒントを教えてくれないものだろうか。
2005/01/30
コメント(0)
今日も文学碑の撮影で阿南町と下條村を経巡った。下條村には本棟造りの大きな家が多く、また鄙びた土壁の土蔵などもあって、ついシャッターを切りたくなるが、一緒に回っている先生方を待たせるわけにもいかないのでひたすら日程をこなした。 だんだんと冷えてきて、昼食の弁当は気合いがないと食べられないくらい寒かった。弁当を気合いを入れて食うというのも、なかなかない体験だ。 昼過ぎから小雨が降り出し、3時頃本降りになったので、公民館の1室を借りて写真の整理。今は通行止めになって行けない地蔵峠などの写真が出てきたのは助かったが、上村下栗などはいかねばならないことがわかって愕然としたりした。400箇所、それなりの写真が撮れるまでには、まだ数日かかりそうだ。
2005/01/29
コメント(0)
今日は朝から文学碑の撮影で下伊那南部を回った。 飯田市→阿智村→平谷村→根羽村→売木村→阿南町新野→天龍村→泰阜村→下條村→飯田市。車がなければとても1日では来られないような山のてっぺんの集落にも芭蕉句碑があったり、富岡鉄斎詩碑、白秋や茂吉の短歌碑があったりする。道祖神や金精様ならまだわからないでもない。確かに実行教や平田国学、また南朝びいきの土地柄もあるのだろうが、漢詩や詩歌を石に刻む余裕というのはどこから来るのだろう。おそらく戦争前までであれば山と平場の富裕の逆転もあったには違いないが、それにしてもこれは経済の余裕が生んだ産物だけとは言い難い。 一番南の売木の山の中が一番雪が深かったのも不思議といえば不思議だった。それにしても、この強行軍は疲れた。
2005/01/27
コメント(0)
今朝6時前、いつもと同じように瑠璃と散歩に行く。真ん丸な月が中央アルプスの南の端にかかっていた。夕方、南アルプスの上にあった月が、一晩かかって東から西に移動していた。 冬場は朝6時の月が凍てついた道を照らしていたが、さすがに今は、朝の光の中に月が消えて、道はうすぼんやりした朝の光が道を明るくしている。ほんの少しの時間なのに、なにか面白い気がした。 「枕草子」に「山の端」と「山ぎわ」という言葉が出てくる。うろ覚えだが、一方は、「春」、一方は「秋」の空の形容に使われていたのではないか。「やうやう白くなりゆく山ぎわ」、もう一方はなんだっけ。確かに、同じ物を同じように観ていても捉まえ方でずいぶんと表現も違うと思っていたが、本当に同じ物であったのか、改めて調べたくなる。 最近「僕の叔父さん、網野嘉彦」を読んだ。きわめて刺激的な本だ。かつて読んだ「異形の王権」「蒙古来襲」などをもう一度書棚から引っ張り出して読み直したくなった。それにしても小生の書棚は、まるで小生の頭の中のように今ほしい本がどこにあるかわからず、探し出すと他の本に気が行って、終日、書棚の迷路を彷徨い日が暮れることになる。なんとかならないものだろうか。
2005/01/26
コメント(1)
卓球教室は来る者は拒まないが、基本的に小学校3年生から6年生を対象にした活動だ。だから一応、中学生になる段階で「卒業」ということになり、毎年、2月末にお楽しみ会を兼ねた閉校式を行っている。 昨年から、卒業していく子どもたちに、普段から撮りためてある練習風景などをA4用紙にアルバム風に編集して贈り物にし始めた。昨年は8人だったが、今年は14人もいる。卒業生ばかりじゃ不公平だから、残る20人以上の子どもたちにも、何枚かずつ選んでプリントすると、データだけでも100枚を超える。選ぶだけでも大変だが、プリントするデータの補正、それと印刷。HPにはその都度適当に選んでアップしてあるが、写真にしてあげるとなると、また別な選択と、加工が必要になる。 それでも、1年間が振り返られること、何年間も一緒にやってきた子どもたちの急速な変貌に写真を通して改めて接すると感慨もある。丸3日かけて、なんとかメドがついたころ、家内がやってくる。誰々ちゃんは大きくなったわねぇ、なんていいながら予備でつくってあるアルバムに目を通す。本当に「楽な役」だ。その言葉を聞いて、肩の張りが一段重くなったような気がした。
2005/01/23
コメント(1)
映画を観ながら、ずっと井上ひさしのことを考えていた。 もちろん時代の中にあって喜劇とはなにか、という三谷のテーマ追求はずっしりと根幹にあるものの、それはやはり井上ひさしの切り開いてきたテーマではないだろうか。「ラジヲの時間」「みんなの家」の三谷の雰囲気は相変わらずだが、井上ひさしの一連のモッキンポット師のシリーズや「下駄の上の卵」(たまげた)などの自伝的作品と、「国語事件殺人辞典」や言葉に対するこだわりや影響が強く感じられた。
2005/01/21
コメント(0)
加島祥造(かじま・しょうぞう)の『伊那谷の老子』(朝日文庫)を読んでいて目から鱗の感激を受けた。ちなみに、こんなことは滅多にない。 と言うのも「居山豈為山 只愛此中閑(山ニアルハアニ山ノ為ナランヤ タダ此ノ中ノ閑ヲ愛スレバナリ)」の「閑」の解釈を、加島自身の山暮らしの体験から「いま生きているという意識」と読みとった、という一文に、やはり自分の山中彷徨の志向を重ね合わせたとき、その通りと思ったからだ。 すなわちその文脈で読めば、加島の言う「忙中ニ閑アリ」にしても「大知閑々」「閑吟」にしても、あるいは「閑づかさや石に沁みいる蝉の声」にしても、向かい合っているのは自身の「いま生きているという意識」そのもの、という読みができて、ストンと胸の中に落ちていくのだ。 なぜ独りで山に登りたかったのか、なぜ人ごみが苦手なのか、という自身の性向が「閑」の一字から覗けて、もう少し漢詩を読み込んでみたくなったのである。
2005/01/20
コメント(1)
「演劇、映画、テレビをまたにかけて活躍する宮藤官九郎が脚本を書き下ろした、破天荒なのにたまらなくリリカルな青春群像劇。主人公のぶっさん(岡田准一)は、末期がんで余命半年の宣告を受ける。ぶっさんの命のタイムリミットという伏線が、暴走的な空騒ぎやハイパーな血なまぐさい抗争までもひたすら叙情的に映す。死について語りながら、みじんの暗さも感じさせない爽快感はこのドラマ最大の魅力。時間の巻き戻しや早送りを効果的に使ったストーリーテリングにも、計算されつくされたうまさが光る」(麻生結一)という評が語るように、重いテーマを、現代的?に描いた映画。これが現代の騒がしさだといわれれば、半分うなづいて、半分嫌な顔をするしかない。 午前中は卓球教室。午後は天候も今ひとつなので、残っていたこの映画を観た。明日から、また仕事が始まる。
2005/01/16
コメント(0)

高原富保が、父・慶三が京都東山に建てた茶室「杓庵」を信州・飯田に復元したのは1983年、その傍らに書院「召南亭」を建て自らも移住し晩年を飯田で暮らした。ジャーナリストとして広汎な分野に関心を示した彼は、その資料として集めた書庫を「高原文庫(こうげんぶんこ)」として地域の人々に開放しするなど、地域に溶け込み、また地域の人に慕われた。 昨年9月に富保氏の1周忌の偲ぶ会があり、そのリーフレットをつくらせてもらった。1人娘の明子さんに是非とも氏の書斎を見せてほしいとお願いしておいたが、ようやくその願いが叶って、茶室杓庵と召南亭、高原文庫を見せていただいた。暮れに降った雪が未だ解けず、雪に静まった茶室は静寂そのもの。案内していただいた文庫や蔵の蔵書も氏のお人柄を偲ばせるものだった。 (右の屋根の上で猫も迎えてくれた) あいにく急ぎの取材が3時から入っていたので、わずか2時間ほどしかおれなかったが、あっという間に時間が過ぎた。すてきな場所だった。桜の頃にはまたふらっと訪ねたいものだ。
2005/01/15
コメント(1)
10日がなんで休みになったのかわからないまま、隣組12軒の新年会だというので、マイクロバスにのって会場のホテル「湯~眠」まで行った。宴席の前に風呂に入ると、風呂好きと称する知り合いがいて話しかけられ逃れられないまま、自称「カラス」の小生がなんと1時間近くも風呂場にいた。さすがに、宴席での最初のビールはうまかったが、多少湯あたりがして参った。 その後、宴席が終わり、帰路についたが、酔っぱらっていた小生が秋田の田舎から鰰ずしがあるので一杯やろうと誘ったようで、近所の4軒ばかりの夫婦がウチで二次会。気がつくと1日が暮れようとしていた。 Macがなおったので観たいと思っていた韓国映画「僕の彼女を紹介します -Windstruck」を観た。「韓国映画史上最高の興行収入を記録した『猟奇的な彼女』の監督クァク・ジェヨンと女優チョン・ジヒョンの最強のコンビが、遂にラブストーリーの最高傑作を誕生させた」との惹句だったが、内容は「菊花の契」の現代韓国版というところか。『猟奇的な彼女』『誰にでも秘密がある』『箪笥』などでもそうだったが、どうして韓国女性はあんなに気が強く、怒鳴るように話すのか。そして、また男性がどうしてあんなに気弱で優しいのか、不思議な感じがする。韓流ブームの底に、案外、自分もこうありたい、男性にあああってほしいとする日本女性の志向があるとすればなんだか空恐ろしい気もする。
2005/01/10
コメント(0)
Macの修理が一度覚悟したよりも安くできたので、少し時期が遅れたが氷のような書斎に石油ストーブを入れることにした。石油の臭いが嫌でエアコンで暖をとっていたが、ちっとも暖かくならないうえに、たびたび停電を引き起こすので、困っていたところだった。今回のMacのトラブルもここに原因がある。この際、部屋を15度くらいには暖めたいものだ。 さて、そんなわけで少し暖かくなったせいか、昼過ぎ息子が小生の安楽椅子にぶらっときてなにやら動かない。そういえば前から前から映画がどうのと言っていたので、「Mr.インクレディブル」を一緒に観ることにした。確かにウルトラマンが正義のためとはいえ、怪獣以上にビルや港を破壊することに疑問を持っていた小生としては、ヒーローといえども一般人のルールのもとで活躍してほしいし、そうしたルールが守れない以上、社会生活を営む資格を疑うという設定はおもしろかった。どこやらブッシュに対する皮肉もなくもないなぁなどと思いながら観ていた。ただ息子とも話していたのだが、赤ん坊とマントの落ちは予想できたので、ストーリィーそのものは陳腐な時代劇をみているようなものだったが、その映像の立体感やリアル観はなかなかで一挙に観てしまった。 ところで観てしまった映画はなかなか消去できかねてHDにとってあるんだけれども、120GのHDが埋まってしまいそうだ。最初の頃はこまめにCDやDVDに落としていたが100枚を超えると、それも嫌になる。他の人は見終わった映画をどうしているんだろう。
2005/01/09
コメント(1)
スピルヴァーグが監督、 トム・ハンクス主演した「The Terminal」を観た。ああいう映画がヒットする国が、なぜあんなにも戦争をしたがるのか、わからない。ヒロイズムと純粋さがやはり操作しやすい国民性なのだろうか。 夜、水曜日に息子のカットの多球練習でドライブを打ち続けたら昨日あたりから上腕の筋肉がだるくて、なんかのびきったゴムのような感じがする。スウィングもなんだか鈍くなって、少し衰えた感じがして、その感じに疲労した。今日は、早く寝よう!
2005/01/08
コメント(0)
4日 AppleCare のデリバリーサービスで寄越した宅配業者に引き取られていった PowerMac G4 Dual が予想以上に早く今日帰ってきた。しかも「アナログボードの交換」で「お見積金額 89250円(税込)」だったものが、「PowerSupply,344W」の交換だけで復活したらしく、請求金額も49,350円で済んだ。修理記録票に「入荷時より増設ハードディスク(他社製品)のコネクタが外れた状態でしたのでそのままでご返却致します」のメモがあり、気になっていたが、起動前に内部を開けてコネクターを差し込んで、さらにコンセントやUSBを接続して恐る恐るパワーボタンを押すと、懐かしい起動音が聞こえた。 ハードデスクも初期化された様子もなくスムースに動く。どうやら120GBのメインHDも、外れていた増設の120GBも問題ない。同梱されていた修理記録によれば、ボクのMacの製品番号はM8361J/Aだったけれども、製造番号はSG3232EPKSJ ではなくてRM323ZEPKSJだったそうで、購入日が2003.7.1になっていた。ボクはMac市場というところから中古で購入したと思うから、この日付はMac市場がAppleから購入した日付なのだろう。メモリも256MBに512MB増設してあったので、768MBだったことが判明した。Mac市場で購入したときの書類が紛失してしまっていたので、ここに記録しておく次第。 Mac入院治療中にMTのレスポンスの遅さにイライラしていたが、ようやくストレスを感じない早さに戻った。そして、Power Supplyの交換がいかほどの手数と部品代がかかるか知らないが、何がなんでもロジックボードを交換して見積どおりの請求をしようとしなかった Appleの誠意に1月4日付けの暴言を謝り、撤回し「ありがとう」を言わねばなるまい。本当にお帰りMac。
2005/01/07
コメント(0)
ひときわ美しく見える冬の星座を眺めながら、ひさしぶりで水曜夜の卓球に出掛けた。幸い歩いて3分とかからない中学校が会場なので、夕食後、気が向いたときにヒョイと行けるのが嬉しい。 ひとしきり動くと、暮れから正月にかけて運動不足の身体が悲鳴をあげているのが感じられる。ままよ、と少し無理をしてみると、すぐ息が切れる。腕や腰が重くなり、肘が痛くなる。けれども、ここで甘やかすと絞れなくなるので、無理に無理を重ねる。1時間半びっしり、動くとさすがに疲れた。 筑摩文庫の井伏鱒二集(全4巻)も正月休みに読み上げたので、さしあたって読みたい本もない。今日はぐっすり眠れるかもしれない。
2005/01/05
コメント(0)
だから最初からデリバリーサービスってお願いしたじゃないですか。それを電話ケアを受けろ! だとか、停電は不可抗力じゃなくて自己責任だ! とか言って、最初5万円以内だった見積が、いきなり9万円近くになるなんて。そんなことだからマックユーザーは貧乏になり、そのうちWinに変わるんだ! 怒怒怒見積製品名 :Power Mac G4 Dual 800MHz/768MB/120GB/SuperDrive/GeForce2MX-TwinView/1000-T/56K製品番号:M8361J/A 製造番号:SG3232EPKSJ交換予定部品:アナログボードお見積金額 89250円(税込)勝手にしろ!
2005/01/04
コメント(2)
メイン機として使っている MacG4 800 Dual(M8361J/A OSX 3.7)が、今朝の停電(ブレーカー・ダウン)以降、ウンともスンともいわなくなった。正確に言えば、パワーボタンが反応せず、中を開けてみると、マザーボードのメモリ・スロットの上のBSSというランプが点滅する以外の動きがない。プラグの抜いてもう一度差し込んでみたり、リセットボタンを押してみたが状況はちっともかわらない。修理に出す前にやるべきことが他にあるだろうか。途方にくれている。 ちなみに、このメールを書いているMacG3MT(OS-J1 9.2.2)は、これも停電時電源が入っていたが、こちらは「日付が1957年以前に戻った」云々のアラートが出たが、日付けを設定し直して無事。MacG3MTの調子が今ひとつだったので、2年ほど前無理して購入したMacG4 800 Dualだったので困った事である。もうしばらく、アレコレ試してみるしかないか。
2005/01/02
コメント(2)

正月登山、と言うほどでもないが、松川町にある小八郎岳(1475m)に登ってきた。正月の風越山の喧噪にうんざりしていたので、どこか静かに山登りを楽しめる山はないか、数年来物色しているのだが、なかなかいい山が見つからない。小八郎は暮れに松川町の農道を運転手してたら見晴らしのききそうな山があって、地元の人に聞いたら、アプローチも鳩打峠1174mまで車が入るのでそう悪くない。初日の出をみようと計画していた。 ところが大晦日ににわかに大雪が降った。林道の積雪を心配していたら、元旦に地元の方が数人登るという情報が入ったので、初日の出はあきらめて朝食後行けるところまで行ってみようと思い、出かけた。 鳩打峠まで行く林道は雪道になっていたが、幸い数台の先行者の轍(わだち)が残っていた。峠には2台の軽自動車が停めてあり、数人歩いたかと思われる踏み跡をたどって頂上まで約1時間。途中、下山する2人組とすれ違ったら、その1人が情報を寄せてくれたA氏だった。 頂上について、東側、眼下に広がる伊那谷の景色、西側の背後には烏帽子岳・念丈岳・本高森山の美しい姿。暑いほどの陽光を浴びながら、湯を沸かし、持参したカップヌードルで昼食。20分ほど後に、地元の人が1人登ってきた。一緒に行った息子と、今年の夏は烏帽子岳や念丈岳に行きたいものだと話した。崩落の防止工事だろうが山肌が随分剔りとられ、索道のケーブルや資材搬入のためのモノレールなどもあって痛々しい姿の山であったが、この時期にしては期待どおり静かな山登りが楽しめた。
2005/01/01
コメント(2)
全17件 (17件中 1-17件目)
1