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2026年06月06日
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北の小京都とも称される弘前市。特に弘前城の南方には、曹洞宗寺院が33ヶ寺集められた禅林街をはじめ、数百メートルの通りに数十ヶ寺が集う新寺町など、北国有数の寺院過密地帯が広がっております。
禅林街の目玉はなんと言っても​ 長勝寺 ​。津軽氏菩提寺という事もあり、広大な境内の中に禅宗特有の厳かな造りの伽藍が配されています。
対して新寺町の目玉は何か、と問われれば、僕は最勝院と答えます。新寺町のはずれ、元の堤跡の側に境内を構えており、遠くからでも勇壮な姿の五重塔を臨むことが出来るからです。長勝寺は曹洞宗故に華美な印象はありませんが、最勝院は真言宗、故に朱塗りの堂宇も少なくなく、全体的に色彩豊かな感じです。秋には境内を曼殊沙華が飾り、紅く染まった花弁は並び立つ仏塔の様にも感じられ風雅です。

最勝院と境内を接している神社があります。弘前八坂神社と呼ばれる神社です。ここまで境内が近ければ、なにかしら関係があるのではと思ってしまうのが自然でしょう。調べてみると、もともとは牛頭天王堂と呼ばれる護摩堂だったようです。かつてここに境内を構えていた大圓寺(現在は大鰐町に移転)の堂宇の1つとして荘厳を極めていたようですが、神仏分離の際に八坂神社として独立し、今に至るようです。
管理自体は 熊野奥照神社 ​で行っているのか、御朱印もこちらでいただけます。

2024.8.3
弘前八坂神社


最勝院の参道の途中に赤い鳥居が建っています。ここから弘前八坂神社に参詣できます。







参道脇には幾つかの石碑。奥に見える建物は全て最勝院のものです。



反対側に手水もありました。水盤には紫陽花の花が浮かんでいます。



拝殿です。
当地域でよく見るタイプの造りですね。入母屋造りだと神社感があっていいですね!



ご由緒です。
弘前八坂神社

祭神:素戔嗚神、奇稲田姫命、草野姫命、菅原道真公
御祭礼
・春祭:5月
・夏祭:旧6月13日
・秋祭:11月

 弘前八坂神社の創建は不詳ですが正保4年(1647年)、神仏習合していた大円寺と共に弘前城の戦略的、霊的拠点として共に現在地に移されました(詳細は判りませんが、慶安3年:1650年に新寺町が新たに町割りされている事から、この前後に遷座したと思われます)。
 大円寺は文亀年間(1501~1504年)に大円坊によって開かれたのが始まりとされ、八坂神社はその鎮守社として勧請されたと思われます。境内地は寺沢川と土淵川の合流地点で弘前城から見て南側の防衛拠点になりうる場所だった事から、大円寺には津軽三代信義公の守り本尊である大日如来が安置され、水を司る牛頭天王が祀られました。
 以来、歴代弘前藩主津軽家から祈願所として庇護され社運(寺運)も隆盛しましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により大円寺と分離し、明治4年(1871年)には社号も牛頭天王から八坂神社に改められました。
 大円寺は大鰐町の高伯寺境内に移転させられ、その跡地には最勝院が移ってきています。
 神仏習合時代は大円寺と八坂神社の境内は一体でしたが、 最勝院が移ってきた為、境内が分断され、現在に見られるように一之鳥居と二之鳥居の位置関係が直角となっています。
 又、八坂神社の本地仏で仏教色が強かった牛頭天王像は、旧大円寺の本堂を引き継いだ最勝院の護摩堂の本尊として移され、八坂神社には改めて須佐之男命(神仏分離により牛頭天王から須佐之男命に改めた神社は数多くあります。)の分霊が勧請されました。
 現在の社殿は昭和21年(1946年)に火災で焼失後の昭和24年(1949年)に再建したもので拝殿は入母屋、鉄板葺、妻入、正面1間向拝付、本殿は一間社、神明造、鉄板葺。

この説明書きの中で面白いなと思った点が↑の下線部のところで、明らかに”最勝院とは別のもの”と示すかの様に、かつての参道が壁によって寺院境内から隔てられているのです。当時の神仏分離がどれだけ徹底的に行われていたのかがよく分かりますよね。大きな寺院ともなればなおさらです。

扁額です。



拝殿脇にはかなりの老木が立っていました。注連縄などは巻かれていませんが、境内最古の木であることは確かでしょう。



斜めから。
かつて寺院の伽藍だったものが、神社となって存続しているのは面白いですよね。今でこそ素戔嗚神と同一視されていますが、牛頭天王も元は別個の神格として信仰があったものと思われます。日本神話の神格ではないためか、神仏分離後は素戔嗚神にとって代わられているケースが殆どです。今回もそうして成立した八坂神社の1つでした。



以前貰った御朱印です。




以上です。

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最終更新日  2026年06月06日 11時28分00秒
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