東方見雲録

東方見雲録

2022.11.20
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カテゴリ: まちづくり



プロジェクトリーダー・博報堂生活総合研究所鷲尾和彦氏。

人が生きている環境は、市場という経済圏だけで出来ているわけでなくて、自然環境や、人と人との繋がりという社会的環境、歴史や文化などの文化的環境、そうした様々な要素が合わさって作られています。それだけ書くと当たり前のことなのですが、ただ、そのことに「自覚的にある」かどうか、そしてそれを具体的な都市政策や都市経営に据えて落とし込んで実践しているかどうかは別だと思います。

多様な地域資源を生かそうとするストック発想で、ランドスケープやアーバンデザインが検討されているかどうか。経済、文化、環境、都市計画など、異なる専門領域の人々が協働しあうクロスセクター型(分野横断型)のガバナンスや仕組みに知恵を絞っているか。またその担い手を育てるための教育や社会政策を持続的に行っているかどうか。そうした活動に現れてきます。

人が生きるための「環境」の質を高めるという発想が最初にあって、そのために、人と人とが協働しあう「社会」の質へと結びつけていく。そこにテクノロジーの有効な使い方も生まれてくる。環境、社会、行政、経済、それぞれが協働しあう。現地には現地の課題はもちろんあるはずです。でも一歩ずつ一歩ずつ、それに向かって時間をかけて進めていることは事実です。

実際にその場所に身を置き、見えてくる目の前の「風景」をフラットに眺めてみる。でも、それは目の前の「風景」を見ながら、同時に見えていない存在を想像しようとすることだと思います。今後、データの利活用は今まで以上に進めなくてはならないと思いますが、そうした見えない風景や見えない存在を想像しようとする力がとても大切になると思います。

「都市化」自体というよりも、「どのような都市なら、どのような生活環境なら、人は生きていけるか」。その計画理念にこそ問題があったのではないでしょうか。「余白」や冗長性、「遊び」の部分を削り、究極の効率性と合理性を追求する経済性論理だけで作られてきた都市が、容赦ないアタックを受けた印象があります。ロックダウンされた都市空間で、緑地、公園、水辺といった多様な「オープンスペース」の大切さを私たちは誰もが思い起こしました。

今、「余白」は無駄ではなくて、未来への「備え」ではないかという声も広がっています。こうした「余白」を中心にした生活圏のデザインが今後さらに進むと思います。自然環境、社会環境、文化環境。そうした多面的な「生活環境」の中で、人は暮らしているということ。そして、そのような多様な立場を超えて協働しあうことが、『持続可能性の実現(SDGs)』だと思います。

確かに、それは手間暇がかかることだと思います。経済という一つの目的だけでなく、複数の目的変数を解こうとするには、そのための新しい発想や、知恵や技術も必要になるとは思います。しかし、制約条件があるからこそ、新しいアイデアが生まれる。そのためにも、都市を人間にとっての合理性や経済性にだけ基づく、いびつに切り取られた生態系としてでなく、多面性を持った「生活圏」としてとらえることで、初めて見えてくるものがあるのではないでしょうか。

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Last updated  2023.03.15 07:28:24
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