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2024年04月29日
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ゴールデンウィーク帰省中2か所目は善知鳥神社に参拝しました。
​ある店で激辛ネギラーメンを食べた後、鯉に餌をあげながらゆっくりしたくなり行くことに・・・。

2024.4.27
善知鳥神社

商店街の中に鎮座する善知鳥神社。境内は広く池もあります。周りには飲食店が多いです。うまいもんいっぱい食べた後の腹ごなしとして、散策するには持って来いの場所!
ではまずは一の鳥居。古い形の鳥居でした。このすぐ脇に有料駐車場があるので車でも安心。



参道を進み、朱塗りの二の鳥居が見えてきました。
参拝者が多く、とても賑わっていました。一応ぼかしてます。



授与所です。
お守り、御朱印帳、鯉の餌(100円)など色々売ってます。御朱印も直書きでの対応でした。
何といっても鯉の餌は買いですね。これで30分は余裕で楽しめます



手水の近くに桜が・・・!最高の雰囲気!
すぐ下の水路では、鯉たちが口を開けて待ってます。図々しく鳩も寄ってきますが、餌をやらないようにと注意書きがしてありますゆえ、気を付けて・・・。



こちら拝殿です。変わった形だなといつも思うわけですが、下北の方で似た形の社殿を見たことがあるような・・・。
額も立派で迫力がありました。
拝殿左わきを進むと直ぐに龍神の水・弁天池が見えてきます。逆に右の方は稲荷や龍神様の社・石碑群があります。


龍神の水です。桜の花びらがいい味だしてます。
水の流れる音に癒されながら鯉に餌やりしてました。心が洗われる・・・!




説明書き: 龍神之水

龍神様は水神、海神であり、御利益の湧き出る処(パワースポット)は、古くより水や海に関係する仕事、又、商売の人達に信仰されてきた特別な場所である。



龍神の水の直ぐ脇に弁天池があります。ここにも元気な鯉がいっぱいいるので餌やりしました。池の真ん中には小さな祠が。弁財天をお祀りしています。


社は石造りです。400年の風雪に耐えてきたんでしょうか。



説明書き: 弁財天宮

寛永18年4月に建立されたと伝えられ、水の神として漁業を守護し、音楽や芸能を司る神、福財の神として、近隣の人々から厚い信仰を受けている。



こちらはうとう沼。ここの桜は最高の状態でした。
冬を越したからか鯉の数は減ってるように感じました。その分小さな鯉?鮒?が増えてました。でかい鯉に負けじと餌を食べていました。春ですねぇ!




説明書き: うとう沼

昔は安潟と呼ばれ、これに荒川・入内川が流れ込み、周囲5~6里(20~24km)あり、浪館・金浜・浜館等の集落に達する湖沼であった。また、この潟に入る船はいかなる時化でも転覆を免れた為、善知鳥神社と共に漁師の崇敬の対象となっていた。
しかし横内城主堤氏が外敵を防ぐため、荒川の流れを変え、堤川に流した事により、次第に安潟は干上がり、干拓されていった。その名残りが現在のうとう沼である。



切り株に”善知鳥”とその足跡が。ペンギンみたいな足跡っすね。


芭蕉翁句碑です。
以前山形の出羽三山社に参拝した時も、芭蕉ゆかりの土地ということで銅像が有ったり、石碑が有ったりしたのを見たのですが、まさか本州最北の地に芭蕉の碑があるなんてなぁ。
残念ながら青森までは来ていないようですが、晩年は外ヶ浜に行けなかったことを悔やんでいたとか・・・。確かに外ヶ浜から見る下北や北海道はきれいですからね。
引用元は下のリンクからどうぞ

芭蕉翁句碑

明治11年

碑文
名月や 鶴脛高き 遠干潟(めいげつや つるはぎたかき とおひがた)

芭蕉は、平泉を見た後、Uターンしたが、奥の細道の本文に、「南部道遥かにみやりて死………」と書いている。 南部道は、盛岡地方へ通ずる街道で、この下りから、日田へさらに旅を続けたかった思いが伝わる。 また、細 道の紀行が終わった翌年の元禄三年に書いた「幻住庵記」に、「猶うとう啼そとの浜辺よりに、えぞが千しまをみやらむまでど、 しきりにおもひ立侍るを………」とも書いている。外が浜から北海道を見たかったのだが、同行の曾良が病弱な師の身体を思い、引き止めたのだ。




説明書き: 芭蕉翁句碑

碑文​ 名月や 鶴脛高き 遠干潟 (めいげつや つるはぎたかき とおひがた)
文化9年(1812年)
伝承不詳なれど、芭蕉作と伝えられるこの句を、この善知鳥の地に照らし合わせて建立したものと思われる。
句碑の台座は昭和17年、芭蕉生誕300年記念として設した。




説明書き: 増田手古奈句碑

昭和60年
碑文 みちのくの 伊藤の宮の 小町草 (みちのくの うとうのみやの こまちぐさ)
本名 増田義男
1897年(明治30年)~1993年(平成5年)大鰐町出身
東京帝大医学部卒業後、家業の増田医院を継ぐ。一方で俳人高浜虚子の指導を受け、俳詩「十和田」を主宰し、県俳壇の発展に貢献した。




宮川翠雨書碑




説明書き: 宮川翠雨書碑

平成2年
碑文 夏雨の 青々と降る 古端渓 (なつさめの あおあおとふる こたんけい)
1912年(大正元年)~1987(昭和62年)
青森県文化賞受賞、青森市民表彰、日展評議員、雨声会主宰、河口俳句会代表




本殿右側の社や石碑群です。
左の社が龍神様、真ん中が猿田彦神・月読命、右が稲荷です。



龍神宮
海津美神をお祀りしています。港町ということで水に関係する神が多く祀られているようです。



斜めから



本殿です。
小島にひっそりと建つ感じが雰囲気あります。



猿田彦神・月読命
天照大御神も祀っていると説明書きにあったので、もしかしたらこの白い社がそうなのかもしれません。



稲荷です。商店街に一社はあるイメージ。



菅江真澄も善知鳥神社を参拝したようです。
これまで行く先々で菅江真澄の碑や説明書きがありましたが、じっくり調べたのは今回が初めて。なんでも北東北や北海道を中心に紀行文や絵、村々の風俗、植物をまとめたりしていた方だそうですね。これを機に”菅江真澄遊覧記(東洋文庫)”にも手を出したい・・・。ただ目下の積読を消費しないことには、この本も積読の仲間入りをしてしまいそうで怖いです。でも読みんでみたいんだよなぁ・・・。


説明書き: 菅江真澄

1754年(宝暦4年)~1829年(文政12年)
愛知県(旧三河国)豊橋に生まれる。姓は白井、幼名は英二といい、成年に達して秀雄。菅江真澄と称したのは、晩年、秋田に居住してからである。
真澄が青森を訪れたのは、都合三度である。
最初の天明5年(1785年)8月のときは、蝦夷地(現:北海道)へ渡るためであった。大飢饉による餓死者の無残な姿を見て、これ以上浜路をめぐることは、自らも飢える心配があると考えて引き返した。
二度目の来青は、天明8年(1788年)7月である。浅虫を経て青森、三厩から蝦夷地へ渡った。この時、鳥頭神社(現:善知鳥神社)に詣でた後、古い社の後が残っているということから、二本木のある丘(現:久須志神社)を訪ねている。
また、この杜を見て「青森という地名もここがもとであろう」と「外ヶ浜づたひ」に記録している。
三度目は、寛政8年(1796年)で二十余日滞在。青森の各集落、社寺、山野等を歩きまわ、伝承習俗や庶民の生活を「すみかの山」に詳しく記録している。
なかでも注目されることは、4月14日、石神村の小さな祠のかたわらに、「文永の碑があった」と記録していることである。真澄の歌碑は、善知鳥神社境内、荒川宗全寺(曹洞宗)に建立されている。
なお、享和元年(1801年)秋田に赴くまで、7年余の間に津軽関係では「津軽の奥」、「外浜奇勝」、「津軽のをち」などの紀行を残している。



菅江真澄歌碑
向かい合う二羽の善知鳥が彫られています。実物も見てみたいですね。




説明書き: 菅江真澄歌碑

昭和32年
真澄が当神社、又、この地を詠んだと伝えられる歌の記念碑。
うちなびく たむけのぬさもふりはへて こうごうしくも 見ゆるみず垣
のどけしな そとがはまかぜ鳥すらも 世にやすかたと うとう声して
本名 白井秀雄 愛知県(旧三河国)生まれ。1754年(宝暦4年)~1829年(文政12年)江戸後期の民俗学者、歌人。




百目鬼のような不気味な鳥の像があります。これは善知鳥の名前の由来に関係した説話をモチーフに作られたものなんでしょうか?善知鳥神社のサイトにそれらしき説話が載っています。下のリンクからどうぞ。

・善知鳥神社 / 神社について / うとう考




説明書き: 変幻燈

鳥は善知鳥、悪知鳥と変幻し世界を視る。亀は大空を飛び大地を支え千万の季節を歩む。
2つともこの世にあって人の幸せを願ひ伝説の中に生きるものなり。
昭和53年 秋 濱田剛爾




謡曲善知鳥之旧蹟



「陸奥の 外の濱なる呼ぶ小鳥 鳴くなる声はうとうやすかた」




説明書き: 謡曲「善知鳥」とその「旧跡之地」碑

謡曲「善知鳥」は、殺生の罪を犯した漁師が地獄で責めたてられる苦患の有様を見せる執心の夢幻能である。
その漁師は奥州外が浜の者で、立山の凄惨の地獄に堕ちていたが、外が浜一見の旅僧に回向を乞うて故里の妻子の前に現われ、我が子を見て小鳥を殺した罪の恐ろしさを悔い、化鳥にさいなまれる苦しみの仕型を見せて更に回向を頼んで消えて行く。善知鳥と言うのは漁師が常に捕っていた鳥の名なのである。
奥州の 外が浜なる呼子鳥 鳴くなる声は うとうやすかた
という主題歌は定家の歌と伝えられている。
善知鳥神社の社殿近くに「謡曲善知鳥旧跡之地」という碑がある。安潟と呼ばれた大きな湖沼のあとが現在の安方町であり、神社を囲む池を善知鳥沼と呼ぶなど、昔、此の地を「善知鳥の里」と言った名残りを示す碑である。




御由緒です




善知鳥神社由緒

善知鳥神社は現在の青森市が昔、善知鳥村と言われた頃、奥州陸奥之国外ヶ浜鎮護の神として、第19代允恭天皇の御世に日本の国の総主祭神である天照坐皇大御神の御子の三女神を、 善知鳥中納言安方 が此の北国の夷人山海の悪鬼を誅罰平定して此の地を治め、その神願霊現あらたかな神々を祭った事に由来している。又、善知鳥中納言安方は、此の地の人々に初めて漁猟と耕作を教へ、此の辺一帯が今日のように発展したのは安方の聡明なる知恵と才能と勇気が神々の御意に叶い人々に慕い仰がれる所以となったと言われている。
以来、此の善知鳥神社は青森の発祥の地として、長い間連綿として敬神崇祖の信仰が受け継がれている。
御祭神:多紀理毘賣命、市寸嶋比賣命、多岐都比賣命
合祀:天照大御神和魂、倉稲魂命(稲荷)、海津美神(竜神)
祭日:善知鳥神社(9月14日前夜祭、15日大祭)、善知鳥稲荷神社(6月9日前夜祭、10日例祭)、善知鳥龍神宮(6月16日前夜祭、17日例祭)


能や歌の舞台になった善知鳥神社。807年に坂上田村麻呂によって再建されたと記述があり、創建はさらに前ということになります。wikiだと允恭天皇の治世は5世紀頃だそうで、この神社の創建も記述通りならそのころということになりますよねぇ・・・。すんごい歴史感じますよね
宗像三女神を主祭神とし、綿津美神などの水神も祀っている神社です。ほかの県のことはわかりませんが、青森県は水に関わる神を祀るところが多い気がします。八戸の蕪島神社も市寸嶋比賣命を祀っていますしね。それ以外にも各龍神を祀る寺社も多く、津軽龍神霊場もできましたしね。さすが三方を海に囲まれた土地!



今回御朱印は貰いませんでした。過去に貰ったものを揚げておきます。



御朱印帳:表



御朱印帳:裏



公式サイトへのリンクです。
・善知鳥神社(うとうじんじゃ)〜青森市発祥の地〜

以上です。





2026.3.28
見納め詣出


やはり青森を立つとなると善知鳥神社参拝は外せません。青森総鎮守の社という事で、平日と謂えども参拝者は多かったです。



二之鳥居。桜は咲く気配すらありません。



境内の鯉たち。エサは4月からの販売です。



見事な神明造の拝殿ですよね。大きく荘厳、当に青森を代表するような神社です。



扁額です。



賽銭箱には津軽家の家紋。青森が町として発展するのは17世紀以降です。そこから本格的に街の景観が整えられていきます。



境内右側には末社の稲荷社と龍神宮です。



境内に残るはかつての善知鳥沼の一部です。この様な湿原が広がっていたんですね。







境内左側にも龍神宮。



隣から清水も湧いています。流れ流れて隣の池へと注ぎます。



本殿後方には、池の浮嶋に弁財天が祀ってあります。善知鳥神社の祭神:宗像三女神の本地は弁財天であり、この配置にも何か意味がある様に思えます。



池では烏が餌をあさっていました。完全に人なれしており、全然逃げません。



亀も冬眠から覚め、元気に池を泳いでいました。



オフィス街の一画に古社が鎮座する。こうした光景はやはり好みです。



斜めから。
これでもう思い残すことは有りません。良い参拝でした



今回貰った御朱印です。



以上です。





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最終更新日  2026年03月30日 21時10分59秒
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