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第四十三回「真の父母の日」記念礼拝の御言(No.2/3)


二〇〇二年四月十三日(陰曆三月一日):韓国・京畿道九里市水澤洞 中央修練院

 今年の第四十三回「真の父母の日」の「敬礼式」と「記念礼拝」は、韓国・京畿道九里市の中央修練院で行われました。 「記念礼拝」では、み言に先立って訓読会が行われ、郭錠換会長が、一九六六年三月二十二日、第七回「(真の)父母の日」のみ言「望みの父母の日」を訓読しました。
 続いて真のお父様が壇上に立たれ、二時間余りにわたってみ言を語られました。
 これは、そのみ言を翻訳し、整理したものです。なお、編集上の都合により、一部割愛しました。 (文責・編集部)

    Family 2002.6月号



「​ 第四十三回「真の父母の日」記念礼拝の御言(No.1/3) ​」からの続き

​​ ここで、ご父母様がつくってくださった貴いプレゼントが何かというと、 「天一国」 です。言ってみてください。(「「天一国』。」) 「天一国」とは何かというと、「二」という字と、「人」という字を合わせれば、「天」になります。 「二人」ではありません、「天」です。​​

 ですから、ふたり(二人)が一つになっている国を「天一国」と言うのです。皆さんの心と体、それが”ふたり(二人)”です。”心の人”と“体の人”、この“ふたり(二人)が、一つになっていないというときには、「地一国」です。(笑い)それは、天国ではなく、地獄に行くのです。「天一国」は、天上の最も優れた国です。ところが、その反対になっているのです。

 「天一国」という言葉は、そのような意味になるので、すべての宇宙は、必ず主体と対象関係で結ばれるようになっているのであって、独りで存在するものは ありません。いくら何億万ボルトの強いプラスが生じたとしても、マイナスが生じなければ、なくなるマイナスとなり、プラスになるということです。

 したがって、いくら人間が優秀であっても、なくなっ てしまうのです。先生がいくら優秀でも、お母様という存在がいなくなれば、先生一代で終わるのです。お母様がいくら優秀でも、先生がいなければ、一代ですべてなくなるのです。そうではないですか?

 それでは、男やもめや寡婦を好む人がいますか?  いますか、いませんか?(「いません。」)今まで、神様は、男やもめとして生きてこられたのですが、喜んでおられたでしょうか、悲しんでおられたでしょうか? (「悲しんでおられました。」)

 ですから、男やもめになり、妻を失ってしまい、息子、娘を失ってしまい、数千万年の間、息をしながら生きる神様のその息遣いは、喜びの息遣いとして連結できる根がないので、「悲惨な恨の神様である。」という言葉が成り立つのです。分かりますか? 

 女性が、いくら優秀で、ハーバード大学の博士であるとしても、粉々になるのです。四十歳になるまで勉強して、ハーバード大学の女性博士になり、処女のまま年老いても、真っ赤なまま年老いたとしても、真っ赤なまま年老いて、何を食べるのかというと、唐辛子です。



 町も必要なく、国も必要としないものを、だれが願いますか?  嫁いでいけば、その運勢が取り除かれますか?  完全に門を閉め、家庭でぐるぐる回りながら、苦労して倒れ死ぬしかないそのような女性は、哀れな女性ですか、幸福な女性ですか?  わたしたち統一教 会にも、東大を出た女性博士がいるでしょう?

 顯進、どこに行きましたか?  全淑、(祝福を受けたのは)何歳ですか? 十八歳ですか?  何歳で結婚し たのですか?  郭錠煥氏!(「はい。」)娘は、何歳のときに結婚したのですか?  何歳ですか? (笑い)何 ですか?(「十八歳です。」)十八歳ですか?

 ところが、ある女性が三十二歳になっても、いまだに母親のために結婚できないそうです。母親が、どれほど苦労して……。

 娘を勉強させるために、すべての精誠を尽くして、町内じゅうの有名な会社の理事の肩書きをつけて、「うちの娘は、素晴らしい。」と、おなかを突き出して自慢していたのですが、今では、突き出したおなかが恥ずかしくて、おしりを突き出して自慢するので、においばかりがするというのです。そうやって、訪ねて来る男性に向かって、「ぷぷ、ぷぷ。」としているのです。

 本当にそのようにしているのならば、独りで暮らして、年を取ってから統一教会に入って来たかわいそうな独身男性たちがいるので、「統一教会に納めなさい。」というのです。

 納めるときには、納めることができるための条件物があるのですが、おなかよりも何が大きいというのですか?  へそが大きいのですが、それでもよければ、 自分の良い新郎候補を……。

 今回の十四万四千双の(祝福を受ける)牧師たちの中で、男やもめの牧師、独りで年老いて、それまで貞節を守った牧師たちが、たくさんいます。

 牧師という言葉は何かというと、"目が死んだ”ということを牧師というのです(「牧師 [목사]」と「目死 [목사]」とを掛けて)。(笑い)「牧師」ではなく、「目死」です。

 その牧師たちが、今、目が開けたというのです。目が死なずに生きたので、「ああ、私は男性なので、絶対に女性が必要なのだなあ。あのような女性でもよく、このような女性でもよく、黒人の女性でもよく、白人の女性でもよく、黄色人の女性でもよく、女性の中でどこかが不足で、片足が不自由で、片手が不自由で、目が片方なくても何でもよい。息子、娘さえ生んでくれることができれば、それでオーケーだ。」と言うのです。

 三十五歳になり、四十歳を超えて、息子、娘を生むことができますか?  息子、娘を生むことができるように、先生が結婚させてあげて、その国に行って接待を受けるとき、子供を生んで、えんえんと泣く子供にお乳を上げる姿を見れば、喜んで笑顔で出てくることができます。

 しかし、四十歳代過ぎにもなって、夫婦がふたりで、座したまま老いたにおいを漂わせ、明日にでも死ぬような姿を見ながら座っていて、気分が良いでしょうか、悪いでしょうか?(「悪いです。」)



 このような話をしても、わたしが間違った話をしているという人は、いないのです。わたしは公人なのに、間違った話をするでしょうか?  公式の席上で、八十年の生涯を話し続けてきた人が、人に負けるような話をするでしょうか?  恥をかくような話は、しません。わたしの話は、正しいのです。

 このおばさんは、独りで暮らしているのですか? (「はい。」)生まれつき星回りが悪いですね。ほおが、そのようになっているので、星回りが悪いのでしょう? (笑い)(「結婚して、夫は亡くなったのですが。」) 亡くなるにしても、しかたなく亡くなったのでしょう?  妻の星回りが悪いので、しかたなく亡くなったのです。

 何歳ですか? (「七十二です。」)もう少し年を取れば、わたしよりも上になりますね。いち早く、わたしが知って、兄の立場で、このように叱責をしても失礼にはならないでしょう?「この女性は!」と言っても、ありがたく受け止めなければなりません。(笑い)

 「この女性は。」と言ったその人は、兄よりも父の名前を持っているので、真の父の前で、そのような話を聞けば、真の父が悪口を言ったのですから、何か一つ利得があるでしょうか、ないでしょうか?

 さあ、先ほど尋ねたのですが、三つの中で、最も貴いものが何かというと、真の愛です。真の愛なのです。それから何ですか?(「真の生命です。」)真の何だというのですか?(「真の生命です。」)真の愛を持っている人は、手を挙げてみてください。ああ! (笑い) なぜ、笑うのですか?  何が、おかしいのですか?  真の愛を持つことができず、真の愛を学び、真の愛とは、どのようなものでしょうか?  甘い味でしょうか、苦い味でしょうか? 最初から甘いですか、最初から苦いですか?

 熊の胆(胆嚢)は、薬の中の薬ですが、最初は甘いですか?  それは苦いのですが、ごしごしと口を掃除してみると、どんどん甘いにおいがして、歯ブラシで歯を磨いて、それを飲むと、もっと甘いのです。一度、やってみてください。歯磨きをした後に、それを一度もぐもぐと・・....



 愛が苦いか甘いか、わたしには分かりません。苦いともいい、甘くて甘いともいうのです。それは、どちらだといえば、正しいのですか?  苦いというのも正しく、甘いというのも正しいのです。

 それでは、その一番の中心は、何ですか?  苦くて甘いので、苦い人が見ても「ほほほほ。」、甘い人が見ても、お互いに喜んで「はははは。」と飛び跳ねるので、その味は、本当に良いというのです。

 そのような夫婦の愛以上の味を、統一させて喜ばせてくれるものは、世の中、天地にありません。「ノーメン」ですか、「アーメン」ですか? (「アーメン。」)大きく、言ってみてください。アー……。(「メン!」)第四十三回「(真の)父母の日」が飛んでいくように、アー メン! (「アーメン!」)

 "二八青春(十六歳くらいの若者、青年男女)”というのは、なぜ”二八青春”なのか、分かりますか?  ”二八青春”は、良い時ですか、悪い時ですか?  (「良い時です。」)それは、愛しても最高の場に行くのであり、息子、娘を生んでも、息子、娘を抱いて最高に愛することができる時であるというのです。

 人は、二十三歳を超えれば、下っていきます。その前に息子、娘を生めば、二十三歳を超えて、息子、娘を育てる愛を中心として、その精気が上がっていくのです。

 ですから、二十八歳になれば精気が下がり、下って いった精気を、ふたりで合わせて上がっていくので、“二 八青春”は、男性だけをいうのではなく、男性と女性、 愛する夫婦の青春を「二八青春」と言うのです。

 男やもめや寡婦が、"二八青春”の歌を歌う資格がありそうですか、なさそうですか?  どちらですか?  おばあさん!  しっかりしなさい、というのです。だれを指摘するか分かりません。ありそうですか、なさそうですか?  なぜ、”二八青春”なのですか? 手を挙げてください。

 このように(親指を中にして、手を握ってみてください。これ(親指以外の指の節)が何かというと、十二の月です。三掛ける四で、十二です。神様(親指で表象)は、十二の月の中の中央に入っていらっしゃるのです。ここに十四(指の節の数)、入っているというのです。

 そうして、この十四の右手の前に、十四の左手が合わさって完全に一つになり、(拍手)こちらに行ってもよく、あちらに行ってもよく、こちらに行ってもよく、上がっていってもよく、「おお、よしよし。私の愛。」 と言って、こうしてもよく、転がって倒れてもよく、平らでもよいのです。それが、”二八青春”です。

 青春は、男女を代身した”二八青春”。その時に一つになって、赤ん坊までここに抱いたのですが、ここに何ですか?  重いものがありますね? (「はい。」) ここに時計がありますが、良い時計だと言えば、すぐに”自分にくれる。”と思ってはいけません。(笑い) これは、金だから重いのです。

 (ふたつが)ぴたっと一か所に、このようにぴったり合わされば、ふたつが一緒に移動します。上がって いけば上がっていき、下がっていけば下がっていくのです。

 すべての宇宙を抱いても、ふたつがぴたっと合えば、零点の位置で、愛を中心として、天の果てにも行き、地獄の果てにも行き、東西南北、どこに行っても、存在することを意識できません。

 愛があることを感じますか?  心と体が一つになれば、愛があることが分かりません。生命があることを感じますか?  このように一つになっているので、分かりません。そして、男性の血統に精子と卵子があることが分かりますか?  一つになっているので、感じることができません。

 しかし、感じることはできませんが、男性の前に、プラスの前に完全なマイナスさえ現れれば、すべてのものが、わあっと引っ張られていくのです。このようにしながら引っ張られていくのです。

 このようになれば、これが調和をもたらすのです。 ”二八青春”が一つになっているので、男性も女性も、愛の香りさえかげば、ぐいっとくっつくのです。

 愛の香りを知っていますか?  愛の香りが訪ねてくるときには、心がどきどき、どきどきとしなければなりません。そして、四肢五体、春夏秋冬において発展しうる相応的なすべての肢体が、踊りを踊るのです。 そうして、「やあ、春が来た。やあ、来た、来た、来た。調和ができる。わあっ。」と、胸がくるくると回って、どんどこどんどこと…。どんどこやって、気が遠くなれば、前なのか後ろなのか分からなくなるので、抱きつかなければなりません。

 女性が喜んで気が遠くなるときには、抱きつくのが失礼ですか、それとも“有礼”ですか? (「"有礼”で す 。」)答えてください、女性たち。

 その人が、どこかに行って座る場所、立つ場所を選んで、その環境の与件に合わせることができなければならないのです。男性と女性が、そのようなことができなければ、零点、落第生です。

 朴正敏さんが、上手でしょう?  歌を一曲歌ってください。(拍手)一曲、歌ってみましょう。先生のみ言の代わりに、喜んで聞けばよいのです。このおばさん。おばさんですか、おばあさんですか? (「おばあさんです。」)

 この人の年が何歳かというと、わたしよりも、四つか五つ年上です。それでは、何歳ですか?  今年、もう一歳年を取ったので、八十八歳ですか?  何歳ですか? (「八十九歳(数え年〕です。」)(笑い、拍手)八十九歳ならば、七十二家庭に該当するので、そのように考えれば……。(「お父様が、「おまえは、百歳は生きる。」と、おっしゃいました。」) 百二十歳まで生きるでしょう、この女性は!

 なぜ、百歳ですか?  (拍手)そのように考えたからといって、「百歳以上生きる。」と言って、だれも悪口を言う人はいません。その代わりに、その時になっても、間違いなく、きょうよりも歌が上手でなければなりません。そうすれば、わたしが百歳を超えて、朴正敏さんを訪ねて霊界まで行って、呼んでくるかもしれません。

 ですから、希望を持って、一所懸命に歌を一曲を歌い、第四十三回を祝賀する「(真の)父母の日」として、 記念の賛美をしなければなりません。アーメン。(拍手) (「真のご父母様が、『神様の最も良いものを三つ知りなさい。」とおっしゃって、『それは真の愛である。」とおっしゃったではないですか?  それで、真のご父母様は見えて、神様は見えず、真のご父母様が、見える真の愛を私たちに下さったので……・。」)

 行っただけでも、くっついて離れません。(「真の愛の歌を歌います。」)歌ってください。(「幼稚園の歌です。私が、幼稚園で教えながら歌詞を作りました。」) ああ、幼稚園の先生をしたのですね?


(朴正敏ハルモニ二が、歌を歌う)
美しい話があるなあ
真のご父母様の愛の話
真の愛が私を生かしてくださったなあ
感謝いたします、真の父母の愛
真の父母の愛、真の父母の愛、真の父母の愛 
真の父母の愛、真の父母の愛、真の父母の愛
真の愛に感謝することができなければ
真の父母になることはできないそうだ
真のご父母様のようになってこそ
私は幸福になることができるそうだ
真の父母の愛、真の父母の愛、真の父母の愛
真の父母の愛、真の父母の愛、真の父母の愛
(拍手)

 見てください。わたしたち統一教会は、このようなことが、他の教会と違うというのです。

 さあ、神様が、きょうのような日に、最も好まれるものが何でしょうか?  真の愛です。それから何ですか?(「真の生命です。」)真の生命です。それから何ですか? (「真の血統です。」)その三つの中で、最も貴いものが、何ですか?  (「真の血統です。」)わたし も分かりません。

 さあ、日本人と韓国人が、ふたりで一度、何が正しいか、けんかしてみてください。真の愛も良く、真の生命も良いのですが、より良いものは、真の血統です。 言ってみてください。血統。(「血統。」)日本語では「血統」、英語では「‘lineage' (リニージ)」です。

 さあ、それで何をするのでしょうか?  真の愛で、何をするのですか?  男性が、独りで必要なものが、 真の愛であり、女性が、独りで必要なものが、真の愛でしょう? (「違います。」)男女が、共同で一緒に好むのが、真の愛です。

 真の愛で、 愛してみましたか?  神様の属性の中で、 最も重要なものが、絶対属性、唯一属性、不変属性、永遠属性ですが、四大属性の……。

 神様の属性には、数十、数百の属性がありますが、その中で一番の属性が、絶対、唯一、不変、永遠なものです。それに何をつければ、その属性にふさわしくなるのかというと、「真」という単語を中心としてくっつけてこそ、「そうだ、そうだ。」と言うのです。

 それでは、真の愛を持っていますか?  持っているのですか?  全員が、真の愛を持っていますが、どこに持っているのでしょうか?  真の愛の根拠地が、どこですか?  自分の良心の底です。
 良心の底の底、底、底に下りて行って捜し出し、そして上がってくれば、神様が、独り暮らしをされている孤独な部屋に入って行って、どこにいるのかというと……。

 それでも、寝るときには、何が必要ですか?  まくらが必要ですか、木まくらが必要ですか?  独りで暮らしているというのに、床上げのときに、まくらまで取り払って洗濯しますか?  どうしますか?

 洗濯をしないで、万年まくらにすることができるものは、何ですか? (「木まくらです。」)しっかりと木まくらを抱き抱えて、「わたしの愛する相対である。」と言って、愛することができる、この地上に……。

 神様が、木まくらを愛される以上に愛することができれば、木まくら以上の相対として愛を受けることができる道もあります。このように考えるのです。

 そして、木まくらだけが必要なのではありません。 それから何ですか?  寒いときは、毛布も必要でしょ う?  毛布がなければ、布の袋も必要です。布の袋がなければ、かます(わらむしろで作った袋)も必要であり、かますがなくなれば、新聞紙も必要であるということを知っていますか?  監獄で暮らしてみてください。どれほど寒いでしょうか?  同じことです。

 それで、「木まくらよりも神様をもっと愛し、布袋よりももっと神様を愛し、そして、愛が好きで、これ以上好きになることはできない。」と言うことのできる立場に立つようになれば、その場が天国になることができるのです。いくら布袋をかぶり、それを着て暮らすとしても、それ以上の幸福はありません。

 それは、なぜでしょうか?  神様が、いつも共にいらっしゃるからです。神様とともに暮らすことができ、一つの部屋で毎日、因縁を結んで暮らすので、それ以上に幸福になれることが、どこにあるでしょうか?  ありません。ですから、それは、幸福な人に間違いないのです。

 統一教会の教会員たちは、そのように暮らしてみましたか?  木まくらを抱いて、「神様、愛しています。」とキスしてみて、胸に抱いて、「ああ、女性の胸が爆発し、男性の胸がつぶれる。」と言いながら、力を入れて抱き抱え、このように身もだえしながら暮らしてみましたか?

 女性たち。おじいさんのまくらを見ても、「嫌だ。」と言って逃げていく女性ではないですか?  そのような女性は、町内に行っても、追い出されるのです。

 おじいさんの居る奥の間に入って行き、顔じゅうに汗をかき、汗と涙を流しながら、おじいさんの下(しも)の世話もし、”必要ならば孫になり、最も善良な孫嫁になり、 嫁になり、留守を預かる人になろう。”と思うことのできる女性がいれば、おじいさんの深い愛の根に触れることができる人になるのです。分かりますか? 

 日本人、韓国人、米国人がいますか?  今日、統一教会の祝福を受けた家庭について、世界的に、このようなうわさが立ちました。

 嫁ぎ先で、男が痴呆症になり、生活に支障を来して、ごみ捨て場を行ったり来たりしたり、話を聞いても正常ではなくなったとしても、そのようなおじいさんとおばあさんを、だれよりもいちばん愛し、守り、世話をするのは、統一教会で祝福を受けた嫁と婿であるというのです。

 そのような話が、西洋国家、南米、アフリカの果てまでうわさになりました。それは、良い現象でしょうか、悪い現象でしょうか? (「良い現象です。」)その人たちが天国に行けば、全員……。

 お金持ちの長男の嫁になり、お金持ちの婿になっても、自分といちばん気の合う人以外には削ることができず、ために生きることができない、という人がいたとすれば、そのように良い所で暮らす人が、天国の王座に入って行くのですか?  それとも、地獄の王座に下りて行くのですか?

 そのような群れは、地獄の王座に押されて下って行き、愚かな統一教会の人であっても、先ほどの話のような孝行な娘と嫁と婿は、天上世界の神様の宝座を見張る番人になるのです。アーメン。永遠にです。朝から永遠に「アーメン」です。否定する道理がありません。

 それゆえに、最近は、どのようなうわさが立ったのかというと、「文総裁が、二十年、三十年前に、国際結婚で私たちの家を滅ぼした。血族、血筋をすべて滅ぼ した。」と言っていた群れたちが、「嫁は、統一教会の嫁、婿も統一教会の婿、黒人でも良く、白人でも良く、五色人種のまだら模様の嫁と婿を願う。」と言っているというのです。そのような喚声が、世界に満ちあふれているということを知らなければなりません。(「アーメン。」)

 「アーメン。」と言いました。あなたたちも、「してみることができなかったので、私たちの息子、娘は、 そのような場に送り出すことにおいて、チャンピオンになりたい。」という人は、手を挙げてください。

 これは、また何ですか?  早く! 手を下ろしてください。手を挙げてください。どうして、このように 遅いのですか?  ここには、五万種類の言葉を使う人たちが集まっているようですね。それでは、単一民族ではありません。

 言語を中心として、すべての心情帯を通して感じるその言葉、通じる意識構造というものが、瞬間的に、一秒以内にすべて統一される、そのように行動することができなければなりません。それなのに、通訳を通して理解するので、負けましたか、勝ちましたか?  日本の人、負けましたか、勝ちましたか?

 さあ、分かりますか? (「はい。」)最も貴いものが何かというと、真の愛というものです。分かったでしょう? それから何ですか? (「真の生命です。」)真の生命を見ましたか?  女性たち!  真の生命を見たのですか? 

 女性自体は、真の生命が分かりません。しかし、男性の生命と接触するとき、あれほど強い男性の生命に自分が接し、迎えることができ、真の男性の生命体もコントロールすることができるので、女性が貴くないことはありません。貴いということです。

 韓国語も、日本語に通訳しているでしょう?  なぜ、韓国人は、イヤホンがないのですか?  (笑い)必要がなくても、日本語を学ぶためにも、はめていればよいのではないですか?  どうですか?  そうではないですか? "わあ、先生が楽しそうに話している。『はは。』 と笑っているのは、どういう話か?” と思って、そのときに学べば、勉強になるではないですか?

 このような集いに三年間、出ていれば、三分の一と考えても、一年間は勉強したことになるはずなのに、なぜ、準備していないのですか?  韓国の者たち。イ ヤホンを準備しますか、しませんか? (「します。」) しなければ、一言も韓国語で話しません。(笑い)

 さあ、そのように言ったのに、するかどうか見てみましょう。また、このようにして、日本の者たちがイヤホンを持ってこなくなれば、両国の人とも死ななければなりません。(笑い)

 それでは、英語だけですれば、日本人と韓国人は困るでしょう?  勉強しなければなりません。勉強です。分かりますか? (「はい。」)一度聞くよりも、十度聞いて面白ければ、間違いなく言葉を学びます。

 先生が十六歳の時、日本語を学ぶために、一年半の間で完全に覚えてしまいました。国語読本というものが、一年に二巻ずつで十二巻あり、それをすべて半年の間で覚えてしまったのです。 これは、「孔子曰く、孟子曰く……。」と、漢文を学すびながらです。研究して、十六歳で勉強を始めました。日本語ができなければ、話にならないと……。一九七一年十二月に米国に行くとき、英語で本を読む能力はありますが、発音は理解することができませんでした。

 日本人は、「マクドナルド」が何か、知っているでしょう? 「マクドナルド」です。しかし、日本人が千年の間、毎日のようにいくら「マクドナルド、おいしいです。」と言ったとしても、西洋の人たちには何のことか分かりません。千年たっても分かりません。

 それは、‘McDonald、と言わなければならないのです。'McDonald'です。「マクドナルド」ではなく、 'McDonald'です。そうして、‘That's Good. This is good. Very very good. 'と言わなければなりません。‘Very very good.’と言わなければなりません。発音を合わせなければなりません。理解できなくてはいけないのです。

 ですから、韓国人、日本人、米国人が海外に行っても、韓国人は、一年半ですべて通じます。スペインに行っても通じ、ドイツに行っても通じ、すべて通じますがが、日本人は三倍、大変です。カタカナ、ひらがなで、いくら一所懸命に現地の言葉の発音を書いて、翌朝、「おはようございます。」と言っても、何のことか分かりません。

 あなたも日本の女性ですか?  あなたは、日本の女性ですか、男性ですか?  (「男性です。」)女性のようですね。本当に女性のような顔ですね。あなたは、ホモではないですか? (笑い) 知っていることは知っているのですね。男性ならば、男性らしくしなければならないでしょう?  女性のように……。

 わたしは、女性だと思いました。"男性が、なぜ女性のような……。女性のような男性が、どこにいるか?”と思ったのですが、男性のようでもあり、女性のようでもあるので、わたしには分かりませんね。尋ねてみると、「男性だ。」と言うので、信じてあげましょう。(笑い)

 分かりますね?  韓国の人は、先生の話が分かりましたか、分かりませんか? (「分かりました。」)


<3/3に続く>




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。
奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵
世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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 きょう、「(真の)父母の日」に、最も貴いものは何かというと、それは血統です。言ってみてください。 血統。(「血統。」)血統が貴いというのです。父母を中心として、父と母を中心とした真の愛があり、真の生命が一つになったとしても、息子、娘がいなければ、すべて無効です。それは、一代で終わります。

 息子、娘がいなければ、いくら美男美女の血筋と愛と生命が、りっぱに結着しているとしても、根のない木と浮き草のように、台風に吹き飛ばされてしまうのです。それは、乾けば、だれでも火で燃やすことができ、材木なら、切って穴蔵をつくることができるのです。だれでも移動させることができるのです。それではいけません。

 伝統的な血統を中心として……。その血統は、神様の愛と、神様の生命と、神様の血統が連結され、おじいさんの血統がお父さんの血統であり、おじいさんとお父さんの血統が私の血統となり、“私”という存 在自体が、その証拠になっているのです。ですから、 おじいさんも“私”を愛さなければならず、お父さんも”私”を愛さなければなりません。

29 Family 2002,6





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Last updated  2024.10.13 22:49:07
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