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朝起きてから頭・首・肩が痛く、朝食時は左腰(背中側)に痛みが…前日の夕食時にも左腰が脈打つ度に刺す痛みがあり、今朝は鈍痛。昼前には寒気が出て熱は37.1℃。昼は37.5℃。午後は何もする気がなく、夕食まで寝ていました。その間38.1℃にも熱が上がっていましたが、発熱時には上がったり下がったりするので“こんなものかなぁー”と。37.5℃になるとほんと節々が痛いけれど、我慢。夕食後は37.1℃に落ち着き、寝る頃には平熱(笑)2月はいろいろあったから疲れとストレスで発熱だった模様…左腰の痛みは膵臓かと思ってドキドキしちゃいました^^;痛みは結局何だったのだろう?
2016年02月29日

2月はお買い物に出掛ける機会がよくあり、ショッピングモールの中にある家電量販店で彼に遭遇。彼…それはPepper(ペッパー)くんです!テレビでは見たことが何度もありますが、実物は初めて。近付くと話し掛けてくるし、滑らかに手などが動く。Pepperくんは突然「夢を見ましたか?」と質問してきました。こちらが躊躇していれば、勝手に話を展開していく…いやはや…ヽ(´~`;Pepperくんとは話が噛み合わないのが残念。もう少し会話に挑戦してみたかったけれど、これ以上時間を掛ける訳には行かずその場を離れましたよ~Pepperくん、その後も誰も居ないのに話していました(苦笑)ごめんねーこちらはペコちゃん♪イチゴ祭りのようです^^って、これはもう仮装だよぉ~
2016年02月28日

2/23お友達が親戚の居る北海道へ遊びに行き、お土産をいただきました♪ありがとうございます!ヾ(@^▽^@)ノ 赤いサイロ(チーズケーキ)とリラックマの根付けです(^O^)北海道のお土産と言えば『白い恋人』が定番でしょうか。私は六花亭もアリですが、最近はいろんなお菓子が出てどれも人気がありますよね。『赤いサイロ』は初めて☆濃厚なチーズとバターでしっとりしていて美味です(*^_^*)父の退院祝いとしていただいておりますぅ~私も飲み物をガブガブ飲んで、堪能出来ました∩(´∀`)∩リラックマはロイズとコラボで、チョコに抱きついた形。ロイズが銘菓の仲間入りしたと云うことですね。いつも心遣いありがとうね♪♪♪
2016年02月24日
10:00には会計(退院の支払い)が出来ると云うので、その頃迄に病院へ着けばイイから、自宅を8:30に出る。私の運転で♪通勤時間が終わっているので、車の流れがスムーズでした。10:00に病院到着。父も荷物をまとめてあり、病棟をさっさと後にし、会計へ。待ち時間なく支払い完了!←これ、スゴイと思う。診察の時も会計待ちは長くて10分だって。他の病院だと30分以上待つのが当たり前。帰りも私の運転。K病院を紹介してくれた父かかりつけのクリニックへ途中寄る。K病院から手紙を渡されたそうな。内服薬が10日程でなくなるからすぐにクリニックに行くのにね~「行きたい。」と父が言う…クリニックの駐車場に停車することが私には出来ず、道路に停車させてもらいました。その後マックスバリューにも寄ると言う…いろいろ注文されましたが、無事に帰還(笑)帰宅後父が昼食&おやつを食べ過ぎて、夜しゃっくりが止まらず。翌朝の4:30迄辛かったそうな。病院食の量で普通の人は十分なんだよっ!
2016年02月23日
父が朝一の手術(9:00)なので、母と私は4:30に起床。7:00に家を出る。母が左折するところを間違え、3分ロス(苦笑)流石に朝の通勤ラッシュで、片道の半分近く渋滞。まぁ、前の車にノロノロついていけばイイだけですが。病院の駐車場には8:30に着きました。病棟には8:40^^;看護師から「8:20、できれば8:30、遅くても8:50迄に来てください(泣)」と言われていたので、良かったです。病棟に着くと父の収容されている病室からナースコールで呼び出しが。犯人は父。点滴をしている左肘を曲げっぱなしにして、点滴の装置が鳴ってしまったそうで。バカ。少しは気を遣えよ。尿管も既に入れられていて横たわっていたが、手は動くんだなー(笑)8:50に車椅子で父が手術室へ向かう。連れて行ってくれる看護師に「送った後にベッドを直しに来ますので、ご家族はデイルーム(談話室)か廊下の椅子(テーブルとイスあり)でお待ちください。」と言われる。がんセンターとR病院は手術室前まで家族も行き同じフロアで待つのだが、この病院は違いました。救急(24時間・ドクターヘリ有)もやっているし、手術室のある階はスタッフ&患者以外入れない。父に「頑張ってね~」の声も掛けず(笑)まっ、医師が頑張るんだが。ベッドを直してもらった後、手術中はどこで待つんだ?と思いつつデイルームへ行くと、患者の家族が座っていました。ここで待てばイイのね~しかもこの部屋はWi-Fi完備されていて、タブレットを持参した私は飽きることなくゲームをしていました♪母はすることなく飽きていた。10:30頃、突然母が「エレベータを待っている人が、義姉さん夫婦に似ている…」と言う。1階に移動したことを確認。まさか!と思いつつ、病棟は6階だからエレベーターで追っかけていきましたが、間に合わず。当たり前か。前に手術日を電話で聞かれたけど、「行く。」とは言わなかったし…まぼろしぃ~と思ったんですが、手術が終わり医師の説明があってから電話をすると、さっきの幻は本人でした!その後また来てくれましたよ。2度もすみません。手術は3時間の予定でしたが、2時間半程で無事に終了。医師の説明をデイルームで聞く。軽い説明です。2箇所レーザーで焼く予定が3箇所焼き、1箇所が一番悪く、念の為に予定以外のところも処置。「これで不整脈は起きないでしょう。」とのことでした。手術前の検査で、父の心臓は普通の人の3倍の負担が掛かっていて、肥大もしていたからねーもう少し肥大すると症状が出るっぽい。説明後、病室へ行くと爆睡な父が横たわっている。2時間は麻酔が効いているだろうから、その間食事をしに行きました。母がパンとバナナを持参していましたが、どうしよう…となり、私は流動食のエンシュアを2本持参。病院の食堂に入って、私は流動食持参の旨を店員に伝え、一緒に食事させてもらいましたよ。病院内だからなせる業。父は15:00に昼食(おにぎり2個・しば漬け・ジュース)が出て、おにぎり6口とお茶を少々口にする。やることがもうないので、15:30には病院を後にしました。K病院には以前がんセンターに居た医師が2人居る(頭頸科)ので、ちょっと外来を探索もしましたよ。午前の外来は物凄い混雑。K医師は居るかなぁ~と名前を確認しただけで物怖じです。凄い人!午後に外来に入るS医師は13年振りだったから会ってみたかったんですが、S医師の受け持ち患者が多く診察は夕方迄掛かるというので、一筆書いたメモを看護師に渡してもらうことにしましたよ。帰りは私が久し振りに長距離運転に挑戦。広い国道は昔も運転なんて殆どしなかったけれど(トラックが多くて…)、無事に帰還(笑)
2016年02月22日
父が心臓のアブレーション治療の為、午後K病院に入院しました。帰りに母が一人で運転するのはちょっと危ないなぁ~と思い、一緒に行きましたよ。18日の手術前検査(採血・口からの心エコー 親指位ある太さの管を食道まで入れる 胃カメラをやったことのない人は眠らせて検査ですが、父は胃カメラを何度もやっているので喉麻酔)の時に往復母が運転したそうだが…不安。余談…17日、父が卓球の帰り自宅の駐車場で車から降り、修繕工事の様子を見ながら歩いていると、派手に転倒。左目付近を眼鏡のフレームで切り出血、左肩打撲。眼鏡破損。警備をしていた男性に心配される(苦笑)大事なことがある前に必ず何かやらかしてくれる父なので、今回の入院前に口が酸っぱくなる程言っていたのにやらかす始末。18日心エコーの検査をしてくれた医師に目の怪我をまず聞かれたそうな。当たり前か…入院の日は、12:00に家を出て13:25病院到着。休日の昼間は国道が空いているから、乗っていて楽でした。翌日朝一の手術なので、15:30に病院を後にしましたよ。早寝早起きしないとね~
2016年02月21日

5日掛けて南側も北側も足場が組まれました。2002年も大規模修繕工事がありその時は足場の外側に黒いネットはしなかったのですが、今回はネットを付けてあります。吹き付けの時に車が汚れない(前は車にカバーを付けた)のと作業員が外から見えないメリットがあるそうです。作業員は見えてもイイと思うが…網戸を入れるビニール袋をもらったので、網戸を1箇所以外外し、外した網戸は私の部屋に収納。完全に倉庫になってしまっている…気軽に「置いてイイよ~」なんて言うもんじゃなかった。網戸を壁に立て掛けてある状態なので、一瞬そこに窓があったっけ?と思ってしまう。違和感バリバリ。そのうち慣れるでしょう。
2016年02月19日
マンションでの大規模修繕工事が昨年の夏から始まり、ついに私の棟も足場を組み始めました。この日は父が1日掛かりで手術前検査(採血・造影CT・エコー)だったので、母も病院に付き添う。私はお留守番。午前中は足場が自宅まで来ていなかったのですが、昼食後歯を磨き、自分の部屋で少しリハビリをしてから居間に戻ってくると、足場が!レースのカーテンをしているけれど、お兄さん達がチョロチョロ見えるので、ビックリよ~
2016年02月15日
2/04のつづき。H医師の退職話で放心状態のまま会計の手続きへと歩いていると、下咽頭癌の時にお世話になった看護助手Sさんに会う。Sさんは「来月心臓のカテーテル手術をする。」と言う。最新の凍結療法で。凍結は3月から保険適用になります。メリットは手術時間が短い、完治率が高い。デメリットは、新しい治療だから完治率は臨床試験のみ(症例数が少ない)。特定の医療機関(大学病院など)でしかまだやっていない。私は先日テレビで不整脈の治療を見ていたから、凍結療法も知っていて話が合いました。実は、父が2月下旬にSさんとは違う病院で心臓のカテーテル手術“アブレーション治療”をするので、よく知っていた訳です。アブレーション治療は、左心房と肺静脈の間にレーザーでやけどをつくり、肺静脈の刺激を心房に伝わらせないようにする治療です。右足付け根(静脈)から3本(治療用)、右足付け根(動脈)から1本(血圧モニター)、首(静脈)から1本(治療用)カテーテルを入れ、鼻には体温のセンサーを入れます。ええ、管だらけで3時間の手術です。勿論、Sさんに父のことも話しました。Sさんは自覚症状が3年前からあり、ワルファリンを服用中。父は自覚症状なし。ワルファリンは昔服用していたが、一昨年の11月新薬に変更。ワルファリンはビタミンKを多く含む納豆などが食べられないけれど、新薬は制限なし。Sさんと心臓手術のことで花が咲き、H医師の退職のことが話せなかったです。
2016年02月05日
がんセンター(消化器内科)へ行って来ました。13:00予約で13:20到着。消化器内科の待合室へ行くと意外と空いていて、私の番号表示の前に1人(11:30)のみ。13:00台は私だけ。あれ?他の患者は診察もう終わったの?H医師を待たせてしまったのかも…と思っていましたが、呼ばれたのは14:00でした。いつも名前で呼ばれるのですが、初めて大きな画面に私の番号が表示されて呼ばれる。診察室に入り「今年も宜しくお願いします♪」と挨拶。バルーン治療後の痛みと今の状態を話しました。12月のバルーン治療時の画像では患部が深く切れていて、そこに注射をし、ヘラクレスバルーン(他のバルーンより硬い)は15~18mm膨らませることができ最大ガチーンとやってくれたそうです。胃もついでに診てもらいキレイでした。「次の診察はどうしようか?いつにする?」となり、「3~4ケ月延ばしてイイですよ♪先生、居ますよね!」と確認すると…H医師:「実は…居ないんですよ。3月で辞めるんですよー」私:「えっ!?」 私から確認はしましたが、いつも”居るよー”と答えてくれていたのに、これって冗談? 頭の中が混乱…H医師:「実家の跡を継ぐことにしました。〇〇で診療所をやっているんです。恥ずかしいんですが、父が80歳で診療所をやっていて、倒れる前に継がないと。自分の受け持っている患者さんを連れて行く訳じゃないし…本当は行きたくないんだけどね。週に2回は近くの病院で働くつもり。診療所に医者が2人ずーっと居る必要ないし。僕も生活があるから稼がないとね。診療所はもう古いから立て替えしようかどうしようか。お金掛かるし~」 えっ?診療所…先生のお父さん医者だったんだ… って、80歳?現役ギリギリって感じがするんですけど! 〇〇は地名です。県内だけど田舎で遠い。 週2の非常勤、私がお世話になっている耳鼻咽喉科(クリニック)の先生も非常勤やってるから分かる。私:「えっ、〇〇遠いよーーーー 先生は48歳でしたっけ?」 私より6、7歳上だった記憶が。H医師:「49、49だよ!開業を始めるなら30代~42歳位迄が適齢なんだよね、普通。遅いんだよ~本当は7年前に辞めようと思ってたんだけど、ずるずる来ちゃってて。」 年齢をなぜ強調する?(笑) いや~2人共もう限界の年齢だったとは… うん、分かるよ。継ぐには遅かったってことが。 7年前…私の主治医が辞めさせられた時、H医師も確かに辞めようとしていました。 私:「あー7年前…でも、引き留められたんですよね。週2の病院勤務はがんセンターとは考えなかったんですか?診療所を閉めるとは考えなかったんですか?」H医師:「(笑) うちの奥さんが看護師で、既に実家へ週2回行ってるんだよ。ここ、県立って安いんだよね(笑)生活あるからね。診療所もスタッフが居るからね。」 奥様が看護師さんであることは知っていたが、もう体制は作っていたんだ…私:「あ~安いのね…(下の)お子さん、高校生くらいですよね?皆で引っ越すんですか?」H医師:「そう、高校生。診療所の横を増築してそこに僕だけ住もうかな。」私:「はっ?別居!?それはいけないよ~マズイって。」H医師:「大丈夫だよ。(奥さんには)週に2回会うし。」 そうだよねーって、子供は、子供!私:「患者さん皆に辞めること言ってるんですか?」H医師:「11月に辞めることを決断したんだけど、その時は誰にも言わなかったんだよ。全員には言ってないよ。長く診ている患者さんにはこうやって(診察時に)言ってるよ。受け持っている患者さんは1年後に診察の人が多くてねー次診察に来たら“居ない!”ってなるのは”いや~ごめんなさい!”になるんだけどね(テヘペロ・笑)」 うん、分かるよ。頻繁に診察していない患者さん1人1人には言えないです。ハイ。 昨年H医師が突然診察日に休んだことがあり、いつも金曜日が治療日だったのに12月は金曜は居ないから水曜にバルーン治療となり、準備はもう始まっていたのかも…H医師:「喉、治せなくてごめんなさい。食道は吸収型のステントが開発されたりして進んでいるけど、喉はなかなか進まないんだよね。もうちょっとしたら医療が進んで何か出てくるかもしれないから頑張って。(バルーンが)簡易に出来ればイイんだけれどねー」私:「いやいやいやいや、私が無理(邪道)な手術をお願いしたからです。」 先生は悪くないですよ!H医師:「次の診察どうしようか?K先生はバルーン治療を結構数やっているからK先生に引き継いでもらうね。大丈夫だよ。優しいし、カッコイイし。」私:「H先生が一番ですよ!」 顔が!いや、そうじゃなくて、治療の腕が!混合診療の話もされたH医師。辞める理由を自分に言い聞かせているところもあった気がしました。いろいろ話している途中で、「そうそう…名刺も作ってて“仮”なんだけどね。」と言って、名刺を頂きました。住所を見た私はすかさず「遠いって!」とひとこと。そして、“仮”とか問題じゃないです。H医師にもう会えないことがショックなんですよ…気さくに話してくれるし、これから安心して治療が出来ない…長くH医師に診てもらっているから、信頼感が強過ぎるんです。主治医の退職の時もそうだったなぁ…溜息しか出ないよ…H医師にとってこの決断は最後の(?)親孝行だからね。笑って、“今迄ありがとうございました!”と言わなくてはいけなかったんですが…ありがとうの“あ”の字も発せられなかった私…ショック大き過ぎ!そして、言ってしまったらもう終わりのような気がして、言わなきゃと頭でぐるぐるしていたけれど…言えなかった。H医師に対し「えっ!」「えーーーっ!」「ショック!」「淋しい」「メールするよ!(名刺にメルアド記載)」と連呼していた私。後から考えると12月のバルーン治療の時にMAXで拡張してくれて…患部に注射をするのが難しいのにしてくれて…胃も診てくれて…今回の診察では、私の後は診察する患者が居ない状態でこのように話してくれて…H医師が私に出来る最大限のことをしてくれたことに感謝しかありません(泣)
2016年02月04日
医療費控除の計算が無事に終わりました。先月部屋に引きこもっていたお蔭で(?)、昨年の家計簿&医療費の入力が捗りましたよ!医療費の金額を公表すると・・・家族3人の医療費合計は457,952円そのうち私の分は319,594円 健康保険組合から還付金で私の分は73,000円バルーン治療の回数が前年度と比べてグッと減り医療費も減りましたが、他の家庭と比べると多いのはよく分かっています。
2016年02月03日
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