おじん0523のヒロ散歩

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2023.07.11
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カテゴリ: ヒロ散歩
山のホテルのつつじ、シャクナゲを愛でる。
前回は4年前の2019年5月17日(金)に訪れている。その時のブログは「​ 山のホテル ​」👈 を
クリック願います。
山のホテルは、三菱の創始者である岩﨑彌太郎の甥である岩﨑小彌太男爵が、1911年(明治44
年)に別邸を建てた由緒ある地にある。

5月10日(水) 9:00
入場料金は期間中は大人1,000円。駐車料金は無料である。
正面に実際には7本あるが「三本杉」と呼ばれている杉の木が聳える。岩﨑男爵の別邸時代から



チケット
2023年 14日目
14日目はつつじが開花してからの累計日であろうか。
前回訪れた2019年5月17日(金)は「12日目」であった。地球の温暖化が感じられる!


❖ 庭園散策マップ ❖
庭園の見どころ
  A ~ E  三菱財閥4代目当主である岩﨑小彌太男爵に縁深い散策スポットのご紹介です。
  ① ~ ⑪   山のホテルがオススメする散策スポットのご紹介です。


チケット売り場の後方がビューポイント【富士山】である。
山のホテル本館のテラス席もある。


案内のようにつつじはピークを過ぎていたようだ。


しかし、三本杉 (実際には七本) の後方に富士が綺麗に顔を出していた。



遊歩道、左側の三本杉を見下ろす。


三本杉とあったが聳えているのは七本。


残雪が残る富士をズームアップ。


ピークを過ぎたつつじ。
係の方に聞くと数日前の雨で花柄が・・・。





歴史を感じるつつじが植えられている富士見の丘。


ビューポイント【富士山】から入口を振り返る。


山のホテルの魅力。

ヨーロッパの古城を彷彿とさせる、広大な敷地を有する本格リゾートホテル「山のホテル」。
受け継がれた歴史と伝統を、より上質な“おもてなし”で。美しい四季の風景を眺めながら、料
理人こだわりの美食とともにゆったりと流れる時間をお楽しみくださいと。


宿泊施設の前にもつつじが咲き乱れる。
つつじを玉仕立てにしているのはどこから見ても綺麗であることからと。


遊歩道から富士見の丘越しに富士を望む。


広大な敷地を誇る「山のホテル」の大庭園。自然が多く残り、四季折々の花や富士山などを楽
しめる人気の観光地である箱根。山のホテルのある芦ノ湖周辺は標高が約723メートルもあり、
都心から近いとは思えない気候である。


遊歩道に道案内『 ⇐ バラ園・チャペル、しゃくなげ園 ⇒ 』。


順路に従って進む。


白いつつじの「白錦」。


ネームプレート「白錦 (しろにしき)」
ヤマツツジ類園芸品種群 オオヤマツツジ系 希少品種
白滝とも呼ばれる。花は中輪で白色の二重。がくが不完全に花弁に変化し、緑が不規則に切れ
込む桂咲き。稀に関東地方の歴史的な庭園で栽培される希少品種。


案内板は「見南山荘の碑」。


見南山荘(けんなんさんそう)の碑
石碑には漢字のみで「見南山荘記」の説明。
「見南山荘」とは、大漢和辞典の編纂者で、漢学者の諸橋轍次氏につけてもらった別邸の名前。
碑には1938年、諸橋氏が別邸に赴いて講義をしたときの模様が歌われ、芦ノ湖の景観の素晴ら
しさなどが記されている。


山のホテルは岩崎小彌太男爵の別邸跡に建ち、いまなお当時の面影を色濃く残し、クラシカル
なムードを漂わせる「山のホテル」。レンガ色の赤い屋根と白亜の外観は、取り囲む深い森に
くっきりと映え、ヨーロッパの古城さながら。目の前には、きらきらと輝く澄んだ芦ノ湖が開
け、庭園からは富士山の壮麗な姿も仰ぎ見ることができますと。


ビューポイント【富士山】のテラス席。


テラス席をズームアップ。


真っ赤なつつじ。


キリシマツツジ ”ヤエゲラ”
< 八重げら >
萼が花弁状になる二重咲きの園芸品種。八重霧島に似ますが、別の物です。(ツツジ科)


八重げら (やえげら)
ヤマツツジ類園芸品種群 江戸キリシマ 希少品種
常緑性ツツジ。小輪、がくが花弁化した二重咲きで、江戸時代を代表する深紅の花を咲かせる
”本霧島”よりも暗い朱赤色。ほとんど栽培がない希少品種。


深紅の花を咲かせる八重げら。


ズームアップ。
八重げらは約3,000株あるツツジの中でも、一番大きな株の八重げら。高さ、直径ともに3メー
トル近くあり、その大きさに圧倒されます。


つつじの間を抜け順路に従い進む。


富士見の丘から見る三本杉。
三本に見えるのはホテル側からであろうか。


つつじに囲まれて「安藤楢六翁之像」。


碑 文
当社の前身小田原急行鉄道は昭和二年に開業、その後、一時期戦時統合政策により西南各私鉄
とともに東京急行電鉄を形成するに至ったが、二十三年六月分離独立し、新たに小田急電鉄と
して発足した。
戦後の荒廃と混迷のなお続く同年十二月、新生小田急の初代社長に就任した安藤楢六翁は、労
使一体を経営の根本理念に掲げ、疲弊した鉄道を復興し沿線地域社会の便益向上に腐心された
が、当時の時代環境を考えるとその苦心は筆舌に尽くせぬものがあったと推察できる。爾来、
翁は五十九年一月逝去されるまで三十五年余に亘り代表取締役として社運の興隆を導かれたが、
中でも箱根湯本乗り入れに始まる一連の施策により箱根の一貫輸送ルートを確立して経営基盤
を強化し、また第二の創業と目された新宿西口の総合開発を完成して事業多角化の基礎を固め
今日の布石としたのは、小田急中興の祖と仰がれる翁ならではの経綸であったといえる。
現在の社業の伸長と沿線の発展を見るとき往時を顧みて無量の感慨を覚えるが、翁の偉業を更
に大きく実らせて次代に引き継ぐのが我々小田急グループ全社員の責務であろう。
ここに故翁の遺徳を偲ぶと共に将来へ向けて一層の飛躍を期する記念として建立するものであ
る。
  平成二年九月十四日
               小田急電鉄株式会社


安藤楢六翁之像前から山のホテルを望む。


深紅のつつじが咲き誇る。


芦ノ湖を見下ろす。


西方向には富士の顔も。


つつじをズームアップ。


富士見の丘からつつじの間を下り芝生広場へ。
テント内ではつつじ・しゃくなげの苗木を販売していた。
営業時間 10:00 ~ 16:00(つつじ開花時のみ)


芝生広場では山野草、アジサイ等を販売していた。


9:25
芝生広場からの山のホテル。



                                     ー 続く ー





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最終更新日  2023.07.11 03:00:08
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