PR
Freepage List
私が描いた表紙絵は、ワイン樽の上に数本のワイン・ボトルとグラスを配している(下に画像を掲載)。よくみるとラベルが読み取れるだろう。シャンベルタンもあり、ボトルにはワインが入っている。じつは 1 本が 10 万円以上する本物である。ワイン輸入業者に協力してもらい実物を貸してもらった。かたわらのワイングラスは口径 15cm もあるが、これもこの業者が苦心を重ねて特別につくった大きなブルゴーニュ・ワイン用を借りた。
---- どうしてこれが贅沢なのか。どうせ返すものではないか、とお思いになられるかもしれない。
私は仕事場にセットを組んでこれらのワインやグラスをならべ、照明をあてて描いた。お察しのとおり、こんなことをやっては、絵が完成するまでに繊細なワインは変質してしまう。変質とまでゆかなくとも、一旦眠りを醒ましてしまったからには少なくとも売り物にはならない。輸入業者はもちろんそれを承知で、厭な顔ひとつせずに絵の主旨に見合うワインを用意してくれたのだった。あまつさえ、「絵が完成しましたらそれを祝ってどうぞこのワインを開けてお飲みになってください」というのである。この輸入業者はワイン業界では有名であったから、 ---- なにしろ「協力者として本にお名前をいれさせてもらいます」と申し出たら、「そんなことをしていただかなくとも結構です。絵のなかのワインを見れば、どこの誰が輸入しているかは分りますから」というのだった。そういう業者なのでプライドもあっただろう。売り物にはならないが、家庭で飲むぶんには問題がない。
私も随分心臓が強い。この仕事を引き受けたときから、ワインを良く知っている人に一目でバレるようなごまかしはやりたくないと思ったのであった。
しかし贅沢はこれで済まなかった。絵が完成したので、ワインはありがたく頂戴したが、グラスは返さなければならない。注意深く持参すると、直営のワイン・バーに案内された。そうしてとんでもない酒盛りが始まったのだ。これを飲んでくれ、あれも飲んでくれ、こっちも試してみましょう。次から次ぎとボトルが開けられ、この夜、私はどれほど飲んだことか。素晴らしい芳香のなかですっかり良いコンコロモチになってしまった。
お礼を述べて店を出、誰の姿も見えなくなったとたんに足がふらふらとよろめいた。 〉
・・・この装画のなかのタストヴァン(ワイン利き酒用銀盃)は、山本博氏からお借りした物である。また本物の小さなワイン栓抜きが栞として取り付けられているめずらしい洋書をプレゼントして下さった。出版後のある日、フランスからシュバリエ・ド・タストヴァン(ブルゴーニュワイン利き酒騎士団)が来日し、日本の某氏の騎士叙任式があった。某宮妃もご臨席になられ、
伝統的な正装の騎士団長がサーブル(戦闘用剣)で一刀のもとにシャンパン・ボトルの口を切り落として開けるという儀式に、私も招いて下さった。
山本氏の訃報に接し、さまざまなことを思い出した。謹んでご冥福をお祈りいたします。
H.W. ヨクスオール著『ワインの王様』
山本博 訳 早川書房 1983年刊
『ワインの王様』原画 キャンヴァスに油彩
すべて実物を私の仕事場にセッティングした
制作期間:1983年6月20日〜7月3日
ボイルドエッグ社長の村上達朗氏が逝去 Oct 23, 2024
撮影現場の思い出で細江英公追悼 Oct 1, 2024
宇能鴻一郎氏追悼 Sep 10, 2024
Comments