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2024年11月30日
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黒石の市街地の南を悠々と流れる浅瀬石川。その南岸に羽黒神社があります。この辺り一帯は浅瀬石という区画ですが、もとは汗石と呼ばれていたそうです。この変わった地名の由来となった一対の石が、今回紹介する羽黒神社の境内に置かれています。
津軽の中でも南部に近い黒石には、津軽氏統治以前の当地域の歴史などが残されており、非常に面白いです。ここもそんな古い歴史を語り継ぐ神社でした。​

2024.11.17
浅瀬石羽黒神社


黒石から浅瀬石城跡に向かって走っていると、左手の方に見えてきます。境内に大きな銀杏の木が生えており目印になります。



参道右手には庚申の石碑。



そして狛犬の他に一対の神馬像が収められています。



こちらの像も活き活きとした姿です。本当に津軽の神社は独自の慣習などが見られて面白い



狛犬も面白い表情です。笑っているように見えなくもない・・・?



こちらは完全にはにかんでますね







今回のメイン、汗石です。雄石・雌石とも呼ばれ、雌雄一対の石として祀られていたようです。形からして、左が雄石、右が雌石でしょうね。恐らくこれも生殖器崇拝と見てよいと思いますが・・・。茨城県の​ 大杉神社 ​の境内社:相生神社でも、生殖器状の石を伊邪那岐大神・伊邪那美大神に見立てて、夫婦和合の神として祀っていましたが、これもそんな雰囲気がします。



説明書きです。




雄石・雌石の由来

 その昔、浅瀬石城主:千徳氏は栄華の限りを尽くし、その繁栄は、この地方の独特の文化と信仰の聖地を形成したといわれております。慶長2年(1597年)、浅瀬石城が戦火で灰燼にきした時、浅瀬石城本丸の横の中庭に大事に保管され、浅瀬石の産土神として崇め奉られておりました汗石が、ここに安置されている雄石・雌石だといわれております。
 本来、浅瀬石の呼称は「汗石」だということが「汗石御領内社宮調上書」に記されており、それによりますと、現在の浅瀬石川が汗石川であり、それが室町中期頃、名称が浅瀬石川に変えられたと言い伝えられております。落城の時、杳としてその行方がわからなかったのが今回(昭和62年より)浅瀬石羽黒神社造営工事の際、偶然に楓の根元から発見され、ここに再び世上の注目を浴びることとなりました。古よりの言い伝え通り、形体・風格は昔のままそのとおりといわれております。
平成元年11月11日



拝殿です。色づいた銀杏の落ち葉も相まって非常に美しい姿をしています。



拝殿内はこんな感じです。ここで御朱印や御守りなどがいただけます。温湯集落の白山姫神社の御朱印(直書きのもの、津軽三十三観音の判のみのもの)もここでいただけます。奉納経ももちろんいただけますのでご安心を



拝殿内右手にはオシラ様も祀られているようです。対応してくださったおばさま曰く、昔から祀られていたとのこと。



本殿はこんな感じ。旧社殿よりもはるかに豪華ですねぇ。
では御由緒です。パンフレットからの抜粋になります。




羽黒神社

御祭神:倉稲魂命・誉田別命(応神天皇)、素戔嗚尊


 文禄3年(1594年)に記された「田村羽黒宮由緒」では、 坂上田村麿 が蝦夷平定成就の謝恩を表す為延暦13年(794年)に勧請、羽黒大権現宮と称したと伝えている。
 その後、前九年と後三年の役にて荒廃した奥羽地方を巡検した 八幡太郎源義家 が、寛治7年(1093年)兵を遣わせ社殿を修築し、国家安泰武運長久を祈ったとされる。
 建長4年(1252年)、中世当地区に築かれていた 浅石城の初代城主:千徳行重により再興
 只、太平の世も続かず、慶長2年(1597年)、大浦為信が浅石城を攻め落城。領内の他社寺同様当神社も灰燼に帰した。しかし、為信は千徳家臣秋元為茂を社司に任じ、同5年に再建。浅石の氏神と定めた。
 当時、鎮座地は山手であり、冬季特に参拝が困難な為、正月晦日に社司宅に神を遷す「山下り」をし、2月1~3日村人が米餅を供え豊作・村中安全祈願をし、3日夕刻神社に神をお還しする「山登り」を行っていた(現在も古例祭と称し旧正月に献米する行事が続いている)。
 宝永5年(1708年)村中にて協議の上、村内の稲荷宮境内で集落の中央でもある現在地に奉遷した。
 明治6年(1873年)、羽黒神社に改称、隣村の高賀野村八幡宮を合祀し、旧浅瀬石村の村社となる。同41年、皇太子殿下(後の大正天皇)行啓を記念し、社殿を改築した。
 現社殿は、氏子崇敬者の奉賛により建立し平成2年に竣工。同14年には再興750年祭を斎行。参集殿の増築等記念事業を完遂。
 平成30年(2018年)、古来地区内に鎮座し永年有志が護持してきたものの、高齢化により祭典執行も困難となった広峰神社を合祀した。



また、同パンフレットには津軽じょんがら節の由来に関する内容も載っています。


津軽じょんから節のふる里 「浅瀬石」地区について

 津軽じょんから節の由来には諸説あるが、その中に、当地を発祥とするものがある。

・・・浅石城落城の折、当時城下にあった神宗寺の辻堂住職:常椽(じょうえん)和尚は、攻め込む大浦勢が寺や墓地まで荒らすことに抵抗し、薙刀を持ち立ち向かった。しかし、孤軍奮闘むなしく捕らえられそうになると浅瀬石川に身を投じ没する。

 数年後、川原で遊ぶ子供が砂の中に常椽和尚の亡骸を見つけると、村人達はそこに墓を造って手厚く葬り、その地を常椽川原(じょうえんがわら)と呼んだ。
 それから毎年お盆にこの墓に集って供養し、浅石城が栄えた時代を偲び、盆踊りをしながら歌った唄が、じょんから節であると伝えられている。・・・



斜めから。
これらの由緒などから見えるのは、黒石の中でも浅石は南部勢力の拠点として早くから栄えていたという事です。白山姫神社の記事でも書きましたが、津軽において平安時代や室町時代ころの文書・記録・遺跡などが少ないのは、ちょうどこの頃に統治者の変遷があったからではないでしょうか。こうした13世紀頃の記録が残っている神社は津軽では少なく貴重です。最近でも同地域の神社が合祀されたようですが、それだけこの神社が、浅瀬石集落で信仰の中心地となっていることが示されているように思えます。



今回もらった御朱印です。



浅瀬石羽黒神社が兼務している白山姫神社の記事も有ります。興味がある方は是非!
・二十七番札所:白山姫神社(袋観音堂) 木の梢から始まった観音堂

以上です。






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最終更新日  2026年03月13日 19時08分49秒
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