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大阪教育大のY本教授からメールを頂いた。 *********************** 皆様 本当に長い年月にわたって、目の不自由な子どもたちと家族のためにご 尽力なさった、対馬貞夫先生がご逝去なされました。ご報告いたします。 享年95歳でした。ライト・オン・デザイン・プロジェクトがある のも対馬先生のおかげと思うところがあります。 葬儀の予定等は以下の通りです。 場所:住吉ヘブンホール 時間:通夜 1月30日(月) 19時から 葬儀 1月31日(火) 12時30分から ************************ ずいぶん淡々としたメールだけど、淡々としているからこそ、逆に「思い」が感じられた。 マヨが小さい小さい幼児だったころに知り合ったので、もう20年くらい前にお世話になった。当時は、今住んでいるマンションはぼくの会社の社宅だったのだけど、その古くて狭い部屋にまで訪ねて来てくれた。一緒に来たY本先生(対馬先生のお弟子さんっていう感じだったなぁ)も当時はすごく若かった(当たり前だけどね)。 老人ホームに住んでいた対馬先生に出した年賀状が返送されてきたし、対馬先生からの年賀状も来ず、もしかして・・とは思っていたけど。。。 95歳と言えば長生きをしたということだろうけど、それが先生の天寿だったのか。家内はお葬式に行くそうだ。僕はご冥福を祈るばかり。合掌。
2012.01.30
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B級と言えばグルメ。その現地へ行った訳ではないが、先週・今週と、そのメニューを出している店、又は、その名前で売っていたものを買って、食べた。 「ぼてじゅう」と言うのは大阪のお好み焼き屋の大型チェーン店なのだけど、その神戸ハーバーランド店で「かきおこ」と「蒜山焼きそば」の2つを食べた。蒜山焼きそばは昨年のB1グランプリで1位になったので少し有名になったけど、「かきおこ」は9位だったのでまだ知名度は低いかなぁ。牡蠣の入ったお好み焼きを略して「かきおこ」と呼ぶ。これは岡山の日生(ひなせ)といいう漁港の町の名物(町おこしとしての・・)。 焼きそばはマヨが、かきおこは僕が食べたのだけど、マヨの分もちょこっともらって食べた。ブタじゃなくてトリを使っているのがめずらしいかな。どちらもおいしかった。 さらに昨日は「津山焼きうどん」(これはスーパーに売っていたので、ホンモノとは違うかもネ)を食べた。「津山ホルモンうどん」というのは同じく2位になったそうだ。作り方のせいか味が少し濃かったけど、ビールにはぴったりだったかも おいしくて、そのご当地の活性化・町おこしにもなるのなら、B級グルメ大歓迎だねー
2012.01.29
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今年の旧正月(春節)は23日だったらしい。どうやってその日が決まるのかまるで知識がないのだけど、いつもは2月だよねー。今年はずいぶん早い。中国では春節前後1週間くらい休みになるので、ウチの会社で中国の事務所で働いている社員が今週は帰国して大阪の事務所に出てきた。中国で勤務していると、なぜか中国っぽくなるのは何故なんだろう?髪型のせいかなぁ。中には道端の丸イスに座って髪を切ってくれるという路上散髪屋?に行くっていう猛者もいたりして 春節と言っても、あまりに寒い。ここ1週間、2週間は特に寒い。節分もまだだし。と言う事は、中国古来の暦ですら季節と外れるということなんだなぁ でも、冬至から1カ月以上過ぎていて、少しずつ日の入りが遅くなっている。夕方にジョギングするので、そのことはすごく実感する。冬至の頃は夕方4時半に家を出ても帰り道が真っ暗なのだけど、今日は家を出たのが4時50分くらいだったけど、帰り道はまだ明るさが残っていて、空には三日月が出ていた
2012.01.28
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出たっ 大河ドラマが変わる度に、そのゆかりの地にできる「歴史館」「ドラマ館」。今年の「平清盛」はそれが神戸である。しかも、それをもう見に行ってしまったという、完全に中高年趣味に陥ったボク 今日は家内が友達とランチに出掛けてしまったので、マヨとデートすることになった。どこへ行こうかと、ネットで色々調べていて、上記のモノにヒットしてしまった。 http://kobe-de-kiyomori.jp/ 「歴史館」は神戸の中央卸売市場に、「ドラマ館」はハーバーランドにあるが、行きやすいドラマ館へ行ったのだった。 何だか、内容の薄ーい(予想はしていたけど・・)モノでしたが、それでも寂れ行くハーバーランドにとってはありがたいネタだったかも。でも、ここにある神戸阪急は3月で閉店だよねー。どうなるんやろ・・。
2012.01.22
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本当に月日が経つのは早い・・・今日は親父の十三回忌だった。親父が死んでもう12年も経つのか。またも(と言うのは正月に行ったばかりだから)、実家(四国)への往復となった。朝9時に家内と2人で出発、帰宅したのは夜8時。今日は一日冷たい雨だった。 十三回忌ともなると法事に集まる人はかなり少なくなる。僕の兄姉弟5人、数人の従兄弟、甥。少し淋しい法事だったけど、兄弟5人が集まるのは久し振りのことだ。兄弟が5人もいると年もかなり離れる。一番上の姉は去年古希だった、と言う。古希って70歳だよねー。 法事が終わって、料理屋さんで精進落とし。その席で、長兄が「親父が作りかけていた家系図を完成させた」と言う。どうせウチなんぞは、四国の片田舎のどこぞの馬の骨なんだけど、それでも1653年に死んだ11代ほど前の人から書かれていた。昨年、一族郎党で、一族350年記念というイベントを行って、その記念の石碑まで建てたんだって。。。。長男はえらいよ
2012.01.21
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今朝はかなりシンドイ・・・つまりは二日酔いっていうヤツで。。。 昨日はNPOぽけっとの理事、とは名ばかりの、お父さんたちの新年会(忘年会ができなかったので)だった。職業も年齢もバラバラなのに、もう十数年の付き合いの仲間だ。 仲間のうち最年長のお父さんが還暦を迎えた。内緒でお祝いの花束を用意しておいて、宴も盛り上がった頃にサプライズのプレゼント。皆で祝った。 30-40歳代だったお父さんたちも、気が付けばひとり還暦。もちろんまだまだ元気だけど、飲みすぎないようにしないとねー。
2012.01.15
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去年も宵えびすに行った。戎神社の総本山西宮神社に行って、ものすごい人波に呑まれてしまったのだった。しかし、去年の笹を返さないといけない。 なので、今年は人の少ない小さな戎さん、十三戎に行くことにした。十三(じゅうそう)は阪急園田からだと2つ目の駅なので、かなり近い(車で行ったけどね)。マヨが大阪市立盲学校へ通っていた頃は、十三駅の近くにスクールバスが来るので、毎朝、僕と一緒に出勤(通学)した。十三で降りて、マヨをスクールバスに乗せて、また十三駅へ戻って会社へ行った。帰りは家内は迎えに行った。なので十三駅の東側の商店街は、夫婦ともども3年間通った懐かしい街だ。 十三戎はその思い出のバス乗り場のすぐ近くにある。神津神社というのがその神社の本当の名前なのだけど、中に戎神社があって、何となくそっちのほうが有名な気がする。 ただし十三戎へ行ったのは初めてで、当然「じゅうそうえびす」と言うのだと思っていたら、行って見ないと分からないねー、「とみえびす」と読むのだそうだ。十三を「とみ」と読めないこともないけど・・・そう言えば十三と書いて「じゅうそう」と読むこと自体も、考えてみたらヘンだけどね。。。 ともあれ、昨年の笹を奉納して、新しい笹を買った。2,300円ナリ。これで宝くじでも当たるんなら安いけど、やっぱり高い感じだなぁ。一番商売上手なのはエビスさんだよ・・・。
2012.01.09
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明日の成人の日の前日、つまり今日は尼崎市内の障がいを持つ成人の人のための成人式が開催された。 共同作業所「ふるーる」のメンバーのA君は今年成人式。マヨも含めて、みんな小学生の頃から知っているので、あらためて月日の流れを感じてしまう。みんな立派に成人した だけど、障がいを持つ人は、学校へ行っている間は学校が面倒を見てくれたが、卒業し成人になってからが色々と大変だ。これからの人生は長く、親は歳を取っていく。生まれ育った地域社会の中で頑張ってほしい。成人、おめでとう
2012.01.08
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新年になって4~6日の3日間が過ぎて、今日から3連休。 既に新年会が2回(4日、5日)あって、新春早々、かなり肝臓がバテた。今月は下旬に年1回の健康診断がある。マズい。この状態ではかなり悪い値になる。 付き合い酒の多い人の間では「○コンの力」というドリンク(最近は顆粒もある)が流行ったが、昨年暮れから「ノ・ミカ○」のほうが効くという噂が広がって、僕もさっそく購入してみた。 飲む前に飲んでおくと、確かに酔っぱらったり、悪酔いはしない。のだけど、そのため沢山飲んでしまったりして・・・ しかも毎日ウコンの錠剤も飲んでいる。 ここまで涙ぐましい努力をするも肝臓は年々悪くなる。要するに酒を控えたら良いのにねー、ほんま、アホだね
2012.01.07
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外泊して一番困ることは、マヨが夜寝なことだ。家以外の布団では眠ることができないらしい。しかも、単にマヨだけが寝ないのなら問題ないのだけど、夜じゅう、アーアーウーウー言いまくって、ゴソゴソしまくるので、周囲も眠れないことが一番の問題。 ただ僕は夜、お酒を飲んだこともあって、早々に寝入ってしまった。家内やチビはなかなか寝付けなかったらしい。ただし僕は、早く寝たために2時半(!)に起きてしまった。まだマヨは起きていたが、その時には他の皆は寝ていた。しばらくマヨの布団の横にいって身体をさすってやる(1時間くらい)うちに、ようやく寝てくれたのだった。 さて翌朝はチェックアウト後、四国88カ所の第51番札所「石手寺」へ初詣に行った。ホテルのすぐ近くだった。石手寺は昨年暮れのNHKの「ゆく年くる年」(紅白の後)に紹介されたお寺である。境内にキャンドルが敷き詰められ平和と復興を祈ったのだけど、そのキャンドルの跡(ビン)がそのまま残されていた。 初詣の後、市内のデパートなど立ち寄って、お昼を食べて、帰った。 帰りに母親を降ろして、1日に来た道を帰ったのだった。結局、1泊2日で尼崎と松山の間660kmを往復したのだった。 せわしない正月だったけど、それでも年老いた母親はすいぶん喜んでくれた。
2012.01.03
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明けましておめでとうございます・・・って、もう3日の夜だ。明日から仕事だし 2012年が明けて1日、家族4人(長男除く)で四国へ出発。四国中央市の母親宅(実家)に寄って、母親を乗せて、さらに西へ。松山まで走った。片道330kmのドライブだった。 正月を母親と一緒に道後温泉で過ごすことにしていた。道後プリンスホテル(と言っても温泉旅館だったけど・・)に予約を取っていた。正月料金だけど、それでも予約で満杯で、かろうじて5人1室で予約が取れたということだった。僕だけが男で後の4人が女という5人だけど、家族なら1室に泊まれるね。でも温泉は僕だけが「おひとり様」だったけどね。 冬に露天風呂に入ると、外気が寒いので、いくらでも入れる。ついつい1時間近く入ってしまって、屋内に入ると汗が止まらなくなった。やっぱり温泉なんだねー、保温性というのか、身体がポッポと温まった。 夜はまたものすごい御馳走だった。正月特性オードブルに、刺身盛合せ、焼きもの盛合せ、1人鍋がてっちり鍋・・・僕ですらとても食べ切れなくて、お腹がいっぱいになった頃に出てきた和牛ステーキは2キレしか食べられなかった。 松山は僕が中学・高校の6年間を過ごした町だけど、当時は道後と言えば、昔ながらの温泉街で、つまりは風俗の色濃い街だったので、ミドルティーンだった僕らにとってはコワイ街だった。 でも今は違うねー。すっかり観光名所になって、健全な観光地になっている。 そう言えば、NHKでやっていた(暮れに最終回があった)「坂の上の雲」も、確か僕は高校生の頃(35年前!)に読んだ記憶がある。秋山兄弟は愛媛が生んだヒーローだが、全く知られていなかった。国語の先生がこの小説を勧めてくれたので夏休みに読んで、感想文を書いたと思う。 それが今では銘菓・坂の上の雲、だ。饅頭になってしまった。何だかなぁ・・。 今も路面電車が走っている街、今風の新しい電車が多いが、時々走る古い電車を見てなんとも言えぬ懐かしさがこみあげてくるのだった。
2012.01.03
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