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境内の由緒書きには記載されていませんが、祭神の素戔嗚命(牛頭天王)・櫛稲田姫命・八王子命以外にも火産霊命(愛宕権現として祀られたか)・崇徳天皇などが合祀されているようです。崇徳天皇は菅原道真公・平将門公と共に日本三大怨霊に数えられる神格であり、流刑先の讃岐や上方での信仰が主だと思います・・・。御霊信仰に由来するものだと思いますが、どうして当地に祀られたのかは不明です。須賀神社
これについては盛田稔著『七戸牛頭天王由来記』という小冊があるが、それによれば本来の祭神は印度の牛頭天王または武塔神であるというが、日本にはいってきて素斐鳴尊と習合し、複雑な性格をもつにいたったという。全国的に荒神として恐れられまた糺し神として信仰されてきた。
牛頭天王社が七戸に勧請された年代は不明であるが、先の調査書によれば応永初年(1394年)の頃ではないかという。年代不明の黒漆の内御堂、享保3年(1718年)~享保9年(1724年)の納経札、宝暦12年(1762年)~安永2年(1773年)その他の棟札などが残っている。文久3年(1863年)に同社境内に妙見堂を建立したようで、その棟札が残っている。
祭典は以前1月10日に行なったが現在は9月10日に行なっている。参拝者は1日と10日に詣でている。現在の社殿は昭和31年(1956年)に建てたもの、拝殿が梁間四問桁行三間、幣殿は梁間三間桁行一問、本殿は梁間二間桁行一間の規模で、向拝は唐破風づくり、外に二間四面の額堂がある。境内には外にこま犬一対・石燈一対がある。こま犬は安政6年(1859年)正月吉日、浜中幾治郎・同善右衛門・同友吉・運贈船福吉丸与八の奉納になるもので石燈篭は、発起人三上ツル・内山たき外6名の寄進したものである。
社殿の東方に高さ154cmに及ぶ御影石の碑がある。表面に南無地蔵願玉大菩薩と刻み、片側に宝暦14年甲申(1764年)正月24日の紀年をほり、反対側に願主十数名の名を刻んでいる。台石の高さは40cm。












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