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《 生 誕 記 念 日 》
今日は、【生誕記念日】である。この言葉は、亡くなった著名人の場合に使うんだろうか?。
ずっと『日記帳・予定表』等には、自分の誕生日だけ【生誕記念日】と書いて、家族・友人などは、【○○誕生日(1978)】と書いている。
この書き方をした原因が有る。現在の河野参議院議長の実父で、河野一郎氏が逝去した時、記者会見した主治医(大学病院の教授?)が、『河野先生は、○時○分、お隠れになりました』と発言、記者団から『天皇に使う表現だ』と詰問(抗議)があった。
その時先生は、詳しい表現は忘れたが、『同じ人間‥‥‥‥‥』と説明された。
少年期だったか? 青年期だったか? 血気盛んな時期であったことには違いない『そうだ!!』と思ったものである。
それが切っ掛けで、誰も言ってくれないなら、自分だけでも言ってやろう! と【生誕記念日】と書く、勿論【御生誕】とは書かないが。
《 雲の向こうの逢瀬を思い、WEBで静かに『七夕』愉しむ 》
《笹飾り》を高校生まで続けていた。これまでの経験では、曇り空が多い。
去年、なにかに『雲の向こうは、晴れ』、『地球びとに覗かれずに、静かに一年ぶりの逢瀬を!』と書いた。
幾つになっても、誕生日は、嬉しいものですが、『年齢』が、積み重ねるのは、『善悪』混合です。
住まいが変わってから、自由に『笹』が入手できませんので、去年100均で買った化学物質の『笹』に、短冊一葉『心願成就』が下がり、風鈴の風受けのように、静かに揺れています。
川に流すことなく、袋にしまい、来年も使うのだろう。
《 日本が中国の覇権を目的にした日中戦争のきっかけの日 》
『盧溝橋事件』
のこの日は、例年、浄土真宗が、千鳥ヶ淵で法要を営んでいるが、『七夕』に浮かれることなく、イラク問題の今年、特に肝に銘じなければならない。
⇒ 《浄土真宗 本願寺派公式ホームページ》
より
宗門は戦後、本願寺及び大谷本廟において「戦没者追悼法要」を修行。1981(昭和56)年より国立千鳥ヶ淵墓苑で毎年「全戦没者追悼法要」を修行し、全ての戦没者の追悼と非戦平和への取り組みを続けてまいりました。
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