2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全21件 (21件中 1-21件目)
1

風邪をひいた。昨日から、鼻水と、くしゃみが出ていた。花粉症かなと、思っていたが、とうとう今日になって咳と頭痛がしてきた。それでも、「気のせいさ」と思いつつ、午前中はPCに向かっていたが、ぞくぞくしてきた。熱を測ると、37℃2分。少し焦ってきた。これはやっぱり本物の風邪?実感すると少しくらくらして来た。長男が今日はテストで早く帰って来たので、昼ご飯を作り、しかたなく病院へ行く。診断はやっぱり風邪。「先生、家には三人の子供がいます。私が寝込む訳にはいかないんです。きっつい薬をたっぷり頂いて、シャッキリ動けるようにして下さい。!!」あきれ返ったように、そして少し気の毒そうに女医さんはハイわかりました。お疲れのようですね。と、4種類の薬を出してくれた。でも、実はこの風邪の原因は、子供ではない。旦那には口が裂けても言えないが、私の「PCはまり病」からくるものだ。このHPを作ってから、皆さんとお話するのが楽しくて、楽しくて、毎晩1時頃までやっていたから、すっかり免疫機構が弱ってしまったのだろう。病院からの帰り、今日はHPは今日はおやすみにしよう。皆さんにはお詫びをして、題名は「本日休業」だ。そう、心に決めて帰ってきたが・・・・。あーやっぱり止められな~~い。PCに向かえるうちは、まだまだ大丈夫って事ね。へへへへへっ。(旦那には内緒)(しかし、今晩は早く寝ます。お返事遅くなったらすみませ―ん。)
2002年01月31日
コメント(12)

今日は誰の誕生日か。ハハッ、それは何を隠そうこの私の○○回目の誕生日である。言いたくないし、忘れたかったのだけど、何故か今書いている。ついこの間まで、高校生だったのに、気が付くと、三児の母になっていて、鏡を見ると、そこには生活に疲れた、ただのおばさんが写っている。人生これまでを振り返ってみても、まあ、取りたてて不幸な事も無かったし、悲劇的な事もなく、平平凡凡に生きてきた。特別貧乏でも無し、大金持ちでもなく。でも、最近私にはある事を考えると、底知れない不安と絶望感に襲われることがある。それは、「老いる」という事。老いるなんて、今まで全然考えた事もなかった。子供が出来たので、仕方がなく自分のことは「おばちゃん」って言っているけど本当は万年お姉ちゃんのつもりでいるのだ。しかし、体の変化は私の気持を容赦なく現実に引き戻す。白髪が増えてきた。頬のラインが下がってきた。お肌も透き通るような透明感も、無くなっている。なにより、生理も狂いがち。歳をとり、皺という年輪を顔や体に刻みつつ「あー歳をとることもいいものだ」と、達観出来るまでには悟ることが出来ない。歳はとりたくない、若いままがいい。綺麗でいたい。そう思うから、逃れられない時間との間で、悶えているのだ。でも、潔く老いを認める事はやっぱりどうしてもできない。だれになんと言われようと、若さを追求していこう。人間おしゃれ心を失ったら終わり。綺麗にして、美容院にも行って心も体も磨いて、輝こう。「ばあちゃん、派手やな」30年後に孫に言ってもらえるように頑張って行こう。○○歳の抱負でした。
2002年01月30日
コメント(10)

オフ会をした。場所は浜松。メンバーはえくてさん、ayudesさん、あゆちゃんひろばさん、忠犬さん、お蝶夫人さん。皆さんは日頃から、BBSでやり取りをしていたお友達。忠犬さんとえくてさんがオフ会のお話をしているところをBBSで聞きつけて、お仲間に入れてもらったのだ。旦那からは結構あっさりとOKが出た。よーしと交通費を調べてビックリした。えっ?!こんなにするの??というくらい高い。近所の友人にも「浜松って、名古屋の向うだよ、ホントに行くの?」と、言われる始末。でも、でも、皆に会いたい。幸いお正月に実家の母からもらったお年玉があった。(へへ、今年は帰省をしなかったので送ってくれた。)それを握り締めて出発した。新幹線に乗って浜松に近づくにつれてドキドキドキ。あまりの緊張で頭がくらくらしてきた。待ち合わせの場所につくと、ニコニコ笑って出迎えてくれる女性がふたり。えくてさんのたっ君を抱いている。お蝶夫人さんと、あゆちゃんひろばさんだった。お蝶夫人さんは、アニメのお蝶夫人を想像していたので、巻き毛のロン毛で、毛皮のコートの予想を180度ひっくり返し、若く爽やかで笑顔の可愛い若奥様だった(独身に見える)。あゆちゃんひろばさんは、ニコニコ笑顔の暖かい、初対面の緊張をほぐしてくれる、ムードメーカーのお方。お二人に連れられて、駅を出ると、ayudesさんがいらっしゃった。ayudesさんがこれまた、明るいパワフルな元気一杯で知的なお方。続いてえくてさん、えくてさんは思っていたより、小柄でキュート(私がでかすぎる)で、前評判通りの女神さま。最後に忠犬さんがキイポッポちゃんをつれて登場。忠犬さんがまた、写真以上の美人。鈴木蘭蘭似の美女。キィポッポちゃんもおとなしくて、いい子、この子がトイレにスリッパ投げ入れているなんて!!と、思うほどである。紅茶専門店でおしゃべりして、お昼は浜松名物の鰻。その後は駅前のファミレスでお茶をした。初めて会ったとは、思えず、ずうっと前から知っていたような、同窓会でも、しているような不思議な感覚。誰かが話し始めた話題に、皆がすうっと入っていける、不思議さ。こんな集まり始めて。今までの人との出会いは、まずお顔を拝見して、話が始まり、お互いの人となりを確認する。しかし、今回の出会いはまったく逆。よく、好みじゃない顔とか、第一印象は大事なんて、自分でも言っていたような気がするが、そんなものは全然次元の違うところに私達はいた。最近、よくネットで出会った人とのトラブルで新聞沙汰になる事も多いが、今回のこんな出会いができた、PCのHPに感謝。慎重にしなければならないこともあるけど、私達の今回の集まりは縁と言うものの、不思議さと、ありがたさを心より感じた1日だった。楽しい時はあっという間に過ぎ去ってしまった。今度は大阪でオフ会しようねと約束して、私達はまたPCの人に戻っていった。それぞれの思いを胸に。 12時間限定で許してね。
2002年01月28日
コメント(13)

今日1月26日は長女の誕生日。いまから4年前に生まれた。抜けるような青空の天気の、すごく寒い日の朝10時半だった。体重3662グラムのジャンボな女の子。女の子が欲しくてたまらなかった私には、生涯で1番の喜びの日だった。それから月日は流れ。大きな病気もなく、お兄ちゃん二人に囲まれすくすくと育ってくれている。お料理が好きで、にんじんの皮むきは絶対に自分の仕事だと決めている。幼稚園も好き、スイミングも好き、お友達と遊ぶ事になにより喜びを感じ、生き生きとしている。今はおっぱいに憧れ、「どうしたらお母さんのおっぱいが大きくなったの?」と、質問し、毎晩お風呂上りには両手でぺちゃんこの自分の胸を、一生懸命に引っ張って伸ばしている。私は笑いをこらえるのに必死になる。グータラ長男にチンチン触り次男、おっぱいひっぱり長女。 いつも忙しなくて、バタバタとしているタシケオ家、なかなかの役者揃いで、満足している。来年はもう少し、落着いた誕生日を迎えたいものだ。 写真公表はいつもいらしてくださっているお友達に見ていただけたようなので、終了させて頂きます。長い間出していると恥ずかしいからね。ありがとうございました。
2002年01月26日
コメント(13)

誰が誰のチンチンを触ったのか。私ではない。次男の話である。(小1、7歳)今日、学校の2時間目が終わった休み時間の事、先生に「タシケオ次男君、ちょっと来なさい」と、言われて行くと、「タシケオ次男君はいつもズボンに手を入れておチンチン触っているけど、おチンチンを触るのは、お風呂とトイレの時にしなさい」と、言われたそうだ。私はこの話を聞いて、うわっやっぱり学校でも触っていたかと、ギョッとした。最近何故か次男はチンチン好き。家でも、手がズボンの中に入っていた。「なんで触っているの?」と聞いたところ、「だってチンチン触ると気持いいんだもん。チンチン君プルプルして可愛いし」と言う。この感覚は、母親でも理解しがたかったが、あまりにも明朗で、あっけらかんとして、罪悪感など微塵もない次男に、こちらが変に過敏になるのもおかしいかと思い、ほっておいたのだ。それが今日の結果につながってしまった。さすがに先生に言われたのは恥ずかしかったらしく、お父さんには言わないでね、と言っていた。もっと早く私が注意して止めさせておけばよかったなと、反省すると共に、やっぱりわからん、男の世界!!! 追伸 よく聞いてみたら、触っているのは、○ん玉らしい。 チンチンじゃないと言っていました。 う~~んますますわからん?!?!
2002年01月25日
コメント(16)

昨日、幼稚園から帰ってきた長女が「今日、幼稚園のトイレでウンチをしたら紙が無くて、泣いちゃったの。いっぱい泣いていたら、みんなが沢山来たの」と、言い出した。パンツを見たら少しだけ、ウンチが付いている。で、どうなったの?と、聞くがあとは要領をえなくて、よくわからない。今朝、事の顛末を教えて頂きたくて、お便り帖に書いておいた。夕方長女が帰ってきてすぐに、幼稚園の先生から電話がかかってきた。先生が申し訳なさそうに、お詫びをしてくださった。「ウンチ紙なし」事件の事は知らなかったそうだ。先生もビックリして、長女やお友達に聞いた所、紙がなくて大泣きしていた長女に、同じタンポポ組の、いつも仲良く遊んでいる女の子が、他の個室からペーパーを取ってきて長女に手渡してくれたそうだ。それでなんとか、拭けた長女は落着いて教室に戻ったため、先生は気が付かなかった。と言う事らしい。先生はみんなに、これからは何か困った事があって、泣いているお友達がいたら、先生に教えに来てね。と、指導してくださったそうだ。しかし、先生はとっさの友情にも喜んでいらっしゃった。私もまったく同感である。入園して早いもので10ヶ月。初めは頼りないと心配していたが、先生に頼らずとも、自分たちで解決出来ることは、ちゃんと協力しあって、出来るようになっていたのだ。いつまでも親は子供に付いてはいられない。気持としてはいつまでもくっついて、世話をしてやりたい。でも、1番大切なのは、色々なトラブルにあっても自分の力で乗り越えて行く力をつけてやること。今回の事は、長女にとっても、また一つ成長できるいい事件だった。泣き声に心配して見に来てくれたお友達たちありがとう。ペーパーをとってくれたお友達、本当にありがとう。1月26日で4歳になる、おしゃまな長女のちょっとした事件であった。
2002年01月22日
コメント(12)

昨日は、旦那が新年会に行った。せっかくの日曜日なのに、外は北風が吹いていた。どこにも行く予定がなかったので、レンタルビデオを借りてきた。その名は「クレヨンしんちゃん」。喜んで見入る次男と長女。夢中だ。何が面白いのか「ゲラゲラゲラゲラ」大笑い。自分達も同じ仕草の真似をしてまた、大笑い。横に居る私に、「しんちゃんがこんなん(こんな事)した」と言ってはまた、ゲラゲラ笑う。飽きもせず、何度も見ていた。大人が見ても、面白いと思う所もあるが、こんなに夢中になるほどではない。むしろ、私はしんちゃんより、笑って興奮している子供達を見て、笑ってしまった。次の日、近所の友達まで連れてきて見せている。またもや、みんなでゲラゲラゲラゲラ馬鹿笑い。これだけ見て、これだけ笑って、元以上だわ。
2002年01月21日
コメント(10)
長男が「お母さん、日曜日に去年も行った次世代ゲームフェアに行ってもいい?」と、言ってきた。「次世代ゲームフェア」とは、ゲームボーイとかアドバンスなど、ゲームの新商品紹介イベントのようなもので、大阪ドームで開催される、結構大きなイベントらしい。去年長男はそれに初めて友達同士だけで出かけた。当時小学校6年だったので、親としても電車を乗り継いで、子供だけで出かける事をずいぶん危惧したが、結局何事も無く、本人達は1日堪能して帰ってきた。今回また、それに行きたいと言う。まあ、二度目だし、あれ以来長男は友達と一緒に電車で梅田などに出かけて、だいぶ自信をつけたらしい。「いいけど何時に出発するの?」「4時50分、だから、4時半には起こして。」え~~~なんで4時なのだ。よく聞いてみると、開場は9時なのだが、先着順にプレゼントがもらえるらしい。それで、なるべく早く着いて、並ぶつもりらしい。そんな事言われたって、日曜日のお寝坊を、心より楽しみにしているタシケオ、4時半起床なんてガア~~~ン!!だ。目覚まし時計貸してあげるから勝手に起きて出て行って。そんなの無理だ起こして。そんな問答を繰り返し、今朝は結局旦那が起こした。私も目覚めて見送ったが、布団に戻ってもとても寝つけない。だって、5時になっても外は真っ暗なのだ。無事に待ち合わせ場所で友達と会えただろうか。布団にもぐっていると、遠くの方から「ピーポーピーポー」救急車の音が聞こえてくる。ますます私の心臓はバクバクしてくる。その時、玄関が開いた。ビックリして出て行くと、友達がトイレに行きたいと言うので戻ったとの事。気を付けて行くのよ。車に気をつけて。この言葉を、何回、何十回長男に言った事だろう。自転車で出かけていく長男の背中に言う。返事が無くても言う。そして祈る。何事も無く無事に帰宅しますようにと。この先私はどれくらい、彼の事を心配して、祈りつづけるのだろう。嫌だ嫌だ。赤ちゃんの時が1番良かった。手を伸ばせばそこに居た。かんしゃくを起こして泣き叫んでも、夜泣きで3時間泣かれても、赤ちゃんだった方が、今の心配に比べれば気楽だった。子供の親になって初めてわかった、親の心。私もこんな風に心配かけてきたのだろうか。ありがたい。親心。(自我自賛!!嘘です。)*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~夕方6時に長男帰ってきました。ゲームした景品や、くじ引きして当たったものを沢山抱えて大喜び。ニコニコして家に入って来ました。やっぱり、心配御無用だったのかしら・・・・。
2002年01月20日
コメント(9)
「ねえ、あと何分で終わる?」「あと、どのくらい?」私がPCに向かうと、途端に言い出す、我が夫。それも、旦那がずっとネットをしていて、やっと私に代わった途端言い出すのだ。我が家には3年前に購入したデスクトップが1台あるのみ。半年前からプロバイダーをケーブルテレビに変えた途端、お互いPCにはまり出した。夜はマジでPCの取り合いの喧嘩。私は、HPの日記や皆さんへお返事が書きたくて、うずうずしている。急いで家事を済ませてPCへ。しかし、時遅くPCは旦那が占領し、なかなか変わってくれない。仕方が無いので、旦那の背中に立ち「かぁ~わって!!」と、可愛く言ってみる。旦那は、まだ洗濯物をたたんでいないぞとか、お皿は片付けたのかと、いやらしい事を言い、替わってくれない。とうとう怒り爆発して、変わってもらった途端、冒頭のセリフが出てくるのだ。あ~いつまで続くPC争奪戦。PCをもう一台購入すれば、解決するのだろうが、なかなか予算の都合がつかない。タシケオの日記に訪問してくださる方々、タシケオがここに現れない時は、旦那とバトル中と思ってくださいませ。あ~~恥ずかしい。
2002年01月19日
コメント(5)
7年前の朝の事だった。当時長男が幼稚園年長組、次男は生後四ヶ月だった。この年は、インフルエンザが流行し、我が家の子供達もちょうどかかっており、高熱が続き、私は地震の2時間前くらいまで起きて子供達の看病をしていた。子供達も落着き、やっと寝入ったところだった。ゴーっと言う音と共に、ものすごい揺れで飛び起きた。同じ部屋で寝ていた夫も同時に起きあがっていたが、しばし声も出ず、何が起きたのかもわからず、ただお互い見詰め合っていた。「これっていったい何?」「地震?」熟睡して寝ぼけていたのもあるが、なんとも形容しがたい揺れ方。一瞬何が起きたのかわからなかった。これが大地震だと、気付までに2、3秒はかかったと思う。それくらい、かつて経験した事のない揺れ。まるで、飛行機がぶつかってきたような、大きなゴジラがマンションをつぶそうと思ってユサユサ揺らしているような。夫は急いで立ちあがり、たんすを押さえるだけで精一杯。私は、まずテレビをつけ、玄関のドアを開けに行った。外は少しだけ明るくなり始めていたが、外の風景がこれほど揺れるか、と思うほど動いていた。幸いここは大阪の東部にあたり、震度5弱との事だったが、我がマンションの上層階では、全部食器は割れ、電子レンジは転がり落ち、ピアノが動いたとの事だった。我が家は2階のため、ほとんど被害はなかった。当日からずっとラジオでは、行方不明、死亡者などの名前を言っていた。子供、若者、痛々しくて聞いていられなかった。夫は、灘区や西宮に友人がいたため、連絡をとっていたがなかなか通じず、心配していた。(後に無事が判明)あれから7年が過ぎた。現在西日本は地震の活動期に入ったという。地震の後は家具の倒れないように突っ張り棒をするなど、色々備えをしていたが、最近はまた薄れがち。備えあれば憂いなし。少しでも被害を少なくするため、日頃から気を付けようと震災7年の区切りに思った。
2002年01月18日
コメント(7)
昨日の腹痛はお医者さまによると、風邪からくる胃腸炎との事。熱も少しあったので、点滴をしてもらって帰ってきた。早く就寝した事もあって、今日からはまた復活。薬のおかげか、生来丈夫な体のせいか、目立った症状はなくなった。BBSで書きこみしてくださった方々、本当にありがとうこざいました。ありがたかったです。感謝感謝です。辛い時の優しいお言葉、心に染み渡りました。ありがとうございました。*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*しかし、病気になって思うのは、主婦は本当におちおち病気もしていられない、という事だ。旦那や子供達は風邪だ、病気だとなった暁には、布団を敷いてもらい、氷枕をあててもらい、大丈夫かとあれやこれや世話をしてもらい、「ゆっくり休んでね」なんて言ってもらえる。しかし、ワタシら主婦が病気になったって、誰も変わりをしてくれる人などおらず、悪魔の子供達は容赦なく「お腹すいた」「遊んで」などと、のたまう。仕方がなく、しんどいのは「気のせい」と、自分に言い聞かせ、掃除をし、ご飯を作り、子供の世話をする。そんな事をしているうち、悲しいかな主婦は、自分の状況に体も順応してくるのか、なんとかごまかしつつ、治ってくる。と言うのが、いつものパターンだ。(実家は遠いので頼れない)3年前の夏、腸炎ビブリオで救急車で運ばれ入院した時も(すごかったです―。一晩で5キロ体重が減った。)病院側は3日は入院して欲しいと言うのを1日で退院した。この時は100%母乳の長女が生後6ヶ月だったと言う理由もあるが、すべてこのような状況。働いている方々より、ハードではないが、主婦の仕事はダラダラと、延えんにつづく。しかも、普段の生活との切り換えがまったくないため、気の休まる暇がないのだ。たった、3日でいいから、おやすみが欲しい。主婦じゃなく、妻でもなく、母でもないワタシに。ワタシだけの私に。無理だな・・・・。今の状況では・・・。こう言ういい方、多いけど、「いつかゆっくりするぞーーーー!!」もう、14年間この調子・・・・。
2002年01月17日
コメント(8)
今日の11時ごろからお腹が痛かった。気のせい、気のせいと言い聞かせ、家事をしていたが、全然治まらない。夕方、とうとうピーにもなってきた。途端急に体に力が入らなくなっちゃった。なんとか、夕食のしたくだけしたから、これから病院行って来ます。BBSに書いてくださった方々、ごめんなさい。喧嘩の励ましありがとう。また頑張ります。と言う事で、今晩はお返事書けそうもないです。明日の朝まで、留守にします。すみませ~~ん。
2002年01月16日
コメント(5)
夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、それは何故か。それは、犬もバカにするほど低レベルの喧嘩だからだ。昨晩、旦那と喧嘩をした。原因は、一つではなく色々複雑に絡み合って、しかし、人様にはあまりにも、くだらなく恥ずかしいので、割愛させて頂くが、私は今でも怒っているので、100%悪くないと思っている。今日1日色々考えた。ayudesさんのように、プチッ家出をしようか。どこへ行こう。温泉だ。九州もいいぞ。雪を見に金沢もいい。それとも、大阪最高級のリッツカールトンホテルに泊まって、買い物三昧もいい。しょぼいが新幹線に飛び乗って、実家へ帰るもいい。私が家出をしたら、旦那はどんな顔をするだろう。子供を3人抱えて、涙を流せばいいのだ。夢や妄想はどんどん膨らみ、旦那が困り果てる姿を想像しただけで、ウハウハしてきた。しかし、所詮、しがない主婦は、思いきりも、センチメンタルジャーニーをする資金もなく、想像のなかで、旦那を泣かせ、困らせそれで仇を取ったつもりで終わるのだ。あーーーーくやし~~~。いつか、子供達が育った暁には、絶対に家出してやる。そんな思いで私は1日過ごしていたのに、旦那は夜、何故かな~んにもなかったような顔で、ヘラヘラ帰ってきた。変な奴!!あ~~やっぱり許るせん。
2002年01月15日
コメント(10)
長男が生まれた頃、育児初心者バリバリの私はただ泣くばかりの赤ちゃんを目の前に、どうしてよいかわからず毎日、おろおろするばかりだった。せめて、何をして欲しいのか喋ってくれさえすればいいのに・・。それが新米ママの唯一の悩みだった。しかし、経験とは恐ろしいもので二人目三人目ともなると、なんの事はない、「ウンギャ・…」そーか、お腹空いたか、今あげるよ。「フニャ・・…」ねむいか、そんなら寝ようかー。「オンギャァ…」抱っこか、ちょっと、まってて。「ウニャァー…。」ウンチが出たのね、オムツを替えよう。ってなもんで、大概はわかるようになり、赤ちゃんが喋れないと言う事に不自由を感じなくなり、むしろ、喋らない方が、色々な要求にごまかしがきいていいぞ、なんて思うようになる。しかし、時はあっという間に過ぎて、赤ちゃんはご多分に漏れず、幼児になり、子供になっていく。昨日も実家の母相手に長女が流暢な?大阪弁で長電話。「おばばちゃん、それでなぁ~○○○してんやん。でなぁ~○○○してん。でなぁ~・・・・」と、延々に続く。おいおい長距離電話だぞと、思いつつ電話の向うの母も、笑い転げている。そんな会話を聞きながら、少し前の懐かしい次男と長女のおもしろ言葉を思い出す。少しお披露目。次男 ヘリコプター・・・エベコッタ 違う・・・・・・・チワウ ひらかたパーク・・ヒラパパパーク 髪の毛・・・・・・カニノケ タンポポ・・・・・タンポコ長女 頑張る・・・・・・バンガル クリスマス・・・・クリババス お友達・・・・・・オトラマチ 晩御飯・・・・・・バンホカン かまぼこ・・・・・カワモコ子供の成長を喜びつつ、少し淋しい思いもするのも確かである。あの頃の赤ちゃんに会いたいと、思う今日この頃である。
2002年01月14日
コメント(9)
昨年暮れも押し詰まった12月30日の実家での母の話。何気ない、普通のいつも通りの朝の10時ごろ。母は、トイレに行った。ゆっくり用を足しているときにその事件は起きた。「ヴォ~~グォ~~」人間のうめき声のような、搾り出すような声が母の耳に入ってきた。エッ?誰の声だろう、痛そうな苦しそうな男の人のようだ。それもずいぶん近くに聞こえる。母は、用事もそこそこにトイレから飛び出して、我が目を疑った。玄関の中に見知らぬ男が、体から血を流し横たわっているではないか!!父がビックリして男に声をかけていた。「救急車呼んでやるからしっかりしろ」程なく救急車がやってきた。救急隊員が男を救急車に乗せようとするとその男、「ドアを開けないでくれ」救急隊員もビックリして、「ドアを開けないと病院へ行けないだろう」という。男は怯えたように「知り合いが来るから」と、かたくなに外へ出ようとしない。「そんな事を行ってもここはよその家ですよ」「わかっている」そんな、問答を繰り返し男は、搬送用の布に包まれ運ばれて行った。背中には一面に鮮やかな刺青。隣の人の目撃談によると、その男は道の向うから、フラフラ変な格好で歩いてきて、初めは隣の家に入ろうといたらしい。しかし、鍵がかかっていて入れなかったため(ドアは血だらけ)、実家に入ったらしい。まるで、映画みたい。やくざの男が仲間に追われて民家に逃げ込む。でも、本当にやってくれなくていいのに・・・。こっわ~~。それ以来、警察も消防も何も言ってはこないそうだ。本当のところはいったいなんだったのだろう・・・。でも、家の鍵はかけておくべきだ。
2002年01月11日
コメント(13)
今日の夕方のニュースで民放全局が取り上げていたニュース。「マイカルグループ、8割引セール!!大人気!!」私はおとといのネットニュースで知った。我が家からはサティは最寄駅の隣の駅前にある。したがって、自転車を必死にこいで25分くらいかかるのだ。それでも、行こうと決めていた。友人も誘って。しかし、待てよ得意の下調べだと、サティに電話をして聞いてみた。Q「明日のバーゲン全品8割引きですか?」A「いいえ、店内3ヶ所に特設売り場を設けてそこのワゴン内だけです。」え~~、ワゴンだけ?では、いったい何が8割引きなんだろう。どうしようどうしよう。友人は、「寒いで~」「遠いで~」「たいしたもんないで~」結局朝の厳寒に負けて、私は行くのを止めてしまった。混んでいてきっといいものないよと、自分に言い聞かせて。しかし!!!!結果は夕方のニュースを見ての通りだ。あ゛~~~~やっぱり行けばよかった。ニュースを見ては身悶え、悔しがる私を見て、長女が不思議がる。「お母さん、なんでおこっているの?」怒っているわけじゃないんだよ。後悔しているんだよ。長女はよくわからない様子。まあね、得に今は入用なものはないのだ。いくら8割引でも、使えばお金はなくなる。でも、でも。あ~~テレビ!!!ニュースに出すなー。諦めきれないタシケオである。
2002年01月09日
コメント(7)
冬休みもやっと終わり、今日からやっと昼間は一人になれた。誰に邪魔される事はない、あ~~清々しい空気。掃除をしよう、洗濯をしよう、台所もピカピカに磨いて!!確かに朝の始まりはそう思ったのだ。嘘ではない。心に誓ったのだ。しかし・・・・・。9時15分に幼稚園に送り出した後のわたしは・・・。PCにかぶりついていたぁ~~~~!!!!駄目な私、グータラな私、息子の事なんて言えやしない。皆さんのHPを徘徊しつつ、あ~あと10分だけ、あと後5分だけと、自分に言い聞かせるが、無情にも時は過ぎて行く。しかし、我に返って部屋を見渡せばーーーーー。テーブルには、朝食のお皿が、床には子供達のパジャマが、隣の部屋には布団が引きっぱなし。やり始めれば1時間くらいで全部終わるのに、それが出来ない。11時頃になって、あわててとりかかる。恐るべしHP。されどHP。明日こそ、掃除をしてからPCに電源をいれるぞ!!ホントだぞ。誓うぞ。たぶん・・・・・。追伸・・・お騒がせしました息子の、宿題は無事に塾で全部終わりました。夕方の6時ごろには終わったそうで、ホッと一安心。昨夜は、ゆっくり眠る事が出来ました。こんな心配いつまで続くやら。トホホホホ。「この親ありてこの子あり」失礼しました。┓(´_`)┏
2002年01月08日
コメント(8)
お正月気分もそろそろ抜けてきた、昨晩の話。今回の長男は、年末から地獄の合宿に行き、頑張って勉強をしたと、少しは感心していた。あさってから、学校が始まる。もちろん宿題も終わり、万全だと思ってた。しかし!!なっなんと!!少し覗いた、息子の宿題のノートをみて、目を疑った。なんでこんなに残っているのぉ~~~~~~~!!のんびりもここまで来ると、表彰もの。しかし、感心してはいられない。旦那とふたりで、音楽など下調べの出来るものはPCで探す。12時までかかって、音楽は終わった。でも、とてもじゃないけど、明日1日で終わる量ではない。私は、心臓がドキドキしてきた。(先生に怒られるのを想像して)そーだ、奥の手があったのだ。次の日の朝、塾へ電話をした。優しい声で塾の先生は「合宿以来、勉強頑張っていらっしゃいますよー」と、おっしゃる。「どーこがさ。」と、今にも口から出そうなのを押さえつつ、宿題が終わっていない事を伝えると、塾へしに来なさいと、おっしゃってくれた。昼と夜の2食分のお弁当を持たせ、10時に出発させた。家にいると、弟妹もいて、なかなかはかどらないから、よかった。塾は夜の10時まで開いているそうだから、いつ帰ってくるだろう。旦那は、布団も持っていって出来るまで帰ってくるなと、言っていた。変わっていない・・・、地獄の特訓で少しは変わるかと思ったけど、全然。費用を出してもらったおじいちゃん達には、とても言えない・・。
2002年01月07日
コメント(7)
今年の戦いの結果をお知らせしましょう。今年は、年末から風邪を引きシャッキリしなかった私は、デパートには行っていない。とにかく、大阪のデパート福袋戦は凄まじいので恐ろしく、よっぱど体調を整えて、気合いを入れていかないと、気迫で負けてしまうのだ。で、近所にある大阪市内でも結構有名なアウトレットのお店の初売りに行った。2日の朝の大阪地方は、寒波の影響でめずらしく雪がちらほら。しかし、人々の熱気はなんのその。みんな頭から湯気を出し、まだか、まだかと列をなす。10時の開店と同時に、なだれ込む。走る。走る。大人も子供も、お目当てのお店に一目散。とりあえず私は娘の洋服をゲットしに、MIKIHOUSEへ行く。ところが今回は事前の下見をしなかったため、新しく出来たMIKIHOUSEのお店が見つからない。何処だ何処だ。5階をウロウロ。吹き抜けから下を見ると、あーっ!!3階だー。一気に駆け下りる。息も絶え絶えに、飛び込むと、すでに120サイズの女の子用は最後のひとつ。また、開店5分なのに・・・。とりあえずゲット。手分けをして、別れていた旦那がNIKEの福袋をゲットして合流する。その後、長男のリーバイスのズボンの福袋と、私の化粧品の福袋、リーボックの靴の福袋を買って、帰宅する。あ~~~疲れた。中身のご報告ナイキ(LL)・・・ジャンバー、ゴルフボールセット、半ズボン、半袖ポロ、ズボン1万円(夫の分)ゴルフをしない夫はガックリ。旦那曰く「もう来年は絶対に買わない」だそうだ。NIKEと、書いたTシャツ1枚くらい入れてくれてもいいのに。全部ゴルフ用品 ミキハウス・・・スカート、トレーナー、ポロ、ベスト、長袖カットソー 計5点1万円(長女の分)ピンクで可愛くてまあまあ。かな?リーボック・・・・スニーカー2足、かかと着きサンダル1足5千円(夫の分) サイズが合えば5000円で3足なので、結構お買い得。これで1年間靴はいらないだろう?!!リーバイス・…ジーパン2本、キャンバス地のズタ袋、お財布4000円(長男の分) 安い化粧品屋さん・・・・マスカラ、すっごくでかい除光液、髪癖治し、顔サウナマスクパック、全身保湿クリーム、ブリーチ剤1000円 こんな感じ。今年のタシケオ家の運勢は・・・・。旦那が少し、ハズレと言う事だろうか・・・。福袋で今年の一年を占うタシケオ一家である。
2002年01月04日
コメント(6)
実を言うと、私は自称福袋研究家である。福袋歴10数年。お正月の初売りに命をかける。色々な、お店で福袋が売り出されるが、私の目指す福袋は、開店半日も経ってもまだ、残っているようなものは絶対に買わない。質のいい福袋は、皆知っているので、そのお店の開店と同時になくなるようなものを目指すのである。私が、よく行ったのは高島屋デパート、そごうデパートなど。今まで買ったものは、もちろん子供服、その他靴、バック、宝飾品、雑貨、化粧品、お菓子、お茶、お酒など。その中で勝利!!!と感じたのは、べべの福袋、などデパートで買うブランド子供服である。しかし、ブランドの子ども服は、数が少ない上に、ライバル達が同じ位の年齢で、子供にかける執念のもと、ものすごいパワーでやってくるので大変な戦いになるのだ。前もっての下見、店員さんとのリサーチには、手を抜かない。当日の服装は、ズボン、薄めの上着、靴はスニーカー。バックはリックまたは、斜めがけ。並ぶ、走る、蹴散らすの三原則にしたがって、売り場に一番早く、たどり着ける入り口に、並ぶ。デパートなどの場合、正面玄関から入ると案外混雑していて入るのに時間がかかることが多い。立体駐車場がある場合、売り場の階の入り口から入れば、エレベーターに乗らずに済む。運悪くエスカレーターに乗らなければならなくなった時は、走る。かけ上がるのだ。これは他のお客さんに迷惑になるので、なるべく避けたほうが良い。それと大切なのは、色々欲しいのはわかるが、とにかく一番欲しいもの、それに一目散、走る事だ。どうしても、他の種類が欲しい時は、何人かの友人と手分けするのもいい。そして、福袋を選ぶコツは、やはり袋の大きいもの。袋の膨らんでいるものが、やはり沢山入っている。異常に重たいものは、雑貨の場合は、瓶ややたらと分厚いお皿などが、入っていたりするので、避けた方がよい。袋を破くのはよくないが、少しの隙間があるならば、目を凝らして覗いて見る。色合いくらいは見えるものもある。袋の上からも神経を研ぎ澄まして、触ってみる、押してみる。してはいけない事以外は、みんなしてみるのだ。私は何年か前、大阪の某デパートで、あまりのすごいママ軍団たちに、押されて突き飛ばされて、ワゴンの下に倒れこみ、抱えていた福袋を、むしり取られた苦く恐ろしい経験を持つ。たかが福袋、されど福袋、年の初めの試しとて。皆様にどうぞ幸多かれと、願う。追伸・・・長男が地獄の合宿から帰ってきた。母の心配をよそに枕投げ楽しかった~。と一言。そんなに嫌ではなかったらしい。心配して損したな。
2002年01月02日
コメント(6)
2002年が無事に明けた。暮れにひいた風邪も、気力で無理やり治ったことにして、頑張った、おせち作り。独身時代は作っていたが、結婚してからと言うもの、育児子育てという大義名分のもと、さぼりまくっていたのだ。今回、仲良しの友人と協力し合って作ってみた。理由は、季節感と日本文化の薄くなった生活に、子供達がこれで当たり前だと思って欲しくなかった為。案の定、私が作っている側から珍しいらしく、子供達が寄ってきては、色々と質問をして来た。大人になって、お袋の味は「ローソンのお弁当」!!なんて言われないように、これからも少しずつ頑張っていこう。今日は長男が地獄の合宿から帰ってくる。長男のいない生活は本当に寂しかった。今年はどんな年になるのだろう。皆が、健康で笑顔なら、他はたいして望みはない。そうそう、年末ジャンボは20枚買って、3000円が当たっていた。前回は10枚買って3000円が当たったので、何故か3000円は必ず当たる。しかし、それ以外は当たらないので、私の幸せは、それくらいのものなのだろう。これからも高望みをせず、確実にささやかな幸せに喜びを見出して行こうと思っている。
2002年01月01日
コメント(3)
全21件 (21件中 1-21件目)
1