山田維史の遊卵画廊

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Tadami Yamada's Painting


Tadami Yamada's Painting


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Tadami Yamada's monochrome cuts -#1


Tadami Yamada's monochrome cuts -#2


■Yamada's Article(1)卵形の象徴と図像


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■Yamada's Article(4)夢幻能と白山信仰


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■Yamada's Article(6)ムンク『叫び』の設計と無意識


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■Yamada's Article(10)狐信仰とそのイコノグラフィー


■Yamada's Article (11) 江戸の「松風」私論


■Yamada's Article (12) 伊勢物語「梓弓」について


■(13)英語訳論文「ムンクの『叫び』の設計と無意識」


■(14)英語訳論文『狐信仰とそのイコノグラフィー』


■(14-2)英語訳論文『狐信仰とそのイコノグラフィー』


■(15)英語訳論文『卵形の象徴と図像について』


■(16)英語訳論文『夢幻能の劇構造と白山信仰との関係考』(1)


■(16-2)英語訳論文『夢幻能の劇構造と白山信仰との関係考』(2)


■(17)英語訳論文『モンドリアンの自画像について』


■(18)英語訳論文『霧に対する感性の考察』(1)


■(18-2)英語訳論文『霧に対する感性の考察』(2)


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Oct 22, 2008
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 きのう今日と2日間、終日忙しかった。さきほど風呂からあがって、このまま寝室に直行したいのだが、このブログを開き前回の日記を読み直してあらためて気が付いたことがある。自分の着るもののことだ。
 文中に「Tシャツにジーパン」と書いたが、じつは私は63歳の現在まで、「Tシャツにジーパン」をただの一度も着たことがない。Tシャツは、アウター・ウェアーとしてのそれだけれど、家にくつろいでいるときも着たことがない。つまり我家には「Tシャツにジーパン」が存在しないのである。それに、「ジャージ」も着たことがない。これら3点は、手にとったことさえないのだから、自分の衣料品としてはまったく関心外のものということになる。
 外出着以外の家で着るものについて、私はほとんど無頓着だ。むしろボロを着ているようなものだ。油絵の具で汚れるから、どうしてもそのほうがよい。油絵の具が付着すると、洗濯しても落ちませんからね。

 自分が関心がないものには見向きもしないというのは、衣類ばかりではないかもしれない。遊園地やゲーム・センターにも行ったことがない。これは、人がお膳立てしたもので遊ぶ気がしないのだ。
 終戦前夜に生まれて、物の無い時代に育ったので、子供のころから遊び道具はみな自分でつくった。自分の遊びは自分ですべてお膳立てするというのが、どうやら習い性になってしまっている。絵を描くのを職業とするようになったのも、結局、その習い性の延長線上のことだ。

 こういう私の習慣は、しかし「好き嫌い」の感覚的判断かと自問してみると、さてどうだろう? ちがうような気がするのだ。むしろ好き嫌いがないと言った方が当っている。まず対象から目をそむけるということがほとんどない。じっくり観察し、味わい、判断放棄の状態をだらだら過して、類似のもの異類のものを収集して比較検討し、やおら批評に取りかかると言う具合。あえて言えば、自分と似たものは好きではない。似たもの同士なんて、退屈だ。
 美術、音楽、文学、演劇、映画、スポーツ、演芸、・・・何についてもそれは言える。クラッシック音楽を聴く。12世紀頃の中世教会音楽からいわゆる前衛まで。モンゴルのホーミーからアボリジニの管楽器音楽、アフリカのブルンジの太鼓音楽から日本の天台声明まで、浪花節や民謡、ジャズやロック、ありとある音楽を聴く。文学は西洋古典も読めば、日本の中世小説も読む。世界に類例を見ない男色文学も『稚児草子』から『秋の夜長物語』も『井尻又九郎若道之勸進帳』も『竹齋』も、みな原文で読んでいる。もちろん現代語訳などないのだから当然だが。現代ポルノ小説も読んでいる。演芸は、落語も漫才も、お笑いも。ストリップも。・・・人間のあらゆる営みに、序列などあるはずがないですからね。

 「食わず嫌い」というのが一番馬鹿馬鹿しい。それは批評でも何でもないですからね。
 そうそう、TVで石橋さんと木梨さんがやっている番組で「食わず嫌い」のコーナーがあるけれど、あれ、ちょっと言葉の誤用じゃないかしら。「食わず嫌い」という意味は、食べもしないのに嫌いだと言うことで、かつて食べたことがあるけれど何等かの理由で食べたくなくなったというのとは意味が違う。番組ではどうも、後者の意味に使っている。後者だとむしろ「嫌い食わず」だ。

 いかがです、石橋さん木梨さん?

 さて、最初にもどると、私が「Tシャツとジーパン」を着たことがないのは、「食わず嫌い」なのではない。食ったこと(着たこと)がないのだけれど、べつに嫌いだからではないからだ。好き嫌いの感情ではなく、先に述べたようにまったく関心がなかっただけのことである。
 いまどきTシャツもジーパンも着たことがないというのは珍しいのかしら?





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Last updated  Oct 23, 2008 12:49:18 AM
コメント(8) | コメントを書く


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Re:Tシャツとジーパン(10/22)  
黄色い雨  さん
私は以前から「負けず嫌い」といふ言葉をふしぎだなあとおもつてゐます。
…関連性のないコメントですみません。 (Oct 23, 2008 01:29:17 AM)

Re[1]:黄色い雨さんへ(10/22)  
AZURE702  さん
黄色い雨さん
>私は以前から「負けず嫌い」といふ言葉をふしぎだなあとおもつてゐます。

そうですそうです、この言葉の「ず」は文法的にちょっと説明しにくいですね。「負け嫌い」の意味で、「負け嫌い」で良いはずですから。
助動詞「ず」には文法的に変遷のこみいった歴史があるようで、そのなかで現在まで慣用的な形として残っているものがあるようです。「負けず」には「負けず劣らず」のように文法的に正統な例もありますが、たしかに「負けず嫌い」はそれとも違う使いかたですね。

私が最近気になる言葉の誤用は多いのですが、「負けず」に関連したものをあげると、「自負」があります。この意味は「うぬぼれ」のことで、自分自身を恃(たの)みにすること。誇り、プライドですね。しかし、これを誤って、「自分に負けること」と思っている人が目につきます。全然反対の意味にとっているわけです。これではコミュニケーションがとれませんね。
似たような誤用で、テレビなどでは頻繁に耳にするのですが、「耳障り」を「耳触り」と思っているようです。たぶん目から獲得した言葉ではなく、耳からなんとなく入って来て自分勝手に解釈して誤用となったのでしょう。あるいは「歯触り」とか「肌触り」と同様に思ってしまったのでしょう。
「耳障り」と同じ使い方をする「目障り」のほうは、さすがに「目触り」とは思っていないようです。目に触っては危ないですものね。ハハハ。 (Oct 23, 2008 09:54:03 AM)

勉強になります。  
黄色い雨  さん
「負けず嫌い」が気になるのは自分だけではなかつたとわかつて嬉しいです。
「耳障り」を「耳触り」と間違へるのはちよつとおもしろいですね。 (Oct 23, 2008 11:22:26 PM)

食わず嫌い  
食わず嫌いのお話。全くそのとおりですね。
私は納豆がそれこそ、見た目で食わず嫌いでした。
東京に住んだ昨年、生まれて初めて食しましたが、まぁやっぱり食べても美味しくなかった(笑)

人間のあらゆる営みに、序列はない。
この考え方はそのとおりなんだけれど、でもストレートに言われると素敵だなぁ。

確かにジーンズを穿いたことがないっていうのは今どき珍しいかも知れませんが、うちの親父もジーンズとTシャツは一度も着たことがないですね。ジャージはありますが(笑)

私は随分と長い期間、カード類(クレジットやキャッシュ)と携帯電話を一切使わずに生活しましたが、昨年の東京で使うようになりました。

使ってみればなんてことないですけど、主義は通したいですよね。
(Oct 24, 2008 05:39:01 AM)

Re:黄色い雨さんへ(10/22)  
AZURE702  さん
黄色い雨さん

>「耳障り」を「耳触り」と間違へるのはちよつとおもしろいですね。

これに類似する間違い、あるいは言葉の誤用は、非常に多くなっています。「滅茶苦茶」ないし「無茶苦茶」の誤用もそうです。「全然」という否定語をともなうべき副詞が、肯定的に用いられること。とにかくTV等で一人が無知からくる誤用をやると、それを訂正するどころか、われもわれもとやる。困った社会風潮です。コミュニケーションがとれずに次第に疎外されてゆくことに気が付かないのですね。
-----
(Oct 24, 2008 10:09:48 PM)

Re:シルフさんへ(10/22)  
AZURE702  さん
シルフちゃんさん

>私は納豆がそれこそ、見た目で食わず嫌いでした。
>東京に住んだ昨年、生まれて初めて食しましたが、まぁやっぱり食べても美味しくなかった(笑)

うまれて初めての納豆!? 関西人のアイデンティティをそこに確立したわけですね。
美食家といわれた北大路魯山人は納豆茶漬けを食べていますが、これは納豆をよくかきまぜて白い糸のかたまりになるほどにして湯茶をたっぷりかける。私もためしてみましたが、まあ、イケルものです。良くかき混ぜることで、アミノサンが豊富になるんですね。だから「旨い」という理屈はあっているわけです。
私の子供のころは自宅で納豆をつくっていました。藁苞に蒸した大豆をいれて炬燵のなかなどに入れて寝かせておくんです。
浜納豆は関西でも食べるのでは? もとは静岡県三ヶ日町の大徳寺でつくった納豆で、大徳寺納豆ともいいますが。 (Oct 24, 2008 10:28:51 PM)

納豆よもやま  
AZURE702さんへ
いえいえ、納豆を食さないのは、家族の中では実は私と感化された上の娘だけで、あとの全員は好物として食べています。
今では関西でも納豆好きは多く、食品コーナーもCMも回転寿司のメニューにまで流れるぐらいメジャーです。私はゲンナリしますがね(笑)
浜納豆は確かに京都大徳寺の名物で、あの寺は私のお気に入りだから、何度か試食しています。糸が引かない塩味のきいた味でした。
静岡県三ヶ日町の大福寺にも同様のものが残っているらしいですね。
関西では和菓子の甘納豆が浜納豆のゴロあわせで、子供の頃からあって、納豆といえばソレを指していたんですが。中学生の修学旅行で旅館の宿で初めて本物を見た時はカルチャーショックでした。
誰一人知らなくて、東京から来た転校生が説明してくれて知ったのですが、数名しか箸をつけなかった。
それにしても納豆の食文化が九州南部と関東以北で好んで食べられたという事実は不思議ですね。なぜ関西や四国で広まらなかったんだろう?
魯山人の納豆茶漬けは、つとに有名ですが、確かに理屈も合っていますが、アレを旨いと感じる味覚のセンスそのものが、私には到底理解できず、美食家だと思ったこともありません(笑) (Oct 25, 2008 03:11:42 AM)

Re:シルフさんへ(10/22)  
AZURE702  さん
シルフちゃんさん

>浜納豆は確かに京都大徳寺の名物で、糸が引かない塩味のきいた味でした。

そうそう関東・東北の人間には何でこれが納豆?というような形状。あれは大豆に小麦粉をまぶして醗酵させているわけですね。塩辛くて酒のアテか茶受けにはいいですよ。

>静岡県三ヶ日町の大福寺にも同様のものが残っているらしいですね。

もともとはここが発祥の地らしいです。浜納豆というのは浜松納豆をちぢめたのだとか。私、大福寺を大徳寺と誤記してましたね。もちろん静岡は大福寺で、京都は大徳寺です。
>関西では和菓子の甘納豆が浜納豆のゴロあわせで、子供の頃からあって、納豆といえばソレを指していたんですが。中学生の修学旅行で旅館の宿で初めて本物を見た時はカルチャーショックでした。
>誰一人知らなくて、東京から来た転校生が説明してくれて知ったのですが、数名しか箸をつけなかった。
>それにしても納豆の食文化が九州南部と関東以北で好んで食べられたという事実は不思議ですね。なぜ関西や四国で広まらなかったんだろう?
>魯山人の納豆茶漬けは、アレを旨いと感じる味覚のセンスそのものが、私には到底理解できず、美食家だと思ったこともありません(笑)

バッカだなー、美食家というのは下手物食いと紙ひとえじゃないですか。出直していらっしゃい! ははは。
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(Oct 27, 2008 05:37:53 PM)

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