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2026年07月06日
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奥州三十三観音霊場の札所記事用の写真撮りをしようと、二戸の天台寺に向かいます。ぐずついた天気がこれ以上崩れないかと、チラチラ空を眺めながら運転していますと、そういえば札所に選定されなかった霊場が近くにあったなと思い出し急遽参拝することに。
二戸の町を越え馬淵川を渡ったところで、国道4号から県道6号に折れ、そのまま道なりに進むと道の両側に田んぼが広がる田園地帯に出ます。田んぼの向こう側は低い山が走り、町と町とを分断しています。その山手の麓あたりには集落が見え、その一画に今回紹介する霊場が鎮座しています。

2025.6.22
奥州南部糠部三十三観音霊場三十二番札所(選定漏れ):似鳥観音


奥州南部糠部三十三観音霊場の札所には、観音堂でありながらも鳥居が付随するものが幾つかあります。今回紹介するものは完全に神社の一部と化しており、神仏混淆の姿そのままに境内に座していました。集落の主要道沿いに鳥居があり、ここから参拝できそうです。



数件の民家を過ぎたころ、本格的な参道が姿を表します。
因みに車でお越しの方は、鳥居から先には乗り入れない方がいいでしょう。かなりの狭路で切り返しをする羽目になりますから・・・。



参道沿い、大木の傍らには小祠。こうした小祠で何を祀っているのか、分からないままになる事が多いんですが、そうした点に地域の信仰の特徴が表れていると思うのです。
・・・知りたい!



ちょっとした丘の上に境内が有るんですね。社殿がちょっと見えてきました。




祭神は誉田別命(十五代応神天皇)です。



八幡神社の社殿の脇に中くらいの社殿が2社あります。右は稲荷神社、そして左が似鳥観音堂です。ここが三十二番札所になれなかった観音堂なのであります。



造り自体は一般的な宝形造。木材の古びた色合いもGute Farbe です



御由緒を見てみましょう。
似鳥観音堂(飯近山観音堂)

本尊:似鳥観音 または 飯近山観音 とも (聖観音)

悩んだ末の特別札所
 誰にでもうっかりや間違いはある。無事に巡礼を終え、八戸に帰った則誉守西上人は、​ 長者山山寺 ​の隠居所で「順礼文序記」をまとめる際、 悩みに悩んだ。その一文に次のように記している。「同行一同、先ヅ禪宗 福藏寺ノ裏門ヨリ入り佛前ヲ拝シ院主ト談話ノ後、案内二加ワリ飯近ノ観音堂ニ詣り三十二番ノ札ヲ納メ別當文珠院二雑話シテ・・・」と。
 守西上人は、福蔵寺住職の案内で浄法寺の飯近山観音堂に参詣した際、ちゃんと御詠歌を詠み、三十二番の札を打って、別当(管理者)文珠院と雑談してから宿舎に入った。翌日、一戸の 実相寺 ​に三十一番の札を納め、雲岌上人と面会するが、ここで守西上人は青ざめてしまう。満願成就を目前にミスに気付いたのである。三十一番札所が軽米の​ 観音林観音堂 と実相寺の2ヵ所、成立してしまった。
 このいきさつについて、『​ 天台寺 研究』創刊号(昭和55=1980=年、浄法寺町教育委員会)で山崎武雄氏は次のように記している。「守西上人が、実相寺を三十二番とする約束を実相寺住職 雲岌和尚としてあったにもかかわらず、三十二番の札を飯近山観世音に打ってしまうというミスから生じたものである」と。
 守西上人は巡礼を始める2ヵ月前、雲岌上人と面談した。糠部巡礼を計画中であるとの話題になったところ、雲岌上人が「三十二番に定めてくれたら、実相寺に観音堂を建立する」と約束をしたため、後には引けなくなってしまった。そこで隠居所において守西上人が解決策として考えたのは、三十二番札所を約束通り実相寺とすることだった。守西上人は本来、実相寺を三十一番札所にしようと考えていたが、三十一番札所を観音林観音堂、 三十二番札所を実相寺、そして先に札打ちした飯近山観音堂を「拝み所札所」という、札所と同等の扱いの特別札所にしてつじつまを合わせた。そのため後世、観音巡りを行う巡礼者は三十二番札所について戸惑ってしまうことになる。
 三戸の俳諧師・松尾頂水が明治18年(1885年)に 天台寺 ​と 法光寺 に奉納した「糠部三十三札所御詠歌奉納額」には、実相寺が番付に記されておらず、飯近山観音堂から移安した似鳥の観音堂を三十二番に定めている。
 守西上人が、なぜこうまでして実相寺を札所番付に入れようとしたかといえば、雲岌和尚は守西上人の先輩だからである。今も昔も変わらなそんたくい人間関係のしがらみと忖度が見えてくる。また、歴史と伝統を持つ実相寺を番付から外すことは到底できなかった。

 番外ともいえる似鳥の観音堂は、似鳥八幡神社境内に鎮座している。同神社は、毎年旧暦正月6日の夜に「祭斎(サイトギ)」という珍しい年占いの火祭りを催し、近年、話題になっている。
 本尊の観音像は寛保2年(1742年)に浄法寺氏の一族、松岡家が甲州(山梨県)から勧請し、飯近山に観音堂を建立したという。その後、観音像は転々と人手に渡っていき、現在、天台寺参道の上り口の二戸市立浄法寺歴史民俗資料館に保管展示されている。高さ55㎝の一木造聖観音立像で、左手に蓮華を持ち、右手で蓮華を支えている。片膝を少し曲げた美しい姿態を保っていることが特徴で、切れ長の目の彫眼にふっくらとしたお顔、そして大きく増を結い、何回か漆を塗った跡も見られる。おそらくこの漆は浄法寺塗であろう。
 天台寺参詣の際は、同資料館の似鳥の観音像も番外として拝みたいものである。
デーリー東北新聞社 「奥州南部観音霊場巡り 糠部三十三札所」 150~153ページ より引用

なんとも世知辛い理由で札所から外されてしまった似鳥観音堂は、以前は浄法寺(天台寺がある町)に置かれていたようで、飯近山観音堂とも呼ばれていました。別当は修験 文殊院で、系統は不明です。観音堂自体かなりの歴史があるようで、 こちらのパンフレット ​には天正5年(1577年)の棟札が残るとあり、かなりの古刹である事がわかります。明治の廃仏希釈までは似鳥八幡神社に置かれていたようですが、今では浄法寺資料館に展示されており、法難を乗り越えるための辛い経緯が見えてくるようであります。

札所本尊の観音像は こちら からご覧になれます。

観音堂の手前には御詠歌が刻まれた石碑が置かれています。なぜか2つ載っていますね。
似鳥観世音



はるばると 尋ねて来れば似鳥の 大悲の山に ひびく瀬の音



観音巡礼は古いものでは数百年の歴史を持つものもあります。それだけの年月を経ていれば、途中札所が変更になるというのも少なくなかったでしょう。奥州南部糠部三十三観音霊場に限らず、この様に札所から漏れた面白い霊場が沢山あるかと思うと、非常につらい気持ちになりますが、これも三十三という数に収めなくてはならない宿命の内、ということでしょうがないのです。




社殿左側は広場の様になっており、ここには境内社が何社も並んでいます。旧暦正月6日開催の「祭斎(サイトギ)」という祭事では、これらの社1つ1つを巡るとのこと。今回も何が祀っているのか見ていきましょう。

サイトギの模様は動画が何本も出ているので、検索すればすぐ見つかるのですが、このサイトでも引用しておきたいと思います。

・YouTube / 神社本庁 公式チャンネル JINJA HONCHO / 鎮守の森の物語 岩手県 似鳥八幡神社 サイトギ神事編





中には祭神不明のものもあるため、分かる物だけ掻いつまんで載せていきます。




ここから社ゾーン。
清受神社:豊受姫神



???:妙見菩薩



???:金精さま!



岩手山(巌鷲山)の碑と権現頭



???:一ノ字神?
これも生殖器崇拝か。



???:蒼前大神?
おそらく蒼前社か。



駒形神社:駒形大神



馬頭観音堂:馬頭観音
とりあえずここまで。



斜めから。
奥州南部糠部三十三観音霊場の締めくくりが、まさかこの札所になるとは思ってもいませんでした。八戸を拠点に活動していた時、最も印象に残っている観音巡礼はまさにこの巡礼で、このような面白い札所が溢れているのが理由でしょうか。
札所の多くは地域の方々が真心こめて管理しております。そうしてなんとか繋がっている巡礼ですので、まわる人が増えて活気を取り戻してほしいという思いが強いです。
十八番札所の​ 作和外手洗観音堂 も管理人の方が苦心して管理しております。巡礼の法灯を絶やさない事、節度をもった巡礼をする事の2点を心に刻んでおきたいですね。



御詠歌
ひの木なる 奥のみ山の観世音 桂清水も 近くなるらん

はるばると 尋ねて来れば似鳥の 大悲の山に ひびく瀬の音

本尊:似鳥観音 または 飯近山観音 とも (聖観音) आर्यावलोकितेश्वर

以上です。






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最終更新日  2026年07月06日 22時14分34秒
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