おじん0523のヒロ散歩

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2026.06.20
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藤沢市葛原地区の散策を続ける。

​​6月1日(月) 14:20
皇子大神の南側から境内の杜を望む。


皇子大神 (おうじおおかみ)

藤沢市の北西部に位置しており、桓武平氏の祖である葛原親王がお祀りされている。


奥に社殿が見えており鳥居から社殿までの距離は約170メートルあると。
鳥居手前左側には多くの石塔があった。


右側の狛犬「阿形像」。


左側の狛犬「吽形像」。


参道右側に立つ「鳥居再建の記念碑」。
後方の建物は車を駐車している葛原公民館。また碑の裏にはかつての鳥居の一部があった。


鳥居再建の記念碑
明治四十年に建立された御影石作りの鳥居は大正十二年の大震災により倒壊し、
補修されて今日まで八十有余年の間風雪に耐えてきたが、老朽化が進んだので
解体し本鳥居を再建したものである。
この鳥居は明神作りで、素材は近代科学が産んだグラス・ファイバーと稱し、

幅六・三六米、高さ七・六八米、柱の直径〇・七五米のものである。
本鳥居の建設に当り氏子並に崇敬者各位の溢れる熱意により寄せられた浄財は
金壱仟四百弐拾万円余にのぼり総建設費金壱仟参百九拾万円余を費した。
今後本鳥居は皇子大神の象徴として御社頭の興隆に限りないものがあることを
祈念すると共に後世に伝えるため碑を建立したものである。

                    鳥居建設委員会


鳥居の左前には手水鉢、石塔が立ち並んでいた。


左から「出羽三山講」「天□皇太神宮講中」「判読できず」「出羽三山講」。
出羽三山講や伊勢講の石碑があると。

上の石碑の左側には、
「月山
 湯殿山 大権現
 羽黒山」と刻まれていた。


境内は広く、鳥居からの参道は長く高木が覆う。周りの木は杉・桧であったか。


社殿をズームアップ。


林の中にはドクダミが咲き乱れていた。


参道を進むと左側に銅板葺きの立派な手水舎が建っていた。


手水鉢の竜頭。


境内に建つ神楽殿、神輿殿。
境内には八坂神社が合祀されており、壮麗な神輿があると。


神輿殿の扁額「神輿殿」。
戸が閉ざされていて神輿は見えなかった。


神輿殿に貼られていた写真、
葛原神輿保存会 会員募集 」と。
何処の神輿保存会も担ぎ手の人手不足になっているようだ。


神楽殿の前から社殿を見る。


拝殿
神紋は、天皇陛下および皇室を表す「菊紋」である。
御祭神は、葛原親王(かつらばらしんのう)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)。


拝殿の扁額「皇子大神」。


拝殿前から境内を見下ろす。


皇子大神 
   恒例祭事
 〇元旦祈祷祭   一月一日
 〇   例祭   七月十四日
 〇例 大 祭   九月十八日
人生行事
 〇初宮詣     男子生後 三十二日
          女子生後 三十三日
 〇七五三詣               〇厄除祈願祭
 〇成人奉告祭                 (大厄) 男子 二十五歳
 〇銀 婚 式   満ニ十五年                 四十二歳
 〇金 婚 式   満五十年                  六十一歳 
 〇還暦奉告祭   満六十歳               女子 十九歳
 〇古稀奉告祭   満七十歳                  三十三歳
 〇喜寿奉告祭   満七十七歳                 三十七歳
 〇米寿奉告祭   満八十八歳      
   〇地鎮祭  〇宅神祭  〇竣工式  〇移転清祓  〇国民祝祭日祭等               


拝殿前には木製の燈籠が建っていた。


社殿前左側に「社務所」。


入口に「皇子大神社務所」と。


社務所の向かい側に神楽殿が建っていた。


参拝中人影がなく一人での参拝であったが境内は綺麗に清掃されていた。


独り占めの皇子大神を後にした。


皇子大神の門前に建つ「藤沢市消防団 第三十一分団」。


皇子大神の玉垣に設けられていた、
文化財ハイキングコース案内板
御所見北部コースのポイント
 Aコース
  ①豊受大神  ②塩井淵の辻    ③滝不動・皇子大神  ④子育地蔵 
  ⑤乗福寺   ⑥下滝谷戸の地蔵  ⑦用田寒川社
 Bコース
  ①用田の辻  ②立小路の地蔵   ③宮原寒川社   ④観蔵寺
まだ訪れていない所があるので後日訪れたい。


出羽三山大権現石塔
所在地:神奈川県藤沢市葛原1928-32
バス道の南葛野交差点隅に鉄パイプで保護された2基の石塔が立っていた。
この南葛野交差点付近が「塩井淵の辻」と呼ばれるところであろうか。


保護されていたが説明板は立っていなかった。


出羽三山とは、かっての信仰の中心地であった。坂東、秩父、西国の百カ所巡りとセット
で廻ることも多かったと。廻ると、その記念に供養塔を建てたと。


左の石塔は風化していたが、
「月山
 湯殿山 大権現
 羽黒山」と刻まれていた。
石塔の左側面には「相模國高座郡葛原郷講中 導◯ 長盛寺」と。
右側には「文字道祖神」。


石塔の右側面には、
「維持 安永十龍(旅)亲(也)(夏)四月吉辰落慶〜大先達 正穏院」と。


南葛野交差点の三叉路隅に「出羽三山大権現石塔」が立っている。


ズームアップ。


出羽三山大権現石塔の後はGoogleマップに載っている「 葛原親王 」へ。
スマホの案内で進むと目的地は畑の中にあった。


近くにあった建物の玄関先には「中村公民館」と。


公民館の奥に小さい祠が建っていた。


15:00
葛原親王 (かつらはらしんのう)
所在地:神奈川県藤沢市葛原
垂木御所跡と云われている当地だが、こちらの祠の前から参道側(西)へ振り返ると、鳥居
越しに皇子大神の杜を望むことができますと。
入り口には鳥居が立ち、幟旗用の高いポールが立っていた。


草がのびていたが境内は清掃が行き届き、地元の方の親王愛を感じる事ができる。


祠の扁額は「葛原親王」と。


境内の周りには栗畑があり栗独特の香りが漂っていた。


栗の花はクリーム色のふさふさした雄花穂が枝いっぱいに垂れ下がり、開花時期には木全
体が白っぽく見えるほどです。匂いは甘い花の香りとは異なり、発酵したような、動物的
な要素を含む強い香りとして知られています。人によっては□□やイカのような匂いに似
ていると感じることもありますが、これは化学成分の類似性によるものですと。


また、秋にはこの花から人気のマロンの実を収穫。


近くの畑の足元には落花生が植えられていた。


ズームアップ。
これから花が咲き落下して地中に実が育つ。マルチをしていたが途中で取り除くのか。



                                     ー 続く ー





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最終更新日  2026.06.20 03:00:04
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