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食う為の仕事か、仕事の為に食うのか、という基本的な問いがある。 その仕事を1週間続ければ1ヶ月食うに困らない。でも1ヶ月続ければ、食うには困らないが、○○をする時間がなくなる。○○出来なければ己が存在している意味がない。だから1週間だけは働く。しかし、食っていけるだけ働いたらあとは○○していたい。人生で、この○○が見つかっている人は幸せである。しかし、その幸せが、すべての人にとってシワセアかどうかは、また別の問題。今日はそんな取材をした。
2005/03/29
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疲れた日などは夜10時前に蒲団に入ることがままある。 寝付きはいい方なので、そのまま眠れるが、5時間も寝るとさすがに目が覚める。ちょうど午前4時前後である。冬ならば、寒いし、あたりも暗いので、そのままもう一度眠れるが、春先は周囲がずいぶん明るくなっているので、どうしようか迷う。数年前までなら休日は釣りに出かけていたので、そのまま迷うことなく起き出し車のエンジンをかけるのだが、平日は起きて本を読もうか、このままもう一度眠るか少し悩む。最近気に入っているのはラジオをつけてぼんやりすることだ。頭がはっきりしてくれば、そのまま起きて前夜から読み止しの本をめくる。疲れていればうとうとして5時30分頃まで蒲団の中で過ごす。 今朝といっていいのか、早暁、黎明というべきなのか迷うが、ともかく今日の午前3時前後に目が覚め、ラジオのスイッチをつけると、NHKの80周年記念番組のラジオ深夜便のなかで、近藤志げるという芸人の「野口雨情物語」というのをやっていて、そのまま聞き込んでしまった。童謡を深く読み込んでいて、下手な大学の文学講座よりも成立事情なども詳しく調べてある。それが歌謡漫談のようなテンポで軽快に語られる。思わず聞き惚れ、頭が冴えてきてしまった。 番組が終わり、起き出して、瑠璃の散歩とラジオ体操を済ませ、朝飯を摂った後に、インターネットで調べてみたが、数年前の情報は検索できたが、今、どこで聞くことができるのか、わからない。それでも多少遠出してももう一度しっかり聞いてみたい放送だった。
2005/03/23
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休みだと朝早く目が覚めるのは小生だけだろうか。 前から気になっていた路地を撮影しようと、今朝はカメラを提げて瑠璃の引き綱を握った。瑠璃とすれば、いつもと違って歩みはのろいし、なにやらよく立ち止まる。最初のうちは、素直にマテしていたが、そのうちじれったくなって綱を引っ張りだした。 いつもの散歩コース。半分もいかぬうち30分が過ぎようとしている。南アルプスと中央アルプスに挟まれたこの谷は、朝、明るくなっても朝日が山から顔を出すまでは随分と時間がかかる。夕方は明るくても日の入りは早い。不思議な風景が見られる。 気になっていた風景を撮りながら小1時間歩いたが、やはり瑠璃の散歩と撮影の両立は難しいと思い知らされた。撮影の記録をHPにアップしてみた。フリーページ参照(http://plaza.rakuten.co.jp/odanet/2000)
2005/03/19
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終日、二階から南アルプスを見ながら、本を読んでいた。 ガラス越しのほほんとした春の陽射しを浴びながら、うつらうつらと『日本残酷物語』を読み進めた。 略奪が生活と分ちがたくあった戦国時代から江戸初期の暮らしを、教科書では書かれない庶民の言葉を採取することで浮き彫りにした歴史は40年以上前の書物ではあるが衝撃的であった。なかでも「熊谷家伝記」の舞台が、目と鼻の先である信州南端のこの地にあってはひとしお感慨深い。 窓の遠くに、いまだ雪形を残すあの山襞に、書かれてあるような生き様があり、今があることは、やはりこの地に生きる人間は知っておかねばならないのではないだろうか、とあたらめて思った次第。
2005/03/14
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今朝、瑠璃を連れて散歩していると、風の中に仄かな梅の香を感じた。そういえば一度咲いて、その後の雪で取り残されたようになっていた開花した花の数が増している。葉の先を縮めて成長をやめていたかに見えた水仙の葉もいつの間にか背丈が少し伸びたようだ。 最近ふっとしたきっかけで読み直した佐野真一『旅する巨人』にひきずられるように、宮本常一『忘れられた日本人』、次いで『日本残酷物語』(全5巻)『風土記日本』(全6巻)に取りかかった。眠り薬の代わりの読書なので、時間がかかりそうだけれども、読み落としてきた自分の生まれた頃の時代の出版物に触れ、頭ではわかったつもりになっていたなにか大切なものを読み飛ばしてきた気が頻りにしている。一日、椅子に揺られながら頁を繰っていると、昼過ぎになって窓の外になにやら白いものが舞いはじめた。名残雪か、なにはともあれ、春の空である。
2005/03/12
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先日亡くなったある病院の元病院長の葬儀のリーフレットとして書いた文章が、信州日報という地元紙にまるまる盗用された。信州日報からはきちんとした謝罪もない。情けなくて怒る気にもならないが、一応記録して糾弾しておく。 そんなことで鬱々としていたら、今度は、会社の駐車場に止めておいた愛車テラノを、運送屋の10トントラックが引っ掻いて行った。こちらも保険屋さんを通して台車の手配をしたが、当事者からはなんの謝罪もない。 かたや物を書いて暮らしている人、かたや運転で飯を食っている人、仮にもプロであればもう少しまともな対応が出来るのではないか。まぁ、出来ないから、それぞれそんな不始末を起こすのだだろうが、それならば早くプロの看板を下ろすがいいと思うが、いかがであろうか。 今日は雛祭り。本来は人間の厄災を雛にのせて流す行事。このところ降り掛かる、かかる厄災は早く流したいものだ。
2005/03/03
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