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竹野内とチェ・ジウがはじめて心を通わせた第3話。hk holdings(風間ホールディングス)の中に、警察のモグラ(潜入捜査官)がいる、として、西嶋ショウ(竹野内ゆたか)や弟分のヒデ(佐藤隆太)ら全員が集められた。実際に潜入しているショウ(竹野内豊)は、冷や汗をかく。韓国からやってきたキム・ヒョンジュがルーレットを回す。そして、そのカードを持っていたのは、竹野内以外にも、モグラがいたのだ。 警察に接触している証拠写真を見せられ、「偶然、職務質問を受けただけだ」と言い逃れをするが、その男は、その場で射殺された。シュウは、自分以外にモグラがいるとは知らされていなかった。誰を信じていいのかわからない。 本当の上司、伊崎(石橋凌)と、パソコンでチャットをしながら、「すべて本当のことを教えてくれないと、(命をはって)モグラをやることは出来ない」とショウ(竹野内)は言う。殺されたのは、4年前に潜入し、hk holdingsの本社ビルの構造とネットのアクセス・ポイントが書いてある情報を手に入れた男だった。ショウは、その本社ビルの情報から、hk holdingsのデータを盗み出せと言われる。特に欲しいのは、キム・ヨンジュの情報。というのも、彼が、hk holdingsのバカ息子(速水もこみち)から引き継いだカジノが、偽札が日本に広がっていく入り口として機能しているのではないか、その証拠をつかめ、というものだった。一方、再三の妨害にもかかわらず、辛さを売りにした本格韓国料理屋をはじめたチュ・ユナ(チェ・イウ)のお店の開店のお知らせのちらしを格安で引き受けてくれた優しそうな印刷屋のおやじ(平田満) 。ショウがつかんだ情報は、印刷屋のおやじ(平田満)が、偽札作りにかかわっている、というものだった。すぐに、伊崎(石橋凌)は、警察の万全の包囲網を指示し、印刷屋のおやじ(平田満)の逮捕にむかう。そこへ、ショウからのケータイ電話。「5分間だけまってくれ。おれにはあんなに優しそうなお父さんが、本当にやったとは思えないんだ。どうしてそんなことになったかどうしても理由を聞きたいんだ」ショウは、韓国料理屋のちらしを印刷し、知的障害をもつ息子にとても優しい父親ぶりをみて、やっぱりどうしても確かめたかった。ショウは、韓国で殺された自分の父とその印刷屋のおやじの姿をだぶらせていたのかもしれない。 ショウは、ドア越しに印刷屋のおやじ(平田満)を説得し、自首することをすすめる。「しゃべったら、組織に自分だけではなく、家族も殺される。自殺するほうがましだ」という印刷屋のおやじ(平田満)。しかし、ショウの説得に応じて自首することを決心する。「自首」の暗号を伊崎(石橋凌)にメールで送り、遠くから様子を見ていたショウ。しかし、彼が見たものは。。。自首しようと伊崎(石橋凌)ら捜査官のもとへ歩み寄った印刷屋のおやじ(平田満)が、息子の声に振り返った瞬間。斜め上のビルかどこかから、振り返えった背中(おそらく後頭部)に、銃弾が命中。即死だった。 実は、捜査官側にも、hk holdingsのモグラがいるのだ!!伊崎(石橋凌)がショウに5分間の猶予を与えたその隙に、hk holdingsのNo.2、龍一郎の秘書、冷酷無比のソン・ギュファン(橋爪功)に連絡が入り、すぐに印刷屋のおやじ(平田満)の射殺命令が出ていたのだ。情にほだされて、情けを信じて、5分間だけ猶予をあたえてしまったショウのおかげで、秘密組織側は逮捕情報をつかみ、口封じのために印刷屋のおやじ(平田満)が殺されてしまった。人間が信じられなくなっていたショウは、印刷屋のおやじ(平田満)が家族のためにしかたなくやってしまった優しい父親だ、ということを自分が確認するために逮捕を5分遅らせ、結果的に彼を死なせてしまった。絶望感と無力感で東京湾をみて立っているショウ。 印刷屋のおやじ(平田満)の射殺事件を開店中の韓国料理屋のテレビのニュースで知ったチュ・ユナ(チェ・イウ)は、立ちすくむショウを見つけた。慰めの言葉をかけるチュ。もちろん彼女はショウの正体も、事件の背景も何も知らない。しかし、印刷屋のおやじ(平田満)の優しい父親ぶりの姿を、日本で行方不明になった自分の父親とだぶらせていた(多分)彼女には、なんとなくシュウの気持ちが分かる。 チュは言う。「あなたの言葉を理解できなくてごめんなさい」 ショウ「だからこうしてしゃべってるんだ。彼を殺したのはオレなんだ」チュ。「あなたの言葉はわからないけれども、気持ちは伝わってくるわ。あなたは、どうして悲しいのに笑いながらしゃべるの。 そんなの悲しすぎる!!」 涙の演技。ぼくは良く知らないのだが、チェ・ジウは涙の演技をやらせたら超一流だそうだ。たしかにチュの気持ちはよく伝わってくる。素晴しい演技だと思う。そして、竹野内も今回は、涙の演技をした。彼の涙の演技は、チェ・ジウにまけていなかったと思う。シュウの気持ちが痛いほど強く伝わってきた。そして、泣きながらチュは、ショウを肩を抱きしめる。涙をいっぱい目にためながらチュに抱かれるまま、ほほをよせるショウ。 チェとショウが、言葉の壁を越えて、はじめて心をかよわせた瞬間だった! 感想1前回は、チェ・ジウが韓国ドラマのように、表現豊かに顔の表情を、日本的に言えば大げさに変えながら、喜怒哀楽の感情を演技していた(それがぼくは、いやだというのではない)のに対し、竹野内は、淡々と、クールに表情をほとんどかえずに、ぼそぼそとしゃべりながら演技をしていて(日本のドラマでクールな役な、そんな演技になることが多いと思う。竹野内はもちろん、カッコイイ)の落差というかギャップがあって、結構、これはこれで面白かった。日本のドラマとも韓国のドラマとも違う不思議な味わいがあった。今回は、そのふたりが涙の演技でひとつに溶け合った。これもまた素晴しいな、と思った。感想2.前回は、カメラ・ワークとか、画面の切り替えの速さとか、画像の処理、それから背景の効果音、音楽が、かなりテレビドラマとしては大胆に編集されていて、映画的な画面が多かった。それがちょっとうるさいと感じた人もいたみたいだけれども、ぼくは、これもまた、あんまりドラマらしくなくてテンポや緊迫した雰囲気があっていいなぁ、と思っていた。今回は、それほどの画面の切り替えや画像処理はなかった。ただ、竹野内がhk holdingsの地下駐車場から本社ビルに入り、監視カメラをダメにして侵入し、本社のサーバーにアクセスする時のシーン、また、それを、「不正アクセス」があったとして即座に対応する宋(橋爪功)。このシーンでは、ハリウッド映画でよくみられる、アクセス情報をコンピュータが感知するようなCGが使われていた。ドラマとしてそこまでやる番組は少ないかもしれないけれども、ぼくはもっとCG効果を使っても良かった気がする。理由はないけど、なんとなく予想するこの先の展開。No.2の宋(橋爪功)は、風間龍一郎の秘書として冷酷で優秀な片腕となっているが、実は、彼は別の顔を持っているのではないか?(2重スパイ?)チェ・ユナ(チェ・ジウ)は、単に父親を探しに日本にやってきて、韓国料理屋をやっているただの姉妹の姉、というだけではなく、なんらかの形で、この組織とかかわっている、例えば、韓国側から送られてきた捜査官なのではないか?わからない、わからない。今のところは、チェとユナの姉妹と、そのお向かいの八百屋(だったけ)夫婦は、ショウがやってきて唯一、心穏やかになれる場所として描かれているが。。。この先が、楽しみだ。
2006年01月29日
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今日、ちらっとテレビを見ていたら、どうも今週の『笑っていいとも』にケニーGが出演したらしい。その様子と演奏の映像が映っていたので、見ていると、ケニーGが「お友達」を紹介するという。そのお友達はなんと、アース・ウィンド&ファイヤーのメンバーたちだ。アース・ウインド&ファイアー/イルミネーション最新CD.かつてのEW&Fのサウンドの輝きと、今のHip-Hopの要素がうまく組み込まれたなかなかのアルバム】日本の番組史上初めてというだけではなく、世界で始めての共演だそうだ。『That’s The Way You Are』かないかを演奏したと思う。『笑っていいとも増刊号』だけの映像だ! そういえば、EW &F は今、来日中で、東京では武道館でライブをやったはず。どんなライブだったのかなぁ。EW&Fの全盛期、78か79年頃、来日した時は、チケットを持っていたのだが、旅行先で病気になり、ライブに間に合うように帰ってこられなくて、泣く泣くあきらめたことがアル。あとから、ライブに行った友達から「ものすごくいいライヴだった」と聞いて、ますます残念に思った。それから、ずいぶんたって、90年代はじめだったと思うが、横浜県立体育館だったか、来日したのでライブに行ったが、モーリス・ホワイトの声が出ていなくて、全体的に、色あせた感じで、「ああ、これでもうアースの時代も終わったなァ」と思っていた。ところが、ここ数年、アース名義でアルバムCDは出すし、実は、モーリス・ホワイトは難しい病気にかかっているが、ファンのみんなが喜んでくれるなら 、と一度、引退を決意したのに、またライブに登場してくれて、みんなを勇気付けてくれた。今回の来日では、モーリスは来ているのかなァ。もしかしたら来ていないかもしれない。フィリップ・ベイリーはどうなのかなぁ。彼の声はまだまだ張りがあっていい、とどこかで聞いた覚えもあるが。全盛期に、ディスコ(クラブの時代の前)で、アースの曲がかかりまくっていたのを全身で受け止めていただけに、またさみしい思いをするのがイヤで、その後の来日公演には一度も行っていないのだけれども。誰か、アースのライブ、行ったひとがいたらどんなライブだったか教えてね。「ガット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」「暗黒への挑戦」「Get Away」「シャイニング・スター」「宇宙のファンタジー」「September」「ブギー・ワンダーランド」「レッツ・グルーブ」 いま題名が思い出しきれないほど、いい曲を書いてヒットを連発していたグループだけに、今の生のサウンドはどうなのか知りたい気もする。全盛期の彼らのサウンドを聴きたいならこのCDアース・ウインド&ファイアー/ベスト・オブEW&F Vol.1
2006年01月22日
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会社で非公式に中国人社員と、中国語を話せる日本人社員と交流している。今日は、中国人社員が今日を限りに会社を辞めて、中国に帰るので急遽、送別会を行った。その他、いままで社内にいながらこういう交流の場があることを知らなかった中国人社員の歓迎会、それから中国のオフィスから来ている研修生の歓迎会も兼ねた会だ。ぼくなどは、すぐに美味しい中華が食べたいな、などと思ってしまうが、主役は中国人社員なので、彼らがあんまりたべたことのないお好み焼き屋さんで個室を予約しての歓送迎会だ。僕が働いている会社の特徴だけれども、全員が定時にあつまることはほとんどなく、自分の仕事がおわってから次々にやってくるひともいて、全員がそろったのは夜11時。でも、定時に集まった連中と先に会をはじめていた。最終的に15名くらい集まったのだが、この中で、日本人はぼくを含めて4人。さらに、中国語が話せないのはぼくひとり。日本で働いている中国人社員は、ほとんど日本語を話せるが、研修で中国から来たばっかりの社員は日本語が分からないひともいる。メンバー同士でも初対面のひともいたので、まずは自己紹介、ということだが、ぼくのために、みんな中国語と日本語、または日本語のできないひとは、中国語と英語で順番に自己紹介した。こうやってあらためて、彼らのバックグランドを聞いてみると、実にさまざま。中国でも、北京出身、上海出身、広州出身、四川省成都出身、山東省出身、武漢出身、香港出身、台湾出身とじつにさまざまだ。みな極力、北京語で話していたが、1対1で話している場合は、広東語、上海語、英語、日本語など5言語がとびかう状態。みんなもよく知っていると思うけれども、同じ中国でも、その地方ごとの言語は、ヨーロッパにたとえて言えば、フランス語とイタリア語とスペイン語ぐらい違う(いやもっと違うかのしれない)だから、方言というものではなくて、やっぱり近しいところもあるけれども違った言語と思ったほうがいいくらい。さて、しばらくみんなで、飲み食いして、まだ全員がそろっていない時は、まず歓迎の意をこめて、ウクレレをご披露した。お好み焼き屋さんなので、ちょっと狭苦しいところもあったので、新しい曲をご披露することも難しく(といっても、彼らには初めてかもしれないが)『星に願いを』をソロで演奏して、そのあと『Hanalei Moon』の弾き語り。ハワイの曲だ。中国からの研修生には、ウクレレがハワイの楽器だ、ということも知らないひとがいたので、ちょっと説明してあげた。今では、日本のウクレレ・メーカーが中国でウクレレを生産しているものもある、と言ったが、これは日本に住んでいる中国人社員もふくめて、「聞いたことがない。知らない」らしかった。もっぱら、日本向けに日本のメーカーが技術移転して生産し、日本に輸出しているんだろうなぁ、と思った。どうしてウクレレという楽器を演奏するのか、と聞かれたので、ウクレレを演奏していると、不思議に心の身体もリラックスしてくるからだよ、と言った。日本に住んでいる中国人社員は、「今、癒しとか必要ですからねえ」と理解を示してくれるが、上海から来た研修生は、まだぴんとこない様子。なので、ぼくが知っている限りの状況で言えば、今の上海人は毎日忙しくて、あわただしくスピードも速く0、変化も大きく、競争も激しいので、とてもストレスがたまっていて、プレッシャーが大きいんじゃないの。そんな上海の人たちには、ぜひウクレレをオススメすると話したところ、納得した様子。ちょうど週末だったので、研修生たちに明日・明後日の土日はどうやって過ごすのか聞いたところ、ひとりは、「原宿、青山に行ってお買い物をしたい」と言っている。ぼくが「明日は雪が降るらしいよ」と話すと、「それは困る」と困ったチャン顔になっていたが、他の研修生は、「わぁ、雪が見られるなんて嬉しいなあぁ」と言う。「雪見たことないの?」と聞くと、「雪が積もっているのを見たことはあるけれども、降っている瞬間はみたことがない」という。広州から来たその研修生は、初めて雪が降るところをみられるかもしれない」、と逆にウキウキしていた。広州では、気温が摂氏4度くらいになるのが、1年に3-4日くらいしかないらしく、雪はとっても珍しいという。そういえば、アジアからの観光客は、日本の温泉、京都、東京ディズニーランドなどと並んで、北海道が結構人気なのである。そんな話をしていると、日本に住んでいる中国人社員は、この宴会が終わったあと、スノボーをしに行く、と言っている。どうりで、大きなバックというか旅行カバンを持ってきたていたわけだ。日本でも、バブルなりし頃は、週末、飲んで遊んでそのままスキーに行くっていうひとが結構いたなぁ。いまじゃ、あんまりそういう人の話は聞かないけれども。スノボーに行くひとは、日本を満喫しているのかもしれないなぁ、と思った。遅れてやってきたひともようやく席について、乾杯したので、ここで送別の歌を、ウクレレで弾き語りすることになった。曲は『Over The Rainbow』この曲、自分で弾き語りしながら、歌詞の意味を感じていると、なかなか味わい深いものがある。♪Somewhere, over the rainbow, blue birds fly♪「虹のかなたのどこかに青い鳥たちが飛んでいるところがある」(筆者訳)おお、「青い鳥」伝説は、こんなところにも。♪Somewhere over the rainbow, skies are blue, and the dreams that you dare to dream really do come true♪「虹のかなたのどこかに、青空が広がり、あなたが夢見たことが、本当にかなうところがある」(筆者訳)ウクレレは、演奏するというよりは、ポロン、ポロンと調子をつけるだけで、ほとんどは、歌を歌っているような感じ。エンディングは、ちょっとウクレレのストラミングでひっぱて余韻が残るように終わった。この歌を歌い終わって、今日を最終日に会社を辞め、上海に帰る中国人社員がみんなに挨拶をした。最初は、中国語で挨拶をしたので、ぼくにはよくわからなかたが、ぼくのためにもう一回、日本語で挨拶をしてくれた。「日本で、2年間この会社で働いてきて。。。」ところどころで、言葉がつまる、、「とっても大変な時もあって、何度もやめようかと思ったけれども、2年間、頑張ってきてよかった。おかげで、いろんな人に出会えたし、いろいろ勉強もさせてもらえた。」またことばが、とぎれる。こみ上げてくるものを必死でおさえているかのようだった。「みなさん、本当にどうもありがとう」彼女は、上海に帰ってもしばらくは仕事をしないそうだ。おそらく、この2年間で、本当に辛いことがあったのだと思う。一見、外見は似ているけれども、しかも彼女はかなり日本語が上手いけれども、それでも、言葉の問題、習慣の違いや価値観の違い、文化の違い、などそれこそ本当に辛い、悲しい、悔しい想いをし、さみしくてホームシックにかかり、泣いたこともいっぱいあるんだろうな、と思った。仕事にしても、その進め方や、上司と部下の関係、責任と権限に関する考え方も大きく違うんだろうと思う。そんななかで、ただがむしゃらに働いてきたんだろうな、と思う。そのくらい、日本語でひと言ひと言、こみ上げる感情を抑えながら話す彼女の言葉には説得力があった。いくら言葉が出来ても、容姿が似ていても、本当に理解しあう、というのはとても難しいことなのかもしれない。おそらく、たまたまぼくが立ち上げた非公式な交流会だけれども、ここで知り合った、他の中国人社員と情報交換したり、仕事やプライベートのことで相談したり、相談されたり、日本人の社員にはいえないような事も分かち合ってきたんだと思う。そして、自分のなかであるふんぎりをつけて、上海に帰っていくんだと思う。上海に帰っても、しばらくは仕事をしないでゆっくりするそうだ。ぼくも、「そうだね、しばらくゆっくりするのがいいよね」と言った。外国に、たった2年間でも住んで、そこに適応しようと努力した場合、適応できたら出来ただけ、帰国した時に、自分の国に再適応するのが難しく、時間がかかることかは、ぼくもぼくなりに経験している。「旧正月もあることだし、ゆっくりしたほうがいいよね」と言った。「はい、しばらく休んでから、また上海で仕事をみつけます」とのことだった。最後に、彼女が日本語でみんなに「ありがとうございました」と言ったときに、目にひかるものがあったのを、ぼくは見のがさなかった。具体的な言葉にはしないが、彼女の苦労と感謝の気持ちがそこには、真実、存在していたと思う。会計で、みんながゴタゴタしているとき、彼女がそばに来て僕に言った。「パスタさん、今日は私のために、ウクレレで素敵な演奏と歌を聞かせてくれてありがとうございます。ほんとうに感動しました。この交流会に入って、パスタさんと知り合えて本当によかったです。上海に来たらぜひ連絡してください」日本人同士では、よく社交辞令的に「お近くに来たら、ぜひ連絡してください」と言うことも多いが、彼女の言葉にうそはなかったと思う。そして思った。ウクレレっていいなぁ。音楽っていいなあ。「2年間、お疲れ様でした。上海でも頑張ってください。この2年間の経験はきとあなたのプラスになった貴重な財産ですよ」そんなことは僕は、口に出して言ったりしなかったが、でもやっぱり、気持ちって伝わるんだなァ、と思った。『Over the Rainbow』の歌にのって、気持ちが伝わったんだなァ、と思った。ウクレレや歌の上手い下手ではなくて、「そのひとのことを思う気持ち」なんだな、と思った。長い1次会だったので、これからスノボーに行く人、帰るひと、2次会に行く人、といろいろにわかれたが、ぼくななんかちょっと、せつない気持ちになって、帰宅してから寝るまでの間、しんみりした曲や、ウクレレの曲を聴きたくなかった。そこで、リチャード・ボナ(カメルーン出身のベース&ボーカル)(暖かく明るいヒューマンな音楽だから)と、くれば、次は、ジャコ・パストリアス(ベースの革命児、故人)なぜか最後に、ピンクフロイドの『The Wall』のトリビュートCD『Back Against The Wall』の最初の1曲目『In The Fresh?』で、イエスのドラムス、アラン・ホワイトが豪快なドラムスをばこんばこん叩くのを聴きながら眠った。
2006年01月20日
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月9と言えば、恋愛ドラマの王道だったはずだが、今期から『西遊記』がはじまった。残念ながら初回を見逃してしまったが、視聴率は歴代の高視聴率の仲間入りだそうである。月9でなぜ『西遊記』かは、こんどコメントするとして、第2回を見てみたが、ばからしいようで面白く楽しめた。三蔵法師は、深津絵里。彼女は演技力に定評があるが、なぜか顔つきと目の印象が変わった。もしかしたら坊主頭で演技するために、プチ整形をしたのではないかと、よからぬことを想像している僕。この役は、1978年でしたっけ、今でも永遠の美女カテゴリーで不動の位置を占める夏目雅子が演じた役だけに、深津絵里もかなりやりにくかったのではないか。そこで、三蔵法師は今回のドラマでは馬に乗らないことになっている。深津絵里は、演技力があるから、まあ、心配はないだろうけれども。孫悟空は、香取慎吾。慎吾ちゃん、ちょっと演技がオーバー過ぎない?というか、いつもテンション高いばっかりだとドラマではうまくいかないのでは、とちょっと心配になった。この役は、かつて堺正章が演じた役。堺氏の器用さは慎吾ちゃんになはいが、若さとエネルギーで見事最後まで演じきってね。かつては沙悟浄=岸部シローだったが、今回は内村光良。うっちゃんのひょうひょうとした態度の演技。素なのか演技だかわからない、そのそっけなさは、沙悟浄役としてはうってつけか。猪八戒=西田敏行だったのだが、今回は、伊藤淳史。そう、あのドラマの「電車男」ブタが太っていないことに違和感を覚えるかもしれないが、『電車男』並に、おどおどしながらも、一生懸命なところが案外ドラマを面白くしているポイントでもある。音楽も、1978年の時は、ゴダイゴの『ガンダーラ』という大ヒット曲を生み出したが、今回の『Around The World』by MONKEY MAJIKはどこまでヒットするか。これもまた楽しい番組がはじまった☆
2006年01月16日
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僕が大好きな竹野内豊と、チェ・ジウが共演する日韓ドラマ、『輪舞曲(ロンド)』がはじまった。初回から、ストーリーはいろいろと入り組んでいるようだ。竹野内豊が演ずる主役は、子供の頃、家族で韓国を旅行中に、爆発事故があり、その現場に飛び込んでいった警察官の父が火災現場で、何者かに殺されるのを見てしまった。そして、しょうらい自分が捜査官になって、父の敵をうってやると決意した。1982年のことだ。2006年になって、竹野内豊は西嶋シュウとして、アジアンマフィア(日本人も韓国人もいるようだ)「神狗」に、潜入している捜査官。何回も、おおきな闇取引の現場をおさえようと潜入しているが、いつも末端のチンピラの事件しか情報としてとれない。一方、最初は竹野内とは何の関係もなく、行方不明になった父を探すため、妹と日本にやって来る。妹は病弱で、チェ・ジウふんする姉チェ・ユナは,ヴァイオリンでアルバイトをしながら父の手がかりを探そうと、伯母がやっていた店に姉妹で住むことになった。ところが、ヴァイオリンのアルバイトではたいしたお金にならないことが分かり、伯母がやっていた韓国料理店をはじめることにする。竹野内とチェ・ジウの出会いは、竹野内が友人からあずかっていた犬が具合が悪いのでペットショップにあずけたところ、逃げ出してしまい、チェ・ジウが偶然、それを拾ってしまう。病弱な妹チェ・ユニは、犬をとっても気に入って飼いたいと言う。しかし、竹野内は返して欲しいという。ここで、お互いに言葉がよくわからないために、1日おきに犬の面倒を見る、というへんな約束が出来てしまう。竹野内豊の本当のボス(警察)は、石橋凌(伊崎吉彦)。何回もリーク情報がからぶりするので、警察内部にも、逆にアジアンマフィアのスパイが潜入しているんじゃないかとも疑っている。竹野内の潜入先のマフィアのボスは、杉浦直樹(風間龍一郎)。表向き「風間ホールディング」の社長。しかし実際は裏社会の「神狗」のドン。竹野内(シュウ)の弟分の、砂糖隆太(ヒデ)は、陽気でしとなつっこいやつ。ドン風間龍一郎にはバカ息子速水もこみち(風間龍吾)とバカ娘 市川由衣(風間琴美)がいて、シュウ(竹野内)は、琴美の運転手だったのだが、ある事件をきっかけに、兄、風間龍吾をみるように言われる(抜擢人事だ)マフィアのボス風間龍一郎は、龍吾が考え付いた裏ビジネスを、息子の龍吾ではなく、韓国から呼び寄せたシン・ヒョンジュ(キム・ヨンジェ)に取り仕切らせ、息子には政界に出て表の社会を生きろと言う。息子の龍吾は、これが面白くない。自分のおつきになったシュウ(竹野内)も気にくわない。そんな、シビアな裏社会のストーリーが展開する中で、チェ・ジウがはじめた韓国料理店を、シン・ヒョンジュ一派がやってきて、店を荒らして帰っていく。そのとき、チェ・ジウは命をかけて妹を守り、必死で彼らを追い返すのだが、その時、彼女の脳裏によぎった映像は。。。チェ・ジウの父も何者かマフィアのような連中に襲われているシーンのような映像。もしかして、竹野内とチェ・ジウは、おなじマフィアに父を殺されたのでは、という予感を残して第1回目は終わる。ストーリーがかなりこみいっているのと、サスペンス・ラブ・ストーリーともいえる、韓国お得意の「シュリ」のような、極限状況での男と女の愛みたいなものが、今後展開していくような気配。最近の竹野内は、どこか影をひきずったような男の役が多くて(例:瑠璃の島)、ビーチボーイズの時のようなさわやかさはないが、でも、ぼくは男だけれども、竹野内豊、好きなんだよなァ。ダーティー・ヒーローになりきれない役どころというか、ダーティな社会に生きながら、どこか人間的な優しさを忘れない男。そんな役のような期待感がある。そんな優しさの中で、チェ・ジウとの恋愛がひそかに発展して行くのかなぁ、という気がした。チェ・ジウは、ドラマに出ている時よりも、来日して取材フラッシュを浴びている時の立ち姿が、とっても綺麗で、これからどんな演技を見せてくれるか、楽しみだ。余談だが、韓国語で、「家族」や「約束」は、かなり日本語に近い発音をするのに驚いた。
2006年01月15日
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TVで、恋愛している時に聴きたい歌=「恋の勝うた」 失恋した時に聴きたい歌=「恋の負うた」 を、投票によってベスト111曲を発表していました。番組を途中から見たので、どうやって投票したのか知りませんが(視聴者の投票か?それともどこかのCDショップとの提携による投票かわかりませんが)選ばれている曲が70年代~2005年まで選ばれていましたから、相当幅広い層が投票したんじゃないかと思います。それでは、恋の勝うた、負うたベスト15から発表します。。(って、途中から番組見て、内容を理解するまでぼーとしていたので、ベスト15くらいまでしか覚えておりません)それから、勝うたと負うたをそれぞれ111曲選ぶのではなく、選んだ曲が、「勝うた」と考えているひとのほうが多いか、「負うた」と考えている人のほうが多いかが色で示されていました。100%のひとが「勝うた」と思っている曲はピンク色、100%のひとが「負うた」と思っている曲はブルー、あとは、勝うた度80%(=負うた度20%)というように画面でグラフが出ていました。さて、恋の勝うた、負うたベスト15から、順番に発表です。15位:あれ、覚えていないや。確かSMAPの曲 14位:aikoだったかな。「カブトムシ」 13位:サザン・オールスター「いとしのエリー」 唯一の70年代ヒットソングのランク・インか?12位:福山雅治「桜坂」 う~ん、いいねえ。2000年の曲だったんだ。11位:安室奈美恵「Can You Celebrate?」 完全な勝うただと思うが、もっと上位だと思っていたのだけれども。10位:MISIA「Everything」 この曲も2000年だったんだ。ドラマ「やまとなでしこ」のテーマにも使われていたしなぁ。いい曲だよね。9位:ケツメイシ「さくら」 2005年の歌ジャン。やっぱり最近の曲は、どうしても上位に入ってくるんだろうなァ。リクエストでは負うただそうだ。8位:Mr. Children「抱きしめたい」 92年だったのか。ミスチルの曲っていいよね。でもミスチルの歌って、恋愛を超えた社会的メッセージの強い曲が多いと思うのだけれども。勝うただって。7位:Orange Range「花」 2004年 勝うた。6位:サザン・オールスターズ「TSUNAMI」 やっぱりサザンは強いよね。世代を超えて支持されているのかなぁ。2000年。5位:宇多田ヒカル「First Love」 99年の曲だったんだ。いい曲だし、ばか売れしたけど、もうずいぶん前になっちゃったね。もちろん、歌詞の内容からも、負うた。 宇多田ヒカルのピークはこの頃だったっていわれないように、これからもいい曲作って、いい歌歌って、ぼくらの心をふるえさせてネ♪4位:平井堅「瞳を閉じて」 もちろんベストセラーの映画化「世界の中心で、愛をさけぶ」の主題歌になった曲。やっぱり負うたなんだよね。じゃじゃじゃじゃ~~~ん ベスト3の発表です!!3位:尾崎豊「I LOVE YOU」 ムム、これは意外な歌が上位に入ってきましたね。尾崎豊の熱心なファンに「それは違う」といわれそうだけれども、彼の歌は、単なる恋愛の歌ではないと思う。「I LOVE YOU」は、男女の愛を超えたもっと大きな愛を歌っていると思うけれども。じゃんじゃかじゃ~~ん!2位の発表です。2位:SMAP「らいおんハート」 おお、数あるSMAPの曲の中でも、これが最上位に選ばれたのはなぜだろう。「君を守ってあげる」という姿勢が女性に支持された、ということかなぁ。「世界にひとつだけの花」「夜空ノムコウ」「セロリ」「Triangle」などなど、SMAPは楽曲に恵まれていて、いい歌が多いが、恋の勝うた、負うたでは「らいおんハート」が来るんですね。もちろん勝うた。でんでけで~~~ん、でんでんでんで~~~~ん!さて、最高位にランクされた、世紀の恋の勝うた、負うた、1位の発表の前にちょっとCMです。。。さて~~~、誰が1位か~~~~~~~~~~~~~~。キターーーーーーーー1位:Dreams Come Trueの「LOVE LOVE LOVE」 ですぅ~~~~!もちろん勝うた。95年の歌。250万枚シングルが売れたらしい。確か、豊川悦治と常盤貴子が主演したTVドラマ「愛してるといってくれ」の主題歌としても使われた曲。まだ、ドリカムが3人だった頃、なぜ今、この曲なのか?ということを音楽番組の司会者に聞かれた中村正人は、「吉田美和が、とうとう、LOVE、愛の歌を歌いだした。そういうものが必要な時代・社会になったという自己認識がある」というようなことを答えていた。そして時を越えて10年後、2006年の1月に、見事、この曲は、日本最強の恋の勝うたとなったので~す。ぱちぱちぱち。ランキングに異論、反論、オブジェクションのある方もいるだろうけれども、ドリカムの「LOVE x 3」がベスト1、というのは納得の行くところかもしれない。しかし、こうやって上位を見ると、浜崎あゆみがいない。もう少し下のほうに、彼女の曲が数曲入っているのだけれども、浜崎あゆみ、はJ-Popの女王として君臨してからながいが、「これだ!」という大きなヒット曲がないのかもしれない。または、浜崎あゆみ、というサイボーグのような本人の姿が、アイコンと化して、歌そのものは、多くの人の心に残っていないのかもしれない。(ファンのかた、ごめんなさい。こんなコメントを書いている私も、彼女のCD何枚か持っています)それから、サザンが70年代と2000年のヒット曲、2曲を上位に叩き込んでいるのには、おそれいった。なぜ、上位に、ユーミンや中島みゆきがいないのか。山下達郎や竹内まりあがいないのか。安室ちゃん以外に小室系がいないのか。つんく系もいない。やっぱり、小室系もつんく系も時代のあだ花だったのかなぁ。Love Songだけで、歴代のヒット曲をみてみるだけでも、いろいろ時代の動きがわかって面白かった。この番組、構想に6ヶ月かかったそうだ。番組スタッフには、「ご苦労様」と声をかけたいな♪
2006年01月13日
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ヴァイオリンの巨匠、イツァーク・パールマンのリサイタル(ピアノ:ロハン・デ・シルヴァ)が、サントリー・ホールであったので行ってきました。ぼくは、ただのウクレレ弾きですから、Pop Musicほどにクラシックは聴いていないのですが、イツァーク・パールマンは、昔から知っていることと、ヴァイオリンとウクレレは同じ4弦楽器なので、興味がある、というへんな理由で行ってきました。(参考CD)当日の演奏曲ではありませんが。【音楽CD】モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ...クラシック・ファンにはよく知られていることかもしれませんが、ポーランドから移住してきたユダヤ系の両親のもと、イスラエルで1945年に生まれた今年61歳になるヴァイオリニスト。3歳からヴァイオリンをはじめるけれども、4歳の時に小児麻痺にかかって、両足が不自由になってしまいした。イスラエルからアメリカに舞台を移し、NYのジュリアード音楽院に学びます。その時の推薦人はアイザック・スターン。クラシックの世界でさまざまな賞を受賞し、有力なオーケストラと共演して、世界でもトップのヴァイオリニストとなっていますが、映画『シンドラーのリスト』の音楽を手がけたり、最近では映画『SAYURI』で、ヨーヨーマとともに音楽を手がけるなど、活動の範囲は広がっています。また、ニューヨーク・フィルやシカゴ交響楽団などで指揮者として指揮棒をふってもいます。ぼくもNYに住んでいた時に、彼のコンサートに行った記憶がありますが、残念ながらどのオーケストラと何を演奏したか覚えていません(当時は、NYで聴くことの出来るあらゆる種類の音楽を聴きまくっていたのですが、記録をとっていないのです)さて、彼のヴァイオリン演奏は、ヴァイオリンの魅力を徹底的に追及し、音程は完全にコントロールされ、美しく繊細で豊かな音色を奏でることで、天才的ともいえるべき評価を得ています。私が行ったリサイタルのプログラムは、第1部モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番 変ロ長調 K. 454フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第一番 イ長調 Op.13第2部:ドヴォルザーク:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ ト長調 Op.100クライスラー:名曲集(ステージで曲目を発表)でした。クラシックの熱心なファンには、非常に恐縮な話なのですが、ぼくはクラシックのコンサート、リサイタルに行くと、たいていの場合、後半の演奏のほうがいい演奏だった、と思うことが多いのです。これは、ひとつには私自身の問題として、仕事からコンサート・ホールにかけつけて、すぐに始まってしまう第1部というのは、まだ、頭の中に、仕事やらいろんな雑念が入っていて、頭や気持ちを即座に切り替えて、演奏に急には入り込んでいけないことが多いからです。いわば、わたしが音楽に集中していくためのウォーミングアップの時間になっていちゃうのです。演奏者には大変、失礼なことなのですが、1日ゆくり過ごして、コンサート会場に出向く、ということはなかなか出来ないものですから。これが、ロックのコンサートなら、最初のギターの音で、グァ~~~ン!とやられると、一挙にテンションが上がって、音楽の世界に入り込めちゃうから不思議です。ただし、ぼくはクラシックのコンサートで後半のほうがいつも楽しめて充実していると感じることが多い理由はそれだけではないように感じています。それは、演奏者自身も、第1部で、お客さんや会場の雰囲気になれていくプロセスでもあり、他のお客さんも多かれ少なかれ、私と同じような状況じゃないか、と思うからです。もちろん、熱心なクラシック・ファンは最初から、演奏の一音一音を聞き逃すまいと、集中されている方も多いのでしょうけれども。音楽の好きな友人が、前に語っていてくれたことがあります。いいコンサート、いいライヴに出会えるのは、1.演奏者(アーティスト)2.観客(われわれ自身とまわりのお客さんも)3.会場(ホールの音響や雰囲気)の3つがそろって、はじめていいコンサート、いいライブに出会える。どのひとつがかけても成立していない。という持論です。ぼくも、これは、かなりその場で消えていてしまう音楽、生の音楽のきわめて重要な核心をついているとも思います。それで、第1部では、そのための環境作りが、演奏者と観客そう方が、おたがいに歩み寄っていく、というか入り込んでいく、というか、距離感が近くなる、一体感が強くなるように、無意識にしろ意識的にしろ、そう行動(または頭の中の活動)をしているのでは、ないかなx、と思うのです。演奏者と観客、それから見えない会場の磁場みたいなものが会って、雰囲気がほぐれてくるのが第2部。そこで、私の場合は特に集中して聴く体勢になっていくからだと思っています。もちろん、プログラムの第1部、2部に何の曲を持ってくるか、ということも大きな要素でしょう。そういうわけで、私は、この日のリサイタルは、第2部のドヴォルザーク:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ ト長調 Op.100が一番、いい演奏だったと思っていますし、実際、パールマンのヴァイオリンの音色に最も魅せられたのもこの瞬間です。もちろん、ドヴォルザークの美しい旋律がいっぱい出てくる、というのも、私のような中途半端なクラシック・ファンには、楽しめた要因かもしれません。彼のヴァイオリンは、きわめて完璧にコントロールされていて、美しく繊細で暖かく、文句のつけようがなく、ちょっとPop Musicファンでもある私からすると、またまたクラシック・ファンには怒られてしまいそうですが、もうちょっと、ラフであったり、ちょっ破綻しそうになるところとか、いやひやするところがあってもいいんじゃないか、とも思いました。やっぱり、そうした聴き方は、邪道なのでしょうけれども。一リスナーとしては、完璧すぎる、しかも冷たい音楽ではなく、人間味あふれる暖かい音楽を奏でてくれるのですから、もうそれだけで大満足なのですが、弦楽器って、どこで生まれたのだろうか、とか、インドや中央アジアか?インドの音階は100を越す、とか、どこかで生まれた弦楽器は、東に行って、ニ胡になり、西に行ってヴァイオリンになった、(両方とも弦を弓で弾きます。いわばこすれる音です。楽器のボディが共鳴して音を大きくします)じゃあ、ギターやウクレレのような楽器、指や爪で弾く弦楽器と、弓で弾く弦楽器は、どこで分かれたれたのだろう、とか、そういう余分なことを考えてしまうからかもしれませんね。やっぱり、私の聴き方は、パールマンを楽しむには、ちょっとひねくれすぎているかもしれません。さて、小児麻痺で両脚が不自由な彼は、義足をして、杖を両手に1本ずつかかえて、ステージに登場し、また退場します。むかしNYで観た時より、かなり太ったのではないかと思うのですが、その巨体を、ゆっさゆっさゆらしながらステージに登場する彼が(ヴァイオリンはピアノのロハン・デ・シルヴァが持ってきてくれます。)ひとたび椅子にすわってヴァイオリンを演奏すると、身体的な不自由さから解放・開放されて一挙に自由に音楽を奏で、彼のヴァイオリンの音色が音符の分子となって、ホール会場いっぱいに満ち溢れ、観客はそれに息をのんで聴き惚れ、とてもすこやかな、やわらかな、やさしい気持ちでいっぱいになるから不思議です。この幸福感こそが、彼の音楽の最大の魅力のような気がします。実際にヴァイオリンを弾いていらっしゃる方からすると、とんでもない思い違いをしているかもしれませんが、ウクレレ弾きである私は、そんなふうに彼の音楽を受け止め、心暖かくなって帰りました。多くの観客も同じような幸福感を感じたのか、「ブラボー!」という声があちこちから聞こえました。最後に、クライスラーの名曲集で何を演奏したかを、ご紹介しておきます。1. クライスラー編曲 ウェーバー:ラルゲット2. クライスラー編曲 ヴィエニクスキー:カプリス3. クライスラー作曲 ベートーヴェンの主題によるメロディ4. クライスラー編曲 チャイコフスキー:ユーモレスク5. クライスラー作曲 ジプシー6. クライスラー作曲 中国の太鼓 作品3まだ、14日:愛知県芸術劇場コンサート・ホール15日:ザ・シンフォニーホール16日:サントリーホール18日:サントリーホールが残っていますので、クラシック・ファン、ヴァイオリン・ファンのかた、ぜひ出かけてみてください♪
2006年01月11日
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マンハッタンズのライブの演奏曲目。セットリストです。どうやって手に入れたかは内緒です(^^)
2006年01月08日
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マンハッタンズのライブ、その1からの続きです。全員がステージに並ぶとすぐに歌がはじまった。3名がマイクスタンドの前に並んで、おなじ振りの踊りをきめながら、みごとなボーカルを聴かせてくれる。一番左手の、ブルーだけは、椅子に座って、低音のヴォイスで渋く語りをいれながら歌っている。1曲おわると息つく暇もなく次の曲にうつり、また違うふりの踊りを全員でいれながら歌う。この時点では、実は誰がリード・ボーカルかわからなかった。みんながきれいなコーラスをきかせ、バンドがファンキーにグルーブを作り出している。ベースは6弦ベースで、しぶく低音をささえる。ギターは、いわゆるソウル系のリズム・ギターで、リズムカッティングしているが、時々、ソロのフレーズを入れたり、ワウをつかってソウルフルな雰囲気をつくっている。3曲目に入ったところで、全員がマイクスタンドを後ろにおいて、ハンドマイクで歌いだした。ここで、赤いチーフの彼がリードーをとり、彼がリードボーカルのジェラルドであることがわかった。ソウルフルなボーカル、コーラスをどんどん聴かせてくれる。低音のブルー(おそらく最高齢)は、ずぅっと椅子に座って歌うかと思いきや、ステージが盛上がるにつれ、立ちあがって歌いだした。お客さんは、まるで、『これが本物のソウルだ!』といわんばかりに、にんな嬉しそうに楽しそうに、興奮気味でステージに見入り、手拍子しながら目を輝かせている。ぼくは、一番前の席にいたので、ステージの迫力もダイレクトに伝わり、横や後ろを振り返れば、ノリにのっているお客さんたちの生き生きした表情も見られた。すべての曲を、ジェラルドが歌うのかと思ったら、シルバーのチーフのトロイがリードをとったりしている。とっても音楽が気持ちよくて、お酒も少し入っていて、新年早々疲れていたというわけでもないだろうが、ぼくは、ちょっと最前列に座っていながら、うとうととしてしまった、らしい。ここで、1回目のハプニングがおこった。後で、仲間に状況を聞いたのだが、シルバーのチーフをしたトロイは、うとうとしているぼくをみて笑っていたらしいが、突然彼ががステージ下におりてきて、ぼくを起こしたのだ。ぼくは、はじめ何が起こったかわからず、お店の人が「お客さん、こんな最前列で眠られては困ります」とでも、言いに来たのかとおもったが、ぱっと反射的に目をさますと、目の前に、トロイが笑った表情で歌っていたのだ。おもわじ、仲間や、近くのテーブル席から爆笑がおこっていた。はずかし~~。途中で簡単なメンバー紹介したのをのぞけば、ほとんど休みなしに、次から次にソウルフルなナンバーを繰り出してくる。『Hold On』という曲では、さびを一緒に歌ってくれという感じで、トロイがステージからお客さんにマイクを向けている。「Hold on, Everything gonna be alright!」と歌うのだが、トロイがまたステージから下に降りてきて、何人かのひとにマイクを向けている。ぼくにもマイクを向けたので、「Hold on, Everything gonna be alright!」とおもいっきり歌うと、「O.K.! O.K.!それでいいんだよ」というかんじで、にこっと笑ってステージに戻っていった。さて、ステージでは、きれいに横1列にならんでいた4人が、次々に場所をかわっていて、並び方が全然変わってしまった。今まで、ぼくの少し左前にいた低音ヴォイスのブルーが、いつのまにかステージの一番右手にいた。2回目の、そしてとっても嬉しいハプニングはこのとき起きた!ブルーがマイクで何か言っている。僕のほうを指差しながら、「あそこにヴァイオリンを持っているお客さんがいる。ステージに上がってきて一緒に演奏してくれないか」何!???そういえば、彼が一番ステージの左手にいた時、ぼくがたまたまウクレレをソフトケースにいれて持ってきていたのを見つけて、指差して、「楽器かい?」とブルー。「はい、そうです」と、僕。そんな暗黙のアイコンタクトをしていたのだったが、ブルーは、それをヴァイオリンと思ってたらしい。僕は、大声で、「これはウクレレなんですよ。」「そんなステージで弾けませんよ」と言ってみたものの、「かまわないから、ステージに上がって来い」と呼びかけるブルー。お客さんたちもわ~っと歓声をあげている。ここまできたら、男パスタ、引き下がるわかにはいかない。思い切って意を決して、ソフトケースからウクレレを取り出すと、ステージへ上っていった。ステージを左手から右手へ横断して、ブルーのところにくると、「いいから弾いてみろ」と言う。バックのバンドはまったく演奏をやめる気配がない。ボーカル3人は、適当にフームなどとハミングしている。ブルーが、ウクレレのサウンド・ホールあたりにマイクを向けてくれる。僕は酔っ払っているし、ステージにあがって緊張しているし、ブワ~ンとしていて周りの音はとりにくかったのがだ、とにかくバンドの音にあわせて、コードを弾いてみた。たが、コードを弾いてリズムをあわせていただけなんだけど、客席がわ~と歓声をあげている。でも、ぼくは、コードがひとつしか聴き取れない。何のコードを循環させているんだろうと適当に別のコードを弾いても全然、あっていない。こうなったら、えい、なるようになれと、バンドの音にあわせた(つもりになって)単音でぺけぺけアドリブらしきものを弾いてみる。そして、また最初のコードに戻った時に、ジャカジャカジャカとストロークした。ところが、ここで大歓声が上がってしまった。ぼくは、でたらめにひいただけなのに、まるで、ソロを弾いたみたいじゃないか。ブルーが、「Thank You」といって、ぶ厚い手で、しっかりと握手をしてくれた。ぼくも「Thank You」といって、ステージを横ぎって、席に戻った。ステージから降りる時に、もう一度、お客さんの大拍手と大歓声を受けてしまった。おおおーーーまいーーーゴッド!!ぼくは、知らぬうちに、マンハッタンズのステージでウクレレ・ソロを弾いてしまったのだ!しかも、でたらめを。でもお客さんはそれを知らない。席に戻って、仲間に、「僕、全然音が取れなくて、コード1つしかわからなかったんだけど。むちゃくちゃだったでしょう?」と、聞くと、「いやいや、なかなかさまになっていたよ。音もちゃんと聴こえていたし」とのこと。ついでに、「となりのテーブルのひと『すご~~い!!』っていってたよ」だって。こんなんでいいのか。もっと、コード理論などちゃんと知っていれば、もっとウクレレうまければ、もっとちゃんと弾けたのに。ああ、なさけない。ステージは、終わりにちかずいていた。彼らの大ヒット曲『Shining Star』だ。これも、お客さん全体にマイクがむけられ、みんなで、♪Honey You, Oh, My shining star, don’t you go away♪と歌う。ステージが終わり、ボーカルの4人がステージから降りてきた時、ぼくは感謝の意をこめて、ブルー手を差し出し、しっかりと握手をした。彼も、演奏ありがとう、というふうに、ぼくのウクレレのケースを指差している。大歓声のもと、アンコールで4人が戻ってきた。最後の曲は、なんという曲かわからなったけれども、彼らのソウルフルなボーカルを生かした曲で終わった。もう一度、ステージをおりてくる4名のメンバーに、いいステージをありがとうという気持ちで、握手をした。しかし、なんという幸福なハプニングだったのだろう。さっきは、なんでもっと上手く弾けなかったんだろう、と思ったけれども、そうじゃなくて、お客さんたちも大いに盛上がって楽しんでくれたし、なにより、へたっぴな僕をステージにあげて盛り上げてしまう彼らのあたたかさ、というか、なんかふところの深さみたいなものを感じて、ぼくは本当に素晴しい経験が出来て幸せだなァ。と思った。よく考えてみれば、ぼくは、コットンクラブで、ベース、ドラムス、ギター、キーボード2名、コーラス3名をバックにウクレレ・ソロを弾いてしまったんだよな。これって、凄いことじゃない。うまいへたは関係ないんじゃない、と、とっても感謝して、今日のマンハタンズのライブ、ありがとう、と思いながら家路につきました。
2006年01月08日
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マンハッタンズは、スタイリスティックスやウィスパーズ、オージェイズなどとならんで人気の高いソウル・ボール・グループ。R&Bドゥー・ワップ・コーラスゴア簿田尾で、1963年にグループ名を「ザ・マンハッタンズ」に改め、昨年デビュー40周年をむかえた、大ベテラングループ。メンバーはさうがに途中で入れ替わったりしたが、現在は、リード・ボーカルのジェラルド・アストンと低音の声が魅力のブルー。ラヴェットを中心に、4名のアフリカ系アメリカ人のボーカル・グループ。ゴスペラーズのように、アカペラで歌うのではなく、バンドをバックに、みなで踊りながら、振りをあわせながら歌うスタイル。ちょうど、アメリカの名物番組、『ソウル・トレイン』なんかにでてくる大御所。そのマンハッタンズが、最近丸の内に出来た新東京ビル(東京ビルを壊して高層オフィスビルにして、低層回に飲食店を入れた、最新スポット)の、東京ビル“TOKIA”のコットンクラブに出演するというので、さっそくライブに行った。コットンクラブは、1930年代、禁酒法時代のNY,ハーレムにあった名門ナイトクラブで、キャブ・キャロウェイなどが活躍したお店。『コットンクラブ』という映画もあるので、興味のある方はみてみては。そのNYの1930年代の輝きを東京に再現しようというのが、お店のコンセプトらしい。昨年12月(?)にオープンしたばかり。行ってみると、Blue Note Tokyoよりも、テーブル席がゆったりつくってあり、ボックス席(2名用、4名用)などもあり、天井からの照明も豪華で気品があり、Blue Noteよりも少し上、というか、もっと大人の空間を演出したいという意図が見事に伝わってくる。ステージのある店内以外のスペース。待合室、トイレなどにも十分空間が用意されており、やはり、丸の内という場所柄、大人がゆったりと音楽を楽めるように工夫されている。ミュージック・チャージはBlue Noteと同じかやや低い(Blue Note Tokyoはアーティストの人気や格によって、ミュージック・チャージを変えている。人気アーティストは1万円を超える場合があるが、コットンクラブは今のところ、そんな高いチャージはとっていない)。ただし食事は少し高い。でも、値段に見合った美味しい料理が用意されていて、本当に、飲んで、食べて、大好きな音楽をゆったりとくつろいで楽しむ、といいうのにぴったりの場所だった。ステージがはじまってから、ちょっとした嬉しいハプニングがおきるのだが、まずは、ステージがはじまる時の様子をご紹介する。食事をほぼ食べ終え、お酒もすこし飲んだ頃、ステージにまずは、バックバンド・メンバーが入ってくる。全員、白い衣装できめている。ステージ左手から右手に向かってキーボード、ギタードラムスベースキーボードと5名が並ぶ。全員、同じようでいて少しずつ違うデザインの衣装。左手のキーボードは、白のジェケットのようなものを着ているが、ギターは、白のロングジャケットというかコートのようなものを着ている、ドラムスは、白いシャツベースは、白いシャツに茶色い格子柄のラインが縦に2本入っている。右手のキーボードは、白いポロシャツのようなものを着ている。バック・バンドの衣装からすでにこだわりが感じられる。バンドが演奏を始めると、アフリカ系アメリカ人の大柄な男性がマイクをもって、ステージ横から、『Please Welcome, The Manhatans』と拍手をそくす。すると、会場の左手奥から、ステージにむかって4名の男性が小走りにかけより順々にステージにのぼる。最後4人目の男性は、杖をつきながら歩いてきて、ステージにのぼった。ボーカルのメンバー(The Manhattans)は、バンドとは対照的に全員、黒の衣装だ。ジャケットもパンツもソックスもシューズも黒で全員、バチ~ッとキメテいる。ところが、これも、よくみると、全員のジャケトが少しずつ違う。今度は、ステージ右手から紹介すると。6つボタンのダブルのジャケットに、胸のポケットに赤いチーフを入れている。リード・ボーカルのジェラルドである。ステージ左にむかって、次の男性は、やはり6ボタンのダブルのスーツだが、ボタンとボタンをかける部分が、うまくいえないが、とてもオシャレなデザインで、彼はチーフを入れていない。名前がちょっと聞き取れなかったが、彼がデイヴィッドか。その左は、ひとつボタンの黒のジャケットで、胸ポケットに白というか、光っていたので、シルバーのチーフを入れている。彼がトロイか?一番左は、足が悪いのか、ステージでは最初、ひとりだけ椅子に腰掛けている。4つボタンのシングルのジェケットで、ボタンを全部留め、青のチーフを左胸のポケットに入れている。なんで、こんなに衣装について書いたかというと、衣装ひとつとっても、かれらのこだわりと美意識があらわれていたからであり、当然、その美意識はボーカル、コーラスでも発揮されていた。その2に続く
2006年01月08日
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新年早々、会社のグループで新年会をやりました。場所は中華料理店。個室です。食事は非常に美味しかったですね。中華料理とワイン、紹興酒。まさに絶品の味。新年早々、新年会、気楽でいいな、と思われるかもしれないのですが、われわれのグループは昨年、忘年会が成立しなかったのです。というのも、あるひとは中国出張、あるひとはロシア出張。あるひとは『南の島』へ逃避して(って、これ私です)あるひとは、アフリカへ旅行、と、全員の都合が合う日がなかったのです。それで、結局、新年会にしようということになったのです。中華料理店で個室、ということは、年内にわかっていましたので、私は、にわか仕込みで、数曲、曲を練習していました。ところが、個室ではないメインのフロアでは、本物の中国琵琶を中国の女性が演奏しているではありませんか。しかも、あとで、この個室にも演奏に来るそうです。これはやばい。ウクレレで盛り上げようとしていたのに、プロの中国琵琶の演奏家が来たのではかなうわけありません。ということで、中国琵琶の前座ということで、かなり食事も進み、お酒もまわっていい気分になったところで、まずは、わたしのウクレレ演奏を2曲ほどしました。1曲目は、『Sweet Leikani Medley』ハワイの曲です。ぼくは、まだ楽譜なしでは弾けないのですが、左手の指使いが面白いところがあり、また、後半、半音ずつ調が上がっていくところがあって、好きな曲なので、楽譜をみながら弾きました。今回は、僕が持っている中では一番いいコーラウのカスタム・メイドのウクレレを使いました。正月休みに、いろいろ自分のウクレレを弾いてみたのですが、このウクレレが結局、一番いい音がするのと、手に持っていて安定感があるので、これを使いました。グループのメンバーの中には、この曲を聴いたことがある、というひともいて、「パスタさん、着実に腕が上がっていますね」などと、嬉しいお世辞を言われました。2曲目は、これもハワイの曲で、『Hanalei Moon』これこそ、ほんとうの一夜漬けではないですが、ほんとに練習時間が短くてひやひやしたのですが、なんとか弾き語りが出来ました。これは、フラのひとにもよく好まれている曲で、カウアイ島が月の光で美しく照らされているような情景を歌った曲(ホントかなァ)です。ほんとは、曲の意味をちゃんとまだ調べていないのですが、ゆっくりとウクレレで伴奏をしながら歌うと、とってもいい雰囲気の出る曲です。参考にいくつかのCDを聴きましたが、Dennis Pavaoという一昨年なくなったハワイの男性ボーカルの歌が一番美しかったです。彼は、2004年になくなって、なくなったあとの2005年にはハワイのナホク賞を受賞している実力派で、男性ですがとても高い音域でのファルセット・ボイスを聴かせてくれます。当然、彼のキーはわたしには全然、歌えないので、キーをさげて弾き語りしたのですが、Dennis Pavaoの『Hanalei Moon』は、一聴をおすすめします。ここで、しばらく食事をしていると、いよいよ北京出身(正確には徐州出身だそうですが)の中国琵琶の女性演奏者が個室に入ってきました。お店のオーナーが、どんな曲を聴きたいですか、というので、全員で『中国の曲~ぅ!』と答えると、2曲弾いてくれました。中国琵琶の演奏をこんなに真近で観るのははじめてですが、楽器は、ほぼななめというか縦に構えて演奏します。ウクレレと同じ4弦です。右手のすべての指に、ピックをつけて、かなりはやいスピードで指を動かしながら、左手がフレット(というのかどうか知りませんが)をこれまたかなりはやいスピードでおさえながら動かしています。非常にダイナミックな演奏で、一部、津軽三味線に系譜がつながるようなフレーズも出てきたのには驚きました。どこかで、いつの時代にか、中国から日本へ音楽の伝承があったのでしょうか。2曲目に弾いてくれた『草原』という曲で、彼女は中国のコンクールで一番になったそうで、日本に来てまだ2ヶ月、これから日本でチャンスをつかみたいらしいです。これはみんなお店のオーナーが言ったことなので、どこまで本当なのか、大げさな表現なのかはわかりませんが、女子十二学坊の琵琶奏者よりも上手い、というオーナーの言葉はあながちウソではないかも知れません(もちろんほんとのところはわかりませんが)2曲演奏してもらった後で、楽器に触らせてもらいました。これが、ウクレレやギターなどと違って、ボディに空洞がなく、硬い木で非常に重たい楽器でした。弦を右手でかき鳴らすことは出来ましたが、左手をどうやって動かすかはすぐにはわかりませんでした。逆に、ぼくのウクレレを渡したところ、興味深そうに弦をはじいて、音程(チューニング)を確かめていました。ぼくのコーラウのカスタム・メイドのウクレレは結構、ウクレレとしては重たいのですが、彼女はさぞ軽かったことでしょう。グループのみんなが大拍手をして彼女は退室しました。そこで、みんながデザートを食べている時に、ふたたびウクレレ・タイムです。パスタ・ウクレレ・ライブ(じゃなくて余興ですね)第2部では、前回の宴会で女性の同僚からリクエストのあった、ビートルズの「All My Loving」を弾き語りしました。特別ゲストに、リクエストした女性本人にも横に座ってもらって、いっしょに「All My Loving」を歌いました。彼女が楽しそうに、首を左右にかたむけてリズムをとりながら歌ってくれたので、私も一層楽しくなりました。最後の曲は、いつも音楽の話をする先輩を特別ゲストに呼んで(って、みんな料理のテーブルを囲んでいるわけですから、席をちょっと移動するだけなのですが)、手持ちの楽譜を見せながら、どの曲にしましょうか、といったところ、ジョン・レノンの『Imagine』がいい、というので、イマジンを弾き語りし、先輩も一緒に歌いました。途中で、先輩は「いかにもジョンの書いた歌詞でいいねぇ~」などと、みんなにむかってしゃべりながら、後半ではビシっと一緒にキメてくれました。中国琵琶奏者の登場という、嬉しい想定外のハプニングがありましたが、美味しい食事とお酒、楽しい会話に好きな音楽。まぁ、なんとも新年から素晴しいイベントでした。そのあとアイリッシュ・バーで軽く飲んで、はやめにみんあ帰りました。追記シンガポール出張のおみあげに、同僚の女性が買ってきてくれた帽子、おそらくマレー系シンガポール人、イスラム系のひとがかぶる帽子。マレーシアのマハティール前首相などが、よくかぶっていた帽子をもらったのですが、「今度、ウクレレを弾く時はこれをかぶって弾いてください」といっていたので、今日は、その帽子をかぶって演奏したのですが、肝心のその女性の同僚は今日、熱を出してお休みになってしまいました。残念です。しかし、マレー系イスラム系のひとがかぶる帽子でウクレレを演奏していると、どこの国の人間と思われるのでしょうか。
2006年01月07日
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73歳の指揮者、岩城宏之さんは、昨年末の大晦日、ベートヴェンの全ての交響曲、一番から第9までを、一晩で指揮することに挑戦したそうです。岩城宏之さんの名前は知っていましたが、もう73歳で、しかもガンの手術を30回もやって生き延びてきた人とは知りませんでした。昨年も挑戦したそうですが、無事、指揮できたものの、最後は相当に消耗したらしく、今回は担当医が見守る中での指揮だったそうです。最初から最後まで10時間の演奏だったらしいですが、観客として観る(聴く)ほうは、贅沢なコンサートですよね。一晩に、ベートヴェンの交響曲が楽しめるわけですから。しかし、指揮するほうの岩城宏之さんは、生命をかけての挑戦なのです。途中で、1時間ほど休憩が入るそうですが、観客がお弁当などを食べて和んでいる間、岩城さんは、担当医師が考え抜いた成分の点滴をして、休息をとる時間となってました。休憩後も、岩城さんは精力的に指揮しています。譜面も全部、暗譜していて、たって指揮し続けます。後半の部では、担当医などみんなが座って指揮することを勧めましたが、岩城さんはかたくなに、最後まで立って指揮することにこだわったそうです。この頃には、オーケストラの楽団員もかなりへばってきたそうです。交響曲第8番が終わった頃に、ちょうど新年をむかえ、あとは、あの合唱付きの第9番が残るばかりとなりました。でも、第9は1曲で1時間以上も演奏時間があります。最後まで、立って指揮し続けた岩城さんの執念を感じましたが、無事に全曲、指揮をし終えての感想は意外なものでした。「だって、面白いんだよ。こんなことが出来るなんて幸せだ。生命の続く限り、毎年やりたい」のだそうです。いくつものガンを克服し、30回の手術を生き延びてきた岩城さんには、それだけ音楽への情熱と熱望があるのでしょう。「面白いからやっているんだ。こんなに面白いことは他にない」この言葉には正直、驚きました。もっとせっぱつまった言葉が出てくるのかとおもったら、「面白いからやる。楽しいからやる」んですね♪本当に音楽を愛しているんだなァと思いました。頭が下がる思いです。機会があったら、ぼくも一度、岩城さん指揮の10時間コンサート、ベートヴェンの交響曲全曲演奏、聴いてみたいと思います。追記世界で、ベートーヴェンの交響曲を一晩中指揮したことがあるのは、岩城宏之さんただ一人だそうです☆
2006年01月06日
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(その1)から続く第2部では、衣装を着替えて、青いシャツを着ています。ギンギンにエフェクター、オーバードライブなどをかけて、時には、シンセっぽい音も使いながら、ステージを動き回って、身体全体で音楽を表現していました。●3000円以上購入で全国送料無料!(一部地域除)ジェイク・シマブクロ/ドラゴンこういった、従来のウクレレらしくない演奏やパーフォーマンスが好きなファンも多いことでしょう。チック・コリアの名曲『スペイン』は、ぼくは難曲だと思っていたのですが、ステージを見る限りでは、ジェイクはいとも簡単な風に弾いていました。でも、あの、タッタッタ、タ~ラララと、メロディがリズムにのっていくところは本当は難しいのかもしれません。この曲だけは、座ったままで弾いていましたから。他の曲の時には、たったり座ったり、動き回ったりしていましたので。アルバム『Dragon』から『Making Perfect Yesterday』は、ストリングスの音こそないものの、実にメロディの美しい演奏です。アコースティック以上に、エフェクターが使えるので、ギターのようにチョーキング、ハンマリング、プリングなどの技で、すごくこまやかなニュアンスが表現されていました。曲が、セクシーというんでしょうか。艶っぽいんですよね。同じくアルバム『Dragon』から『3rd Stream』を演奏した時には、そのはやいパッセージもあって、大歓声です。ソロ用にアレンジされた演奏も、ノエル・オキモトのドラムスが大活躍するバンド演奏にひけをとらず、ウクレレ1本の演奏でもすごいスピード感、迫力がありました。しかし、なんといっても今日のライブのハイライトは、『While My Guitar Gently Weeps』です。最初、ゆっくりしたイントロで、ゆっくりしたストロークではじまったのですが、最後には、ジェイクお得意の、右手が壊れるか、ウクレレがこわれるのではないかと思われるような激しいストローク演奏に曲が展開していきました。この曲は、ぼくも(ひそかに)ウクレレのレパートリーにしている曲ですが、その質とレベルには雲泥の差があります。第2部は、アコースティックでは、なかなかやりにくい両手タッピング奏法や、ライトハンド奏法など、いろいろなテクニックを使っています。しかし、曲のエンディングやハイライトは、やはり彼の唯一無比の激しいストローク奏法になっていました。ストローク奏法からアルペジオにいったり、トレモロをやりながらアルペジオをやるところなど、アコースティック、エレクトリック両方のステージで、よ~く手の動きをみせてもらいました。ひとつ気が付いたのは、今、ぼくが練習してもなかなかうまくいかない、右手の親指1本で、ひとつの弦を上下させる奏法を、かなりうまく使っていて、さらにあいている3本または4本全部を違う動きに使っているところです。参考にはなりましたが、とてもまねできるものではありませんが。ジェイクは、今年、ハワイ観光局のイメージ・キャラクターになったことも特別の経験だ、と言っていました。愛・地球博でも演奏したし、日本のCFにも出て、『Six Islands, Six Aloha! Discover Aloha! Come to Hawaii』と、キャッチフレーズを言って笑っています。自分の生まれ育った地を、みんなに紹介して来てもらう。とても素晴しい経験だったと。ジェイクは、ふたたびこう語りました。彼がはじめて日本に来たのは、6年前(?)だったそうですが、その頃はカフェのようなところでライブをやり、お客さんはたった15名くらいしかいなかったそうです。こんなんでやっていけるんだろうかと思ったそうですが、2005年の最後は、こんな大きな会場(中野サンプラザ)でやれるようになった。これも、ファンやスタッフみなさんのおかげです。こう言って、ステージを去っていきました。お客さんは、それをただで彼を返すわけがありません。大勢の女性のファンが、花束やプレゼントをもってステージにおしかけ、手渡しています。若い女性もいれば、年配の女性もいます。それらのプレゼントを受け取りながら、ステージから去っていきました。当然、アンコールの大合唱。衣装を再び着替えて、黒のTシャツに『Mad Cats』と書いてあります。なんと、メガネをはずしての演奏です。演奏は、もちろん、ハワイ観光局のテーマ・ソングにもなった『Rainbow』この曲を聴くと、本当に楽しくなってうきうきして、ハワイに行きたくなります。(それでなくても行きたいのですが)『All The Best for Year 2006!』と彼が言うと、いっそうの歓声と拍手。最後は、お得意の『クレージーG』です。彼が『クレージーG』を弾くと、ファンが「Faster(もっと速く弾いて)」ということを繰り返しながら、どんどん早くなっていくジェイクと観客のコール&レスポンスです。中野サンプラザの1階の前のほうは、全員がタイミングをあわせて、「Faster!」と言っていましたので、おそらく、前のほうはみんなファンクラブのメンバーなんでしょう。大絶賛のなかで、2005年の最後のステージは幕切れとなりました。こうして、ぼくも2005年の最後をジェイクのライブで締めくくることが出来て、とても幸運でした。今回は、全曲ソロ演奏だったので、かなりいろいろなことが参考になりました(でも、まねできないけれども)アマチュア・プレイヤーとしての感想は、『素晴しい!です』しかし、いち音楽ファンとしての感想は、もう少し辛口になります。第1部のアコースティックの部は、これはもう大満足です。しかし、第2部のエレクトリックの部について、見せ所が、激しいストローク・プレイばかりで、ちょっとワンパターン化しているように思いました。ぼくは、彼が始めて日本に来た翌年に彼のウクレレ・ワークショップを受けているので、5年間の変化をず~っと見てきました。正直言って、最初は、ウクレレは上手いけれども、音楽性がなだまだだと思っていました。それが、チック・コリアの『スペイン』やスティングの『フラジャイル』を演奏し始めた頃から(両方とも、ぼくが、彼が録音する前からいつかウクレレで演奏したいと自分でも憧れていた曲、今でも自分では弾けません)音楽性が飛躍的にのびたように思います。そして、『Rainbow』や『Dragon』では、とうとう、ウクレレ・フュージョンともいうべき音楽スタイルを確立しつつあるところまで来たと思います。しかし、バンド演奏の中でも、他の楽器に負けないように激しいストローク・プレイを多用するところが少し気になっていたのですが、ソロになれば、そのパターン化された展開という弱点は丸見えです。もっと、ウクレレのフレーズやアドリブの手口を沢山見つけて欲しいのです。ウクレレは、弦の長さが短くて音域の狭い楽器です。それを、今までウクレレや、音楽そのものにも、あまり関心のなかったひとたちにまで浸透させてきたことは大いに評価するところだと思います。しかし、ジェイクには、もう一歩つっこんで、ジャンプして欲しいのです。ぼくの偏った見方かもしれませんが、ジミヘンは別格としても、ほかのロックのギタリストにあこがれているだけでは、ジャイクは、その壁が破れないように思います。もっと、ジャズ・フュージョンのギタリストや、サックス・プレイヤーなどの演奏を聴いて、そして共演して、それらを盗んで身につけて欲しいのです。リー・リトナーと婚約した杏里が言っていました。リー・リトナーと婚約して音楽的に非常に力になったことのひとつに、リトナーにいろいろなコードを教えてもらったことだと。ぼくは、最初、ビックリしました。杏里はまがりなりにもプロのミュージシャンです。歌詞も曲も書きます。しかし、ポップ・ミュージックで使うコードというのは、かなり限られているのだということが、そこのエピソードからよ~くわかりました。ジャズに基盤をおきながらも、アントニオ・カルロス・ジョビンやボブ・マーレーまで幅広い音楽をとりあげて演奏しているリー・リトナー。やっぱり音楽の幅が違うんですね。ジェイクには、それがやれる才能と、人知れず行っている努力があると思います。また、ほんの数年で急成長するほど、吸収力も咀嚼力もあると思います。だから、いまのステップで足踏みしないで欲しいのです。もっと今までに出会ったことのない音楽やミュージシャンを聴き、共演してほしいと。音楽ファンとして、ウクレレでPopsも演奏するアマチュアとして、ジェイクの一ファンとして、そのことが、前からず~~と彼に言いたいことなのです。ジェイクのさらなる飛躍に大いに期待しています。きっと素晴しい音楽を2006年には、届けてくれることでしょう。ジェイク!
2006年01月05日
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2005年最後にジェイクのライブに行って来ました。場所は中野サンプラザ。題して『DragonツアーFinal』夏に『Dragonツアー』が始まって、その後、グアムに寄ったそうですが、このツアーの最後にまた東京の地を選んでくれました。前半を、アコースティック・ソロ後半を、エレクトリック・ソロと分けていましたが、いずれにしても、全曲ソロのライブはジェイクにとって初めてだそうです。第1部、 黒いシャツにジーンズ、メガネをかけて、髪の毛は立たせて、クツは先がとがったショート・ブーツのいでたちで、ジェイクが登場しました。はやくも場内、大拍手。ウクレレは、『Dragon』のCDジェケットのスプルース(黄色い木)がトップのウクレレではなく、ボディの全体が濃い茶色でトラ目が入ったコア素材、ヘッドにしっかりと縦に並んだ「KK」のロゴ。そう、カマカのテナー・ウクレレです。最近、カマカに新しいモデルを作ってもらったそうなので、その新しいウクレレをさっそく使っているのかもしれません。少し、やせたようでもあります。曲は、多くは一番新しい、全曲、ソロ演奏の『Love, Peace & Ukulele』のミニCDからと、今までバンド・サウンドで演奏していた曲をソロ用に編曲した曲で構成されていました。アコースティック、本人は『アンプラグド』とも表現していましたが、カマカらしい、やや硬質の音が綺麗に鳴っていました。アンプラグドでも、マイクでひろった音は多少、エフェクトをかけているようですが、それでもウクレレらしい、綺麗な音でした。おそらく、多少のコーラスや、曲によってはディレイをかけているようでした。今回のライブでは、彼の両手の動きをじっくり見ることが出来ましたが、左手をうまくつかったタッピング奏法や、左手でかきむしるようにしてスパニッシュ・ギター風の音を出したりしていました。なかなか、他のウクレレ・プレイヤーでこういった奏法をするひとはいません。ハーモニクスも多用していました。ハーモニクスは他のウクレレ・プレイヤーも使いますが(僭越ながら、私もたまにやりますが)、ジェイクの場合は、そのタイミングが絶妙でした。アルバム『Dragon』の最後の曲『Looking Back』は、実に美しいメロディで、うっとりするような演奏でした。ジェイク自身、1999年(たぶん)、はじめて日本に来て、それからいろんなひと、ファンやスタッフ、ミュージシャンに出会って、自分はここまでくることができた、というような一種感慨ふかげな、感謝の言葉を述べていました。出会ったミュージシャンの中には、押尾コータローや山崎まさよしのようなギターの上手い人、作曲できる人、葉加瀬太郎のような、演奏者であるばかりではなく、アレンジ、プロデュースの出来る人なども含まれているのでしょう。アメリカや、今回のミニCDを録音したナッシュビルのミュージシャンにもえらく感激したようです。ジェイクの人気というのは、ウクレレの演奏が驚異的にうまい、ということだけではなくて、彼の人柄、それからかれの声、彼のしゃべりかた、やさしい英語に時々、かたことの日本語を混ぜるチャーミングな話し方、なんか、そういった全体的な魅力が人をひきつけるんだなァ、とあらためて思いました。正直言って、ぼくは、彼の話し方、とっても好きです♪アルバム『Cross Current』から、『I’ve Been Thinking』も演奏しました。これも、バンド演奏をソロ用にアレンジしなおした演奏で、大分印象が違います。途中では、最近、ライブではほとんど演奏していなかった曲を振り返り、自分でまたその魅力を再発見した曲を、『Lost Songs メドレー』として、続けて演奏していました。これらの曲は、夏の『Dragonツアー』では、演奏されなかったものです。ナッシュビルで、『Love, Peace & Ukulele』を録音したときに、そうした多くの昔の曲を吟味したそうです。これも、今回の2005年、彼自身にとっても最後のステージでのスペシャルなプレゼントだったと思います。追記そういえば、ジェイクの福袋5,000円なんていうのも会場で売っていました。Tシャツやツアー・パンフが入っているそうですが、僕は残念ながら買いませんでした。他に何が入っていたのかなァ(笑)(第2部)その2に続く
2006年01月05日
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